フリオ・J・アライアス, ニコラ・ラチェテラ, マリオ・マチス 「道徳的嫌悪感の解明をめざして: 合衆国腎臓移植市場のケース」(2016年10月15日)

Julio J. Elias, Nicola Lacetera, Mario Macis, “Understanding moral repugnance: The case of the US market for kidney transplantation” (VOX, 15 October 2016)

臓器の販売をはじめ、ある種の 「忌まわしき取引 (repugnant transactions)」 は、そこから見込まれる相当の潜在的効率性向上効果にもかかわらず、道徳的見地から禁止されている。本稿は、サーベイ準拠実験を活用し、合衆国の腎臓調達システムにおける道徳性-効率性トレードオフに対する世間の認識を解明しようという試みである。サーベイ回答者は効率性の上昇と引き換えにならばより強い嫌悪感 (repugnance) も容認することが明らかになった。こうした調査結果は、道徳・倫理上の考慮事項と並んで効率性への配慮が存在する可能性を示唆する。

あなた、あるいはあなたの愛する人が、いま腎疾患に苦しんでいるとしよう。そうした場合、ドナーから腎臓提供を受けるほうが透析を受けるより数段好ましい – 提供を受ければ期待余命もクオリティオブライフも向上するし、あなたにとっても医療システムにとってもお金の節約になる。ところが親戚縁者や友人知人あるいはドナーバンクにも全く移植適合者が見つからない – 合衆国でも他の諸外国でも、あまりにありふれたシナリオである。しかし、金銭的補償と引き換えになら腎臓を提供してもよいという人がいる。あなたの側には要求額の支払いに異存はないので、そう言う意味では取引が成立すれば以前より好ましい状態になれるはず。ドナーの側もまた然り。しかしながら、偶々イランに住んでいるというのでなければ (Ghods and Savaj 2006)、あなたは取引締結を許されないだろう。こうした取引を、アルヴィン・ロスは 忌まわしき (repugnant) との形容詞をもって定義する – 何故ならば、道徳的懸念から個人や社会はこうした類の取引の成立に反対し、たとえ直接の当事者達がその取引から便益を得る場合であってもなお譲らないからである (Roth 2007)。

道徳的嫌悪感が感じられている活動や取引は数多く存在するし、そうした感覚がこれら活動を禁止あるいは制限する法律の形を取るに至っているケースもままある。例を挙げれば、売春・商業的代理母・ヒトの卵子や血漿の販売、またある種の肉の売買・ある種の生産物に対する価格付けなどがこれに当たる。以上のものにせよ、それ以外のものにせよ、忌まわしき取引に対する姿勢は国や時代によって様変わりする; 例えばかつては年季奉公契約 (indentured servitude contract)も許されていたが、現在これは普遍的に禁止されているし、逆に生命保険契約などは過去においては不道徳だと見做されていたのだった。

このように、様々な嫌悪感への配慮は、我々が目にする市場や取引の形態に重要な影響を及ぼし、政策・市場設計の足枷ともなり得るのである。

腎臓市場: 嫌悪感に由来する規制と費用

腎臓移植市場というのは、嫌悪感ゆえに締結を許されている取引がこうむる制約や、そうした限界につきまとう費用を示す好例の1つである。例えば合衆国の関連システム – 移植不適合と判明した存命の潜在的ドナー・レシピエントペア達が、引き続き移植適合となるようなドナー・レシピエントのペアを探すもので、移植待ち時間の短縮になる – は腎臓取引を許可しているが、金銭的補償は連邦法により禁止されている。1984年全米臓器移植法 (National Organ Transplant Act of 1984) というのがあって、「有価約因 (valuable consideration)」 を対価に、ヒトの臓器を移植用に譲渡することは禁止されており、違反者は5万ドル以下の罰金、5年以下の自由刑、またはその併科を以て処罰されることになる。

金銭的補償により腎臓および臓器一般の供給量増加が期待できる、と一部の学者は推定しているが、もしそうであるなら、こうした取引の禁止は、見込まれる増加分が上限となるとはいえ、代償を伴うものである。合衆国では、毎年およそ3万5千人の新規患者が腎臓移植を必要とするようになるのだが、腎臓1個の確保ができる者は約1万7千人に過ぎない (Held et al. 2016)。最近の推定値が示すところによると、追加的臓器移植がある毎に約20万ドルの直接的節約効果を生む; 期待余命およびライフクオリティ増分の価値を加算すれば、腎臓レシピエント毎の社会的便益は110万ドルに上昇する。そこで、合衆国における腎臓供給不足の総費用は毎年約200億ドルほどと推定されることになる。

