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サンミン・オム, ティム・リー, ヨンソク・シン「産業のコンピュータ化と職のオートメイト化: 集計的生産性トレンドを繙く」(2018年7月4日)

Sangmin Aum, Tim Lee, Yongseok Shin, “Computerising industries and routinising jobs: Explaining trends in aggregate productivity“, (VOX,  04 July 2018)


過去三十年間が目撃したのは前代未聞の技術的発展だった。労働市場ひいては経済全体が、大きな衝撃をうけた。本稿では、オートメイト化とコンピュータ利用増加がこの過去三十年間の生産性トレンドにいかに作用してきたかを調査してゆく。調査結果が示唆するところ、オートメイト化は、ミクロレベルで生産性を上昇させた反面、集計的生産性 (aggregate productivity) にたいしては強いスローダウン効果を及ぼした。これは業種間・産業間の要素投入再配分に由来する。

「大不況 (Great Recession)」 後の緩慢な復興のなかにあって、先進諸経済にわたって見られる生産性成長スローダウンに多くの関心が集まっている (しばしば 「長期停滞 (secular stagnation)」 の名で呼ばれる; Teulings and Baldwin 2014を参照)。しかしじつは、このスローダウンは大不況に先行している。図1は合衆国の全要素生産性 (TFP) をプロットしたものだが、スローダウンはすでに2000年代中頃から顕わになっている。一部の人はこれを不可解に思うかもしれない。〈オートメイト化、そしてコンピュータ利用の増加は、生産性を向上させた〉というのが一般的な考えなのである。

図 1 集計的TFP (対数)

出典: National Income and Product Accounts (NIPA) from the Bureau of Economic Analysis (BEA).

長引くスローダウンは、前述の諸経済にとって大きな懸念である。高い失業率しかり、停滞するメディアン賃金しかり、これら経済が直面しているその他の喫緊の課題の多くとも、無関係ではないのだ。緩慢な生産性成長は雇用創出を阻害するほか、少なくとも一時的には富裕層に利するかもしれない。かれらは土地と資本のレント増加から便益を得るのである (Piketty 2014)。

さて Journal of Monetary Economics 特別号における最近の我々の論文では、オートメイト化およびコンピュータ利用の増加が過去三十年間の生産性トレンドに及ぼした作用の存否とその態様を調査している (Aum et al. 2018)。我々の発見が示唆するところ、じつはオートメイト化は、ミクロレベルでの生産性を向上させた反面、集計的TFP成長をスローダウンさせる強い要因だった。これは業種間・産業間でおこなわれた要素投入の再配分に由来する – 一部の業種・産業が平均以上の生産性成長を迎えるばあい、もしそれらが生産において補完的なものであるならば、生産資源は生産性成長のより低いところに再配分される。こうした事態が生ずると、高成長を迎えた業種と産業は相対的な重要性を減じ、集計的生産性成長にたいする寄与もますます少なくなり、結果として集計的生産性成長のスローダウンが起きる。

当然ここで疑問となるのは、なぜ2000年代中頃になるまで生産性成長スローダウンが具現化しなかったのかである。真相はこうだ。つまり合衆国は1960年代後半から1980年代前半にかけてすでに生産性スローダウンの局面を迎えていたのである。これはIT革命に数十年間さきだつ時期に見られた、新技術の波及につづくものだった (図1)。しかし1980年代中頃から2000年代前半にかけて、この動きは当時新興のコンピュータ産業の登場により相殺されまた一時的に圧倒されていたのだ。コンピュータ産業は爆発的な生産性成長をとげ、その産出物はあらゆる産業においてますます重要な生産要素となっていった (「コンピュータ化 (computerisation)」)。

2000年代に入りコンピュータ産業の生産性成長がスローダウンしてようやく、オートメイト化が集計的生産性成長に及ぼす負の効果が顕わになった (図2)。コンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェアの生産性成長は、他の産業と比較すれば依然として高いが、2000年代に入ってからは顕著なスローダウンが現われており、近年その傾向はいっそう強まっている。すでに数十年さきだつ時期から続いていたにもかわらず、〈集計的生産性スローダウンは2000年代に端を発する〉 との誤解が生まれるのは、まさにこの事情のためである。

図 2 コンピュータ産業TFPと全産業平均の対比 (対数)

出典: BEA Industry Accounts.

ルーティン化とコンピュータ化

Autor and Dorn (2013) 以来、信頼できるオートメイト化予測説としてルーティン化仮説が提起されてきた – より優れた機械や技術によって真っ先に置換されたのは、元来ルーティン的な性質をもつような職だった。しかしながら、ここで 「ルーティン化 (routinisation)」 と 「コンピュータ化 (computerisation)」 を区別しておくのは重要だ – オートメイト化が容易な職は、より多くのコンピュータ関連技術を利用する職と同じものではないのである。

図3では、業種をその1980年における平均賃金の順に並べたうえ、Autor and Dorn (2013) で用いられたルーティン化尺度を青でプロットしている。同論文は、ロアーミドル賃金業種にルーティン職傾向があること、そして他ならぬこれら業種こそが新技術により置換されてきたらしいことを示すものだった。 対照的に、相対的に高賃金となっている業種ではコンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェアをともにより多く利用する傾向がある (それぞれ赤・黒)。したがって、オートメイト化は中層賃金労働者を害したかもしれないが、コンピュータ化のほうは相対的高賃金労働者の生産性を高めたのである。

図 3 ルーティン化とコンピュータ利用 (業種毎)

出典: IPUMS Census, BEA NIPA and O*NET.

これら二者は集計的生産性成長とどのように関連しているのか? 我々の分析では、異なる業種・産業におけるルーティン化/オートメイト化スピードの差こそが、集計的生産性のスローダウンを駆動した要因である。図4(a) が示すところ、1980年にルーティン職シェアが大きかった産業ほど、大きな生産性成長を迎えている。つまりこれらは、継時的に見てより多くの職がオートメイト化された産業であることが示唆されるのだ。そうであれば、労働者と従来型資本 〔コンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェアを除く機械・設備〕 には、職のあいだの代替性に依存して、より急速な生産性成長を経験している職に向かうかそれとも離れるか、いずれかの再配分が生じたはずである。データは後者を支持する – 高生産性成長職は、付加価値および雇用シェアを縮減させるなか、集計的生産性に占める部分を減らし始めるが、低生産性成長職が占める部分のほうは増えたのである。この構成シフトが集計的生産性成長のスローダウンにつながったのだ。

図 4(a) ルーティン化と産業TFP成長

出典: IPUMS Census and BEA Industry Accounts.

図 4(b) 産業TFPと雇用成長

出典: BEA Industry Accounts.

以上と関連したものに 「ボーモル病 (Baumol’s disease)」 がある – すなわち、高生産性成長部門が重要性を低減させることはありうるのだが (例: 製造業)、そのために集計的生産性成長がスローダウンする可能性もあるのだ。しかし、我々の調査結果が示すところ、集計的生産性成長の下降トレンドの殆どは、高成長 業種 occupations の縮減によって (高成長 産業 industries ではない) 説明されてしまう。下降トレンドは前者によってほぼ完全に説明できるが、後者の影響は無視しうる程度しかない。これは、オートメイト化が産業レベルというより業種レベルで発生していることを暗示する。

とはいえ注意すべきは、にわかに信じ難いほど高い生産性成長とは裏腹に、コンピュータ産業とりわけハードウェア産業は、ルーティン職に特に高いシェアを有しているわけでもなければ、同産業の雇用が大きく縮減したわけでもないことである。この事実を把捉するため、我々はコンピュータが他と区別された一個の特別な資本投入タイプとして、あらゆる産業の生産において (コンピュータ生産もふくむ) 用いられるというモデルを構築した。

コンピュータ産業の素晴らしい生産性成長がつづく長い期間には、コンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェア価格の劇的低下に伴っていた。これが生産において、また投資においてはさらに著しく、コンピュータ需要を底上げした (図5)。事実、コンピュータに大きく依存した産業ほど成長は急速だった (図6)。かくして、一大現象と化した生産性成長は集計的な産出量と生産性に反映され続け、ほぼ二十年間にわたる期間、集計的生産性成長にたいするオートメイト化の負の効果 (および生産における業種間の補完性) を相殺して有り余る働きを見せたのである。

図 5 非住居投資に占めるコンピュータのシェア (%)

出典: BEA Fixed Asset Tables (FAT).

図 6 産業毎に見たコンピュータ資本および付加価値産出成長 (%)

出典: BEA Industry Accounts and FAT Nonresidential Detailed Estimates by Industry and Type.

コンピュータ化・成長・格差

ではコンピュータ化はポスト1980年代の成長にたいし具体的にいってどの程度の寄与をなしたのだろうか? 本モデルの活用により判明したのは、もしコンピュータ産業の成長がなかったとしたら、1980年から2010年にかけての集計的生産性成長は、実際の0.8%にたいし、0.5%のみに留まっていたことだ。〈コンピュータ産業が集計的産出量に占めるシェアは観測期間をとおしてたったの3-4%程度にすぎなかった〉事実に鑑みれば、これは驚くべき大きさである。同産業が担ったこの大役は投資に由来する – この期間をとおし、コンピュータは総投資の約5%から20%へと成長したのである (図5)。

じっさい、コンピュータ部門の生産性成長がまったく不在だったならば、集計的生産性成長は1980年以降単調に低下していったことになる – つまり1970年代のスローダウンが中断なく続いていた可能性もあったのだ (図1)。だから2000年代における集計的な生産性と産出量の緩慢な成長は異常なものではなかったのである – 常軌を逸していたのは、1980年代と1990年代におけるコンピュータ産業の爆発的成長によって駆動された平均を上回る速さのトレンド成長のほうだった。

我々のモデルでは、コンピュータ利用を増加させる産業は、労働を削減する方向での代替をつうじてこれを行う。したがって、高賃金労働者がより多くコンピュータを利用するにしても、それは低賃金労働者の雇用減少を代償になされる。全体的にいって、この代替が、1980年代以降の労働所得シェア (労働者の雇用と賃金) 低下をほぼ完全に説明しうるほど大きなものであることも判明した (Karabarbounis and Neiman 2014)。これは図7に示すとおりである。コンピュータが総資本ストックに占める部分はほんの僅か (3%程度) であるにもかかわらず、こうした状況が生じているのだ。

図 7 労働所得シェアの変化: モデルvsデータ

データ出典: BEA NIPA and Industry Accounts.

以上の事柄は今後どのような意味をもってくるのか? 生産性スローダウンが近い未来にも続いていることはほとんど確実だが、より長い目でみるならば、結局なんらかの新技術が経済全体に行き渡りブームを巻き起こし、これが集計的生産性の底上げ要因としての役割を担うのではないかとも怪しまれるのである。ちょうど過去にコンピュータの勃興がそうしたように。これは良くいって憶測にすぎないが、バイオテック・ナノテック・ロボット工学・人工知能などはみな、「次の大潮流 (next big thing)」 となりおおせる力を秘めているのではないか。しかしそのことが、この種の技術の所有者・使用者と、それに置換される労働者のあいだの格差を悪化させかねないのだから、我々は、将来世代のために投資すべき技能タイプはなにか、これを注視し続けねばならないのは勿論、この地割れに呑まれかねない労働者の安全も確保できるよう取り計らう必要がある。

参考文献

Autor, D and D Dorn (2013), “The growth of low-skill service jobs and the polarization of the US labor market”, American Economic Review.

Karabarbounis, L and B Neiman (2014), “The global decline of the labor share”, Quarterly Journal of Economics.

Aum, S, S Y Lee and Y Shin (2018), “Computerizing industries and routinizing jobs: Explaining trends in aggregate productivity”, Journal of Monetary Economics.

Piketty, T (2014), Capital in the 21st century, A Goldmanner (trans), Harvard University Press.

Teulings, C and R Baldwin (eds) (2014), Secular Stagnation: Facts, Causes and Cures, CEPR Press.

