この教科書では,ミクロ経済学の目的とは「合意に基づく交換により生まれる利益を最大限実現させること」だと説明しました。そのために必要となる市場と政府の適切な役割分担を第3章以降では考えるわけですが,その前に,第2章では経済学で用いる基本的かつ重要な概念を紹介しておきましょう。
以下では世界的なベストセラーであるグレゴリー・マンキューによる教科書『マンキュー経済学(第二版)ミクロ編』で紹介されている経済学の十大原理に基づいて説明します。なお十大原理のうちの最初の7つをこれから紹介するのですが,残りの3つはミクロ経済学ではなくマクロ経済学に関するものなので,この教科書では触れません。
7つの原理のうちの1から4までは,私たち一人一人の意思決定に関するものです。また5から7までは,人々が互いにどのように影響し合うかについての原理です。とりあえず,すべて紹介しておきましょう。
- 人々はトレードオフに直面しています。トレードオフとは,望ましい複数のことを両立できずにどちらかを選ばないといけないという関係を意味します。
- 経済学的な費用と会計上の費用は違います。前者を機会費用といい,ある選択を行った際に失うものすべてを足し合わせて計算します。これは複数の選択肢から一つを選ぶ際に,どの選択が最善であるかを考えるために有益な考え方です。
- 人々が合理的であるなら,限界的な部分を見て意思決定を行います。限界的とは,少し増やしたり少し減らしたりしたときに満足度や利益がどのように変化するのかに注目するという意味の専門用語です。
- 人はインセンティブに反応します。インセンティブとは,何らかの行動を行う際の動機のことであり,アメやムチの影響を受けます。
- 合意に基づく交換を行うことにより,すべての人はより豊かになります。
- 市場における取引は,多くの場合において,交換の利益を実現するために効果的です。
- しかし市場に任せると取引がうまくいかない場合には,政府の個別取引への介入により,交換の利益をさらに大きく実現できることもあります。
さて,これらの7つの原理のうちで最初に説明するのは,トレードオフの存在についてです。私たちが生活する中で,望ましい複数のことを両立できないということは良くあることです。いくつかの例を考えてみましょう。
- ビールを好きなだけ飲むということと均整のとれた体を維持するということは両立するのが難しいですね。少なくとも私にとってはとても難しい問題です。
- 四ッ谷から六本木へ移動する際に,移動時間を節約したいということと,お金をかけたくないことは両立が難しいでしょう。タクシーを使うと早くて楽ですが,1500円くらい支払うことになります。
- 一日は24時間しかないので,お金を稼ぐことと十分な睡眠をとることは両方を完全には達成できないために,その間のバランスを考える必要があります。
- 質と値段との関係にもトレードオフがあります。私たちは美味しいが高いワインとそこそこの品質で安いワインを選択することになります。美味しくて値段も安い品物があればベストですが,現実的ではありませんね。
このようにトレードオフの関係がある場合に問題となるのは,限られた資源や資産をどのように使うのか決断しなければならないということです。
以下では,東京都と川崎市の間に架かる橋を新しくする際の意思決定を考えてみましょう。下の図の横軸は品質を表していて,縦軸は建設費用を表しています。つまり図の右下に行けば行くほど満足度が高いことになります。ここで現実的なのは,性能が高いが費用も高い橋とそこそこの品質で費用もそこそこの橋とのどちらを選ぶかという選択です。
つまり,AとBとの間でどちらを選ぶかが政策判断の際には問題となるわけですね。当然のことですが,CとDとの間で選択を迫られても,迷う要素はありません。Dのほうが優れています。またAとDやBとDの間で選択する場合も同様です。右下にあるDが良いですね。
重要なのはAとBのような一長一短の関係にある選択肢に注目すること,つまりトレードオフの関係を考えることなのです。それでは図の右下に行けば行くほど望ましかったわけですが,AとDのどちらが右下にあるのでしょうか。「おまえは何を言っているんだ」と思われるかもしれませんが,この問題は公共財の供給について扱う際に詳細に説明します。
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