とはいえ、もし人口集団が本当にこの嫌悪感を共有し、それを侵し難い聖なる価値だと考えているのならば – つまり、他の考慮事項と引き換えに手放すことの出来ない物だと見做しているのであれば – 先ほど言及した様な禁止やそれに付随する費用もまた正当化されよう。文化や道徳に関わる信念は社会結束における重要因子であり、そうした要素として、それ自体が厚生を向上させる力を持っている; とりわけ、社会に深く根差した原理原則の尊重が、支払システム如何による潜在的効率性向上の考慮に優越する場合などは十分考えられるだろう。

しかしながら、金を払って臓器を購入することに対する道徳的反対の詳細、またとりわけ、効率性への配慮 (そうした取引が生み出す余剰) といったその他の因子はあるべき腎臓取引形態をめぐる個人の立場とそもそも関連しているのか、関連しているのならそれは如何なる形でなのかといった点について、実情を知らせる実証データは全く存在しないのである:

  • ドナーに対する金銭支払いを拒絶する態度は何に突き動かされているのか?
  • 支払いに反対する立場はどこまで非妥協的なものなのか?
  • 情報の問題は関係しているのか?
  • 金銭支払いが道徳的に問題含みと見做されているとしても、金銭の支払いによって移植用腎臓の供給量がそれほどまで増加するのならばと、無償ドナーシステムではなく有償ドナーシステムへの選好を個人が表明しはじめるような、一定の有限量は存在するか?

嫌悪感の解明に向けて: 実験的アプローチ

我々が最近実施したサーベイ準拠選択実験は、以上の問いに取り組みつつ、幾つかの腎臓調達システム代替案における道徳性と効率性とのトレードオフの定量化を試みるものだ。結果、確かにドナーへの支払いを許すシステムは支払無しのシステムよりも強い道徳的懸念を生じさせるが、多数派の個人は、十分に大きな追加的移植を生み出すのであれば、嫌悪感の強いシステムであっても容認するようになることが判明したのである。

嫌悪感-効率性トレードオフ

我々はAmazon Mechanical Turk を介して2,918名の合衆国住居者をリクルートした。参加者には、合衆国における臓器調達・割当状況の概略を紹介したうえで、不特定者に向けた生体腎臓提供の増加をめざす次の3つの調達システム案について一考を求めた:

  1. 無償ドナーに依拠し、割当てのほうも患者の医学的状態・年齢・臓器提供者待ちリスト上にいた時間等々により決定される優先順位ルールを基準とするシステム (現行システムに相当)。
  2. 割当ては同様の優先順位決定アルゴリズムに基づくが、ドナーとなった者は公的エージェンシーから2万ドルを受け取る、というシステム。
  3. 個人レベルの私的取引システムであって、ドナーとなった者が臓器レシピエントから (ポケットマネーで、あるいは個人加入保険を通す等して) 2万ドルを受け取るというもの。

以上の情報を確認したのち、被験者にこれらシステムの道徳性に関する意見を、哲学や生命倫理研究の分野で強調されている倫理問題 (例: Delmonico et al. 2002) の観点から表示してもらった。その際に尋ねたのは、各システムの 威圧度・搾取度・患者に対する不公正度・ドナーに対する不公正度・人間の尊厳に対する背反度 についての考え、さらに各システムが回答者の価値観からどの程度ズレているかに関する全体的な評価である。

続いて回答者に、各システムが移植用腎臓調達の点で所定の効率性をもたらすものと想定したうえで、自身が好ましいと考えるシステムを選択してもらった。まずこれら3つのシステムの効率性レベルが無作為に決定され、つぎにそこから1つのシステムを選択する流れとなる。各参加者にはこの一連の作業を、順次3回行ってもらった。

さてその結果だが、無償ドナーシステムは嫌悪感が薄いとの評価を受けた – つまり個人は、その大部分が、同システムに対する道徳的懸念を表明しなかったのだ。残る2つの有償ドナーシステムは概して無償ドナーシステムより高い嫌悪感評価を受けた。しかしながら、システムが公的エージェントによる支払を予定しているのか、それとも私的取引を締結した患者による支払を予定しているのかによって大きな差が見られ、後者が最も嫌悪感の強いシステムという結果になっている。

選択全体に目を向けるなら、この結果から、回答者が嫌悪感と効率性の特定の組合せを選択する確率は、効率性水準と共に上昇し、嫌悪感と共に減少したことが分かる。回答者はしたがって効率性の優れた選択肢、および嫌悪感が少ない見做す選択肢を選好したわけだが、そうした選択を通して、これら2つの性質の間に一般的なトレードオフ関係が在ることもまた認めたのである。

