ダロン・アシモグル, スレシュ・ナイドゥ, パスカル・レストレポ, ジェームズ A ロビンソン 『民主主義は格差を是正してくれるのか?』 (2014年2月7日)

Daron Acemoglu, Suresh Naidu, Pascual Restrepo, James A Robinson “Can democracy help with inequality” (VOX, 07 February 2014)


格差問題はいま、西欧民主主義諸国での討論に目立って現れる論題となっている。民主主義諸国においては、拡大し続ける格差も部分的には再配分への政治的支持の増加によって相殺されるのではないかと人は考えるかもしれない。本稿では、民主主義・再配分・格差の関係にはその様な予想を超える複雑性が有る事を主張する。新しく民主化した国におけるエリート層が今までとは違うやり方で権力にしがみ付いたり、職業選択の自由化がそれまで締め出されていた諸集団のあいだの格差を拡大させたり、中間層が再配分の際に富裕層からのみではなく貧困層からも所得を取り上げるといった事態も起こり得るのである。

現在、北アメリカや西ヨーロッパで拡大を続ける格差がもたらす帰結について非常に強い懸念が寄せられている。情勢はさらに政治体制の寡頭化へと進みゆき、政治的・社会的安定を危機に陥れるものとなるのだろうか? 多くの者がこの流れを不可解に思っているが、それは他でもない民主主義諸国においてこのような事態が生じているからだ。民主主義社会には、専ら金融制度を通してということになろうが、格差の台頭を押し留めるなり引き戻すなりする事のできる政治的メカニズムが備わっているはずである。実際、政治経済の領域で最も中心的なモデルの1つとしてもともとMeltzerとRichard (1981) に端を発するものがあるが、同モデルが示唆するのも 「民主主義国における大きな格差は、政治的強者 (同著者のモデルでは、所得分布においてメディアン値に位置する者がこれに該当する) をして租税・再配分レベルの引き上げを目指しての投票に導くはずなので、それが拡大する格差を部分的に相殺してくれるだろう」との事なのである。

だが民主主義国でどんな事態が生じてくるのかを問う前に、それよりもさらに根源的な幾つかの論点に対して問を立ててみる事もできよう。つまり、民主主義諸国は独裁制諸国と比べてより多く所得再配分を行うというのは、事実問題として正確な認識なのだろうか? 或る国が民主主義国に成ると再配分の拡張や格差の縮減が行われるという傾向は本当に存在するのだろうか? こういった論点に関する既存の研究は、確かに浩瀚ではあるが、かなりの見解の衝突を含んでいる。AcemogluとRobinson (2000) またLindert (2004) をはじめ、諸般の歴史研究は民主化が再配分を拡張し格差を縮減するものであると示唆する事が多い。しかし国家横断的データを用いたGilら (2004) によれば、Polityスコアに従って計測されたところの民主主義と、何らかの政府支出および政策結果との間には、一切相関性が見られなかったという。民主主義が格差に及ぼすインパクトに関しての実証データの方もまた同じように不可解である。SirowyとInkeles (1990) が夙に行った調査では、『既存の実証データは、或る時に計測された政治的民主主義の水準には、所得格差水準の低下との一般的な関連性をみせない傾向が有ると示唆している』 (p.151) との結論に至っているのだが、Rodrik (1999) によると、Freedom HouseとPolity III双方の民主主義基準に、「製造業における平均実質賃金」・「賃金が国民所得に占める割合」との正の相関が有る事が確認されたという (生産性・一人あたりGDP・物価指標の分も調整したモデルにおいても)。

