アレックス・タバロック「テスラの《破損品》問題:価格差別の一例」

[Alex Tabarrok, “Tesla’s Damaged Goods Problem,” Marginal Revolution, September 10, 2017]

TechCrunch: テスラはフロリダの同社車両の一部にソフトウェア・アップデートを配信した.このアップデートで,対象車両はほんのちょおぉぉぉ~っとばかり航続距離を伸ばせる.これで,オーナーはハリケーン《イルマ》による災害現場からずっと遠くまで避難できるようになるって寸法だ.

フロリダ在住のテスラ車オーナーたちは,《イルマ》の災難から避難する航続距離が伸ばせて喜んでいるかもしれないけど,ちょっとばかり間を置いてハタと考え込んでから,じわじわ憤りがわいてくるんじゃないだろうか――「おいおい,どうしてテスラはちょちょいとシステムをいじくって航続距離を伸ばせるんだ?」 答えをお教えしよう.実は,テスラの「モデルS」と「モデルX」に搭載されているバッテリーは 75KWh 車両と同じなんだけど,60KWh の航続距離しか走れないようにわざと「破損させて」あるのですよ.「でも,なんでわざわざじぶんとこの車を破損させたりすんのよ?」

その2つめの疑問への答えは,ズバリ,「価格差別」だ.顧客のなかにはテスラの車に他人より多めにお金を出してもかまわない人たちがいるのをテスラは承知してる.だけど,まさか顧客に「なんぼなら出します?」と聞いてその答えしだいで値札をつけるわけにもいかない.お金を高めに払っていいと思ってる顧客がいても,値段を低く抑えさせようとウソをつくだろう.そこで,テスラとしては,高い支払い意欲と相関するなんらかの買い手の特徴を探り出して,その特徴の持ち主に高い価格を求めなくてはいけない.たとえば,飛行機だったらいよいよ出発時間がせまったところでチケットをとろうとするのは高い支払い意欲をもったビジネス客だろうとみて,もっと他に選択肢があって支払い意欲が低い客よりも高い価格を同じ座席につける.テスラが使っているのはこれとちょっぴりちがった戦略だ.テスラは,同じモノに2つのバージョンを用意する.航続距離が長いバージョンと短いバージョンの2つだ.そして,航続距離が長い方には大幅に高い値札をつける.「航続距離が長い方にお金を払おうと思っている客は,きっと総じて支払い意欲が高い客だ」と考えてのことだ.長い航続距離を求めるグループは,より高い費用対価格マージンを支払うグループでもあるわけだ.みんなにおなじみの例を挙げると,機能が少なめの割引製品や「学生向け」製品をソフトウェア企業が提供しているのも同様だ.ソフトウェア企業が負担する費用の大半は研究開発の埋没費用なので,高い支払い意欲をもつ客の共食いにならないかぎりは価格を低くおさえたバージョンも販売してもうけられる――共食いをさけるには,支払い意欲の高い顧客にとっていちばん価値のある機能を慎重に見極めて無効にすればいい.

これに関する研究文献で古典になっている論文は,Deneckere & MaAfee による「破損品」論文だ (pdf).彼らはこんな風に書いている:

価格差別のために製造業者は自社製品の一部をわざと破損させるかもしれない.この現象の実例はこれまで多く観察されている.こうすることで,パレート改善がもたらされうる〔パレート改善とは,誰かに損させることなく他の全員が得をする変化のこと〕.

最後の一文に注目しよう――破損品は,みんなにとってお得になるうるって言ってるんだよ.考えてほしい:支払い意欲が高い顧客に高い製品を売りつけないと,そもそもその製品が生産されないかもしれない.なぜって,割引価格でしか買う気のない客から上がる利益では,研究開発費用がまかなえないからだ.このため,割引バージョンの製品が存在していても支払い意欲の高い客は損しないし,支払い意欲の低い客と企業は明らかに得をしている.

ざんねんながら,今回テスラはマーケティング面でヘマをやらかしてしまったんじゃないかとぼくは見ている.航続距離を伸ばしたソフトウェアのバージョンを打ち切ったとき,テスラの顧客はこんな風に言うだろうか?――「いっときだけでもウチの車をよくしてくれてありがとう!」 それとも,こう言うだろうか――「なんでオレの車を前よりも劣化させてんだコラ」

Hat tip: Monique van Hoek.

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