 

パメラ・カンパ, ミシェル・サルフィネーリ「女性・仕事・社会主義」(2018年6月22日)

Pamela Campa, Michel Serafinelli, “Women, work, and socialism” (VOX, 22 June 2018)


仕事とジェンダーにたいする態度は、所与の時と場所における慣習・実態・政策を形成するとともに、同時にそれらによって形成される。本稿では、ジェンダーロールと労働にたいする態度に政治経済体制が及ぼす影響の在り方を調査するため、「鉄のカーテン」 の設立と倒壊に着目する。調査結果が示すところ、国家社会主義政権における女性は、仕事および労働参加にたいし、より否定的でない見解またより伝統主義的でない見解をもつ傾向があった。

仕事にたいする女性の態度、また一般人口におけるジェンダーロールにたいする態度は、時と場所により相当に異なる。例えば、Giavazzi et al. (2013) では、1980-2000年期のヨーロッパ地域およびOECD諸国におけるこれら態度の変容が観察された。またこれら態度は労働市場アウトカムにたいしても有意な効果をもたらすことが示されている。Fortin (2008) は、〈仕事にたいする態度のジェンダー差は、ジェンダー賃金格差を説明するうえで相当な役割を果たす〉旨を示すエビデンスを提示している。さらにFernández et al. (2004) は、ジェンダーロールが女性の労働参加に及ぼす実体的な効果を明らかにする。

ところでこうした態度は、政治経済体制や政府政策から、どの程度影響されているのだろうか? 政治経済体制は態度に影響を及ぼすのか。この問題への回答は、〈体制の決定は無作為に行われるものではない〉 事実のために、一筋縄ではいかないものとなっている。

国家社会主義の擬似実験

そんななか我々の最近の論文では、中央・東ヨーロッパ全体にわたる国家社会主義体制の創設、またこれら体制が、手段的な理由とイデオロギー上の理由の双方から、女性の経済的包摂を促進するために行った活動に着目している (Campa and Serafinelli 2018)。1940年代後半の権力掌握から1960年代後半に至るまでの時期、該当地域全体に存在していた諸般の国家社会主義政権は、女性の経済的包摂の促進をめざす活動に尽力した – これら体制による急速な工業化、そして (高度の労働活用を基礎とした) 経済成長の一般計画は、そうした包摂の如何にかかっていたのである。またなにより、女性の経済的独立は女性の平等に不可欠な前提条件と見做されていた。これら政権はこの原理にコミットしていたとさえいえよう。もっとも、女性労働力の必要のほうが遥かに重要だったのだと主張する学者も多い。いずれにせよ、同一労働同一条件の原則 (principle of equal work under equal conditions)[訳註1]・新しい家族法・教育訓練政策の採用などの法的変化が、この目標の推進をめざして取り入れられた1。そして女性の雇用はこの時期、該当地域全体で増加した。以上の歴史的文脈のなかで、我々は態度への働きかけに政治体制が果たした役割を実証的に調査することにした。

仕事にたいする女性の態度、東・西ドイツのジェンダーロールにたいする態度

本分析の主要部では、1945年以降の東・西ドイツ分断事件を利用している。1945年以前、東・西ドイツの政治経済体制は同一だった。しかし1945年以降になると、同国はふたつに分かたれ、東・西ドイツの女性は極めて異なる制度と政策に曝されるようになる。東ドイツが (とりわけ1960年代に) 女性の資格者雇用を優遇する政策にフォーカスするかたわら、西ドイツでは、女性は 〈子供を授かったあとは家庭に留まる、または長期休職ののちはパートタイム雇用に差し向ける〉 というシステムが奨励されたのである (Trappe 1996, Shaffer 1981)。そこで我々は、サンプル中の女性・男性で、再統一以前に東ドイツで生活していた者と西ドイツで生活していた者につき、その仕事にたいする態度の比較を行うことにした。具体的には、「ドイツ社会経済パネル (GSOEP: German Socioeconomic Panel)」 および回答者の居住地に関する利用制限の課された情報への独自アクセスを活用している。本パネルはドイツ居住世帯にたいする長期的サーベイ調査である。

仕事にたいする態度の測定には、回答者にとってのキャリアサクセスの重要性を尋ねる質問を用いた – この質問は1990年、再統一プロセス完了前の段階でおこなわれたものである。この質問時期は重要だ。これにより、国家社会主義国における生活の効果を、ポスト-社会主義国における生活の効果から引き離すことが可能になるからだ。考え得る問題点としては、東ドイツで生活していた個人の平均的態度を西ドイツのそれと単純に比較すると、分断以前にこれらふたつの地域にあった差異によるバイアスが生ずるかもしれないことが挙げられる。こうした差異が本文脈において関連性を有することを示唆するエビデンスは、幾つか存在する。そこでこの考え得る問題に対処するため、我々はいわゆる空間的回帰不連続フレームワーク (spatial regression discontinuity framework) を用いて、再統一にさきだつ時期に東西国境の近くで生活していた個人のみを対象として比較を行うことにした。

なお以上の背景には、〈東西国境に十分近いエリアのあいだに分断以前からあった差異で、個人の態度に影響を及ぼすようなものはいずれも、国境地点において滑らかに推移していた〉 との仮定がある2。さて結果だが、東ドイツ女性のサンプルでは仕事にたいする態度がより肯定的であったことが判明した。OLS推定値に従うと、1990年の時点で東ドイツの体制に曝されていた女性は、自分にとって仕事での成功は重要であると考える傾向が14%ポイント高かった。空間的回帰不連続分析の結果も同様である。一般的にいえば、東ドイツでは女性も男性も仕事にたいしより多くの重要性を認めていたようだ。しかし東西男性間の差が有意なのはOLSモデル仕様においてのみであり、しかもそれは女性のあいだに観察される差の半分をすら常に下回る程度なのである。

図 1 職業的成功は重要 (回帰不連続グラフ)

: 図は、GSOEPにふくまれる女性と男性について、目盛毎の平均値と線形回帰を示したもの。線分は 職業的成功は重要 (Job Success Important) 〔変数〕 を距離に回帰した当てはめ値であり、国境の両側について推定している。目盛のサイズは5kmをわずかに上回る程度だが、これは国境の両側に30個の目盛を設定できるように選ばれたもの。左側が西ドイツ。職業的成功は重要 変数の値は、自分にとって仕事での成功は重要だと該当個人が報告したばあいに1、それ以外は0を取る。

推定値は、異なる体制への露出が女性の雇用に及ぼす効果も示唆している3。これは重要な点だが、女性の態度と雇用ステータスに見られる東西の差は、再統一以後にも存続しているようである。より具体的にいえば、研究対象となった各年度、本情報の利用が可能な最後の年度 (2012) に至るまでずっと、ドイツ女性が報告する仕事にたいする態度は男性ほど肯定的でなく、また雇用状態にある傾向も男性より少ない; ところが、こうしたジェンダーギャップも1989年に東ドイツで生活していた個人についてみると、同時期に西ドイツで生活していた個人のあいだのそれとくらべ、有意に小さくなっているのである。さらに我々は、〈女性の雇用に大きな成長が見られたエリアほど、仕事にたいする女性の態度の変化も大きかった〉旨を示唆するエビデンスも示している。他方、プロパガンダが態度に及ぼした効果は確認されなかった。

最後に、東ドイツで生活している個人のジェンダーロールにたいする態度は、女性・男性ともに、西ドイツで生活している個人のそれよりも、「伝統主義的 (traditional)」 でないことを示した (図2参照)。

図 2 ドイツにおけるジェンダーロールに対する態度 (回帰不連続グラフ)

: 図は、図1と同じように構築されたもので、次に挙げる言明への同意度に基づく (左から右、上から下パネルの順): 仕事を持つ母親も仕事を持たない母親と変わらぬくらい愛情と信頼に満ちた関係を自らの子供と築きうる; 当然のことながら、母親が就労すれば赤ん坊は被害をこうむる; 母親が家庭の仕事に専念するばかりでなく就労するのは、子供にとって望ましいことだとさえいえる; 女性にとっては自分のキャリアを積み上げるよりも夫のキャリアを支えることのほうが大事だ; 夫は仕事、妻は家庭に残って家庭と子供の世話をするほうが、皆にとって望ましい; 既婚女性は、働き口の数が限られていて、しかも夫に家族の生計を立てる能力があるようなときは、働き口があっても辞退すべきだ。対応する従属変数の値が1ならば、より伝統主義的でない見解、0ならばより伝統主義的な見解を表わす。

東・西ヨーロッパにおけるジェンダーロールにたいする態度

つづいて、差分の差分ストラテジーを用いて、中央・東ヨーロッパ諸国 (CEECs) および西ヨーロッパ諸国において形成された態度を、CEECsに国家社会主義が創設された時期の前後で比較した。この目的のためには、態度を計る時間-変化的尺度を調達する必要がある。しかしこれは問題含みだ。というのも、1945年以前のジェンダーロールにたいする態度を計った測定値に、妥当なものがないのである。我々はこの難問に、合衆国移民およびその子孫の態度に関するデータを活用し、かれらの出自国における態度の時間変化的尺度を構築することで、対処した。この試みは、移民と移民出身国居住者の行動のあいだにある関係を指摘し、これを利用している最近の一連の研究、そして 〈親のジェンダーロール態度は子供の態度を予測するうえで有用である〉 との旨を示すエビデンスに触発されたものだ。

合衆国移民はさまざまな時期に移入している。そこで我々は、かれらの出身国 (およびその子孫に継承された態度) を活用することで、出身国のジェンダーロールにたいする態度につき、その継時的変化の把捉を試みた。例えば、フランス・ポーランド出身で、1945年から1990年にかけて移住してきた合衆国居住者と、その子孫を対照することで、フランス・ポーランドにおいてこの時期に形成されたジェンダーロールにたいする態度の差を特定した 〔ポーランドは本稿における国家社会主義国に属す〕。つづいて同じ手順を、合衆国居住者 (およびその子孫) であって、1900年から1945年にかけて移入してきた者について行い、1945年以前のフランス・ポーランド間の差異を計る尺度を確保した。ここで依拠したのは 「総合的社会調査 (General Social Survey)」 のデータである。これは同時代の合衆国居住者がもつジェンダーロールにたいする態度についてサーベイ調査を行ったもので、かれらやその祖先の大よその移民流入時期が推察できる情報も提供してくれる。以上のアプローチにより、1945年以前・以後におけるジェンダーロール態度の変化が、ヨーロッパ19ヶ国について追跡できるようになる。この19ヶ国のうち、中央・東ヨーロッパの国は5ヶ国、西ヨーロッパの国は14ヶ国である。

ジェンダーロールにたいする態度は次の質問により測定されている: 「次の言明にたいし、あなたは強く賛成、賛成、反対、強く反対のいずれであるか教えてください。男性が家庭の外で何事かを達成し、女性が家庭と家族の世話をすることは、全ての関係者にとってずっと望ましい」。我々は 「男性は仕事、女性は家庭を守る、そうしたほうが望ましい (Better for Man to Work, Woman Tend Home)」 指標を構築した – この指標の値が大きいほど、女性が仕事をすることにたいする伝統主義的な態度が小さくなる。

ジェンダーロールにたいする態度を計るこの尺度と、異時間点の差異そして差分の差分デザインを併用することで、政治経済体制の変化、およびジェンダーロールにたいする女性・男性の態度を推定した。図3はこの推定値を描き出している。ここに現われている係数は、1945年コホートとの対比における、CEECsおよび西ヨーロッパ諸国の平均的態度を表わす。図が示すところ、1945年以前は、CEECsにおける態度も西ヨーロッパ諸国の態度と同様の推移を遂げている。図はまた、1945年以後、国家社会主義体制下のCEECsで形成されたジェンダーロールにたいする態度が、西ヨーロッパ諸国と比較して伝統主義的でなくなっていることも示唆する。

図 3  ジェンダーロールにたいする態度 (1945年コホートとの対比)

全体的に見れば、我々は識別問題とデータ制約をある程度克服するとともに、仕事にたいする態度およびジェンダーロールにたいする態度が政治経済体制から甚大な影響を受けることを確認できた。

参考文献

Alesina, A and N Fuchs-Schundeln (2007), “Good-bye Lenin (or not?): The effect of communism on people’s preferences”, American Economic Review 97(4).

