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『民族優遇主義:それはアフリカに限った事象ではない』 ジアコモ・デ・ルカ、ローランド・ホルダー、ポール・ラスキー、ミケル・ヴァルセッキ

Ethnic favouritism: Not just an African phenomenon “Giacomo De Luca, Roland Holder, Paul Raschky, Michele Valsecchi, Vox, 21 July 2016.

民族優遇政策はアフリカにおける事象、もしくは脆弱な政治制度を持った国に限られた事象だと、広く考えられている。この記事では夜間照明の明るさに関する資料を使いこの既成概念への反論を試みる。民族優遇政策はアフリカ以外でも同様に蔓延しており、貧困国や独裁国家に限られたことでもない。むしろ、選挙での再選への欲求がその事象を生む主要因の一つと考えられるのだ。

サハラ以南のアフリカでは政治指導者が自らの民族的出身地を優遇し多額の資金を投入する政策が行われていることは、一般に認められている。ケニヤはその典型である。カレンジン族を偏重したダニエル・アラップ・モイ大統領、キクユ族を偏重したムワイ・キバキ大統領、両者による政府とも、利益供与、汚職、自民族優遇政策を行い、それは2013年に至るまで35年間続いた(Wrong 2009)。

自民族優遇とアフリカにおける政策の関係性については多くの立証研究が行われ多くの文献が記されている一方で、ほとんどの研究は一国とひとつの政策のみに焦点を当てたものとなっている(その傑出した例外としてFranck and Rainer1, 及びKramon and Posner2は挙げねばなるまい)。そして地球規模で自民族優遇策の蔓延具合と決定要因を検証したものは見当たらない。

私達は自身の研究の中で地球規模の民族優遇主義の範囲とその動機の検証を行った(De Lucaと共著者)。ここで私達が用いた新手法は世界中の多民族国家を対象とした膨大で多岐にわたる二つの統計標本を基としている。さらに、多種多様な政策による分配の効力を捉えるための測定装置として夜間照明の明るさを用いた。

地球規模で民族優遇主義を測定する

世界中では政治指導者は在職中に自らの民族的出身地を優遇しているのだろうか、それが私たちが明らかにしようとしていることだ。そこで私達は140ほどの多民族国家で1992年から2013年の期間における民族編成地域(民族構成を同じくする地域)の資料を用いることにした。

民族編成の資料のために、私達は現在得ることのできる最も著名な二種の民族編成地図を基に二種の統計標本を構成した。その民族編成地図のうち第一のものはWorld Language Mapping System及びEthnologue(Gordon 2005)による、現在知られている全世界の使用言語を網羅した言語地図である。第二のものはGeo-Referencing of Ethnic Group(GREG)計画(Weidmanと共著者2010)による、古典とされるソビエト人民世界地図帳(Soviet Atlas Narodov Mira)のデジタル版地図である。Ethnologueを基とした統計標本は141の多民族国家から7653の民族編成地域(平均して一国あたり54の地域)を抽出し、GREGからは137の多民族国家から2032の民族編成地域(平均して一国あたり15の地域)を抽出した。

民族編成地域ごとでGDPを測定した資料は得られないので、Hendersonと共著者(2012)に倣い、アメリカ空軍気象衛星より得られる夜間照明の明るさの資料を使った。地域に即したデータの得やすさ、そしてGDPと正の相関を持つその性格により、夜間照明の明るさは国家より小さい単位での行政地域及び民族編成地域の研究をする際、経済活動と発展を計測するための資料として広く用いられるようになってきた(例としてMichalopoulos and Papaioannou 2013, 2014, Hodler and Raschky 2014a, 2014b, Alesinaと共著者2016)。

次に挙げることが私たちが精査する課題である。在職中の政治指導者の民族的出身地に当たる民族編成地域は他の地域よりも夜間照明は明るいのだろうか。政治指導者の民族的出身地と夜間照明の明るさの間に正の相関があれば、それは民族優遇主義の証拠と私達は解釈する。更には、この事象の範囲と決定要因、そして考えられうる政治指導者にとっての動機を考察する。

民族優遇主義は世界中で見られる事象である

私達は民族優遇主義の有力な証拠を見付け出すことができた。現職にある政治指導者の民族的出身地では7~10%高い夜間照明の明るさを享受しており、GDPはそれに対応させるなら2~3%高いことになる。更には、政治指導者と言語的に近い関係にある民族集団に対しても民族優遇主義を見ることができた。

最も顕著なこととしては、民族優遇主義はアフリカ域外でも域内と同様に見ることができる。この事実は、民族優遇主義が主として、あるいは全般に、サハラ以南のアフリカで見られる事象、という既成概念を覆す。例を挙げるなら、ボリビアでは大統領がヨーロッパ系とクリオロと呼ばれる中南米生まれのスペイン系住民が多い地域を優遇する傾向があった。そしてその支出の多くを受け持っているのは先住民族である。先住民族であるアイマラ族出身のエボ・モラレスが選任された後、先住民族の居住地域の照明は確実に明るさを増して行った。特筆すべきは、批評家たちがアイマラ族の利得に特別な配慮をするよう、そしてその支出を他の先住民族に負わせるよう、モラレスに提言したことである(例を挙げるなら、Albro 2010, Postero 2010)。

民主化は万能薬ではない

更に私たちの研究の結果から言えることは、民主制度が民族優遇主義を減少させる傾向は弱く、それゆえ民主制度の影響は小さい。特に独裁制から脆弱な民主制への移行は民族優遇主義を減少させているようには見えない(そして、増大させることもありうる)。

この事象は、政治指導者が民族優遇主義に関与する動機から幾分か説明できる。政治指導者が自ら争わねばならない選挙の期間には事業が増大することが見て取れる。このことから、指導者は自民族への愛着心からだけではなく、再選の可能性を高めるために民族的出身地への優遇策を執ることが考えられる。選挙対策として政治指導者が民族優遇策を執るとすれば、民主制が抑止に有効ではないことに説明がつく。

加えて、民族優遇主義による恩恵が一時的なものであり長期にわたる発展をもたらすことは無い、という事象が見て取れる。これについても政治指導者の選挙への懸念によって説明できる。他の民族出身の政治指導者が選出され交代が起こると、前任者の民族的出身地で明るさを増した夜間照明は二年のうちに民族的推移と共に通常へと戻ってしまう。これは政治指導者が民族的出身地に公共資金を投入するとき、社会基盤への設備投資よりも一時的な消費に回しているためと考えられる。利益供与を得られるのは政権が続くかどうかにかかっている、それゆえ同族者が政治指導者への支援を止める訳にはいかない、その利益供与と支援の関係を保つための方策としては時期限定的な消費は理にかなっている(Padró i Miquel 2007)。

