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ジョセフ・ヒース「ポリティカル・コレクトネスについて付記」(2015年6月8日)

More on political correctness
Posted by Joseph Heath on June 8, 2015 | education

オタワ・シチズン紙に論説(『カナダの大学教授はなぜ学生を恐れないか』を寄稿し今日掲載された〔日本語訳はここで読める〕ことで、どうやら私は今現在、ポリティカル・コレクトネスに関して無敵の人になっているようだ。そもそものきかっけは、アメリカの単科大学――特にリベラル・アーツ系の小さな単科大学(カナダだとノバスコシア州を除けばほとんど存在しないタイプの大学)――で何か馬鹿騒ぎが起こるたびに、概して「総合大学」が悪評を浴びる事態に、私が苛ついたことにある。カナダの総合大学に問題があるのを否定はしないが、アメリカで起こっている出来事は全て、カナダでも同じように起こっているに違いないと単純仮定するのは止めて、カナダの問題についてはカナダの総合大学に依拠して議論するのが良いんじゃないか、と。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「左派の中心的課題は事前分配である」(2014年4月3日)

The central challenge for the left in Canada
Posted by Joseph Heath on April 3, 2014
「カナダにおける左派の中心的課題」

前回のエントリを読んだ人は皆、オンタリオ州におけるNDPの最近の政策(特にNDPが、切迫している集合行為問題の解決よりも、富の再分配を優先していること)に強い賛意を呼び覚ますのに、私が非常に苦労しているのに感づいたに違いない。前回の論題について考えたことで、私は最近読んだサミュエル・ボウルズの『不平等と再分配の新しい経済学』の冒頭の一節を思い出した。

社会主義、急進的民主主義、社会民主主義、その他平等主義運動が勃興を極めてきたが、こういった運動が成功したのは、希少性の問題へと取り組むのを可能としている経済戦略に、分配の公平性要求を組み込むのに成功した場合であった。土地の耕作者への再分配、社会保険、平等主義的賃金政策、中央司令型経済、適切な医療や学校教育を万人に提供すること、これらが魅力的になっていたとしたら、分配の強化による経済的見返りが、経済システム全体のパフォーマンス向上に結びつけられると約束されていた場合であった。

このボウルズの文章は、完全に明晰とではないにしても、中心的主張は非常に重要だ。平等を高めようと試みとした時、既存の社会的生産物を単純に取り上げてから、再分配が可能である、と考えるのは間違えている。なぜなのか? それは大きな社会的軋轢を産み、結局は水泡に帰してしまうからだ。左派が、平等をより大きく促進するのに成功している状況があるとすれば、社会生産物の促進を行いつつ、そこでの利益を(裏側で進行している市場での様式とは相対的な形で)より平等主義的な方法で分配するスキームを提示している場合である。私の考えでは、この最適事例は、社会保障だ。社会保障は、重要な効率性の向上を達成しつつ、より大きな平等を促進することになる。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「『どこに投票しても同じじゃないか!』と嘆く若者のために:オンタリオ州に見る政治選択の黄金時代」(2014年4月1日)

The golden age of ideological politics in Ontario
Posted by Joseph Heath on April 1, 2014

不満を抱いた有権者――特に若者――による、主要な政党間に「違いがない」ので投票にする気にならない、との不満たまに聞くことがある。私は、こういった不満にあまり共感を持てないできた。特にカナダでは。ここでは主要政党間に非常に大きなイデオロギー的な隔たりが存在するからだ。もちろん、どの政党も、特定個人の固有の好みに応じようとはしていないだろう――結局、政党は大衆政党であり、数百万の人々の要求と要望に応じようとしている。ただそうはいっても、政党の意見表面が、非常に異なっているのを観察できていない人は、おそらく少し注意散漫だ。

