ノア・スミス「貧困国の発展でおきた信じがたい奇跡」

[Noah Smith, “The incredible miracle in poor country development,” Noahpinion, May 30, 2016]

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世界のまずしい人たちの生活の質がすばらしく改善しているってことは,もう常識になってしかるべきだ.たとえば,いまや有名になった Branko Milanovic による「象グラフ」を見れば,近年,世界の所得分布のいろんな水準で所得が伸びているのがわかる:

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【▲ 1988年-2008年および1988年-2011年の実質所得成長(2011年の購買力平価に基づく)】

このグラフをみると,過去30年あまりで,世界の貧困層と中間層は大幅に躍進し,豊かな国の中間層は停滞し,豊かな国のお金持ちもそこそこうまくやってきたのがわかる.

また,Max Roser による貧困データもある.これを見ると,絶対的貧困は過去20年ほどで絶対的に崩壊したのがわかる.パーセンテージでみても,苦難にあえぐ人間のナマの数字でみても,絶対的貧困は壊滅状態だ:

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【▲ 全世界での貧困の減少:極貧状態に暮らす人々の割合,1820年-2015年――Max Roser】

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【▲ 極貧状態で暮らす世界の人口,1820年-2015年】

これは信じがたい――奇跡と言っても言いすぎじゃない.こんなことは,有史以来,起きたためしがない.世界の貧困が急減したのにともなって,世界の子供たちの死亡飢餓も,ガケから落ちるかのような急落を見せた.減り具合は〔いろんな国・地域で〕 均等じゃない――貧困減少に関して,中国はきらめく優等生だ――でも,貧困の減少が世界中で起き続けてる:

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【世界の地域別でみた極度の貧困で生活する人口の割合,1981年から2012年まで】

貧困の減少があまりに劇的だし急速すぎるから,これって都合よく整えられた事実なんじゃないかって思う人もいるだろう――誰もが承知していて,誰もがどうにか説明しようと試みる,そういう事実なんじゃないかって.ところが,ツイッターでデイヴィッド・ロズニックが,中国以外での貧困の急減がほんとに存在しているのかと強固に疑念を表明した.当初,貧困国ブームは純粋に中国の現象なんだと彼は宣言していた.もちろん,それは間違いだった.上記のグラフからはっきりと見てとれるとおりだ.

それでも,ロズニックは食い下がった.貧困国の発展は,近年になって加速しているどころか減速しているというのが彼の主張で,シンクタンクの CEPR に共著で書いたじぶんの論文でそのことを述べてあるからそれを読めとぼくをせっついた.ざんねんながら,その論文がでたのは2006年で,かれこれ10年が経っている.さいわい,ロズニックは2本目の論文は2011年にでたやつだと指摘してくれた.著者は Mark Weisbrot と Rebecca Ray だ.この論文では,貧困国にとって21世紀がいかにすばらしいものだったかを認めている:

本論文では,第二期(1980年-2000年)のあいだに経済成長と会指標の進歩が急激に減速したのちに,過去10年で,経済成長が回復するとともに,多くの国々で(平均需要,成人・乳幼児・児童の死亡率,教育を含む)社会指標の進歩でもゆりもどしがあったのを見いだしている.

Weisbrot と Ray は,各国の5分位を平均して,下記のことを見いだしている:

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彼らの計測によれば,2000年から2010年までの10年間は,最上位をのぞくすべての所得5分位で,黄金時代とされる60年代と70年代を超えるか比肩している.

ぼくとしては,ここで切り上げたい気持ちにかられる.なんたって,(Milanovic がやってるように)人々を平均する代わりに Weisbrot と Ray は国々を平均しているので,上記のグラフで,中国は何百とあるデータポイントの1つにすぎない.このおかげで,グラフからはロズニックが間違っているとはっきりわかるし,近年に全世界の貧困国でなされたかつてない進歩はたんに中国のおはなしじゃないってこともわかる.これにて一件落着.

でも,さらに話を続けよう.というのも,Weisbrot と Ray ですら,貧困国の奇跡にあまり注目してないからだ.とくに,1980年代と90年代に関して,それが目立つ.

いいかな,さっき言ったように,Weisbrot と Ray は国々を平均したんであって,人々を平均したんじゃない:

最後に,この手法で分析の単位となるのは国である――人口や GDP による重み付けはない.人口 30万人のアイスランドのような小国も,13億人で世界第2位の経済大国である中国も,平均の計算では同等に扱っている.この手法をとる理由は,各国の経済政策で意志決定を下す水準は各国の政府だからだ.

アイスランドと中国を同等に扱うことで,政策の違いをよりよく分析できるようになるかもしれない(この点はぼくなりに疑念もある.国々はどれもずいぶん異なるからだ).でも,人類の進歩に関しては,ずいぶんとゆがんだ見取り図をもたらすのは確実だ.インドと中国を合わせると,人類の3分の1を占める.発展途上国全体の半分ちかくだ.

さて,1980年代と90年代に目を向けると,インドと中国という超大国は,悲惨だったとされるこの10年間にきわめてうまくやっていたのがわかる.下記は,インドの1人あたり GDP だ:

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みてのとおり,1960年代に,インドの GDP は3分の1をちょっと下回るくらいの伸び幅になってる――目を見張るようなものではないにしても,堅調な実績だ.1970年から1980年にかけて,インドの伸び幅はおそらく10分の1ほどだ――全面的な停滞に近い.1980年代に,インドは3分の1の伸び幅にもどった.60年代と同じ成績だ.1990年代に,インドはさらにうまくやって,だいたい40パーセントほど伸びた.そしてもちろん,2000年代にはいっそう急速に成長を遂げている.

