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フランシス・ウーリー「初級経済学の試験に挑戦,ただし60年前の」

Frances Woolley “Could you pass a 1950s Econ 1000 exam?Worthwhile Canadian Initiative, March 29, 2018


経済原則の期末試験は,知らず知らずのうちに経済学という学問の核となる部分の一覧となっている。こうした試験問題は,経済学の基盤となる概念を問うように作られており,そうした概念は経済分析の基本となるアイデアだ。

というわけで,期末試験問題集と解答付のクリフォード・L・ジェームズ の「経済学の原則」(初版は1934年,参照したのは1956年の第9版)を手に取ったときに試験問題をスキャンしておいた。スキャンデータはのダウンロードはこちらから。私としては,経済学のという学問の60年前の基本原則と,それがどのように変わったかを知りたかったのだ。

数十年後の今も変わらないことの一つは,経済学が希少性と資源配分の問題から始まるということだ。

1.「豊富な経済」において,人々の欲求を満たす物とサービスは需要に比して希少に留まる。(正/誤)
2.生産における顕著な増加は,アメリカ経済における配分問題を完全に解決する。(正/誤)

希少性は避けることができない。人々は常にトレードオフに直面している。とはいえ,「豊富な経済」というのがどんなものであるかが分からない状況では,問題1の答えは「正」ではないかということもありえる。

1950年代では,希少性と資源配分は全く異なったツールで分析されていた。当時のアプローチはより制度的で,それは次の問題を見るとよく分かる。 [Read more…]

フランシス・ウーリー「ミルクはびっくりするほど安くなった」(2017年4月21日)

Frances Woolley, “Milk is mind-bogglingly cheap” (Worthwhile Canadian Initiative, April 21, 2017)

カナディアンクックブックは1923年に初版が出版された。私が持っているものは1949年出版のものだ。

この料理本は家政学の全盛期に作られている。科学原理を家庭生活に応用しようという時代だった。レシピには、栄養素情報、より洗練されたエチケットのガイド、今日でいうところの『金融リテラシー』が入っていた。

Canadian Cook Book

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フランシス・ウーリー「リベラルアーツを専攻した学生は後悔してる?」

[Frances Woolley, “Do students choosing liberal arts degrees regret it?” Worthwhile Canadian Initiatives, April 5, 2018]

学生たちがじぶんの受けた教育経験についてどれくらい満足しているか計測するには,卒業生にこう質問してみる手がある.「もしもう一度選べるとしたら,また同じ専攻を選びますか?」
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フランシス・ウーリー「銃を陳腐化する」(2018年3月5日)

Frances Woolley, “Making Guns Obsolete” (Worthwhile Canadian Initiative, March 5, 2018)

アメリカ合衆国は特異な銃文化を持っているとされている。しかし経済学者にとって文化というのはおもしろくない説明だ。私たちは文化の起源を探す、それを促進し維持しようとする経済的・社会的影響を探すのだ。

狩猟、開拓生活、そして戦争はアメリカの銃文化が如何に始まったかを説明することはできるが、維持についてはそうでもない。銃に親和的な地方は人口を失っており、人口増加は銃所持率の低い都市部と郊外に集中している。最も急激に増加しているアメリカの人口区分、すなわちヒスパニック、アジア系、黒人といった人々は、最も銃を所持しそうにない。それに、このトレンドは何十年も続いている。これは成人アメリカ人の銃非所持世帯率が1973年に50%だったのが、2014年には64%に増加した理由を説明できる(総合社会動向調査のデータはこちら)。 [Read more…]

フランシス・ウーリー 「トロントの方がオタワよりも暖かいのに屋外でスケートを滑れる期間が長いのはなぜ?」(2014年12月26日)

●Frances Woolley, “Why does Toronto have better outdoor ice than Ottawa?”(Worthwhile Canadian Initiative, December 26, 2014)


トロントはオタワに比べると気温が高い(暖かい)傾向にある。それにもかかわらず、トロントの方がオタワよりも屋外のスケートリンクに恵まれているのはどうしてなのだろうか?

