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Archives for 10月 2015

マーク・ソーマ 「アンガス・ディートンが取り組んだ3つの疑問 ~ノーベル賞選考委員会によるプレスリリース~」

●Mark Thoma, “Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel Awarded to Angus Deaton”(Economist’s View, October 12, 2015)


今朝は忙しくて出遅れてしまったが、2015年度のノーベル経済学賞(正式名称はアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)はアンガス・ディートン(Angus Deaton)に授与された。以下にノーベル賞選考委員会が用意したプレスリリースを引用しておこう。

Consumption, great and small

福祉の改善と貧困の削減に向けて公共政策を立案する上ではまずもって一人ひとりの消費に関する決定について深く理解する必要がある。この点に関して(一人ひとりの消費決定に関する理解を深める上で)アンガス・ディートンは他の誰にもまして多大なる貢献を果たしてきた。ディートンは一人ひとりの消費決定について詳細な分析を加えただけではなく、一人ひとりの消費決定とマクロレベルの総消費(ミクロレベル(一人ひとり)の消費を集計した結果)との間にどのようなつながりがあるかを探ることで、ミクロ経済学やマクロ経済学、開発経済学といった分野の転換を後押ししたのである。

ノーベル賞の対象となったディートンの業績は次の3つの中心的な疑問にどう答えるかを探る努力を通じて築き上げられたものである。

各個人は消費に回すと決めた予算を異なる財(やサービス)の購入にどのように振り分けるのか? この疑問に答えを見出すことは現実の消費パターンを説明・予測するためだけではなく、例えば消費税の変化といった政策変更が異なる社会階層の福祉にそれぞれどのような影響を及ぼすかを評価する上でも極めて重要である。ディートンは1980年前後にAIDシステム(Almost Ideal Demand System)と呼ばれる需要システムのモデル――ある個人の個別の財(やサービス)に対する需要がその財だけではなくその他のあらゆる財の価格やその個人の所得にどのように依存しているかを推計するための柔軟性に富んでいてシンプルな手法――の開発に乗り出したが、彼のこのモデルはその後に改良を加えられ、現在ではアカデミックな世界においてのみならず実践的な政策評価を任務とする実務の世界でも標準的なツールとして受け入れられるに至っている。

社会全体の所得(総所得)のうちどれだけが消費に回される(その裏面としてどれだけが貯蓄に回される)のか? 資本ストックの蓄積や景気循環の動向を説明する上では所得と消費との間にどのような時系列的な関係が見られるかを理解する必要がある。ディートンは1990年前後に発表した一連の論文の中で、マクロの総所得(あるいは平均所得)の変動に基づいてマクロの総消費の変動を説明しようとする限りは従来の理論は総所得と総消費との間に現実に成り立っている関係を説明できないことを明らかにした。一人ひとりの個人が手にする所得は国民総所得(あるいは平均所得)とは大きく異なるかたちで変動するのであり、総所得と総消費との間に現実に成り立つ関係を説明するためにはそれぞれの個人が自らの所得の変動に応じてどのように消費に回す予算を調整するかをまず明らかにした上で、その分析結果を順次積み上げる必要がある。そのことを明らかにしたディートンの研究はマクロレベルのデータに観察されるパターンを解きほぐすためにはミクロレベルのデータの分析が極めて重要であることを証拠立てるものであり、ディートンが打ち出したこのような姿勢は今日までの間に現代マクロ経済学の分野で広く受け入れられるに至っている。

福祉や貧困の実態を計測したり分析したりするためのベストの方法はいかなるものか? ディートンが最近の研究を通じて強調していることは、それぞれの世帯ごとの消費水準に関する信頼性の高いデータを利用することで経済発展の背後にあるメカニズムを解きほぐす手がかりを得ることができるということである。ディートンの研究は異なる時点や異なる地域の間で貧困の実態を比較する際に持ち上がる重大な落とし穴を明らかにしているだけではなく、家計レベルのミクロデータを巧みに利用することで所得とカロリー摂取量との間の関係や家庭内での性差別の実状といった様々な問題の解明に光明を投じ得る可能性を示している。家計レベルのミクロデータに着目したディートンの研究はマクロデータを利用した理論的な色合いの強い分野であった開発経済学の分野を事細かなミクロデータを利用した実証的な色合いの強い分野へと転換する上で大きな役割を果たしたのである。

