ウィレム・トルベッケ 「日本の輸出動向の把握」 (2015年12月21日)

Willem Thorbecke, Understanding the evolution of Japan’s exports , (VOX, 21 December 2015)


近時の輸出動向の確かな把握は貿易政策の確定の要である。本稿では、重力モデルを用いて日本の輸出動向を解析したうえで、結論として中国・ヨーロッパ・韓国への輸出増加を通して輸出の分散化を図ることが日本企業に有益と思われる旨を述べる。

日本の輸出動向にはどのように変転してきたか? 日本は中国の低迷からどの程度の影響を受けているのか? 如何なる貿易政策を取れば日本の輸出をいっそう安定させることが出来るのだろうか? 本稿の目的は、重力モデルを用いてこれらの問題解決に向けての指針を与えることにある。なお同モデルは、経済学が生み出した諸モデルの中でも際立った成功をおさめており、二国間の輸出の流れを予測する際に有用なものである (Anderson, 2011を参照)。

伝統的重力モデルは、二国間の貿易がその二国におけるGDPと正比例し、二国間の距離と反比例するものと想定している。同モデルは、2つの物体間に働く引力がその物体の質量の積と正比例し、その間の距離と反比例する旨を述べるニュートンの万有引力ないしは重力の法則とは類比関係にある訳である。典型的な重力モデルは貿易の流れを説明する際に、二国間貿易コストに影響を与える他の要因、例えば貿易相手国と共通言語ないし自由貿易協定 (FTA) 共有しているか否かといった要因も用いるものである。

Anderson and Van Wincoop (2003) は、二国間の輸出入が同二国間での貿易コストのみならず、第三国との貿易コストの変動にも依存しているという事実を把捉する為に、伝統的重力モデルの修正を推奨している。例を挙げれば、i国からj国への輸出は、i国がk国という第三国と自由貿易協定を結ぶことからも影響され得るというのである。

本稿では、Anderson and Van Wincoop (2003) の推奨に従い、伝統的重力モデルと修正重力モデルの双方を用いて日本の輸出動向の予測を目指す。これらのモデルは、31ヶ国に関する1988年から2013年までのデータを用いて、2つの計量経済学的技法 – パネルOLSとポワソン疑似最尤推定法 – で推定したものである。

重要な結果

幾つかの発見が在った:

  1. 1988年から2006年までの全年度で、日本から合衆国への輸出は正方向での最大の外れ値となっていた。平均すると、この期間中の日本の輸出は、重力モデルの予測値を毎年430億ドル超過していたのである。同輸出の大部分を占めるのは完成製品である。具体的には、消費財が41%、設備および資本財が29%となった。同輸出の多くは自動車部門、電子装置部門、および機械部門に集中していた。一方、2009年から2013年の期間では、日本の合衆国への輸出は、平均すると毎年90億ドル予測値を下回るようになっていた。
  2. 2001年から2005年の期間における日本から中国への輸出は、予測値との比較でいうとかなり急速な成長をみせ、その後も予測値を遙かに上回る水準を維持した。実証データは、2001年から2005年の間にみられたこの輸出の増加が、全面的に 『加工用輸入』 の変化に因るものであったことを示している。なお加工用輸入とは、さらなる高所得国への再輸出に向けた商品を製造する為に中国に送られる部品等をさす。1992年から2008年の間の全年度で、日本の 『通常輸出 [ordinary exports]』、つまり中国国内市場向けの商品であるが、これが負の方向の最大の外れ値であった。2009年から2011年の間に日本から中国への通常輸出は増加したが、その後20%低下している。
  3. 日本から台湾やタイへの輸出も予測をかなり上回るものであった。一方で日本から韓国への輸出は予測をかなり下回った。
  4. 日本からEUへの輸出は年を追う毎に予測値を下回る傾向をみせた。2013年の同輸出は予想より300億ドルも低いものとなっている。

貿易政策への示唆

これらの結果が示しているのは、中国国内市場やEUそして韓国に対する日本の輸出が予測より低いということだ。こういった発見の示唆として、1つには、日本が中国の低迷から受ける影響は – 中国は自国国内市場への輸出を削減するかもしれないのだが -、日本が主要高所得国の低迷から受ける影響ほど大きくない – これら主要高所得国は、目下日本製の部品等を用いて生産されているタブレット型コンピューター、オフィス機器等の精密複雑化した商品の中国からの輸出を削減するかもしれないのだが – 、という点が挙げられる。他にも、日本が北東アジアの近隣諸国およびEUへの輸出拡張を図るのが自然であるとの示唆が得られる。輸出先国を多様化すれば、日本企業が個別の国や地域の低迷に因って被るリスクも減るのである。

自由貿易協定は、中国や韓国に対する日本の輸出を促すものとなるだろうか? 本論文に示した研究結果は、現在のところ当該3国の間に自由貿易協定が一切存在していない事実を踏まえた調整を加えてある。この点の調整を行わない場合、同モデルは、2009年以降の日本から中国への輸出が1年当たり350億ドル高く、また韓国への輸出も1年当たり360億ドル高くなっていると予測するものと考えられる。したがって同結果は、アジア地域における貿易相手国との自由貿易協定締結が有益となろう旨を示す、現在ますます有力となってきた一連の実証成果 (例えば Kawasaki 2014) を裏付けるものとなっている。

グローバルな自由化が、日本にもまたその他の国にも非常に大きな利得を生み出すだろうことは勿論であるけれども、貿易の自由化は特定分野における敗残者をも生み出さざるを得ないのである。したがって、労働力の流動性、並んで不調部門から好調部門への企業の移動を促進する為に、失職者に対しては再雇用トレーニングと付加価値獲得の機会を提供し、また一方で新規企業の参入障壁を除きながら、構造改革を通じて企業撤退を促すことが必要となる。

日本の韓国および中国市場への輸出が予測を下回るなかで、日本の台湾への輸出が予測をかなり上回っているという発見もまた、これら市場における日本に対する認識の差異を反映したものだ。台湾の馬英九総統 [Taiwanese President Ma Ying-jeou] はかつて台湾の日本支配からの解放70周年を記念する日に、日本は占領時に灌漑事業や貯水池建設企画などの良い事もした点を忘れないことが重要であると述べたのだった。中国・韓国ではまだ多くの人が日本に対してネガティブな認識をもっているので、この点対照的である。これらの国では時折反日暴動が勃発し、続いて日本からの輸出が低落するという現象がみられる。

経済的視点に立つと、中国・ヨーロッパ・韓国に対する輸出増加を通して輸出の分散化を図ることが日本企業にとって有益だと思われる。したがって、北東アジアの近隣諸国との自由貿易協定および関係改善が政策課題の重要取組事項となるだろう。

編集者註: 本稿はResearch Institute of Economy, Trade and Industry (RIETI)から許可を得たうえで転載しています。

参考文献

Anderson, J., 2011, “The Gravity Model,” Annual Review of Economics, 3, 133-160.

Anderson, J., and E. van Wincoop, 2003, “Gravity with Gravitas: A Solution to the Border Puzzle,” American Economic Review, 93, 170-192.

Kawasaki, K., 2014, “The Relative Significance of EPAs in Asia-Pacific,” RIETI Discussion Paper No. 14-E-009, Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.

Thorbecke, W., 2015, “Understanding the Evolution of Japan’s Exports,” RIETI Discussion  Paper No. 15-E-131, Research Institute of Economy, Trade and Industry, Tokyo.

 

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