アチュタ・アドヴァリユ, ナムラタ・カーラ, アナント・ナイシャダム 『エネルギー節約テクノロジーの隠れた生産性便益: インドの工場におけるLED利用からの実証データ』

Achyuta Adhvaryu, Namrata Kala, Anant Nyshadham, “The hidden productivity benefits of energy-saving technology: Evidence from LEDs in Indian factories“, (VOX, 27 August 2016)


気候変動との取組みの必要性について広まるコンセンサスを受け、エネルギー効率テクノロジーは政策優先事項としての重要性を高めている。本稿では、そうしたテクノロジー – LED照明 – の採用が、インド製造企業にどのような生産性便益をもたらしたかを考察してゆく。結果、LEDの比較的少ない放熱に由来する生産性改善効果のために、こうしたテクノロジーの採用はこれまで考えられていたところより数段安価に済むこと、とりわけ高温気候地域における労働集約的な企業に関してそう言えることが明らかになった。

エネルギー効率性に関するイノベーションは気候変動の加速を食い止めるための主要方策であるとして各所で取り上げられてきた。このような期待が在るのにもかかわらず、エネルギー効率テクノロジー採用率は一貫して低く留まっている。気候変動による地球規模の気温上昇からくる様々な影響、そして地球規模のエネルギー需要の驚異的な上昇率を受け、気候変動を緩和するテクノロジーの高い採用率を実現することはいまや重要政策優先事項の1つとなっている。最近の研究では、情報摩擦、ないし情報顕現性 [salience of information] の欠乏こそがこの 『効率性ギャップ』 の重要決定因子であると指摘されている – つまり、個人や企業がエネルギー効率性への投資から期待できる真のリターンを知るか、或いは情報がもっと顕現化すれば、これらテクノロジーの採用もより迅速に広まるはずだというのである (Allcott and Greenstone 2012)。

LEDの計算式を刷新する

我々の最近の論文では、一般的に使用されている1つのエネルギー節約テクノロジーの隠れた生産性便益に関する実証データを提示しているが、この便益は、適切に考慮するのなら、エネルギー節約テクノロジー採用に係る費用対便益の算出式を劇的に改めるものである (Adhvaryu et al. 2015)。我々が研究対象としたのは、インドの衣類工場フロアにおけるスタンダートな蛍光灯照明の発光ダイオード (LED) バルブとの交換事例。なおこの (エネルギーコスト節約を超える) LEDへの追加的リターンというのは、極端な気温のもとでは労働者生産性に悪影響がでるという考えに依拠している。インドの衣類工場では室温管理されていることは稀なので、工場フロアの生産ライン労働者が体感する気温は外気温によって大方決定される。したがって他の全てを一定とすれば、暑い日には、それより僅かに涼しい日と比較しても、生産性は低くなる。ところで実は、LEDはそのエネルギー消費量が蛍光灯バルブの約7分の1に当たるばかりでなく、放出する熱のほうも約7分の1になることが解っている。我々はLED導入時にみられた放熱の低減が工場フロアの気温を何度分か低減させたことを明らかにしているが、これが生産性の向上につながったのである。

気温と生産性の関係

インドで衣類製造を行う或る大規模企業が操業している26の工場ユニットで裁縫フロアに蛍光バルブが設置されていたが、その約半数が3年かけてLEDバルブと交換された。工場規模で行われたこの交換は、国際バイヤーから供給者に向けた環境持続可能性に関する推奨事項の変化が主要な引金となったものである。本研究では、(工場フロアにおける放熱の減少を通して) LED照明の導入が気温-生産性勾配をどの程度増大させたかを推定している [訳註1]

結果、LEDの導入が暑い日に大きなインパクトをもっていることが分かった。こうした日には熱ストレスのために労働者生産性の減少は最大となる – 一方で比較的涼しい日についてはLEDのインパクトは殆ど見られない。

LEDが気温-生産性勾配の最高部 (暑い日) のみを増大させた理由は、この勾配そのものが非線形である事実と関係している。図1に外気温とそれに対する効率性のグラフを現した。後者は労働者生産性を計る標準化された尺度である。なお、データはLED導入以前のものを使用している。図が示すように、同関係は 『湿球 [wet-bulb]』 温度19ºC周辺まではかなり平坦である。本環境では平均的湿度水準での27-28ºCに相当する温度だ。しかしこの境界値 [cut-off] を超えると生産性は気温上昇につれ深刻な低落をみせ、極暑日ともなると生産性は、境界値19ºCに気温が満たない日の平均的生産性を6-7効率値、換言すれば13%ほど下回るようになる。