 「そんなことはない」という反論もあることだろう。(オタワ市の中央を流れる)リドー運河を見ろ。冬になるとリドー運河は(凍結して)世界最長のスケートリンクに様変わりするではないか。それだけではない。市内の公園に足を運べばあちこちにスケートリンクがあるではないか。そんな反論の声が聞こえてきそうだ。しかしながら、オタワ市内の屋外にあるスケートリンクはほぼすべてが天然のリンクだ。気温が上がるとリンクは溶けて水たまりに一変してしまう(上の写真をご覧あれ)。

どうやら今シーズン(2014年から2015年にかけての冬場)に関してはオタワで屋外の(天然の)スケートリンクが姿を現すのは年明けの1月までずれ込みそうだ。その一方で、トロントでは屋外のスケートリンク場の営業はもう既に11月の終わり頃から始まっている。

トロントはオタワよりも3~4℃ほど気温が高いにもかかわらず屋外でスケートができる期間が1~2ヶ月も長いわけだ。一見すると奇妙に思える。しかしながら、トロントの方がオタワよりも屋外のスケートリンクに恵まれているのはトロントの方がオタワよりも暖かいからこそなのかもしれないのだ。 [Read more…]

フランシス・ウーリー「ビール品質格差指数」(2015年7月19日)

Frances Woolley, “The Beer IneQuality Index”(Worthwhile Canadian Initiative, July 19, 2015)

よくありがちなカナダ人のアメリカ産ビールに対する意見は、水っぽくてアルコールが弱いというものだ。しかしアメリカのビール醸造所は世界最高のビールをも生産している。アメリカ全土の地ビール醸造所の中に見事な品質のものが出てくるのだ。

アメリカについて驚愕するべきことは、国内の格差、もっと正確にいうと、ビールの品質の不均等さのレベルである。ドイツやベルギーといった国々、そしてスカンジナビア諸国も一般に、ビールの品質についてはそこまでばらつきはない。 [Read more…]

フランシス・ウーリー 「見せびらかしの政治」(2011年4月7日)

●Frances Woolley, “Conspicuous Politics”(Worthwhile Canadian Initiative, April 07, 2011)


今日のことだ。外を出歩いているとスノードロップだとかクロッカスだとかが植えられているきれいな庭のある家のそばを通り過ぎたのだが、その家には「緑の党」支持者であることを示すローンサイン(立て札)もあわせて掲げられていた。しばらく歩くと今度は玄関の前の柵に自転車をつなぎとめてある家の前を通り過ぎた。その家には「新民主党」(NGP)支持者であることを示すローンサインが掲げられていた。さらに先へと歩を進めると手入れの行き届いている庭のある家の前にたどり着いた。その家には「カナダ自由党」支持者であることを示すローンサインが掲げられていた。

ジェフリー・ミラー(Geoffrey Miller)の『Spent』(邦訳『消費資本主義!:見せびらかしの進化心理学』)は住まいの様子とその中で暮らす住人の政治信条(どの政党を支持するか)との間のつながりについていくばくかの光を投げかけてくれる。ミラーは本書で「見せびらかしの消費」(誇示的消費)に関する古くからある理論に最新の心理学の知見を融合させている。私たちの消費選択(購買行動)は「私はこういう人間です」(人となり、性格)ということを周囲に対してシグナルしようとの衝動によって突き動かされている。ミラーはそう語る。そして人間の性格(パーソナリティ)は以下の六つの特性(Central Six)に還元できるという。すなわち、一般知能(g因子)(general intelligence)、開放性(openness)、誠実性(conscientiousness)、調和性・協調性(agreeableness)、情緒安定性(stability)、外向性(extraversion)の六つである。 [Read more…]

フランシス・ウーリー 「戦争捕虜収容所の経済学」

●Frances Woolley, “Remembering prisoners of war”(Worthwhile Canadian Initiative, November 7, 2010)


終戦記念日(Remembrance Day)の意義とは何なのだろうか? 戦争を知らない我々のような世代がそのことを理解する上では実際に戦場に出向いた兵士の言葉が助けとなることだろう。

