ユンス・リー&向山敏彦 「不況の浄化効果?」(2008年1月7日)

●Yoonsoo Lee and Toshihiko Mukoyama, “Are there cleansing effects of recessions? Entry and exit of manufacturing plants over the business cycle”(VOX, January 7, 2008)


 景気循環の過程では、次々と生起する創造的破壊を通じて産業が清められる(‘cleanse’ )ことになる、と広く信じられている。しかしながら、我々の最新の研究によると、市場への新規参入は、経済の崩壊(busts)期よりもブーム(booms)期におけるほうが盛んな一方で、市場からの退出率と市場から退出する企業のタイプは、景気循環の過程を通じて安定していることが見出されている。さらには、不況期に新規参入する企業は、ブーム期に新規参入する企業と比べると、規模が大きくて、生産性が高い傾向にあることも見出されている。すなわち、不況期には、「創造的破壊」(‘creative destruction’)ではなく、「創造的参入」(‘creative entry’)が起きているのだ。

「創造的破壊」は、現代の市場経済を突き動かす重要な原動力の一つである。市場経済においては、企業の(市場への)新規参入と(市場からの)退出が日々起きている。開業するプラントもあれば、閉鎖されるプラントもある。労働者が職場を移ったり職業を変えるのも珍しくない。市場経済において生じる「資源の再配分」(reallocation)の規模はかなりのものであることが、経済学の分野における過去数十年間にわたる研究を通じて明らかになり始めている [1] 原注;Dunne, Roberts, and Samuelson (1989) および Davis, Haltiwanger, and Schuh (1996) による先駆的な研究を参照せよ。。創造的破壊は、例外的な現象ではなく常態であり、良好に機能する市場経済にとって欠かせない。資源が再配分される過程ではミクロの企業(あるいは、産業)レベルでの上下動(あるいは、浮き沈み)が生じるが、それに伴って、新製品の導入や新技術の実用化、生産資源の生産的な用途への移動が進むことになるのである。

現代の市場経済においては、ミクロレベルにおいてだけではなく、マクロ経済レベルでも上下動(浮き沈み)が繰り返されている。ブームと不況が交互に――時に穏やかに、時に過酷に――生起する景気循環にしょちゅう見舞われており、景気循環の安定化を図ることは多くの政府にとって主要な政策目標の一つとなっている。ところで、マクロ安定化政策(景気循環の安定化を目的としたマクロ経済政策)に乗り出す前に、問うておかねばならないことがある。マクロ経済レベルでの変動――景気循環――とミクロ(個別の企業、産業)レベルでの変動――創造的破壊――との間にはどんな結び付きがあるのだろうか? マクロ経済レベルでの変動が良好に機能する市場経済の一側面たる「資源の再配分」プロセスを反映しているに過ぎないとしたら、景気循環はそれほど問題じゃないということになるかもしれないのである。

経済学者の間で持て囃(はや)されている見解の一つによると、景気循環は次々と生起する創造的破壊の表れだとされている。ブームは「創造」が急速に進む時期であり、不況は「破壊」が急速に進む時期、というわけだ。それゆえ、景気循環を安定化しようとする試みは、「資源の再配分」という健全なプロセスを阻害する可能性があると見なされることになる。言い換えると、不況は長い目で見るとそれほど悪いものじゃないということになる。不況期には、非効率的な生産単位(企業)が淘汰されて、経済システムの浄化 [2] 訳注;あるいは、新陳代謝が促されるからだというのである [3] 原注;この見解に理論的な観点から検討を加えている研究として、例えば Caballero and Hammour(1994) を参照せよ。。しかしながら、すべての経済学者がこの見解に同意しているわけではない。正反対の見解に立って、不況期にはむしろ「資源の再配分」のペースが鈍ることになる――不況期には、創造と破壊のペースが落ちることになる――と考える研究者もいる [4] 原注;例えば、Barlevy(2002) や Caballero and Hammour(2005) を参照せよ。。こちらの見解からすると、不況はやはり悪いということになる。