ディートンの業績を解説したものとしてはこちら(タバロックによる解説;227thday氏による(コーエンの解説もあわせた)翻訳はこちら)やこちら(クルーグマンによる解説)、こちら(ビンヤミン・アッペルバウム(Binyamin Appelbaum)による解説)、こちら(ノア・スミス(Noah Smith)による解説)、こちら(マシュー・イグレシアス(Matthew Yglesias)による解説)、こちら(クリス・ブラットマン(Chris Blattman)による解説)を参照されたい。

アレックス・タバロック/タイラー・コーエン「ノーベル経済学賞はアンガス・ディートンが受賞」

Alex Tabarrok “Angus Deaton wins the Nobel“(Marginal Revolution, October 12, 2015)

プリンストン大学のアンガス・ディートンがノーベル賞を受賞した。世銀と協力しつつ、ディートンは途上国に関するデータを拡大するのに非常に大きな役割を果たしてきた。読者諸兄が世界の貧困が史上初めて10%を下回ったという記述を目にして、それをどうやって把握したのかをということを知りたいのであれば、その答えはディートンによる家計調査、データ収集、厚生の計測だ。ディートンの主要な貢献は、世界の貧困についての理解と計測だと私は考えている。

厚生の計測は言うは易し行うに難しだ。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「自己非難に伴う過度の自賛 ~ノーマン・メイラーの場合~」/「『三島の死』と『川端の死』」

●Tyler Cowen, “Beware self-deprecation”(Marginal Revolution, August 14, 2007)


自己非難には時に過度の自賛が伴うことがある。

なぜノーベル文学賞を受賞できずにいるのか? ノーマン・メイラー(Norman Mailer)はその理由について自分なりの考えを披露した。

彼の考えはこうだ。これまでノーベル賞を手にする機会に恵まれなかったのは政治的な理由のためではない。その原因は1960年に起こった事件にある。懐中ナイフで二番目の妻を刺してしまったのだ。ノーベル賞を受賞できずにいる原因はこの事件にある、と。メイラーは語る。「スウェーデンの人々は大変知的であり、ノーベル賞のことを自国の誇りと考えています。そんなスウェーデンの人々が自分の妻をナイフで刺した過去があり、かくも気難し屋で邪険な人間にノーベル賞を与えてもよいと考えるなんて思いもよらないことです。(ノーベル賞をくれないからといって)スウェーデンの人々を非難することなどできないというのが私の考えです。」

メイラーはあまりにも過小評価されている作家だ――彼の作品の中でも『Harlot’s Ghost』は特にそう(過小評価されている作品)だ――とは私も思うが、妻をナイフで刺したことがノーベル賞を受賞できずにいる主な原因となっているというのは違うだろう。

上の文章はこちらの記事から引用したものだ。この記事ではメイラーではなくギュンター・グラス(Günter Grass)にスポットが当てられているのだが、彼もまた自己非難がややこしいかたちをとって表れている別の例である。
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●Tyler Cowen, “Model this (a continuing series)”(Marginal Revolution, October 31, 2011)