リチャード・ラドフォード(Richard Radford)はまさしくそのような兵士の一人である。ラドフォードはケンブリッジ大学の学生として日々勉学に励んでいたが、1939年に第二次世界大戦が勃発したことを受けて、一時的に学業を離れてイギリス陸軍に入隊することになった。しかしながら、1942年にアフリカのリビアでドイツ軍により捕虜として捕えられ、終戦までの残りの期間を戦争捕虜収容所で過ごすことになる。そんな彼が捕虜収容所から釈放後間もなくして書き上げた論文が“The Economic Organisation of a P.O.W. Camp(pdf)”である。この論文は今日でも十分読むに値するものだ。というのも、この論文を読むことで戦時下での生活がどのようなものであるかを知ることができるだけではなく、経済活動の「普遍性と自生性(自然発生的な性質)」(”the universality and the spontaneity” of economic activity)についていくつか教訓を学ぶこともできるからである。

ドイツ軍の戦争捕虜収容所で日々を過ごした捕虜たちは定期的に配給品を受け取った。具体的には、収容所から支給されるパンやマーガリンなどの生活必需品だけではなく、赤十字や個人的な仕送りを通じて届けられるタバコ(巻煙草)やチョコレート、肉、茶、コーヒー、そして人参の缶詰といったような品々に頼って彼ら捕虜たちは日々をやりくりしていたのだが、やがて捕虜収容所では捕虜たちの間で物々交換が行われ始めることになった。例えば、タバコを吸わない捕虜は手持ちのタバコと交換にチョコレートを手に入れたのであった。しかしながら、またしばらくすると捕虜収容所内での経済活動は高度に組織化されはじめ、タバコが貨幣の役割を果たすようになったのである。

タバコは貨幣としての役割を果たす上で都合の良い特徴を数多く備えていた。どのタバコも比較的質が均一で耐久性があることに加えて、小規模の取引-この場合は本数単位で支払いがなされた-にも大規模の取引-この場合は箱単位で支払いがなされた-にもどちらにも使用できるという利点を備えていたのである。しかしながら同時に(貨幣としては)不都合な点もあった。

グレシャムの法則によれば「悪貨は良貨を駆逐する」ということになるが、それをもじって「粗悪なタバコは優良なタバコを駆逐する」とでも言うことになろうか。例えば、手巻煙草が貨幣として利用される場合には取引を巡る交渉は煩雑さを伴うことになった。というのも、取引が完了する前に中にきちんと(支払い代金として十分なだけの量の)タバコの葉が入っているかどうかを逐一確認する必要があったのである。

しかしながら、タバコが貨幣しての役割を果たす上でとりわけ不利に働いた事実は、タバコ貨幣は定期的に燃やされてしまう、ということであった。つまりは、タバコが喫煙される度に流通する貨幣(タバコ)のストックが自動的に減少してしまうのであった。(喫煙によって)タバコが稀少になるにつれて、タバコが吸いたくてたまらない喫煙者(の捕虜)たちはこれまでよりも安価な価格で(すなわち、これまでよりも少量のタバコと交換に)手元にある糖蜜やジャムを売ることも厭わなくなり、その結果デフレーションが発生するということになったのであった。(仕送りなどを通じて)新たにタバコが到着しない限りは、「タバコ貨幣のストックはすぐにも底をつき、それに応じて物価の下落と取引量の縮小、そして物々交換への逆行が生じることになった」のである。反対に、あまりにも大量のタバコが捕虜収容所「経済」に注入される場合にもすぐさま問題が発生することになった。手元にタバコが有り余っている捕虜たちはこれまでよりも高値で(すなわち、これまでよりも多くの量のタバコと交換に)食料を買うことも厭わないようになり、その結果インフレーションが発生するということになったのである。

とはいっても、貨幣量(タバコの量)の変化だけが捕虜収容所「経済」において価格の変動をもたらした原因だったわけではない。捕虜収容所「経済」では一定の間隔をおいて食料が供給され、「経済」に流通する食料の量に応じてその価格は上下することになったのである1