このように経済学者の間でも意見が分かれている状況であり、マクロ安定化政策の立案・実施を担う政策当局者にとっても、景気循環の過程で生じる「資源の再配分」の実態がどうなっているかを知ることは重要な課題であると言えよう。まさにこの問題にメスを入れているのが我々の最新の論文である(Lee and Mukoyama, 2007)。具体的には、アメリカの製造業部門を対象に、米国勢調査局(US Census Bureau)が集めているプラントレベルのデータを利用して [5] 原注;我々の研究では、1972年から1997年までの工業統計調査(Annual Survey of Manufactures)を利用している。、景気循環の過程におけるプラントの新規開業(誕生)と閉鎖(死)の実態がどうなっているかを詳細に検討したのである。我々の研究を通じて明らかになったことをまとめると、以下のようになる。プラントの開業率(一年の間に新たに開業したプラントの割合)は、不況期よりもブーム期のほうがずっと高い一方で、閉鎖率(一年の間に閉鎖されたプラントの割合)は、ブーム期と不況期とで違いが見られない。興味深いことには、不況期に開業するプラントとブーム期に開業するプラントとの間には雇用と生産性の面で大きな違いが見られる一方で、不況期に閉鎖されるプラントとブーム期に閉鎖されるプラントとの間には雇用と生産性の面でそれほど違いが見られない。もう少し具体的に言うと、不況期に開業するプラントは、ブーム期に開業するプラントと比べて、規模が大きくて(それゆえ、より多くの雇用を生み)、生産性が高い傾向にあるのである。その一方で、繰り返しになるが、不況期に閉鎖されるプラントとブーム期に閉鎖されるプラントとの間では規模(雇用)と生産性の面でそれほど違いが見られないのである。

以上の結果は、マクロレベルでの「景気循環」とミクロレベルでの「資源の再配分」との関係について再考を迫ることになる。不況の浄化効果(cleansing effect of recessions)を称える陣営の間では、「破壊」(あるいは、退出・閉鎖)を通じて経済システムの浄化が促されると信じ込まれている。既存プラントにおける雇用破壊(job destructions)が極めて反循環的である [6] 訳注;雇用破壊がブーム期には減少し(あるいは、破壊のペースが低下し)、不況期には増加する ことを見出した先行研究がその裏付けとなっているが、我々の研究によると、破壊(退出・閉鎖)の面ではこれといって特別なことは起きていないことが見出されている。先にも述べたように、ブーム期に閉鎖されるプラントと不況期に閉鎖されるプラントは(雇用や生産性の点で)似たような特徴を備えている。不況期には、生産性の低いプラント――ブーム期であれば、操業を続けられたであろうプラント――の大規模な破壊が起きる・・・というわけでは必ずしもないのである。不況に陥って、プラントの操業を続けることが困難になると、雇われている従業員の一部が解雇されて雇用の縮小が進む傾向にあるが、不況に陥ったからといって、非効率的な既存企業(既存のプラント)が一気に一掃されるわけではなさそうなのだ。生産性の低い企業が淘汰されるのは確かだが、それは不況期だけに限られる話ではない。破壊を通じて働く浄化は、景気循環の全局面を通じて――ブーム期だろうと、不況期だろうと変わらずに――絶えず起きており、不況期に起こる破壊とブーム期に起こる破壊との間で特徴の面でこれといった違いは見られないのである。

とは言え、マクロレベルでの「景気循環」とミクロレベルでの「資源の再配分」との間には何の結び付きもないということを意味するわけではもちろんない。そういうわけで決してなく、市場への新規参入は極めて順循環的 [7] 訳注;市場への新規参入は、不況期よりもブーム期におけるほうが盛んなのである。先にも述べたように、新規参入する企業(あるいは、新たに開業するプラント)のタイプはブーム期と不況期とで大きく異なっているわけだが、そうなっているのは景気循環の過程で何らかの重要な選別プロセスが「参入」の面において働いているせいなのかもしれない。ブーム期であれば、小規模で相対的に生産性の低い企業であっても参入することができる。景気がいいので、生産性の低い企業でも利潤をあげられる余地があるからだ。その一方で、不況期に新規参入して利潤を確保できるのは、生産性の高い(そして、規模の大きい)企業くらいのものだ。不況は、生産性の高いプラントだけを選別する――生産性の高いプラントだけに参入を許す――ことを通じて、経済全体の平均的な生産性を引き上げる効果を備えているのかもしれない。ただし、不況にそのような(経済全体の平均的な生産性を引き上げる)効果が備わっているとしたら、それは非効率的な既存のプラントが浄化(あるいは、淘汰)されるからというわけでは必ずしもない。生産性の高い企業だけが選び抜かれる(生産性の高い企業だけが新規参入できる)点こそがより重要なのだ。つまりは、景気循環に備わる効果を探るのであれば、企業の「退出」から「参入」へと焦点を移すべきなのだ。「破壊」(“destruction”)よりも「創造」(“Creation”)の方が重要なプロセスのだ。

我々が見出した結果は、以下にいくつか列挙するように、政策に対しても重要な意味合いを持っている。まず第1に、ブーム期に開業するプラントと不況期に開業するプラントのタイプに違いがあるという事実は、ブーム期よりも不況期の方が新規参入に対する障壁がずっと高い可能性を示唆している。そのような障壁は、経済全体の長期的な成長を損なうことになるかもしれない。新規のプラントは、イノベーションを体化していることが多い。いくつかの研究によると、新規のプラントの参入は、マクロ経済全体の生産性の伸びを高める重要な源泉の一つであることがわかっている。こういった理由からして、不況期において新規参入を阻害している要因は何なのかという疑問は、重要な問いとなる。おそらくその答えは、不況期には、ブーム期と比べると、創業(スタートアップ)のための初期投資に要するコストが高まるためか、資金調達が困難となるためなのであろう。

