サイモン・レン=ルイス「金融政策の新たな責務」(2018年6月21日)

[Simon Wren-Lewis, “A new mandate for monetary policy,” Mainly Macro, une 21, 2018]

ジョン・マクダネルがこんな提案をしている――イギリスの投資を増やすために,法人税減税をするのではなく,金融部門のあちこちから出てくる資金を資産ではなくイギリス企業による新規投資に振り向けようじゃないか.目標は実にけっこう.だが,イングランド銀行に 3% の生産性向上目標の任務を与えたところで,これを達成する最善の方法にはならない.とはいえ,べつに中央銀行は生産性に影響を及ぼせないと考えているからこう言うのではない.

多くの人が使っているトイモデルでは,金融政策の目的はひとえに〔好況/不況の〕景気循環を安定させる言葉を交わすにある.だが,その安定化は中期的には産出や生産性になんら影響を及ぼさない.なぜなら,生産性を決定するのはイギリス経済の「供給側」だからだ.このトイモデルは,イギリス経済にとはとくにうまく当てはまった.1950年代の序盤からグローバル金融危機の前までずっと,イギリスの1人当たり GDP 成長率 2.25パーセントあたりを基調にして,これを上回ったり下回ったりを続けてきた.

だが,その期間に,名目金利がゼロ下限に突き当たったうえに景気回復が始まりもしないうちに財政政策が刺激策から緊縮策に転換されるような景気後退を経験したことはなかった.言い換えれば,成長率が長期的な平均値をいっこうに上回らないままに需要不足がえんえんと続くような期間は皆無だった.以前,私はこう論じた――イギリスの生産性パズルを景気後退いらい一本調子でつづく低迷期だと考えるのは誤りであって,生産性が伸びた期間がありつつも,その後に2つのさらなる大きな政策ショックが生じて足を引っ張られてしまったのだ.そのショックとは,緊縮と EU離脱をめぐる国民投票だ.

とはいえ,もしもイギリスの金融政策担当者たちに「過去10年間にみなさんは立派な仕事をやったとお考えですか?」と訊ねたなら,きっと(少なくともおおやけには)「思いますよ」と答えるだろう.じぶんたちにはコントロールしようもなかったショックゆえに失敗したとは言わないはずだ.そう考える方が妥当な見解というものだが,彼らとしては,「経済をそれなりに上手くコントロールしてきた」と言うだろう.少なくともこの1世紀ではもっとも緩慢な景気回復が続き,しかも産出に永続的な影響が及んでいるなかで(産出はこれまでのトレンドを 15% 以上も下回っている),これほどの自画自賛がなされたなら,大問題だ.金融政策担当者たちに,それではなにがどうなれば満足いくのでしょうかと訊ねれば,きっとインフレ率について語り出すことだろう.

インフレ目標を疑問視するだけの明快な理由がこれだ.なるほどトイモデルではインフレ率をコントロールするとなれば産出もコントロールすることになるはずではある.だが,現実世界はトイモデルよりもずっとややこしい.インフレ率を最優先事項にすれば,政策担当者たちに産出よりもインフレを過大に気にかけさせることになる.私にとってなにより明快な事例が2011年だ.当時,景気回復がはじまってようやく1ヶ月経とうかというときに欧州中央銀行 (ECB) は利上げにふみきったし,〔イングランド銀行の〕金融政策委員会 (MPC) も〔3対6票の採決で〕あやうく利上げをするところだった.

これを理由に,長らく私はもっとアメリカ式の〔物価安定と雇用を中央銀行の責務とする〕「二重の責務」を支持してきた.だが,なるほどアメリカの方がイギリスやユーロ圏よりもずっとうまく景気回復を遂げているとはいえ,連邦準備理事会はいまだn雇用よりもインフレの方をずっと重視しているように見える.だが,インフレを完全に無視してすませるわけにもいかない.金融政策の責務として私が提案するのはこういうものだ:

5カ年を1期として,その期の最後までにインフレ目標の上下 1% 圏内にインフレ率を維持しつつ産出の成長を最大化すること.

大不況から学んだことは他にもある.それは,ひとたび名目金利がゼロ下限に達したら政策を変更しなくてはならないということだ.そこで,ベン・バーナンキに倣って,上記の責務に「ゼロ下限適応」(lower bound adaptation) をつけくわえよう.ゼロ下限適応とはこういうことだ――金利がゼロ下限に達したら,すぐさまインフレ目標を〔目標通りに進んだ場合の〕物価水準〔の実現〕に等価な経路に転換する.すると,もしも実際のインフレ率が景気後退期に目標を下回ったら,ゼロ下限の上に持ち上げられるようになる前に,目標を超過しなくてはならなくなる.また,中央銀行には次の点も求めたい――金利がゼロ下限に達しそうだと中央銀行が考えたときには,「目標達成にはいまや財政刺激が必要です」とおおやけに発表するのだ.

これも二重の責務だ.ただし,インフレよりも産出を重視するところが違う [1].「どうして 1% の上下幅を許容するの?」と聞かれるかもしれない.なぜなら,まさにいまイギリスがそうした状況(インフレ率が目標から 1% 乖離して〔イングランド銀行〕総裁が〔大蔵大臣に〕公開書簡を書かねばならない状況)にあるのを反映しているからだ.だが,大蔵大臣がインフレ目標を設定する状況では,目標を正式に上げるのが非常に難しくなる.インフレが進めば実質賃金が下がると多くの人が考えるからだ.

いったい最大限の生産性成長率がどれくらいなのかわからないときには,おそらく達成しようもないだろう生産性成長目標を設定するよりもインフレ率を一定に保ちつつ産出を最大化する責務を中央銀行に与える方が,確実にすぐれている.そこで提案したいのが,産出を重視しつつ中期的にインフレを関心事とする二重の責務だ.これによって,中央銀行はインフレへの一時的なショックを一度きりの低落と考えやすくなる.この目標の性質上,名目金利が下限にいきついたときに政策は適応しなくてはならなくなる.読者のコメントを歓迎する.

原註 [1]: インフレを短期的には全く重視せず長期的には全体的に重きを置くことの論理はどうなっているのだろうか? 答えは,インフレのコストはどういうものかと問うところから得られる.現代の分析では,物価が粘着的だがそれぞれの価格が別々の時点で設定されるときにインフレが相対価格をどうゆがめるかに着目する.だが,可変的な物価によるインフレにはコストがない.さて,各種の物価指標でこの2つのタイプの物価を区別するのは容易でない.だが,可変的な物価に影響するインフレ促進的なショックは短期で終熄しやすいのに対して,粘着的な物価に影響するショックはもっと長く続きやすい.したがって,インフレ率の一時的な変化(5年以内に終熄する変化)を無視しつつも,長期的に垂直なフィリップス曲線ゆえに中期的なインフレ目標を設定するのは理にかなっている.

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