フィナンシャル・タイムズ紙でドナルド・キーンの半生が辿られている1

「ご存知のように、三島由紀夫は45歳で亡くなりました。彼の作品は小説や戯曲、批評、詩といったジャンルにわたっており、彼が残した作品の数は少なくとも45本に上ります」。三島は天皇の復権を目指して茶番めいたクーデターを企てたものの、その試みが失敗に終わるや(1970年に)割腹自殺を遂げたわけだが、キーン氏の考えでは三島が自殺した理由はノーベル賞の受賞を逃したためではないかという。1964年に東京オリンピックが開催されている最中にキーン氏は三島から手紙を受け取っている。その中に次のような文章が綴ってあったという。『文学にもかういふ〔運動競技の勝敗のような;訳者注〕明快なものがほしい、と切に思ひました。たとえば、僕は自分では、Aなる作家は二位、Bなる作家は三位、僕は一位と思つてゐても、世間は必ずしもさう思つてくれない』2。キーン氏は語る。「手紙の中ではこれだけしか書かれていませんが、彼が何を言わんとしているかははっきりとわかりました」。何とも皮肉なことだが、1968年に日本人初のノーベル文学賞を受賞した川端康成も三島と同じく(1972年に)自殺というかたちでその生涯を終えている。その理由はノーベル賞受賞作家という新たな名声に恥じない仕事をせねばならないとの重圧に押しつぶされたためだと考えられている。

  1. 訳注;次の記事もあわせて参照されたい。 ●ドナルド・キーン、“【ドナルド・キーンの東京下町日記】ノーベル賞と三島、川端の死”(東京新聞、2013年10月6日) []
  2. 訳注;原文は“I envy the athletes who know if they are first, second or third.”(「自分が一位なのか二位なのか、それとも三位なのかがはっきりとわかる運動選手たちが羨ましい」)となっている。訳注1で触れた記事の中でキーン氏が引用している手紙の文章を英訳したのがこの英文だろうと考えて、英文をそのまま訳すのではなく東京新聞の記事の文章に置き換えさせてもらった。 []

タイラー・コーエン 「今年度のノーベル経済学賞は誰の手に?」

●Tyler Cowen, “Who will win the economics Nobel Prize this year?”(Marginal Revolution, October 10, 2015)


今年度のノーベル経済学賞は一体誰の手に渡ることになるだろうか? ダイアン・コイル(Diane Coyle)が可能性のありそうな候補をカテゴリー別に数名挙げている。

環境経済学: パーサ・ダスグプタ(Partha Dasgupta)1、ウィリアム・ノードハウス(William Nordhaus)2

(追記)環境経済学の分野ならマーティン・ワイツマン(Martin Weitzman)3も是非とも加えるべきだ、との強い後押しの声がTwitterで上がっている。

経済成長: ポール・ローマー(Paul Romer)、ロバート・バロー(Robert Barro)4

経済格差(不平等): アンソニー・アトキンソン(Anthony Atkinson)5、アンガス・ディートン(Angus Deaton)6

イノベーション(をはじめその他幅広い範囲にわたる業績): ウィリアム・ボーモル(William Baumol)(おんとし93歳!)7

計量経済学: デビッド・ヘンドリー(David Hendry)8

いずれも良い読みだと思う。銀行業(バンキング)の理論の発展に貢献したダイアモンド(Douglas Diamond)とディビッグ(Philip Dybvig)や――おそらくまだ時期的に早すぎるかもしれないが――ランダム化対照実験(RCT)の導入を通じて開発経済学の分野に新しい風を吹き込んだバナジー(Abhijit Banerjee)、デュフロ(Esther Duflo)、マイケル・クレマー(Michael Kremer)も個人的には候補に加えたいところだ。仮に今挙げた候補にノーベル賞が授与されるようであれば、少なくとも(来年度のノーベル経済学賞が発表されるまでの)1年間は経済学の「科学」としての体面が保たれることになるだろう。おそらく今すぐにというわけにはいかないだろうが、ゆくゆくは貨幣経済学(金融論)の分野でバーナンキ(Ben Bernanke)やウッドフォード(Michael Woodford)、スヴェンソン(Lars Svensson)にノーベル賞が授与される日もやってくることだろう――バーナンキの回顧録(邦訳『危機と決断-前FRB議長ベン・バーナンキ回顧録』)が出版されたのはほんの数日前のことであり、スヴェンソンがスウェーデン国立銀行(スウェーデンの中央銀行)での職を辞してからまだそれほど日が経っていない。そのことを考えると、彼らにノーベル賞を与えるのはまだ早いと言えるだろう――。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙の(ノーベル経済学賞受賞者の)予想はこちらである。あなたの予想はどうだろうか? 過去を振り返ると私の予想は当たった試しがない。そのため今ここで具体的に誰かの名前を挙げるとその人の足を引っ張るだけに終わるだろう。ご存知だとは思うが、ノーベル経済学賞の受賞者が発表されるのはきたる月曜日(10月12日)である。