我々は近時のワーキングペーパー (Acemogluら2013) で上記の論点に対し、理論的観点・実証的観点の双方から再検討を試みた。

 理論的ニュアンス

先ず我々は理論的観点から、民主主義・所得再配分・格差の関係がこれまで紹介してきた議論が示唆するところを上回る複雑性をもっている可能性を指摘している。第一に、民主主義は 『拘束』 されたり 『制約』を受けていたりするかもしれない。具体的にいえば、民主主義が法レベルでの権力分配を変革する事は明らかであるとしても、政策の成果や格差は法的レベルのみならず事実レベルの権力分配にも依存しているのである。AcemogluとRobinson (2008) では、一定の状況においては、民主化によって自らの法レベルでの権力が侵されるのを目の当たりにしたエリート層が、引き続き政治過程を支配してゆこうとして、その目的を十分果たせるよう事実レベルでの権力に対する働きかけを強める事も考えられるという主張をしている (これは例えば、地域における法執行機能のコントロール・非国家的武装勢力の動員・ロビー活動などといった政党制度を拘束する手段を通して行われる)。そうであれば、民主化のインパクトが再配分や格差に及ぼす影響にもさしたるものは見られない事となろう。同様にして、民主主義が一方では憲法・保守的政治家・司法部門といった、上記のものとはまた別な法レベルの制度体制によって、また他方で政変・資本流出・エリート層の慢性的脱税といった事実レベルでの懸念材料によって制約を受ける場合もあるかもしれない。

また民主化の結果 『格差拡大的な市場機会』 が生じる可能性も在る。非民主主義が、一国の人口に大きな部分を占めている層を生産的職業 (技能労働職など) や企業活動 (うまみの有る諸般の契約の締結も含まれる) から排斥するというのも、アパルトヘイト期の南アフリカや前ソヴィエト連邦でみられたように、在り得る事だろう。この人口層の中にもまた無視しえないほどの不均一性が存在するなら、その程度にしたがって、より公平となった場で以前のエリート層を傍らにしながら行われる経済活動への参加の自由は、実際のところこの排斥ないし抑圧を受けていた人口層の内部における格差の拡大、ひいては社会全体における格差拡大にまでつながりかねないのである。

最後に、これはStiglerの 『Director’s Law』 (1970) とも軌を一にしているのだが、民主主義は政治権力を中間層に移転させるものであるとしても、貧困層に移転させるものではないかもしれない。そうであるなら、所得再配分の拡張や格差の縮減は中間層がその様な所得再配分に好意的であって初めて望み得るものとなろう。

 

しかし厳然たる基礎的事実はどうなっているのだろうか、それは以上の様なメカニズムのどれか1つでも裏付けているだろうか?

実証成果

セクション横断的 (国家横断的) 回帰分析、或いは特定国家的影響の調整を行わない回帰分析には、民主主義と格差に対し同時相関的である可能性の高い他のファクターがかなり混入していると考えられる。したがって我々の研究では諸国を対象とする一貫したパネルに焦点をおき、民主化した国が、そうでない国よりも所得再配分を引き上げたり格差を縮減したりするのか調査した。また民主化の定義にはFreedom HouseおよびPolityの指標に基づいたものを一貫して用いており、PapaioannouとSiourounis (2008) の研究を発展させるものとなっている。

これら指標が抱える問題の1つとして、相当の計測誤差が挙げられる。こういった計測誤差の影響を最小化する為に、我々はFreedom HouseならびにPolity双方のデータセットから得た情報、およびその他の民主主義コードを用いた二分法的計測手法を生み出し、曖昧なケースの判定を図った。こうして、1960年から (または1960年以降の独立時点から) 2010年まで年毎に184国における民主主義の二値的計測をするに至った。また我々の計測結果の内で関連性の高いものについては、そのダイナミクスのモデル化にも特別の注意を払った –GDPのパーセントで表した租税や構造的変化ならびに格差に関する様々な計測値がそういった計測結果にあたる。

我々の実証研究は多くの興味深いパターンを明らかにしている。第一に、GDPのパーセントで表した税収に対し (またGDPのパーセントで表した政府総収入に対し)、民主主義が頑健かつ量的にも大きな影響をもっている事がわかった。民主主義は我々の選んだ設定においては長期的にみて、GDPの割合で表した税収を約16%上昇させる効果をもっていた。このパターンは様々な異なった計量経済学的テクニックを用いても、さらに動乱や戦争また教育などといった租税に対するその他の潜在的決定因子の組み入れても、頑健性を保った。

第二に、中等学校への就学率、および社会構造の変化 (例: 非農業部門の雇用および産出が全体に占める割合) に対し民主主義が一定の効果を有することを明らかにした。

しかしながら、第三に、格差に対する民主主義の効果の方はずっと限定的であることも発見している。確かに一部計測基準と一部モデルは民主化のあとに格差が縮減する事を示しているが、それでも当該データ中に頑健なパターンは一切みられなかった (少なくとも租税および政府収入に関する調査結果に匹敵するようなものが無いのは確かである)。勿論、これが格差データの質が比較的低いことの反映である場合も考え得るが、我々としては、これが既に上で指摘したところである民主主義と格差の間のもっと微妙かつ複雑な理論的関係に関わるものではないかとも怪しむのである。

