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フィリップ・アギオン et al.「イノベーション、不平等、社会的流動性」(2015年7月28日)

●Philippe Aghion, Ufuk Akcigit, Antonin Bergeaud, Richard Blundell, David Hemous “Innovation, income inequality, and social mobility” 28 July 2015

ここ数十年、特に先進国において、トップ所得格差は加速的に拡大し続けてきた。本コラムでは、イノベーションがトップ所得格差の拡大を説明しており、社会的流動性を強化することを主張する。特に、社会的流動性に対するイノベーションのポジティブな効果は新しいイノベーターによる。 [Read more…]

バウアー他「集団意思決定の暗黒面:外部の人間への敵意」

Michal Bauer, Jana Cahlíková, Dagmara Celik Katreniak, Julie Chytilová, Lubomír Cingl, Tomáš Želinský “The dark side of decision-making in groups: Nastiness to outsiders“, VOXEU, January 5, 2019

集団は個人よりもより利己的に行動し,それがその構成員の意思決定にも影響を与えるということについて経済的な合意がある。本稿では,単にある集団の構成員になるだけで私たちは外部に対してより反社会的になってしまうという社会心理学上の別の仮説を支持する,スロバキアとウガンダにおける実験から得られた新たな証拠について述べる。ある組織において,集団内部の結束は暗黒面ももたらしうるのだ。外部の人間への敵意を強化するという形で。 [Read more…]

ポール・クルーグマン「失墜した経済思想」(2017年9月22日)

Paul Krugman, Discredited Ideas (Video VOX, 22 September 2017)

金融危機とその後の状況は私たちが思ったように理解不可能なものだったでしょうか。この動画では、ポール・クルーグマンは私たちが学ぶことのできる四つの見解をあげています。この動画は2017年9月22日に開催された「金融危機から10年」と題されたカンファレンスで録画されたものです。1  [Read more…]

  1. 訳注:本訳はクルーグマンが実際に話しているものをもとにしており、動画の英語字幕とは必ずしも一致しません。 []

チャド・ジョーンズ「新しいアイデアについての新しいアイデア: ノーベル賞受賞者、ポール・ローマー」

●Chad Jones, “New ideas about new ideas: Paul Romer, Nobel laureate”(VoxEU, October 12, 2018)

ニューヨーク大学のポール・ローマー氏は、「技術革新を長期的マクロ経済分析に統合した功績により」、ウィリアム・ノードハウス氏と共同で2018年のノーベル経済学賞を受賞した。本コラムでは、彼の主要な洞察と経済成長の過程に関するわれわれの理解に対する彼らの広範囲にわたるインプリケーションについて解説する。

ポール・ローマー氏が1980年代初期に経済成長に関する研究を始めたとき、経済学者の間での従来の見解――たとえば大学院で教えられているモデル――は、生産性の成長は経済の残りのどんなものによっても影響され得ないものであった。ソロー(Solow 1956)のように、経済成長は外生であった。

ローマーは、技術進歩は経済的なインセンティブに反応する研究者や起業家、発明家による努力の結果であるということを強調して、内生的経済成長理論を発展させた。彼らの努力に影響を与えるいかなるもの――たとえば税政策や研究基金や教育――は、潜在的に長期的な経済の見通しに影響を与えうるのだ。

ローマーの非常に重要な貢献は、アイデアの経済性といかにして新しいアイデアの発見が経済成長の中心にあることを明確に理解していることである。彼の1990年の論文は分水嶺である。それは、ソローのノーベル賞受賞業績以降の成長に関する文献の中で最も重要な論文である。

その論文の歴史は魅力的である。ローマーは約10年間成長に関して研究を続けてきた。1983年の論文と1986年の論文は、成長論のトピックに取り組んでおり、知識とアイデアは成長にとって重要であると示唆している。もちろん、あるレベルでは、誰もがこれが真実であるに違いないことを誰もが知っていた(そして、以前の文献にもこれらを含むものはある)。

しかし、ローマーが未だ理解していなかったものであり、未だに完全に評価された研究がなかったのは、知識とアイデアは成長にとって重要であるということがいかにして実現されるのかに関する詳細な本質であった。彼がついに成長を深く理解した証拠の1つは、1990年の論文の最初の2つのセクションが、かつての暗い部屋を照らす照明スイッチとしての最低限必要な数学しかない文章でほぼ全てが非常に明快に書かれていているということである。

以下に主要な洞察を示す。アイデアは、何かをしたり作ったりするためのデザインや青写真であるが、非競合的であるという点で他のほとんどどんな財とも異なっている。古典的な経済学における標準的な財は競合的である。すなわち、高速道路を走行する人や特定の手術の技術を必要とする人や灌漑のための水の利用が多ければ多いほど、それらは行き渡らなくなる。この競争は、ほとんどの経済の中心にある希少性の根底にあり、厚生経済学の基本定理を生み出す。

対照的に、アイデアは非競合的である。ピタゴラスの定理やプログラミング言語であるJavaや最新のiPhoneのデザインを利用する人が増えれば増えるほど行き渡るアイデアが減る、ということはない。アイデアは利用によって使い尽くされることはなく、一旦発明されれば、いかなる人数であっても同時にあるアイデアを利用することは技術的に可能である。

一例として、ローマーのお気に入りの例である経口補水療法を考えてみよう。近年まで、途上国では何百万もの子供が下痢によって亡くなっていた。問題の一部は、子供たちが下痢を患っているのを見ている両親が液体を摂取させないようにすることである。脱水が始まり、子供は死ぬだろう。

経口補水療法は、数種類のミネラル、塩類、少量の砂糖を水に溶かして正しい比率で溶解させることで、子どもに水分を補給し、命を救う救命策である。このアイデアが発見されてから、そのアイデアは毎年何人もの子供を救うために使われえた。アイデア(化学式)が、より多くの人々が使用するにつれて次第に希少になるということはない。

アイデアの非競合性はどのように経済成長を説明しているのだろうか。鍵となるのは、非競合性が規模に対する収穫逓増を生じることである。標準的な再現性の議論は、生産の規模に対して収穫一定であることを根本的に正当化している。工場からのコンピュータの生産を倍増したい場合、実行可能な方法の一つは、通りの向こう同等の工場を建設し、その上で同等の労働者や材料などを運び込むことである。すなわち、工場をその通りに再現すればよいのである。このことは、競合性のある財を用いた生産は、少なくとも有用なベンチマークとして、収益が一定であるプロセスであることを意味している。

ローマーが強調したことは、アイデアの非競合性は、この再現性の議論の不可欠な部分であるということである。すなわち、企業は新しいコンピュータ工場が建設されるたびにコンピュータのアイデアを再考する必要はないのである。代わりに、同じアイデア――一連のコンピュータの作り方の詳細な手順――は、新しい工場で使用することも、実際には任意の数の工場で使用することも可能である。なぜなら、それは非競合的だからである。

