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	<title>経済学101</title>
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		<title>どうして政府が医療保険を提供するか</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Nov 2011 14:30:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[保険]]></category>
		<category><![CDATA[医療]]></category>

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		<description><![CDATA[アメリカで政府が医療保険を国民全員に提供するかで騒動になっているが、どうして政府が医療保険を提供するのか。たまたま、その不十分な解説が回ってきたので補足。 なぜ米国の医療保険はオワコンで、日本の医療保険は絶賛されているの [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>アメリカで政府が医療保険を国民全員に提供するかで騒動になっているが、どうして政府が医療保険を提供するのか。たまたま、その不十分な解説が回ってきたので補足。</p>
<p><a href="http://togetter.com/li/214773">なぜ米国の医療保険はオワコンで、日本の医療保険は絶賛されているのか、の解説。 &#8211; Togetter</a></p>
<blockquote><p>しかし保険加入者の数を増やしてしまえば（日本だと全国民の127,450,460人）、理論値と現実の数がほとんどズレなく求める事が可能なわけです。さて仮に、民間企業がこの医療保険産業に入るのに規制がかからないとどうなるでしょう？言うまでもなくどんどん保険加入者の母数が割れて行きます</p></blockquote>
<p>民間保険が成立しない理由を大数の法則で説明されているが、これは正しいとは言えない。確かに<strong>複数の主体（民間保険会社）が保険を提供すれば、一つ当たりの加入者は減るがそれはどんな保険にも当てはまる</strong>。生命保険は主に民間企業が提供しているが（少なくとも大数の法則に関して）何の問題もない。</p>
<p>何故なら<strong>1億サンプルが100万サンプルになろうと、大数の法則に関するズレはそれほど大きくならないし、何よりもそのズレはシステマティックなものではない</strong>。単に精度が落ちるだけなら精々保険料が上がるくらいなものだろう。</p>
<p>では何故、政府が医療保険を提供したほうがうまくいくのだろうか。一番の理由は逆選択と呼ばれる現象だ。<strong>逆選択とは、売り手と買い手に情報に非対称性がある場合に財が過小供給されるないし市場が成立しない現象である</strong>。</p>
<p>健康保険の場合でいえば、消費者は自分の健康状態についてより多くの情報を持っている。そのため、ある保険があったときに不健康な人程加入するインセンティブが大きい。しかし、不健康な人ばかり入れば保険会社は保険料を高くせざるをえず、そうなると一段と不健康な人しか加入しなくなってしまう（保険会社が欲しいのは健康な人なのに、不健康な人を選んでいるかのような結果になる）。保険会社は健康診断を条件にしたり、保険金の支払がない場合還付金を出したり対策を講じるもののそれでも十分でないことが多い。</p>
<p><strong>政府が皆保険を提供する場合には、消費者が加入するかどうかを選択できないのでこの問題はまるごと回避することができる</strong>。健康な人が損する形ではあるが、健康保険が市場でうまく供給されないよりはいいだろう。</p>
<p>さらに、健康保険の場合には保険の適用範囲の問題も生じる。<strong>保険を安く提供するには効果の低い治療を保険の適用外とする必要がある</strong>。例えば、末期のがん患者の寿命を一ヶ月伸ばすのに一億円かかる治療法があったとして、それを保険の適用対象とすれば保険料が上がる。<strong>政府であれば、このような治療を適用範囲外とするのは比較的容易だが、民間企業では難しい</strong>。<strong>治療をしなかったために死亡したと訴えられる可能性もあるし、何より事前に何が適用対象かを細かく定め、契約者に理解してもらうのは不可能に近い</strong>（きちんと理解させられない限り裁判になれば負けるだろう）。</p>
<p>また、<strong>政府が国民全員に健康保険を提供する場合、医療サービス提供者や製薬会社に対して絶大な交渉力を持つためコストの抑制にもつながる</strong>。保険会社が複数あれば、別にうちの価格にケチをつけるならカバーしなくていいよ、ということも出来るだろうが、政府の皆保険相手ではそうもいかない。普通の人は保険が適用されない治療を数倍の費用を払ってまで受けようとはしないため、保険適用の有無は死活問題となる（日本なら保険適用外が多いのは美容ぐらいだろう）。</p>
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		<title>残念なTPP反対論</title>
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		<pubDate>Fri, 11 Nov 2011 00:15:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[TPP]]></category>
		<category><![CDATA[倫理]]></category>
		<category><![CDATA[貿易]]></category>