これが顕著に具現化しているのが、今のオンタリオ州である。私が、このオンタリオ州の現状について想起したのは、ダニエルがケベックの実情について不満を鳴らしているのを読んだからだ。「ケベックでは、分配の公平性を中心軸とした伝統的な右・左の線引ではなく、(分離主義vs.連邦主義の)建国来の線引に頑固なまでに偏向してしまっている」とダニエルは毒づいている。実際、ケベックの政治制度は(ADQやCAQやQSの台頭によって1 )「標準化」しそうになる度に、「標準化」は一度限りの選挙で終わってしまい、古い建国来の中心軸に引き戻されてしまっているようだ。

対照的に、オンタリオ州の有権者は、3つの政党に極めて分かりやすい選択肢を保持している。3政党は、次期政権を樹立する可能性を有しており、3政党は、左右のイデオロギーを中心軸にした、明確に定義可能なポジションに立っている。これは、社会正義の基本的な問題に「関心を持つ」人(ないし、市場経済における国家の役割に関して確固たる見解を持つ人)からしてみれば、ある意味黄金時代となっているのだ。オンタリオ州においてNDP(新民主党)は正真正銘の左派政党であり、自由党は正真正銘の中道政党であり、保守党は正真正銘の右派政党である。ここで「正真正銘」とは何を意味するのかを、オンタリオ州において政治的議論を支配してきた問題、すなわち「公共交通機関」を俎上に載せて解説してみよう。 [Read more…]

  1. 訳注:ADQ、CAQ、QSは全てケベックの地域政党 []

ジョセフ・ヒース「人種差別を再定義する:伝統的人種差別と制度的人種差別」(2018年3月6日)

Redefining racism
Posted by Joseph Heath on March 6, 2018 | Ontario, race

最近世間でちょっとした意味論的〔言葉の定義使った〕お遊戯がよく行われているが、そういったお遊戯は分析する価値があるように思われる。(哲学者は「意味論的な問題」に拘ってよく批判を行うのだが、哲学者の誰かがそういった批判をこのお遊戯に対して行ったら良いんじゃないか? と) カナダ社会をあらゆる社会制度と十把一絡げにして、全面的かつ体系的に人種差別主義的である、と糾弾するのが、いたる所で非常にスタンダードになってきている。しかしながら、「人種差別」という言葉の使われ方には、重要な曖昧さがあるのだ。人種差別を批判する人達はしばしば、「人種差別」という言葉の2つの全く異なる意味をふらふらと言ったり来たりして使うことで、ある意味で批判の効力を弱めてしまっている。

ほとんどの人は「人種差別」という単語を耳にしたら、1960年代の公民権運動からお馴染みの意味で理解している。このタイプの「人種差別」は、何よりもまず、特定個人への侮蔑的な態度であり、その態度が他者への差別的な言動の実行に至っているもの――人種的特徴に基づいて一部の人を他者より優遇する行為――として解釈されている。こういった態度は、意識的かもしれないし、無意識的かもしれないし、あるいは人種差別的にあからさまかもしれないし、微妙かもしれないし、隠蔽されているかもしれない。重要なのは、(伝統的な理解における)人種差別とは、侮蔑的な態度として表明されたものであり、そうして表明されたことで人間関係の相互作用に体系的影響を及ぼすものである。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか? その2:児童ポルノ規制を巡って」(2015年8月25日)

Stephen Harper versus the intellectuals, part 2
Posted by Joseph Heath on August 25, 2015 | political philosophy, politics

トム・フラナガン事件

〔訳注:トム・フラナガン事件とは、カナダで非常に著名な保守系法学者であるトム・フラナガンの「児童ポルノ」に関する発言を巡って起こった炎上騒ぎである。フラナガンは、2006年まではハーパーの法律顧問を努め、超保守の地域政党ワイルドローズ党の立ち上げに参加する等、非常に保守色が強い法学者である。フラナガンはカナダ先住民の法的権利の撤廃を主張していることもあり、左派の活動家からは非常に憎まれてる人物でもある。
2013年、フラナガンは大学で講演を行い、講演後の質疑応答で児童ポルノに関する法的規制について問われた際に、カナダの児童ポルノ法が非実在の児童ポルノを規制していることへの反対を述べた。フラナガンに敵意を抱く活動家達は、このフラナガンの質疑から動画トリミングし、「フラナガンは児童ポルノ肯定論者である」とYoutubeやtwitter等SNSで大規模に拡散したことで、炎上事件となった。
炎上事件が起こったことで、フラナガンと関係があったハーパー政権と地域保守政党ワイルドローズ党の党首ダニエル・スミスはフラナガンを「児童ポルノ肯定論者」として強く批判する声明を出し、フラナガンは所属大学から辞職を強要され、マスメディアからも強く批判されるに至った。
フラナガンは、一連のバッシングに根気よく反論し、大学の辞職要求を拒否し、炎上を鎮圧化させている。〕