競合的な投入物(工場、労働者、資材)には規模に関する収穫一定があるので、競合的な投入物とアイデアを同時に考えると規模に関する収穫逓増がある。すなわち、競合的な投入物とアイデアの質または量を二倍にすると、総生産は二倍以上になる。

ひとたびリターンを増やすと、成長は自然についてくる。一人当たりの生産量は、知識の総ストックに依存する。すなわち、知識ストックは経済のすべての人々の間で分割する必要はないのである。

このことをソローモデルにおける資本と対照してみよう。一台のコンピュータを追加すると、一人の労働者がより生産的になる。新たなアイデア――最初のスプレッドシートまたはワープロ用のコンピュータコード、またはインターネット自体を考えよ――を追加すると、いかなる数の労働者であってもより生産的になる。非競合性を伴って、一人当たり所得の成長は一人当たりのアイデアの成長ではなく集計的なアイデアの総ストックの成長に結びついている。

いかなるモデルであれ、人口増加が原因で、集計で成長するのは非常に容易である。ソローモデルでさえそうである。自動車産業の労働者が増えると、より多くの車が生産される。ソローにおいては、自動車労働者1人当たりの自動車需要が伸びる必要があるため、1人当たりの成長を維持できない。

しかし、このことはローマーの場合には当てはまらない。研究者が多ければ多いほどより多くのアイデアを生み出すが、このことは、非競合性のために誰しもをより幸せにする。25年であれ100年であれ1,000年であれ、歴史を通して、世界は、アイデアの蓄積とアイデアを生み出す人々の数の両方の成長によって特徴付けられている。ローマーの洞察によれば、これは長期的に指数関数的な成長を維持するものである。

最終的に、非競合性と結びついた収穫逓増は、外部性のない完全競争均衡は存在しないということを意味し、資源の配分を分散させることができない。代わりに、いくつかの出発が必要である。

ローマーは、新しいアイデアの発見に対する不完全な競争と外部性の両方が重要である可能性があると強調した。独占的競争は起業家がイノベーションするインセンティブとして効果を発揮する利益を提供する。そして、発明者と研究者は、のちに先人の洞察から恩恵を受ける。

経済成長に関する研究は、ローマーの貢献によって非常に影響を受けており、後に続くわれわれはみな、巨人の肩の上に立っている。知識のスピルオーバーに適切に報いることは難しいかもしれないが、今年のノーベル経済学賞は報酬を受けるには十分である。

参考文献

Romer, Paul M (1986), ‘Increasing Returns and Long-Run Growth’, Journal of Political Economy 94: 1002-37.

Romer, Paul M (1990), ‘Endogenous Technological Change’, Journal of Political Economy 98(5): S71-102.

Solow, Robert M (1956), ‘A Contribution to the Theory of Economic Growth’, Quarterly Journal of Economics 70(1): 65-94.

リチャード・トル「ノーベル経済学賞受賞者の師弟ネットワーク」

Richard Tol ”The professor-student network of Nobel laureates in economics”, VOXEU, April 29, 2018
[訳者注記:登場する学者は可能な限り原文では付されていないwikipediaの説明リンクを付けています。]

ノーベル記念経済学賞は,経済学の世界で最も栄誉あるものとなっている。本稿では,新たなデータを用いて経済学賞受賞者の学問的な系譜を図式化する。その結果は,受賞者たちはそれぞれ繋がりのない4つのグラフに落としこむことができ,新たな受賞者は過去の受賞者と密接に関係していることが多いことを示している。今後受賞する可能性があるとされる候補者たちのうち,半分以上は受賞者から教えを受けている。 [Read more…]

マリアンヌ・バートランド, マチルダ・ボンバルディーニ, レイモンド・フィスマン, フランチェスコ・トレッビ 「税を免除されたロビイング活動: 政治的な働き掛けの手段としてみた企業社会貢献」(2018年9月3日)

Marianne Bertrand, Matilde Bombardini, Raymond Fisman, Francesco Trebbi, “Tax-exempt lobbying: Corporate philanthropy as a tool for political influence“, (VOX, 03 September 2018)


特殊利害関係者は寄付を使って政治過程に働き掛ける。本稿が明らかにするところ、合衆国における社会貢献活動は、少なくとも部分的には、議員への働きかけに標準を合わせている。影響力の有る政治家がいる区ほど、また非営利団体のなかでもその役員に政治家がいるものほど、多くの寄付を受け取っているのである。これは問題をはらんでいる。PACをつうじた寄付やロビイングと異なり、慈善活動をとおした働き掛けは公衆が観察しにくいからだ。

ドナルド・トランプの就任は 「沼の汚水を抜く (drain the swamp)」 という彼の公約に一部を負っていた  他人に頼らなくともよいだけの財力をもつアウトサイダー候補である彼ならば、それまでワシントン政治を腐敗させてきた特殊利害関係者の働き掛けからも遮断されているのではないか。この点では、トランプもひとつの長い伝統を踏襲している。およそ政府なるものが現われてからというもの、それに腐敗せしものとのレッテルを張りつつ、我こそこの問題を清算する者なりと売り出す改革者は絶えないのである。

だが反汚職改革を試みる者は程なく直面することになる。特殊利害関係者は数多くの働き掛け手段を持っているという現実に。そのうち或る物は非合法だが (例えば近年ドイツとブラジルで主導的な政党・政治家を苦しめた運動資金スキャンダルなど)、全面的に透明とはいえないにせよ、全面的に合法ではあるような経路からも、政治家に揺さぶりをかけることはできるのだ: 合法的なキャンペーン献金、職を辞したのちに就く旨味のある勤め口やコンサルティング職の約束、友人や家族への優遇措置などだ。

働き掛けとしての社会貢献

政治における特殊利害関係者の制約に幾らかでも希望を持てるようにするには、政策への働き掛けを望んでいる者が意のままに操れる手段の全体をまず認めておくことが重要だ。本研究で我々が実証したのは、 なんとも皮肉なことに  企業の社会貢献活動が、少なくとも部分的には、議員への働き掛けに奉仕している可能性である。そうした働き掛けは、公益ではなく株主利益に奉仕するような法律や規制の獲得をめざすものと推察される。

企業は政治目的のため自己の慈善金を戦略的に出捐しているかもしれないとの所見を述べたのは、我々が初めてではない。2008年 New York Times に掲載された記事に、「お気に入り慈善活動への贈り物に議員達はご満足 (Gifts to Pet Charities Keep Lawmakers Happy)(Hernandez and Chen 2008) と題されたものがある。そこでは例えばジェネラル・ダイナミクス社やノースロップ・グラマン社といった防衛企業からペンシルヴァニア州のジョンズタウン交響楽団に送られた太っ腹な寄付について記載されているのだが、このオーケストラは偶然にもジョイス・マーサという女性をパトロンとしている。この人の夫はジョン・マーサ下院議員という、下院軍事委員会の一員だった人物。(繰り返されるクリントン財団の資金調達めぐる紛議は、これと同じ対価関係 (quid pro quo) が国レベルでも機能しているかもしれないことを示唆する。ヒラリー・クリントンの国務長官としての任期中、同財団には外国および外国組織から数百万ドル級の小切手がいくつも振り出されたのだった)