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		<description><![CDATA[TPPについては時期を逸した感があるが、何やら不思議な文章が京都から流れてきたので紹介。 藤井聡：ＴＰＰに反し続ける事が，日本国民としての正しき真っ当な善き振る舞いである タイトルからして近寄りがたい雰囲気を醸し出してい [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>TPPについては時期を逸した感があるが、何やら不思議な文章が京都から流れてきたので紹介。</p>
<p><a href="http://trans.kuciv.kyoto-u.ac.jp/tba/index.php/b4/job/129-tpp-kokuminrengo.html">藤井聡：ＴＰＰに反し続ける事が，日本国民としての正しき真っ当な善き振る舞いである</a></p>
<p>タイトルからして近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、「ＴＰＰ参加は，経済学的にも政治学的にも，そして倫理学的にも全く不当な判断であることが論証できる」などとあるので軽く突っ込んでみる。</p>
<blockquote><p>第一に，ＴＰＰは国益に叶うものでなければなりません．国益とは，特定の人々の利益を言うのではなく，日本国家全体，日本国民全体にとっての利益をいうものです．つまり，日本の国民国家全体にとってのメリットとデメリットの双方を勘案して，総合的に判断しなければなりません．<strong>そしてメリットは輸出を増やすことですが</strong>&#8230;</p></blockquote>
<p>第一弾は経済学的な論証だ。国益が国民全体についての利益であることはその通りだろうが、<strong>そのメリットは輸出を増やすことではない</strong>。日本人が頑張ってものを作ってそれを外国の人々に使ってもらうことそれ自体に日本人にとっての便益はない。輸出は輸入して消費を増やすためにある。<strong>輸出を増やさずに輸入が増えるのが一番いい</strong>訳だ（交易条件の改善）。</p>
<blockquote><p>ＴＰＰによる経済的メリットは，一部の輸出企業においてはあったとしても日本国全体にとってみれば，僅少であることが「予期」されています．一方，デメリットは，食料自給率の低下，地方零細農家の崩壊，食の安全の崩壊，日本の医療の崩壊，国民皆保険の崩壊，デフレの進行による国内全産業の失業率の向上と国民所得の低下などが「予期」されています</p></blockquote>
<p>上記の理由でこの「論証」は既に破綻しているわけだが、メリットについては小さく「予期」し、デメリットについては確実だと「予期」することが論証ではないことは明らかだろう。もちろんデメリットとして挙げられていることが起きないと主張しているわけではない。単にこれは論証にはなっていないということだ。</p>
<blockquote><p>第二に，ＴＰＰに加盟したとしても，日本は，各種の交易ルールを日本にとって有利に進められる見込みが低い，という論証方法も可能です．…つまり，何年にも渡るＴＰＰ交渉期間の僅か数ヶ月しか，日本は交渉に実際には参加できない見込みが考えられるのです．仮に，日本が交渉参加を表明することで，交渉終了期間が延期されたとしても，これまで何ヶ年にも渡って「日本抜き」で議論されてきた内容が，大幅に改変される見込みが高いとは考えられません．こうした背景より，ＴＰＰ交渉に今更加入しても，日本の国益に叶う様に交渉を進められる事が出来る見込みは低いと言わざるを得ません．</p></blockquote>
<p>第二弾は、日本がいまさら交渉に参加しても国益にプラスになるような交渉ができる見込みが「低い」という議論だ。もちろんそういう議論はありうるが、<strong>プラスになる確率が低いことをもって反対することが政治学的に論証できるということはないだろう</strong>。政治学における「論証」とはそんなものなのだろうか。</p>
<p>さらに言えば、交渉に参加することは最終的に出るであろう結果にコミットすることではない。途中で辞める・拒否することは可能なわけでマイナスになると考えるのは難しい。</p>
<blockquote><p>藤木氏が辞任したという事実は，アメリカの選挙対策のために，ひいては“現”日本政府と“現”米国政府との間の良好な関係を保つために，日本の国益の棄損に大きな憂慮の念を抱く日本国民の反発を買ってでも，ＴＰＰを推し進めようとしているのが，政府の「意図」であったという事，ならびに，その意図そのものが不当であるという事それ自体を，政府側自身が認めたということを意味しています．</p></blockquote>
<p>第三弾は倫理学的論証だ<strong>。倫理学的な論証という概念自体がさっぱり理解できない</strong>が、現在の日米政府が国民を欺いて都合のいいことをしていると批判しているようだ。しかし、<strong>日米関係を良好に保つこと自体は悪いことではない</strong>。また、<strong>TPPを推し進めようとしているのが倫理的に悪いというのはTPP自体が悪いという前提がある場合であり、前提を先取りしている状態</strong>だ。もちろんこんなものは論証でもなんでもない。そもそも選挙を気にして行動を変えることが倫理的に誤りなら民主主義は成立しないということもある。</p>
<p>TPPを含めてほとんどの政策にはメリット・デメリットがあり、どちらが大きいのか、そしてデメリットの影響を受ける人にどんな補償をするか考える必要がある。あたかもどちらかが存在しないと断定し、「日本国民としての正しき真っ当な善き振る舞い」などと、ナショナリズムと道徳的規範を混ぜ込んで自説を主張することはまさに「正しき真っ当な善き振る舞い」ではない。</p>
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		<title>世界中で親との同居が流行中</title>
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		<pubDate>Wed, 09 Nov 2011 09:57:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[人口]]></category>
