アレックス・タバロック 「ティロールと産業組織論」(2014年10月13日)/「ティロールと双方向市場」(2014年10月13日)

●Alex Tabarrok, “Jean Tirole and Industrial Organizaton”(Marginal Revolution, October 13, 2014)


経済学を学ぶ大学院生が今回晴れてノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロール(Jean Tirole)の仕事に触れる最初の機会と言えば、彼が執筆している産業組織論のテキストである『The Theory of Industrial Organization』ということになるだろう。ティロールは、この本を通じて、産業組織論の分野――異なる市場構造(完全競争、複占、寡占、独占)の下で企業がそれぞれどのように行動するかを分析する分野――にゲーム理論を持ち込んだのである。この本が出版されたのは1988年のことだが、それ以降今日に至るまでこの分野における定番の一冊となっている(ティロールは、ゲーム理論コーポレート・ファイナンスの分野でも大学院レベルの優れたテキストを執筆している。そういう事情もあって、彼は世界各国の大学院生に最も大きな影響力を持つ教師の一人と呼ぶにふさわしい立ち位置にいる)。産業組織論の分野にゲーム理論が持ち込まれた結果として、旧来の問題に対して新たな角度からメスが入れられるようになっただけではなく、まったく新しい問題に取り組むことも可能となったのだ。

「ゲーム理論革命」が経済学の様々な分野に及ぼしてきた影響の痕跡を辿りたければ、ノーベル経済学賞の受賞者リストを眺めてみればいいだろう。まずは、ゲーム理論の基礎を築いた開拓者たち――ナッシュ、ゼルテン、オーマン、シェリング――に賞が授与され、その次に、ゲーム理論を様々な分野に応用した功績者たち――ハーヴィッツ&マスキン&マイヤーソン(メカニズムデザイン――、ヴィックリー(オークション理論)――へという順番になっているわけだが、今回のティロールでその流れに終止符が打たれることになるかもしれない。ゲーム理論は一時の勢いを失い、それに代わって行動経済学的なアプローチが勢いを増してきているのだ。

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●Alex Tabarrok, “Jean Tirole and Platform Markets”(Marginal Revolution, October 13, 2014)


プラットフォーム市場は、現実の経済においてだけではなく、経済学の世界においてもその重要性を増してきている新たな分野の一つだが、今回ノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロールは、ジャン=シャルル・ロシェ(Jean Charles Rochet)とともに、プラットフォーム市場の研究を先導してきた第一人者である。プラットフォーム市場は、双方向市場(two-sided market)とも呼ばれている。この市場では、プラットフォームの提供を通じて複数の異なるタイプの顧客が接触を持つ機会が生み出され、プラットフォームを運営している会社はそのような機会を提供することと引き換えに、複数のタイプの顧客にそれぞれ料金の支払いを求めることになる。プラットフォームの些細ではあるがわかりやすい例は、シングルズ・バーだ。シングルズ・バーは、独身の男性と(大抵は)独身の女性が接触を持つ機会を提供しているプラットフォームなのだ。Xboxはゲーマーとゲーム開発者を引き合わせるプラットフォームだし、クレジットカードは買い物客と(クレジットカードでの支払いを受け入れている)お店を結び付けるプラットフォームだ。新聞は(新聞の)購読者と広告主との間を仲介するプラットフォームであり、ショッピングモールは買い物客とお店の間を取り持つプラットフォームの役割を果たしている。インターネット時代におけるプラットフォームの重要な例は、Googleだ。Googleは、検索エンジンのユーザーと広告主を結び付けるプラットフォームの一つなのである。

