タイラー・コーエン「これは現代の奴隷制と戦うのにふさわしい方法ではない」(2020年8月2日)

[Tyler Cowen, “How not to fight modern-day slavery,” Marginal Revolution, August 2, 2020]

――というのが,今回『ブルームバーグ』に書いたコラムの話題だ.ちょっと抜粋しよう.

共和党上院議員 Josh Hawley(ミズーリ州選出)が先週提出した「2020年奴隷なき事業認定法案」は,いっそう有意義かも知れない.歴史上で奴隷制が果たした役割について有意義かつ必要な再評価が合衆国で進むなか,同法案は大企業にみずからのサプライチェーンでの強制労働を調査し報告するよう義務づけるものとなっている.

実際には,この法案は――明記された意図と逆に――差し引きして正味でみると世界中で奴隷を増やす結果になるかもしれない.

一般的な原則として,奴隷の供給源だとわかっているところとの商業的なつながりを企業は断ち切るべきだ.だが,この原則をつらぬくには,義務的な企業調査と監査を実施したうえで,これを裏打ちすべく CEO による認定と,遵守できなかった場合の顕著な罰則を伴わなくてはいけない.調査プロセスでは,サプライチェーンの従業員と管理職の双方に聞きとりが必要となる.

こうした強硬なアプローチは,表面的には魅力がある.だが,企業に調査の負担を強いればよりよい結果につながるとはかぎらない.

架空の事例として,こんなものを考えてみよう.合衆国の小売業者がベトナム経由のルートで海産物を仕入れたとする.この業者からすると,その海産物はタイ産かもしれない恐れがある.タイは,サプライチェーンに(一時的な)奴隷制が関わっているという信頼できる報告が複数伝えられている国だ.そうした報告が事実かどうか確かめるにはどうすればいいだろう? ベトナムの事業パートナーに尋ねてみたところで,相手にしても事実はわからないかもしれないし,知っていたとしてもそう答えるのをしぶるかもしれない.これでは,問題の解決にはなりそうにない.

規模が大きく利益の大きいところであっても,企業がみずからの国際的な調達について調査すべくジャーナリストのチームを雇用するのにふさわしい立場にあるとは考えにくい.企業としては,この法律を無視するか,より貧しく透明性の低い国々とのかかわりをやめてしまうか,どちらかだろう.すると,さきほどの小売業者は,東南アジアからエビを仕入れるのをやめて,かわりにノルウェーから鮭を仕入れる発注を出すかもしれない.ノルウェーなら,奴隷制が実施されていることがほぼありそうにない.

(…)今日の奴隷制のどの事例を見ても,労働者の虐待を根絶するという重荷を大企業に負わせれば打撃を受けたり混乱をきたしたりするだろう不透明なサプライチェーンがより多いのだ.

これに関連したポイントを少しばかり挙げておこう:

#1. 今回の法案は,奴隷制そのものに打撃を与えず,実態をつかみにくいサプライチェーンの方に処罰を与える.これは,効率のいい標的にはなりそうにない.

#2. 奴隷制に関する各種の判断は,政府ではなく企業の手に委ねられる.制裁が適切で効果的になる見込みがあるなら,奴隷制を支えている国々に対して制裁措置を合衆国政府がとればいいのではないだろうか?

#3. 強制労働・搾取的な労働にはさまざまな形態がある.この法案では,極度に貧しいといった理由から生じるかもしれない劣悪な労働条件や低賃金労働ではない奴隷制を標的にするのかはっきりしない.また,この法案が劣悪な労働条件そのものに課税することにならないのがのぞましい.なぜなら,海外直接投資,つまりサプライチェーンからの購入の流れが,そうした労働条件を改善する助けになれるからだ.だが,この法案の性質ゆえに,製品に追加の資金が流れてもそれが海外の労働者の利益に反映されない雇用事例を標的にするのを望む人がいるかも知れない.この法案は(ぼくは全文読んだけれど)この重要な区別を理解していないようだ.

Total
1
Shares

コメントを残す

Related Posts