ピーター・ターチン「資本主義は協調を破壊するのか?」(2018年7月10日)

Does Capitalism Destroy Cooperation?
July 10, 2018 by Peter Turchin

 私が文化的マルチレベル選択(CMLS)理論の賛同者となった主な理由の1つは、それが競争と協調の間にある関係を見事に明確化したからだ。

  • グループ間競争(上は全社会にまで至る)はグループ内の協調を発展させる
  • グループ内競争(メンバー同士の)は協調を破壊する

 ウルトラソサイエティ [1]Ultrasociety、ターチンの2015年の著作 について2行でまとめるなら、上記のようになる。

 複雑な社会の進化に関する研究に、私はこれらの原則を当てはめてきた(今やSeshatデータバンクが十分に成長し、大量の実証結果――学術的な発表は石臼で引くがごとくとっても遅いため、見られるようになるのは1年か2年後だ――を生み出し始めているため、さらに多くの取り組みが行える)。

 だがCMLS理論は国家のような政治的組織についてのみならず、経済的組織――市場で競争する企業――についても多くを語ってくれると感じている。この点は、特に経済学者が関心を持っている部分に関する限り、常識に大いに逆らっている。もちろんミルトン・フリードマンは、経済主体は厳密に自らの物質的利益に従うと、常に主張してきた。ビジネスに「合理性を超えた動機」が存在できる場所はない。今日でも多くの経済学者は同じように感じている。フリードマンほど大胆にそう宣言しようとする者は少ないが。

 従って、2年前に私が大いに尊敬している経済学者、ブランコ・ミラノヴィッチから受け取ったEメールは、とてもわくわくするものだった。彼はそこで同じ立場を公言し、極めて力強く宣言しようとしていたのだ(ブランコの手紙はCliodynamicaのゲストブログで公開した)。私は、自分自身の返答を書くとともに、さらにコメントをもらおうと2人の経済学者の友人を招待した。ロバート・フランクハーバート・ギンタスだ。やりとりの全体は最近になってEvoconomicsで再公開され、多くの議論を生み出した。

 さらに最近、ブランコはケイト・ラワースの新刊、ドーナッツ経済 [2]Doughnut Economics: Seven Ways to Think Like a 21st-Century の書評を書いた。それに続く彼とケイトの間の議論(こちらを参照)における中心的な問題は、我々が2年前に討論したものと同じだった(Vulgar Economicsのいいまとめについても参照)。以下はブランコが「高度に商業化されたグローバル資本主義下の人間性」について書いたものだ。

 私はここに、ケイトが引用し人間性を明かしたと見ている『ゲーム』のどのような結果にも心を動かされることを、謹んで拒否しよう。これらのゲームはまさにゲームであり、現実生活で人々が行動するようなやり方ではない。ゲームは公開可能な論文を生み出すのには向いているが、同じ人々が現実生活でどう行動しそう(あるいはする)かについては何も語ってくれない。

 2年前の私はこの点についてブランコにどう返答するべきかを知らなかった。だが幸運にも最近、私は必要な攻撃材料すべてを提供してくれる並外れた本を読み終わったところだ。

 それについて議論する前に、問題点をより明確に定義しておこう。多くの人々がその時間の大半において、また一部の人はすべての時間で、極めて「合理的」な計算に動機づけられている点には同意する。食料を買うためにどのスーパーマーケットに向かうべきかを決める際に、私は支払うことになるお金の総量と使うことになる時間の総量を最小化し、一方で質と選択肢の最大化に取り組むだろう。これは極めて明快な最適化問題だ。

 だが資本主義は単なる物の売買だけにとどまるものではない――人々は資本主義以前から数千年にわたって商売を行ってきているのだ。知識をイノベーションに、そしてイノベーションを経済成長に変換する資本主義の驚くべき能力こそが、その中心的特性の一つだというのは本当なのか? そうした成功しているイノベーションのホットスポットとして、シリコン・バレーについて話そう。このようなホットスポットにいる成功している起業家たちを駆り立てる動機は何だろうか?

