マテオ M ガリッジ, ジョージ・ロウーウェンスタイン 『消費動向の持続的変化を実現する為の手段としてのソーダ税』 (2016年6月14日)

Matteo M. Galizzi, George Loewenstein, “The soda tax as a measure for sustained change in consumption” (VOX, 14 June 2016)


 

ナッジではない。それでもしかし、英国の 『ソーダ税』 は部分的には行動科学的根拠から正当化可能である。本稿では、消費抑制にあたってのソーダ税の潜在的有効性を分析する。行動科学的手法の1つとしてみると、ソーダ税はあまり徹底したものでないだけでなく、実際のところ逆進的に働いてしまう。包括的なジャンクフード税の導入こそ必要であり、これをナッジや 『ヘルシー』 補助金そして 『スーパーサイズ化』 慣行の規制が傍らから支える形が望ましい。

ジョージ・オズボーン財務相によって英国初の 『ソーダ税』 導入がアナウンスされた (Inman 2016)。2018年4月以降、24ペンス・18ペンスの租税が、高糖・低糖炭酸飲料1リットルに対しそれぞれ課されることになる。初年度だけで5億2000万ポンドの税収になる見込みだ。

6年前に第一次キャメロン内閣が発足させたBehavioural Insights Team。所謂 『ナッジユニット』 がこれで、現在はもう内閣府から独立しているが、英国政府は今も同ユニットのシェアを一部所有しており、継続的に助言を求めている。ということで 『ソーダ税』 をナッジの最新版と見たくなるところだが (Economist 2016)、ソーダ税はそれが何であるにせよ、ナッジではない。ThalerとSunstein (2008) が述べたように、「ナッジとは、チョイスアーキテクチャのもつ性質であって、如何なる選択肢も禁止せず、或いは経済的インセンティブに重大な変化を加えることもなく、人の行動を予測可能な形で変化させるもの一切をさす」 のである。だからソーダ消費に対するナッジなら、例えば無糖飲料をファストフードレストランでの食事のデフォルト選択肢にする、といった具合になるだろう。

オズボーン財務相がアナウンスしたタイプの租税はナッジというより伝統的経済学のプロトタイプ的政策ツールなのである。とはいえソーダ税も、少なくとも部分的には、ナッジと同じく行動科学的根拠をもっている。

経済学者ならば、最も強烈な市場経済推進者であっても、外部性 [externalities] – 人が他人に被らせ、自ら内部化しようとしない費用 – が存在する場面では生産物に対して租税を課すのが適切なケースが在ることをちゃんと認識している。炭素ガスはその好例で – 炭素税は、消費者と生産者にそれぞれが他人に被らせている費用を内部化するよう促すが、この様な費用はさもなくば両者から無視されたままだろう。同じ理屈で、有糖飲料に課される租税も、ソーダ飲用者がヘルスケア費用という形で他人に被らせている外部性を根拠に正当化し得る – 同費用は1年あたりおよそ270億ポンドの負担を国民医療サービス [NHS] に課すものと推定されている。

ソーダ税の根拠に挙げられているもののなかでも比較的異論の有る行動科学的根拠としては、ソーダ消費は内部性 [internalities] も生み出すというのが在る (Herrnsteinら1993)。内部性とは、消費者が自ら被るが内部化はしない費用であり、何故そうなるかというと1つには消費者が目の前の事しか見ていないのと、不健康な食事の帰結もすぐには現れてこないからというのが在る。既に多数の研究が明らかにしているが、単に食品や飲料のカロリー量を消費者に教えるだけでは何の効果も無いし (Downsら2009)、もっと工夫したアプローチをとって例えば消費者に該当カロリーを燃焼しようと思ったらどれだけの時間ランニングマシーンで走る破目になるかを伝えてみても同様 (Jueら2012) なのである。情報を提供された消費者でさえこういった費用を不十分にしか考慮しようとしないのなら、上記の内部性をソーダに対する課税の追加的根拠として援用するのもありかもしれない。

仮に内部性の存在を1つの根拠だと認めるにせよ、ソーダへの課税に反対する議論も幾つも在る。

第一に、同ソーダ税は逆進的性質をもっている。何故なら貧しい人は他とのバランスを逸脱する量のソーダを消費しているからだ  (LeicesterとWindmeijer 2004)。何らかのソーダ税の導入は、低所得層の人ほど関わりの有るだろう活動に対しまた1つ新たな租税を課すことになる。ここでいう活動とは、例えばアルコール消費・ギャンブル・喫煙などだ。大きな税制優遇措置の殆どが高所得層の個人に関わるものである状況では (例: 貯蓄に対する租税緩和)、租税を支払おうにもそもそもそれに充てるべき収入が一番少ない層にこのうえさらなる租税を課すことを正当化するのは困難である。もし同租税が低所得層の人に相対的に大きな健康効果を及ぼすのならば、その逆進的効果も和らいでくるかもしれない。がしかし、このソーダ税 (Smith 2016) が現在英国で蔓延を続けている肥満を撃退させるなどとは非現実的であって想像し難い (OECD 2014)。