Bauernschuster, S and H Rainer (2011), “Political regimes and the family: How sex-role attitudes continue to differ in reunified Germany”, Journal of Population Economics 25(1): 5–27.

Beblo, M and L Goerges (2015), “Breaking down the wall between nature and nurture: An exploration of gendered work preferences in East and West Germany”, Universitaet Hamburg, WiSo-HH Working Paper Series.

Campa, P and M Serafinelli (2018), “Politico-economic regimes and attitudes: Female workers under state-socialism”, Review of Economics and Statistics, forthcoming.

David, H P (2013), Reproductive behavior: Central and Eastern European experience, Springer.

Giavazzi, F, F Schiantarelli and M Serafinelli (2013), “Attitudes, policies, and work”, Journal of the European Economic Association 11(6): 1256–1289.

Fernández, R, A Fogli and C Olivetti (2004), “Mothers and sons: Preference formation and female labor force dynamics”, Quarterly Journal of Economics 119(4): 1249–1299.

Fortin, N M (2008), “The gender wage gap among young adults in the United States: The importance of money versus people”, Journal of Human Resources 43(4): 884–918.

Lippmann, Q, A Georgieff and C Senik (2016), “Undoing gender with institutions: Lessons from the German Division and Reunification”, PSE, working paper.

Shaffer, H (1981), “Women in the two Germanies: A comparison of a socialist and a non-socialist society.”

Trappe, H (1996), “Work and family in women’s lives in the German Democratic Republic”, Work and Occupations 23(4): 354–377.

原註

[1] 中絶の利用が容易だったことも女性の労働参加を助けた (David 2013)。

[2] 本研究はBauernschuster and Rainer (2011)、Beblo and Goerges (2015) およびLippmann et al. (2016) による最近の研究と関連している。ひとつ目の論文はALLBUSを利用し、1991-2008年の期間をカバーしている。ALLBUSは合衆国の 「総合的社会調査」 のドイツ版に相当するもの。同著者は、東ドイツ出身であることが、男性・女性の役割の住み分けは適切であると考える傾向の低さと結び付いていることを示す。ふたつ目の論文はみっつのALLBUS調査波 (1991・1998/2000・2010/2012) を用いつつ、仕事にたいする選好のジェンダーギャップが東ドイツでは西ドイツよりも小さい旨を示しているが、これは「育ち (nurture)」 が選好形成に影響を及ぼすことと整合的である。みっつ目の論文は1991-2012年期間を対象にGSOEPを用いつつ、東ドイツでは女性が (より多くの時間を家事に充てるなど) 女性的な役割を過剰に担う必要も、結婚生活をリスクに晒すこともなく、自分の伴侶よりも多くの収入を得られたことを示している。より一般的にいえば、我々の論文はAlesina and Fuchs-Schundeln (2007) の嚆矢的研究とも関連がある。同論文は1997年・2002年におけるドイツの再分配選好を分析したもので、東ドイツが西ドイツよりも国家指向的であることを確認している。なお、我々はこれら研究で使用された実証アプローチを幾つかの点で拡張しており、その詳細については論文のなかで解説している。

[3] 1950-90年の期間中、フォーマルな労働市場への女性の参加率は東ドイツのほうが西ドイツよりも高く、また就労女性の仕事時間も東ドイツのほうが長かった。この側面における変化は、東ドイツ体制が成し遂げた極めて数少ないポジティブな業績のひとつといえよう。


訳註1. 元論文 (本稿執筆者のホームページで閲覧できる版) によると、同原則は1949年東ドイツ憲法にもとづくものである。この点もふくめ、参考のため、同憲法の関連個所と思われる条文の日本語訳を引用する。なお、引用文はもともと縦書きである。

東ドイツ憲法 (1949) 第十八条

(一)  共和国は、勤労者の適切な共同決定のもとに、統一的労働法、統一的労働裁判権および統一的労働保護を創設する。

(二)  労働条件は、勤労者の健康、文化的要求および家族生活が確保されるようなものでなければならない。

(三)  労働の対価は、給付に相応し、かつ、労働者とその扶養をうける権利のある家族 (Angehörige) に、人たるに価する生活を保障しなければならない。

(四)  男子と女子、成人と少年は、同一の労働について、同一の賃金をうける権利を有する。

(五)  女子は、労働関係において特別の保護をうける。共和国法律によって、女子が市民および生産者としての任務を、その妻および母としての義務と合致させ得ることを保証する施設がつくられる。

(六)  少年は、搾取に対して保護され、かつ、道徳的、肉体的および精神的に放置されないように、まもられる。児童労働は禁止される。

高木八尺・末延三次・宮沢俊義 編 (1957)、『人権宣言集』、岩波書店 (岩波文庫)、pp. 231-247より引用

 

アサフ・ラジン 「イスラエルの移民流入: ある類い稀なる同化の歴史、そしてひとつのメッセージ」(2018年5月6日)

Assaf Razin, “Israel’s immigration: A unique assimilation story with a message“, (VOX, 06 May 2018)


1990年代におけるソヴィエト系ユダヤ人のイスラエルへのエクソダスはひとつの類い稀なる出来事だった。本稿が明らかにするところ、この移住の波はその大規模な高技術コホートおよび国内労働市場への速やかな統合ゆえに、特異なものとなっていた。また移民流入は、全体的な経済風景を一新し、生産性を押し上げつつ情報技術の奔流を下支えした。経済領域と選挙制度への移民の同化に見られるイスラエルの類まれなる剛健性は、政治バランスを変容させるとともに、所得分布の相当な変化も惹起した。

移民流入は広遠なる経済・社会的帰結をもたらす。労働市場・国際貿易・経済成長・社会および政治の構造などへの影響もその例に漏れない (例: Lucas 2014)。移住者は受入国社会の一部となり、その国の文化や政治の展開にも関わる。一般的にいえば、移住者はその他の要素投入物の移動 (資本フローなど) とはふたつの根本的な点で異なる。一、高技能したがって高賃金の移住者ならばネットで見た財政システムへの貢献者となりえようが、低技能移住者はネットで見て受益者である可能性が高く、受入国の租税負担者に間接的な課税を課すこととなる。二、遅かれ早かれ、移住者は、エスニック集団・経済的階級・年齢集団のあいだの政治均衡をシフトさせ、財産と可処分所得の分布を再形成する可能性がある – つまり移民は、選挙制度をつうじては直接に、市場に基づく格差への影響をつうじては間接に、福祉国家の規模を左右するのである1

イスラエルの 「帰還法 (Law of Return)」 は、帰還者にたいし直ちに市民権を、そしてその帰結として投票権を付与する。Avner (1975) による早期の研究が明らかにするところ、新移民の投票率は既存人口層のそれと比べて顕著に低かった。ところが、イスラエルへの新移民が2001年選挙で見せた投票率パターンについてArian and Shamir (2002) が行ったその後の研究は、この早期の発見を覆すものとなった。同研究における新移民は旧ソヴィエト連邦の出身者が圧倒的に多い。そしてArian and Shamirは投票率について新移民と既存人口層のあいだに目立った違いをなんら発見していないのである。

発端

ソヴィエト系ユダヤ人からなる近年の移住波の発端は、1987-1991年におけるソヴィエト連邦の解体とそこでの共産主義の崩壊だった。これらユダヤ人は世界各地へと向かったが、イスラエルもまたそうした行き先のひとつだったのである (図1)。

図 1 ユダヤ人とその家族による旧ソ連諸国からイスラエル・合衆国・ドイツへの移住 (千人単位)

出典: demoscope.ru

いずれの移住先でも受入国側の移住政策により上限設定がなされたが、イスラエルはこれまでのところその例外となってきた – イスラエルへの移民流入はイスラエルの帰還法のおかげで自由に行えるのである。

移住者の特徴

1990年代ユダヤ人エクソダスに属するコホートの、職業・社会層・態度・行動の面での特徴については、それが特異なものであったことが証明されている。移民の殆どは都市部の出身であり、そうした場所には高度の教育システムがあった。そうしたことから、これら移民の技能構成は教育水準の高い方向に – すなわち労働賃金が相対的に高い方向に – 強く歪んでいる。これら移民が人口に占める割合はほぼ20%とかなり大きなものだったが、かれらの平均的な家族サイズ (標準人2.32人)[訳註1] は国の平均 (2.64) より小さくなっていた。これは扶養家族がより少ないことを示す数字だ。いずれにせよ最も重要な点はかれらの教育水準が相対的に高いこと、したがって労働所得も相対的に高いことである。新移民の就学年数の平均値は14.0年だったが、これにたいし国の平均は13.3年に過ぎなかった (Eilam 2014)。

このうえさらに衝撃的だったのが、学士号を保有する世帯主のパーセンテージである – 新移民のあいだでは41.1%、これにたいし国の平均はわずか29.5%にとどまる。教育水準の相対的な高さと家族サイズの相対的な小ささは、発生した所得ギャップを説明するものと考えられる。新移民の標準人あたりで見た平均労働所得は4,351シェケルだが、これにたいし国の平均は4,139シェケルに過ぎない [訳注2]。注目すべき点だが、このギャップは新移民の勤続歴が既存人口層のそれを下回っていたにもかかわらず存在したのである。

キャッチアップ

Cohen and Hsieh (2001) が明らかにするところ、1990-91年の流入最盛期のあいだ、ネイティブのイスラエル人の平均的な効率賃金は低下し、資本収益 (return to capital) は増加した。ところが1997年までには、平均賃金も資本収益も、初期段階における資本収益の増加に誘発された投資ブームのために、移民流入に先立つ時期の水準に立ち戻っていた。経常収支の標準的異時点間モデルによって予測されるように、投資ブームは外部からの借り入れによりファイナンスされていた。またEckstein and Weiss (2004) が明らかにするところ、高度の技能をもつ移民の賃金は、かれらの到来につづく10年間、1年あたり8%の成長を見せた。技能収益 (return to skill) の増加・業種移行・イスラエルにおける経験の蓄積、そして経済全域にわたる賃金の上昇が説明する部分は、それぞれ3.4%・1.1%・1.5%、そして1.5%である。もっとも同著者は、〈経験からの収益はネイティブのそれに収斂しているのであって、移民はかれらの有する未測定の技能のためにより高い収益を得ているのだ〉 との仮説を棄却していない。なお移民の業種分布は、既存労働力層の業種分布との対比から、一定の格下げをこうむる。

第二世代における同化

第二世代のユダヤ人、つまり旧ソヴィエト連邦から移住してきた人達を親とする者だが、かれらの体験した社会上昇 (upward mobility) はその他全てのエスニック集団よりも相当に大きかった。表1では Aloni (2017) に依拠しつつ、フルサンプルにおいて第二世代が第一世代より上位に立っている確率、およびこれら集団の相対的な所得順位収斂率を示した。親の順位を上回る確率が高くなるかは、人口所得分布に該当集団が占める相対的所得ポジションに高度に依存する – したがって、例えばエチオピア人やアラブ人の子供は高い社会上昇を示している。ところが初期段階のポジションの分を調整してしまうと、最も急速な社会上昇を経験したのは旧ソヴィエト連邦からイスラエルにやってきた移民となる。つまりその他の集団のほうが平均への収斂が遅かったのだ。

表 1 イスラエルのエスニック集団毎に見た間世代的社会移動

: 第一行は、所得分布における親の平均百分位よりも高位の百分位に、子供が子供世代の分布において到達する確率。第二行は、子供の順位を人口集団ダミーに回帰した結果。なお、親の所得順位の分を百分位ダミーを用いて調整している。ベース集団はアジア/北アフリカ出身の世帯。本サンプルは、1979年から1982年のあいだに生まれた子供を、行政データを用いて親とマッチングしたものである。括弧内は標準誤差; 上部のアスタリスクは それぞれ、***p < 0.01、**p < 0.05、 * p < 0.1を示す。
出典: Aloni (2017).