我々のフォーカスは合衆国の事例に置かれているが、以上はアメリカ独特の現象などとは間違ってもいえない。例えば英国では、反贈収賄法 (Anti-bribery Act) が英国企業に対し慈善活動への海外での寄付行為について警告を与えているが、それはこうした活動が潜在的に帯びうる政治的な対価関係に鑑みたものだ。またイスラエルの歴史で最も大きなスキャンダルのひとつにホーリーランド事件 (Holyland Case) というのがあるが、これにはエルサレム市長だったウリ・ルポリャンスキーの設立した (合法の) 慈善団体に対し、土地用途見直しの確保をめざして或る不動産デヴェロッパーがおこなった寄付が関わっていた。

慈善財団はPACの後を追う

我々が新たなワーキングペーパー (Bertrand et al. 2018) で示すのは、ジャーナリストやアクティビストがこれまで掘り起こしてきた幾つかの逸話が、じつのところ或るより一般的なパターンを体現するものであったこと、そしてこのパターンは政治的優遇措置をせがむために企業が自らの財団 (foundations) を使っていると考えれば最もうまく説明できることである。明らかになったのは、企業の慈善財団からの寄付が辿るパターンが、よりあからさまな形での政治的働き掛け  各社の政治活動委員会 (PAC: political action committee) 支出  にみられるパターンと著しく似通っていることだ。両者は同じ議会選挙区に流れ込む傾向があり、どちらも区からの合衆国議会議員が該当企業の事業利益にとって重要な委員会に着任している時に増加する。我々は政治家を企業財団の金と結び付けるより個人的な繋がりにも注目した。結果、議員が役員に就いている非営利団体ほど多くの企業財団の金を獲得する傾向があり、とりわけ該当政治家が当該事業と関連性の有る委員会に就任している場合にそれが殊更あてはまることが判明した。ざっと計算しただけでも、政治的動機からくる企業の慈善活動は一年あたり10億ドルを優に超えているようであり、従って企業PAC資金の規模を圧倒することが示唆される。

政権への働き掛けに、例えば選挙キャンペーン資金やロビイング活動などではなく、交響楽団への寄付をもちいる理由はなにか? 第一に、PAC寄付には半世紀近くも前から幾つも制限が設けられてきたのだが、慈善寄付については何ら制限が無い。それに加え、例えばゴールドマン・サックスPACが、ニューヨークからの合衆国議会議員シーン・マロニー (民主党ニューヨーク州) に2016年の議会期以降、幾ら渡したのかを調べることなどは、割合簡単なのだ。1970年代に議会を通過したルールのもと、この種の寄付はすべて公に開示されねばならないことになっている (同議員は10,000ドルを得ている)。だがゴールドマン・サックス財団からマロニー下院議員に渡った金銭の追跡には、もっと探偵的な仕事が関わってくる。最後に、PACの悪名は  – 〔ロビイストが群居する〕 Kストリートのことは措くとしても、少なくとも 〔一般的アメリカ人の象徴たる〕 メインストリートでは 知れ渡っているが、企業の社会貢献ならば、事業がコミュニティに親善感情を醸成しながら、しかも同時に政府契約の発注や規制画定を監督するかもしれない議員を喜ばせるなどということができてしまうのである。

企業の寄付と立法上の利害関係とのあいだの潜在的な繋がりを掘り起こすべく、我々はS&P 500Fortune 500のリストに掲載されている企業の財団が提供した助成金に注目した。これらリストは合衆国株式市場に上場している企業のうち最大規模のものから構成される。こうした助成金は納税申告書で開示しなければならなくなっているので、殆どの寄付を具体的な非営利団体とリンクさせることができた。つづいて非営利団体の詳細な地理的所在地を確定できた。ここまできてようやく、非営利団体を具体的な合衆国議会選挙区と関連付けることができた。(企業のPAC寄付に関する情報の獲得は数段容易である  作業は全てOpensecrets.orgで済ませることができる)

我々が示すところ、諸般の議会期をつらぬき、企業の財団からの助成金には、PAC資金の受領が多い区にシフトしてゆく傾向がみられる。これは、一部の慈善寄付が政治的動機からきていることを、少なくとも示唆している。

我々はさらにこれら両タイプの資金の動きを駆動している政治的考慮事項のなかには、同じものが幾つかあることも明らかにしている: 政治家が該当企業の事業の利害にとって重要な委員会に加入する場合 (ジョン・マーサの軍事委員会加入とノースロップ・グラマン社の関係を想起されたい。同委員会に対するロビイングに同企業は大金をかけている)、該当合衆国議会選挙区に対する企業財団とPAC資金のフローはともに増加している。同様にして、合衆国議会議員が職を辞する際には、該当区に流れ込む企業慈善金とPAC資金の両方に短期的な落ち込みがみられる。これは影響力の有る議員が新人に取って代わられる場面にあたる。

政治家の利害関係を個別慈善活動にリンク付ける別の方法として、政治家の年次財務情報開示から得た役員身分に関する情報も活用している。結果、政治家が役員に就いている場合、非営利団体は企業財団から助成金を受領する可能性が四倍以上も高くなることが示せた。これは該当非営利団体のある州およびその規模・部門に関するきめ細かな測定値を考慮したうえでのものである。合衆国議会議員が役員に就いている非営利団体ほどより多くの企業資金を獲得できるだろう理由には様々あるが、我々は 〈金銭の流れの増加の少なくとも一部は、政治的なものである〉 旨を示すエビデンスも提示している。ここでも再び、該当企業によるロビイングの対象とされることの多い委員会に該当政治家が就任している場合、財団はその政治家と繋がりのある非営利団体に寄付する可能性がより高くなることが判明したのだ。

企業にとっての政治家の重要性が、PAC寄付のほうとより強く繋がっている可能性はたしかにある。しかし企業慈善活動をとおして流れ込む金銭の総額と比べれば、PAC支出はまるで大人と子供である。例えば2014年合衆国議会選挙からの議会期では、年間PAC支出は46400万ドルだったが、対する年間企業寄付のほうはほぼ180億ドルにもなる。我々の計算が示すところ、多くの企業慈善活動の非政治的性格を考慮したあとでさえ、依然として政治的要素はPAC寄付を圧倒する可能性が非常に高い。