  1. 主要著作;『Human Well-Being and the Natural Environment』(邦訳『サステイナビリティの経済学-人間の福祉と自然環境』)、『Economics-Very Short Introductions』(邦訳『経済学 〈一冊でわかる〉シリーズ』) []
  2. 主要著作;『The Climate Casino: Risk, Uncertainty, and Economics for a Warming World』(邦訳『気候カジノ』) []
  3. 主要著作;『Climate Shock: The Economic Consequences of a Hotter Planet』、『Income, Wealth and the Maximum Principle』 []
  4. 主要著作;『Economic Growth』(邦訳『内生的経済成長論〈1〉〈2〉』)、『Getting It Right: Markets and Choices in a Free Society』(邦訳『経済学の正しい使用法-政府は経済に手を出すな』) []
  5. 主要著作;『Inequality: What Can Be Done?』(邦訳『21世紀の不平等』) []
  6. 主要著作;『The Great Escape: Health, Wealth, and the Origins of Inequality』(邦訳『大脱出-健康、お金、格差の起原』) []
  7. 主要著作;『The Free-Market Innovation Machine: Analyzing the Growth Miracle of Capitalism』(邦訳『自由市場とイノベーション』)、『Good Capitalism, Bad Capitalism, and the Economics of Growth and Prosperity』(邦訳『良い資本主義 悪い資本主義: 成長と繁栄の経済学』) []
  8. 主要著作;『Forecasting Economic Time Series』、『Econometric Modeling: A Likelihood Approach』 []

マーク・ソーマ 「『経済調査は再現可能? 基本的にノーだ。』」 (2015年10月6日)

Mark Thoma, ‘Is Economics Research Replicable? Usually Not.’, (Economist’s View, October 05, 2015)


Andrew ChangとPhillip Liの論文から:

『経済調査は再現可能なものなのか? 13の学術誌で発表された60本の論文に因れば、”基本的にノー” だ』 、著者C. ChangとPhillip Li、Finance and Economics Discussion Series 2015-083。ワシントン: 連邦準備制度理事会 [訳注1]: 概要 我々は、13の定評ある経済学誌で発表された67本の論文を論文著者が提供している追試用ファイルを利用し再現する事を試みた。尚、当該ファイルはデータ及びコードの双方を含むものである。我々がサンプルとした学術誌は、追試用データ及びコードのファイル提出を求めている幾つかのものと、この種のファイルの提出を求めていないその他のものとに分かれる。機密データを利用している6本の論文を除いて、我々はこの種のファイルの提供を雑誌掲載の条件として求めている35本の論文のうち29本 (83%) についてのデータ及びコードを入手できた。これに対し、追試用のデータ及びコードファイルの提出が必須とされてない論文については、26本のうち11本 (42%) に留まっている。我々が論文著者と連絡を取る事無く成功裏に再現できた重要定量的研究結果は、67論文のうち22本 (33%) である。機密データを利用している論文6本、及び我々が所持していないソフトウェアを利用している論文2本を除外すると、我々が論文著者と連絡を取る事で再現できたのは、論文59本のうち29本 (49%) である。我々が再現する事の出来た論文は、論文著者の助力が在った場合でさえ、サンプル全体の半分に満たなかった為、我々は経済調査は基本的に再現不可能なものであると主張するに至った。最後に、経済調査の再現可能性を向上させるべき事を推奨し、本論を結びたい。


 

訳注1. 元論文に引用する際の論文名表記についての註があり、本記事のこの部分もそれを踏まえた上での表記となっている様なので、元論文の註にしたがった表記を次に挙げて置く:
Chang, Andrew C., and Phillip Li (2015). “Is Economics Research Replicable? Sixty Published Papers from Thirteen Journals Say ”Usually Not”,” Finance and Economics Discussion Series 2015-083. Washington: Board of Governors of the Federal Reserve System,
http://dx.doi.org/10.17016/FEDS.2015.083.