結論

私たちは研究を通して全く新しい見解を得ることができた。従来は、民族優遇主義は主としてアフリカで見られる事象であり経済の発展と民主化によって抑止できるもの、とされてきた。しかし民族優遇主義は世界中で、いわば標準的に見られる事象であり、それは富裕国、貧困国に関わらず存在し、正当な政治制度による抑止力は限定的である。

そこから、民族優遇主義を減少させる政治構造を見付け出すこと、それにも増して民族を超えた協調を引き出すことの必然性が見えてくる。ここで引き合いに出したいのがスイスの例である。スイスは高い度合いで民族分離社会である一方で、民族優遇主義は見られない。それは排他性の無い政府と、異なる政党と民族の間を持ち回る連邦大統領制に依っていると考えられる。

 

References

Albro, R (2010) “Confounding cultural citizenship and constitutional reform in Bolivia,” Latin American Perspectives, 37: 71-90.

Alesina, A, S Michalopoulos and E Papaioannou (2016) “Ethnic inequality,” Journal of Political Economy, 124: 428-488.

Franck, R and I Rainer (2012) “Does the leader’s ethnicity matter? Ethnic favouritism, education and health in Sub-Saharan Africa,” American Political Science Review, 106: 294-325.

De Luca, G, R Hodler, P A Raschky and M Valsecchi (2016) “Ethnic favouritism: An axiom of politics? [5]”, CEPR Discussion Paper 11351.

Gordon, Jr, R G, (2005) Ethnologue: Languages of the World, Dallas, TX: SIL International.

Henderson, V J, A Storeygard and D N Weil (2012) “Measuring economic growth from outer space”, American Economic Review, 102: 994-1028.

Hodler, R and P A Raschky (2014a) “Regional favouritism”, Quarterly Journal of Economics, 129: 995-1033.

Hodler, R and P A Raschky (2014b) “Economic shocks and civil conflict at the regional level”, Economics Letters, 124: 530-533.

Kramon, E and D N Posner (2013) “Who benefits from distributive politics? How the outcome one studies affects the answer one gets”, Perspectives on Politics, 11 : 461-474.

Michalopoulos, S and E Papaioannou (2013) “Pre-Colonial ethnic institutions and contemporary African development”, Econometrica, 81: 113-152.

Michalopoulos, S and E Papaioannou (2014) “National institutions and subnational development in Africa”, Quarterly Journal of Economics, 129: 151-213.

Padró i Miquel, G (2007) “The control of politicians in divided societies: The politics of fear”, Review of Economic Studies, 74: 1259-1274.

Postero, N (2010) “Morales’s MAS government: Building indigenous popular hegemony in Bolivia”, Latin American Perspectives, 37: 18-34.

Weidmann, N B, J Ketil Rod and L-E Cedermanv (2010) “Representing ethnic groups in space: A new dataset”, Journal of Peace Research, 47: 1-9.

Wrong, M (2009) It’s our turn to eat: The story of a Kenyan whistleblower, London: Fourth Estate.

 

訳者より: この記事はぜひ、以前の摂訳、『世界に於ける地域偏重主義Regional favouritism across the world“ と一緒に読んでいただきたい

  1. 2012 []
  2. 2013 []

ミチェル・ホフマン, ジャンマルコ・レオン, マリア・ロンバルディ 『義務投票・投票率・政府支出: オーストリアからの実証データ』 (2016年10月30日)

Mitchell Hoffman, Gianmarco León, María Lombardi  “Compulsory voting, turnout, and government spending: Evidence from Austria“, (VOX, 30 October 2016)


 

近年、先進民主主義諸国では選挙参加率の低下が続いている。本稿は、義務投票が政府政策に及ぼす影響を検討することで、投票率の増加が公共政策の変化に直結するのか、この点を見極めようという試みである。オーストリアの実証データの活用を通し、義務投票は政府支出に然したる影響を与えるものではないこと、但し、歴史的に投票率が低い国では異なった結果が生ずる可能性があることが分かった。

選挙は民主主義の要である。しかし先進民主主義諸国の選挙参加率は過去50年に亘り着実に減少を続けており (図1)、Brexitレファランダムや最近コロンビアで執り行われた和平合意をめぐるレファレンダムなどの重要な選挙での記録的な低投票率に達した。Lipjart (1997) の示唆する様に、投票に現れない者に対する政府の処遇が不十分なものになってしまうのであれば、下降線を辿る投票率には政治過程に歪を引き起こす恐れが有る。事実、民族的マイノリティ・移民・貧困層はEUや合衆国における不投票者を過剰に代表しているとの由がこれまでに報告されている (例: Timpone 1998, Gallego 2007, Linz et al. 2007)。有権者と実際に投票に現れる者とのいびつな分布図は、配分的帰結にも広範な影響を及ぼしかねない。こうした問題意識が後押しとなり、投票率および選挙民構成の変化が公共政策に如何なる影響を及ぼすかを研究対象とする文献群が政治学および経済学で新たに成長してきた。例えばMiller (2008) は、20世紀初頭の合衆国における女性への参政権付与が、女性から比例逸脱的に選好される公共財である政府保険支出の増加に繋がったことを明らかにしている。同じ様に、より最近の研究でブラジルにおける電子投票システム導入の影響を調べたFujiwara (2015) では、シンプルで直感的に利用できる投票ステーションの導入が、ともかく事実上、文字の読めない投票権者への参政権付与の役割を果たし、これが保険支出の増加ならびに小児死亡率の減少に繋がったことが判明した。

図1 OECD諸国における平均投票率, 1950-2016

原註: 図は国際民主化選挙支援機構 [International Idea] からのデータを活用して著者が作成したもので、1950-2016年の各十年間にOECD諸国で執り行われた全ての任意投票選挙の平均投票率 (登録済み投票者における%で表示) を示している。オーストリア・カナダ・チェコ共和国・デンマーク・エストニア・フィンランド・フランス・ドイツ・ハンガリー・アイスランド・アイルランド・イスラエル・イタリア・日本・オランダ・ニュージーランド・ノルウェイ・ポーランド・スロバキア・スロベニア・スペイン・スウェーデン・スイス・トルコ・英国における議員選挙、およびフランス・韓国・合衆国における大統領選挙が対象である。なお合衆国はこれら諸国中で唯一、義務的有権者登録も自動的有権者登録も採っていない国であり、したがって投票年齢に達した人口層に対する投票者の%を投票率としている。

