Noah Smith: なぜみんな緊縮を支持するのかーひとつの仮説

Why do people support austerity? A conjecture” by Noah Smith from Noaphinion(May 13, 2013)


ポール・ローマーは、かつて「危機を無駄にするのはもったいない(A crisis is a terrible thing to waste)」と言った。危機は長く凝り固まった制度を変え、長く求められていた改革を行うチャンスを与えてくれると広く信じられている。この言葉を前にすると、次のような不快な疑念が沸くのを止められない。つまり、これは危機を引き起こす、少なくとも容認することが長期的に制度を改善するための最善の方法だということを意味しないだろうか。

こうした疑惑は次の3種類の人々と触れ合うことによって僕の頭をめぐるようになった。1)南ヨーロッパの経済学者たち、2)欧米の「日本通」たち、3)アメリカにおける金融・財政安定政策の反対者たちがそれだ。

南ヨーロッパの経済学者たちについての僕の根拠は必ずしも信頼できるものではないが、僕がこれまでに話した全てのイタリア、スペイン、ギリシャの経済学者たちは財政刺激についてとても懐疑的で、ポール・クルーグマンを非常に軽蔑していた。アルベルト・アレジナはそうした考えの一例だ。刺激的な支出策について議論する際、彼らはそうした支出が利権にまみれることで無駄になるだろうと考えがちだ。金融緩和がそれ以上に重宝されることもほとんどない。必然的にヨーロッパの危機に関する全ての議論はすぐに南ヨーロッパのだめな制度に関するものに向かうことになる。貧弱な徴税システム、過度な規制、硬直的な労働市場、政治腐敗、そして粗末な職業倫理文化すらその対象になる。

まあ、これは単に選択バイアスによる可能性がある。アメリカは自由市場主義(laissez-faire)、保守的マクロ経済学の牙城とされているから、先の保守的な南ヨーロッパ人たちもここでそうした思考を形成した人たちなのかもしれない。ただ面白いことに、僕はそれとよく似た態度を日本を長く観察してきた欧米人(「日本通」とか言われる)の間にも見る。彼らの多数はアベノミクスにとても懐疑的で、構造的な問題に特に焦点を当てている。例えば、ピーター・ドライスダルがそうだ。例えば、このピーター・ドライスダルなんかがそうだ

(安倍の矢のうち)最初の2本の矢は粗雑なケインジアニスムであり、それが効果を発揮した場合は通貨及び日本国債市場に予期せぬ結果を招きかねないという理由以外からも問題となっている。(中略)したがって「3本目の矢」である再生が全ての施策にとっての成功の鍵となっている。もし民間部門の投資牽引型の成長を促すような効果的な改革が成されなければ、債券市場の機会は崩壊し、財政的混乱は劇的に増大するだろう。(中略)安定的で比較的早い成長への回帰にはより競争的な日本経済が必要となる。ハーナーが述べているとおり、「規制、反競争的で煩雑な法律や規則、重層的で官僚的な干渉や硬直性、比較的高い税率、これら全ての自由な市場取引と競争に対する障害が、利益性や国際競争力、そして日本経済の成長を広範囲で弱めた」のである。(中略)これらの負担を取り除くことなしに、日本は停滞から脱却する道を作り上げることは出来ず、危機に陥る可能性を高めてしまうだろう。

安定化政策に対するアメリカの反対者たちには、「歯車の中の砂粒」を取り除く必要があると言って財政・金融双方の刺激策を馬鹿にするジョン・コクランが含まれる。また、(金融緩和については中立的だけれど)ケインジアニスムをよくけなしたり、政治制度の改善の必要性を書いたりするタイラー・コーエンもここに含まれる

上で挙げた人々とその他の「緊縮主義者」を結びつけるものは何だろう。可能性はいくつかある。ひとつは、緊縮は良いアイデアで、こうした賢い人たちはそれを認識しているというもの。もうひとつは、彼らが政治的保守派で、反景気循環的なマクロ経済政策が所得を再分配し、彼らや彼らが味方する社会集団から特権を奪ってしまうことを恐れているというもの。そして3つ目は、厳しいときには引き締めろ(tighten your belt in bad times!)という緊縮に向かってしまう全ての人類にあるとてもとても強い心理的な傾向だ。そして4つ目の可能性は、ポール・クルーグマンが言うように、緊縮は倫理的に高潔なものと見られているという考えだ。

僕は5つ目の可能性を提示してみたい。僕は「緊縮主義者たち」は反景気後退的なマクロ政策が国家がその制度を改善することなしに危機を「切り抜けて」しまうことを可能にしてしまうことを恐れているのではないかと思う。言い換えれば、彼らは刺激策の成功が良い危機を無駄にしてしまうことを恐れているということだ。