マーク・ソーマ 「『貧困の子供の脳への影響は如何なるものか』」 (2015年10月3日)

Mark Thoma, ‘How Poverty Affects Children’s Brains ‘ (Economist’s View, October 03, 2015)


私達は 『幼い子供の柔軟な脳にこの様な貧困の災禍に対する免疫を付けさせるべく』 いっそうの取り組みが必要がある:

貧困の子供の脳への影響は如何なるものか — ワシントン・ポスト: … Nature Neuroscience誌に今年発表した或る研究で私と他数名の共著者が発見する事になったのは、世帯収入と子供の脳のサイズの間に有意な相関関係が存在するという事実だった – この相関は特に脳の表層部分である大脳皮質のサイズに著しく見られたのであるが、 … 認知作用に関わる負担の大きな仕事のほぼ全てを果たしているのが、まさにこの部分なのだ。さらに私達は、収入の増加が、最貧困層の子供の脳表層部分に見られた発達のうち最大のものと結びついていた事も発見している。 …

一部には、貧困状態に留まっている人がいるのは、彼らの能力が高収入を得ている人に劣るからであるとの考えを後押しするものとして本研究が利用されてしまうのではないかとの危惧感を顕わにする者がいる。しかし神経科学者である私達の本研究結果に対する解釈は、そういった意見とは極めて異なっている。私達は、脳が人生早期の数年において一番柔軟である事を知っているからだ。 …

私達の (新たな) 臨床試験は、貧困削減が認知能力および脳の発達を促進するものであるか、するならばそれは如何なる過程をたどるものか、これらの点に関する強固な実証データを提供するべく構築されたものだ。しかし本研究の完了までに、最低5年は掛かる事が見込まれてている – 今日この日も貧困のなかで暮らしている幼い子供の事を考えれば、この年月はあまりに長すぎる。したがって私達は、幼い子供の柔軟な脳にこの様な貧困の災禍に対する免疫を付けさせる為の手助けとなるだろう政策の要求を、その日が来るまで待っているべきではないのである。 …

ビンセント・アネシ & ジョバンニ・ファッキーニ 「貿易強制政策」 (2015年8月8日)

Vincent Anesi, Giovanni Facchini, “Coercive trade policy ”  8 August 2015 (VOX, 8 August, 2015)


 

国際貿易紛争においては、不公正な貿易慣行を敷くものと見做された政府に対して強制的措置 [訳注: coercion] が取られることも稀ではない。本稿では、一方的な [unilateral] 強制措置と比べると、多国関与的な [multilateral] それの方が効果的であることの根拠を新たに1つ提供する理論モデルを紹介し、以て国際機関に対するコミットメントを是とする新たな議論を提示する。

国際貿易紛争においては、不公正な貿易慣行を敷くものと見做された政府に対し強制措置が取られることも稀ではない。貿易強制が生じるのは、或る政府 (『発動側』) が、貿易相手 (『標的側』) に対し、これを容れなければ報復的制裁措置を取るぞとの威圧をちらつかせた要求を突き付ける時である。貿易強制は一方的に行うことも、様々な多数当事者関与機関を介して実行することも可能である。一方的強制の場合には、発動側政府は要求を立てた後、(必要があれば) 一方的に報復措置に出る。その際、国際的義務の束縛は解かれている。こういった一方的強制手段の典型例は1974年米国通商法第301条に見られるが、同条により合衆国は、自らの利益に対し不公正であると見做される貿易慣行を有する国家に対して、一方的制裁を課すことが許されている (PucketとReynolds 1996、Schoppa 1999)。他国関与的強制の場合では、発動側は代わりに、貿易紛争解消の為に置かれた国際制度機関の枠組みを利用することになる。この種の枠組みとしてはWTO紛争解決手続 (WTO Dispute Settlement Mechanism) が主要なものであり、その設立以来、何百ものケースを処理してきた。特恵貿易協定の幾つかも類似の制度機関を備えている。例を挙げればNAFTAの紛争解決手続 (NAFTA’s Dispute Settlement Process) やメルコスールの紛争解決手続 (MERCOSUR’s Dispute Settlement Mechanism) がこれである。