旧ソヴィエト連邦出身の移民が、第一世代から第二世代にかけて見せた例外的な社会上昇は、図2にも表われている。図は、最下層十分位出身の親の子供について分布を示したものだ。旧ソ連出身の移民と一般人口を比較すると、前者が経験した社会上昇のほうが大きい。子供もより高い収入順位に到達し、またその分布も十分位全体により均一になっている。

図 2 最下層十分位出身の親のもとに生まれた子供の収入十分位

出典: Aloni (2017).

格差

図3が明らかにするところ、再分配ジニ係数は1989年に上向きに転じ、その後2001年まで上昇を続けた。ここに含意される十年以上にわたった所得再分配の低下は、ソヴィエト系ユダヤ人の移民流入波に続いて生じている。図が明らかにするのは、1990年から2003年にかけての所得格差の強烈な上昇であり、これは市場所得格差の低落、そして再分配の顕著な低下が組み合わさったものである。高技能移民の流入ならばこれらふたつの相対するトレンドを説明しうる: つまり高技能移住のおかげで中間階級が勢いづくなか、政治経済に基礎をもつ所得再分配政策が再編成されたのである。

図 3 ジニ係数: 総所得・ネットで見た所得格差・再分配 (1979-2015)

*差 (difference) は総所得ジニ係数と純所得ジニ係数のあいだの差を示す

出典:Dahan (2017)
: 99′-02’年度は東エルサレム人口を含まない。12′-15’年度はベドウィン人口を含まない。

社会給付

図4は、一人あたりの社会サービス供給で見たイスラエルの低い順位を露わにする。高度の国防支出が、その他OECD諸国よりも大幅に、社会サービスをクラウドアウトしていた可能性はある。しかしイスラエルのGDPに占める割合で見た国防支出は直近35年間に顕著な下降トレンドを辿って来たにもかかわらず、イスラエルは社会支出の供給に関し、OECD諸国と対比するかぎり下向に逸脱しているのである。図4はイスラエルにおける一人あたり社会支出を、幾つかの国のそれにたいし点示したものである。イスラエルはこのグループでも最下層に位置する3

図 4 一人あたり社会支出 (一部国)

: 2005年を基準とするConstant購買力平価 (合衆国ドル)
Source出典: OECD library

政治経済理論

Razin and Sadka (2017) はイスラエル移民流入物語についての定式化された一般均衡モデルを提示し、背景にある政治経済的諸力の均衡のより優れた理解、また勝者と敗者の特定を試みている (モデルはMeltzer and Richard 1981およびRazin et al. 2002a,bに基づく)。

Razin and Sadka (2017) はふたつの労働技能を仮定している。すなわち無技能 u と有技能 s である。移民は資本を持たずに到来する。ネイティブ人口における所得分布は、不均一な教育コスト、したがって人的資本投資に依存する。〔移民の〕 各技能集団にたいし、目的地国において移民に付与される所得に依存した上向きの供給関数が、ひとつづつ存在する。

ここから有技能労働者の供給曲線をシフトさせ、政治経済的均衡の変化を追跡してゆく。この均衡というのは、移民が、租税と社会給付に多数派票を投ずることにより、福祉国家を鷹揚にさせる票決をなしうる点をさす。有技能移住という供給サイドへのショックが生ずると、無技能ネイティブは支配力を有技能移住者に奪われ、今度は後者が自ら最も好ましいと考える逆進的な租税-移転政策を命じはじめる。

図5に移民流入ショックの政治均衡的帰結を記した。財政システムが逆進的になったばあいでも、既に存在する無技能移民を除いては、ネイティブと高技能移民をふくむ全ての所得集団がより豊かになる。本モデルは、イスラエル移民流入エピソードのために生じた事情として、所得格差につき図3に示したもの、また社会給付につき図4に示したものについて、幾つかの洞察を与えてくれる – つまり1990年から2003年にかけての所得格差の上昇だが、それは縮まる市場所得格差 (中間階級の強化をつうじた) と、それを相殺してなお余りある再分配の低下 (所得再分配の転換をつうじた) が組み合わさったものだったのである。

図 5 移民流入-供給ショックの効果

記号について:

結論

短期間のうちに旧ソ連からの移住者を約75万人も受け入れたイスラエル。その異常な経験は、移民流入の勝者と敗者をめぐる現在の議論にも関連性を持っている。

参考文献

Aloni, T (2017), “Intergenerational Mobility in Israel,” MA Dissertation, School of Economics, Tel Aviv University.

Arian, A, and M Shamir (2002), “Abstaining and Voting in 2001”, in A Arian and M Shamir (eds.), The Elections in Israel – 2001, Israel Democracy Institute.

Avner, U, (1975), “Voter Participation in the 1973 Election” in A Arian (ed.), Elections in Israel – 1973, Academic Press, pp. 203-218.

Bank of Israel (2014), “The general government, its services and financing”, Annual Report, chapter 6.

Bank of Israel (2016), Annual Report.

Cohen, S, and C-T Hsieh (2001), “Macroeconomic and Labor Market Impact of Russian Immigration in Israel”, working paper.

Dahan, M (2007), “Why has the Labor-Force Participation Rateof Israel Men Fallen?”, Israel Economic Review 5(2): 95-128.

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Eckstein, Z, and Y Weiss (2004) “On the Wage Growth of Immigrants: Israel, 1990–2000”, Journal of the European Economic Association 2(4): 665–695.

Eilam, N (2014), “The Fiscal Impact of Immigrants: The Case of Israel” MA thesis, The Eitan Berglas School of Economic, Tel-Aviv University.

Lucas, R E B (2014), International Handbook on Migration and Economic Development, Edward Elgar.

Meltzer, A H, and S F Richard (1981), “A Rational Theory of the Size of Government”, Journal of Political Economy ,89 (5), 914–927.

Razin, A (2018), Israel and the World Economy: The Power of Globalization, MIT Press.

Razin, A, and E Sadka(2017), “Migration-Induced Redistribution with and without Migrants’ Voting,” Finanz Archiv, Public Finance Analysis, special issue in honour of Hans Werner Sinn.

Razin, A, E Sadka, and P Swagel (2002a), “The Aging Population and the Size of the Welfare State”, Journal of Political Economy, 110: 900-918.

Razin, A, E Sadka, and P Swagel (2002b),“Tax burden and migration: a political economy theory and evidence”, Journal of Public Economics 85(2): 167–190.

Strawczynski, M (forthcoming), “Taxation policy in Israel between 2000 and 2015”, in A Ben-Bassat, R Grounau, and A Zussman (eds.), Israel Economy in the last twenty years, Falk Institute.

原註

[1] イスラエルが第二次世界体制後のグローバル化の波から、資本・金融・財の移動性を中核としつつ、様々な形で受けた便益については、Razin (2018) を参照。

[2] 社会支出はこの移住波のさなか一時的に増加したが、これは新移民を対象とした単発の〔移民〕吸収型支出に由来する。その後2000年代初頭になると社会支出は低下した。

[3] 再分配の継時的な相当な変化は潜在的には所得税の削減と関連している。所得税は2000年には歳入の30%だったところから2015年の20.4%に低下した。時を同じくして、付加価値税のほうは租税歳入の24.9%から30.1%に上昇している。Bank of Israel (2014)、およびStrawczynski (近刊) を参照。


訳註1. ここで 「標準人」 と訳出した箇所は原文では “standard persons” となっている。イスラエルにおいて貧困度の測定との関連で用いられている人の数の尺度に、”standard person” と呼ばれるものがあり、本稿でもこの尺度をさしていると考えられる (「国際連合欧州経済委員会 (UNECE: United Nations Economic Commission For Europe)」 のホームページから入手できる資料 (the Israeli Central Bureau of Statistics (2017), “Poverty measurement including in-kind benefits and dwelling”, United Nations Economic Commission For Europe Conference of European Statisticians, working paper) を参照)。
同論文によると、標準人とは、世帯構成員数の増加にしたがい追加的な世帯構成員の人数を実際より少なく計上するというもの。具体的には、実際の世帯構成員が1人であれば標準人は1.25人 (1.25人の追加)、2人なら2人 (0.75人の追加)、3人なら2.65人 (0.65人の追加) となる。以下に同論文に掲載されている対応表を引用する。

出典: the Israeli Central Bureau of Statistics (2017)

訳註2. 本稿では “Israeli shekel (シェケル)” と表記されているが、イスラエル銀行のホームページ (英語版) から入手できる本稿執筆による別の論文 (Razin, A. (2018),  “Israel’s Immigration Story: Winners and Losers”, Israel Economic Review, (15) 1: 73-106) などでは “NIS (新シェケル)” と表記されている。また同論文の該当箇所は本稿でも参考論文として挙げられているEilam, N (2014) から表を引用しつつ論を進めており、その表でも “NIS” と表記されているので、本稿の該当箇所も新シェケルについて述べていると思われる。

 

 

ジェネリックの艱難:価格競争、非対称情報、そして販売戦略

The unexpected consequences of asymmetric competition: An application to Big Pharma

Micael Castanheira, Carmine Ornaghi, Georges Siotis 01 March 2017 

 

市場は競争的であればあるほどよい、経済学者は伝統的にそう信じてきた。しかし私たちの今回の研究では、経済学者たちの信条に反し、市場における競争と配分効率の間にはそれほどまでに強い関係がないことが検証された。先発薬の特許が切れるとジェネリック薬(後発薬)の参入が可能となり、市場は競争へと移行する。ここで製薬会社が用いる戦略には価格競争以外のものがあり、それゆえ競争の導入が配分効率を上げる結果とはならない。それはまた、社会福利への問題提起となる。

 

著者註:この記事はMaria-Angeles de Frutosと共著の論文を基としている。

 

 

医療費及び医薬費の上昇は新聞紙面のトップをにぎわせている。政府はあの手この手で経費削減を図るが、時にそれは品質を危うくする結果となりかねない。薬価高騰への対抗策として考えられたのがジェネリック薬の普及である。しかしこの記事では、ジェネリック導入策が期待ほどの効果を上げない理由を解説する。

 

ジェネリックの競争:強みと陥穽

 

ジェネリック薬について述べる際、1984年のハッチ・ワックスマン法は避けて通れない。それ以降について言うならば、ジェネリック薬の使用は時に規制を用いてまで推し進められることとなった。その考え方はごく単純なものだ。新薬(先発薬)の開発には膨大な経費がかかるのに比べ、特許が切れた後、先発薬と同一成分の薬(ジェネリック薬)を他社が作るのははるかに安上がりとなる。そこでジェネリック薬を後押しし価格競争を持ち込むことによって、巨大製薬会社が薬価を高値で維持することを抑制する。

 

ジェネリック政策の成功を示す指標はいくつか見ることができる。例えば、特許失効後一年で同一成分を持つ薬のうち元もとの先発薬の市場占有率は20%未満となる(Ellison他 1997, Berndt 2002, Grabowski他 2014)。さらには、2000年代初頭以降、ジェネリック薬との競争に晒されることになった先発薬の数は飛躍的に増えている(Aitken他 2013)。

 

それにもかかわらず、医薬品への支出は増え続けている。コンティ他(Conti et al. 2015)によるなら、「アメリカ合衆国における処方箋薬への全支出は2014年単体で13%増加している」。そして、がんの治療薬などいくつかの部門では増加は31%に達する。

 

 

何十年にもわたるジェネリック導入による競争奨励政策、それにもかかわらず、なぜ製薬会社は薬価を高く保つことができるのだろう。いくつか、その原因として確認され、既に文献として発表されているものもある(例えば技術革新や人口構成の変化など)。私達はそこから今回、直近の論文中でさらに踏み込んだ検証を行った(Castanheira他 2017)。ジェネリック競争は先発薬による市場独占に風穴を開けてきた。しかしその一方でジェネリック薬の使用率は平均で下がっている。この一見矛盾した現象を説明すると次のようになる。先発薬の特許期間が終了するとその市場には同一成分を持つジェネリック薬が参入し、数多くの製薬会社間の熾烈な競争状態となる。例えばプロザックというブランド名の抗欝剤の特許が切れると、それと同一の成分を持つ、テバ・フルオキセチン、ミラン・フルオキセチンといったジェネリック薬が参入することとなった。そして、先発薬(プロザック)は市場占有を失う。しかしそこで市場を得るのは別の成分を持つ先発薬となる。この例では、ゾロフトというブランド名を持つセルトラリン系抗欝剤がフルオキセチン全体の売上を奪う結果となった。