諸政府は投票率の引き上げに利用し得る様々な政策ツールを保持しており、例えば投票所数を増やす、代理投票ないしは不在者投票 [mail voting] 等々がこれに当たる。選挙参加率の低落に抗してよく用いられる方法に投票の義務化がある。現在のところ、何らかの投票義務を課す法律を持つ国は世界で18ヶ国 (図2を参照)。なお過去50年の間に義務投票 [CV] を執り行った経験のある国だとその数はさらに増加する (International Ideaを参照)。バラク・オバマ大統領すら2015年5月に合衆国における義務投票の導入を提案しており、「もし全ての人が投票すればその影響は革新的と言ってよいものになる。金の力に対抗するのにこれより有効なものはないだろう。全ての人が投票する、それだけでこの国の政治版図は一新する。投票を行わない傾向が有るのは若い人達、所得の低い人達であり、移民層やマイノリティ層にかなり強く偏っている…一部の人がこうした人達を投票から遠ざけようとするのには理由がある」  (CNN 2015) と論じたのだった。

スイス・ブラジル・オーストラリアといった互いに相異なる多様な国々における幾つか研究を通して、不投票に対する罰金がほんの僅かであったり、罰則執行水準が貧弱であっても、選挙参加率は義務投票下で有意に向上することがこれまでに判明している (Funk 2007, De Leon and Rizzi 2014, Fowler 2013)。しかしながら、Miller (2008) やFujiwara (2015) の研究で分析された諸政策と違って、義務投票が故に選挙一般への参加に誘導された投票権者の選好が、任意投票時における平均的投票権者の選好と有意に異なると考えるべき理由はアプリオリには存在しないのである。よって、義務投票を用いた投票率の向上が公共政策の変化に繋がるかどうかは定かでない。新たな論文で我々が取り組んだのはこの問題だ (Hoffman et al. 2016)。

図2  義務投票制をもつ世界の国々

出展: International Idea.

オーストリアにおける義務投票制と政府支出

その他数多くの国々と同じく、オーストリアでも投票への参加には社会経済的格差が見られ、貧しい人は富裕層よりも投票に足を運ばない傾向がある。高い選挙参加率を確保する為、オーストリア9州は第二次世界大戦終結以降、諸般の義務投票関連法律を設けてきた。興味を惹くのは、これら法律が様々に異なる時点で様々に異なるタイプの選挙に関して変転を辿ってきた点だ (図3)。投票棄権の妥当な理由を提示できなかった不投票者に対して罰金を科す責務を負うのは諸々の地方当局だが、実際にそうした罰金賦課を執行することは稀であり、不投票のエクスキューズもかなり広く、例えば病気・仕事上の都合・『その他の已むに已まれぬ事情』 といった程度でも容認してきた。ともかく事実上は、投票を怠ったことに対する懲罰の執行は極めて手緩いものだったのである。義務投票関連法律の在り方は様々な時期・州・選挙タイプ毎にバラツキが有り、おかげでこうした法律が投票率や選挙結果、またいっそう重要な公共政策といった要素に及ぼした影響を研究するには絶好の環境となった。

図3 オーストリアにおける義務投票制、1949-2010

原註: 棒線は、それぞれの州で義務投票による選挙が行われていた時期を示す。

議会選挙・大統領選挙・州選挙に関する行政データを活用し、我々は先ず投票率の比較を行った。義務投票関連法律の有る州・無い州の間、つづいて1949-2010年期間で義務投票関連法律を改変した諸州内部で、それぞれ投票率を比較したところ、義務投票制が投票率をおよそ10%増加させていたことが判明した。さらに、義務投票という制度は無関心層投票権者を投票所に引っ張り出すことで投票率を増加させる可能性があるとの仮説とも整合的な点だが、義務投票制が無効票の占める割合の上昇にも繋がっていたことも分かった。とはいえ、その推定値は極めて小さい。具体的に言うと、義務投票のために投票に動員された者10人につき、無効票1票を投ずる者は僅かに1.5人から3人だ。こうした結果は一連の頑健性チェックを経ても維持された。例えば、因果性の向きは逆方向で、州は投票率の低下に対処するために義務投票制を導入したのではないかといった懸念も在る訳である。本論文は、こうした懸念も本件には当て嵌まらなそうだと示している、つまり過去あるいは未来における義務投票制は現在の投票率と関連性していないのである。加えて、1992年における連邦レベルでの義務投票制廃止に州政府は全く影響力を持たなかったが、同廃止の効果に考察を限定しても、本結果は維持されることも我々は確認している。

1980-2012年の州支出内訳データを活用し、我々は義務投票関連法律が州レベルの支出に及ぼした影響を分析した。面白いことに、州固有ファクター・国家規模の年度固有ファクター・州レベルの支出トレンド分を調整してしまうと、義務投票関連法律の変化は州レベルの支出水準・構成の有意な変化に繋がるものではなかったと判明している。とりわけ、州レベルの支出額にせよ、行政支出・福祉支出・インフラ支出に対するそうした予算の割当比率にせよ、義務投票制の導入・廃止に伴う有意な変化は見られなかったことが本実証結果から明らかになっている。支出カテゴリをさらに細分化した場合であってもこのゼロ効果が持続していること、義務投票関連法律の改変はそれに先立つトレンドによって引き起こされているのではなさそうなこと、さらに州政府の主導によらない義務投票関連法律改変の一事例 (1992年における連邦レベルでの義務投票制廃止事例) を考察した場合でもなお同効果が存続することも、我々は明らかにしている。

義務投票が投票率に相当の影響を及ぼしながらも政策結果には全く影響しなかったのは一体どうしてなのか?

