デビッド・ベックワース 「Fedは狙い通りの成果を上げている? ~『2%のインフレ目標』か、はたまた『1~2%のインフレ”回廊”目標』か~」(2015年12月14日)

●David Beckworth, “The Fed Gets What It Wants: A 1%-2% Inflation Target Corridor”(Macro Musings Blog, December 14, 2015)


利上げに向けて、遂に舵が切られようとしている。Fedがゼロ金利政策(ZIRP)に踏み出してからかれこれ7年が経過しているが、近日中にも短期金利(フェデラル・ファンド金利)の誘導目標が引き上げられる見込みとなっているのだ。エキサイティングな展開だとの意見もあるかもしれないが、どんな感想を抱くのであれ、是非とも心に留めておくべき大事なことがある。Fedによるこれまでの一つひとつの決定を背後で律してきた「原理」が急激に変わることはない、ということがそれだ。その「原理」に照らすと、Fedは、どんな場合であっても――ゼロ金利政策の舵取りをする場合であれ、量的緩和の舵取りをする場合であれ、フォワードガイダンスの舵取りをする場合であれ、財政政策のスタンスが変更される場合であれ、金融政策の正常化に乗り出す場合であれ――例外なく、PCEコアデフレーターで測ったインフレ率を1~2%の範囲内(「回廊」の内側)に収めようと試みるに違いないことが示唆されるのだ。

この度の危機の最中にFedが正式に2%のインフレ目標を採用するに至ったことは御存知の通りだが、過去7年の間にFedが実際に取った行動に目を向けると、Fedの真の狙いは2%のインフレ目標とは別のところにあったらしいことが仄めかされることになる。Fedが実際に取った行動に照らすと、インフレ率を1~2%の範囲内に収める「1~2%のインフレ『回廊』目標」こそがFedの真の狙いであった可能性が浮かび上がってくるのだ。この点を飲み込むや否や、Fedの行動にまつわる数々の謎はたちまち氷解することになる。2007年12月から2008年10月までの間にFedは銀行への緊急融資に踏み出したが、それと同時に、国債(財務省証券)を売却して緊急融資に伴うマネタリーベースの拡大を相殺(「不胎化」)しようと試みた。それはなぜか? マーケットの動揺が続いている中で、準備預金にプラスの金利を支払う措置(準備預金への付利)が導入されたのはなぜか? 量的緩和を通じた資産の買い入れがあくまでも「一時的な」金融緩和というかたちにとどまったのはなぜか? 「Fedが名目支出(総需要)の急伸を嫌ったから」というのがその答えだ。名目支出が急速に伸びるのに伴ってインフレ率が跳ね上がる(2%を超過する)のを恐れたのだ(名目支出の急伸こそ、まさに求められていた処方箋だったというのに)。言い換えると、Fedはインフレ「回廊」目標に忠誠を尽くす代わりに、アメリカ経済を犠牲として差し出した〔拙訳はこちら〕のだ。インフレ「回廊」目標は、これまで同様にこれからも、Fedの行動を支配し続ける可能性が高い。

・・・というのが私の論だが、鵜呑みにしちゃいけない。データだ。データに目を向けねばならない。データの点検を通じて、FOMC(連邦公開市場委員会)の「顕示選好」(FOMCメンバーの言動ににじみ出ている本音)に耳を傾けようではないか。