なぜ関心をもつべきなのか

では我々は、企業慈善活動と政治について何に関心をもつべきなのか? 或いはあなたはこんな風に考えてはいないだろうか。「どうでもよくない? 奴らは利益誘導をしているわけだけど、少なくともコミュニティの利益になるような仕方でやってるんだから」。

もしそうなら、我々は強く反対する。最も重要な点だが、PAC寄付やロビイングと異なり、慈善活動による働き掛けは公衆にとって (メディアと投票権者の両方をふくむ) 観察しにくい。個別の逸話群にもとづきつつ一つの筋に纏め上げるのにさえ多大な労力が必要だが、ロビイングやPACの記録ならばウェブブラウザを開くだけで見つかる。我々の見解では、これは合衆国法の精神にも反する。合衆国法は、合衆国税法に対する1954年のジョンソン修正条項のもとで、501(c)(3) 慈善団体 (企業財団など) は次のことができないと規定している:

[い]かなる公職候補者についてであれ、その人の為に (またはその人に反対して) なんらかの政治キャンペーンに参加または介入 (声明の公表または配布をふくむ) すること(USGPO 2012, sec 2522)

この種の規定を設けることには良い理由がある。501(c)(3) 団体は租税免除ステータスを持っているので、これら団体による政治活動への参加を野放しにすることは、政治的発言力を露わにする企業に対する納税者からの補助金に等しいのである。

ここで明確にしておきたいのだが、我々は世界の為に善行をなすべく利潤を支出する企業に反対している訳では勿論ない。また企業が善行をなすことで良い成果をだせるような局面の存在は、多くの場合、慶賀すべきでこそあれ、非難すべきものではない。企業が環境を保護し、貧者を援助し、自らの顧客を喜ばせ従業員をより幸福かつ生産的にするために生活賃金を支払うならば、それは事業と社会にとって究極のウィンウィンとなろう。

同様に我々は企業の社会貢献に対する制限などは決して提案しまい  それは非政治的な企業寄付を削減させてしまうばかりか、既に我々が強調したように、企業は別の経路をつうじた働き掛けへと金銭と活動をシフトさせるだけだろうから。働き掛けとしての慈善活動の実証をつうじて我々が望んでいるのは、一般的な言い方になるが政治における金銭の流れを追跡する必要を浮き彫りにすることである。利益誘導の規制を試みるにしても、企業が影響力を購う際に用い得る数多くの経路を考慮に入れたほうが良いだろう。

我々が、全員一致で、支持することがあるとすれば、それは企業を資金源とする活動にかかる開示の拡大である。これは投票権者が、政治家と民間企業の関係が容認可能なものか判断し、理想的にはさらに、公益に反するようなあらゆる便宜交換を避けるよう政治家に圧力をかけるうえで、参考になる更なる情報を提供するものである。

編集者注本稿は企業統治と金融規制に関するハーバードロースクールフォーラムにおける先頃の投稿から取ったものです。

参考文献

Avis, E, C Ferraz, F Finan, and C Varjão. (2017), “Money and politics: The effects of campaign spending limits on political competition and incumbency advantage”, NBER working paper 23508.

Bertrand, M, M Bombardini, R Fisman, and F Trebbi (2018), “Tax-Exempt Lobbying: Corporate Philanthropy as a Tool for Political Influence”, NBER working paper 24451.

Eggers, A C, and J Hainmueller (2009), “MPs for sale? Returns to office in postwar British politics”, American Political Science Review 103(4): 513-533.

Hernandez R, and D W Chen (2008), “Gifts to Pet Charities Keep Lawmakers Happy”, New York Times, 18 October.

USGPO (2012), Internal Revenue Code, US Government Publishing Office.

エリック・ヒルト, ウェンディ・ラーン 「所有者社会と投票行動」(2018年9月2日)

Eric Hilt, Wendy Rahn, “The ownership society and voting behavior“, (VOX, 02 September 2018)


政治評論家が論じてきたところ、金融資産の所有は家計によるビジネスフレンドリーな政党の支持を誘発するという。本稿では、自由国債 – 第一次世界大戦中に合衆国家計向けに大量販売された – の所有が、 1920年代の投票行動にどのような影響を及ぼしたかを分析してゆく。投票権者はこの国債価格の変動に対し、それが下落した際は現職者を咎め、国債価格が持ち返すとこれに報いるという対応をみせた。自由国債は、 1920年代に共和党の得票差に有意な貢献をしたものの、これが決め手となったわけではなかったようである。

過去半世紀は、アメリカ世帯によるファイナンスの在り方の変容が目撃された時代だった。 1962年にはアメリカ家計のたった 19%しか企業株式を所有していなかったのだが、 1992年までにこの率は37.4%にまで増加、そして 2007年までにはアメリカ家計の優に 65%もが株式所有者となっていた (Poterba and Samwick 1995, McCarthy 2015)。研究者も政治評論家もともに、アメリカ家計の財産的関心にみられる根本的変容は、アメリカ家計をして自らを投資階級と自己規定させるとともに、共和党の支持増化に貢献したと論じてきた (Duca and Saving 2008)。この理論はかなり影響力を持ってきたもので、社会保障の民営化 (privatise) を呼び掛ける、ブッシュ政権の2005年提案も部分的にはこれに触発されたのだった。また株式所有のさらなる拡張をつうじて、民間社会保障勘定が恒常的な共和党マジョリティの創出を後押ししてくれるのではないかとも期待されている (Conlan 2008)。

だが、金融資産の所有を拡大するような公共政策改革の政治効果は、そう単純ではないかもしれない。金融資産の所有は、それが本当に投票権者をして投資階級との自己規定をなさしめるとしても、同時にかれらを金融市場の変動に曝すものでもあるのだ。その様な変動に対応して、金融資産を所有する投票権者は、金融市場が不調の場合には現職者を咎め、高い収益に対してはかれらに報いるといった、回顧的投票行動 (retrospective voting behaviour) モデルと整合的なパターンを示すかもしれない。その様なモデルは、投票権者の選択は政権が現職者の任期中にどれほど良い業績を残したかに関する、バックワード-ルッキングな評価に駆動されると主張する (例: Achen and Bartels 2016, Healy et al. 2017)。ビジネスフレンドリーな政党への支持という単純なことではなく、金融資産の所有は、投票権者に現職者の就任期間中における金融市場パフォーマンスに注目させる誘因となるかもしれないのだ。

我々の最近の論文では、何千万ものアメリカ家計に国債を購入させる誘因となった、第一次世界大戦の自由国債キャンペーンについて、それがもたらした選挙面での帰結を研究している (Hilt and Rahn 2018)。これら自由国債キャンペーンにさきだつ時期、銀行口座以外になんらかの金融資産を保有するアメリカ人は比較的僅かだった。それにもかかわらず自由借款キャンペーンは、大規模に展開されるとともに、可能なかぎり広範囲な参加の誘引がめざされた。それは戦争遂行に対する世論的支持を強化する努力の一環として行われたのである。一般市民はこのキャンペーンに対し異常に高率の引受を以て応えた。そして 1919年までに、自由国債を所有するアメリカ家計の割合は、現代のアメリカ家計のうち株式を所有するものの割合よりも大きくなっていたと見込まれる。

