ラルス・クリステンセン 「アイケングリーンが欧州の政策当局者に推薦する図書リスト」(2012年8月14日)

●Lars Christensen, “Eichengreen’s reading list to European policy makers”(The Market Monetarist, August 14, 2012)


バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)がProject Syndicateに記事を寄稿しているが、夏季休暇に入るヨーロッパの政策当局者に向けて、休みの間に読むべき推薦図書を紹介している。その一部を引用しておこう。

推薦図書リストの最上位にくるのは、ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)&アンナ・シュワルツ(Anna Schwartz)の二人の手になる『A Monetary History of the United States』(「合衆国貨幣史」)である。この本ではアメリカの貨幣史をテーマにワクワクするような物語が綴(つづ)られているが、本書の核心部と言えるのは大恐慌(Great Depression)を対象とした章だ [1] … Continue reading。その章では、加速する危機に対するFRBの不適切な対応ぶりが告発されている。

相次ぐ銀行倒産の波――1930年後半に最初の波が到来し、1931年と1933年に次の波が押し寄せた――を横目で見て、手をこまねいているFRB。「FRBは、傍観の姿勢を貫くのではなく、迅速な対応に出るべきだったのだ」。フリードマン&シュワルツは、そう批判したと一般的には理解されている。しかしながら、フリードマン&シュワルツの議論を注意深く跡付けてみると、FRBに対する彼らの最も厳しい批判は別のところに向けられていることがわかる。「FRBの面々は、1930年の上半期に債券購入プログラムの導入に向けて足並みを揃えるべきだった。そうすることを通じて、銀行倒産を事前に防ぐべきだったのだ」。FRBの不手際の中でも何にも増して厳しく糾弾すべきはこの点にある、というのがフリードマン&シュワルツの見立てなのだ。

ECB(欧州中央銀行)の政策理事会の面々がこのメッセージを心にとどめておきさえすれば、それをうまく役立てることも可能なはずだ。ECBは、(2012年の)8月2日に、状況次第では積極的な行動に踏み切る用意がある旨を明らかにした [2]訳注;国債買取プログラム(Outright Monetary Transactions; … Continue readingが、今のところはこれといって具体的な行動を何も起こしていない。フリードマン&シュワルツの『合衆国貨幣史』に目を通せば、ECBの面々も気付くことだろう。一旦危機に陥った後にそこから抜け出すことに尽力するよりは、そもそも危機に陥らないように先手を打つ(危機の回避に向けて力を尽くす)方が得策だということを。

その通り。まったくその通りだ。ヨーロッパの政策当局者たちが『合衆国貨幣史』に目を通してその内容をきちんとかみ締めていたら、現在のような危機には陥らずに済んでいたことだろう。

アイケングリーンの推薦図書リストには他にも何冊か掲げられている [3]訳注;他には、チャールズ・キンドルバーガー(Charles Kindleberger)の『The World in Depression, … Continue readingが、私には極めて重要に思える本が抜けているようだ。その本というのは、アイケングリーン自身の手になる『Golden Fetters』(「金の足枷」)だ。大恐慌の国際金融的な側面を理解したければ、この本を読むべきだ。大恐慌の国際金融的な側面を理解すれば、現在の危機の背後にある国際金融的な要因についてもより深く理解できるようになるだろう。『金の足枷』の中に出てくる「金本位制」という言葉を「ドル本位制」に読み替えれば、現下の危機が長引いている理由について深く理解できるようになるのだ。大恐慌が引き起こされた原因は、ヨーロッパで「金(ゴールド)に対する超過需要」が発生したことにあった [4]訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●ジェームズ・ハミルトン … Continue reading。その一方で、現在の危機の背後には、「ドルに対する超過需要」が控えている。ヨーロッパの政策当局者たちは、『金の足枷』の中でも、自分たちの前任者が1931年~32年の間に犯した過ちに関する記述を特に念入りに咀嚼(そしゃく)すべきだろう。

いつの日か、『Green Fetters』(「ドルの足枷」 [5] … Continue reading)というタイトルの本を書いてみたい、というのが私の野望だ。質の面では『Golden Fetters』には決して太刀打ちできないだろうが、主題に関しては瓜二つということになるだろう。欠陥を抱えた通貨レジームに異常なまでに固執し、その結果として、世界経済に悲惨な帰結がもたらされる [6]訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●アイケングリーン&テミン … Continue reading、という筋立てだ。世の政策当局者たちには、こう訴えたいものだ。ほんの少しでいいから、歴史に学んでくれ、と。

アイケングリーンの記事を教えてくれたDavid Altenhofenに感謝。

(追記)アイケングリーンがこちらの記事でECBとFRBの傍観者ぶりに批判を加えている。ドイツ語の記事だが、興味のある向きはあわせて参照されたい。

<関連エントリー>

Between the money supply and velocity - the euro zone vs the US
International monetary disorder - how policy mistakes turned the crisis into a global crisis
1931-33 - we should learn something from history
Recommend reading for aspiring Market Monetarists