このように,80年代から90年代にかけて,インドは堅調な成長をなしとげた――新世紀に入ってからは,物質的な生活水準でさらに進歩している.たぶんみんなもすでに予想しているように,インドの成長にともなって,貧困もものすごく減少した(さらなるデータはこちらを参照).

さて,お次は中国だ.

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60年代は,中国にとって災厄だった.基本的に,GDP はまったく伸びなかった.グラフからは読み取りにくいけれど,実のところ,70年代はすばらしかった.中国の所得はほぼ2倍も増えた.でも,80年代はなおのことすごかった.GDP の伸びは2倍をこえた.90年代も,同様にすごかった.そしてもちろん,この急成長は新世紀になってからも続いた.

このとおり,2つの超大国の両方にとって,80年代と90年代はすばらしい年月だった――60年代・70年代よりもよかったんだ.Weisbrot と Ray がやったように,これら数十億の人たちを2つのデータポイントに落とし込むと,この奇跡が災厄だったように見えてしまうけれど,実際には,インドと中国の進歩は途上国全体の進歩だったんだ.

次に,政策のお話.

大事なことから言っておこう.Weisbrot と Ray のデータセットで,貧困国にとって 80年代と90年代がろくでもなくて70年代がすばらしかったように見えるのは,天然資源の価格のせいだ.金属の価格は60年代に安定して上昇していき,70年代には急上昇,そして80年代から90年代にかけて下落していった:

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石油価格は,60年代には上がらなかった.ところがぎっちょん,70年代には急上昇し,80年代から90年代にかけて崩壊した.

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同じことは,他の一次産品にもおおよそ当てはまる.

途上国全体を見ると,そこには天然資源の輸出を主要産業にしている小国がたくさんある.そうした小国の経済の浮沈は,一次産品の価格に左右される.一次産品の輸出入マップを見てみよう(出典は The Economist).

commodity exporters (1)

ほらね.発展途上国の大半は,一次産品の輸出国なんだ.そして,注目を引く巨大な例外が,中国とインドだ.

というわけで,Weisbrot と Ray が挙げている経済成長の数字は,大半が一次産品価格の上下を反映してるにすぎないんじゃないかとぼくは見てる.人々ではなく国々で平均すると,本質的に,これが結論となることが確実になる.

じぶんたちの手法にこういう深刻な弱みがあるってことを,Weisbrot と Ray は認識してるんだろうか? 彼らは,一次産品価格を2000年-2010年の急速な途上国の成長を説明する要因として言及しているけれど,1960年-1980年の成長を説明する要因としてはすっかりとりこぼしてしまっている.それどころか,彼らはこんな風に述べている:

1960年-1980年の期間は,妥当な比較基準となる.1960年代は非常に良好な経済成長を見せたが,のちに世界規模の景気後退につながる石油ショック――最初は1974-1975年,その次は70年代終盤――によって1970年代は打撃を受けた.このように,この期間を比較基準に設定しても,あまりにハードルを高くすることにはならない.

でも,石油ショックも含めて一般的に一次産品価格の急上昇は,途上国の大半にとって打撃になるどころかものすごく助けになったはずでしょうに.Weisbrot と Ray は,彼らの言う「比較基準」となる歴史的期間に関して,この重要な事実をすっかり失念している.

というわけで,Weisbrot と Ray の論文は深刻な欠陥を抱えてるとぼくは思う.彼らの主張によれば,国々の平均をみて各年代を比較してやれば政策について大々的な推論が引き出せるというんだけど,世界の一次産品価格という混乱要因のおかげで,そのアプローチは台無しになってる.(あと,混乱要因はそれだけじゃないはずだ.豊かな国の景気後退や景気過熱,中国・インドからの溢出〔おこぼれ〕,などなど.)

ぼくの見たところ,過去55年にわたって貧困国の発展に起きたことは次のとおり:

1. 60年代から70年代にかけて,中国とインドでは,経済成長がうまく走り始めては止まっていた.その後,1980年以降になると,安定した急速な成長が加速しつつ続いた.

2. 過去数十年にわたって,一次産品価格の上下にともなってそれらの輸出国の成長は浮沈を繰り返した

もちろん,これが正しいとすると,2000年以降に見られた途上国の奇跡的な経済成長の一部はあぶなっかしい土台に立っていることになる.一次産品価格は,ここ1~2年で劇的に下落している.このまま低価格にとどまれば,アフリカ・ラテンアメリカ・中東の諸国は災難に見舞われる.近年に上げ戻したことがあるのは事実だけれど,これから先にまた繰り返されるとはかぎらない.

ただ,中国とインドの――全人類の37パーセントの―― 奇跡的な発展は,ヨーロッパ・日本・韓国その他が成し遂げてきた産業化の繰り返しにもっと近く思える.たしかにいまの中国はいくぶん減速しているけれど,インドの成長はずっと安定しているし,もしかするとさらに加速するかもしれない.

というわけで,奇跡はホンモノだ.そして――少なくともいまのところは――まだ継続してる.

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