一方的および他国関与的強制措置の効果はいかに?

現存する検証結果は限られているが、合衆国の近年の経験に着目した興味深い発見が幾つかなされてきた。特記すべきは、合衆国による貿易威圧 [trade threats] の膨大な実例を精査したBusch (2000) やPelc (2010) による発見で、合衆国による貿易強制措置のターゲットが譲歩する確率が、強制が一方的である時には、それが他国関与的である時に比べ相当低いものとなるというものである。GATT、WTOのいずれも集権的執行力を有するものではないことに鑑みれば、こういった研究結果は実に興味深いパズルを表象するものだといえる。

一方的強制がターゲットの譲歩の確率をこれ程までに減少させてしまうのは何故なのだろうか?

この問いに答える為、我々は最近の論文で或る理論モデルの構築を試みた。これは3つの異なる制度機関的場面において、貿易強制措置の背景に潜む戦略的インセンティブの分析を行うものだ (AnesiとFacchini 2015)。本モデルは2つの国家の間で、すなわち『自国』 と 『外国』 で生じた紛争を描き出すのであるが、『外国』 政府は 『自国』 政府の敷く貿易政策に不満を抱いているという設定だ。貿易強制措置の重要な特徴の一つは、ターゲット側の政府が発動側政府の抱えている内政上の諸制約について典型的に不案内である点にある (例えばBagwellとStaiger 2005)。この観点を取り入れる為に我々は、『外国』 政府に対して輸入競合部門が行使する政治的圧力はプライベートな情報であり、『外国』 政府のみが知っているものと想定する。起こり得る貿易戦争において、こういった政治的圧力は意志決定の強固さ – すなわち、『自国』 側政府に対する貿易制裁の厳格さのことであるが – を決定する上で重要な役割をもつものだ。

紛争解決にあたって国際機関が実際にどれだけ有効性をもっているのかを評価する為には、当の制度機関が存在しなかったら、すなわち、貿易強制措置を管轄する規則枠組みが一切存在しなかったら、どういうことになるのかを知っておく必要がある。この理由から我々がまず最初に調査するのは、一方的強制措置が取り得る唯一のオプションである場面ということになる。『外国』 政府が要求を立てるところからこのゲームは始まる。『自国』 政府は譲歩 (し、要求された関税率を施行、以てゲームを終了) するかも知れないし、あるいは断固拒絶 (し、報復としての貿易戦争を招来) するかもしれない。換言すれば、『自国』 政府はどの程度の譲歩なら認容できるのか、すなわち、『外国』 政府による貿易制裁に直面するよりはまだましだと 『自国』 が考える関税率変更はどの程度のものなのかについて、意思決定する必要があるのだ。またこういった貿易制裁の性質は正確に知り得るものでは無いし、さらに内々に観測されたところの 『外国』 政府の決意の固さに相当程度依存しているのだから、『外国』 政府には、報復措置を回避する為に、『自国』 政府から求められている譲歩に関して過大な要求を突き付け、自らの決意が断固たるものであることを示唆すべきインセンティブが存在する。均衡状態の諸結果 [equilibrium outcomes] に関する我々の性格付けが明らかにしているのは、この様なインセンティブが 『外国』 政府をして、『自国』 政府が同意などしないだろう要求を突き付けるに導き、したがって報復としての貿易戦争を招来するに至るものだということ – それも、双方に有利な政治的譲歩案が現に存在する場合であっても、尚そうであるということだ。本発見は、ターゲット側政府から譲歩を引き出そうとする場面で経験的に観測されてきたところの一方的強制措置の比較的低い有効性に対して、有り得る1つの説明を提供するものである。