References

References
1 訳注;『合衆国貨幣史』の邦訳は残念ながらまだ無いが、大恐慌を扱った章(第7章)に関してはそこだけを抜き出して訳されている。次の本がそれ。 ●ミルトン・フリードマン、アンナ・シュウォーツ(著)/久保 恵美子(訳)『大収縮 1929-1933』(日経BP社、2009年)
2 訳注;国債買取プログラム(Outright Monetary Transactions; OMT)の実施に向けた発表のことを指している。財政破綻の懸念がある国(イタリアやスペインなど)の国債利回りを低く抑えることがOMTの主たる狙い。
3 訳注;他には、チャールズ・キンドルバーガー(Charles Kindleberger)の『The World in Depression, 1929-1939』(邦訳『大不況下の世界――1929-1939』)に、ロン・チャーナウ(Ron Chernow)の『Alexander Hamilton』(邦訳『アレグザンダー・ハミルトン伝』)、バーバラ・タックマン(Barbara Tuchman)の『The Guns of August』(邦訳『八月の砲声』)が挙げられている。キンドルバーガーの『大不況下の世界――1929-1939』を薦める理由としては、次のように語られている。「危機を回避する上では――(危機を回避することができなかった場合には)一旦陥ってしまった危機からうまく抜け出す上では――、リーダーシップが必要というのがキンドルバーガーの主張のポイントだ。もっと具体的に言うと、経済面で余力があり(経済大国であり)、その余力を行使する意志を備えた国家によるリーダーシップが必要だというのだ。・・・(中略)・・・現在のヨーロッパでその役目を担い得る能力を持っているのは・・・ドイツだけである。・・・(中略)・・・ドイツがこの種のリーダーシップを発揮すれば、(ユーロ圏内の)その他の国々も速やかにそれに従うだろうし、そうなればヨーロッパを悩ませている危機も終息に向かって大きく前進することだろう」(キンドルバーガーのこの本に対するアイケングリーンの見解については、デロングと二人で執筆している次の論説もあわせて参照されたい。 ●ブラッド・デロング&バリー・アイケングリーン 「チャールズ・キンドルバーガーへの新しい序文:『大不況下の世界 1929-1939』」(RIETI, 世界の視点から;原文はこちら))。チャーナウの『アレグザンダー・ハミルトン伝』を薦める理由としては、次のように語られている。「(初代大統領であるジョージ・ワシントンの下で財務長官を務めた)ハミルトンは、戦費を調達するために各州政府が負った債務の返済責任を連邦政府がすべて引き受けるべきだと語った。・・・(中略)・・・我々が抱えている問題は、当時のアメリカが抱えていた問題よりもずっと厄介だ、とヨーロッパの政府高官たちは語ることだろう。ヨーロッパには連邦政府のようなものは存在しないし、そういう存在を拵(こしら)えようとの意欲も感じられないのは確かだ。しかしながら、ハミルトンが成し遂げた成果をつぶさに振り返ってみてわかることは、当時のアメリカでも、現在のヨーロッパにおいてと引けを取らないくらい、連邦主義(強い連邦政府の必要性を説く主張)に対する忌避感は強かったということである。独立戦争後のアメリカで立ち現れることになった政体が拵えられるためには、明確なビジョンを持つだけではなく、政治的な駆け引きにも長(た)けた政治家たちの存在が欠かせなかったのだ」。最後に、タックマンの『八月の砲声』を薦める理由としては、次のように語られている。「他から切り離してそれだけを取り上げるとまっとうに思える一つひとつの決定も、それらすべてが積み重なることで、ヨーロッパ中を巻き込んだ第一次世界大戦という名の『意図せざる結果』が引き起こされることになった。タックマンは、その様を巧みに描き出している。現在のヨーロッパで戦争が迫っていると予測する人間は誰もいないだろう。しかしながら、(国家間の)外交の世界で当てはまること――一つひとつの決定は一見するとまっとうに思えても、ゲーム(交渉)の大詰めの部分に誰も注意を払わないようだと、最終的に大激震に見舞われる可能性があるということ――は、国際金融の世界でも同様に当てはまるのだ。現在のヨーロッパは、金融版サラエボ事件が勃発する寸前のところに、危ういほど近付いているのだ」。
4 訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●ジェームズ・ハミルトン 「1931年のヨーロッパで何が起こったのか?」(2014年4月17日)
5 訳注;”Green”というのは「ドル紙幣」を指している。南北戦争時に発行された裏面が緑色の紙幣にちなんで、ドル紙幣のことを「グリーンバック」と呼ぶこともある(現在は、両面ともに緑色のインクを使って印刷されている)。
6 訳注;この点については、本サイトで訳出されている次の記事もあわせて参照されたい。 ●アイケングリーン&テミン 「『金の足かせ』と『紙の足かせ』」(2014年9月24日)
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