経済学の第2原理は,機会費用に注目すると人々の選択を理解しやすくなるということです。その際に,会計上の費用と経済学で考える費用(=機会費用)との違いを理解することが重要です。
例えば,高校を卒業した段階で就職するのではなく大学に進学することの費用を考えてみましょう。大学に進学するときにかかる会計上の費用としては,まず学費や教科書代,また食費や交通費,そして一人暮らしの家賃や交通費などがあります。
これに対して経済学的な費用(機会費用)とは,大学に進学したことで失われたすべてのお金を合計したものを指しています。それでは大学に進学することで学費など以外に何が失われたのでしょうか。それは大学に4年間通わずに仕事をしていたら得られたはずの収入です。
経済学的な費用を考える理由とは,会計上の費用だけでは何が最善の選択かが分かりにくいからです。例えば,山田さんが親から相続した都会の一等地で農業をやることの費用を考えてみましょう。そして可能な選択肢は,(1) その土地で農業をやるか,(2) 土地を人に貸して地代を受け取り自分はサラリーマンとして働くかの二つだとしておきます。
農業から得られる収入が1000万円で苗や肥料の代金が500万円だとすると,山田さんの利益はいくらになるでしょうか。1000-500で500万円の黒字ですね。しかし,この都会で農業をやるという選択が望ましい判断だとは限りません。
仮に人に貸した場合の地代が2000万円でサラリーマンとしての収入が500万円だとすると,農業をやるよりも人に貸した方が望ましいことになります。合計で2500万円の黒字になるからです。
まとめると,農業をやることから得られる収入は1000万円で会計上の費用は500万円であるため,会計上の利益は500万円でした。一方で,土地を人に貸して自分はサラリーマンとして働く場合には,収入が2500万円で会計上の費用がゼロであるため,会計上の利益が2500万円です。後者の方が望ましいですね。
このような複数のプロジェクトの間で何がベストな選択なのかを考えるために,次に経済学的な費用の考え方を採用してみましょう。農業をやることで得られる収入は1000万円でした。そして経済学的な費用は,農業をやるという選択をしたことで選ばれなかった別の選択肢から得られる利益2500万円と農業で実際に支出する経費である500万円を足したものになります。この3000万円が機会費用です。よって経済学的な利益は,1000-3000でマイナス2000万円ということになります。
今度は,土地を人に貸す場合の利益を計算してみましょう。収入は2500万円で,機会費用は農業をやった場合の利益である500万円となります。よって経済学的な利益は2000万円となります。
注意したいのは,これが会計上の利益である2500万円よりも低くなっている点です。経済学上の利益とは,特定の選択が最善か否かを考えるために,今注目している選択肢と,それ以外のうちでベストな選択肢とを比較して,いくら得しているかを考えたものです。土地を人に貸す場合には,別の選択肢である農業をやる場合の500万円の儲けと比べて,2000万円だけ利益が上回っています。よって経済学上の利益と会計上の利益は一致しなくても良いのです。
【さらに説明すると】
おかしな例ですが,私が1000円札をあなたに見せて,「これを黙って受け取るかそれともいらないと拒否するかを選びなさい」と言ったとしましょう。このときあなたが直面している選択肢は,受け取るか受け取らないかの二択ですね。
ここで受け取る場合の収入は1000円で機会費用はゼロなので利益は1000円となり,受け取らない場合の収入はゼロで機会費用は1000円なので利益はマイナス1000円となります。このときは受け取った方が良いですね。
次に,私があなたに二枚の1000円札を見せて「私が右手に持っている1000円札と左手に持っている1000円札のどちらかを差し上げます。どちらかを選んでください」と言ったとしましょう。このときはどうでしょうか。どちらの1000円札を選んでも,収入は1000円で機会費用も1000円なので利益はゼロです。
結果として同じく1000円を手に入れることができるのに,なぜ経済学的な費用や利益は違う数字になるのでしょうか。それは先程も述べたように,経済学的な考え方とは最適な選択肢を選ぶというところに主眼があるので,会計上でどのくらい儲けたかという絶対値ではなく,どちらが優れているのかを比較して差を考えているのですね。
あなたが1000円札をもらうかもらわないかの場合には,もらう方が良いですし,二枚の1000円札のうちのどちらかを選ぶ場合には,どちらでも同じなのです。このような選択肢の間の比較と選択に必要な情報として機会費用という考え方が採用されています。
【もっと説明すると】
会計上の費用と経済学的な機会費用との関係で混乱する人は非常に多いので,くどいようですが別の例も出しておきましょう。新宿に住む大学教員Aさんが,ある女性をデートに誘うケースを考えてみます。
Aさんは六本木にある別の大学で毎週水曜日にアルバイトをしていて,彼は一日あたり1万円を稼いでいるとしましょう。ここでいつも誘っては断られていた女性から,仕事の前日になって急に「明日だったら空いているから,会わない?」という連絡をもらいました。Aさんは,この機会を逃せないと考えて,アルバイトをキャンセルし,デートの誘いを受けることにしました。
Aさんが待ち合わせ場所の渋谷に到着したところ,彼女からメールが来ました。「ごめーん,友達が彼氏にふられちゃって,相談に乗ってあげることになったから,今日はいけない」とのことです。Aさんは「ふざけんなよ(怒)」と思いながらも大人しく家に帰ることにしました。ちなみに電車代は片道160円でした。
さてこのケースで財布から出て行った金額,つまり会計上の費用は往復の電車代である320円ですね。しかし経済学的な機会費用とは,この渋谷にデートに行くという選択をしたことで失ったすべてを足し合わせた物ですので,渋谷についてから突然キャンセルされた時に賠償して欲しい金額を指しています。おそらくAさんは,往復の交通費だけでなく,アルバイトで得られた収入もできれば弁償して欲しいと思うのではないでしょうか。つまり渋谷への往復交通費+別の仕事からの儲け(つまり320円+10000円)が失われているので,これを経済学では費用と考えているのです。
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