「世界で最も安全な投資 (safest investment in the world)」 として販売された自由国債だったが、その価値はかなり移り気であることが明らかになった。 1919年後半、戦中戦後にみられた信用と物価の成長を制限しようとする努力を皮切りに、連邦準備制度は相当な金利引き上げを繰り返し敢行した。これが自由国債の価格の下落を惹起し、何百万ものアメリカ家計がキャピタルロスを被った。その後 1921年になって連邦準備制度が金利の引き下げを始めると、こちらは自由国債の増加を惹起した。こうした変動は、政府政策により金融資産の保有を誘発された投票権者が、そうした資産の価格の変動にどう対応するかについて検証する機会を与えてくれるものだ。

金融政策の変化に誘発されたヴォラティリティ

下に図示したのは、連邦準備制度の政策変化、そしてそれが自由国債所有者にもたらした帰結である。図 1は連邦準備の割引率を示す。同割引率は 1919年前半をとおして4%に維持されていたが、それは自由国債がその発行時に提示せざるをえなくなるだろう金利を低く抑えるためでもあった。その後、1919年後半から1920年前半になると、連邦準備制度は金利を劇的に引き上げ、割引率は 7%に上昇するが、1970年代になるまで、これほどの水準に至ることは二度となかった。

 割引率 (ニューヨーク連邦準備銀行)

第四自由国債は最も広く保有された自由国債だが、図2はその価格に何が起きたかを示している。これら自由国債の利回りが実勢利率に見合った水準にまで上昇するため、自由国債の価格は引受価格の約 85%にまで下落したうえ、1921年後半をとおしてそれに近い水準に留まった。

 価格 (第四自由借款)

自由国債保有者が獲得した累積リターンを図3に示す。価格低下に由来するキャピタルロスは、自由国債保有者が受領した4.25%の年間利息支払いを遥かに上回っていた。これは、1920年代中頃には自由国債所有者の受領した累積リターンが、名目でみても実質でみても、急激にマイナスになっていたことを意味する。

 累積リターン (第四自由借款)

1921年中頃、産出量の急激な縮減と物価水準の下落を受けた連邦準備制度は、金利緩和に着手した。実勢金利の下落は自由国債価格の回復、そしてその累積リターンの増加につながった。1924年までは、1919-21年に経験された損失の影響も強力なキャピタルゲインにより払拭されていた。

選挙での反動

我々は自由国債引受率に関する郡レベルのデータを活用し、以上の変動が大統領選挙の結果に及ぼした効果を調べた。なお、1920年代は共和党が大統領政治を支配していた時期で、ハーディング、クーリッジ、フーヴァーは、1920年・1924 年・1928年の一般投票・選挙人投票ともに相当の多数派票を勝ち取っている。さて結果だが、1908-1916年期の選挙における投票パターンと比較すると、自由借款の引受率が高い郡ほど1920年と1924年の選挙で反民主党に急速に転じていたことが明らかになった。そしてこれは1920年選挙にさきだつ時期の自由国債の減価 (民主党が大統領職を握っていた時期)、および1920 年代前半における自由国債の増価 (共和党大統領の政権下) に対する反応だったのである。これら結果が示唆するところ、自由国債キャンペーンは幾つかの意図せざる政治的帰結をもたらしたようだ – つまり戦争への支持を高めようとする努力が、その生みの親たる政党に対する選挙での反動に力添えすることになったのである。

無論、自由国債の引受は、歴史的な投票パターンに反映されていない未観測の郡-属性から影響を受けていたかもしれず、それが翻っては1920年代の投票行動に影響を与えていたこともありうる。この可能性に対処するため、我々は1918年インフルエンザ流行に関する地域毎の予測深刻度の測定値を、自由国債引受の操作変数として用いた。この流行の波で最も致命的だったのは 1918年10月に発生したものだったが、これは偶然にも自由借款キャンペーン第四弾と同時期に起きている。インフルエンザ流行の予測深刻度について我々が用いた尺度は、大規模軍事訓練キャンプからの郡の距離にもとづく。これら軍事訓練キャンプは合衆国の民間人口 (civilian population) 内部における流行の発生源である可能性が最も高いのだ。軍事訓練キャンプからの距離の大きさは、第四借款の引受と強く相関しているが、これはインフルエンザの流行自体と、流行拡大を抑制する活動の双方から、自由国債キャンペーンが阻害されたためだ。自由国債所有が民主党の得票率に及ぼした効果に関する我々の操作変数推定値は、郡の自由国債引受率が 1標準偏差上昇すると、大統領選挙における民主党の得票率が1920-32年期の平均で3.3%ポイントの減少につながっていたことを示す。

自由国債が選挙面でもたらした効果が決定的なものかを評価すべく、我々は同じ実証モデルを州レベルのデータを用いて推定した。我々は1920年大統領選挙にフォーカスしている。同選挙で民主党のジェームズ・コックスが勝ち取ったのはたった12州のみだったのに対し、ハーディングは 37州で、選挙人票の総数でみると127対404となっている。1920年大統領選挙での民主党得票率に関して州毎にみた反実仮想推定値が示すところ、自由国債が不在であったならば、民主党はさらに12州を勝ち取っていただろうが、それでもやはり選挙人投票で敗北することになっていたようだ。ここから、本分析において自由国債に帰属させた効果は、共和党の得票差に相当な寄与をしたものの、これが決め手となったとまではいえなさそうであることが覗われる。

結論

家計の所有する資産の構成はその政治行動に影響を与えうること、とはいえそれは必ずしも所有者社会の理論と整合的な形での影響ではないこと。本結果は以上を明朗に示すエビデンスである。我々の文脈に引き付けていえば、国債の所有によって、一般アメリカ家計のファイナンスは、金融市場の変化に対しより敏感になった。それは家計をして、資産価格低下期に就任していた現職者を拒絶し、また財政の安定性と国際価格の上昇をもたらしたと称する政治候補者を支持する方向に導いた。これは回顧的投票行動の 「個人指向的 (pocketbook)」 な見方と整合的である。

さらに本結果は、社会保障を民間勘定群からなる制度に転換しようとするブッシュ政権の 2005年提案が実行されていたとしても、その意図通りの政治的効果がえられなかったかもしれないことを示唆する。自分の社会保障給付を、諸般の金融資産に投資した勘定への貯蓄をつうじてファイナンスするよう誘導されていたのなら、投票権者は金融市場の変動にかなり敏感になったはずである。そうした場合、金融危機と結び付けられる2008年の急激な資産価格下落は、同年の大統領選挙において、共和党に対するこのうえなお強烈な反動に結実していただろうと考えても、不合理ではない。

参考文献

Achen, C H and L Bartels (2016),  Democracy for Realists: Why Elections Do Not Produce Responsive Government, Princeton University Press.

