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ジョセフ・ヒース「人種差別を再定義する:伝統的人種差別と制度的人種差別」(2018年3月6日)

Redefining racism
Posted by Joseph Heath on March 6, 2018 | Ontario, race

最近世間でちょっとした意味論的〔言葉の定義をもてあそぶ〕お遊戯がよく行われているが、そういったお遊戯は分析する価値があるように思われる。(哲学者は「意味論的な問題」に拘ってよく批判を行うのだが、哲学者の誰かがそういった批判をこのお遊戯に対して行ったら良いんじゃないか? と) カナダ社会をあらゆる社会制度と十把一絡げにして、全面的かつ体系的に人種差別主義的である、と糾弾するのが、いたる所で非常にスタンダードになってきている。しかしながら、「人種差別」という言葉の使われ方には、重要な曖昧さがあるのだ。糾弾者達はしばしば、「人種差別」という言葉の2つの全く異なる意味をふらふらと言ったり来たりして使うことで、ある意味で批判の効力を弱めてしまっている。

ほとんどの人は「人種差別」という単語を耳にしたら、1960年代の公民権運動からお馴染みの意味で理解している。この場合の「人種差別」は、何よりもまず、特定個人への侮蔑的な態度であり、その態度が他者への差別的な言動の実行に至っているもの――人種的特徴に基づいて一部の人を他者より優遇する行為――として解釈されていた。こういった態度は、意識的かもしれないし、無意識的かもしれないし、あるいは人種差別的にあからさまかもしれないし、微妙かもしれないし、隠蔽されているかもしれない。重要なのは、(伝統的な理解における)人種差別とは、侮蔑的な態度として表明されたものであり、表明されたことで対人関係に系統的影響を及ぼすものである、ということだ。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか? その2:児童ポルノ規制を巡って」(2015年8月25日)

Stephen Harper versus the intellectuals, part 2
Posted by Joseph Heath on August 25, 2015 | political philosophy, politics

トム・フラナガン事件

〔訳注:トム・フラナガン事件とは、カナダで非常に著名な保守系法学者であるトム・フラナガンの「児童ポルノ」に関する発言を巡って起こった炎上騒ぎである。フラナガンは、2006年まではハーパーの法律顧問を努め、超保守の地域政党ワイルドローズ党の立ち上げに参加する等、非常に保守色が強い法学者である。フラナガンはカナダ先住民の法的権利の撤廃を主張していることもあり、左派の活動家からは非常に憎まれてる人物でもある。
2013年、フラナガンは大学で講演を行い、講演後の質疑応答で児童ポルノに関する法的規制について問われた際に、カナダの児童ポルノ法が非実在の児童ポルノを規制していることへの反対を述べた。フラナガンに敵意を抱く活動家達は、このフラナガンの質疑から動画トリミングし、「フラナガンは児童ポルノ肯定論者である」とYoutubeやtwitter等SNSで大規模に拡散したことで、炎上事件となった。
炎上事件が起こったことで、フラナガンと関係があったハーパー政権と地域保守政党ワイルドローズ党の党首ダニエル・スミスはフラナガンを「児童ポルノ肯定論者」として強く批判する声明を出し、フラナガンは所属大学から辞職を強要され、マスメディアからも強く批判されるに至った。
フラナガンは、一連のバッシングに根気よく反論し、大学の辞職要求を拒否し、炎上を鎮圧化させている。〕

前回のエントリで〕トム・フラナガンに言及した人がいたので、フラナガンの「児童ポルノ」物語(フラナガンの自著”ペルソナ・ノン・グラータ〔村八分〕“に記録されている。短い要約はここで読める)の全体に、アカデミアの外ではあまり自明になっていないであろういくつかの事象を説明することで、私も少しだけ補足してみようと思う。フラナガンの政策や、彼が行ってきたカナダの公共空間への貢献に関しては、私を含め多くの人がほとんど共感を持っていない。ただそれでも、2013年の保守運動(当時ワイルドローズ党党首ダニエル・スミスと、スティーブン・ハーバーの官邸スタッフによって陣頭指揮が執られた)からフラナガンが耐えぬいた後には、ほとんど皆してフラナガンになんらかの同情を覚えたものだった。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「住宅の巨大化は、現世における害悪の多くの元凶である」(2015年6月4日)