第2に、各種のマクロ安定化政策がどのような帰結を伴うかは、その政策が開業(参入)率と閉鎖(退出)率とに及ぼす効果に左右される可能性がある。我々の研究では、現実のデータと整合的なモデルを組み立てた上で、いくつかのシミュレーションを試みている。その結果の一部を紹介すると、解雇税を課す――従業員を解雇する企業に税金を課す――ようにすると、それに伴ってプラントの開業(参入)や閉鎖(退出)に影響が及ばないようであれば、景気循環の安定化につながる可能性が示されている。その理由は、解雇税が導入されると、人材の新規採用や解雇の頻度が抑えられるようになるからである―― [8]原注;Veracierto(2004) や Samaniego(2006) … Continue reading。しかしながら、我々の研究では、解雇税が導入されると、景気循環の過程を通じて開業率の変動――ブーム期における開業率と不況期における開業率の差――が大きくなり、その結果としてマクロの産出量の変動も大きくなる可能性が示されている。その理由は、解雇税の導入により、ブーム期にも不況期にも新規参入が抑制されることになるが、不況期においての方がその作用が強く出るからである。解雇税の影響を受けやすいのは、より多くの従業員を抱える――ということは、いつか苦境に陥った時に多くの人員を解雇する可能性が高い――規模の大きなプラントである。不況期に開業する可能性が高いのは規模の大きなプラントなのだから、不況期においての方が解雇税の作用(新規参入を抑制する効果)が強く出ることになるのである。

我々の研究は、新規参入(開業)のインセンティブに狙いを定めた政策の重要性を明らかにしている。マクロ経済の安定化を実現するための効果的な手段の一つは、補助金を給付するなどして不況期における新規参入を促進することにある。市場の非効率性(流動性制約のような、資本市場の不完全性等)が新規参入の障壁になっているとすれば、不況期における新規参入を促進することは経済厚生の面からしても望ましい政策であると言えよう。

最後になるが、我々が得た実証的な結果は、アメリカの製造業のデータに基づいているという点を強調しておきたい。今後に残された興味深い研究課題の一つとして、製造業以外の部門やアメリカ以外の国も対象に加えて、今のところ手にしている結果と突き合わせてみたいところだ。

<参考文献>

●Barlevy, G. (2002). “The Sullying Effect of Recessions,” Review of Economic Studies 69, 41-64.
●Caballero, R. J. and M. L. Hammour (1994). “The Cleansing Effect of Recessions,” American Economic Review 84, 1350-1368.
●Caballero, R. J. and M. L. Hammour (2005). “The Cost of Recessions Revisited: A Reverse-Liquidationist View(pdf)”, Review of Economic Studies72, 313-341.
●Davis, S. J., J. C. Haltiwanger, and S. Schuh (1996). Job Creation and Destruction, Cambridge, MIT Press.
●Dunne, T., M. J. Roberts, and L. Samuelson (1988). “Patterns of Firm Entry and Exit in US Manufacturing Industries”, RAND Journal of Economics19, 495-515.
●Lee, Y. and T. Mukoyama (2007). “Entry, Exit, and Plant-level Dynamics over the Business Cycle”, Federal Reserve Bank of Cleveland Working Paper 07-18.
●Samaniego, R. M. (2006). “Entry, Exit and Business Cycles in a General Equilibrium Model”, mimeo. George Washington University.
●Veracierto, M. L. (2004). “Firing Costs and Business Cycle Fluctuations(pdf)”, mimeo. Federal Reserve Bank of Chicago.

References

References
1 原注;Dunne, Roberts, and Samuelson (1989) および Davis, Haltiwanger, and Schuh (1996) による先駆的な研究を参照せよ。
2 訳注;あるいは、新陳代謝
3 原注;この見解に理論的な観点から検討を加えている研究として、例えば Caballero and Hammour(1994) を参照せよ。
4 原注;例えば、Barlevy(2002) や Caballero and Hammour(2005) を参照せよ。
5 原注;我々の研究では、1972年から1997年までの工業統計調査(Annual Survey of Manufactures)を利用している。
6 訳注;雇用破壊がブーム期には減少し(あるいは、破壊のペースが低下し)、不況期には増加する
7 訳注;市場への新規参入は、不況期よりもブーム期におけるほうが盛ん
8 原注;Veracierto(2004) や Samaniego(2006) も参照せよ。Samaniegoのモデルでは、開業率が内生的に決定される設定になっているが、開業率は景気循環の過程を通じてほとんど変動しないという結果が得られている。
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