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マイルズ・キンボール「日本は次世代の金融政策を試すべきだ」(2015年10月19日)


Miles Kimball, “Quartz #66–>Japan Should Be Trying Out a Next Generation Monetary Policy“, Confessions of a Supply-Side Liberal, (October 19, 2015)

これは私の66番目のQuartzのコラム「日本は次世代の金融政策を試すべきだ 」の全文で、今supplysideliberal.comに里帰りしました。最初の発表は2015年の9月11日です。私の全てのQuartzに掲載された全てのコラムはここから見つけることができます

このコラムは、あなたが同じく確認したいと思うかもしれない、次の二つの密接に関係した投稿に繋がるものとして書かれました:

もしあなたがこの投稿の内容を他のサイトに写したいなら、あなたが元のQuartzコラムへのリンクと次のコピーライトの告知を含む、このリンクの法的な告知を読めば、限定された期間において可能です。

© September 11, 2015: Miles Kimball, as first published on Quartz. Used by permission according to a temporary nonexclusive license expiring June 30, 2020. All rights reserved.

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この20年もの低成長の後、日本の2012年9月26日の選挙(訳注:自民党総裁選挙)で、安倍晋三総理大臣が金融政策を大胆に行うと注目されるようになった。政権に付くとすぐ、安倍は黒田春彦を日本銀行の総裁を指名した。すぐさま日本銀行は、この失われた20年の低成長の間の金融政策を弁明するのを止め、毎年GDPの半分を超える額に等しい量の債券や他の資産を買い取ることへのコミットと共に、大幅な量的緩和措置として、既に買い取っている様々なタイプの資産の量を増強すると表明した。

表明されたこの大量の資産買い取り措置の目的の一つは、速やかに年率2%のインフレをもたらすことであった。この考えは、日本銀行が長い間維持してきたゼロ金利が、もし企業や消費者が今と比べてより高いインフレを考慮したならば、経済のより強力な景気刺激になるというものだ。そのロジックはオリバー・ブランチャード、ラリー・ボール、ポール・クルーグマンのような影響力のある経済学者が、その他の国々でゼロ金利の景気刺激効果を充満させるために4%のインフレ目標を推奨するロジックに似ている。

重要な概念は「実質金利」、あるいは通貨価値で示される通常の金利に代わる財のバスケットで示される金利だ。

日本はインフレーションを上げるための時間を無駄にしている

日本は、年間のインフレーションを2%まで上げることに成功するかもしれないし、実際この目標には現にいくらか進捗もしている、がそれで十分なのか?アメリカ経済はコア・インフレ年率2%によってこの大不況に突入したという事実にも拘らず激しくもがいた。日本はオリバー・ブランチャード、ラリー・ボール、ポール・クルーグマンが推奨するように、より高いインフレ目標でさえ試みることができたかもしれないし、あるいは日本は量的緩和とより高いインフレ目標を放棄し、次世代の金融政策に飛躍することもできるだろう。次世代の金融政策の鍵は、インフレ率を上げることによってゼロ金利の効果を高めようとする代わりに、金利を直接切り下げることだ。もちろん、ゼロ以下の金利の切り下げることは負の領域に押し込まれる。しかし、スイス、デンマーク、スウェーデンとユーロ圏は既にそれができること示した。-0.75%より深く金利を切り下げることは、人々や企業が彼らのお金を銀行から引き出して紙幣にすることで、負の利子率を回避するようになるのは避けられない、という広く伝わる神話がある。そうではないのだ!

単に日本銀行が額面価値で現金を準備口座に戻すことを保証するのを止める措置で、現金を銀行から引き出すことを中立的にするのは簡単だ。あなたはこれやこれや、そしてここにある現金中立化政策の仕方の詳細を見ることができる。これは、世界中の中央銀行関係者や経済学者による綿密な調査に耐え、私が巡った道程を突き詰めていった考えなのだ。共通した反応は、中央銀行が既に行った多くのより困難なことに比べて、この実務的な詳細が如何に簡単なものかという驚きであった。

もし日本銀行(あるいは他の中央銀行)が現金を常に額面で準備口座に戻すことを保証しなくなれば、負の利子率が回避されて経済が刺激されなくなる道は残らない。もし人々が銀行から現金を引出して蓄えても、その後で使うならそれは経済を刺激する。もし負の利子率に直面する企業が銀行から引き出したお金の束で工場を建てれば、それは経済を刺激する。そしてたとえ、日本の家計がそうしなければ負の利子率が適用される現金を銀行から引出して、外国の株や債券を買ったとしても、その株や債券を売った外国人が手にする追加の円によって日本製品が買われることで、最終的に円が日本に戻ろうとする時に輸出を押し上げることになり、それは日本経済を刺激することになる。

