どうして政府が医療保険を提供するか
アメリカで政府が医療保険を国民全員に提供するかで騒動になっているが、どうして政府が医療保険を提供するのか。たまたま、その不十分な解説が回ってきたので補足。
なぜ米国の医療保険はオワコンで、日本の医療保険は絶賛されているのか、の解説。 – Togetter
しかし保険加入者の数を増やしてしまえば(日本だと全国民の127,450,460人)、理論値と現実の数がほとんどズレなく求める事が可能なわけです。さて仮に、民間企業がこの医療保険産業に入るのに規制がかからないとどうなるでしょう?言うまでもなくどんどん保険加入者の母数が割れて行きます
民間保険が成立しない理由を大数の法則で説明されているが、これは正しいとは言えない。確かに複数の主体(民間保険会社)が保険を提供すれば、一つ当たりの加入者は減るがそれはどんな保険にも当てはまる。生命保険は主に民間企業が提供しているが(少なくとも大数の法則に関して)何の問題もない。
何故なら1億サンプルが100万サンプルになろうと、大数の法則に関するズレはそれほど大きくならないし、何よりもそのズレはシステマティックなものではない。単に精度が落ちるだけなら精々保険料が上がるくらいなものだろう。
では何故、政府が医療保険を提供したほうがうまくいくのだろうか。一番の理由は逆選択と呼ばれる現象だ。逆選択とは、売り手と買い手に情報に非対称性がある場合に財が過小供給されるないし市場が成立しない現象である。
健康保険の場合でいえば、消費者は自分の健康状態についてより多くの情報を持っている。そのため、ある保険があったときに不健康な人程加入するインセンティブが大きい。しかし、不健康な人ばかり入れば保険会社は保険料を高くせざるをえず、そうなると一段と不健康な人しか加入しなくなってしまう(保険会社が欲しいのは健康な人なのに、不健康な人を選んでいるかのような結果になる)。保険会社は健康診断を条件にしたり、保険金の支払がない場合還付金を出したり対策を講じるもののそれでも十分でないことが多い。
政府が皆保険を提供する場合には、消費者が加入するかどうかを選択できないのでこの問題はまるごと回避することができる。健康な人が損する形ではあるが、健康保険が市場でうまく供給されないよりはいいだろう。
さらに、健康保険の場合には保険の適用範囲の問題も生じる。保険を安く提供するには効果の低い治療を保険の適用外とする必要がある。例えば、末期のがん患者の寿命を一ヶ月伸ばすのに一億円かかる治療法があったとして、それを保険の適用対象とすれば保険料が上がる。政府であれば、このような治療を適用範囲外とするのは比較的容易だが、民間企業では難しい。治療をしなかったために死亡したと訴えられる可能性もあるし、何より事前に何が適用対象かを細かく定め、契約者に理解してもらうのは不可能に近い(きちんと理解させられない限り裁判になれば負けるだろう)。
また、政府が国民全員に健康保険を提供する場合、医療サービス提供者や製薬会社に対して絶大な交渉力を持つためコストの抑制にもつながる。保険会社が複数あれば、別にうちの価格にケチをつけるならカバーしなくていいよ、ということも出来るだろうが、政府の皆保険相手ではそうもいかない。普通の人は保険が適用されない治療を数倍の費用を払ってまで受けようとはしないため、保険適用の有無は死活問題となる(日本なら保険適用外が多いのは美容ぐらいだろう)。