メンジー・チン「最低賃金引き上げのマクロ経済的な意味/信念と計量経済学:最低賃金の巻」

最低賃金引き上げのマクロ経済的な意味

Menzie Chinn “Some Macro Implications of a Minimum Wage Hike“(Econbrowser, March 27, 2014)

(訳者補足:この議論に馴染みがない方(最賃を上げると何故雇用が減ったり、それを相殺する効果が出たりするのかなど)は、過去のこのエントリなどを参照されると今回のエントリを理解しやすいかと思います。)

ほんの僅かな雇用数も影響を及ぼすし、ほんの僅かなインフレも影響を及ぼす。しかし、労働者への所得分配の比率を高めることに対する抵抗は今後も続くだろうと私は確信している。

次の表は、雇用効果の議論に関する研究の概説であるゴールドマン・サックスの「最低賃金引き上げで何が起こるか?(What to Expect from a Minimum Wage Hike)」(3月25日付、ネット上では未公開)からの引用だ。

GS_Summary_MinWage_mar14
出典:マイケル・カヒル&デヴィッド・メリクル「最低賃金引き上げで何が起こるか?(What to Expect from a Minimum Wage Hike)」,GS Daily (3/25/2014)

ここのエントリで議論した)議会予算局(CBO)や経済諮問委員会(CEA)による文献の要旨をなぞりつつ、ほとんどの推計はそれが統計的に有意である場合においても雇用に対する影響は小さいとしている。また、CBOによる評価においては推計値の分布は雇用に対するプラスの効果内でちらばっていたことを再度思い起こしておくのも重要だ(なぜ短期においてこうしたことが起こり得る理由についての簡単な分析はこのエントリを参照。ただし分析が苦手な人には非推奨。)。CBOの中間推計に関して、このゴールドマン・サックスの報告書の著者らは次のように述べている。

我々の考えでは、2つの理由からCBOの推計は妥当な推計値の上限側にやや偏っている可能性が高い。まず一つ目の理由として、別紙3にあるように、多数の経済研究が統計的に有意な効果はないとしていることがある。またもう二つ目として、需要効果がとりわけ叫ばれるのは、政策金利が既にゼロ近いにも関わらず経済が未だ大きく沈滞している現状においてである。結果として、支出に回す所得の割合が比較的高い傾向にある低賃金労働者の所得を上昇させることは、必然的に通常時よりも(最賃引き上げによる労働需要減少を相殺する)大きな効果をもたらすのである。

つまり、金利がゼロ下限にありかつ不景気である時には財政政策の効果が大きくなるのと同じ理由から[1]、最低賃金の上昇による労働者所得の拡大は大きな効果を持つ場合があるということである。

私は今学期計量経済学を教えており、最低賃金研究におけるいくつかの優れた研究が、内生性をコントロールするより近年の(が、もはや新しいものではない)アプローチとどのように一致するのかを見てみるのを興味深く思っている。とりわけても、ニュージャージーの最低賃金引き上げを研究したカード&クルーガー (AER, 1994)のような準自然実験の使用がそうだ。この事例において、彼らは差分の差アプローチ(DID)を用い、最低賃金導入後のニュージャージー州とペンシルバニア州の間の雇用成長の差がどのように変化したかを検証した。カードとクルーガーは、ニュージャージー州が最低賃金を引き上げた際に雇用成長に少々の上昇があったことを発見した。

ゴールドマン・サックスの報告書において述べられているように、このところ多くの州が最低賃金率の引き上げを行っており、これらの変化は一連の準実験となる。早期の結果についての彼らの評価は次のとおりだ。

(略)1月の州レベルでの給与データは、州レベルでの最低賃金引き上げによるマイナスの効果を見せてはいない。直近での平均と比較して、2014年の年明けから引き上げを行った州のグループは、引き上げを行わなかった州よりも実際には優れた結果を残した。これはほんの1か月間のデータだけではあるものの、全国レベルでの最低賃金の引上げによるマイナスの効果は、それが存在するとしたところで標準的な変化よりも比較的小さいものである可能性が高いことが示唆される。

著者らはまた、最低賃金上昇のインフレに対する効果についても1990年以降のデータを使った事例分析を行っている。彼らは、個人消費支出によるインフレ率に対する目に見えるレベルでの効果についての証拠は何ら発見できなかった。彼らの最良推計値は、10.10ドルへと最低賃金を引き上げてから3年が経過した時点で、物価水準に0.3%の上昇があるというものだ。

雇用に対する影響はごくわずかな一方で、賃金の上昇は多くの人に対して起こるため、低賃金労働者への分配率の上昇が促される。格差への影響に関する懸念が口だけのものでないのであれば、最低賃金はそれに取り掛かる端緒としては妥当なものだと思われる。

余談:私の計量経済学の授業ではカード&クルーガーの論文を使って教えている関係上、私はこの論文に対する反論や、そうした反論に対する彼の応答についても読んできた。カードとクルーガーは、ニューマークとワッシャーの論文に対する応答において、彼らが他で使われているデータセットとは際立って異なった特徴を持つ「雇用政策研究所」による「興味深い(interesting)」データセットを使っていることを議論している。このシンクタンクがどれだけ影響力を持ってきたかを考えると、これは注目に値することだと思う(その点についての議論はここを参照。国税庁への申告書(form 990)も読むとおもしろい)(業界との「親密な(cozy)」繋がりという言葉に新たな意味を付け加えてくれる)。Dube, Lester and Reich (REStat, 2010)は、スピルオーバー効果を考慮した雇用効果についての最新研究の一つだ。