図1 LED導入以前の外気温と生産性の関係

LEDのインパクト

我々の委託した工学研究によって、LEDバブルへの交換が恐らく室内気温約1.4 ºC分の減少につながったこと、またこの減少は気温分布全体に亘りほぼ一定であったことが明らかにされている。となればLED導入による緩和効果が気温-生産性勾配が厳しい所で大きくなった理由も明白である – LED導入はつまるところ勾配上での左方移動を意味していたのであり、この移動は高気温時には生産性を大きく上昇させるが、それ以外の時には生産性の上昇は小さくなっているからだ。

図2にこれらの研究結果がまとめてある。赤線はLED導入以前の段階での外気温と生産性の関係を示しているが、これは図1にグラフ化したものと形が似ている。青線はLED導入後段階での同関係を示す。青線と赤線の形は外気温が低い時には極めて似通っている一方で、気温が高くなるにつれ分岐してゆく様子が鮮明に見て取れる。LEDが導入される前には、労働者は高い外気温に対し非常に敏感であった。暑い日には温度が一度上昇する毎に生産性に一定の低落がみられたのである。LED導入以後では対照的に、勾配はかなり平坦化し、しかも気温が高い時にもこの傾向は持続している。黒点線は、LED導入に由来する平均的な放熱減少効果について工学研究レポートが算出した数値の示唆する、外気温-生産性勾配の変化を示している。図から明らかなように、示唆された勾配の変化は、観測された変化と極めて良く一致している。

図2  LED導入前後での外気温と生産性の関係

費用対便益計算

我々は上記の諸推定値と、LEDへの交換に係る企業の実際の出費データならびに蛍光灯照明と比べた実際のエネルギー節約分を組合せ、LED採用の費用対便益効果を算出した。分析結果は、LED採用の有する生産性への副次的便益 [co-benefits] がエネルギー節約効果を相当上回っていることを示すものとなった。それも尤もなことで、生産性の増分を考慮するならば、企業の損益分岐点は元の3年超から約7ヵ月にまで劇的にシフトしてしまうほどである。

本研究結果がもつ政策への意義

高温気候地域におけるLEDは、エネルギーコスト節約効果の素朴な比較が示唆するところよりも、じつは遥かに手頃なのである。LED照明の導入から最も大きな利益を受けるのは、肉体労働に重度に依存している製造企業であり、そのことは仮にこうした企業では投資費用を回収するための期間が比較的短くなっているとしても変わらない。この事実はとりわけ発展途上国に対して重要な政策的示唆をもつ。発展途上国は高温気候をもつ傾向が有り、また他方では世界の製品の多くを生産している地域でもあるからだ。温室効果ガスの排出は、発展途上国において発展国より相当急速に進んでいる。気候問題に関する近年の多くの会談が明示しているように、グリーンテクノロジーの採用を妨げている資金的制約の克服は、こうした背景が在るために、殊更難しくなっている。したがって、LEDテクノロジー採用の利潤性について、これを明示し伝播させてゆくことが、気候変動の緩和の推進に関心を寄せる政策画定者の重大任務となる。それに併せ、研究者も実務家もともに、未だ知られていない生産性便益を秘めている可能性の有る諸般のグリーンテクノロジーを特定し、そうした潜在的便益の厳密な定量化に努めてゆくことが是非とも求められる。

参考文献

Adhvaryu, A., N. Kala and A. Nyshadham (2015), “The Light and the Heat: Productivity Co-benefits of Energy-saving Technology”, PEDL Research Note.

Allcott, H. and M. Greenstone (2012), “Is there an energy efficiency gap?”, Journal of Economic Perspectives 26(1): 3–28.


訳註1. 本記事では 『増大 [augments]』 となっているが、元論文ではこの件と対応すると思われるで 『平坦化 [flattens]』 という動詞が用いられている。参考に該当箇所を引用しておく (上が元論文、下が本記事):

“We estimate the extent to which the introduction of LED lighting, through the reduced dissipation of heat on factor floors, flattens the temperature-efficiency gradient.”

“In our study, we estimate the extent to which the introduction of LED lighting (through the reduced dissipation of heat on factory floors) augments the temperature-productivity gradient.”

Total
0
Shares

コメントを残す

Related Posts