ポール・クルーグマン「格差と不況からの回復力のつながり」

Paul Krugman, “The Inequality Connection,” Krugman & Co., November 28, 2014.
[“Inequality and Crises: Scandinavian Skepticism,” November 21, 2014; “The Wisdom of Peter Schiff,” November 22, 2014]


格差と不況からの回復力のつながり

by ポール・クルーグマン

Jonathan Nackstrand/The New York Times Syndicate
Jonathan Nackstrand/The New York Times Syndicate

12月はじめに,コロンビア大学で開かれる格差とその帰結に関するカンファレンスでぼくも話す予定になってる.そこでぜひ取り上げなくちゃいけない問題のひとつは,「格差の拡大によって国々は金融危機に対して弱くなるのか,そうした危機からの回復がいっそう困難になったり,あるいは他のかたちで経済の業績をわるくしてしまうのか」っていう,いま議論になってる問題だ.

この手の説には用心することにしてる.ひとつには,ぼくの一般的な好みからみて魅力的だからだ.格差を考えると,ぼくはすごく心配になる.格差はマクロ経済にもわるいってことになれば,実にけっこうだ.そこで,この手の説をあんまりかんたんに受け入れないように目一杯気をつけてる.

それで,ぼくはずっと疑いの目でみる姿勢をとりつづけてる.ひとつには,実にひどい危機がおきたあと,あんまり格差のない国々で回復がかんばしく進まなかったのを踏まえてるからだ.とくに,1990年以後のスウェーデンの不況を考えてみるといい.この不況をもたらしたのは,猛烈な銀行規制緩和とそれに続いた不動産バブルだ(どっかで聞いたような?) しかも,この不況が生じたのは,すごく格差の小さい社会でのことだ.このスウェーデンの不況と,2007年以後のアメリカの経験を比べてみると,どうだろう?

実のところ,両者はすごく似通っている.

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危機がおきた年以降の一人当たり国内総生産をたどって比べてみよう.当該期間について,「ルクセンブルク所得研究」によるジニ係数で測った格差推計を含めて考える.すると,1990年代のスウェーデンはすごく格差が小さかったけれど,それにも関わらず,基本的にはアメリカの大不況とその後とよく似ていて,あれの衣装稽古でもやってたように見える.

たった1件の証拠ではある.だけど,ぼくはこの証拠にいまだに頭を悩ましてる.

© The New York Times News Service


ピーター・シフの叡智

いや,マジですよ,マジ.まあ,それなりにマジですとも.シフ氏は,ハイパーインフレではないまでも,とめどもないインフレの昂進がアメリカで起こるぞって予測して,2008年から2009年ごろにずいぶんと話題になった.彼は,グレン・ベックのお気に入りだった.

Reason.com に新しくでた記事で,シフ氏は分析上の問題をはっきりと述べている:

「主流経済学者たち(政府や実業界や学界で幅をきかせてる経済学者たちは)の主張によれば,労働市場が低調なかぎり,インフレに火がつくようなことはないそうだ.我が同輩のオーストリア経済学者と私は,少数派の見解を声を大きくして論じた――貨幣発行はいつでもインフレを招く,いやそれどころか,それこそがインフレの定義そのものだ,と.」

シフ氏はこう続ける:

「事実を言えば,高水準の失業率は歴史的に見て高いインフレ率と相関し,低失業率は低インフレと相関している.なぜなら,労働資源を十全に使えば使うほどいっそう生産的になるからだ.より生産的に成れば物価は下がる.これと対照的に,国民を十分に活用していない経済ほど生産性は低くなり,そうした国の政府は経済を刺激しようと見当違いなインフレ促進政策を追求するのだ.」

まあいいや,貨幣発行すなわちインフレって定義話は脇に置いてしまおう.でも,彼の世界観によれば輪転機を回せば,たとえ不況下の経済であろうと(通常の定義で)インフレになるはずだし高失業率はインフレ率を下げるんじゃなくて上げるんだと,ここで彼はすごくはっきり書いている.

シフ氏は,大事なところをずばりと言ってくれてる:つまりね,論争の中心は,「不況は需要不足の結果だ」と考える人たちと,「不況は資源その他の不適切な利用の結果だ――とにかくなにか供給側に問題があるんだ」と考える人たちの間で交わされている.不況は需要不足のせいだとしたら,インフレ率は下がるはずだし,雇用を促進しないかぎり貨幣発行はなんにもならないことになる.他方,不況は資源をうまく使っていないせいだとしたら,輪転機を回せばインフレ率がどんどん上がっていくはずだと予測される.

この競合する2つの見解を,どうやって検証したもんだろう?

「そんなの,すごい不況になったとき,中央銀行が積極的な金融拡張で反応したらわかるじゃん?」

もちろん,それこそがちょうどぼくらがやりおわった検証だ.どこを見たって,インフレ率は低くて,デフレすれすれでないの.

というわけで,シフの検証はもうやってある――で,シフ流経済学は,彼じしんの規準でみて,ものの見事に負けている.これは,反ケインジアンの説にも当てはまる:これ以上なさそうなくらいきれいな実験をやって,答えは「ノー」って出たんだ.

さて,シフ氏や反ケインジアンの側にいる人たちで,「いや,それはちがうんだ」と言い張る人たち,「官僚どもがインフレの証拠をこっそり持ち出してエリア51に埋めてるんだ」って言い張る人たちについて,一言.

ああいう言動を見れば,彼らがどういう人たちなのかわかるよね.ただ,少なくともシフ氏にかぎっては,間違いを認めるのを拒否する前に,急所をはっきりと述べてくれてる.

© The New York Times News Service


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