These houses are the source of a great many problems in the world
Posted by Joseph Heath on June 4, 2015

私は先日、ブランプトンにある新興住宅開発区の近くをドライブしたついでに、少し車を止めて写真を撮ってきた。私は過去にも巨大な住宅を見てきたが、ここの住宅群には仰天した。まあとにかく、まずは住宅のサイズを見てほしい。住宅というより施設のようだ。(2台収納駐車場を見れば、住宅のスケール感を把握することができる。)さらに、下の写真ではよく見えないかもしれないが、この住宅群は、1~2エーカー〔4000~8000平方メートル〕区画にぽつねんと建っているのではない。住宅は密集して建設されており(このまま開発が進むなら)、おそらく100棟以上は建築されることになるだろう。

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ジョセフ・ヒース「人種差別と人種意識:『啓蒙思想2.0』没原稿より」(2014年5月28日)

On racism and race consciousness
Posted by Joseph Heath on May 28, 2014

私の本『啓蒙思想2.0』の抜粋を一連のシリーズとして、ナショナル・ポスト紙で4月14日から19日にかけて1週間掲載できたのはジョナサン・ケイおかげだ。感謝している。ただ紙面で、連載の最後の見出しが「人種差別を打ち負かす方法」と掲載されたことで、私は少し不利益を被っている(新聞を読む時には、見出しをつける人と、記事の執筆者が別人であることに覚えておくことは重要だ)。このような見出しで掲載されたことで、人種差別を克服するのに取り込み可能な簡単な処方箋が存在していると、まるで私が考えているかのように思われてしまった。(Ivor Tossellも、グローブ&メイル紙で、記事にして取り上げ、「ジョセフ・ヒースは、アメリカの人種差別問題を軽減させる診断と治療を、薄っぺらい3ページに纏めようとした」と批判している。)

アメリカにおける人種は「永遠の問題」である、と論じ続けている事実をもってして、この問題は近い将来に解決されると私が楽観視していないことを慮ってほしい。私が強調したかったのは、人種差別は人種意識のほとんど必然的な帰結であり、人種差別を撲滅する唯一の方法は、人種意識を取り除くことにある、ということだ。これを、簡単にできるだろう、と提案したつもりはなかった。(私は「可能な」解決策を示したが、「実施可能」だとは示していない。) [Read more…]

ジョセフ・ヒース「インテリは保守の首相になぜヒステリーを起こすのか?」(2015年8月24日)

Stephen Harper versus the intellectuals
Posted by Joseph Heath on August 24, 2015 | politics

スティーブン・ハーパー1 が首相だった時代を振り返ると、彼が統治に関して2つの重要な「発見」を行ったことがわかる。1つ目は、ケベックでの一切の支持がなくとも国を統治する方法を発見したことだ。2つ目は、インテリ層からの一切の支持がなくとも国を統治する方法を発見したことだ。

後者の芸当は、もちろん前者よりはるかに首尾よく実行できる。なぜなら、インテリは多数の票に影響を与えず、ごく少数の票田にクラスターとして群がるからだ。アメリカの共和党は、ずっと昔にインテリを見限っている。(2004年の大統領選の直前に、アメリカのインテリ達が集まって「ジョージ・W・ブッシュの再選を阻止しよう!」と訴えたニュヨーク・レビュー・ブックスの痛々しい号を今でも私は思い出すことができる。これは何も変えることができなかった。) [Read more…]

  1. 訳注:第28代カナダ首相(在任2006~2015年)。極右政党「カナダ改革党」を出自に持ち、後に2004年のカナダ保守党に結党に関与し党首に就任。2006年の総選挙後にカナダ首相に就任。 []

ジョセフ・ヒース「ナオミ・クライン、追記その2」(2015年4月12日)