 

私たちは1994年以降10年間のアメリカ合衆国におけるほぼすべてのジェネリック導入事例について、四半期ごとの価格、販売量、及び販売促進の程度に関するデータを用いた。図1は95の事例について、ジェネリック薬の価格と販売量の推移をまとめたものだ。ジェネリック導入から四半期にして12単位分、つまり3年後には、同一成分を持つ元の先発薬とジェネリック薬の合計では、価格が45%下がっているにもかかわらず販売量は平均で25%減少している(その期間中、薬全体の販売量は増えているので、市場占有率の減少は更に顕著となる)。

 

1:ジェネリック導入前後の価格P)と販売量Q)

 

Mean P: 平均価格          Median P:価格の中央値

Mean Q: 平均販売量        Median Q:販売量の中央値

 

論理的解釈と実験検証

 

競争原理に反した結果はどこから来るのか。それを理解するためには、販売量を増やす手段として二つのものを考える必要がある。第一にそれは価格である。ジェネリック薬の価格弾力性は9、つまりその市場はほぼ完全な競争市場と言える(Ellison他 1997の論文で既に同一成分間の競争では高い弾力性があることが言及されている)。第二に販売促進活動がある。巨大製薬会社では販売額のうち販売促進に使われる割合は15%にも達する(DanzonとNicholson 2012)。最も高い利益が得られる製品に需要を向ける戦略については多くの論文で指摘されている(例えば、Caves他 1991, Kremer他 2016)。

 

ここで採り上げるのが価格競争と販売促進への投資額の関係である。製薬会社はより多くの利益を生む薬に対して、より多くの販売促進を行う。公平な条件で対称的競争をしているのなら選ばれるのは最も質の高い薬であり、それは患者にとって望ましい結果となる。しかし競争が非対称の場合は状況は変わってくる。ここではジェネリック競争に晒されている薬と特許に守られている薬があるため、競争に直面している薬の販売促進を止め、安価な薬の需要を減らしてしまう。図2からこの企業戦略が明らかに見て取れる。製薬会社は特許の切れる12四半期前には販売促進をすでに減少させ始めており、図の0期日、特許が切れた期日の直後にその現象の度合いを加速させている。

 

2:ジェネリック導入前後の価格(P)と販売促進投資(A)

Mean P: 平均価格        Median P:価格の中央値

Mean A: 販売促進の平均     Median A:販売促進の中央値

 

価格の下落による影響と販売促進の減少による影響、どちらが優勢になるのだろうか。私たちの理論モデルでは、直感に反し、A, B二種類の薬剤が強い代替関係にあった場合、販売促進減少の影響が勝り、結果として競争原理に反した現象が起こる。その理由は、この場合、ジェネリック導入以前から競争は熾烈になっているからだ。それゆえ、価格の引き下げと販売促進の強化、その両方が元より行われるようになる。

 

この状況ではジェネリック導入は価格に比較的小さな影響しか与えず、販売促進の減少の影響が勝る。ここで更に私達の理論を使い、需要の弾力性と市場規模によってそれぞれの影響がどう変化するのか予測してみよう。第一に、(例えば保険の適用範囲が大きいため)需要の価格弾力性が小さいときには、競争原理に逆行し価格の下落にもかかわらず販売量も減少する傾向が強くなることが予測される。第二に、市場規模が大きくなると、同様に、ジェネリック競争の導入と共に安価な薬の消費が抑えられることが予測される。これは、大きな市場では他のブランド薬が販売促進を強化することによってより利益を得ようとするからだ。

 

経済統計を用いた検証の結果は上記の予測を裏付けるものとなった。ジェネリック薬導入のみの影響により、それと競合状態にある特許薬は平均で市場占有率を12%伸ばしている。この効果は別の治療法が存在する場合、4%下落する。病院では未だブランド化されている薬の市場占有率は、薬局に比べてそこから更に3%下落する。病院は薬局に比べ、価格による影響を受けやすい。そして市場占有率の伸びは「小規模」市場で更に7%の下落が見られた。

 

デ・フルトス他によれば、製薬会社の販売促進投資が特定のブランド薬に対する患者の愛着を強める(De Frutos et al.)。これは私たちの研究と多く一致を見ることができる。私たちはこれに加え、製薬会社は利益を生まなくなった薬への愛着を他に向けるよう働きかけることも確認した。

 

結論

 

市場は競争的であればあるほどよい、それは経済学者共通の信条となっている。情報の非対称性が著しい場合など、いくつか、明らかにその信条に反する例外も確認されている。しかし、競争は市場効率と社会福利を向上させる、という認識は大筋で変わっていない。

 

しかし私たちは、経済学者共通の信条に反し、競争と配分効率の関係はそこまで強いものではない、と主張する。価格の引き下げのみが企業が顧客を惹きつける手段ではない。広告もブランド管理への投資もまた、その手段である。それら多くの手段が市場に影響を与え、そして時には競争の導入が予想とは逆の結果を招くことになる。なお、競争圧力が強まると、企業の持つ価格以外の手段が効力を持たなくなる。そしてこれら私たちの主張が机上で練られただけの理論ではないことに留意いただきたい。私たちは1兆ドル規模の製薬市場の現実に即してこれらの予測を確認した。特許が切れていない薬剤に対しては競争圧力が有効にかけられていないのだ。

 

以上のことをふまえてもう一歩話を社会福利に進めてみよう。ジェネリック薬の市場参入後に患者の余剰(消費者余剰)が増えるための十分条件は、均衡状態で特許薬の市場占有率が下がることになる。現実にはその条件がかなうことは滅多にないので、非対称型の競争は往々にして患者に不利益となる。更には、ジェネリック薬の参入による市場占有率の変化が市場配分を最も効率のよい状態近くまで導くのは何時か、その答を私たちのモデルを使って裁定するなら、それは決して起こらない、となる。そして、販売促進活動の禁止はその解決策とはならない。

 

市場の自由に任せた結果を見るなら、ジェネリック促進への公的な介入は当然と考えられる。ヨーロッパにおいてはそれは主に社会保障制度のための仕事、となる。政府介入の範囲が限られているのなら、治療を可能な限り安価に受けられるようにするのは、個々の消費者の手に委ねられる。アメリカ合衆国ではジェネリック導入後に他の特許薬に転換しないように、第三者である負担者が強い誘引策を始めている。これらの動きは競争のもたらした逆効果への内発的な反応と言える。市場は価格が調整役となることによって効率的に機能する、という見解は薬の市場では成り立っていないように見える。

 

 

References

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Castanheira, M, C Ornaghi, G Siotis, and M-A de Frutos (2017), “The Unexpected Consequences of Asymmetric Competition. An Application to Big Pharma”, CEPR Discussion Paper 11813. 

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Conti, R, E Berndt, and D Howard (2015), “Cancer drug prices rise with no end in sight”, VoxEU.org.

Danzon, P M, and S Nicholson (2012), Oxford Handbook of the Economics of the Biopharmaceutical Industry, Oxford University Press.

De Frutos, M A, C Ornaghi, and G Siotis (2013), “Competition in the pharmaceutical industry: how do quality differences shape advertising strategies?”, Journal of Health Economics, 32, 268-285.  

Elison, S, I Cockburn, Z Griliches, and J Hausman (1997), “Characteristics of Demand for Pharmaceutical Products: An Exploration of Four Cephalosporins”, RAND Journal of Economics, 28 (3), 426-446.   

Grabowski H, G Long, and R Mortimer (2014), “Recent trends in brand-name and generic drug competition”, Journal of Medical Economics 17 (3):207-14.

Kremer, M, C Snyder, and N Drozdoff (2016), “Vaccines, drugs, and Zipf distributions”, VoxEU.org

レヴィ・ボクセル「インターネット,ソーシャルメディア,政治的二極化」(2017年10月)

[Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation,” VoxEU, Oct.1, 2017.]

これまで,政治的二極化が近年になって高まっているのはインターネットのせいだと多大な非難が向けられてきた.だが,政治的二極化が全体的に高まる傾向は少なくとも70年代までさかのぼり,そこにインターネットはなんら有意な役割を果たしていないことをこのコラムでは論じよう.使用するのはアメリカのデータだ.さまざまな研究結果を見ていくと,わかりやすい物語による説明に安んじずにもっと奥深く見通すことの重要さが際立ってくる.政治的な感情を押し動かす要因をもっと深く理解することが重要なのだ.
[Read more…]

ベイ・チン, ダーヴィド・ストロンベルグ, ヤンフイ・ウー「電脳独裁制: 中国ソーシャルメディアにおける監視とプロパガンダ」(2018年5月25日)

Bei Qin, David Strömberg, Yanhui Wu, “E-autocracy: Surveillance and propaganda in Chinese social media“,  (VOX, 25 May 2018)


中国政府はソーシャルメディア上の情報を利用する監視システムに多大な投資を行ってきた。本稿では、これらシステムが、その最も単純な形態においてさえ、極めて効果的であることを示してゆく。政府の視点に立つと、ソーシャルメディアは、組織された社会抗議の潜在的アウトレットとして見れば食指の動くものではないが、抗議を監視し、地方の公務就任者を見張り、プロパガンダを流布するための手法としては有用である。

閉じられた扉の背後では、政治目的をもった企業や政治家がソーシャルメディアデータの発掘にいよいよ本腰を入れている。Cambridge Analyticaスキャンダルをふくみ、最近の幾つかの出来事はこのことを裏付けるとともに、果たしてソーシャルメディアは民主主義の機能を危うくするものなのかという点をめぐり、世界規模の議論を巻き起こしている。この議論と緊密に関連しているのが、非民主主義国におけるソーシャルメディアの役割をめぐる白熱した議論だ。アラブの春、そして汚職をした公務就任者がソーシャルメディア上の公論により失墜させられた数々の逸話に触発された学者のなかには (例: Shirky 2011)、ソーシャルメディアが権威主義的政府を説明責任から逃がさないでおく役割を果たしていると考える者もいる。そのような顛末を極力少なくしようと、権威主義体制はソーシャルメディアに自己防衛的な検閲を加えるかもしれないが1、それでも人々を完全に自らの支持に転じさせることはできない。Enikolopov et al. (2016) の提示するエビデンスはこの見解を裏付けるものだ。以上とは対照的に、ソーシャルメディアを監視とプロパガンダに利用することで、権威主義政府は体制の安定性を高め、権力を強化しうると主張する研究もある (例: Morozov 2012, Lorentzen 2014)。これら体制はこうした戦略の射程と効果性をどうやら十分知悉しているようだが、世間のほうは何も知らされぬまま暗闇の中に放り置かれているのだ。

こうした事情を明るみに出すため、我々は最近の研究のなかで (Qin et al. 2017a, 2017b) ソーシャルメディアをつうじた電脳独裁制の構築に関する活動とその効果性について、初めての大規模エビデンスを提示した。具体的には、中国ソーシャルメディアにおける監視の効果性とプロパガンダの広がりを調査した。本研究は、Sina Weibo – 中国で最も有名な小型ブログプラットフォーム – に投稿された132億件 (13.2 billion) のブログ投稿からなるデータセットに依拠しており、期間は2009-2013年をカバーする。

抗議と汚職の監視

結果 1: 抗議やストライキはソーシャルメディアコンテンツにより、1日前に予測可能であり、その正確性も申し分ない。

我々は、2009年から2012年にかけて中国本土で発生した545件の大規模集団行動イベントに分析を加えた。キーワード計上数に基づくシンプルな手法を用いてこれらイベントの予測を試みた。そのうえで予測にたいしAUROCによる評価も行っている。これはモデル予測力の正確性 (accuracy) の尺度としてよく使用されるものである2。我々が開発した監視ツールのAUROCは、ストライキの予測については0.87、反日イベントの予測については0.96の値を出したが、これは通例申し分なし (excellent) と見做される閾値0.9に近い、またはそれを超えるものとなっている。

