以下では,理想的な条件が満たされている場合には,市場において財・サービスが自由に取引されることを通じて,交換の利益が最大限に実現されるということを説明します。
これは現実の世界でそのような理想的な条件が満たされていて,実際に自由な取引が行われているということを主張しているわけではありません。あくまで検討の出発点であり,分かりやすい極端な状況から考察を始めているという点に注意してください。
例えば高校で学ぶ物理学では,物体の落下を考える際にとりあえずは空気抵抗を無視して説明しますよね。これも空気抵抗がこの世の中に存在しないと言っているわけではありません。空気抵抗のない理想的な環境下で何が起こるのかを先に検討して,それから空気抵抗も考えることで徐々に現実に近づけていくというアプローチが採用されているのです。それにより,何が本質的なのかを理解することが容易になるからです。
またこの取引に関する理想的な状況に「完全競争」といった名前が付いているために,何か殺伐とした弱肉強食の世界を想像してしまうかもしれません。世代によっては,荒廃した街で暴力にものをいわせて水や食料を奪い合う『北斗の拳』という漫画を想像するのではないでしょうか。しかし実は完全競争とは,財産権や契約の履行が完全に保障されている世界で,注目している商品やサービスが非常に円滑に取引されている状況を指している専門用語なのです。
これから説明する完全競争市場とは,次のような望ましい性質を満たしている理想的な取引環境のことです。例えば青森産の通常サイズのリンゴといったような特定の財・サービスに注目したときに,
- その品質を売り手と買い手の双方がそれなりに良く知っていて,
- 売り手と買い手が多数存在するために取引が相場の値段で行われている。加えて,
- 取引する相手を探すことや交渉するといった,取引の際に必要な手続きは無視できるくらい低コストで円滑に行われていて,
- 取引の影響が当事者たちの間で完結している状況
のときに,このリンゴの市場は完全競争市場であるといいます。
このとき,ここで例として挙げたリンゴのように,注目している特定の財・サービス以外の市場で起こっていること,例えばみかんや野菜や不動産の生産量や価格,また人々の好みや生産技術は,とりあえずは固定して考えることにします。あくまでリンゴに注目するときには,リンゴの生産者と消費者の行動だけを考えるのです。
なお,完全競争市場という理想的な状況下では,政府による個別取引への介入が不要だということを後で説明しますが,政府が不要だと言っているのではないことに注意してください。くどいようですが,完全競争市場とは,所有権や契約の履行が法律で守られていて,合意の上で交換が行なわれることが前提なのです。
また注目している財の取引には政府の介入が不要だとしても,他の財・サービスの取引には介入が必要かもしれません。誰にとっても一日は24時間しかないので,有能な政治家や公務員には本当に必要な仕事に尽力してもらう必要があるのです。
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