Naomi Klein postscript no. 2
Posted by Joseph Heath on April 12, 2015 | environment

これがすべてを変える』を読んで、私はどこかノスタルジックな気分なった。今から10年以上も前の古き良き時代だ。当時、『ブランドなんかいらない』や『アドバスターズ1 』が大流行しており、〔アドバターズの編集長〕カール・ラースンは「『カルチャー・ジャミング2 』は、我らの時代の、60年代の公民権運動、70年代のフェミニズム、80年代の環境保護活動になるだろう」と宣言していた。アンドルー・ポターと一緒に「こいつら全部クソだぜ!」と叫んで楽しんでいたことを思い出した。 [Read more…]

  1. 訳注:カナダに本拠を置くカウンターカルチャーに大きな影響を持っている雑誌。「ウォール街を占拠せよ」で有名なオキュパイ運動等を先導している。 []
  2. 訳注:アドバターズによって提唱されている反資本主義運動。資本・大企業の洗脳に対抗するために、一般市民が資本・大企業のブランド広告等に対して文化的撹乱攻撃を仕掛けて認知不協和的を作り出し対抗しよようとする試みである。例えば、ナイキのスニーカーやヴィトンのバッグの代わりに、自前の「クール」なスニーカーやバッグを使用することで、ブランドによる洗脳価値観を錯乱・転倒させるようとする試みである。 []

ジョセフ・ヒース「大学教授のうっかりはマウント行動」(2017年9月5日)

Absent-mindedness as dominance behaviour
Posted by Joseph Heath on September 5, 2017 | academia

父はむかし、私にある話をした。その何年も前に、父は大学教授としてサスカチュワン大学1 のセントトーマス・モア・カレッジで歴史学を教えていた。父は車を運転して仕事に行き、駐車して、授業を教えに教室へ向かったものだった。しかし家に帰る時、自分がどこに駐車したのか思い出せない事がしょっちゅうあった。サスカチュワン大学は縦横無尽に拡がっている広大な駐車スペースを有する大学の一つだったので、父は何度も自分の車を探してさまよう事を余儀なくされたものだった。

父の教授としての生活は、かつて望んでいたものと比べるとはるかに失望するものへと変わった。それに加えて、同僚とのあらゆる種類の軋轢に巻き込まれていることに父は気が付いた。軋轢があまりにひどくなったので、ある日父はやっとのことで大学を辞職した。辞表を出して駐車場に向かい、辺りを探し回って車を発見し、家まで運転し、二度と大学には戻らなかった。父の話で愉快なのがここからだ。その後の人生の中で、自分の車をどこに停めたのかを忘れたのはその時が最後だった、と父は断言したのである。 [Read more…]

  1. 訳者注:カナダ・サスカチュワン州にある州立大学。 []

ジョセフ・ヒース「移民についてのカナダ特殊論」(2017年7月1日)

Canadian exceptionalism
Posted by Joseph Heath on July 1, 2017 | Canada, immigration, multiculturalism

先日のことになりますが、イギリスの選挙ではジェレミー・コービンが躍進し、フランスではマクロンが現象を巻き起こすことになりました。この両出来事を受けて、右派ポピュリズムの熱狂は崩壊し始めている、といった楽観論が見られます。こういった楽観論が現れたのは、ドナルド・トランプ、彼の存在がある程度は理由になっているでしょう。トランプの選挙とそれに引き続いた彼の言動は、醜悪なアメリカ人の完全な自己標本のようなものになっていました。このトランプの一連の言動は、他国の有権者に「トランプに権力を与えた熱狂を我々は克服しているのだ」と思わせ、これらの国におけるポピュリズムの趨勢に相当のダメージを与えたことは疑うまでありません。(思うにこのトランプの言動はフランスでの出来事において重要な要因になっていました。)