以上は中国政府エージェンシーによって用いられている実際の監視システムの正確性の下限にあたると考えられる。というのもこれらエージェンシーは、ソーシャルメディア上の情報を利用した機械学習型監視システムの構築に多大な投資を行ってきたからだ。逆にいえば、監視手法の正確性は監視を意識した抗議者が沈黙を守れば損なわれる可能性がある。しかしながら本研究が示すところ、抗議を予測する投稿はしばしば、抗議者が作成したものでもなければ、予告された抗議に関するものと明示されたものでもない。これらの代わりに大量に見られるのが、傍観者によって公開された投稿や間接的に関連付けられた投稿である。機械学習型の手法ならばこのような傾向も利用できるのだ。

高い予測正確性は関連性の有る投稿が大量にあったことの帰結である。本データにふくまれるソーシャルメディア投稿のうち、集団行動イベントについて議論しているものは数百万件も確認されている; その一部はイベントに先行し、さらには明示的に参加を呼び掛けるものさえある。これと対照的に、新聞はこれらイベントについて完全に沈黙を守っている。我々はこれらソーシャルメディア投稿にたいし、話題モデリング (表1を参照) を用いて特徴付けを行った。同様に、本データにふくまれるソーシャルメディア投稿のうち政府の汚職について議論しているものは、さらに大量に確認されている (こうした投稿のなかで最も人気のある話題については表2を参照)。

表 1 集団行動関連投稿でホットな話題

表 2 汚職関連投稿でホットな話題

抗議のケースと比べれば情報度は劣るものの、こうした投稿は汚職の監視に効果的だ。具体的には、我々は中国政府の高位公務就任者が関与した汚職事例200件に分析を加えている。比較の目的で、類似の政治的地位を保持していたが汚職による訴追はされていないという、対応的な480名の政治家からなる対照サンプルを構築した。シンプルな回帰モデルをとおし、1年後に汚職で訴追を受ける政治家がいずれかがソーシャルメディア投稿によりかなりの程度予測できることが明らかになった (但し、予測正確性は貧弱である; AUROC値は0.6未満)[訳註1]。主たる原因は、汚職で訴追された全ての公務就任者のうち、汚職関連投稿でともかく言及されたことのある者が、三分の一に過ぎなかった点にある。ソーシャルメディア上の議論の不在が示唆するのは次のいずれかだ。一、これら人物はともかくソーシャルメディアには気付かれないよう上手くやった。二、これら人物も対照サンプル中の公務員より汚職度が高いということはなく、訴追されたのは何か別の事情からだった。

結果 2: Sina Weiboはプロパガンダのために大々的に用いられている

2012年、Sina Weiboは政府省庁および個々の公務就任者により約50,000件のアカウントが運用されている旨を報告した。この数字の正確性を評価するため、我々は外部者によるものとしては初となる、ソーシャルメディア上の中国政府プレゼンスの推定値を提示している。我々はユーザーネームおよび本データ中の投稿のテキスト分析をつうじて政府アカウントの特定を行った。この推定に従うと、政府関係 (government-affiliated) アカウントは600,000件存在する。これには政府組織・大衆組織・メディア側ユーザーがふくまれる [訳註2]。したがって政府のプレゼンスはSina Weiboによって相当に過少報告されていたことになる。Sina Weibo上の政治経済的争点をめぐる全ての投稿のうち4%は、これらアカウントが寄与したものである。

政府アカウントが流布しているのは、中立的な情報 (例えばヘルスケアサービスに関するものなど) かもしれないし、プロパガンダかもしれない。プロパガンダを介した政治的感化が専らの動機であるなら、検閲が広く行われている地域や新聞の偏向度が高い地域ではより多くの政府ユーザーが確認されると予想できよう。中国の体制は感化の必要性が高ければあらゆる政治的感化手段を行使するだろうからだ。よく知られた分類アルゴリズム (サポートベクターマシーン) を用いつつ、我々は単語の頻度を用いることでユーザーが政府と関係 (affiliated) している確率の予測を試みた。結果、ソーシャルメディア投稿にたいし広く検閲を行っている地域や (Bamman et al. 2012)、また同じく、新聞がQin et al. (2018) で測定された党方針への恭順度の高い地域ほど、政府ユーザーの割合が高いことが判明した (図1を参照)。

図 1 省毎に見たSina Weibo上の政府ユーザー割合

結語

中国政府はソーシャルメディア上の情報を利用する監視システムに多大な投資を行ってきた。本稿が示すところ、これらシステムは、その最も単純な形態においてさえ、極めて効果的である。この結果は、北京の政治指導者が不意打ちリスクに曝されていないことを示唆する。なんとなれば、かれらはソーシャルメディアを用いることで、汚職公務員を効果的に監査しながら遠隔地域における抗議を予測することが出来るからである。加えて、ソーシャルメディア上の政府プレゼンスが公式に報告されたところより相当に大きくなっていること、しかもそのプレゼンスの地域による異なり方はプロパガンダが主目的であるとの解釈と整合的であることも判明した。監視とプロパガンダに向けたこのようなソーシャルメディア利用は、体制の安定性と権力を向上させるものといえよう。

本発見は 〈権威主義体制であれば、ソーシャルメディアにたいし徹底的な検閲をくわえ、その禁止にすら踏み切るだろう〉 というポピュラーな見解に意義を唱える。実際には、権威主義政府とソーシャルメディアの相互作用はもっと複雑であるようだ。政府の視点に立てば、ソーシャルメディアは組織された社会抗議の潜在的アウトレットとして見るかぎり食指の動かぬものだが、抗議を監視し、地方の公務就任者を見張り、プロパガンダを流布するための手法としては有用なのである。徹底的な検閲制は、監視とプロパガンダの目的にとってのソーシャルメディアの価値を減退させてしまうだろう。このことは、〈中国の新聞におけるプロパガンダの広がりは、政治的コントロールと経済的便益とのあいだのトレードオフにより律されている〉 というQin et al. (2018) における我々の発見とも軌を一にする。

参考文献

Bamman, D, B O’Connor, and N Smith (2012), “Censorship and deletion practices in Chinese social media”, First Monday 17(3).

Chen, X and P H Ang (2011), “Internet police in China: Regulation, scope and myths”, in D Herold and P Marolt (eds), Online Society in China: Creating, Celebrating, and Instrumentalising the Online Carnival, Routledge, pp. 40-52.

Egorov, G, S Guriev and K Sonin (2009), “Why resource-poor dictators allow freer media: A theory and evidence from panel data”, American Political Science Review 103(04): 645-668.

Enikolopov, R, A Makarin and M Petrova (2016), “Social media and protest participation: Evidence from Russia”, Universitat Pompeu Fabra, Available at SSRN 2696236.

Fu, K, C Chan and M Chau (2013), “Assessing censorship on micro blogs in China: Discriminatory keyword analysis and the real-name registration policy”, Internet Computing, IEEE 17.3: 42-50.

King, G, J Pan and M E Roberts (2013), “How censorship in China allows government criticism but silences collective expression”, American Political Science Review 107(2): 1-18.

King, G, J Pan and M E Roberts (2014), “Reverse-engineering censorship in China: Randomised experimentation and participant observation”, Science345(6199): 1-10.

Lorentzen, P (2014), “China’s strategic censorship”, American Journal of Political Science58(2): 402-414.

Morozov, E (2012), “The net delusion: The dark side of internet freedom,” Public Affairs, 28 February.

Qin, B, D Strömberg and Y Wu (2017a), “Why does China allow freer social media? Protests versus surveillance and propaganda”, Journal of Economic Perspectives 31(1): 117-40.

Qin, B, D Strömberg and Y Wu (2017b), “Why does China allow freer social media? Protests versus surveillance and propaganda”, CEPR Discussion Paper 11778.

Qin, B, D Strömberg and Y Wu (2018), “Media bias in China”, American Economic Review, forthcoming.

Shirky, C (2011), “The political power of social media: Technology, the public sphere, and political change”, Foreign Affairs, January/February.

Zhu, T, D Phipps and A Pridgen (2013), “The velocity of censorship: High-fidelity detection of micro blog post deletions”, arXiv preprint arXiv:1303.0597.

原註

[1] Bamman et al. (2012), Chen and Ang (2011), Fu et al. (2013), King et al. (2013, 2014), and Zhu et al. (2013) を参照。

[2] AUROC measures the area under the ROC curve. A ROC curve shows the tradeoff between type 1 and type 2 errors in prediction and was first employed in WWII to evaluate methods that analysed radio signals used to identify Japanese aircrafts for example. The reported AUROC is based on Figure 2 in Qin et al. (2017b).  AUROCは、ROC曲線より下の面積を計ったものである。ROC曲線は、予測における第一種過誤と第二種過誤のトレードオフを示す。第二次世界大戦のさいに、例えば日本の航空機を特定するといった目的で無線信号を分析する手法に評価を加えるため使用されたのが始まりである。本稿に掲載したAUROCはQin et al. (2017b) の図2に依拠する。


訳註 [1] インターネット上で閲覧できる論文等を参考にしたかぎりでは、AUROC値の格付けは次のようになっている:

excellent=.90-1

good = .80-.90

fair = .70-.80

poor = .60-.70

fail = .50-.60

 

 

本稿該当箇所は原文で “(with poor predictive accuracy however; AUROC below 0.6)” と表記されている。ここで poor が単に 「貧弱な」 などの意味で用いられている可能性もふくめ、念のため記しておく。

訳注 [2]  Qin et al. 2017aの関連個所を以下に引用する:

ソーシャルメディア上に投稿されたプロパガンダは多くのばあい、政府関係ユーザー; 公共部門の一部をなす学校・病院・産業連合といった大衆組織; 国家所有のメディアによって作成されたものである (注意すべきは、規制のため、政治的内容の公表を許可された情報一般メディアは全て、政府の所有に掛かるとともにその監督を受けている点である)。

Propaganda posted on social media is largely generated by government-affiliated users: government departments; mass organizations, such as schools and hospitals and industrial associations that are part of the public sector; and state-owned media (note that, per regulation, all general-interest media that are allowed to publish political content are owned and supervised by the government).

ガエターノ・バッソ, ジョバンニ・ペリ, アフムド・ラフマン 「移民流入がオートメイト化テクノロジーの時代における賃金分布に及ぼす影響」(2018年1月12日)

Gaetano Basso, Giovanni Peri, Ahmed Rahman, “The impact of immigration on wage distributions in the era of technical automation“, (VOX, 12 January 2018)


過去三十年間にわたり合衆国とヨーロッパの双方で賃金の二極化が見られてきたが、これと並行して進んできたのがオートメイト化テクノロジーの成長である。本稿では、移民流入が労働供給サイドに与える効果を介して賃金格差に及ぼす影響を分析してゆく。明らかになったのは、移民流入がネイティブの雇用機会と賃金の二極化を部分的に反転させることである。これは移民によって、総需要が拡大されるとともに、ネイティブが給与のよりよい業種へと移動することが可能になるところによる。ネイティブ側のミドルクラス労働市場機会の擁護をねらいとして低技能移住の縮減をめざす政策は、じつのところ真逆のことを行っている可能性がある。

雇用と賃金の二極化は過去三十年間にわたり合衆国とヨーロッパの双方で猖獗を極めてきた (Autor et al. 2003, OECD, 2017)。利得が賃金分布の2つの極 (典型的には一端に肉体労働的な対個人サービス職、他端に専門職や管理職が結び付けられる) に集中し続けるなか、賃金分布の中間に位置する労働者は雇用縮小と賃金抑制を被ってきた。これらは大学教育を受けておらず、ルーティン業務に従事する人達である。

こうした変化はすでに盛んに研究されているが、そこでは多くのばあいテクノロジー駆動型の労働需要変容に原因が求められてきた (Autor and Dorn 2013, Goos et al. 2014)。しかしながら、依然としてあまり知られていないのが労働供給サイドの事情である。平均的な教育水準の低い、国外生まれ労働者の持続的な流入は、これと同時期に進んだ合衆国労働市場における技能供給のひとつの大きなシフトを現わしている。こうした労働者はテクノロジー駆動型の労働市場シフトとのあいだでどのような相互作用を見せたのか? 構造的な労働需要ショックにたいし、外国人労働者は、オートメイト化テクノロジーの採用を進めている分野への移動でもって応じたのか? もしそうであるとして、かれらの従事する業種や特化分野は、全体的な雇用二極化に作用しているのだろうか? こうした問いに答えれば、近年合衆国のネイティブのあいだに見られる雇用機会と賃金の二極化パターンを評価するさい関連性を持つ、さまざまな含意が得られるかもしれない。