第四に、民主主義が租税や格差に及ぼす不均一な影響にそういったもっと微妙な理論的関係と整合的なものは在るのかを調べたのだが、その結果得られた実証データが指し示しているのは、高度な土地格差が存在する社会における民主主義がもつ格差拡大効果であり、我々はこれを土地所有エリート層によって民主主義的意思決定が (部分的に) 拘束されていること実証するものだと解釈している。さらに格差は、合衆国のトップ層所得割合に照らして測定した場合、非農業的性質が比較的色濃い社会や、不平等促進的な経済活動がグローバル経済で比較的活発であるときには (こちらの方は頑健性が低くなるとはいえ)、民主化を経て拡大してゆくことも明らかになった。こういった相関は民主主義が生み出す市場機会へのアクセスがもつ格差縮減効果とも整合的である。さらに我々は、中間層が富裕層および貧困層との比較関係において富裕層に近くなると、民主主義は格差および租税を拡大する傾向が有ることも突き止めた。この相関はDirector’s Lawとも整合的である。同書は民主主義が中間層をして富裕層と貧困層の両者から取り上げ、自身に与える再配分を行うことを許すと示唆するものであった。

結論

以上の調査結果は確かに我々が民主主義に関して抱いている直感の一部が正しいことを示唆するものである –民主主義は確かに、再配分および政府指針の決定に対し最優先的重要性をもつエリート層の手から政治権力が現実にシフトしたことを現わしている。しかしながら、民主主義が格差に及ぼす影響は過去に期待されていたところよりずっと限定的なのかもしれない。

それはもしかしたら、最近の格差の拡大が技術の変化に引き起こされたという意味で 『市場誘発』 されている為なのかもしれない。しかし一方で我々の研究は、民主主義が格差に対抗的に働くものではない可能性が在る理由を幾つか示唆してもいる。最も重要なのは、Director’s Lawで述べられたように、中間層が民主主義を利用して自身に対する再配分をめざすから、そうなってしまうのかもしれない点である。とはいえ、合衆国における格差の拡大はこれまでのところ中間層および貧困層双方と対照をなす超富裕層の占める所得割合にみられる相当な膨張と関連付けられてきたので、Director’s Law型のメカニズムにはこの流れに対抗的に働くような政策変化が現れていないことを上手く説明できそうにないとの印象を受ける。何か別の政治的メカニズムが働いていることは明らかであり、その性質解明に向け、さらなる調査研究が求められる。

 

参考文献

Acemoglu, Daron and James A Robinson (2000), “Why Did the West Extend the Franchise?”, Quarterly Journal of Economics, 115: 1167–1199.

Acemoglu, Daron and James A Robinson (2008), “Persistence of Power, Elites and Institutions”, The American Economic Review, 98: 267–291.

Daron Acemoglu, Suresh Naidu, Pascual Restrepo, and James A Robinson (2013), “Democracy, Redistribution and Inequality”, NBER Working Paper 19746.

Gil, Ricard, Casey B Mulligan, and Xavier Sala-i-Martin (2004), “Do Democracies have different Public Policies than Nondemocracies?”, Journal of Economic Perspectives, 18: 51–74.

Lindert, Peter H (2004), Growing Public: Social Spending and Economic Growth since the Eighteenth Century, New York: Cambridge University Press.

Meltzer, Allan M and Scott F Richard (1981), “A Rational Theory of the Size of Government”, Journal of Political Economy, 89: 914–927.

Papaioannou, Elias and Gregorios Siourounis (2008), “Democratisation and Growth”, Economic Journal, 118(532): 1520–1551.

Rodrik, Dani (1999), “Democracies Pay Higher Wages”, Quarterly Journal of Economics, 114: 707–738.

Sirowy, Larry and Alex Inkeles (1990), “The Effects of Democracy on Economic Growth and Inequality: A Review”, Studies in Comparative International Development, 25: 126–157.

Stigler, George J (1970), “Director’s Law of public income redistribution”, Journal of Law and Economics, 13: 1–10.

 

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