日本は、インフレ率を上げる必要はないのに、インフレ率を上げようとする時間を無駄にしている。インフレ率を上げることは、金利を引き下げることによって直接達成できるのと同じ効果を得るための間接的な方法である。スイス、デンマーク、スウェーデンとユーロ圏は慎重に負の利子率政策に乗り出した。日本もやるべきだ。

負の利子率政策に対抗する対策は全て深刻な欠点がある。例えば、財政支出を増やすのは悪い考えだ:日本政府は既にGDPと比較して他のどの先進国より多くの-GDPの2年分以上の、負債を発行している。(そして日本銀行が無限に全ての国債を買い取り続けることができるということは、最後の貸し手になるべきということだ。)更に悪いことは、日本は高水準の財政支出を繰り返し、既に魅力的な財政投資機会を使い尽くしてしまっている。

量的緩和をもっともっと増やしたらどうだろうか?量的緩和は良い方向に向かうが、必要な効果を得るための分量は、あるかもしれない副作用について誰も知らないくらい大きなものにすることが要求される。経済理論は、それが負となる時でさえ、どのように利子率が経済に影響するかについてはかなり明らかにしている。

日本の供給サイドについて言えば

たとえ日本が次世代の金融政策に飛躍したとしても、それでも深刻な経済問題がある。多くの経済学者や政治家は金融的な刺激は、必要な供給サイドの改革(しばしば構造改革と呼ばれる)から目を逸らすことになると論じている。

しかし、生産性の低い活動から高い活動へと労働者や資本財を移動させるのは、好況期の方が、人々が次の仕事を得たりあるいは次のビジネス機会を見つけることを心配する停滞期よりはとても簡単である。

金融政策によって経済を悪くすることは、供給サイドの改革に対して政治的障害を跳び超えることを援護するには頼りにならない。その代わり、質の悪い金融政策のせいで質の悪い経済状況となることは、より多くの財政支出と赤字への誘惑となる。日本は先に金融政策を、金利の底を取り除くことによって修正すべきだ。そして供給サイドの問題に真正面から向き合って改革することができるし、そうするべきだ。

ピーター・テミン&ダヴィッド・ヴァインズ「なぜケインズが今日大事なのか」

Peter Temin, David Vines ”Why Keynes is important today” (VOX, 14 November 2014)

ケインズ的刺激策に関する最近の議論は、ケインズが当初自らの理論を擁護した際に出くわしたものとよく似ている。本稿では、そうした当初の議論を解説するとともに、今日の政策議論をそうした文脈に照らし合わせる。現代ではリカードの等価定理や財政乗数がきちんと定義されているため、私たちは過去の人間よりもこの議論をうまく枠に当てはめることができる。著者たちは、短期経済の単純なモデルによって刺激策の論拠を実証できることを論じる。 [Read more…]

ニック・ロウ「マクロ経済論議:需要不足VS不確実性ってほんと?」

Nick Rowe “Insufficient Demand vs?? Uncertainty” (Worthwhile Canadian Initiative, July 04, 2014)

(訳者補足:本エントリは、先に訳したジョン・コクランの記事と、それへのノア・スミスの反応に対するもの。)


これは間違った二分法だ。以下では、ささっとノア・スミスジョン・コクランへの反応を書いてみよう。

ジョン・次のように言ってる。「ジョン・テイラー、スタンフォード大学のニック・ブルーム、シカゴ・ブース大学のスティーブ・デーヴィスは、勘に頼った政策によってもたらされた不確実性のせいだと考えている。大統領の次の一筆や司法当局による魔女狩りによって全ての努力が水の泡にされてしまう可能性があるのであれば、誰が雇用や貸出、投資をしたいなどとおもうだろうか。エド・プレスコットは、歪みの大きな税や差し出がましい規制を強調している。シカゴ大学のカーシー・マリガンは、社会保障政策による意図せざるディスインセンティブを解析している。そしてその他色々。これらの問題が不況を引き起こした訳ではない。だがこれらは今や悪化しており、回復を妨げ成長を遅くしている。」

オーケー。政治的不確実性の増大が「雇用や貸出、投資」をする意志の減少を引き起こしたと仮定してみよう。これは妥当なように僕には見える。ただ力の向きは正しいけれど、その大きさは分からない。 [Read more…]

ノア・スミス「マクロ経済論議:不況と回復についてのコクランの考え」

Noah Smith “Cochrane’s thoughts on the recession and recovery” (Noahpinion, July 03, 2014)