パンは木曜日と月曜日に支給された-木曜日には4日分のパンが、月曜日には3日分のパンがそれぞれ支給された-。そして水曜日と日曜日の夜の夕食時までに、パンの価格は少なくともタバコ一本分だけ-パン1個=タバコ7本からパン1個=タバコ8本へと―上昇する傾向にあった。捕虜の中には価格がピークを付けた時にパンを売ろうと考えて、支給されたパンを食べずにいつも手元に残しておく(蓄えておく)男がいた。彼が提示する取引条件はおおよそ次のようなものだった。「今現在のパン」と「次の月曜日のパン」2 の2種類の商品を用意した上で、「今現在のパン」は「次の月曜日のパン」よりもタバコ1~2本分少ない価格付けをする。そしてこの条件を飲めない人には商品を売らない、というものである。日曜日の夜にタバコをふかしている彼の姿をいつも決まって目にしたものである。

21世紀に生きる経済学者の目には、このような価格変動は市場が理想的に機能している印-稀少性を反映し、節約を促すものとして-と映るかもしれない。しかし、捕虜収容所内ではそれとは違った見方がなされていた。「収容所内ではどの品もタバコで測って「公正な価格」(’just price’)が付けられるべきだとの感情が強く抱かれていた。「公正価格」がなぜその水準にあるのかを説明することはできないが、・・・(中略)・・・それがどの程度の水準にあるかは捕虜たちの間できわめて広く知れ渡っていた。」

捕虜収容所「経済」に関するラドフォードの説明の中でもとりわけ興味を惹かれるのは、ルールや制度の発生に関わる記述である。捕虜収容所で自生的に生成してきたルールや制度の中のあるものは市場を通じた経済活動を促す役割を果たし、また別のあるものは市場を通じた経済活動の範囲に制約を課す役割を担った。市場を通じた経済活動の範囲に制約を課すようなルールや制度が立ち現われてきた理由は、捕虜収容所内であっても捕虜の間で経済格差が存在しており、その格差があまりにも行き過ぎることで収容所内の社会構造(あるいは社会秩序)が脅かされることになったからである。

捕虜の間で経済格差が発生した理由はいくつかあった。ある者は他の捕虜よりも個人的にたくさん仕送りをしてもらっており、また別のある者は特別な能力を利用して取引で大きな儲けを得たのであった。例えば、ウルドゥー語を喋ることのできたイギリス人捕虜はインド人捕虜との間で(自分の手元にある)肉と(相手の手元にある)ジャムあるいはマーガリンとを有利な条件で交換することができたのであった。

しかし、経済格差をもたらした要因の中でもおそらく最も深刻であったのは喫煙-タバコ貨幣の焼却-であった。例えば、(タバコを吸いたいばかりに)タバコを手に入れるために大量の食料を手放した喫煙者は栄養失調の危険を冒すことになった。そしてこの問題は(収容所という)社会全体の関心事となった。とはいっても、捕虜たちの間で芽生えた連帯意識だけがその(喫煙者の栄養失調を社会問題として受け入れる)背後にあったわけではない。栄養失調に陥った捕虜は収容所内の病棟に移されることになるが、そのことは捕虜全体で共有されている資源の圧迫3 を意味したからである(喫煙者の栄養失調が社会全体の関心事となった理由はそのためでもあった)。さて、それではこの問題に対処するにはどうしたらよいのだろうか?

シンプルな対策としては取引を制限するということが挙げられる。例えば、実際にも赤十字から支給された化粧品や収容所からの支給品の取引に一定の制限が課されることになったのであった。

別の対策としては非喫煙者から喫煙者に向けて再分配を行う(非喫煙者に対して一括税を課す)という方法が考えられる。実際にも非喫煙者にタバコを支給すべきなのかどうかを巡って捕虜たちの間で絶え間ない議論がたたかわされることはあったが、配給品の割り当てに変更が加えられることは最後までなかったのであった。

喫煙者が抱える健康問題と(その問題に関する)捕虜たちの世論に応じる形で(捕虜側の代表としてドイツ軍側と連絡を行う)イギリス軍の先任将校が実際に採用した対策が価格統制であった。「推奨価格」が告知され、推奨価格から5%ポイント以上乖離した価格での販売には「先任将校からの横やり」が入るようになったのである。タバコ(貨幣)の供給量の変化に応じて個々の商品の名目価格(ひいては一般物価水準)は上下に変動したものの、価格統制を通じて(商品相互間の)相対価格は不変に保たれるようになったのであった。