前回のエントリで〕トム・フラナガンに言及した人がいたので、フラナガンの「児童ポルノ」物語(フラナガンの自著”ペルソナ・ノン・グラータ〔村八分〕“に記録されている。短い要約はここで読める)の全体に、アカデミアの外ではあまり自明になっていないであろういくつかの事象を説明することで、私も少しだけ補足してみようと思う。フラナガンの政策や、彼が行ってきたカナダの公共空間への貢献に関しては、私を含め多くの人がほとんど共感を持っていない。ただそれでも、2013年の保守運動(当時ワイルドローズ党党首ダニエル・スミスと、スティーブン・ハーバーの官邸スタッフによって陣頭指揮が執られた)からフラナガンが耐えぬいた後には、ほとんど皆してフラナガンになんらかの同情を覚えたものだった。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「住宅の巨大化は、現世における多くの害悪の元凶である」(2015年6月4日)

These houses are the source of a great many problems in the world
Posted by Joseph Heath on June 4, 2015

私は先日、ブランプトンにある新興住宅開発区の近くをドライブしたついでに、少し車を止めて写真を撮ってきた。私は過去にも巨大な住宅を見てきたが、ここの住宅群には仰天した。まあとにかく、まずは住宅のサイズを見てほしい。住宅というより施設のようだ。(2台収納駐車場を見れば、住宅のスケール感を把握することができる。)さらに、下の写真ではよく見えないかもしれないが、この住宅群は、1~2エーカー〔4000~8000平方メートル〕区画にぽつねんと建っているのではない。住宅は密集して建設されており(このまま開発が進むなら)、おそらく100棟以上は建築されることになるだろう。

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ジョセフ・ヒース「人種差別と人種意識:『啓蒙思想2.0』没原稿より」(2014年5月28日)

On racism and race consciousness
Posted by Joseph Heath on May 28, 2014

私の本『啓蒙思想2.0』の抜粋を一連のシリーズとして、ナショナル・ポスト紙で4月14日から19日にかけて1週間掲載できたのはジョナサン・ケイおかげだ。感謝している。ただ紙面で、連載の最後の見出しが「人種差別を打ち負かす方法」と掲載されたことで、私は少し不利益を被っている(新聞を読む時には、見出しをつける人と、記事の執筆者が別人であることに覚えておくことは重要だ)。このような見出しで掲載されたことで、人種差別を克服するのに取り込み可能な簡単な処方箋が存在していると、まるで私が考えているかのように思われてしまった。(Ivor Tossellも、グローブ&メイル紙で、記事にして取り上げ、「ジョセフ・ヒースは、アメリカの人種差別問題を軽減させる診断と治療を、薄っぺらい3ページに纏めようとした」と批判している。)

アメリカにおける人種は「永遠の問題」である、と論じ続けている事実をもってして、この問題は近い将来に解決されると私が楽観視していないことを慮ってほしい。私が強調したかったのは、人種差別は人種意識のほとんど必然的な帰結であり、人種差別を撲滅する唯一の方法は、人種意識を取り除くことにある、ということだ。これを、簡単にできるだろう、と提案したつもりはなかった。(私は「可能な」解決策を示したが、「実施可能」だとは示していない。) [Read more…]

ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか?」(2015年8月24日)

Stephen Harper versus the intellectuals
Posted by Joseph Heath on August 24, 2015 | politics

