スコット・サムナー「より高めのインフレ目標が必要というクルーグマンの話」

Scott Sumner, “Krugman on the need for a higher inflation target,” The Money Illusion, May 15, 2014.


ポール・クルーグマンが,もっと高いインフレ目標が必要だと提案するペーパーを公開してる (pdf).次のような論証には,異論の言いようがない:

第一に,「長期停滞」のさまざまな可能性 (Krugman 2013, Summers 2013) および/または自然実質金利が長期で下落していく傾向 (IMF 2014) に関する近年の研究と議論を見ると,ゼロ下限に直面する事態の確率がこれまで認識されていた以上に高いだけでなく,ますます高くなってきていることがうかがえます.20年前なら擁護できたかもしれないタイプのインフレ目標は,いまでは大幅に擁護しにくくなっていると言えそうです.

第二に,実のところ,インフレ目標を設定するにあたって,考慮に入れるべき「ゼロ」は2つあります:名目賃金の下方硬直性は,金利ゼロ下限ほどにはきびしい制約ではありませんが,それでも,名目賃金の切り下げが起こるのは,きつい圧力がかかっているときだけです.ということはつまり,実質賃金または相対賃金の調整は,低インフレだといっそう困難になるわけです.さらに,いまや,次のように信じるべき理由があります――まず,かつて想像されていたのよりももっと頻繁に,相対賃金の大きな変化が起こる必要があります;ユーロ圏のように通貨統合が不完全でしかない連合では,とくにそうです.また,そうした調整を行うにも,デフレや低インフレの環境よりも穏やかなインフレの環境の方がずっとかんたんだと信じるべき理由があります.

最後に――本稿の主眼となる新しい要素がこれなのですが――低インフレで深刻な不況に突入したとき,その経済は経済的・政治的な罠にいともあっさりとはまってしまう,ということを示す証拠がそろいつつあります.そうした罠にはまると,経済の低調さと低インフレが互いに連鎖しあう永続的フィードバック・ループが生じてしまいます.このフィードバック・ループから脱出するには,おそらく登場するであろう経済政策よりもずっと急進的なものが必要となりそうです.その結果として,平時において相対的に高いインフレ目標をとっておくことが,一種の保険としてとても大事だと考えられます.高めのインフレ目標は,すごくやばい事態の可能性をあらかじめ封殺しておく方法になりうるのです.

次の箇所もすごくいい:

ゼロ下限とデフレのリスク,この2点に関する現代の文献の多くは,1990年代日本の経験にさかのぼります.日本の経験を目の当たりにして,多くの経済学者は(目立つところでは,ベン・バーナンキ,ラース・スヴェンソン,マイケル・ウッドフォード,それとぼくは)同じようなことが西洋の先進経済国でも起こりはしないかと懸念するようになりました――で,実際に起きてしまったわけです.初期の文献には1つ特徴がありまして,ずいぶんと,威張りちらしているところがあります.つまり,西洋の経済学者たちは,低インフレとデフレに対する日本銀行の不適切な対応ぶりをこき下ろしていたわけです.バーナンキが,日銀に「ルーズヴェルトのような決意」を示す必要があると発言したのは,多くの人が覚えているでしょう.

ところが,10年後におかしなことになりました:西洋の中央銀行たちも,おそまつな経済実績に対応するのに及び腰になってしまいました.どうやら,低インフレで不況に突入すると,たんに経済が経済的な罠にはまりやすくなるばかりではないようです.それと並んで,中央銀行は何種類かの政治経済的な罠におちいってしまうらしいのです.そうした政治経済的な罠にはまると,2パーセントのインフレ率を維持する策をとると約束していた当局が,いざインフレ率がゼロに向かって下落したときに,断固として行動をとる決意をなくしてしまうのです.

そうやって決意がゆるむ罠には何通りかあります.きれいに分けすぎてしまうリスクもありますが,ここでは「自己満足の罠」「信用の罠」「小心の罠」と呼ぶことにしましょう.

さて,クルーグマンがここでやってることを考えるとしよう.彼は,より高めのインフレ目標を支持する申し分なしの論証を提示してる.それからさらに,クルーグマンは主要中央銀行が彼の助言を受け入れようとしない理由を説明している.そうした中央銀行は,小心かつ自足しきっている,というのだ.中央銀行にとって,2パーセントのインフレに対するコミットメントを放棄していきなり4パーセントインフレ目標に切り換えるのは,かんたんなことじゃない.

でも,こう考えてみよう.2%インフレ目標に関わる問題すべてに対処する方法が他にもあったとしたら,どうだろう.金利のゼロ下限問題を回避するような政策,名目賃金のゼロ下限問題を回避する政策があったとしたらどうだろう.また,条件が変わったときに中央銀行がいきなり大胆になる必要がない政策があったとしたら,どうだろう.どんな風向きの時にも対応する政策,実質 GDP の成長率が高いときにも低いときにも経済にとって最適になる政策があったとしたら,どうだろう.貯蓄過剰の経済にも投資不足の経済にも対応する政策があったとしたら?

さいわいにも,そんな政策はちゃんとある――5%傾向線の名目GDP水準目標政策 (NGDPLT) が,それだ.おおまかに言って(正確ではないけど),NGDPLT というのは,1990年から2007年まで現にアメリカが実施していた政策だ.もしも2007年に連銀が「これから先,この政策を実施し続ける」と公言していたら,パニックなんて起きなかっただろう.リベラルも保守派も,そろって同じように退屈そうにあくびをしたことだろう.それでいて,振り返ってみれば,5% 名目 GDP 目標政策,水準目標の政策は,大不況を防いでいたはずだ(少なくとも,大幅に穏当なものに抑えていたはずだ).もちろん,この政策が失敗だったと考えられることもありえただろう.とくに,いま政権についていない政党を代表する経済学者たちには,そう見られていただろう.生産性や労働力成長などのおそまつな実績は,完全に回避できただろうとは言えない(ただ,明らかに,深い景気後退がなかったら労働力の方は現状よりいくぶんよくなっていたはずではある).2008年から2010年にかけて,スタグフレーションは起きていただろう――つまり,低成長と2%以上のインフレは起きていただろう.これは,金融政策の変更の落ち度ということになっていたはずだ.

いままでにわかっていることからみて,おそらくベン・バーナンキは2007年に 5% の名目 GDP 水準目標政策を採用していたらよかったのにと思っているんじゃないかとぼくは見ている.この政策は,生産性の下落がどれほどだろうと賃金硬直性の問題を克服できる.条件が変わったときに連銀が政策を変更する必要がない.実質成長の傾向が変われば,インフレ率は自動的に調整される.それこそ,クルーグマンがいま推奨していることだ.

ポール・クルーグマンは,まさしく名目 GDP 水準目標を支持する論証として,ぼくがいままで見たなかで最良の論証を提示してくれたわけだ.

追記.毎週の失業申告件数が,297,000 と発表された.これは,アメリカの人口に占める割合でみて (0.093%),過去45年間で最低の数字だ.これより低かった数字は2000年4月15日の数字で,そのときは 0.092% だった.仕事を失っている労働者はすごくわずかだ.それにも関わらず,賃金成長率はかなり低いままになっている(約2%).

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