		<category><![CDATA[若者]]></category>

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		<description><![CDATA[日本で格差に関するデモが盛り上がらないのは、日本では欧米と違い、成人しても独立しないためだというような説をみかけた。確かに、親と暮らしているというのはアメリカなんかだと非常にカッコ悪いとみなされるが、日本でも同じ傾向はあ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>日本で格差に関するデモが盛り上がらないのは、日本では欧米と違い、成人しても独立しないためだというような説をみかけた。確かに、親と暮らしているというのはアメリカなんかだと非常にカッコ悪いとみなされるが、日本でも同じ傾向はある。では親からの独立に関する日本と欧米との違いはどのくらいあるのだろうか。簡単に調べてみた（検索自体は5分ほど…）。</p>
<p>まずは日本だが、<a href="http://www.demographic-research.org/Volumes/Vol20/30/20-30.pdf" target="_blank">Setsuya Fukuda, Leaving the parental home in post-war Japan: Demographic changes, stem-family norms and the transition to adulthood</a>という論文を覗いてみると、次のような図表がある。</p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/11/japan.png"><img class="aligncenter size-full wp-image-674" title="japan" src="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/11/japan.png" alt="" width="588" height="390" /></a></p>
<p style="text-align: left;"><strong>20歳から34歳の独身男女</strong>について住環境を調べた図だ。<strong>男性で60%程、女性では70%程が親と暮らしている</strong>のが分かる。但し、Figure 2を見ると<strong>結婚したカップルで親と同居している割合は2005年で15%以下</strong>となっているので、若者一般で考えると親と暮らしている割合は大分減る。独身の間、親と同居するという傾向は昔からほとんど変わらず、単に結婚する割合が減っているため親との同居が増えているように見える。上の論文にはその他にもいろいろなデータがあって面白い。</p>
<p style="text-align: left;">では他の国はどうなっているか。アメリカのデータは<a href="http://www.census.gov/newsroom/releases/archives/families_households/cb11-183.html" target="_blank">つい一週間程前にセンサスから発表</a>されている。</p>
<blockquote>
<p style="text-align: left;">The percentage of men age 25 to 34 living in the home of their parents rose from 14 percent in 2005 to 19 percent in 2011 and from 8 percent to 10 percent over the period for women.</p>
<p style="text-align: left;"> Similarly, 59 percent of men age 18 to 24 and 50 percent of women that age resided in their parents&#8217; home in 2011, up from 53 percent and 46 percent</p>
</blockquote>
<p style="text-align: left;"><strong>25-34歳で親と同居している人は男性で19%、女性で10%に増加</strong>したとのこと。<strong>18-24歳の場合には男性で60%、女性で50%</strong>となっている。大学では寮生活が一般的で、また地域をまたいで就職・転職する人も多いアメリカにしてはなかなかの数字だ。</p>
<p style="text-align: left;">ヨーロッパはどうかというと、<a href="51 million young EU adults lived with their  parent(s) in 2008" target="_blank">2010年のレポート</a>で<strong>18-34歳の46%が親と住んでいる</strong>となっている（データは2008年）。</p>
<p style="text-align: left;"><a href="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/11/EU.png"><img class="aligncenter size-full wp-image-675" title="EU" src="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/11/EU.png" alt="" width="559" height="227" /></a></p>
<p style="text-align: left;">こちらは加盟国別の数字だ。デンマーク・スウェーデン・フィンランドなどでは20%以下である一方、南部の国々や東欧の新加盟国では高い。27カ国中16カ国では50%を超えており、若者が独立して生活しているとは言い難いだろう。</p>
