3-2. 財・サービスと市場

これから完全競争市場として,既に述べたような望ましい取引環境の下で,特定の財・サービスと貨幣を交換する市場を考えます。しかしその前に,まず特定の財・サービスと言ったときに,何と何が同じ財なのかについて,そして市場とは何かについて理解しておく必要があります。

特定の財・サービスといったときに,扱われる商品などが完全に同一である必要はありません。例えば,スーパーで売られているリンゴは,ひとつひとつ形が微妙に違いますが,品種・大きさ・糖度・産地・収穫時期等がほぼ同じであれば同じ財と考えて良いでしょう。大事なのは消費者が,ほとんど同じだからどれでも良いと考える程度の違いしかないという点です。

それではサービスについても考えてみましょう。例えば異なる理容師や美容師から受けるシャンプーやカットのサービスは同一のものと言えるでしょうか。多くの場合はそうではないでしょう。青山に店を構えるカリスマ美容師のAさんに髪を切ってもらうことと,同じ青山であっても,名も知らぬ店の新人美容師に切ってもらうことでは,お客さんとしてはサービスから得られる価値が異なるからです。

これに対して,例えば1000円で髪を短くしてくれる理髪店などを考えると,どの店で誰に担当してもらってもあまり変わらないとお客さんは感じるかもしれません。少し乱暴かもしれませんが,店を選ぶかどうか,また指名等により人を選ぶかどうかによって,サービスの場合には同じか否かが決まると考えれば良いでしょう。

つまり,カリスマ美容師はそれぞれ異なるサービスを提供しているが,1000円で整髪してくれる業者が提供するサービスは互いにほぼ同質といえるわけです。以下の考察では,どこまでが同じ財であるかの区別と判断が重要になります。

次に,ここでいう「市場」とは何かを確認しておきましょう。市場と聞いて真っ先に想像するのは,おそらく築地の魚市場や大田区の花卉市場のように,物理的に市場が存在していて,皆が一カ所に集まって取引することでしょう。

しかし,経済学で考える市場とはそれに限りません。より分権化された取引が行われている場合でも,一つの市場と考えることができる場合が多いのです。それでは分権化されているとは,どういう意味でしょうか。

例えばある地域にスーパーや青果店が多数あったとしましょう。ここで近所の住人は,いくつかの店をまわってみても,おそらく特売品などを除けば,リンゴでもキャベツでもおよそ同じ水準の値段が付けられているのを観察するはずです。
分権化された取引が行われているとは,一カ所に集まって取引をするのではなくても,売り手と買い手が価格支配力を持たず,「相場の価格」で売買をしている状態であること,そして相場の値段が形成されていることを皆が知っていることを意味しています。そのような場合には全員が一同に会していなくても一つの市場であると考えることができます。

別の例も考えてみましょう。コンビニのアルバイトは賃金が時給で支払われるのが一般的です。このとき,アルバイトとは一時間の労働と金銭の交換であると考えられます。

コンビニのアルバイトの時給はいくらでしょうか。私が住む新宿区で歩いてすぐの二つの店の募集広告を下に載せてみました。ここではおよそ900円というのが相場のようです。

このように時給には業種ごとに,また地域ごとに相場があり,労働力の売り手も買い手もこの相場に縛られることになります。相場が900円のときに,ある大学生が「俺は1000円欲しい」といってもおそらく雇ってもらえません。なぜなら店の経営者の立場からは,相場の900円で別の人を雇えるからです。

同様に,あるコンビニの経営者が「ウチの店は経営が苦しいから,できれば700円しか払いたくない」といったとしても,誰も応募して来ないでしょう。なぜなら求職者の立場からは,相場の900円をもらえる別の店があるからです。