Conlan, T J (2008), “Federalism, the Bush Administration, and the evolution of American politics,” in Morgan and Davies (eds), The Federal Nation: Perspectives on American Federalism , Palgrave MacMillan, 11–25.

Duca, J V and J L Saving (2008), “Stock ownership and congressional elections: The political economy of the mutual fund revolution,” Economic Inquiry 46(3): 454–79.

Healy, A J, M Persson and E Snowberg (2017), “Digging into the pocketbook: Evidence on economic voting from income registry data matched to a voter survey,” American Political Science Review 111(4): 771–785.

Hilt, E and W Rahn (2018), “Financial asset ownership and political partisanship: Liberty Bonds and republican electoral success in the 1920s,” NBER Working paper 24719.

McCarthy, J (2015), “ Little change in the percentage of Americans who own stocks,” Gallup, 22 April.

Poterba, J and A Samwick (1995), “Stock ownership patterns, stock market fluctuations, and consumption,” Brookings Papers on Economic Activity 2: 295–3.

 

「OECD18ヶ国における中国からの輸入と国内雇用」(VOXEU, 2018年9月)

[Stefan Thewissen & Olaf van Vliet, “Chinese imports and domestic employment across 18 OECD countries,” VoxEU, September 6, 2018]

近年,保護主義が息を吹き返している.この背景にあるのは,輸入(とくに中国からの輸入)が国内雇用におよぼす影響への関心の高まりだ.本コラムでは,OECD18ヶ国の17部門で中国からの輸入と国内雇用への効果の関係を,多様な労働市場制度とともに考察する.これまでの研究結果から,中国からの輸入にさらされている部門ほど雇用が減少していることが示されている.とくに顕著なのが,低技能労働者の雇用減少だ.
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ピーター・T・リーソン 「西欧世界における魔女狩りの今昔」(2018年9月1日)

Peter T. Leeson, “Witch hunts in the Western world, past and present“, (VOX, 01 September 2018)


トランプ大統領は、2016年大統領選挙でのロシア疑惑をめぐるロバート・ミュラー特別検察官による捜査は 「魔女狩り」 だとことあるごとに言挙げする。本稿では、この現在の 「魔女狩り」 にもヨーロッパの 「魔女狂騒」 にも、その背景に競争がある可能性を論じてゆく。競争は、今日では民主党と共和党のあいだに; 16世紀と17世紀のヨーロッパでは、ポスト宗教改革期のキリスト教世界におけるカトリシズムとプロテスタンティズムのあいだにあった。

「魔女狩り ([w]itch hunts)」- 悪の勢力を、それが本物なのか想像上のものなのかにはお構いなしに摘発し、その追放ないし撲滅をめざす – は、西洋史に繰り返し登場するテーマだ。今日では、ドナルド・トランプ大統領ないし彼の擁護者の誰かが、2016年合衆国大統領選挙をめぐるロバート・ミュラー特別検察官による 「ロシア疑惑」 捜査は 「魔女狩り」 だと言挙げしないうちに終わる日は殆ど無いかのごとくである (Paschal 2018)。四百年前も、誰か西ヨーロッパにいる人が、こちらは譬えでなく本物の魔女であるとの嫌疑で当局によって摘発・訴追されずに終わる日は殆ど無いかのごとくだった。そして驚くべきことに、これら魔女狩りはいずれも、ひとつの同じ力の所為で生じたのかもしれないのだ: その力とは、すなわち競争である。

通説的な意見が久しく主張してきたところ、1520年から1700年にかけて少なくとも40,000名の人命を奪い、訴追をうけた人の数ではその二倍にも及ぶヨーロッパの 「魔女狂騒 (witch craze)」 は、悪天候に端を発するものだったといわれる。そう考えるべき理由も無い訳ではない: ヨーロッパの魔女狩りは 「小氷期 (Little Ice Age)」 と重なる時期に起きた。この時期をとおし、気温の低下が穀物に被害を及ぼし、従って市民にも経済的被害が出たのだが、不満を抱えた市民がスケープゴート探しに繰り出すことはしばしばある – そのスケープゴートが16世紀17世紀には、文字通りの魔女だったという訳である。Emily Oster (2004) はこの仮説を実証的に調査した初の研究だが、1520年から1770年にかけて11のヨーロッパ地域でおこなわれた魔女裁判に関するデータを活用した彼女の同研究では、悪天候説を支持する事項が確認されている。

だが、母なる自然が誘発した災難、例えば悪天候に端を発するそれが、ヨーロッパにおける魔女狂騒の発生について有責であるなどということが本当にありうるのだろうか? 穀物不作・旱魃・疾病は、魔女狂騒以前にも未知の出来事どころではなかったのである。例えば14世紀前半には、大飢饉 (Great Famine) がドイツ・フランス・ブリテン諸島・スカンディナビア半島の人口を根こそぎにした; しかし魔女狩りは起きなかった。さらに付言すれば、16世紀から17世紀にかけてのヨーロッパにおいては近隣地区のあいだでも天候が劇的に異なっていた、などということはないだろうが、魔女問題で訴追された人の数にはしばしばそうした異なりがみられたのである。

そこでジャコブ・ルスと私の最近の論文のなかでは、過去の歴史におけるヨーロッパの魔女狩りについてこれとは異なるひとつの原因を仮定している: ポスト宗教革命期のキリスト教徒世界にみられた、カトリシズムとプロテスタンティズムのあいだの競争である (Leeson and Russ 2018)。歴史上はじめて、宗教革命は多数のキリスト教徒に一個の宗教的選択肢を与えた: 旧い教会の固守か、新しい教会への乗り換えか。然るに協会に通う人達が宗教上の選択をおこなうようになれば、教会間での競争が生じざるをえない。

競争相手に対処する方法としては、相手を法律で禁制にしてしまうのがひとつの手である; ほかには暴力による圧殺というのもある。カトリック教会は競争相手たるプロテスタントに対しこれら両手段を試みたのであるが、成果は乏しかった。マルティン・ルターによる九十五ヶ条の論題からはや数年のうちに、市民のあまりに多くが、またさらに重要な点だが、キリスト教世界における統治者のあまりに多くが、すでに改宗者となっていた。カトリックの牙城であるスペイン・イタリア・ポルトガルといった国の外では、多くの統治者が異端審問によるプロテスタント競合力の鎮圧に乗り気でないことが判明したのである。

