ラルス・クリステンセン 「フリードマンの警告 ~無理な通貨統合は政治的な不和を招く~」(2013年4月1日)

●Lars Christensen, ““The Euro: Monetary Unity To Political Disunity?””(The Market Monetarist, April 1, 2013)


ユーロ危機の再燃は経済・金融面の問題を悪化させるだけにとどまらない。おそらくもっと重要な問題としてヨーロッパ内部において深刻な政治的な不和を招き寄せる恐れがあるのだ。スペインの大手新聞であるエル・パイス(El Pais)の記事でドイツのメルケル首相が(幾分不当にも)ヒトラーになぞらえられているのがいい例だが、既にその兆候は表れている。ドイツ人がスペインやギリシャ、キプロスといった国々に旅行に出かけてもこれまでと同じような待遇は期待できないだろうことは確かである。

ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)が通貨同盟や固定為替相場制をテーマに書いた記事なり論文なりをこれまでに読んだことがある人ならヨーロッパ内部で政治的な不和が招かれつつあると聞いても大して驚きもしないことだろう。中でもフリードマンが1997年に執筆した記事である“The Euro: Monetary Unity To Political Disunity?”(「ユーロ:政治的な不和を招く通貨統合?」)は先見の明に溢れている。

なぜユーロがダメなアイデアだと言えるのかについてフリードマンは次のように語っている。

それとは対照的なのがヨーロッパ共同市場である。ヨーロッパ共同市場は共通通貨の導入に不向きな条件が揃っている例の一つなのだ。ヨーロッパ共同市場を構成する異なる国々の間では言語も違えば慣習も違う。どの国の住民も共通市場あるいは「ヨーロッパ」という理念に対してよりも自分が生まれ育った国に対してずっと大きな忠誠心と愛着を持っている。ヨーロッパ共同市場の域内では財や資本の自由な移動が認められてはいるものの、財の移動にしても資本の移動にしてもアメリカ国内の異なる州の間においてのほうがずっと盛んである。

ブリュッセルにある欧州委員会が支出する予算の額は加盟国政府すべてをひっくるめた予算総額に比べるとごくわずかなものである。欧州連合で働く官僚たちではなく加盟国政府一つ一つこそがヨーロッパ共同市場の域内で重要な役割を担う政治的なプレイヤーなのだ。さらには、アメリカよりもヨーロッパにおいてのほうが財市場や労働市場に対する規制は多く、規制の中身にしても域内の国ごとに違いがある。その違い(規制の中身の違い)はアメリカ国内の州ごとに見られる違いよりもずっと大きい。そういった事情もあってヨーロッパではアメリカと比べて価格や賃金の硬直性が高く、労働力の(国境を越えた)移動も乏しい結果となっている。こういった条件の下では柔軟に変動する為替レートが極めて有用な調整メカニズムの役割を果たすことになるのだ。

例えば、ある国が負のショックに襲われて他の国よりも賃金を引き下げる必要に迫られたとしよう。とは言っても、国内の無数にわたる職種の賃金を実際に引き下げる必要も労働力の国外移動に頼る必要もない。為替レートという価格の変化(名目為替レートの減価)を通じて賃金の引き下げと同様の効果を生み出すことができるのだ。フランスは「強いフラン」(“franc fort”)政策を堅持したために東西ドイツの統一に伴うショックを和らげる手段として為替レートの変化に頼ることができなかった。その結果としてフランスは大きな困難に見舞われることになったわけだが、この例は「為替レートの変化を許さない」との政治的な決定に伴うコストがいかに大きなものであるかを物語っている。また、イギリスは数年前に欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱して再び変動相場制に戻ったが、イギリス経済はその後順調な成長を遂げることになった。この例も為替レート(の変化)が調整メカニズムとしていかに有用なものであるかを物語っている。

ユーロ圏の一部の国が負のショックに襲われた場合、価格や賃金の下方硬直性のためにユーロ圏全体に厄介な問題が引き起こされる可能性がある。フリードマンは正しくもそう指摘しているわけだ。

そのようにして引き起こされる問題は決して無視できないものだ。仮に無視されるようであればヨーロッパ内部に(政治的な分裂とまではいかなくとも)政治的な不和が招き寄せられる可能性が高い。フリードマンの言葉に耳を傾けよう。

(共通通貨である)ユーロの導入を求める声の背後には経済学的な理屈ではなく政治的な思惑が控えている。ドイツとフランスの結び付きを強めてヨーロッパでこの先二度と戦争が起こらないようにしよう。ヨーロッパ合衆国の実現に向けて足場を固めよう。そのための手段としてユーロを導入しよう、というわけだ。しかしながら、ユーロの導入はそれとは正反対の効果を生むに違いないというのが私の意見だ。ユーロの導入は(域内の国々の間での)政治的な緊張を高める可能性がある。為替レートの変化を通じて容易に対処可能であったはずのそれぞれの国に特有なショックをヨーロッパ内部で不和を引き起こす政治的な争点に変えてしまう恐れがあるからだ。政治的な統合が前もって保たれていれば通貨統合も速やかに進む可能性がある。それとは対照的に、適当な条件が揃っていない中での通貨統合は政治的な統合を阻む障害となることだろう。

喜ばしいこととは言えないが、過去数週間の間に起こった出来事はフリードマンの正しさをまたもや証明してしまったようだ。

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