追記(太平洋標準時6:40PM):Dube, Lester and Reich (REStat, 2010)やその他の論文に対する批判を、ニューマークが雇用政策研究所の文書(2013年1月)において行っている。

雇用政策研究所は、最低賃金引き上げを求める陳情書に署名した600人程の経済学者をして、「厳密に言えば署名者のうちの少なくとも40人は、マルクス主義、社会主義経済学の専門家、あるいはそれら分野において大きな研究を行った者、もしくは経済学の「過激な」研究に組する者たちである」とする興味深いブログ記事を掲載している(情報全面開示:私はその陳情書に署名したし、有名な左翼(!!!)であるアダム・ユラムによる社会主義の授業も取ったので、彼らのリストに私も載っているに違いない)。

追記(太平洋標準時10:20PM):ニューマーク他による批判に対して答えている論文をReich教授が送ってきてくれた(付録Bを参照)。


信念と計量経済学:最低賃金の巻

Menzie Chinn “Faith and Econometrics: Minimum Wage Edition” (Econbrowser, March 28, 2014)

明らかになってる真実で足りるのに、なんでわざわざ計量に頼るんだろうか。

読者のリック・ストライカーが最低賃金の雇用効果に関する私のエントリ [1]訳注;上で訳したエントリのこと に次のようなコメントをくれた。

研究を見てみると、最低賃金に対する若い人たちの雇用の伸縮性 [2] … Continue reading は大体において-0.1~-0.3だ。(中略)-0.2を(最低賃金に対する若い人たちの雇用の伸縮性の)中央推計値としよう。

CBOの研究と比較してみると、彼らの推計は50万で最大値は100万となっていて [3]訳注;推定50万人、最大でも100万人の失業者が出るという意味 、これは僕のチラ裏の計算よりもかなり小さい。その理由は、CBOの公表推計では下方向へ多くの調整がなされているからだ。例えば、彼らは中央推計の伸縮性に-0.1を使っているけれど、これはどの論文がより正確であるかと彼らが信じているところに依った、彼らの恣意的な読み方に基づいている。彼らは発表バイアスがある [4]訳注;発表される論文全体の傾向が伸縮性のマイナスを大きくとる方向に偏っているということ とも主張していて、これまた下方向に調整。影響を被る人たちの数を推計してみる等々によって彼らは他にも多くの下方向への調整を行っている。

こういう不透明な調整がとても信頼性のあるものとは僕は信じないね。(以下略)

この一般通念とされるものが既存の推計と照らしてどのあたりに位置しているのかを見てみよう。Hristos Doucouliagos and Tom D. Stanley, “最低賃金研究における公表バイアス?メタ分析リサーチ(Publication Selection Bias in Minimum-Wage Research? A Meta-Regression Analysis),” British Journal of Industrial Relations 47.2 (2009): 406-428. [フリー公開ワーキングペーパ版]にそれが報告されている。下のグラフは個々の推計の標準誤差の逆数(1/se)に対して推計値の点をプロットしたものだ。リック・ストライカーお好みの推計値の位置はこの恒例の山なりのグラフの中に示しておいた。グラフの高いところにある点ほど、推計の標準誤差という観点では「精確」だ。

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図2 from Doucouliagos, Hristos, and Tom D. Stanley. “Publication Selection Bias in Minimum-Wage Research? A Meta-Regression Analysis.” British Journal of Industrial Relations 47.2 (2009): 406-428. [フリー公開ワーキングペーパ版]。赤い線は伸縮性=-0.2ところに引いている.

コメントをくれた読者が好きな推計値である-0.2のところには赤線を引いておいた。さて、この山なりのグラフにあるこれらの推計は、様々なグループについての伸縮性であって、全てが若い労働者のものでないというのは確かだ。それでもこれら推計の全てを見たところ、私としては伸縮性を-0.2よりは-0.05としたいと感じる。ま、これは私個人としてはというだけだけど。(読者においては、コメント欄で理由の説明付きで投票をしてほしい。)

ところで、メタ研究の方法論について関心がある人は、先の論文の著者の一人であるT.D.スタンレーがジャーナル・オブ・エコノミック・パースペクティブにちょうどそのテーマについての論文を掲載している。Stanley, Tom D. “Wheat from chaff: Meta-analysis as quantitative literature review.” Journal of economic perspectives (2001): 131-150 がそれだ。

というわけで、私としては最低賃金による雇用への影響は小さいもしくはゼロというのが最も妥当だと思う(そしてプラスの影響という考えも保持したいとも思う。とくに所得効果がより妥当するだろう短期においては。)

References

References
1 訳注;上で訳したエントリのこと
2 訳注;最低賃金の変化に雇用数がどれだけ反応するかという数値。マイナスであればあるほど、最低賃金の引き上げ額が同じであってもより多くの人が失業するということ。また、プラスであれば当然増える。
3 訳注;推定50万人、最大でも100万人の失業者が出るという意味
4 訳注;発表される論文全体の傾向が伸縮性のマイナスを大きくとる方向に偏っているということ
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2 comments
  1. 日本の対外純資産は366兆円と世界ダントツに膨れ上がっている(2014年末)
    異次元緩和マイナス金利でも360円/ドルには戻らず、円は高くドルは安い
    なんでなのか、この根源を考えていただきたい、
    政治家も経営者もエコノミストもマスコミも全て経済音痴でこの根源を無視している
    このため日本のGDP/人は世界26位と低迷、日本国民は不幸ですね、いや世界人類が不幸なのでは
    http://6238.teacup.com/newbi/bbs

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