オートメイト化にたいする移民流入の反応

我々の新たな研究 (Basso et al. 2017) では、コンピュータテクノロジーの採用傾向が相対的に高く、これらテクノロジーの採用のおかげで労働生産性の上昇が最も大きかった合衆国の地域労働市場では、低技能移民を引き付ける傾向も相対的に高くなっていたことを示した。肉体労働-集約職に比較優位を持つこれら労働者は、地域経済における生産性上昇のために需要が高まっていたサービス業のブームを加速した。図1は技能分布の下端における雇用シェアの上昇について、そのほとんど全体が国外生まれ労働者層に帰し得ることを示している。これは二極化現象の極めて興味深い性格規定なのだが、Mandelman and Zlate (2014) のさきだつ指摘があるものの、関連分野では依然としてあまり注目されていない。

図 1 職の二極化 (ネイティブと国外出生者)

: グラフは雇用シェアの変化を、1980年における業種平均賃金で測定した技能パーセンタイル毎に示したものである。合衆国国勢調査データをもとに著者らが作成 (Ruggles et al., 2015)。

既存文献とも整合的だが、オートメイト化テクノロジーの価格が下がるにつれ、合衆国の地域労働市場は雇用と賃金の点で二極化を被るようになったことを我々も確認している。しかしながら、フォーカスをネイティブ労働者に絞ると、こうした観察があてはまる程度はかなり弱まり、とくに賃金分布のごくごく下端ではこの傾向が著しい。肉体労働-集約的な対個人サービスといった低賃金ポジションの増加は、もっぱら移民によって充填され、したがって結果として生ずる賃金上昇圧力は緩和されていたのである。これは、コンピュータ資本の採用が増加を続けるなかにあってなお、ネイティブに技能を更新し、給与がよりよい生産業種に参入させる圧力を生み出す一因となった。これはネイティブ雇用における 「脱-ルーティン化」 を和らげるとともに、総需要の増加をとおしてネイティブのルーティン 〔職の〕 賃金と分析 〔職の〕 賃金を底上げすることとなった。賃金分布の上端でも、移民はネイティブに人的資本投資のインセンティブを与えることで、ネイティブが専門職や管理職に参入することを可能にしたのである。

本分析では合衆国の地域労働市場 (通勤区) を観察しているが、これら地域労働市場の移民誘引力はそれぞれ異なる。この点は1980年にさきだつ過去の移民流入、そして国外生まれの人々による地域ネットワークの存在に着目することで明らかにしているが、こうしたネットワークが新たな移民の到来を促進することはよく知られている (Altonji and Card 1991)。オートメイト化の激しさによりネイティブのあいだに生じた二極化が、様々な市場をとおして同じ水準にあったのか分析したところ、移民にたいしアクセスが開かれている市場ほど、ネイティブの雇用と賃金に関する二極化も目立たなくなっていることが判明した。これはコンピュータ化駆動型の生産性成長に反応した移民流入が、多くの低賃金肉体労働職を充填するとともに、ネイティブ労働者に賃金分布の中間層に向かうよう圧力をかけ、ネイティブの技能を移民の技能で補完していたためである。

過去四十年間にわたり、合衆国は高い技能を伴う移民の相当な流入も経験したが、こうした移民にはテクノロジーの進歩にたいする貢献があった (Peri et al. 2015, Bound et al.2017, Jaimovich and Siu 2017, Waugh 2017)。とはいえこの種の流入も、ネイティブの雇用二極化を緩和するプロセスを無きにすることはなかった。内生的な有技能移住が、総需要の増加をとおし、技能を持たない移民の誘引を触発したからだ。

移民減少の帰結

今回の新たな実証成果は、移民流入が、オートメイト化やコンピュータテクノロジーの採用といった労働市場構造の長期的変化にたいし、内生的に反応していることを示唆する。本研究は政策立案者にも重要な含意をもっている。というのも、移民流入はネイティブのあいだに見られる雇用機会と賃金の二極化を部分的に反転させるからだ。これは総需要を拡大し、ネイティブに給与のよりよい業種への参入を可能にすることをとおして実現される。本研究でのシミュレーションが示すところ、ネイティブ側のミドルクラス労働市場機会の擁護を目的に低技能移住の縮減をめざす政策は、じつのところ真逆のことを行っている可能性がある。反実仮想シミュレーションにおいて低技能移住労働者の供給を減少させてみたところ、ネイティブは需要低下に直面し、給与の低い肉体労働サービスの提供を余儀なくされるだろうことが示された。ミドルクラス雇用の空洞化もさらに見過ごし難いものとなるのである。

執筆者注: 本稿で表された見解は本稿執筆者の見解であり、必ずしもイタリア銀行の立場を反映するものではない。誤記脱漏はすべて本稿執筆者の責任である。

参考文献

Altonji, J G, and D Card (2001), “The Effects of Immigration on the Labor Market Outcomes of Less-skilled Natives” in J Abowd and R Freeman (eds.), Immigration, Trade, and the Labor Market, Chicago: The University of Chicago Press.

Autor, D H, and D Dorn (2013), “The Growth of Low-Skill Service Jobs and the Polarization of the US Labor Market”, American Economic Review, 103 (5), 1553-1597.

Autor, D H, F Levy, and R J Murnane (2003), “The Skill Content of Recent Technological Change: An Empirical Exploration”, The Quarterly Journal of Economics, 118 (4), 1279-1334.

Basso G, G Peri, and A Rahman (2017), “Computerization and Immigration: Theory and Evidence from the United States,” NBER Working Paper 23935.

Bound, J, G Khanna, and N Morales (2017), “Understanding the Economic Impact of the H-1B Program on the US”, in G H Hanson, W R Kerr and S Turner (eds.), High-Skilled Migration to the United States and its Economic Consequences, University of Chicago Press, forthcoming.

Goos, M, A Manning, and A Salomons (2014), “Explaining Job Polarization: Routine-Biased Technological Change and Offshoring”, American Economic Review, 104 (8), 2509-2526.

Hunt, J (2016), “The Impact of Immigration on the Educational Attainment of Natives”, The Journal of Human Resources, forthcoming.

Jaimovich, N, and H E Siu (2017), “High-Skilled Immigration, STEM Employment, and Non-Routine-Biased Technical Change”, in G H Hanson, W R Kerr and S Turner (eds.), High-Skilled Migration to the United States and its Economic Consequences, University of Chicago Press, forthcoming.

Mandelman, F, and A Zlate (2014), “Offshoring, Low-Skilled Immigration, and Labor Market Polarization”, Atlanta FED, Working Paper 2014-28.

OECD (2017), OECD Employment Outlook 2017, OECD Publishing, Paris.

Peri, G, C Sparber and K Y Shih (2015), “STEM Workers, H1B Visas and Productivity in US Cities”, Journal of Labor Economics 33, S1 (Part 2), S225-S255.

Ruggles, S, K Genadek, R Goeken, J Grover, and M Sobek (2015), “Integrated Public Use Microdata Series: Version 6.0”, Machine-readable database, Minneapolis: University of Minnesota.

Waugh, M E (2017), “Firm Dynamics and Immigration: The Case of High-Skilled Immigration”, in G H Hanson, W R Kerr and S Turner (eds.), High-Skilled Migration to the United States and its Economic Consequences, University of Chicago Press , forthcoming.

 

脱税と不平等

Annette Alstadsæter、Norwegian University of Life Sciences経済学ビジネス学部教授

Niels Johannesen、コペンハーゲン大学経済学教授

Gabriel Zucman、カリフォルニア大学バークレー校助教授

2018年5月9日

VoxEU

概要:税金の記録は社会の中の富と所得の集中を測る為によく利用される。しかしながら、もし金持ちが貧乏人よりも税金逃れをするならば、税の記録は不平等を過小評価することになる。このコラムはスカンジナビアを例として、脱税が富とともにどう変化するかを明らかにする:スカンジナビアのトップ0.01%の金持ち家計は資産や投資所得を国外に隠すことで払うべき税金の約25%を脱税している。そういった非常な金持ちがこういった事を出来るのは、彼らが資産秘匿サービスへのアクセスをもっているという単純な理由による。トップ層の脱税を減らすには、そういったサービスの供給を減少させる事が肝心である。

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サミュエル・バッジ, アリヤ・ガードゥ, アレックス・ローゼンバーグ, メイシー・ウォン 「集団間の接触は国民形成をいかに涵養しうるか」(2018年1月7日)

Samuel Bazzi, Arya Gaduh, Alex Rothenberg, Maisy Wong, “How intergroup contact can foster nation-building“, (VOX, 07 January 2018)


幅広く包摂的な国民アイデンティティ (national identity) 感覚の涵養は、長期的な社会的結束の命である。しかし急速に強まる地域的多様性のために、その達成はいま困難となっている。インドネシアの 「トランスミグラシ政策 (Transmigration Programme)」 事例を活用した本稿では、多様性が統合・社会的孤立・住み分けのいずれに行き着くのかが、居住地の混成・言語的な差異・政治と経済の場における諸集団間の競合度によって決定付けられることを示す – これら3つの帰結のいずれにたいしても、優れた政策をつうじた働き掛けが可能である。適切に施行すれば、そうした政策は社会的結束を強化しつつしかもより広範な国民形成を促すものとなる。

[近]代的な、多様化を進める諸社会の中心的課題とは、新たな、より幅広い 『我ら』 の感覚の創出である
– ロバート・パットナム  2006年ヨハン・スクデ政治学賞講演より

共有された1つの国民アイデンティティ – 出自にかかわらず全ての市民を包みこむ 「我ら」 の感覚 – は国民国家の創出と永続にとって死活問題である。この多様性のなかの一体性の精神を捉えたモットーは数多く存在し、“E Pluribus Unum” (合衆国)、“United in Diversity” (EU)、また “Bhinneka Tunggal Ika” (インドネシア) などもそうした例に数えられる。しかし地理的な移動可能性の上昇にともない、地域的な多様性の高まりが共有アイデンティティの共有感覚を作出するうえでの脅威となるとの懸念が、合衆国 (Putnam 2007) やEU (Alesina et al. 2017) をはじめ、その他の国でも取沙汰されるようになっている。近年の難民危機も、多様な諸集団の統合の促進をめざす再定住政策をどう設計すべきかをめぐる議論に、再び火をつけることとなった。

多様性が国民アイデンティティに及ぼす長期的影響の形につき、社会理論家は対立する見解を提示している。一方には、新たな文化に曝される経験はバックラッシュを煽動するものであって、紛争を惹起しかねないと主張する者がいる (Blumer 1958, Huntington 2004)。他方で、否定的な感情も、接触の増加とともにしだいに集団間関係が発達してゆくにつれ、薄らいでゆくのではないかとの達観から出発する者もいる (Allport 1954, Putnam 2007)。また近年の研究が示唆するところ、多様性を有する土地は社会的なアノミーや孤立を生起させ、集団間の関係は限定的であるという (Algan et al. 2015)。しかしながら、地域的多様性が、国民アイデンティティの造成、より一般的には国民形成 (nation-building) を、いかに形づくるのかついては、比較的わずかな実証成果しか存在しないのである。

主たる困難は因果関係の確定にある。この難しさの一部は、集団間関係が初期接触ののち発展してゆくために時間を要するために生ずる。しかし、時の経過とともに、地域的多様性は薄らいでゆく傾向がある。人々が諸般の均一的コミュニティに住み分かれてゆくためだ (Schelling 1971)。そこで多様性が持続するような土地は、自然環境的な優位があったり、一部の主要都市であったり、入国の玄関にあたる場所であったりと、比較的寛容な個人を惹き付けるところとなる傾向がある。以上の事情は、こうしたエリアにおける相対的な寛容性の高さが、多様性 (および集団間接触) のためなのか、それとも今挙げたような他のファクターのためなのかを把握することを困難にする。