 これらの質問に対する回答を見つけたいのなら、ヴィクター・ウォンとグレッグ・ホロウィットの「熱帯雨林:次のシリコン・バレーを作り上げるための秘密」 [3]The Rainforest: The Secret to Building the Next Silicon Valley を読めばいい。ウォンとホロウィットは学者ではなく、彼らの本は厳密な科学的研究ではない。だが彼らは数十年にわたり、彼らの生まれたカリフォルニアと全世界――「日本、台湾、スカンジナビア、ニュージーランド……メキシコ、エジプト、カザフスタン、コロンビア、サウジアラビア、そしてパレスチナ自治区」――で、ベンチャーキャピタリストと起業家たちをつなげることに時間を費やしてきた。彼らがこの本で手掛けた実証的な基盤を持つ多大な経験は、学問の世界で「挿話的」であると否定的に特徴づけられるレベルを超えている。

 本を通じて繰り返される中心的テーマは以下の通り。成功する起業家たち、及び例えばシリコン・バレーやマサチューセッツの国道128号沿いなど、彼らが動かす成功するイノベーションシステムは、ブランコが前提としているような、金によってのみ動機づけられている合理的ビジネスパーソンとは正反対である。実際、「熱帯雨林[成功するイノベーションシステムを示す彼らの用語]は合理的行為者のようには行動しない人々にかかっている」「熱帯雨林を持続可能にするためには、貪欲さは抑制されねばならない」「ハゲタカのようなベンチャーキャピタリストは短期に少しばかり成功するとしても、ビジネスを長く続けることはないし、長続きする企業を作ることはできない」。

 ウォンとホロウィットによれば、起業家精神の進化論理はブランコが考えているものとは正反対だ。略奪的で超競争的な個人や企業は自然選択によって絶滅し、協調的なもののみが生き残る。彼らは以下のように書いている。

 合理性を超えた動機――古典的な合理性と非合理性の間にある分断を超えたもの――は通常、経済的な価値創造の重要な原動力とは考えられていない。……これらの動機には他の多くのものの他に、競争がもたらすスリル、人間的な利他主義、冒険への渇望、発見と創造性がもたらす喜び、将来世代に対する関心、そして人生の意味に対する切望が含まれている。何年にもわたる仕事から、こうしたタイプの動機は単に「あるといい」ものではないと我々は結論づけた。実際、これらは熱帯雨林の構成要素として「なければならない」ものだ。

 多くの成功した起業家たち(スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクを考えてほしい)が、単に金のみを動機としていないことは明らかだ。当然ながら彼らは自分の億万長者としての財産を手放してはいないし、おそらく他の極めて成功したイノベーターの何人かは、卑劣な金持ちになることのみを望んでいたのだろう。だが、資本主義が「貪欲さを含む我々の悪徳の最もいい使い方の上にまさに構築されている」というブランコの指摘するポイントは、明らかに間違っている。

 政府や企業が財政的なメカニズムに焦点を当ててイノベーションの動機づけをしようと試みたときに、全体的な結果が失敗に終わるのはこれが理由だ。本の最後でウォンとホロウィットは、何が「熱帯雨林」を成功裏に育成するのかについて、彼ら自身の提案をまとめている。それは4つある。

 第1はダイバーシティで、科学者、ベンチャーキャピタリスト、エンジニア、営業専門家、及び管理者(CEO)のような、極めて異なる知識とスキルを持つ人々をまとめる。

 第2は合理性を超えた動機で、自己中心的な合理的行為者は成功するイノベーション企業を立ち上げるため人々を協調させることが単にできないのだ。

 第3は社会的信頼だ。イノベーション的なスタートアップ企業が成功する僅かな勝算をつかむための唯一の道は協調の成功であり、そして協調は信頼を必要とするからだ。

 第4は協調する様々な行為者の行動を規制する一連の社会的規範と、それに従おうとする意思、及び様々な制裁措置によるこうしたルールの強制だ。

 つまりウォンとホロウィットは、他の環境(採集グループ、軍隊、宗派、そして国家)で、そして理論的には文化的進化論者によって研究されてきた、協調をもたらす厳密に同じ構成要素を使ったシステムについて述べているのだ。

 熱帯雨林は、イノベーションに基づく経済成長が利己的な合理的行為者によってもたらされているという理論を排除する、豊富な経験的材料を提供している。だが――私にとっては本当に目からうろこの体験の1つだったが――それはまたなぜそうであるかも説明している。この点についてはパート2で議論する。

References

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1 Ultrasociety、ターチンの2015年の著作
2 Doughnut Economics: Seven Ways to Think Like a 21st-Century
3 The Rainforest: The Secret to Building the Next Silicon Valley
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