この問いに対する答えを求め、我々は義務投票が国民議会選挙ならびに州選挙の結果に変化を生み出したかどうかを調べた。観察されたゼロ効果の説明としては、義務投票制が故に投票に現れる人達の政治的選択が、平均的に見ると、任意投票制時に投票を行っていた者のそれと類似しており、したがって選挙結果に変化は生じないのだ、という説が在り得る。他には、中位投票者の選好に変化があり選挙結果に影響を及ぼすのであっても、コミットメント問題ないしエージェンシー問題のために政府支出に依然として影響が無いのだという説明も考え得る。これは第一の説と整合的な点だが、議会選挙と州選挙のどちらについても義務投票は右翼・左翼政党の得票率に全く影響を及ぼさないことが分かっている。さらに、政治的供給 [political supply] からの反応も全く無いようである – つまり公職獲得に向け選挙活動を行う政党数にも、勝利政党の付けた得票差やその得票率にも変化は無いのだ。

本論文の最後で、我々は以上の結果の背景に在るメカニズムにも光を当てている。1986年度および2003年度オーストリア社会調査 [Austrian Social Survey] からの個人レベルデータを活用しつつ、義務投票関連法律と投票者特徴の相互関係に注目することで、義務投票導入のために選挙民の構成がどの様に変化したかを調査した。(この2つの調査年度の間に位置する) 1992年に3つの州で見られた議会選挙における義務投票制の廃止事例を利用し、我々は義務投票が女性と低所得層の間で比較的大きな影響を持ったことを示す実証データを確認した。影響は政治への関心が薄い層、支持政党の無い層、情報量が相対的に不足している層 (これは新聞購読の習慣で代理した) でも比較的大きいようである。こうした結果は示唆的ではあるが、義務投票制の導入ないし廃止のために投票したり投票棄権したりする者は政策や政党に関して強い選好を持っておらず (平均的に言って)、したがって選挙結果に然したる影響をもたない或いは全く持たないとの説とも整合的である。付け加えれば、こうした投票権者の支援政党決定が政策に無反応であるなら、政党側にもこの様な投票権者の選好に合った政策を形成するインセンティブは無いかもしれない。

示唆

本結果は、義務投票という制度で投票率が向上するとしても、政府支出にまで有意な影響が出るとは限らないことを示す実証データを提供するものとなった。勿論、こうした結果はオーストリア固有のものである。とはいえ我々はこの結果は高い投票率を持つその他の先進民主主義諸国、例えばドイツやスカンディナビア諸国などにもかなり関連していると考えている。ただ、合衆国をはじめとする投票率の低いその他諸国に対してこの結果がどの様に外挿 [extrapolate] されるかとなると、こちらはそれほど明白とは言えない。

参考文型

CNN (2015), “Obama: Maybe it’s time for mandatory voting”, 19 March.

De Leon, F L L, and R Rizzi (2014), “A Test Tor the Rational Ignorance Hypothesis: Evidence from a Natural Experiment in Brazil”, American Economic Journal: Economic Policy 6 (4), 380-398.

Fowler, A (2013), “Electoral and Policy Consequences of Voter Turnout: Evidence from Compulsory Voting in Australia”, Quarterly Journal of Political Science 8 (2), 159-182.

Fujiwara, T (2015), “Voting Technology, Political Responsiveness, and Infant Health: Evidence from Brazil”, Econometrica 83 (2), 423-464.

Funk, P (2007), “Is There an Expressive Function of Law? An Empirical Analysis of Voting Laws with Symbolic Fines”, American Law and Economics Review 9 (1), 135-159.

Gallego, A (2007), “Unequal Political Participation in Europe”, International Journal of Sociology 37 (4), 10-25.

Hodler, R, S Luechinger, and A Stutzer (2015), “The Effects of Voting Costs on the Democratic Process and Public Finances”, American Economic Journal: Economic Policy 7 (1), 141-171.

Hoffman, M, G León, and M Lombardi (2016), “Compulsory voting, turnout, and government spending: Evidence from Austria”, Forthcoming, Journal of Public Economics. Barcelona GSE Working Paper 809.

Lijphart, A (1997),”Unequal Participation: Democracy’s Unresolved Dilemma”, American Political Science Review 91 (1), 1-14.

Linz, J, A Stepan, and Y Yadav (2007), Democracy and Diversity: India and the American Experience, 50-106.

Miller, G (2008), “Women’s Suffrage, Political Responsiveness, and Child Survival in American History”, Quarterly Journal of Economics 123 (3), 1287.

Timpone, R J (1998), “Structure, Behavior, and Voter Turnout in the United States”, American Political Science Review 92 (1), 145-158.

 

ラルス・クリステンセン 「アメリカ版ケインズ主義を取り戻す? ~トランプ政権のマクロ経済政策の行方を占う~」(2016年11月9日)

●Lars Christensen, ““Make America Keynesian Again””(The Market Monetarist, November 9, 2016)1


本日のことだが、デンマークにあるラジオ局からドナルド・トランプ次期大統領について何かコメントしてくれないかと取材の申し込みがあった。トランプその人ないしは彼が掲げている経済政策プランについて何か称えるべき面はないだろうかというのだ。「申し訳ないが他をあたってくれ」と取材の申し込みは断っておいた。というのも、トランプという人物について誉めるべき点は一切無いというのが私の率直な意見だからだ。

ドナルド・トランプという人間は下劣極まりない人物だ。私はそう評価している。また、移民や貿易といった話題について彼と私とは考えがまるっきり正反対でもある。「大統領選挙の行方は金融市場を大きく揺るがすような重大事ではない」。大統領選挙期間中に折に触れてそう強調してきたものだが、今日(大統領選挙翌日)のマーケットの反応を見る限りではどうやらその判断に間違いはなかったようだ。

マーケットの反応を解釈する

今回の選挙の結果としてトランプが次期大統領に選ばれただけではなく共和党が上下両院で過半数を占めることにもなったわけだが、マーケットはそのことが持つ経済的な意味合いについてどう評価しているだろうか? 今日のマーケットの反応は一体何を物語っているだろうか?

まず最初に言っておくべきことは、マーケットは今回の選挙結果をかなり冷静に受け止めているということだ。マーケットのこのような冷静な反応は一体何を意味しているだろうか? トランプは選挙期間中に貿易や移民の問題について何とも奇天烈な「公約」の数々を口にしてきたわけだが、トランプがいくら大統領になろうともその中の多くは到底実現できそうにない(あるいはトランプはその実現にそこまで本気になってこだわりはしない)。マーケットはそう見ているというのが私の判断だ。

次に言っておくべきことはこうだ。今回の選挙結果がアメリカ経済を景気後退に追いやる一因になることも世界的な経済危機を招く一因になることもない。マーケットは間違いなくそう見なしている。米国の株式市場も今日になって持ち直してプラスに転じているし、外国為替市場に目を向けるとドル相場は過去24時間の間でほとんど変化していないのだ。 [Read more…]