<p style="text-align: left;">これだけでは、実際の若者がどういう気持ちで生活しているかは分からないが、<strong>日本対欧米と考えるより、北欧やアングロサクソンの国々と日本や南欧を含めた国々との違いと捉えたほうがよさそう</strong>だ。</p>
<p style="text-align: left;">ちなみにＥＵのレポートによると、<strong>親と暮らす主な理由は学生であるためであり、親元を離れる主な理由は結婚や同棲のため</strong>とのことだ。進学率が伸び、婚姻率減少・晩婚化が進む状況であれば親と暮らす若者が増えるのは自然な結果だろう。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>価格規制の落とし穴</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Nov 2011 11:37:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[規制]]></category>

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		<description><![CDATA[ある財に上限価格を設定するのは、価格上昇を抑えるためだと思われがちだが、実際には全く違う目的で使われうるという面白い話。 When price ceilings become price targets « Knowle [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ある財に上限価格を設定するのは、価格上昇を抑えるためだと思われがちだが、実際には全く違う目的で使われうるという面白い話。</p>
<p><a href="http://knowledgeproblem.com/2011/11/02/when-price-ceilings-become-price-targets/">When price ceilings become price targets « Knowledge Problem</a></p>
<p>本題に入る前に、<strong>Regulatory Capture</strong>という単語について簡単に説明する。Regulatoryは「規制の」という意味で、Captureは「捕まえる」とかいう意味で、<strong>規制当局が規制を受ける業界に絡め取らているような状況</strong>を指す（定訳は分かりませんが、<strong>規制当局篭絡</strong>とでも言いましょう）。</p>
<p>このような現象が起きるのには二つの原因がある。</p>
<ul>
<li>規制政策は<strong>規制を受ける産業にとっては極めて重要であり、規制のあり方に干渉するインセンティブ・資力がある</strong></li>
<li>特に狭い業界や専門的な業界では、<strong>政策を議論できる人間のほとんどは業界関係者</strong>である</li>
</ul>
<p>原子力や司法に関する規制を考えればよい。規制を第三者として議論できる人間自体がほとんどいない。</p>
<p>今回紹介されているのは、<a href="http://aler.oxfordjournals.org/content/13/2/532.abstract" target="_blank">Retail Gasoline Price Ceilings and Regulatory Capture: Evidence from Canada</a>という論文だ。その内容はというと、ガソリンの小売価格の規制でこのRegulatory Captureが発生している可能性が高いというものだ。</p>
<p>直接的に証明するのは難しいが、代わりに、上限価格が導入されると小売価格が上昇するという現象が示されていて、彼らはこれを上限価格を用いた業者間での価格調整・つり上げではないかと論じている。業者が集まって単純に値段を釣り上げると独禁法上違反になるが、上限価格を定めてそれを元に値段を互いのやり取りなしに調整し合えば捕まらないという話だ。</p>
<p><strong>どんな規制をするかというのも重要だが（この場合そもそも価格規制は必要なさそうだ）、どんな風にそれが決められるかも重要</strong>である。</p>
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		<title>男女平等度</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Nov 2011 00:56:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[ジェンダー]]></category>

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		<description><![CDATA[今年も世界経済フォーラムのあまり意味のない指数が話題になっているので前に書いたものを元に紹介。それにしてもランキングにすると注目だけはよく集まる。 男女平等度は北欧勢が上位独占、日本は98位＝ＷＥＦ調査 ちなみにこの報告 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今年も世界経済フォーラムのあまり意味のない指数が話題になっているので<a title="男女格差指数 " href="http://rionaoki.net/2009/10/1202" target="_blank">前に書いたもの</a>を元に紹介。それにしてもランキングにすると注目だけはよく集まる。</p>
<p><a href="http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-23964320111102">男女平等度は北欧勢が上位独占、日本は98位＝ＷＥＦ調査</a></p>