本論文で示すように、他国関与的強制措置が譲歩を引き出すか否かを決定する重要なファクターの1つは、発動側政府が、強制の伝達を仲介する国際機関の提供する紛争解決プロセスにどれだけコミットし、これを忌避せずにいられるかという点にある。国際機関に発動側がどれだけコミットすることが出来るか、この点の差異から生じ得る多様な戦略的シチュエーションをモデル化する為、我々は先ほどのモデルの派生形で、明確な個性をもつさらに2つの場合を調べた。1つ目の派生形は、『外国』 政府に国際機関の紛争解決プロセスの忌避が許されていない場合である。結果として、他国関与的強制措置が同国の取り得る唯一のオプションとなる。この派生形における紛争解決のモデルは、『外国』 政府が 『自国』 政府に対し、国際機関が裁定を下すに先立って要求を突き付けさせることによって構築される。こういった想定はWTOでの紛争の協議段階を取り込むことを意図したものだ。『自国』 政府が 『外国』 政府の要求に譲歩しない場合は、当該国際機関が裁定を下すことになるが、他の場合にはなんらの働き掛けを行わないままとなる。我々のねらいは、力の無い国際貿易制度機関 – 要するに、強制力を持たず、報復措置の施行については全く発動側政府に依存している機関のことであるが – の有効性の調査にあるから、『自国』 政府には裁定に従わない選択も許されており、その場合は結果として貿易戦争を招来させることになる。さて、我々の分析結果であるが、国際機関の下す裁定へのコミットメントが譲歩の可能性を高めるものであることが示された。直感的にいって、潜在的な国際機関の裁定は 『外国』 政府が高度の要求を突き付けることによって自らの断固たる決意を示唆すべきインセンティブに上限を画するものだと考えられる。結果として後者の要求はより穏健なものとなるから、『自国』 によって容認される可能性も出て来るのだ。

本モデルの2つ目の派生形では、国際機関の提供する紛争解決プロセスに対する『外国』 政府のコミットメントは、部分的なものに留まる。つまり、同政府はゲーム開始の時点で、さらにここから一方的強制措置かそれとも他国関与的強制措置かのいずれかを選択した上で、それにコミット出来るという訳である。この場面設定は1974年の合衆国貿易法第301条が作り出している状況を把捉するものである。我々が明らかにしたのは、一方的強制のオプションが利用可能であるという事実自体が、『外国政府』 による均衡状態での譲歩獲得を妨げているということだ。実際のところ、一方的強制措置が利用出来る時に他国関与的強制措置を用いるならば、これは『外国』 政府の意志薄弱の印と受取られてしまう。したがって、『自国』 政府に対し断固たる決意を示唆すべきインセンティブが、『外国』 政府をして、先の議論にあった通り、均衡状態での容認が決して望めない様な一方的要求を立てさせることになるのである。

議論と政策的示唆

我々の分析は、強制の結果に対し国際貿易機関もつ影響に関して幾つかの知見を提供する。

  • 第一に、他国関与的強制措置が、一方的強制措置よりも有効性であることを説明する根拠を、新たに一つ提供した。

通説 (Pelc 2010) の示唆するところによれば、一方的強制に対し人びとが覚える不正の感覚、そして世評の重要性こそが、ターゲット側の譲歩を引き出す可能性を低下させるものであるという。

制度機関的制約の下でなされた要求への不服従は、違反者の烙印を捺されるかもしれないという世評上のコストを伴っているが、一方的威圧 – 世界各国から不正と見做されるものだ – に対する不服従は、むしろ有利な世評を生み出すものである。こうして同不服従は、将来再び一方的強制のターゲットとされる可能性を低下させることになる。