まずは、FOMCのメンバーによるインフレ予測がどうなっているか調べてみるとしよう。以下の図は、FOMCメンバーによる(PCEコアデフレーターで測った)インフレ率の予測の中心傾向(メンバー各人の予測値から外れ値を除いたもの)をまとめたものだ。一枚目には年内のインフレ率の予測、二枚目には1年先のインフレ率の予測、三枚目には2年先のインフレ率の予測が、それぞれ図示されている。三枚の図を眺めていると、「あるパターン」が浮かび上がってくる。予測のスパンが長いほど(一枚目の図よりは二枚目の図、二枚目の図よりは三枚目の図においてほど)、そのパターンも明瞭なかたちをとっているが、2%が上限値となっているのだ。つまりは、FOMCのメンバーは、PCEコアデフレーターで測ったインフレ率が2%を上限とする範囲にとどまると一貫して予想しているのだ。Fed(による金融政策)には数年先のインフレの動向に対して重大な影響を及ぼせるだけの力が備わっていることを踏まえると、FOMCのメンバーはインフレ率を2%を上限とする範囲にとどめたいと願っていて、その願いが成就されると予想してもいるというのが、FOMCの「顕示選好」ということになろう。「1~2%のインフレ『回廊 』」はFOMCによって選び取られた [1] 訳注;インフレ率が1~2%の範囲をうろついているのは、たまたまそうなったというわけではなく、FOMCがそうなるように試みたから、という意味。のだ。

続いて、危機に足を踏み入れて以降(2008年以降)の(PCEコアデフレーターで測った)インフレ率の(予測値ではなく)実績値の足取りに目を向けるとしよう。以下の図をご覧いただければわかるように、1%が下限となっていることが見て取れる。どうやらFedは、(PCEコアデフレーターで測った)インフレ率が下落傾向を辿って下限である1%に迫ると、緩和策(追加緩和)に打って出るという方針を採っているように見える。今のところ、(PCEコアデフレーターで測った)インフレ率は1.3%のあたりで安定しているが、仮に今後インフレ率に下押し圧力がかかって1%に迫りでもすれば、Fedが(金融政策の正常化から路線を転じて)再び緩和策の引き金を引くことも十分あり得ることだろう。こちらとしては、そうなっても驚きはしない。

FOMCのかような「顕示選好」は、民間のインフレ予想にも影響を及ぼし出している。以下の図では、民間のエコノミストへの聞き取り調査(SPF)を通じて得られた10年先のインフレ率の予測値(の平均)の推移が跡付けられている。民間のインフレ予想は不安定化している・・・とは言わないが、ゆっくりと下降線を辿っているとは言えるだろう。インフレ予想が上向くにつれて、インフレ予想は不安定な挙動を見せるのではないか。かつてはそのように心配されたものだが、現状はそれとは正反対に、インフレ予想は下降線を辿りつつ、1%の下限という錨につながれているかのように(挙動が安定しているように)見える。

過去数年にわたる低インフレ環境は、FOMCメンバーの「顕示選好」にそっくり沿うものであるように思えるが、そこには何の不思議もない。Fedは狙い通りの成果を上げているわけなのだ。しかし生憎なことに、インフレ率を1~2%の範囲(回廊の内側)に収めようとしても、それに伴って、マクロ経済の安定が保証されるわけではない。1~2%のインフレ「回廊」という目標は、その時々の状況に応じて、景気の足を引っ張る可能性もあれば、景気の過熱を招く可能性もあるのだ。総需要(名目支出、名目GDP)の伸びの安定化を目指す方がよっぽどいい・・・が、Fedが心変わりするまでは、「1~2%のインフレ『回廊』目標」が今後もFedの行動を導くことになろう。

(追記)ラッセル・ロバーツがジョージ・セルジンをEconTalkのゲストに迎えている。過去7年間におけるFedの「謎多き」行動の数々について、興味深い議論が交わされている。

(追々記)ジャネット・イエレン議長が2014年12月に開催されたFOMCの定例会合後の記者会見での質疑応答(pdf)で次のように述べている(ゴシック体による強調は私によるもの)。

「しかしながら、我々(FOMC)としましては、インフレ率が目標である2%を超過する(オーバーシュートする)のを待ち望んでいるわけではないということは指摘しておくべきでしょう」。(pp.13)

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1 訳注;インフレ率が1~2%の範囲をうろついているのは、たまたまそうなったというわけではなく、FOMCがそうなるように試みたから、という意味。
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