ブランコ・ミラノヴィッチ 「『労働の配分』と感染症」(2020年3月21日)

●Branko Milanovic, “Four types of labor and the epidemic”(globalinequality, March 21, 2020)


政策当局者にしても、一般大衆にしても、株価だの、会社の財政状況(資金繰り)だのといった「金融指標」に視線を注いでいるが、それは間違っている。フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿したばかりの記事で、そのように述べた。株価を維持したり、会社の資金繰りを支援したりすることは、重要じゃないと言いたいわけではない。経済活動に深刻な混乱が生じているような状況では、戦争に類似した危機に見舞われている最中では、(第二次世界大戦中の米国も含めて、過去のあらゆる戦争時にそうであったように)「物理的な数量」にこそ目を向けるべきなのだ。「金融指標」への注目は、そのことから目を逸らせるだけでしかないのだ。

現下の問題を「労働の配分」という観点から考察してみるとしよう。とりあえず、世にある労働(職業)を以下の4つのタイプにおおまかに分類するとしよう。(A) 医者をはじめとした医療関係者, (B) オンライン小売業界で働く従業員, (C) 物理的な財の生産に従事する人々(工場労働者など), (D) 専門職(教師、エンジニア、デザイナーなど)。それぞれの部門の就業者数は、需要(求人)と供給(求職)が釣り合う水準に決まってくる。

「感染症の流行」のような甚大なショックは、部門別の労働需要にアンバランスな(不均一な)影響を及ぼすことになる。危機に見舞われた後の新しい状況では、それまでの「労働の配分」は理想的な配分から大きくかけ離れてしまうことになるのだ。 感染症の流行に伴って、(A) 部門における労働需要(求人数)は急激に増える。(B) 部門における労働需要も増えるだろう。外出が控えられて、ネットショッピングが増えるだろうからだ。その一方で、(C) 部門における労働需要は減る。(D) 部門に関しては、労働需要に大きな変化は無いだろう。感染症に特有の事象も考慮せねばならない。(B) 、(C)、(D) の三部門での経済活動が継続されたら、感染者が増える可能性が高いのだ(感染拡大の多くが職場内での感染というかたちをとるとすれば、だ)。そうなれば、(A) 部門で働く人々にさらに負担がかかることになる。あまりに忙しくなりすぎて、過労死で亡くなる人も出てくることだろう。ところで、(B) 、(C)、(D) の三部門の活動が完全に停止されたらどうなるだろうか。(B) 、(C)、(D) の三部門で働く人々全員に自宅待機が命じられたらどうなるだろうか。新たな感染者はきっと減るだろう。「隔離」の狙いも同じところにある。

しかし、大きな問題が控えている。(B) 、(C)、(D) の三部門の活動が完全に停止されて、誰も働かなくなったら、全員の前に「飢え死に」という運命が待っているのだ。「生産の継続」と「病気の拡散」とのトレードオフで、極端な選択をすることだけは避けなくてはいけない。「病気の拡散」を防ぐために、「生産の継続」を諦める(生産活動を完全に停止する)わけにはいかないのだ。妥協点を見つけなければならない。感染の拡大をある程度コントロールできるようになるまで、経済活動のペースを幾分か緩めなければならない。

さて、「4タイプの労働(職業)」の話に立ち返るとしよう。(A) 部門の就業者数は、短期的には(週単位、月単位では)そこまで変わらない。どうしても増えてほしいところだが、そうはいかない。できることと言えば、ニューヨーク市が今まさにやっているように、退職した医療従事者(看護婦や医者)に復帰を促すことくらいだ。(B) 部門で働く人々は、ほくほくだろう。ネットショッピングが増えるのに伴って、所得が増えるだろうから。とは言え、活動のペースが緩められても、職場で新たな感染者が出てきてしまうかもしれない。この点に関しても、できることは大して無い。全員が飢え死にする運命を受け入れてもよいというなら別だけどね。

一番のキーとなるのは、(C) 部門だ。感染症の流行に伴って、(C) 部門で働く人々の所得は、大きく落ち込むことだろう。失業してしまう可能性も高い。それも、生活物資の蓄えも無い状態でだ。(C) 部門で働く人々を貧窮させておいてよいだろうか? 職を求めて街中をさまよい歩かせておいてよいだろうか? 「ノー」だ。(C) 部門で働く人々を自宅で待機させつつ、所得を可能な限り補填する。政策当局者は、そのことに関心を寄せるべきなのだ。言い換えると、(C) 部門で働く人々こそ、政策で焦点を当てるべき存在なのだ。(C) 部門で働く人々の所得を(人道という観点に照らしても、公益という観点に照らしても)ある程度の水準に保つべきだし、ウイルスの感染拡大のスピードを緩めるためにも、(C) 部門で働く人々には自宅待機をお願いすべきなのだ。

残すは (D) 部門だが、(D) 部門で働く人々の所得は大して変わらないだろう。少なくとも、短期的には。彼らが提供するサービスへの需要は、そこまで大きくは減りも増えもしないだろうし、在宅勤務も可能だろうしね。つまりは、(D) 部門で働く人々は、政策当局者が気を配るべき対象ではないのだ。

「労働の配分」という観点からすると、感染症が流行している最中の「理に適った」経済政策の方向性は、次のようにまとめられるのではないかと思う。(A) 部門の就業者数を可能な限り増やすよう試みよ。(B) 、(C)、(D) の三部門の活動ペースを可能な限り緩めよ。危機の最中は、(C) 部門で働く人々の所得を無条件で補填せよ。政策の焦点を「金融指標」から「家計所得」へと切り替えよ。

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