そこで教会は自らの市場シェアを維持するために別の手を打たねばならなくなった。教会が取った方策は、当時魔女信仰がポピュラーだったことに鑑みれば驚くには足りないものだったし、相手のプロテスタント側もこれを即座に模倣したのである。すなわち、信者を勧誘するための活動の一環で、互いに競合する宗派は、自分の方が現世におけるサタンの邪悪の顕現から市民を守る能力に優れていることを世に知らしめるのに、魔女の嫌疑のある者の訴追を以てしたのである。現代の共和党と民主党が選挙期間中に政治的激戦区で未だ心を決めていない投票権者の帰属心を取り込むキャンペーン活動を重視しているのと似て、過去の歴史におけるカトリックとプロテスタントの有職者も宗教改革期および反宗教改革期には、宗教的激戦区での魔女裁判活動を重視し、未だ心を決めていないキリスト教徒の帰属心を取り込もうとしたのである。

魔女の嫌疑が掛かけられた者40,000名超をふくむ新たなデータの分析をつうじて – これら人物の裁判は、ヨーロッパ21ヶ国で、千年紀で計ればその半ばを超える長さ (1300年-1850年) にわたって行われている -、ルスと私は、宗派戦争で計測するかぎり宗派間競争が激しかった時と場所ほど、魔女裁判活動も激しかったことを突き止めた。これと対照的に、悪天候には裁判活動との関係が全くみられなかった。

図 1 ヨーロッパの魔女問題, 1300-1850

我々のデータは、魔女狂騒が1517年のプロテスタント宗教改革ののちになって初めて、この新たな信仰の急速な広まりを追う形で進行したことを浮き彫りにする。魔女狂騒は1555年前後から1650年前後にかけて最高潮を迎えたが、これら年月は消費者たるキリスト教徒の獲得をめざす競争が最高潮を迎えた時期と重なる形で存在している。カトリック反宗教改革がその証拠だが、この反改革期にカトリックの有職者は、プロテスタントがキリスト教徒の改宗に収めた成功に対し、多数のヨーロッパ地域にわたりアグレッシブに反撃した。ところがその後1650年頃になると魔女狂騒は垂直降下的な衰退を始め、魔女問題での訴追は事実上1700年までに姿を消してゆく。

17世紀中頃に魔女狂騒を停止させたものの正体は何なのか? ウェストファリア条約 (Peace of Westphalia)。1648年に締結されたこの条約が、カトリックとプロテスタントのための恒久的な領土的独占圏の創設によって、数十年続いたヨーロッパの宗教戦争とその契機たる宗派競争の多くに終止符を打ったのである。この恒久的な領土的独占圏というのは、排他的支配権の及ぶ地域をさし、そこでは一方の宗派が他方宗派の競合力から保護されることとなった。

ルスと私の提唱する仮説は、魔女狂騒が地理的に集中していたはずであること、すなわちカトリック-プロテスタント対立が最も強烈なところが拠点となるとともに、その逆もまた真であることも予測する。そして実際にその通りだった。ドイツだけで、この宗教改革の爆心地たる国だけで、ヨーロッパにおける全ての魔女問題訴追事例の40%近くを占めていたのである。これと対照的に、スペイン・イタリア・ポルトガル・アイルランド – それぞれ宗教改革後も教会への帰属心を堅持するとともに、プロテスタンティズムとの容易ならぬ競争がついに見られなかった – は、全部合わせても、魔女問題で裁かれたヨーロッパ人のたった6%を占めるにすぎない。

恐らく、いまトランプ大統領が、自分と関係者が曝されていると主張する 「魔女狩り」 なるものも、なにか同じ様な、競争-駆動型の現象の反映なのではなかろうか。トランプが大統領選挙に勝った事実に不満で、彼の弾劾を欲しているが現時点ではそれが不可能であるので、民主党指導層は別の手法を奨励しているのだ: 任務遂行につなげるべく、トランプと関係者の 「汚点 (dirt)」 を掘り出せ、と。何も出てこなくとも、少なくとも選挙民は 「悪の根絶 (rooting out evil)」 に対する指導層のコミットメントを信じてくれるだろう。それは次期選挙において共和党に対し一歩先んずることにつながる。

それに次のような並行点もある: カトリック教会は、16世紀の宗教市場競争に直面するまで殆どの場合に魔女裁判の実行を避けてきただけでなく、15世紀の始まりまでは魔女の実在性そのものを否定していた。恐らくこれと同じ様な話だろう、いまや 「ロシアの魔女」 がアメリカ政治に魔法をかけていることを確信している民主党指導層も、1950年代のジョセフ・マッカーシーによる 「魔女狩り」 を非難し、「赤い魔女」 の実在性を否定していたのである。どうやら魔女の実在性すら、競争によって左右されてしまうようだ。

参考文献

Leeson, P T and J W Russ (2018), “Witch Trials”, Economic Journal 128: 2066-2105.

Oster, E (2004), “Witchcraft, Weather and Economic Growth in Renaissance Europe”, Journal of Economic Perspectives 18: 215-228.

Paschal, O (2018), “Trump’s Tweets and the Creation of ‘Illusory Truth”, The Atlantic, 3 August.

 

ヤン・アルガン, エリザベス・ビーズリー, ダニエル・コーエン, マーシャル・フーコー 「ポピュリズムの勃興と左派右派パラダイムの崩壊: 2017年フランス大統領選挙の教訓」(2018年9月7日)

Yann Algan, Elizabeth Beasley, Daniel Cohen , Martial Foucault, “The rise of populism and the collapse of the left-right paradigm: Lessons from the 2017 French presidential election“, (VOX, 07 September 2018)


2017年フランス大統領選教は、伝統的な左派右派政治軸からの離脱のほんの一例に過ぎない。本稿では、この変容を理解する鍵は主観的変数であることを論じてゆく。伝統的な左派右派軸上の投票は、再分配に関する見解と相関しており、所得や社会的地位といった社会経済変数から予測される。しかしフランスの2017年選挙における投票は、個人的かつ主観的な変数に駆動されていたようであり、幸福感の低さは 「反体制 (anti-system)」 的意見と (左派にせよ右派にせよ)、対人信頼感の低さは右翼ポピュリズムと、それぞれ結び付いている。

ブレクジットからドナルド・トランプの選出に至るまで、西側およびヨーロッパ諸国の多くでポピュリスト政党が勢いを増している (Dustmann et al. 2017)。そうした国を幾つかあげれば、ポーランド・ハンガリー・スイス・デンマーク・オーストリア・フィンランド・フランス・イタリア・ドイツ。事態の進行は、2017年フランス大統領選挙でのマリーヌ・ル・ペンの第二回投票進出や2018年イタリアでのポピュリスト連立政権において頂点を向かえた1