  1. 訳注;原エントリーのタイトル “Make America Keynesian Again”(「アメリカ版ケインズ主義を取り戻す」)はトランプ陣営が選挙期間中に掲げていたスローガン “Make America Great Again”(「偉大なアメリカを取り戻す」)をもじったもの。 []

タイラー・コーエン 「ピーター・ナヴァロ ~経済方面における『トランプ大統領』の一番の指南役?~」(2016年8月1日、9月27日)

●Tyler Cowen, “The economist whose ideas guide Trump the most”(Marginal Revolution, August 1, 2016)


「トランプの考えに最も強い影響を及ぼしている経済学者は誰か?」と尋ねられたら私なら「それはピーター・ナヴァロ(Peter Navarro)だ」と答えることだろう。ナヴァロはカリフォルニア大学アーバイン校に籍を置く経済学者だが、彼の経歴についてはブルームバーグに寄稿したコラムで詳述したばかりだ。その一部を引用しておこう。

ナヴァロは中国に批判的な1ドキュメンタリー映像を公けにしているが、いずれもトランプから賞賛されている。ナヴァロとトランプが直接会ったことはこれまでに(2016年8月の段階では)一度もないようだが、ナヴァロ自身の説明によると「トランプ陣営とは経済や貿易、中国、アジアにおける外交政策といったテーマについて密に協力」しているとのことだ。ナヴァロは今年の3月にトランプを支持する記事を書いており、その中で数々の批判からトランプを擁護している。アカデミズムの世界(大学をはじめとした研究機関に籍を置く経済学者の中)にはトランプを支持する経済学者はほとんどいないことを踏まえると、ナヴァロは「トランプ政権」で重要なポストに就く可能性のある有力候補の一人だと考えてもよさそうだ。

・・・(略)・・・ナヴァロが中国について書いている他の記事にしてもやはり同じことが言える。理性的で冷静な分析が加えられているかと思うと感情的で過激なコメントが火を噴くといった具合に論調が極端にあちこちに振れて慌ただしいのだ。とは言え、その言わんとするところをまとめるとおおよそ次のようになるだろう。アメリカは中国との通商交渉でタフな(強硬な)姿勢を貫け。中国国内での知的財産権の侵害は厳しく取り締まれ。中国からの輸入品には高い関税を課せ。中国の重商主義に真っ向から立ち向かえ。アメリカに職を取り返せ。そして・・・「偉大なアメリカ」を取り戻せ2。「中国に関するトランプの考えを知りたいのだけれど、そのためには誰の本を読めばいいだろう?」。そういう疑問をお持ちの方はナヴァロ(が書いたもの)を読むといい。

ブルームバーグのコラムではまだ他にも色んな話題を取り上げている。ナヴァロの学者としての経歴(シカゴ学派流のアプローチとして括れるような研究や「公共選択論」、「法と経済学」といった方面で優れた業績を数多く残している)や資産運用に関する彼独自のアドバイス(はっきり言って眉唾物で誇大広告なところがある)、それまでは親中派が優勢だった共和党を反中派(中国懐疑派)が優勢な党へと様変わりさせる上で彼が果たした重要な役割等々だ。今のところ世間では「ナヴァロ? 誰それ?」状態だが、仮に「トランプ政権」が誕生した暁にはナヴァロが(閣僚(ないしは閣僚級高官)として)経済方面で主導的な役割を果たすであろうことは容易に想像できることだ。「トランプ政権」が誕生する未来ももしかしたらやってくるかもしれない(30%くらいの確率でそうなるかもしれない)のだからそれに備えて是非とも全文に目を通していただきたいところだ。

——————————————————————————————————- [Read more…]

  1. 訳注;リンク先の本の邦訳はつい先日刊行されたばかり。ナヴァロは他にも似たようなテーマで何冊か物しており、そのうちの一冊は訳されているようだ。 []
  2. 訳注;「『偉大なアメリカ』を取り戻せ」(“Make America great again”)というのはトランプ陣営が大統領選挙期間中に掲げたスローガン []

マーク・ソーマ 「トランプ大統領=制度への脅威?」(2016年11月5日)

●Mark Thoma, “More Jobs, a Strong Economy, and a Threat to Institutions”(Economist’s View, November 05, 2016)


アダム・デヴィッドソン(Adam Davidson)がニューヨーカー誌で次のように書いている。

More Jobs, a Strong Economy, and a Threat to Institutions”:

・・・(略)・・・「制度」は経済学者にとって極めて重要な意味合いを持っている。一国が繁栄するのは天然資源に恵まれているためでも国民の教育水準が高いためでも先進的なテクノロジーを手にしているためでもない。その国に優れた制度が備わっているからだ。経済学者はそのような考えに落ち着くに至っている。フォーマルな(成文化された、法的な裏付けのある)制度的な構造はインフォーマルで(成文化されていない)その内容が口にされることも稀な「社会的な合意」によって支えられている、という点は決定的に重要である。必要なのは裁判所だけではない。「裁判所は公平な裁きを下してくれる」。国民の間でそう信じられている必要もあるのだ。・・・(略)・・・

少数のエリートが貧民から富を掠め取る。これまでの歴史を振り返るとそういう例は枚挙に暇がない。支配者たちの宮殿暮らしと権力維持――そのためには兵士を養う必要がある――を目的としてルールが形作られ、そのルールのもとで暮らす農民たちは重税を課せられて生存水準ぎりぎりの生活を余儀なくされる。しかしながら、支配者たちが被治者(あるいはその一部)の要求を飲まざるを得ない状況に追いやられ、その結果として新たなシステムが姿を現すという場合が時としてある。・・・(略)・・・権力者が権力なき者たちの要求のいくらかに応じざるを得ない。そのことを保証するに足るだけの頑強なシステムを備える社会には繁栄と平和がもたらされることになる。・・・(略)・・・カネと権力を手にした者たちの勝手気ままで醜悪な衝動にタガをはめるような制度が備わっていない国家の多くは貧困と混乱からいつまでも抜け出すことができない。・・・(略)・・・

今回の米大統領選挙はいくつかの理由で経済学者に対して警鐘を鳴らす格好となっている。ドナルド・トランプが掲げる経済政策のプランを支持している経済学者は一人もいない――いや、一人いた――が、そのことよりももっと重要な懸案事項がある。仮にトランプが大統領に選ばれたとしたらこれまでアメリカ経済の安定を支えてきた制度そのものを突き崩そうとするのではないか、という懸念がそれだ。裁判所や言論の自由、(国家間で結ばれた)国際条約、「アメリカ流の生活」を支える支柱の数々。トランプは選挙キャンペーンの最中もそういった一連のものにあからさまな侮蔑を加えて憚らない姿勢を貫いている。「トランプも大統領になれば少しは態度を和らげるだろう」なんて考えるべき理由はほとんどないのだ。・・・(略)・・・