離散選択モデルを活用し、こうしたトレードオフの大きさの推定を試みたところ、年間腎臓供給量が約6%ポイント増加するならば、メディアン回答者も公的エージェントによる臓器ドナーへの支払のほうを良しとするようだ; これは約2千個の追加的腎臓供給に相当し、不足をおよそ11%削減、納税者にとって年間2億5千万ドルもの節約となる。

しかしながら、私的取引に基づくシステムを容認する場合、メディアン回答者は、1万個もの追加腎臓調達に相当する約30%ポイントの供給増加 (不足の50%超を削減する量である)、したがって納税者にとって12.6億ドルもの節約効果があることを要求するようだ。この推定トレードオフの差はどうやら公的エージェンシーによる有償ドナーシステムのほうが、我々が調査に組み入れた全ての道徳的観点について、私的取引システムよりも嫌悪感が薄いと見做されたという事実に由来するようである。具体的にいうと、参加者は公的エージェンシーシステムを無償ドナーシステムと同程度に 「患者に対し公正」 と評価したが (両システムはともに同じ優先順位ルールに基づいて患者への臓器割当てを行う)、他方で (全くの市場ベースで割当てが行われる) 私的取引は極めて不公正であると見做されたのだ。

母集団の中には、「義務論的」 選好を持つがゆえ命を救われる人の期待数とは無関係に一貫して支払許可に靡かない者から、道徳的問題を考えるにあたって効率性に重きを置く 「帰結主義者的」 個人に至る不均一性が存在した。この不均一性は、回答者の社会-人口学的特性とは一般的にいって関連が見られなかったが、心理学の領域で典型的に用いられる道徳的ジレンマ群をとおして測定した様々な態度 (attitudes) との間には相関が見られており、したがってこうした選択の中心にあるものが倫理的見解である旨を示すさらなる実証データが得られた。

結論

「我々は 『忌まわしき取引』 という現象をより良く理解しつつ、さらにこれと取り組んでゆく必要がある。こうした取引が市場や市場設計に対する重要な制約として働いている場合も珍しくないのだ」[1] と、アルヴィン・ロスは強調する。腎臓ドナーに対する支払の禁止は同現象の重要な一例だ。本研究は、嫌悪感に関わる考慮事項に基づいた個人の選択が予測可能な形で効率性情報に反応すること、また、そうであっても倫理的見解がなおこうした選好に極めて重要な影響を与えていることを示唆する。

そのため、以上の様なセンシティブな論題について実証データを供給しつつ研究を推し進めてゆくことが、さらなる実態把握や、人口集団が現実に抱いている選好に基づいた政策設計の改善に結実する可能性もあるだろう。特に臓器ドナーおよびその家族への規制付き支払システムを導入するケースにつき、今回の実証成果は、経済的インセンティブから期待し得る潜在的便益を社会に知らしめることが実際にこうした取引の容認度に影響を及ぼすことをとりわけ強く示すものとなっている。

個人の選好はどうやら倫理的考慮事項に加えて期待される効率性によっても左右されるようである。パイロット試験をとおして様々な設定でのアウトカムを検証すれば、人口集団が自らの選好する臓器調達・割当システムを決定する能力の向上が期待できるだろう。

参考文献

Becker, G S & Elias, J J (2007) “Introducing incentives in the market for live and cadaveric organ donations”, The Journal of Economic Perspectives, 21(3): 3-24.

Delmonico, F et al (2002) “Ethical incentives—not payment—for organ donation”, New England Journal of Medicine, 346(25).

Ghods, A J and S Savaj (2006) “Iranian model of paid and regulated living-unrelated kidney donation”, Clinical Journal of the American Society of Nephrology, 1(6): 1136-1145.

Elias, J J, N Lacetera and M Macis (2015) “Sacred values? The effect of information on attitudes toward payments for human organs”, Papers and Proceedings of the American Economic Review, 105(5): 361-65.

Elias, J J, N Lacetera and M Macis (2016) “Efficiency-morality trade-offs in repugnant transactions: A choice experiment”, NBER, Working Paper No 22632.

Held, P J, F McCormick, A Ojo and J P Roberts (2016) “A cost‐benefit analysis of government compensation of kidney donors”, American Journal of Transplantation, 16(3): 877–885.

Roth, A E (2007) “Repugnance as a constraint on markets”, Journal of Economic Perspectives, 21(3): 37-58.

原註

[1] http://hbswk.hbs.edu/item/repugnant-markets-and-how-they-get-that-wayを参照

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