制度改革を長く唱えてきた人物の気持ちを考えてみよう。例えば、自分が「日本通」の欧米人だと想像してみてほしい。長年にわたって日本の停滞を見てきたはずだ。首相が回転ドアのようにパタリパタリと交代していくのも見てきた。自民党による長期政権が何兆ドルもの納税者のお金を政治的に繋がった土建会社にばら撒いて国中の川底にコンクリートに流し込むのを、さらには女性たちが性差別主義者たちによって非生産的な主婦業に従事させられるのを、因習的な企業文化を、他に類を見ない創造性溢れる非関税障壁によって輸入が阻害されるのを見てきたはずだ。

そして日本経済が停滞し、生産性が低下していくのを見ながら待った。事態が悲惨すぎる程までに悪化して、古いシステムがやがて自らの重みによって崩壊し、日本が経済・社会的な革命を経ざるを得ない日が来るのを待ちに待った。「いつの日にか、もはや切り抜けられなくなるはずだ」と自分自身に言い聞かせた。

2011年、ついにその日が来たように見えた。日本経済は2008年の経済危機と2011年の地震によって激しく揺さぶられた。福島原発の事故によって政府の腐敗の酷さが衆目に晒された。自民党の長期政権は民主党にとって代わられたが、新政権の酷さは良い勝負で、抜本的な政治の「再編成(realignment)」が国会の有効性を回復する方法であることは明らかだった。それに何よりも、日本の債務は急上昇を続け、とうとう大量の[訳注:債務の]削減は不可避であるように見えた。

ここで現れたのが安倍晋三、古い自民党の権化であり、デフレ脱却と金融刺激による日本の再生を掲げて政権に就いた男だ。そしてアベノミクスは効果を発揮しているようだった。円は下落し、インフレ期待が変化し、株価は上昇した。突如として日本が「切り抜けて」しまう可能性が現実のものとなってきた。もちろん安倍は構造改革についても約束していたが、そんな言い訳は前にも聞いたじゃないかと自問した。もし日本が安倍の積極的な反景気後退政策によって切り抜けてしまったら、古いシステムを変更する実際上のインセンティブは存在しなくなってしまう。清算の日は再度10年の彼方に追いやられてしまう。

多くの南ヨーロッパの経済学者がマクロ経済に関する議論に臨んでいる際、彼らの頭が同じような思考プロセスを辿っているということは想像に難くない。もし(ユーロの廃止を含む)金融刺激や財政刺激によってギリシャ、イタリア、スペインを彼らの清算の日から救済することになんとか成功してしまったら、ユーロの機能不全は十年後、最終的にそれが崩壊するまでの間により深刻なものになってしまわないだろうか。そしてジョン・コクランやタイラー・コーウェン(追記:そしてリチャード・フィッシャーも!)が「歯車の砂粒」を非難する際に、似たようなことが彼らの中にめぐっているだろうことも僕は想像できる。クルーグマン的な刺激策が効いてしまった!と仮定してみよう。これはギアの中に砂粒が混じったまま、ささいな短期的な安定を作り上げるために長期の成長率を下げることを許容することにならないだろうか。

言い換えれば、人々は自分たちが長期的な問題と考えているものを解決するのに景気停滞は最高の機会であると考えており、だからこそ緊縮という考えを好むのかもしれない。危機は、それを無駄にしてしまうよりかは害がないとしつつ。

と述べてきたところだけど、こうした考えはとても馬鹿っぽい。何で僕らは、再建の中でガバナンスは改善するだろうからと定期的に自分たちの街を爆撃しないんだろうか。でも僕はこの考えが間違っていると自信を持って断言することがとても難しいことに気づいた。経済学者が安定化政策のコストを議論する際、彼らは市場を歪めるような税、予期しないインフレとかそんなようなものに議論を限定してしまう。彼らは政治や制度を枠組みに入れることをほとんどしない。なぜなら、僕らは単に制度が現実にどのようにして機能するのかについて知らないんだ。だから僕は反景気後退的なマクロ政策が、必要な改革を行う最良の機会を、言うなれば強奪してしまうというアイデアを否定しきることは出来ない。

でも、僕らがすべきことはこのアイデアを正直な形で議論することだと思う。もし刺激策の危険性はそれが失敗してしまうことではなくて、成功してしまうことだと本当にみんなが考えているのであれば、そうだというべきだ。そうすることによって初めて、僕らは費用と便益についての理想的でオープンな議論を行うことが出来ると僕は信じている。

追記:不気味なことに、僕がこのポストを書いた正にちょうど次の日、ワシントンポストのスティーブン・パールスタインが緊縮について全くこの通りの主張を行った。タイラー・コーウェンはこの主張を「賢明」と紹介しながら、好意的にリンクを張っている。

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