双方向市場においては、あるタイプの顧客に対する料金設定がその顧客の需要だけではなくそれ以外のタイプの顧客の需要にも影響を及ぼすという複雑な関係が見られる。例えば、新聞の購読料(購読者が支払う料金)は、どれだけの数の人間がその新聞を購読するかを左右することになるわけだが、新聞の購読者数は(新聞に広告を載せることを検討している)広告主が支払ってもよいと考える広告料の額にも影響を及ぼすことになる [1] 訳注;例えば、新聞の購読者が多いほど、広告主は高い広告料を支払ってもよいと考える。つまりは、購読料は、新聞の購読者数への影響を介して、広告料にも影響を及ぼすことになるわけだ。さらには、顧客のタイプごとに「引き付けやすさ」に違いがあり、それゆえ、(プラットフォームを運営している会社にとって)利潤を最大化する料金設定は顧客のタイプごとに違ってくる可能性がある。あるタイプの顧客には「補助金」が支払われる可能性だってあるのだ。例えば、新聞の購読者が支払う料金(購読料)が新聞制作に要する費用を下回るということは、ままあることだ。マイクロソフト社は、Xboxをコストとトントンかそれを下回る価格で売り出しているが、Xbox用のゲームソフトとして売り出す権利と引き換えにゲーム開発者に課金を行っており、ソフトの売り上げの一部をロイヤリティとして受け取っている。Googleは、検索エンジンのユーザーからは料金を徴収せずに、広告主だけから料金(広告料)を徴収するという戦略を選んでいる。

双方向市場に対してどのような公的規制を課すべきかという問題は、非常に厄介な面を抱えている。というのは、顧客のタイプごとに料金設定が異なるという事実は、一見すると価格差別や顧客の不公正な取り扱いの動かぬ証拠のように見えるわけだが、実のところは、社会全体の厚生を高めている可能性があるからである。例えば、各地のショッピングモールでよく見られる光景だが、集客力のある知名度の高い店舗(アンカーストア)ほどテナント料が安くなっている(場合によっては、無料ということもある)が、そのような状況は知名度の高い店舗を優遇し、それ以外の小規模なライバル店に不利に働いているのだろうか? それとも、アンカーストアに多くの買い物客が押し寄せるおかげで、モール内のそれ以外の店舗にもおこぼれが回ることになり、結果的にモール全体のためになっているのだろうか? Xboxをコストとトントンあるいはそれ以下の価格で売り出しているマイクロソフト社は、ライバル企業を追い出すために略奪的価格設定(predatory pricing)に乗り出しているのだろうか? シングルズ・バーで女性無料デー(「今夜は女性客に限り無料」)が開催されたとしたら、性差別にあたるのだろうか? それとも、経済学的に見て理にかなった戦略なのだろうか? 双方向市場においては、製品ないしサービスの価格を限界費用に等しい水準に設定することが必ずしも最適とは言えないし、限界費用を上回る水準に価格が設定されているからといって、必ずしも独占力が行使されている証拠とは言えないのだ。また、双方向市場に関する経済分析は、ネットワーク中立性(network neutrality)の問題にも示唆を投げかけることになる。例えば、Netflix(ネットフリックス)のような会社がインターネット界のアンカーストアのようになって価格面で優遇されるのではないかと心配する声を耳にすることがあるが、双方向市場に関する経済分析の立場からすると、仮にそうなったとしても、社会全体の厚生が悪化するとは限らないのだ。これまでに言及してきたいくつかの例が示しているように、通常の市場を対象とした経済分析に照らして双方向市場に介入しようものなら、社会全体の利益に反する結果を招く可能性が高く、それゆえ、ロシェとティロールも注意を促している(pdf)ように、双方向市場に規制を課す場合には十分に慎重を期す必要があるのだ。

このように複雑極まりない双方向市場における価格戦略について最も重要な分析をいち早く行ったのがロシェであり、今回ノーベル賞を受賞したティロールなのだ――ロシェとティロールによるこの分野のサーベイ論文(pdf)もあわせて参照されたい――。

ティロールのその他の業績についても詳しく知りたいようなら、コーエンのエントリー〔拙訳はこちら〕をご覧になられるといいだろう。

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1 訳注;例えば、新聞の購読者が多いほど、広告主は高い広告料を支払ってもよいと考える
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