しかし、終戦の時が近付くとともに、価格統制は問題を生み出すことになった。

1944年8月、支給品の量とタバコの供給量がともにこれまでの半分に減らされることになった。財の供給(総供給)と貨幣の供給(総需要)が同じ割合だけ変化したので、全般的な物価には変化は生じないと思われた。しかしながら、実際のところはそうはならなかった4 。タバコに対する非貨幣需要5 は食料に対する需要ほどには弾力的ではなく、そのため食料の(タバコで測った)価格は若干低下することになった6 のである。しかしながらそれ以上に重要であったのは相対価格に変化が生じたことである。配給の切り詰めに伴って、これまではカナダ産のバターやマーマレードが利用可能であったために無価値であったドイツ産のマーガリンやジャムに(代替品として)新たに価値が見出されるようになり、チョコレートや砂糖の価格は下落し、それまで人気を集めていた売り手の地位は低下し、そしてパンの価格は上昇することになった。特に数週間後にパンの配給が減らされた際には、パンとタバコとの交換を取り交わした契約が破棄される例がいくつか見られたのであった。

価格統制はこのような相対価格の変動に応じて調整されることはなく、その結果、ますます多くの取引が価格統制の網を潜り抜けるかたちで闇市場にその場を移す格好となったのであった。「最終的には、収容所内の世論は価格統制に反旗を翻し、先任将校は価格統制の実施をあきらめる結果となったのであった」。そして・・・

捕虜収容所が解体されるまで残すところ数週間という時期は前例のないデフレーションに見舞われた時期であり、品々の価格は急激な勢いで下落することになった。推奨価格が告知されることは二度となく、価格の決定は供給と需要の冷徹な力だけに委ねられた。・・・・(中略)・・・マーガリンの価値は糖蜜と等価で交換されところまで徐々に低下することになり、砂糖の価値も悲しいまでに低下した。唯一パンだけがその価値を保ったのであった。

極端なまでの稀少性に苛まれる中、これまで(収容所内における)市場を通じた経済活動を支えてきたルールや制度に大きな圧力が加えられることになった。

1945年の4月ともなると経済の領域では混沌が秩序に取って代わることになった。品物の販売は困難となり、品々の価格は安定性を失ったのであった。

1945年4月12日にこの捕虜収容所は解体され、ラドフォードは祖国イギリスへの帰還を果たすことになった。戦争捕虜収容所内で観察された経済組織に関するラドフォードの説明が論文として発表されたのは同年の後半のことである。彼が論文を執筆した意図は経済活動の「普遍性と自生性」 を描き出すことにあったが、それとともに彼の論文は人間精神のたくましさを伝えることにもなったのであった。

ラドフォード論文をもとにして作成した課題はこちら(pdf)、回答例はこちら(pdf)である。この課題は学部2年生向けの講義で使用しているものだが、もう少し上級学年向けの講義で用いた方がよいかもしれない。TA(ティーチング・アシスタント)の学生から2年生には難しいとの声があがっている。

  1. 原注;以下の引用も含め、本エントリーにおける引用はすべてラドフォードの件の論文(R.A. Radford(1945) “The Economic Organisation of a P.O.W. Camp”, Economica, 12(48): 189-201.)からのものである。ちなみに、終戦後イギリスに戻ったラドフォードはケンブリッジ大学から経済学の学士号を取得し、1947年にはアメリカのワシントンに移ってIMF(国際通貨基金)でエコノミストとして働くことになった。IMFで充実したキャリアを築いたラドフォードは2006年に87歳で亡くなった。  []
  2. 訳注;次の月曜日に彼からパンを購入する権利。一種の先物。 []
  3. 訳注;病棟に備蓄されている食料の減少 []
  4. 訳注;一般物価水準に変化が生じた、ということ []
  5. 訳注;貨幣としての用途以外でのタバコに対する需要。具体的には、特に喫煙のためのタバコ需要。 []
  6. 訳注;若干のデフレ(=一般物価の下落)が生じた []