<p>ちなみにこの報告書の名前は、<a title="Global Gender Gap" href="http://www.weforum.org/issues/global-gender-gap" target="_blank">Gender Gap Report</a>なので、男女平等度というよりも男女格差度（指数）の方が適切だろう。日本について詳細は<a title="WEF Gender Gap Report 2011" href="http://www3.weforum.org/docs/WEF_GenderGap_Report_2011.pdf" target="_blank">212、213ページに乗っている</a>。</p>
<p style="text-align: center;"><a href="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/11/gender.png"><img class="size-full wp-image-655 aligncenter" title="gender" src="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/11/gender.png" alt="" width="529" height="288" /></a></p>
<p style="text-align: left;">ただ、この指標を見る上では重要なポイントが３つほどある。</p>
<ol>
<li><strong>絶対的な水準ではなく、男女の差だけ</strong>でが対象である。例えば男女ともに寿命が短い国はランキング上がる。</li>
<li><strong>結果の平等</strong>である。よって育児休暇があるかといった制度の問題は取捨され、単に管理職の女性の割合は何％かだけが問題となる。</li>
<li><strong>女性の割合が高い場合は切り下げる</strong>。よって女性の進学率が男性のそれと比べて倍の国は男女の進学率が同じ国と同様に男女「平等」という計算になる。</li>
</ol>
<p>また、そもそもこの指数は、<strong>様々な指標について男女比を集めて来てその平均をとってランキングした数字に過ぎない</strong>。結果は何を計算要素に含めるかやそれをどういう形で最終結果に組み入れるかに依存し、このランキングが使っている指標や関数型が適切とは限らない。むしろ、<strong>いろいろな指標を眺めて考えるほうがいい</strong>だろう。</p>
<p>ランキングという形を取らないと注目を集められないという事情はあるにせよ、<strong>○○位という数字だけがひとり歩きするのはよろしくない</strong>。</p>
<p>ちなみにこのレポート中のランクがどの程度安定しているかを見てみるのも面白い。例えば日本の上にあるジャマイカでは教育部門が2009年まで1位なのに2010年、2011年は80位以下である。これは女子大学進学率が男子を上回る状態であったのが2011年では女子55：男子62に逆転したため、その部分の指標が急降下したからだ。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>ハーバード・ベビーシッターズ</title>
		<link>http://econ101.jp/646</link>
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		<pubDate>Wed, 02 Nov 2011 10:33:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[マッチング]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

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		<description><![CDATA[最近も何かと話題にあるハーバードだが、今度は専用ベビーシッター制度ができたそうだ。小ネタですが、面白いのでご紹介。 Market Design: A marketplace for Harvard babysitters [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>最近も何かと話題にあるハーバードだが、今度は専用ベビーシッター制度ができたそうだ。小ネタですが、面白いのでご紹介。</p>
<p><a href="http://marketdesigner.blogspot.com/2011/10/marketplace-for-harvard-babysitters.html">Market Design: A marketplace for Harvard babysitters</a></p>
<blockquote><p>The WATCH portal links Harvard parents – faculty, staff and students – to Harvard students, both undergraduate and graduate, who want to babysit. In addition, Harvard employees are able to sponsor high school and college students who are members of their families to be babysitters.</p></blockquote>
<p>制度自体は単純なマッチングだ。ベビーシッターをしたい学生とベビーシッターが必要な教員・職員・学生をマッチする。さらに教員・職員は家族の高校生・大学生をベビーシッターとしてスポンサーすることもできるそうだ。大学が身元を保障できる・ハーバードの学生なら育ちを含めて安心・問題が合った場合にパニッシュメントが可能など雇う側にもメリットがある。</p>
