ポール・クルーグマン「最小限の費用で地球を救う方法」

Paul Krugman, “How to Save the Planet, at Minimal Expense,” Krugman & Co., April 25, 2014. [“Rising Sun,” The Conscience of a Liberal, April 15, 2014]

Kadir van Lohuizen/The New York Times Syndicate
Kadir van Lohuizen/The New York Times Syndicate

最小限の費用で地球を救う方法

by ポール・クルーグマン

気候変動進捗」ブログの編集者で物理学者のジョー・ロムが,先日,国連「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC) が出した3つ目の最新報告書に注意を促してくれた.この報告書では,地球温暖化緩和または温暖化ガス排出源削減について取り扱っている.

今月,こうしたコストはそれほど大きくないとパネルは発言した――国内総生産のコンマ数パーセントにすぎず,今世紀の終わりまで続けたとしても,成長率にとっては些末な打撃にしかならないんだそうだ.

あるレベルでは,これはべつに初耳じゃないはずだ.しかるべきインセンティブがあれば,温暖化ガス排出量を大きく減らしながらでも国々は経済成長を維持できるってことは,かなり前からよくわかってたことだ.でも,実はここにはちょっとしたニュースがある.これは,「地球を救うのはかなり安上がりにすむ」って主張を大きく強化するニュースだ.

まず,一般的な原則についてちょっとだけ.いっときだけ,ここでは「両論併記」ジャーナリストを演じて,左派と右派の両方をたたくとしよう.左派の一部には,「経済成長は排出削減と両立できない.だから,経済成長には背を向けなくちゃいけないんだ」って人たちがいる.そうした人たちは実権がなくて,現実には無害だ.

とはいえ,ここで1つ,指摘しておいていいことがある.経済が成長するってどんなことなのかについて,そういう人たちはずいぶんと狭すぎる理解をしてるんだ.経済が成長するってのは,必ずしも「もっといっぱいモノが増える」ってことじゃないのよ.モノがもっとよくなるってことでもありうるし,もっとサービスが増えるってことでもありうる――それに,生産方法やモノの分配にいろんな選択肢ができるってことでもありうる.実質 GDP と温暖化ガスに1対1のつながりがあるって信じるべき理由なんて,1つもありゃしない.

実際の問題としては,右派の誤謬の方がもっとずっと重大だ――「重大」どころか,右派は文明を破壊しかねない.排出削減の経済学に関して右翼からでてくる論評を読んで目を見張るのは,あっち方面の人たちがこと環境問題となると,市場の効率性に関する見解をくるっと変えてしまう様子だ.いつもは,彼らは市場の魔法を絶賛してる.市場はどんな限界だろうと払いのけてしまえるんだと,彼らは言う.ところがどういうわけか,炭素税には市場はまるっきりお手上げだとも彼らは信じてたりする.希少な資源は問題じゃないのに,環境を汚染する権利が制限されると破滅になるっていうんだ.ここに隠れてる動機は難なく察せられる.ただ,それにしたって妙な話だ.

実のところ,インセンティブを与えられたときに市場経済が排出量を減らす能力については楽観的になるべきだ.さて,ここで1つ新しいことがわかった:低排出量経済の科学技術的な見通しは,劇的によくなってるんだよ.妙なことに太陽光発電革命にメディアがほとんど注意を向けていないけれど,これはほんとにすごいことだ.

それどころか,特別なインセンティブがなくても,太陽光発電は石炭[火力発電]にとってかわりうるほどだ.ただ,それをアテにはできない.いまわかってるのは,電力需要を満たすのに石炭を燃やし続ける必要があるってのは,もはや事実からかけはなれてるってことだ.排出量を劇的に減らす方向への道は開かれている.しかも,そう高くないコストでね.

そうなると,未来について楽観的になってよさそうなもんでしょ,ちがう? つまり,ぼくらの道をふさいでいるのは,偏見と無知,そして既得権益ってことだよ.

――って,おい.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

気候変動に関する警告

by ショーン・トレイナー

4月13日,地球気温の上昇が環境・社会・経済にもたらす影響に関する一連の報告書の3冊目を国連の IPCC が公表した.この最新報告書では,世界の温暖化ガス排出源を減らすことで気候変動危機を緩和する可能性にとくに関心を向けている.

パネルの共同議長で経済学者のオットマー・エデンホファーは記者会見でこう説明した――この報告書からぜひ覚えておいてほしいことの1つは,「地球を救うのにコストはかからない」ということだ.科学者・経済学者からなるパネルによれば,もし国際社会がすぐさま行動をおこすなら,炭素排出量を持続可能な水準にまで落とすプロセスは驚くほど安く上がるという.年間に全地球的な国内総生産成長をたった 0.06 パーセント減らすだけですむと彼らは言う.「実は,実行のコストはまかなえる程度なのです」とパネルの共同議長ジム・スキーは言う.「生活水準向上について抱いているいろんな望みを,人々は犠牲にしなくてもいいのです」

パネルによれば,この成長の推計では温暖化傾向の減速から生じうるプラスの影響は考慮に入れていない.

また,国連の報告書の予測では,2030年までに排出削減のために相当の対策が実行に移されなかった場合,気候変動緩和はそれよりもずっと高くつくとされている.2030年までに,気候変動による破滅的な効果が生じることは確実だという.たとえば,地球の永久凍土層のような「ヒートシンク」を完全に消滅させることになってしまえば,温暖化傾向は加速し,急進的な対策なしにはもはや逆転させるのは非常に難しくなってしまう.

パネルがこれまでに出した報告書では,気候変動についてさらに無策が続くならば,今世紀の終わりまでに9度かそれ以上の温暖化にいたることがわかっている.そうなれば,食料システムの崩壊,武力衝突の増加,さらには一部地域が居住不可能になることもありうる.

© The New York Times News Service

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  1. うーん、「特別なインセンティブがなくても,太陽光発電は石炭[火力発電]にとってかわりうるほどだ」なのに、だれかの策略でそれが実現しないというのは陰謀論でしかないんだけど…… そんなに太陽光がいいならみんな自前で入れるのをだれも止めないし、クルーグマンにすらわかることを、コストに敏感な事業者がまったく知らないというのは変じゃないか、というのは考えないんだろうか。

    1. 原文( it’s possible that solar will …)からすると、将来的にそうなる可能性もある(でも we can’t count on that)という感じで、クルーグマンは山形さんがおっしゃるほど踏み込んでないかもと思いました。

      1. そうですね。確実にそうなるとはいえない、ということですね。

  2. 最後、And that should make us optimistic about the future, right? I mean, all that stands in our way is prejudice, ignorance, and vested interests. Oh, wait. の部分ですけれど、最後の oh wait は、ちょっと待てよ、これだとちっとも楽観的になれないぞ、という意味ですよね。翻訳としての扱いは苦労するところで、ここでの処理でもありだとは思います。

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