同ソーダ税に反対する議論の二つ目は、ソーダの価格は食品の不適正な価格付けという観点からみれば氷山の一角にすぎない、というものだ。ここ数十年の間に、ソーダに限らず、ありとあらゆる 『ジャンクフード』 がヘルシーな食品との比較でどんどん安価になったが (Mazzocchi 2009)、大まかに言ってこれが肥満の蔓延の原因なのだ、と経済学者は主張している (Finkelsteinら2005, Sassi 2010)。それだけでなく、人々にとっての時間の価値が増加したことで、調理済み・お持ち帰り食品はいっそう魅力を高めており、今では何時でも何処でも手に入るようになっている (Courtemancheら2015) のである。食品産業や小売産業はさらに 『スーパーサイズ化』 慣行への取組みにも積極的であり – ラージサイズ飲料や高カロリーのサイドメニューの価格を (健康への影響を気にしない人には) 『お買い得』 に見えるものに設定しておくこともこれに含まれる -、その為ジャンクフードは消費者、特に社会経済的に最も不遇な条件にある層の消費者を絶え間なく惹き付ける、抗い難い誘惑の表徴となっているのであるが (Dubois 2007)、この様な消費者層では、家計も厳しく、生鮮食品の調理に割く時間も限られている可能性が高く、また住んでいる場所が 『食の砂漠』 にあるケースもしばしばである。租税を設けるにしても敢えてソーダを狙い撃ちするのは何故なのか、ソーダが安いのは不健康食品における不適正な価格設定のほんの一部に過ぎないというのに、という訳だ。

1つの答えはこうだ。つまり、政府はまず最も達成容易な目標への取組から始めるべきある、さらに甘味飲料には是非とも必要な栄養素というのは全く入っていない、と。しかしながら摂取カロリーを有意な程度低減させる見込みを幾らかでも得ようと思ったら、もっと包括的な 『ジャンクフード税』 を、もっと広く高脂肪・糖質過多・栄養素に乏しい等の特徴をもつ食品・飲料に対して課す必要がでてくるはずだ (Renton 2016)。もしソーダだけが課税されるなら、消費者は単に他の健康に悪いが租税を免れている飲料や食品に乗り換えましたという事になる可能性が相当に在る。

逆進的効果の最小化、一貫性の有る価格再編、持続的な行動科学的変化の実現、こういった目標の達成には、一般的なジャンクフード税を、包括的な 『ヘルシー』 補助金体制や 『スーパーサイズ化』 慣行の規制また小売店およびレストランにおける 『チョイスアーキテクチャ』 の変革が傍らから支えてゆくことが必要である。ナッジが利用出来る領域も多い。しかし伝統的経済学のもつツールにも活躍の場は有るし、実際こちらも同じ行動科学的根拠から正当化できるのである。

 

参考文献

Courtmanche, C, J Pinkston, C J Ruhm, and G L Wehby (2015), “Changing economic factors and the rise in obesity”, VoxEU.org

Dolan, P, and M M Galizzi (2015), “Like ripples on a pond: Behavioral spillovers and their implications for research and policy”, Journal of Economic Psychology, Vol. 47, 1-16

Downs, J S, G Loewenstein, and J Wisdom (2009), “Eating by the numbers”, New York Times

Dubois, P (2007), “Obesity’s on the rise – let’s have the courage to tax junk food!”, VoxEU.org

The Economist (2016), “A tax on sugar: Pricier pop”, 19 March

Finkelstein, E A, C J Ruhm, and K M Kosa (2005), “Economic causes and consequences of obesity”, Annual Review of Public Health 26: 239-157

Herrnstein, R J, G F Loewentstein, D Prelec, and W Vaughan Jr (1993), “Utility maximzation and melioration: Internalities in individual choice”, Journal of Behavioral Decision Making 6, 149-185

Inman, P (2016), “Will the sugar tax be all fizz or a weighty blow against obesity?”, The Guardian, 19 March

Jue, J J S, M J Press, D McDonald, K G Volpp, D A Asch, N Mitra, A C Stanowski, and G Loewenstein (2012), “The impact of price discounts and calorie messaging on beverage consumption: A multi-site field study”, Preventive Medicine 55(6)

Leicester, A, and F Windmeijer (2004), “The ‘fat tax’: economic incentives to reduce obesity”, The Institute for Fiscal Studies, Briefing Note no. 49

Mazzocchi, M, W B Traill, and J F Shogren, Fat economics: Nutrition, health, and economic policy, Oxford

OECD (2014), “Obesity update”, OECD Directorate for Employment, Labour and Social Affairs

Renton, A (2016), “The sugar tax is a great idea. Why not go after processed foods too?”, The Guardian, 20 March

Sassi, F (2010), Fit not fat, OECD publishing

Smith, K (2016), “The soft drinks levy”, The institute for Fiscal Studies, post-budget presentation

Thaler, R, and C Sunstein (2008), Nudge: Improving Decisions about Health, Wealth, and Happiness, Yale University Press

 

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