スティーブン・ハーパー1 が首相だった時代を振り返ると、彼が統治に関して2つの重要な「発見」を行ったことがわかる。1つ目は、ケベックでの一切の支持がなくとも国を統治する方法を発見したことだ。2つ目は、インテリ層からの一切の支持がなくとも国を統治する方法を発見したことだ。

後者の芸当は、もちろん前者よりはるかに首尾よく実行できる。なぜなら、インテリは多数の票に影響を与えず、ごく少数の票田にクラスターとして群がるからだ。アメリカの共和党は、ずっと昔にインテリを見限っている。(2004年の大統領選の直前に、アメリカのインテリ達が集まって「ジョージ・W・ブッシュの再選を阻止しよう!」と訴えたニュヨーク・レビュー・ブックスの痛々しい号を今でも私は思い出すことができる。これは何も変えることができなかった。) [Read more…]

  1. 訳注:第28代カナダ首相(在任2006~2015年)。極右政党「カナダ改革党」を出自に持ち、後に2004年のカナダ保守党に結党に関与し党首に就任。2006年の総選挙後にカナダ首相に就任。 []

ジョセフ・ヒース「ナオミ・クライン、追記その2」(2015年4月12日)

Naomi Klein postscript no. 2
Posted by Joseph Heath on April 12, 2015 | environment

これがすべてを変える』を読んで、私はどこかノスタルジックな気分なった。今から10年以上も前の古き良き時代だ。当時、『ブランドなんかいらない』や『アドバスターズ1 』が大流行しており、〔アドバターズの編集長〕カール・ラースンは「『カルチャー・ジャミング2 』は、我らの時代の、60年代の公民権運動、70年代のフェミニズム、80年代の環境保護活動になるだろう」と宣言していた。アンドルー・ポターと一緒に「こいつら全部クソだぜ!」と叫んで楽しんでいたことを思い出した。 [Read more…]

  1. 訳注:カナダに本拠を置くカウンターカルチャーに大きな影響を持っている雑誌。「ウォール街を占拠せよ」で有名なオキュパイ運動等を先導している。 []
  2. 訳注:アドバターズによって提唱されている反資本主義運動。資本・大企業の洗脳に対抗するために、一般市民が資本・大企業のブランド広告等に対して文化的撹乱攻撃を仕掛けて認知不協和的を作り出し対抗しよようとする試みである。例えば、ナイキのスニーカーやヴィトンのバッグの代わりに、自前の「クール」なスニーカーやバッグを使用することで、ブランドによる洗脳価値観を錯乱・転倒させるようとする試みである。 []

ジョセフ・ヒース「大学教授のうっかりはマウント行動」(2017年9月5日)

Absent-mindedness as dominance behaviour
Posted by Joseph Heath on September 5, 2017 | academia

父はむかし、私にある話をした。その何年も前に、父は大学教授としてサスカチュワン大学1 のセントトーマス・モア・カレッジで歴史学を教えていた。父は車を運転して仕事に行き、駐車して、授業を教えに教室へ向かったものだった。しかし家に帰る時、自分がどこに駐車したのか思い出せない事がしょっちゅうあった。サスカチュワン大学は縦横無尽に拡がっている広大な駐車スペースを有する大学の一つだったので、父は何度も自分の車を探してさまよう事を余儀なくされたものだった。

父の教授としての生活は、かつて望んでいたものと比べるとはるかに失望するものへと変わった。それに加えて、同僚とのあらゆる種類の軋轢に巻き込まれていることに父は気が付いた。軋轢があまりにひどくなったので、ある日父はやっとのことで大学を辞職した。辞表を出して駐車場に向かい、辺りを探し回って車を発見し、家まで運転し、二度と大学には戻らなかった。父の話で愉快なのがここからだ。その後の人生の中で、自分の車をどこに停めたのかを忘れたのはその時が最後だった、と父は断言したのである。 [Read more…]

  1. 訳者注:カナダ・サスカチュワン州にある州立大学。 []