<p>東京の大学であれば、卒業生もさほど遠くない場所に住んでいる可能性が高いのでそこを含めて大学が参入するにはいい市場かもしれない。大学の学生課で家庭教師を斡旋するのと変わらない（というか日本だと家庭教師がメインだろう）。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>成熟した消費者って何？</title>
		<link>http://econ101.jp/635</link>
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		<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 09:47:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[おかしな記事にツッコミを入れるのも公益に資すると思われるので、今回は「成熟した消費者」を語る以下の記事を取り上げる。 さよならアメリカ、さよなら中国 (内田樹の研究室) 一円でも安ければそちらを買う、というのは、私の定義 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>おかしな記事にツッコミを入れるのも公益に資すると思われるので、今回は「成熟した消費者」を語る以下の記事を取り上げる。</p>
<p><a href="http://blog.tatsuru.com/2011/10/31_0943.php">さよならアメリカ、さよなら中国 (内田樹の研究室)</a></p>
<blockquote><p>一円でも安ければそちらを買う、というのは、私の定義によれば「未成熟な消費者」ということになる。<br />
「成熟した消費者」とは、パーソナルな、あるいはローカルな基準にもとづいて商品を選好するので、消費動向の予測が立たない消費者のことである。
</p></blockquote>
<p>価格だけを気にするのが「未成熟な消費者」、多様な基準を持つのが「成熟した消費者」とのこと。この定義で言えば、どんな消費者も「成熟した消費者」だろう（例えば、iPhoneはどこから生まれたのだろう）。</p>
<blockquote><p>
同じクオリティの商品であっても、「国民経済的観点」から「雇用拡大に資する」とか「業界を下支えできる」と思えば、割高でも国産品を買う。あるいは貿易収支上のバランスを考えて割高でも外国製品を買う。そういう複雑な消費行動をとるのが「成熟した消費者」である。</p></blockquote>
<p>ところが、「成熟した消費者」とは常に国民経済的観点から消費活動を行わなければならないらしい。<strong>この定義によると、ほとんどの人は「成熟した消費者」にはならないし、仮に国民経済的観点から行動していても、「雇用拡大に資する」か「業界を下支えできる」かを正確に判断できる人はいない</strong>だろう（そもそも特定の業界を下支えすることが国民経済的に好ましいのかも分からない）。一方で、それなりに市場をうまく運営すれば、国民経済に資するということはわかっている。</p>
<blockquote><p>資本主義は「勝つもの」がいれば、「負けるもの」がいるゼロサムゲームである。</p></blockquote>
<p>これは大変頂けない。<strong>資本主義はゼロサムゲームではない</strong>。ものが売り買いされたり、お金が貸し借りされるのは、基本的にはそうしたほうが両者に得だからである。ものを売ったことも、お金を貸し借りしたこともないのだろうか。<a href="http://econ101.jp/resources/%e6%94%bf%e7%ad%96%e5%88%86%e6%9e%90%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ae%e3%83%9f%e3%82%af%e3%83%ad%e7%b5%8c%e6%b8%88%e5%ad%a6" title="政策分析のためのミクロ経済学" target="_blank">そんなことはどんな教科書にだって書いてあるだろう</a>。</p>
<blockquote><p>ＴＰＰというスキームは前にも書いたとおり、ある種のイデオロギーを伏流させている。<br />
それは「すべての人間は一円でも安いものを買おうとする（安いものが買えるなら、自国の産業が滅びても構わないと思っている）」という人間観である。</p></blockquote>
<p>「すべての人間は一円でも安いものを買おうとする」という説を文字通り信じている人はいない。<strong>内田氏の定義するところの「未成熟な消費者」同様、経済学の初歩で使うモデルにしか存在しない</strong>。そして<strong>そういったモデルを使うのはそれが教えやすく、しかも多くの場合に有用だからに過ぎず</strong>、価格以外の情報が重要な場合には当然そんなモデルは使わない。経済学に関するステレオタイプだろうか。</p>
<blockquote><p>私が読書量が少なく、新聞もテレビもろくに見ないわりに世間の動向に何とかついていけるのは、「現場の人」の話を直接聞くことが好きだからである。新書一冊の内容は、「現場の人」の話５分と等しい、というのが私の実感である。</p></blockquote>
<p>「現場の人」の話に耳を傾けるのではなく、本を読んでみてはどうだろう。もちろん新書のことではない。</p>
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		<title>イタリア女性の労働市場参加</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Oct 2011 10:16:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>

