アレックス・タバロック「アメリカの都市は住めたものじゃない.お金持ちのリベラルのせいだ」(2019年5月23日)

[Alex Tabarrok, “America’s Cities Are Unlivable. Blame Wealthy Liberals,” Marginal Revolution, May 23, 2019]

ファラド・マンジューが『ニューヨークタイムズ』に書いた記事で議論を提起している:

裕福な進歩派たちは,国全体の水準ではこういう風にするべきだと価値観を表明していながら,足下の生活ではその価値観にしたがって暮らそうとしない.人口密度が高くて経済的・社会的に多様な都市の環境は,進歩主義の最重要目標であってしかるべきだ.都市は,グローバル経済の標準的な地理的単位だ.人口密度が高い都市地域はほぼ文字通りに「本当のアメリカ」と言っていい――アメリカ人の3分の2は都市に暮らしているし都市は全米の経済的産出のほぼ全てを占めている.都市地域は,大勢の人々が集住する形態としていちばん環境にやさしい.公共交通機関を大幅に改善し都市の密度を高めることなしに,気候変動危機の解決はありえない.さらに,巨大都市は精神にもいい.高い人口密度は,寛容・多様性・創造性進歩をはぐくむ.

ところが,トランプ大統領に対抗する武器として進歩派は開放性と包摂を掲げていながら,自分たちのお膝元であるサンフランシスコのノブ・ヒルやビバリーヒルズでは開放性も包摂も放棄している.この点は,SB 50 に進歩派が反対した理由を説明してくれる.SB 50 は住宅不足をごく直接的な方法で解決しようと狙った法案だ:つまり,もっと住宅を建てようと言っている.この法案が通っていれば,鉄道沿線などの人口周密地域から単一世帯向けに利用規制されていた区画は消え去っていただろう.ほんの一握りの人たちが居住する住宅のために利用規制されていた区画は再開発されて,数百人が住める集合住宅や二世帯用住宅が建設されていたかもしれない.

(…)SB 50 をはじめとする人口密度を高めようとする試みへの反対意見を読んでみて,落ち着かない気分になった:共和党が移民税関捜査局や国境の壁でやりたがっているのと同じことを,裕福な進歩派の民主党員たちが土地利用規制や「ヨソならいいけどうちの近所では勘弁してくれ」式の地域住民エゴでやっている.「地域特性」を保持して「地域による決定」を守り,住宅を希少でおいそれと手に入れられなくしておくこと――どちらの陣営でも,実は同じことを目標にしている:他人をしめだしておきたいのだ.

この問題提起は立派だと思う.ただ,マンジューがこれを大発見みたいに述べているのは可笑しい(「落ち着かない気分になった」と言ったりして).いいかな,これはいまさらの話だよ.進歩派は土地利用規制その他の住宅規制をつくりだして,自分の気に入らない人々を「自分たちの」近隣から排除した.ついでながら,「裕福な」リベラルたちが近隣を自分たちの同類に限定してそうでない人たちを排除したがるのも,べつに新しい話じゃない(もちろんマンジューもそこはわかっているはずだけれど,そこまで踏み込むのは躊躇したらしい).それに,偽善的なマリブーのリベラルたちについて,まったく同じ議論をスティーブ・セイラー〔保守系ジャーナリスト〕がもう何年もやっている.マンジューとセイラーのちがいはただひとつ,マンジューはリベラルたちを恥じ入らせて地域住民エゴをやめさせようとしているのに対して,セイラーはリベラルたちを恥じ入らせて国籍の多様性をあきらめさせようとしているところだけだ.ぼくらはどちらの立場もクソだと思うし,地域水準でも全国水準でも個人の財産権を支持する〔=所有する土地の利用に対する規制に反対するということ〕.

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