・・・(略)・・・「トランプ大統領」が最高裁の権威に刃向かうような事態が起こることも容易に想像できることだ。アンドリュー・ジャクソン大統領もよく心得ていたように、最高裁を中核とする裁判制度を尊重する姿勢がなければ、最高裁が下す判断も何の効力も持ち得ないのだ。トランプが大統領になったら一体何をするだろうか? そのことは誰にもわからない。しかしながら、トランプが選挙キャンペーンの最中に口にした発言の数々に照らす限りでは、裁判所や軍隊、言論・集会の自由に対して国民が大して信頼を寄せていない国家がこの地に生まれる可能性を想像するのも不可能ではない。仮にそのような想像通りになったとしたらどうなるだろうか? 教育や新たなビジネスプラン、新しいアイデアに投資した先にはあんなことやこんないいことが待っているかもしれない。国民がそのような夢を抱くことももうなくなる。それが歴史の教えであり、やがて国民の意識は別のところに向かうことになる。他人の富をいかに奪うか、手元に蓄えた富を他人に奪われないようにいかに守り抜くか。国民はそのことに汲々とするようになるのだ。人間のうちにある勝手気ままで醜悪な衝動にタガをはめるような制度を欠いた社会ではやがて豊かさに陰りが生じ始めることになる。不穏な雰囲気が漂い、暴力が蔓延ることになる。こうして国家は衰退していくのだ。

スコット・サムナー「モンティパイソンの知恵」

[Scott Sumner, “The wisdom of Monty Python,” The Money Illusion, November 8, 2016]

あんまり落ち込みなさんな:

きっとなにかしらいいところもあるはずだ:

1. まだトランプが一般投票で負けるかもしれない.

2. 反ヒスパニック系をめぐるトランプの言辞はどうかしてるといまでも思ってる.でも,何百万ものヒスパニック系があの男に投票するというんだったら,ぼくも気に病むのはやめておこう.

3. トランプは病理的な嘘つきだ.だから,「やる」といま言ってるろくでもないことを全部やるともかぎらないかもしれない.

4. 実のところ,まともな提案もほんのわずかだけれどある.たとえば,債権と債務の税制一本化みたいな提案だ.実現しそうには思わないけれど,世の中わからないものね?

5. ブロガーにとっては,これから12ヶ月以上にわたって取り上げる話題に事欠かないだろう.

ぼくが思いつくのはこれくらい.みんなはどうだろう?

〔訳者註記: 原文でこのあとに続いている追記は省略しています〕

タイラー・コーエン 「大統領選挙と鮫」(2012年10月29日、2016年10月29日)/「大統領選挙と雨」(2016年11月4日)

●Tyler Cowen, ““Blind Retrospection Electoral Responses To Drought, Flu, and Shark Attacks””(Marginal Revolution, October 29, 2012)


「『干ばつ、インフルエンザ、鮫の襲撃』に対する有権者の盲目的な回顧投票」。クリストファー・アチェン(Christopher Achen)とラリー・バーテルズ(Larry Bartels)の二人が2004年に執筆した論文(pdf)のタイトルだ。今週か来週あたりにその真実味が明らかになる可能性があるかもしれない。

有権者は苦難が起こるとその責任を取ってもらうために現職の政治家を罰するものだ。民主政治の研究にいそしむ学徒たちの間では長らくそう信じられている。現代の政府は経済(景気)の良し悪しに責任を負っているが、無能な(国家経済の)管理者を引き摺り下ろして有能そうな代わりを(選挙で)選ぶことは物事に通じた合理的な行為のように思える。しかしながら、現実の有権者がそのように洗練された行い(回顧投票)1に従っているかというと厳密な検証にはとても耐えられない。現実の有権者は干ばつや洪水、鮫の襲撃といった神の御業(不可抗力、天災)の責任を取ってもらうために現職の政治家を時として罰することがある、というのが本論文で我々が発見したことである。いくら不可抗力であったとしても「その出来事を引き起こした責任は現政府(与党)にある」という筋書きが説得力ある話として世間(世俗文化)で流布するようであれば、有権者はその出来事に遭遇することで鬱積した不満を現職の政治家(あるいは与党の政治家)にぶちまけ、選挙で野党の政治家に票を投じる可能性がある。天災による苦痛にさいなまれるような場合、有権者としては必ずしも非合理的ではなくても科学や政治について無知であるようであれば、野心溢れるデマゴーグ(煽動家)が天災に乗じて名を上げようとたくらむとそれについ騙されやすくなってしまう。民主主義の感応性(democratic responsiveness)に対する従来の理解も回顧投票を合理的な行為として解釈しようとする従来の試みも現実の有権者の投票行動についての本論文での解釈の前にひれ伏さざるを得ないのだ。

私もケヴィン・グリアー(Kevin Grier)と連名で関連する記事をスレート誌に寄稿したばかりだが2、今回取り上げたアチェン&バーテルズ論文はグリアーに教えてもらったものだ。グリアーに感謝。

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  1. 訳注;「回顧投票」(retrospective voting)というのは政権党(与党)の過去の実績に応じてどの政党(の政治家)に選挙で票を投じるかを決めることを指している。例えば、選挙に先立つ数年(あるいは数ヶ月)の間の景気がよければ与党に票を投じ、反対に選挙に先立つ数年(あるいは数ヶ月)の間の景気が悪ければ野党に票を投じる、といった投票行動がそれにあたる。 []
  2. 訳注;この記事の一部を引用したエントリーは本サイトでも訳出されている。次がそれだ。 ●タイラー・コーエン 「オハイオ州立大学のフットボールチームの勝敗がホワイトハウスへの切符を賭けたレースの行方を決定づける?」(2014年1月9日) []

タイラー・コーエン 「トランプを支持しているのはどんな層?(その2)」(2016年8月12日、10月28日)

●Tyler Cowen, “The roots of Trump support” (Marginal Revolution, August 12, 2016)