(訳者補足:本記事は、先日訳したジョン・コクランの記事に対するノア・スミスの反応。本件についてはこのほか、ニック・ロウの反応ノア・スミスの別の反応も後日投稿予定。)


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ジョン・コクランがウォール・ストリート・ジャーナルの論説で今回の不況の原因について議論している。この論説は基本的にはケインジアン、ニューケインジアン、そして回復の鈍さが「需要」の関数だと考えているあらゆる人に対する批判となっている。

マクロ経済学者の違いが先鋭化するのは、不況後の景気の低迷の原因とそれを治す可能性があるのはどの政策かということについてだ。それは大まかに言えば、景気の低迷は金融刺激や財政刺激によって解決できる「需要」不足なのか、あるいは刺激策では解決できない歯車の中の砂粒のような構造的なものなのかということだ。

「需要」側は当初、ニューケインジアンのマクロ経済学モデルを引合いに出していた。(中略)しかしニューケインジアンモデルを厳密に見てみると、この診断と政策予測は脆弱なものに映る。(中略)こうした問題は認識されており、ブラウン大学のガウティ・エガートソンやネイル・メフロトラをはじめとした研究者たちは今やこれらを解決するためにモデルをいじくるのに懸命になっている。(中略)

別の見方では、「需要」不足が問題となっているのではもはやない。(中略)それでは一体問題はどこにあるのだろうか。ジョン・テイラー、スタンフォード大学のニック・ブルーム、シカゴ・ブース大学のスティーブ・デーヴィスは、勘に頼った政策によってもたらされた不確実性のせいだと考えている。大統領の次の一筆や司法当局による魔女狩りによって全ての努力が水の泡にされてしまう可能性があるのであれば、誰が雇用や貸出、投資をしたいなどとおもうだろうか。エド・プレスコットは、歪みの大きな税や差し出がましい規制を強調している。シカゴ大学のカーシー・マリガンは、社会保障政策による意図せざるディスインセンティブを解析している。そしてその他色々。これらの問題が不況を引き起こした訳ではない。だがこれらは今や悪化しており、回復を妨げ成長を遅くしている。

こうした考え方は、唯一の原因は需要であって簡単な魔法の弾丸のような政策によって解決できるというものよりも大分セクシーさに欠ける。

なぜみんなは不況を理解するにあたって「需要」が鍵になると考えるのだろうか。「需要側」の解決策が簡単、あるいは単一原因説が「セクシー」であるからだけじゃないと僕は思う。僕が思うに、これは価格に関係しているんだ。 [Read more…]

ジョン・コクラン「マクロ経済論議」

John Cochrane “Macro debates” (The Grumpy Economist, July 2, 2014)

(訳者補足:この記事に対しては、デヴィッド・グラスナーノア・スミスニック・ロウなどが反応している。後二者については別途時間が許せば訳す予定)


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以下はウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された私の論説だ。下敷きとなっているのはニュー・ケインジアンの流動性の罠という論文なので、ニュー・ケインジアンモデルに関する主張についてもっと知りたい人はそちらを見てほしい。

ウォール・ストリート・ジャーナルはグラフをいらないと言ったのだが、グラフは要点をうまく説明してくれると思う。

というわけで以下が本文となる(いくつか削除した部分を戻したのと、タイポの修正を行った)。 [Read more…]

ノア・スミス「新しい古典派の革命はなぜ起こったのか」

Noah Smith “Why did the New Classical Revolution happen?” (Noahpinion, June 29, 2014)

(訳者補足:この議論の経緯についてはhimaginary氏がまとめられてますので、未読の方はそちらからまずご覧頂くほうが良いと思います。)


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一方の側にサイモン・レンルイスマーク・ソーマ、反対側でそれに対するのがポール・クルーグマンという形で、興味深いちょっとした議論が交わされている。その議題とはすなわち、70年代末から80年代初頭にかけての新しい古典派のマクロ経済学における革命の隆盛を引き起こしたものは何なのかというものだ。

僕はこの点については基本的にはクルーグマン側にいるのだけれど、革命を実際に目撃したわけでもないし、もちろん本当のところは分からない。

「新しい古典派」という用語は、ふつう次の3つのことを指すのに使われる。

  1. ルーカスの島モデル
  2. DSGEを作り出した合理的期待やミクロ的基礎付け等による方法論上の革命
  3. RBCモデル

何でこの3つが一緒くたにされてるのか僕は知らないのだけど、ただルーカスはこの3つ全てを研究した。でもまあそれはさておこう。 [Read more…]