マット・クランシー「都市はもはやイノベーションのインキュベーター(孵卵器)ではない」(2020年10月7日)

Cities aren’t the innovation incubators they used to be
Words by Matt Clancy, Works in progress, 7th October 2020

リモートワークは、長い間懐疑的に考えられてきており、パンデミックが終わってからもリモートワークが続くであろうことに、多くの人が疑問視している。しかしながら、ローカルワーク〔人と日常的に触れ合う労働形態〕の諸便益が既に減少していっているとしたらどうだろう?

今年に入って、多数主要テック企業、自社の業務の一部を永続的にリモートワークに移行すると発表した。COVID-19が業務に深刻な支障を与えたことの結果である。これに対して、コメンテーター評論家らは、技術労働者を全米に分散させてしまえば、アメリカの技術産業の支柱の一つを弱体化させる恐れがあると警告した。こういった議論は「知識労働者は互いに近くにいると、アイデアや知識の循環が近接促進されるため、イノベーションが加速される」との論拠に基づいている

これは古くからある議論だ。1890年、経済学者のアルフレッド・マーシャルは「交易の秘訣には、謎など存在しない。秘訣は空気中に蔓延しており、子供らは無意識のうちに秘訣の多くを学んでいる」と書いている。20世紀最後の数十年期、経済学者達は様々な優れた手法でもって、企業の独立研究が近隣企業にいかに影響を与えるかを測定し、強い実証的支持をかき集めた。このエビデンスに基づいて、「知識が近隣に波及することの重要性」は当然視されてきた。

新しいエビデンスや情報拡散の新しいテクノロジーを照らし合わせれば、以上の考えは見直す時期に来ている。遠距離移動やオンラインコミュニケーションの増加は、アイデアを地理的に幅広く循環することを促進しており、ローカルな知識の重要性が薄れつつあることを示す研究が着実に蓄積されている。

まず特許について考えてみよう。経済学者は、特許を様々に用いて、都市におけるアイデアの循環を研究している。例えば、大都市と小都市の特許数を数えたり、ある特許が地元と遠方地でどう引用されるかの割合を計測したり、特許の文面から登場したばかり新技術に関連する言葉を探したり、米国特許商標局が見慣れない新しい特許のどのように技術分類分けしているかの傾向を調べている。数十年にわたっての調査で、一連のエビデンスは全て同じ物語を導き出している――「物理的に近いイノベーターは、物理的に離れたイノベーターより、もはや大きなアドバンテージを保持していないようだ」と。

学問的な成果も参照してみよう。論文が、他の数学者にどれだけ引用されているのかを調べてみたところ、ここでも物理的に離れた研究で引用される傾向が強くなっていることが判明している。別の研究では、経済学者がトップ大学に出入りした際のキャリアを追跡している。最新のアイデアについて学ぶには、他の研究者の物理的近くにいることが重要であるなら、経済学者はトップ大学に移ったときに生産性(専門誌の論文における論文の質の変動観点から測定している)が上昇し、遠隔地に赴任すれば低下が実証されるはずである。これは実際に起こるはずであり、事実、1970年代にはまさに起こっている。しかしながら、この効果は、時代を経るごとに縮小しており、1990年代に消滅してしまっていることが、この研究は明らかにしている。

パートナーシップについても調べてみよう。都市は、ブレークスルーになるようなアイデアを生み出すかもしれないセレンディピティ(予期せぬ出会い)を我々に多く与えてくれているのだろうか? 長い間そうだと思われてきたが、2017年にノルウェーの企業を研究した結果、そうではないことが判明している。「新しいイノベーションを生み出す上で、重要なビジネスパートナーにどのようにして出会いましたか?」と尋ねたところ、大都市に拠点を置く企業が、小規模都市や小規模国家に拠点を置く企業よりも、セレンディピティを享受している証拠は得られなかった。

なぜこんなことが起こっているのか? 証拠は非常にハッキリしている――移動手段の低価格化とインターネットだ。様々な研究によると、拠点間の移動が容易になる(新しい鉄道路航空路幹線道路)と、遠隔の拠点間での共同作業が増加する。別の様々研究では、インターネットにアクセスすることで、現地でしか入手できない知識の依存が低下することが実証されている。

ここまで示してきた一連の研究の結果によるなら、「リモートワークがイノベーションに〔ネガティブな〕影響を与える」との懸念はおそらく誇張されている。知識が循環するには、コーヒーを飲むために近くにいる必要はない。その代わり、知識は、公的な文章(今あなたが読んでいるようなもの)や、非公式の〔ネットの〕お喋りを通じて循環している。飲みニケーションでのお喋りが、今やTwitterやSlackのチャットに大幅に様変わりしている傾向にあるわけだ。

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このエントリで要約されている学術研究の詳細については、著者マット・クランシーのレポート“The Case for Remote Work(リモートワークの真相)”を参照されたし。

マット・クランシーは、アイオワ州立大学のイノベーション経済学の研究者である。イノベーションに関する新しい研究を取り上げた“「New Things Under The Sun」”というニュースレターを発行している。彼のツイッターはここでフォローが可能。

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