自分自身が苦難にされされているというわけでは必ずしもなく、隣人が苦難にされされている。トランプに対する支持の源はどうやらそういうところに求められるようだ。

世論調査の研究で知られるギャラップ社がこの度新たに発表した分析結果は巷間に流布している説の不備を浮き彫りにしている。その分析結果はギャラップ社が過去1年間にわたって計8万7千人を対象に行った聞き取り調査が基になっているが、トランプに好意的な印象を持っている回答者はトランプを嫌悪している回答者に比べて海外との貿易や移民の流入によって大きな痛手を被っているかというとそういうわけではない、というのだ。トランプ支持者は平均するとその他のアメリカ国民と比べて所得が低いわけでも失業にさらされる危険性が高いわけでもない。ギャラップ社の分析結果はそのような可能性を示唆しているのだ。

トランプを支持している当人は経済的に比較的恵まれているかもしれないが、その当人の周囲には何らかの苦難にされされている隣人が数多くいる。ギャラップ社の分析結果はそのような可能性も同時に示唆している。若くして命を失う白人が多かったり、貧困の連鎖からなかなか抜け出せないでいる若者が数多くいる。トランプ支持者はそのような地域の住人である場合が多いのだ。

ギャラップ社の分析結果は誰がトランプを支持しているかを高度な統計分析を応用して探ったこれまでで最も包括的な調査だ。この調査を取り仕切ったのはジョナサン・ロズウェル(Jonathan Rothwell)である。ロズウェルは聞き取り対象者がどこに住んでいるかをZIPコード(郵便番号)に応じて分類した上で高度な統計分析を加え、そうして得られた結果をその他のデータとも照らし合わせてチェックしている。

マックス・エーレンフロイント(Max Ehrenfreund)とジェフ・ギュオ(Jeff Guo)が連名で執筆している(毎度の如くお見事な)Wonkblogの記事からの引用だ。引き続き引用しておこう。

白人は他の層に比べて裕福な傾向にあり、トランプ支持者の大勢は白人である。とは言え、このことはトランプ支持者についてだけ当てはまる話ではなく、共和党員全般についても言えることだ。しかしながら、ロズウェルが白人の共和党員に的を絞って詳しく分析した結果によると、その中でも裕福な回答者ほどトランプに好意的な傾向にあることが見出されたということだ。

・・・(中略)・・・

「お金」の面(低所得)だけではトランプの人気は説明できない。ロズウェルの分析結果はそのことを示唆している。トランプは学歴がそう高くはない男性層にも人気があるが、トランプ支持者の間には学歴とは別の何らかの共通する特徴があるのだろう。

ロズウェルの分析結果は他の分析結果に比べると(トランプ躍進の原因を説明する要因として)「海外との貿易」や「中国」が果たす役割をかなり低く位置付けるものでもある。ロズウェル本人による分析結果の要約はこちらを参照されたい。

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●Tyler Cowen, “United States fact of the day: who supports Trump?”(Marginal Revolution, October 28, 2016)


(海外との貿易を通じて)「アメリカから職が奪われている」。ドナルド・トランプが何度も何度もそう訴えているのを耳にしたことがあるだろうが、そのようなトランプの訴えを聞いていると「トランプを支持しているのは海外との貿易のせいで苦汁をなめさせられることになった人たちなのだろうな」と思われるかもしれない。ところがどっこい。ギャラップ社が明らかにした最新の分析結果によると、どうやら真実は逆のようなのだ。

・・・(中略)・・・

「トランプを支持しているのは製造業部門で働いていて職を失った経験がある労働者という可能性が高い。そのことを示す証拠は何をどう測っても一切出てこないんです」。ギャラップ社のシニアエコノミストを務めるジョナサン・ロズウェルは電話でのインタビューにそう答えた。

有権者がトランプを支持しているかどうかをうまく予測できる要因には何があるか? ギャラップ社が今回明らかにした調査ではその点が探られているが、有権者が製造業の盛んな地域に住んでいるとその有権者がトランプを支持する確率は1%低下する(人種や所得といったその他の要因をコントロールした上での話)、という結果が得られている。

・・・(中略)・・・

その一方で、有権者が製造業の影が薄い地域に住んでいるとその有権者がトランプを支持する確率は1%高まるという。

詳しくはガス・ルビン(Gus Lubin)が執筆しているこちらのBusiness Insiderの記事を参照されたい。

タイラー・コーエン 「トランプを支持しているのはどんな層?(その1)」(2016年3月17日、5月8日)

●Tyler Cowen, “Is culture or economy behind the rise of Donald Trump?” (Marginal Revolution, March 17, 2016)


「アメリカが抱えている課題の中でも最優先課題は経済だ」(「経済が一番大事だ」)。そのように考える(共和党員の)有権者の割合が最も高かった州の予備選挙でとりわけトランプの成績がよかったかというとそういうわけでもない。そのような(「経済が一番大事だ」と考える(共和党員の)有権者の割合が最も高かった)州の数は出口調査が行われた15の州のうちで10の州に上るが、トランプはそのうち8つの州で勝利を収めている。勝率は8割だ。残りの5つの州においては「経済が一番大事だ」と考える(共和党員の)有権者の割合はいずれも2番目に高かったが、トランプはそのうち4つの州で勝利を収めている。やはり勝率は8割だ。「経済が一番大事だ」と考える(共和党員の)有権者の割合が2番目に高かった州ではトランプとその他の候補者との得票率差は平均すると7.8ポイントだが、「経済が一番大事だ」と考える(共和党員の)有権者の割合が最も高かった州ではその差(トランプと第2位の候補者との得票率差)は平均すると6.9ポイントに過ぎないという結果になっている。

・・・(中略)・・・

トランプは「経済が一番大事だ」と考える(共和党員の)有権者よりもそれ以外の問題を優先課題と考える(共和党員の)有権者の方と反りが合うことも見えてくる。「経済が一番大事だ」と考える有権者がどの候補者に票を投じたかを調べてみると、トランプがそのように考える有権者から一番多くの票を集めたのは15の州のうち10の州。その一方で、「移民問題が一番大事だ」と考える有権者がどの候補者に票を投じたかを調べてみると、15の州のうち12の州で(「移民問題が一番大事だ」と考える有権者から)トランプに一番多くの票が集まっている。「テロの問題が一番大事だ」と考える有権者についても同様だ(15の州のうち12の州で「テロの問題が一番大事だ」と考える有権者からトランプのもとに一番多くの票が集まった)。有権者の(どの問題を一番大事だと考えるかに応じて区別される)カテゴリーごとに得票率差を見てみると、トランプとその他の候補者との得票率差は15の州のいずれについても「経済が一番大事だ」と考える有権者のカテゴリーにおいてよりもその他の(それ以外の問題を一番大事と考える)有権者のカテゴリーのいずれか一つにおいての方が大きい(トランプが第2位の候補者をより大きく引き離している)という結果になっている。8つの州では「経済が一番大事だ」と考える有権者のカテゴリーにおいてよりも得票率差が大きい有権者のカテゴリーは少なくとも2つは見つかり、2つの州では(トランプとその他の候補者との)得票率差は「経済が一番大事だ」と考える有権者のカテゴリーで最低を記録している。