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		<description><![CDATA[ちょうど男女差別の話が盛り上がっているので関連する記事の紹介。イタリアの生産性が伸びないのは、女性の労働参加が進まないせいではないかという内容（しかし、Italian Women: Hardly Workingという題名はどうなんだろう）。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>ちょうど男女差別の話が盛り上がっているので関連する記事の紹介。イタリアの生産性が伸びないのは、女性の労働参加が進まないせいではないかという内容（しかし、Italian Women: Hardly Workingという題名はどうなんだろう）。</p>
<p><a href="http://thinkprogress.org/yglesias/2011/10/25/352564/italian-women-hardly-working/?utm_source=feedburner&amp;utm_medium=feed&amp;utm_campaign=Feed%3A+matthewyglesias+%28Matthew+Yglesias%29">Italian Women: Hardly Working | ThinkProgress</a></p>
<p><img class="aligncenter size-full wp-image-626" title="eprwna" src="http://econ101.jp/wp-content/uploads/2011/10/eprwna.png" alt="" width="604" height="606" /></p>
<p>このグラフは女性の雇用されている割合を比較したものだ。元記事ではアメリカ・スウェーデン・イタリアだったが、日本も加えてみた。確かにイタリア女性の労働参加は低いが上昇している。これなら成長「率」にはプラスに出る気もする（家庭内労働は通常GDPに入らないため）のだがどうだろう。逆にアメリカやスウェーデンでも日本＋10%ぐらいで停滞している（直近で下がっているのは不況のためだろう）。</p>
<blockquote><p>This is in particular a big deal for public debt issues, since it’s obviously not the case that non-working Italian women are sitting around all day doing nothing.</p></blockquote>
<p>指摘されている一つ目のポイントは税収だ。「働いていないイタリア女性も何もせずに一日中座っているわけではないだろうから」って言い方はどうなんだろうと思いつつ、確かに家庭内労働はお金が動かないので捕捉できないし課税もできない。多くの人が外で働けば所得税は増える。家事の外注先で働く人も所得税を払う。</p>
<blockquote><p>If you look at the U.S. labor market, maids have low earnings and low productivity. If the median working woman quit her job and went to work as a maid, the economic impact would be immiserating.</p></blockquote>
<p>もう一つのポイントは、女性が生産性の低い家事をメイドに任せて外で働いた方が生産性が高いというものだ。これはその通りなのだが、３つほど留意点がある。</p>
<ol>
<li>前述のとおり、家庭内労働はGDPにカウントされていないので、それがアウトソースされることで実質的な差はなくてもGDPは増える</li>
<li>外で働いた方が生産性の高い女性は既にそうしているはず（育児サービスが高いから働かないという人は、自分が育児をしたほうが生産性が高い人ともいえる）</li>
<li>メイドの生産性が低いことは主婦の生産性が低いことを意味しない（例えば、親が子どもを育てることとメイドが子どもを育てることの、親・子どもにとっての価値は違う）</li>
</ol>
<p>よって、明らかに不合理な女性排除ルールがある場合はともかく、ただ女性の労働参加率を上げることが経済成長に寄与するかは微妙である。但し、流動性制約があったり（例：長期的にはフルタイムを続けたほういいが、今の給料だと育児サービスを払えない）、（単に高いとかではなくて）そもそもアウトソースする市場がなかったりする場合はそれに対処するのは大切だろう。</p>
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		<title>大学に行く6つの理由</title>
		<link>http://econ101.jp/620</link>
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		<pubDate>Wed, 26 Oct 2011 10:02:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

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		<description><![CDATA[教育の話題は何かと批判されがちですが、気にせずに紹介。今回は、大学にいく6つの価値とそれが今後どうなるだろうかという話。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>教育の話題は何かと批判されがちですが、気にせずに紹介。今回は、大学にいく6つの価値とそれが今後どうなるだろうかという話。</p>
<p><a href="http://econlog.econlib.org/archives/2011/10/another_educati.html">Another Education Bet?, Bryan Caplan | EconLog | Library of Economics and Liberty</a></p>
<p><strong>1. Education</strong></p>
<p>一番バッターは人的資本モデル。教育は自分への投資という話。大学でしか手に入らない知識は減っているようには思える。</p>