ほんの数ヶ月前だと、〔このような楽観論は全く存在せず〕様々な事情は全く異なって認識されていたのです。当時、カナダでは排外主義が勢いづくような兆候が〔諸外国と比べて〕例外的に観察されず、カナダは特殊なのではないのか、といった議論が国内に蔓延することになりました。私たちカナダ国民皆が見た、ジャスティン・トルドーが笑顔でシリア難民を空港で歓迎している写真が、世界中の新聞に転載されたのです。そして写真が掲載されたことで、カナダ人の多くが、我が国はなぜ特殊なんだろう、と不思議に思うことになりました。

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ジョセフ・ヒース「一分でわかる保守派の反理性主義の歴史」(2015年4月)

Joseph Heath, “A one-minute history of conservative anti-rationalism” (In Due Course, April, 2015)

〔訳注:本稿では、理性および理由という意味を強調するために原文における「rationalism」という言葉を、邦訳『 啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために』栗原百代訳, NTT出版, 2014年で使われている「合理主義」ではなく、「理性主義」と訳出しています。〕

左派の反理性主義はこれまでずっと害悪を撒き散らしてきたが、同時に左派が反理性主義でいるのは自分自身を破滅に至らしめる行為であると指摘しておきたい。というのも、左派というのはどんな形であれ常に進歩というアイディアにコミットしており、進歩とは理性の働きに依拠するものだからだ。我々の社会の中のおける社会的・経済的問題のほとんどは複雑であり、解決するには巧みさと集団行動が必要である。これらは直感に従えば成しえるというものでは、けしてない。そのためアメリカの「リベラル」が自分たちを「進歩派(プログレッシブ)」と再ブランディングしているのには大きな利点がある。はじめに、アメリカで使われている「左派」の同義語としての「リベラル」という言葉は語源的に根拠薄弱だし、歴史的に見て不正確であり、他の英語圏での使われ方と一致しない。ふたつめに、「進歩派」対「保守派」というのは、抽象的な「左派」「右派」より、政治的に何が問題とされているのかを実際によりはっきり捕らえている。左派と右派を分ける核になっているものはフランス革命とその後の反応であり、左派とは理性的洞察を道具として使ってより正しい社会を発展させることにコミットするものであり、右派とはその結果を恐れるか或いは「発展」という価値観に懐疑的なひとびとのことだった。なので、保守派の反理性主義は長い歴史と際立った伝統がある。いやまったく、反理性主義というのは歴史を通して存在する「保守派」の多様なイデオロギーに共通する数少ないもののひとつだ。最初であり最も有名なバージョンは、エドマンド・バーク(または20世紀にはマイケル・オークショット)に最も良く例示される進化論的保守主義の類である。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「将来世代に負担を残すなと言っている人は、嘘を付いてる冷笑家? それともバカなだけ? 永遠の疑問」(2015年1月25日)

Cynicism or stupidity? the eternal questionPosted by Joseph Heath on January 25, 2015 | environment, politics

先日ダボスで、財務大臣のジョー・オリバーはカナダは均衡財政を維持する決意を表明した。オリバーは、均衡財政を世代間の公平性に関したよくある言い回しの「道徳的的問題」として説明してみせた。「我らの子供ら、孫らに、今日の我らが負っている歳出を負担させることは、間違えていると皆さんも考えているでしょう…」

しかしながら、学があるほとんどの人がご存じなように、これは経済的誤謬である。一家総出でレストランで食事して、食べ終えてから、親は勘定をばっくれて、子供たちに支払わせるようなものではない。政府がお金を借りた場合は、〔会計上の金融〕資産と負債が共に生み出され、このどちらもが将来世代に引き継がれることになる。つまり「我らの子供らや孫ら」を含めても状況はそのままなのだ(例えば、ある人がカナダの貯蓄債権を相続したとする。するとその人は〔債権から〕歳入を受け取る。一方で、別の誰かがその歳入への支払いに応じねばならない税負担を相続することになる)。これは、同一世代内での分配効果を持つことになるが、世代を跨いでの分配効果は持たない。唯一の世代を跨いだ問題は、我々が、今貯蓄するか、それとも消費すべきにあり、金利がゼロに近い場合は、この問いに答えるのはそれほど難しくない。 [Read more…]