・・・(略)・・・トランプ現象は(経済面での不安ではなく)主に文化面での不安によって突き動かされているのではないか。文化の変容に対する不満、文化が衰退しつつあるのではないかという不安。トランプ現象の背後にはそのような文化面での不安があるのではないかと私には思われるのだ。

詳しくはスコット・ウィンシップ(Scott Winship)が執筆してるナショナル・レビュー誌のこちらの記事を参照されたい。

ところで、「トランプの躍進を許した責任は共和党内部のエリート層にある」と語る記事をここのところよく目にするものだ。そのような記事では確かにもっともな批判が展開されてはいるのだが、私は密かにそれとは別の理論あるいは補完するような理論を持ち合わせている。トランプの躍進を許した責任はトランプに投票した人たちにある、というのがそれだ。因果関係だとか責任の所在だとかを説明するこれほどまでに複雑な理論が他にあるだろうか?

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●Tyler Cowen, “Trump voters are fairly well off”(Marginal Revolution, May 8, 2016)


予備選挙でトランプに票を投じた(共和党員の)有権者の中位所得は(出口調査が行われた)23の州全体の家計所得の中位値(中位所得)を上回っている。州ごとに細かく見ていくと、ニューハンプシャー州やミズーリ州に関してはその差はそれほど大きくはないが、それ以外の州ではその差はかなりのものになる。例えば、フロリダ州のケースがそうだ。フロリダ州で行われた共和党の予備選挙でトランプに票を投じた(共和党員の)有権者の家計所得(年収)の中位値(中央値)はおよそ7万ドル1だが、フロリダ州全体の家計所得(年収)の中位値は4万8千ドル2だ。その差(トランプに投票した有権者の中位所得と州全体の中位所得との差)は非白人層が多い州ほど大きい傾向にある。黒人やヒスパニック系の有権者は民主党員だというケースが大半であり、所得も低い傾向にあるということも関係しているが、例えばノースカロライナ州がそうだ。ノースカロライナ州で行われた共和党の予備選挙でトランプに票を投じた(共和党員の)有権者の家計所得(年収)の中位値は7万2千ドルだが、ノースカロライナ州で行われた民主党の予備選挙でヒラリー・クリントンに票を投じた(民主党員の)有権者の家計所得の中位値は3万9千ドルという結果になっているのだ。

さらにもう一丁。

〔共和党員は民主党員に比べて概して裕福であり、裕福な層はとりわけ予備選挙で投票に向かう傾向が高いということも確かに関係してはいる〕。しかしながら、共和党員の投票率は4年前の予備選挙時に比べると大きく上昇しているのは確かだが、「労働者階級」(“working-class”)や低所得層の共和党員の投票率が特に高まっているという証拠は見られない。今回だけではなく4年前の予備選挙時にも出口調査が行われた州全体の平均で見ると、今回の予備選挙で投票を行った共和党員のうちで家計所得(年収)が5万ドルを下回っているのは(投票した共和党員)全体の29%、翻って4年前の予備選挙時にはその割合(予備選挙で投票した共和党員のうちで家計所得(年収)が5万ドルを下回っている割合)は31%だったのだ。

さらには、予備選挙でトランプに票を投じた有権者のうちおよそ44%が大学の学位を持っているということだ。ちなみに、アメリカ全体で見るとその割合(大学の学位取得者が成人人口に占める割合)は29%ということだ。

今回引用したのはこちらのネイト・シルバーの記事だ。ところで、ネイト・シルバーとはつい最近対談したばかりだ。その時の模様を収めた音源やビデオ、対談の文字起こしをご覧になりたい方はこちらのリンクを辿っていただきたい。

  1. 訳注;1ドル=100円で計算すると700万円 []
  2. 訳注;1ドル=100円で計算すると480万円 []

マイルズ・キンボール 「均衡パラドックス ~『誰か』が『それ』をやらねばならない。その『誰か』とは『あなた』かもしれない~」(2016年2月28日)

●Miles Kimball, “The Equilibrium Paradox: Somebody Has to Do It”(Confessions of a Supply-Side Liberal, February 28, 2016)


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「100ドル紙幣(高額紙幣)の発行をやめてしまうというのも一考の価値ありだ」。ケネス・ロゴフローレンス・サマーズがそのような何とも結構な提案を行っているが、その提案が現実のものとなる前にちょっと立ち止まって考えておきたいことがある。道端に100ドル紙幣が落ちている。経済学者がその場に出くわしたらどうするだろうか? 経済学の世界に古くから伝わる言い伝え――「本物」の100ドル紙幣が道端に落ちていようものなら誰かが既に拾っているはずだ――を信じる経済学者であれば道端に落ちている紙切れ(100ドル紙幣)には目もくれずにそのままその場を通り過ぎることだろう。

上記の例を具体的な事例の一つとして含む現象一般に「均衡パラドックス」という名前を付けることにしよう。「均衡パラドックス」は色んな場面で姿を現す。例えば、資産価格が(ファンダメンタルズを反映した)適正な水準に向かうためには、資産価格を正すように行動すればそれに伴って儲けが得られるようになっていなければならない。そうでなければ、資産価格はいつまでも適正な水準に落ち着くことなく、それゆえ資産市場は効率的ではあり得なくなる。生産物市場が「均衡」に落ち着くためには時として超過利潤を手にする機会が存在していなければならない。そうでなければ、その市場へ新たに参入しようという気を持つ企業は現れず、そのために利潤がゼロにまで下がるということもなくなる。テクノロジーの進歩が果たされるためには「従来のやり方よりも優れたやり方がある」と誰かが新しいアイデアを提案するだけではなく、そのアイデアに「何々? 君を除く他の人間は愚か者ばかりでこれまでずっと馬鹿げたやり方に固執し続けてきたとでも言いたいのかね?」との反論に屈しないだけの魅力が備わっていなければならない。公共政策の転換を促すためには「あなたが語るその提案がそんなにうまくいくというのならもうとっくの昔に試されていてもいいはずだとは思いませんか?」との反論を乗り越えなければならない。 [Read more…]