●Mark Thoma, ““A Solution to the Principal-Agent Problem””(Economist’s View, December 20, 2008)
身体交換(二人が互いに身体を取り替える)に付き纏う「モラルハザード問題」を解決するにはどうしたらいいだろうか? ロバート・シェクリイ(Robert Sheckley)の(SF小説である)『Mindswap』(邦訳『精神交換』)の中で次のような巧みな工夫が紹介されている [1] 訳注;以下の引用は拙訳。。
“The Bible Meets Science Fiction: A Solution to the Principal-Agent Problem”(Suggested by Lawrence H. Officer, Journal of Political Economy, Back Cover, vol. 110, no. 1):
「次なる手順としましては貴君と火星の紳士殿との間で損害賠償条項を含む双務契約を取り交わしていただくことになります。契約の内容を具体的に説明しますと、貴君が火星の紳士殿から借り受けた身体に(作為か不作為かにかかわらず、あるいは不可抗力であろうとそうでなかろうと)何らかの損傷を与えてしまった場合、①惑星間の慣習に則って確立された相場に照らして適当と思われる額の賠償金の支払いを求められるとともに、②レクス・タリオニス(同害復讐法)の精神に則って貴君の身体にも火星の紳士殿の身体に加えられたのとまったく同様の損傷が加えられることになります。」
「ハァ?」とマーヴィン。
「つまりは『目には目を、歯には歯を』というわけです。」 ブランダース氏の説明は続く。「シンプル極まりない話です。例えば、貴君が火星滞在最終日に足を骨折する怪我をしたとしましょう。(火星の紳士殿から借り受けた)借り物の身体だとはいっても貴君も骨折の痛みを感じるには違いありませんが、それからしばらく続くであろう不都合にも悩まされねばならないかというとそうではありません。何の傷も負っていないご自身の身体に戻ってしまえるわけですからね。しかし、そのような話は公正とは言えません。足の骨折というアクシデント [2] 訳注;ここでの「アクシデント」は「事故」という意味合いが強い。は貴君が誘発したアクシデントです。そのアクシデントの結果を貴君がご自身で引き受けないでいいわけがあるでしょうか? 貴君が誘発したアクシデントの結果を貴君の代わりに別の誰かが引き受けねばならないなんて話が成り立つでしょうか? 現行の星間法(interstellar law)によりますと、貴君が火星の紳士殿の身体を離れてご自身の身体に戻り次第貴君の足も(可能な限り科学的で痛みのない方法で)折られてしまう決まりになっていますが、それもこれも正義のためなのです。」
「火星で足を折ったのがアクシデント [3] 訳注;ここでの「アクシデント」は「不慮の出来事」という意味合い(自ら狙って足を折ったのではなく思いがけず骨折してしまった)が強い。の場合でもですか?」
「アクシデントの場合こそです。損害賠償条項を含む双務契約が交わされるようになってからというものそのようなアクシデントの数が大幅に減ったことが確認されているのです。」[Robert Sheckley, Mindswap (New York: Dell, 1966), p. 17.]
ウォール街では「他人の身体」ではなく「他人のお金」を借りて商売が行われているわけだが、「他人のお金」の運用を引き受けたマネー・マネージャーが「他人の足」を折るような所業をしでかしても――資金の運用に失敗して損失を出しても――マネージャー当人がその結果を引き受けるようには必ずしもなっていない。それどころかマネー・マネージャーの多くは「他人のお金」を疑わしいやり方で運用することで巨額のボーナスを自らの懐に入れるだけではなく、「他人のお金」に損失が発生した後もなお巨額のボーナスをもらい続けているのだ(この点についてはクルーグマンのコラムを参照あれ)。「他人の足を折ったら自分の足も折られる」というのはいささか残忍なやり方であり、それよりは金銭的な罰則を課す方が受け入れやすい案ではある。ともあれ、マネー・マネージャーが直面しているインセンティブの歪みを正す [4] … Continue readingためには(運用を委ねられた「他人のお金」に損失が発生した場合には)マネージャー当人も自らの身の上に「他人(顧客)の痛みを感じる」ようにする必要があることは確かだろう。身体交換のケースから得られる教訓をまとめるとそういうことになるだろう。
逆に入れ替わったことにより彗星落下被害の逓減に貢献した場合などの帰属利益の処分についても考察していただきたい!
求む! 「SFの経済学」(Robin Hanson, “The Economics of Science Fiction”, http://mason.gmu.edu/~rhanson/econofsf.html )
(大分前の話(2009年8月)になりますし、御存知かもしれませんが、クルーグマンとチャールズ・ストロスが対談してたりしてますね。 http://www.steussy.com/blog/2009/08/krugman-and-stross-transcript )