我々のモデル分析 [formal analysis] が新たに提示する根拠は、発動側政府のインセンティブが果たす役割に焦点を合わせたものだ。一方的強制が発動側政府をして容認不可能な要求を立てさせるインセンティブを生み出す一方、他方の他国関与的機関へのコミットメントはこういった要求に上限を画すものとなる為、発動側政府が譲歩を引き出すことが可能となるのである。

  • 第二に、GATT / WTOに持ち込まれた紛争の大多数において紛争処理の為の小委員会が一切設立されてこなかったこと、また、小委員会が設立された紛争については、かなりの割合で公式の報告が出される前に終結を見ていること、これに対する説明を新たに1つ提示する。

既存の文献 (BuschとReinhardt 2002) の主張するところによると、早期的譲歩は、GATT/WTO裁定の規範力、および当該規範の違反がもたらす世評上のコストに由来するものだという。詰まるところ、ターゲット側政府がどの様な制定が下されるのかについて不確かであるならば、先手を打って譲歩を選択することもあるだろうというのだ。しかし、我々の場面設定において働いているメカニズムは異なっていた。国際的裁定は、規範的・世評的コストを知らしめるものではなかった。『外国』 政府が自らに対し不利な裁定を予期した場合、同政府は 『自国』 政府が当該裁定に従うだろうと考える。その為 『外国』 政府は、攻撃的戦略を捨て、『自国』 政府が譲歩を厭わない様、より融通の利く態度で要求を立てるようになるのである。

  • 第三に、国際貿易協定を是とする根拠として、新たな案を1つ提示する。

この論題に関する既存の文献の殆どが示唆しているのは、この種の制度機構のメンバーに諸国が加わろうとするのは、関税率から来る交易条件の外部性 [the terms of trade externality from tariffs]、これによって生じる協調問題 [coordination problem] の解決を図ってのことだという (例えばBagwellとStaiger 1999)。

しかし我々の分析によって、こういった選択を促すもう1つ別の力の流れが、貿易強制における情報の非対称性から生じているかも知れないことが明らかとなった。他国関与的システムに中継された要求が一方的要求よりも成果を上げる傾向があるとしたらそれは何故なのか、その説明の裏付けを試みる過程で、我々のモデルは他国関与的制度機構への諸国のコミットメントを是とする根拠を新たに1つ提示している。

  • 第四に我々は、国際的組織へのコミットメントを是とする新たな議論を1つ提示する。

我々の分析によって、発動側政府が一方向主義 / 多国関与主義 [between unilateralism and multilateralism] の選択を可能にする制度機構は、強制の有効性を低減させ得るものであることが示された。こういった考えは夙にPelc (2010) の提唱するところであるが、同人物の示唆によれば、これは一方的強制について人びとが覚える不正の感覚を原因とするものであるとのことだった。我々の研究結果は、こういった感覚ではなく、一方的強制のオプションの存在自体が生み出す『外国』 政府の戦略的インセンティブに由来するものである。

参考文献

Anesi, V and G Facchini (2015) “Coercive trade policy”, CEPR Discussion Paper 10687

Bagwell, K and R W Staiger (2005) “Enforcement, private political pressure, and the GATT/WTO escape clause”, Journal of Legal Studies 34. 471-525.

Bagwell, K and R W Staiger (1999) “An economic theory of GATT”, American Economic Review 89. 215-248.

Busch, M L (2000). “Accommodating unilateralism? U.S. section 301 and GATT/WTO dispute settlement”, mimeo Queen’s University

Busch, M L and E Reinhardt (2000) “Bargaining in the shadow of the law. Early settlement in GATT/WTO disputes”, Fordham International Law Journal 24. 158-172.

Pelc, K J (2010) “Constraining coercion? Legitimacy and its role in U.S. trade policy 1975-2000” International Organization 64. 65-96.

Puckett, A L and W L Reynolds (1996) “Rules, sanctions and enforcement under section 301. At odds with the WTO?”, The American Journal of International Law 90. 675-689

Schoppa, L J (1999) “The social context in coercive international bargaining”, International Organization 53. 307-342.