ポール・クルーグマン「中流社会に関する思い違い」

Paul Krugman, “Misperceptions About Middle-Class Society,” Krugman & Co., August 29, 2014.
[“Inequality Delusions,” August 20, 2014; “The Euro Catastrophe,” August 29, 2014]


中流社会に関する思い違い

by ポール・クルーグマン

Doug Mills/The New York Times Syndicate
Doug Mills/The New York Times Syndicate

ドイツ経済研究所 (IW) が,先進諸国で格差がどう受け止められているか比較している――この研究で大事なお持ち帰りメッセージは,「ヨーロッパ人と比べてアメリカ人は自分たちが中流社会に暮らしていると思う傾向が強い」ってことだ.実際には,ヨーロッパと比べて,所得の分布はずっと不平等なのにも関わらずね.

たとえば,アメリカとフランスを比較したところでは,フランス人は自分たちが階層的なピラミッドに暮らしていると思っているものの,現実には彼らは大半が中流だ.アメリカ人はこの真逆になってる.〔下記のグラフは訳者による補足〕

comparison_France
▲ フランス人が考える所得分布(左)と実際のフランスの所得分布(右)

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▲ アメリカ人が考える所得分布(左)と実際のアメリカの所得分布(右)

この研究で指摘されているように,他の証拠からも,アメリカ人が自分たちの社会にある格差を大幅に小さく見積もっていることがわかる――そして,理想的な富の分配について質問されると,アメリカ人はスウェーデンみたいなものがいいと語る.

なんでこんなちがいがあるんだろう? ぼくも含めて多くの人たちは,こう論じる――「こと所得分配に関して,アメリカ人は社会保障と反貧困プログラムに独特な不審を抱いているし,敵対心すらもっている.このアメリカ例外主義は,人種に関わるアメリカ史とすごくつながりが強い.」 ただ,これでは,アメリカ人がどうして格差を間違って認識しているのか直接に説明がつかない:お金持ちがどれほどお金持ちなのか理解しながらも人々が《あいつら》に対する援助に反対することだって可能だ.ただ,間接的な効果ならあるのかもしれない:人種的な分裂は,あるとあらゆる種類の右派グループを力づける.すると,今度はそれによって,格差を無視しいかにも小さそうにみせかけるプロパガンダが大量にもたらされることになる.

面白い問題だ.

© The New York Times News Service


ユーロの破局

先日,『ワシントン・ポスト』に書いた記事で,マット・オブライアンがこう指摘している――実際のところ,ヨーロッパは大恐慌時代よりも下手を打っている.他方,フランス大統領フランソワ・オランドは――その腰抜けぶりと緊縮をしぶしぶでも黙認する姿勢で自分の大統領職の運命も,そしておそらくはヨーロッパの企図の運命すらも決定してしまった,オランドは――ようやく,ためらいがちながらも,さらに緊縮にはげむのは答えにならないかもしれないと示唆している.

オックスフォードの経済学者サイモン・レン=ルイスの考えでは,ヨーロッパが緊縮を掲げているのは,歴史的な偶然だそうだ.基本的に,ギリシャ危機が決定的な局面で緊縮派の勢いを強めることになったというわけだ.ぼくは,それほどかんたんに説明できないと思う.ぼくの見るところ,ギリシャ危機以前からヨーロッパには強力な反ケインジアン感情があったし,アングロサクソンの経済学者たちが理解するかたちのマクロ経済学は,ヨーロッパの「権力の回廊」でほんとに勢力基盤をもったことが一度もない.

説明がどうであれ,オブライアン氏が指摘するとおり,ぼくらはいま経済史でも指折りの破局を目の当たりにしつつある.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

格差の推計

by ショーン・トレイナー

アメリカに暮らす人々は,アメリカ社会の所得格差の水準を大幅に少なく評価している――ドイツの経済学者が行った新研究がそう述べている.

ドイツ経済研究所のジュディス・ニヒューズ (Judith Niehues) が8月に出した報告書では,国ごとのデータを使って,多くの先進国における所得格差水準の認識と現実を比較している.

ドイツとフランスを含めて,ヨーロッパのいくつかの国では,住民は自分たちの社会における格差水準を過大評価していた.ところが,アメリカ人だけは,自分たちの社会が圧倒的に中流だと信じている.しかも,実際には人口の大部分は所得尺度の底辺を占めているのだ.同研究所のウェブサイトに掲載されている報告書要旨にはこうある――「国民の想定している水準と比べて,アメリカの中流階層は実に小さく,低所得グループは非常に多い.」

今年の3月に,フランスの経済学者トマ・ピケティによる『21世紀の資本論』が出版されて以来,格差はあらためて注目を集めている.何世紀にもわたるグローバル経済のデータをもちいて,ピケティ氏は世界が「世襲資本制」の新たな時代に突入しつつあると論じている.世襲資本制では,ますます集中する富の大半は,実力や労働によって稼がれるのではなく,相続されるのだと言う.

さらに,スタンダード・アンド・プアーズの格付けサービスが8月はじめに公表した報告書は,高水準の所得格差は経済成長を抑制してしまうのを見いだしている.こうした発見はピケティ氏の発見と広く合致しているが,同報告書はその出所に意義がある.8月5日付けの『ニューヨーク・タイムズ』で,ニール・アーウィン記者はこう解説している――「S&P が(…)所得格差から生じるリスクについて警告を発しているという事実は,学術の世界と中道左派にほぼ限られていた論争がもっと主流になりつつある動向を示す,小さいながらも重要な徴候だ」

© The New York Times News Service

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