<p><strong>2. Quality signalling</strong></p>
<p>2つ目は日本人が好きだと揶揄されたシグナリングモデル。例え生産性が上がらなくても生産性が高い人が大学にいく確率が高ければ大学に行くことは就職市場で有利というやつだ。これはそもそもどのくらいあるのか計測すること自体が難しい。</p>
<p><strong>3. Credentialing </strong></p>
<p>3つ目は大卒が資格として必要だという話。これが上のシグナリングとどう違うのかは微妙だが、採用責任者の立場から考えればよくわかる。一定の経歴を備えている人を採用する方が安全だ。大学にいく直接の理由としては一番多いだろうし、なくなるようにも思えない。</p>
<p><strong>4. Social signalling</strong></p>
<p>4つ目はソーシャル・シグナリング。上のシグナリングとは労働生産性ではなく、ソーシャル・ステータスを示すという意味で分けて考えているようだ。</p>
<p><strong>5. Consumption 1 (learning for its own sake model)</strong></p>
<p>5つ目は教育のための教育、つまり消費財として勉強だ。人的資本と同じく、大学でなければいけない理由は薄れている。</p>
<p><strong>6. Consumption 2 (4-year party model)</strong></p>
<p>最後は大学で4年間遊べるのが重要だという点。上と同じく消費だがちょっと性質が違うので分けてある。こちらは大学でなければ難しいかもしれない。</p>
<p>厳密な議論でも何でもないが、大学に行くかどうかのチェックシートぐらいにはなるかもしれない。</p>
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		<title>政府の自然発生</title>
		<link>http://econ101.jp/617</link>
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		<pubDate>Mon, 24 Oct 2011 11:53:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>青木 理音</dc:creator>
				<category><![CDATA[ブログ]]></category>
		<category><![CDATA[政府]]></category>
		<category><![CDATA[犯罪]]></category>

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		<description><![CDATA[経済の人がみんな好きそうなエピソードが紹介されている。メキシカンマフィアという組織についてだ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>経済の人がみんな好きそうなエピソードが紹介されている。メキシカンマフィアという組織についてだ。</p>
<p><a href="http://marginalrevolution.com/marginalrevolution/2011/10/the-mexican-mafia.html">The Mexican Mafia — Marginal Revolution</a></p>
<blockquote><p>The Mexican Mafia is a fairly small prison gang (perhaps 150-300 made members) and it has significant operational control only within prisons in Southern California yet the Mexican Mafia is extremely powerful. In fact, the MM taxes hundreds of often larger Southern California street gangs at rates of 10-30% of revenues.</p></blockquote>
<p>メキシカンマフィアは、南カルフォルニアの刑務所に（！）存在するマフィアであるが、刑務所の外において強い権力を有していて、なんとストリート・ギャングの收入の10-30%を徴収しているという。日本人の所得税と大差ない「税」率だ。</p>
<blockquote><p>The key to the MM’s power is that most drug dealers will sooner or later, usually sooner, end up in prison.</p></blockquote>
<p>では、どうしてこのような権力を持ちうるのか。それはギャング≒ドラッグの売人のほとんどがいつかは刑務所にいくからだ（さらに言えば、アメリカの刑務所の警察力が低く、受刑者の集団であるメキシカンマフィアが受刑者の命運を握りうるからだ）。</p>
<p><strong>権力をもったマフィアはさらに紛争解決という公共財の提供や、ギャング全体に悪影響を及ぼす車上での銃撃を止めるように脅すといった規制政策の導入を始めた</strong>そうだ。これは、裁判所を作ったり、犯罪者に罰を与えたりという一般的な国家のしていることと程度こそ違えど同じことだ。</p>
<p>刑務所という特殊な狭い空間で暴力が独占されたことで、街中では抗争するばかりのギャングに一定の秩序が生まれたのも、暴力の発動＝制裁が主に刑務所内で行われるのも、それらがない場合よりは社会的に望ましいと言える。</p>
<p>無秩序な社会に政府的な機関が生じるという例の中でも特に面白いケースだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
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