そんななか我々の最近の論文では (Bazzi et al. 2017)、これらの実証上の難問にインドネシアのトランスミグラシ政策を利用して取り組んでいる。同政策は史上最大規模の再定住活動の1つだ。インドネシアは多様性と国民形成にまつわる問題を研究するうえで、興味深い環境である – 世界で四番目に大きな国であるインドネシアは、それぞれがアイデンティティの自己認識を持つ1,000を超えるエスニック集団の郷土となっている。1979年から1988年にかけて、トランスミグラシ政策は、内島 (Inner Islands) にあたるジャワ島・バリ島から、200万人の自発的移住民 (以下、「トランスミグラント (transmigrants)」 と呼ぶ) を、外島 (Outer Islands) 全体にわたって新設された1,000に近い村落に割り当てた。各定住地には、同一の公共施設が付与され、内島人・外島人が雑居することになった。

人口再分配および農業開発の振興としてだけでなく、中央政府は同プログラムを新生国での国民形成の涵養をめざすより広範な取り組みの一環として企図していた。というのも、この国の土地には歴史上さまざまな集団が住み分けされた諸般のコミュニティのなかで暮らしていたのである。独立宣言ののち、インドネシアの指導者はインドネシア人としての国民アイデンティティの作出という喫緊の課題に直面した。この国民アイデンティティは諸島各地に散らばる多様な文化的出自を持つ人々を一つにし、さまざまな離脱論的趨勢を乗り越えるようなものでなければならなかった。そこで、新たな土地に送り込まれたトランスミグラントが、文化的な隔たりのある諸集団に溶け込み、エスニック分断を突き崩すことが期待されたのである。

図 1 トランスミグラシ村落の地図

エスニック混成の自然実験として見たトランスミグラシ政策

多様性が統合に及ぼす因果効果の特定にとって要となる点だが、我々はトランスミグラシ政策が目的地域における擬似無作為的なエスニック混成を生起したことを主張する。プログラムの施行について、ロジスティック面の制約とアドホックな 「実施しながら計画せよ (plan as you proceed)」 アプローチが重なったことで (World Bank 1988)、トランスミグラントはあたかも目的地にたいし無作為の初期段階割当をされたかのような経験をすることとなった。さらに、土地市場の不完全性と移住コストのために、移住者は初期段階で割り当てられた耕作地に縛り付けられていたようで、事後的ソーティングは限定されている。この点は 2000年度人口国勢調査 (2000 Population Census) を用いて実証しているが、同調査の明らかにするところ、これら定住地にふくまれる地域のエスニック多様性は、初期段階の移動から数十年経過しても持続していた。図2はトランスミグラシ村落全体にわたる多様性 (標準的な 片分化指標 fractionalisation index により把捉) の連続体を、より均一的であるのが典型の、プログラム対象外村落と比較したものだが、両者の違いは鮮やかだ。この持続的な地域的多様性は、ソーティングや住み分けの動態が限定的だったことを示唆する。こうした時間的な変化は事情が異なれば初期段階の政策的割当を相殺していただろうものだ。この持続的な地域的多様性のおかげで、多様性と国民アイデンティティ形成の関係をめぐる、さまざまな非線形性も特定できた。

図2 トランスミグラシ政策: 持続的に多様なコミュニティ

地域的多様性と国民アイデンティティ

我々は国民アイデンティティの主要尺度として、個人が同国の国語、すなわちバハサ・インドネシア (インドネシア語) を、家庭での第一言語として選択していたかに着目した。地球上を見渡しても、殆どの人が言語は国民アイデンティティの重要な指標であり、出生地よりなお重要だと考えている (Pew Research Center 2017)。また、家庭での言語使用にフォーカスを合わせることで、エスニックアイデンティティとの比較における国民アイデンティティの顕示的選好を把捉できるようになる。ほぼ全数に近いインドネシア人が同国の国語を話しているが、それを家庭における第一言語として用いている者はたった20%にすぎない。圧倒的マジョリティが家庭でもっぱら用いているのは、依然として自らのエスニック母語である。さらに付け加えれば、インドネシア語はマレー人という1つのエスニックマイノリティの言語に根を持つものであることから、我々は家庭におけるインドネシア語の使用が、単にインドネシア語を話す能力を把捉するだけでなく、それを話すことへの選好を把捉するものであると主張する。

さて、トランスミグラシ村落においては、相対的に大きな地域的なエスニック多様性は、家庭で使用する第一言語としてのインドネシア語について、その普及度の有意な増加につながっていた。図3には、インドネシア語採用率のセミパラメトリック推定値を、(トランスミグラントの) 内島エスニシティが占める人口シェアで把捉した、地域的多様性の関数として示している。この逆U字型が示唆するのは、同国民アイデンティティの採用率が、内島と外島の諸集団がおおよそ等しい割合で存在する村落において頂点に達することである。

図 3 エスニック多様性と家庭における国語の使用

同様に逆U字型の関係は、エスニック間婚姻や、子供のあいだでみたインドネシア語が母語であるという自己申告といった、その他の統合アウトカムにも生じている。端的にいって、多様性が最も高いコミュニティのあいだで統合度は最も高い。これらの文化的変化は、社会化とアイデンティティ形成プロセスにおける相当のシフトを構成するとともに、国民形成にたいするより広範な含意を持つ。アイデンティティ伝播の間世代的プロセスを辿ることを可能にする長期パネルデータを活用したところ、こうしたタイプの家庭で育った子供は、青年になると、国民としての親近感の相対的な強さ・共エスニックバイアスの相対的な低さ・自己のエスニックアイデンティティにたいする愛着の相対的な弱さを示すことが分かった。

多様性を有するトランスミグラシ村落における長期的統合作用は、端から分かり切った結論などでは全くなかった。多様性の上昇が、住み分けあるいは社会的孤立につながる可能性も十分あった (例: Algan et al. 2015)。本発見は次のようなよく知られる懸念があることからも衝撃的である。つまり、この種の大規模再定住は、エスニック紛争を勃発させてもおかしくないような、文化帝国主義の古典的事例だったのだ。とはいえ、本研究成果は接触と文化変容に関する諸理論とも調和しているし、前述のプログラムにたいする最近の再評価とも整合的である (Barter and Cote 2015)。なお付言すれば、地域的多様性の効果が定住地全体にわたり一様だった訳でもない。

多様性が国民形成を涵養するとき

政策的観点からは、多様性をより包摂的な国民アイデンティティにつなげる諸力の解明が重要である。我々は研究デザインの甲斐あって、多様性を有するコミュニティが、紛争激化の増進ではなく、統合強化の円滑化を進めることを可能にしてくれるだろう、諸般のファクターを特定することができた。その際には、定住地をインドネシア諸島各地の様々に異なる条件のもとに曝したトランスミグラシ政策の広範な地理的カバレッジを、存分に活用している。

第一に、集団間接触の機会が増加したことは統合意欲の上昇を促した。定住地の内部で、トランスミグラントは籤引きをとおし耕作地を割り当てられたのだが、居住地の住み分けが少ない村落ほど高い統合度が見られたのである。加えて、より僻地的な定住地で暮らす者 (したがって経済活動および他コミュニティとの交流についての経路もより限られてくる者) ほど、さらなる統合にむかう傾向があった。

第二に、経済的環境 – およびそれが集団間接触の性質に与える影響 – は統合にたいし重要な作用を及ぼしうる。我々は移住者の出身地 (ジャワ島/バリ島) とその最終的な定住地のあいだの農業気候的特性に関する類似性をもって、トランスミグラントと原住者のあいだの農作技術代替性水準の代用とした (Bazzi et al. 2016)。そして、トランスミグラントと原住者の技能が代替的であるばあいには、多様性が統合を牽制することを明らかにした。これが示唆するのは、(初期段階における) 集団間接触が協働ではなく競争によって特徴づけられていた経済環境では、多様性が統合にネガティブに作用する可能性である。

第三に、地域 (local) および地方 (regional) レベルで見た社会–経済的ファクターは、多様性がアイデンティティ選択におよぼす影響の在り方を形づくる可能性がある。多様性とインドネシア語採用のあいだのつながりは、次のような村落ほど強い (i) マジョリティ集団自体のエスニック的片分化が大きい、(ii) 内島人と外島人のあいだの言語的距離が大きい、(iii) トランスミグラントがもたらす地方政治への脅威が小さい (この脅威は、該当村落における地域の原住者集団が、より大きな単位の政治区での支配的マジョリティとなっているかに着目し、これで代用した)。これら結果が示唆するのは、地方的なエスニック–政治バランスもまた、効果的な再定住政策の設計において要となる入力因子であることだ。

検討

インドネシアのトランスミグラシ政策は、多様性上昇のさなかにあってポジティブな集団間関係の涵養をめざす政策立案者に残された働き掛けの余地について、新たな光を投じている。居住地の混成・言語的な差異・政治と経済の場における集団間の競合度。これらは、多様性が統合・社会的孤立・住み分けのいずれに行き着くのかを決定付けるものである。こうした条件の多くは、政策による影響を受けたものであるとともに、より効果的な再定住プログラムを設計する際にひときわ顕出的となる要素である。

より一般的にいえば、歴史のどこに目を向けても、共有された1つの国民アイデンティティというものは、文化的に多様なさまざまな国における社会–経済的安定確保の要であった。インドネシアのトランスミグラシ政策は、地域的多様性が間世代的な国民形成プロセスに寄与する仕組みを理解するうえで、又と無い、実り豊かな視座を提示している。

参考文献

Algan, Y, C Hemet, and D D Laitin (2015), “The social effects of ethnic diversity at the local level: A natural experiment with exogenous residential allocation,” Journal of Political Economy, 124 (3): 696-733.

Allport, G W (1954), The nature of prejudice, Boston: Addison-Wesley.

Bazzi, S, A Gaduh, A Rothenberg, and M Wong (2016), “Skill Transferability, Migration, and Development: Evidence from Population Resettlement in Indonesia,” American Economic Review, 106 (9): 2658-2698.

Bazzi, S, A Gaduh, A Rothenberg, and M Wong (2017), “Unity in Diversity: Ethnicity, Migration and Nation Building in Indonesia,” Working Paper.

Barter, S J, and I Cote (2015), “Strife of the soil? Unsettling transmigrant conflicts in Indonesia,” Journal of Southeast Asian Studies, 46 (1): 60–85.

Blumer, H (1958), “Race prejudice as a sense of group position,” Pacific Sociological Review, 1 (1): 3-7.

Fearon, J D, and D D Laitin (2011), “Sons of the soil, migrants, and civil war,” World Development, 39, 199–211.

Huntington, S P (2004), Who are we? The challenges to America’s national identity, Simon and Schuster.

Pew Research Center (2017), “What It Takes to Truly Be ‘One of Us”, February.

Putnam, R D (2007), “E pluribus unum: Diversity and community in the twenty-first century – The 2006 Johan Skytte Prize Lecture,” Scandinavian Political Studies, 30 (2), 137–174.

World Bank (1988), Indonesia: The Transmigration Program in Perspective, A World Bank Country Study Washington, DC: World Bank.

 

 

グローバライゼーション、政府の人気、そして大いなるスキル・デバイド

Cevat Giray Aksoy、欧州復興開発銀行プリンシパルエコノミスト、IZA & LSE リサーチフェロー

Sergei Guriev、欧州復興開発銀行チーフエコノミスト、パリ政治学院経済学教授(休暇中)CEPRリサーチフェロー

Daniel Treisman、UCLA政治学教授

VoxEU、2018年5月8日

概要:グローバライゼーションに対する態度が、伝統的な左-右の分裂と並んで、あるいはそれにも関わらず、政治的連帯の新しい次元として登場してきている。このコラムでは過去10年に渡っての118カ国45万人近くをカバーするデータを使い、スキルの高い人々はスキル集約財の輸出が増えると政府をより支持するが、スキル集約財の輸入が増えると支持が低下する事、そして更に一般的に、だが一般通念とは違って、低スキル労働者は輸入に反対したり、市場保護に失敗したリーダーを批判したりはしない事を示す。

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