ノア・スミス「マクロ経済論議:不況と回復についてのコクランの考え」

Noah Smith “Cochrane’s thoughts on the recession and recovery” (Noahpinion, July 03, 2014)

(訳者補足:本記事は、先日訳したジョン・コクランの記事に対するノア・スミスの反応。本件についてはこのほか、ニック・ロウの反応ノア・スミスの別の反応も後日投稿予定。)


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ジョン・コクランがウォール・ストリート・ジャーナルの論説で今回の不況の原因について議論している。この論説は基本的にはケインジアン、ニューケインジアン、そして回復の鈍さが「需要」の関数だと考えているあらゆる人に対する批判となっている。

マクロ経済学者の違いが先鋭化するのは、不況後の景気の低迷の原因とそれを治す可能性があるのはどの政策かということについてだ。それは大まかに言えば、景気の低迷は金融刺激や財政刺激によって解決できる「需要」不足なのか、あるいは刺激策では解決できない歯車の中の砂粒のような構造的なものなのかということだ。

「需要」側は当初、ニューケインジアンのマクロ経済学モデルを引合いに出していた。(中略)しかしニューケインジアンモデルを厳密に見てみると、この診断と政策予測は脆弱なものに映る。(中略)こうした問題は認識されており、ブラウン大学のガウティ・エガートソンやネイル・メフロトラをはじめとした研究者たちは今やこれらを解決するためにモデルをいじくるのに懸命になっている。(中略)

別の見方では、「需要」不足が問題となっているのではもはやない。(中略)それでは一体問題はどこにあるのだろうか。ジョン・テイラー、スタンフォード大学のニック・ブルーム、シカゴ・ブース大学のスティーブ・デーヴィスは、勘に頼った政策によってもたらされた不確実性のせいだと考えている。大統領の次の一筆や司法当局による魔女狩りによって全ての努力が水の泡にされてしまう可能性があるのであれば、誰が雇用や貸出、投資をしたいなどとおもうだろうか。エド・プレスコットは、歪みの大きな税や差し出がましい規制を強調している。シカゴ大学のカーシー・マリガンは、社会保障政策による意図せざるディスインセンティブを解析している。そしてその他色々。これらの問題が不況を引き起こした訳ではない。だがこれらは今や悪化しており、回復を妨げ成長を遅くしている。

こうした考え方は、唯一の原因は需要であって簡単な魔法の弾丸のような政策によって解決できるというものよりも大分セクシーさに欠ける。

なぜみんなは不況を理解するにあたって「需要」が鍵になると考えるのだろうか。「需要側」の解決策が簡単、あるいは単一原因説が「セクシー」であるからだけじゃないと僕は思う。僕が思うに、これは価格に関係しているんだ。

基本的な供給・需要グラフを描いてみると、需要に負のショックがあった際には価格は下落し、供給に負のショックがあった際には価格は上昇することが見て取れる。
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だから経済全体が供給・需要グラフのように振る舞うのであれば、「需要側」の不況はインフレの低下を伴うはずで、「供給側」の不況はインフレの上昇を伴うはずだ。次に挙げるのは、今回の不況前後のコアPCEインフレ率のグラフだ。
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インフレは不況の間に落ち込んだだけじゃなく、不況後にも低いままであり続けていることが見て取れるよね。だから、経済を供給・需要グラフのように考える場合、この回復の鈍さは需要の減少に関係していると結論することになる。

さて当然ながら、経済が経済学101 [1]訳注;御存知ないかたの誤解を防ぐために注記しておくと、これは本サイトのことではなくアメリカの大学における経済学入門授業のこと。 のように簡単である可能性は低い。現代マクロ経済学モデルには、純粋な「供給ショック」あるいは「需要ショック」があることは稀なんだ。でも直観はそれでも一緒だ。コクランが提案するところの回復の鈍さに対する別の理由付けを考えてみてほしい。1)政治的不確実性、2)規制と税、3)再分配だ。

これら全ては基本的に供給プロセスに対する障害、つまりこれらは物を生産することをより費用の掛かるものにする。(失業手当の延長によって)労働者がそこらに座ったままでお金をもらえるのであれば、彼らが仕事に戻るよう誘いかけるために事業者は労働者に対してより多く支払うことを強制されることとなり、それによって賃金は上昇するはずだ。規制が事業を行うのを難しくしているのであらば、それによって費用は上昇するはずだ、等々。

費用の上昇は少なくとも部分的には、価格の上昇という形で消費者へと転嫁される。だから、回復の鈍さが事業に対する構造的な障害によって引き起こされているのであれば、過去5年間のどこかの時点でインフレの上昇が起こっていただろう、と考えることができる。

さてここで、明日における費用上昇の予測が今日における価格の下落を実際に引き起こすマクロ経済学モデルを書き下ろすことは可能だ。実際、あらゆるXにおいて、Xが起きるという現代マクロ経済学モデルを書き下ろすことがおそらくは可能なんだ。でもこの考えは基本的な経済的直観に強く反する。コクラン/テイラー/マリガン/プレスコット/ベイカー/ブルーム/ディヴィスの命題は明らかに間違いというわけではないけれど、明らかに直観に反する

だから僕が考えるに、これこそが回復の鈍さがなぜ続くかについて「需要側」の説明が残り続ける大きな理由なのだと思う。

でも極端な倹約という問題もあると思う。コクランは次のように書いている。「これらの(政策)問題が不況を引き起こした訳ではない。だがこれらは今や悪化しており、回復を妨げ成長を遅くしている。」僕が思うに、人々は今回の不況と回復を自然のうちに単一の現象として見ており、両者を引き起こしたたった一つの原因があるという説明を好む傾向にある。完全に切り離されたふたつの説明、つまり不況に対する説明と回復の鈍さに対する説明を用いる場合、それはたくさんの自由なパラメーターをモデルに加えているということだ。基本的に、モデルの複雑さはある種の情報量基準によって罰せられなきゃならない。これが僕が考えるところの、人々がコクラン/テイラー/マリガン/プレスコット/ベイカー/ブルーム/ディヴィスの命題に懐疑的であるもう一つの理由だ。

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1 訳注;御存知ないかたの誤解を防ぐために注記しておくと、これは本サイトのことではなくアメリカの大学における経済学入門授業のこと。
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