とりわけ2017年フランス大統領選挙は、第二次世界大戦終結以降健在だった、伝統的な右派左派の政治軸の崩壊を如実に示すものとなった。2002年の例外を除いては、2012年に至るまでのすべての大統領選挙において、フランスの投票者は最終的に第二回投票で左翼候補者か右翼候補者かの選択ができた。しかし2017年、フランソワ・フィヨンが第一回投票で三位に、かたや左派のリーダーで、よりラディカルな装いで登場したジャン=リュック・メランションも四位に終わった。第二回投票はエマニュエル・マクロン (そのモットーは 「右でも左でもなく (neither right or left)」) とマリーヌ・ル・ペン (極右政党 「国民戦線」 のリーダー) の対決となった。結局マクロンが余裕のある得票差をつけて勝利することになったが、フランスの政治風景はラディカルな変貌を遂げたのである。

そんななか我々の新たな論文では、この新しい政治空間を分析するため、パリ政治学院のフランス政治研究センターが収拾した独自データセットを活用している。2015年11月から同2017年選挙に至るまで、月毎の質問紙が約17,000名のパネル構成員に配布された (Algan et al. 2018)。本データセットの規模と射程のおかげで、従来は不可能だったようなやり方で投票選択を精査することが可能になった。本データセットには、諸般の社会経済変数・地理的所在・経歴に加えて、多岐にわたる主観的情報 – 人生満足度・対人信頼感・対制度信頼感・イデオロギーに関わる種々の側面 – が含まれている。

変わりゆく政治選択の構図

標準的な投票者選択モデルでは単一の左派右派軸が設定されるが、これは基本的に再分配問題をめぐるものである。左派 – 貧者の政党 – はより多くの再分配を、右派 – 富裕者の政党 – はより少ない再分配を、それぞれ追求する。そしてメディアン投票者が両者のあいだの均衡点を決することになる。だが現実世界の政治は、ちょうどフランス2017年選挙で明らかになったように、投票者の選択がもはやその様に機能していないことを明らかにする (かつてそのように機能していた時があったとしても)。それはひとつには、相対的に貧しい投票者であれば必ず再分配を追求し、また相対的に富裕な投票者であれば必ずそれに反対する、というわけではないからだ。ル・ペン投票者 (極右) は、平均的にみて、メランション投票者 (ラディカル左派) と同じくらい貧しいのだが、フランス政治研究センターに対するかれらの回答に従うかぎり、ル・ペン投票者はメランション投票者ほど再分配を追求していない2。対称的に、マクロン投票者は、平均的にみて、フィヨン投票者 (保守右派) と同じくらい富裕なのだが、再分配に対してはさほどまで敵対的でない。

自らの財政的利益から逸脱するような一部投票者の行動に説明付ける主要因子は何か。それは教育かもしれない。教育と所得は明らかに相関しており、両者は古典的なミンサー型関数の曲線によって関係付けられている。この曲線上に位置しない者の稼得額は、その教育水準から期待されるようなところを上回るあるいは下回っていることになる。興味深いことに、この種の乖離が最大である二集団は、旧来の左派右派軸に属する人達なのだ (図1を参照)。メランションとフィヨンの投票者は、平均的にみて、似通った教育水準をもっているが、メランション投票者は所得がその教育水準から予測されるところを下回るとともに、再分配を強く支持している。かたやフィヨン投票者は、その教育水準を条件とした期待所得を上回るとともに、一般的に再分配に反対する。メランション投票者の側には独特の不公平感が存在し、これがかれらを再分配の追求へと導いている – かれらの稼得額は、自らの教育水準に鑑みれば当然手にすべきと感じる水準を下回っているのである。フィヨン投票者にはこのちょうど正反対があてはまる。

図 1 平均的な所得と教育水準

: 2012年 (左) と2017年 (右) における各候補の投票者に関する教育水準と所得の加重平均 [訳註1]。教育年は申告学位から推定したものだが、結果は教育水準変数について別様の特定法を用いて頑健性を保っている。Abst/Blanc/null は、投票しなかった者または無効票となった者。

ル・ペンとマクロンの投票者はその教育水準から期待されるようなところに近い所得を得ている。また両集団には再分配に関する強い選好が欠落している。貧しいル・ペン投票者は、なぜ増税が自らの利益になると考えないのか、富裕なマクロン投票者は、なぜ減税が自らの利益になると考えないのか? 以下でこの決定的な謎を検討してゆく3

人生満足度と対人信頼感

我々は人生満足度および対人信頼感 (制度ではなく、人に対する信頼をさす) を用いて、右派左派軸にみられる不具合の理由、そして恩恵を受けられそうなのに一部投票者が再分配政策を支持しないのは何故か、その説明を試みる。

図 2 投票選択ごとにみた、対人信頼感と人生満足度

: 2017年第一回投票における各候補者の投票者による、対人信頼感 (y軸) と人生満足度 (x軸) に関する回答の加重平均。どちらも、平均を0、標準偏差を1に標準化している。

人生満足度により投票民はふたつの集団に分かたれ、対人信頼感によってそれぞれの集団がさらにふたつの集団に分かたれる4。ル・ペンとメランションの投票者は、平均的にみて、自らの人生への満足度が最も低い。対してマクロンとフィヨンの投票者は、平均的にみて、人生に最も満足している。対人信頼感により選挙民は横軸上で分かたれる: マクロンとメランションの投票者は高い水準の対人信頼感を共有しているが、フィヨン投票者はそれより低い水準、ル・ペン投票者は極端に低い水準となっている。

これら主観的変数はイデオロギーと投票選択の双方と呼応している: 人生満足度が低い投票者は反体制的であるとともにラディカルな左右のポピュリストを支持しており、対人信頼感が低い投票者は社会契約に懐疑的である。メランション投票者は、高い対人信頼感をもっているので、社会正義を信じているし再分配にも好意的だ。ル・ペン投票者にはその正反対があてはまる – かれらは、たとえ再分配から恩恵がえられる可能性が原理的にはあるとしても、それが解決策として機能するとは信じない。ル・ペン投票者は対人信頼感が低いので、社会契約に懐疑的であり、再分配政策から恩恵を受けるのは自分達ではなく誰か別の人達だろうと感じているのだ。マクロン投票者となると、前述の両側面でル・ペン投票者の正反対となる: マクロン投票者は対人信頼感が高いので、原則的には、再分配制度に反対ではない; かれらは、それが求められる場面では、再分配制度も上手く機能するかもしれないと考えている。ただし、富裕であるとともに自らの人生に満足しているマクロン投票者は、要するにそれが求められているとは考えていない。これらの効果は互いに打ち消し合い、結局かれらは再分配に対し概して無関心となっている。最後に、この呼応の系を完成させるフィヨン投票者だが、かれらは人生満足度が高く (従って再分配が必要だとは信じない)、また対人信頼感は低い (従って再分配が求められていたとしても、それは上手く機能しまいと信じている)。

人生満足度と対人信頼感は、個人的変数と社会的変数の両方と関連付けることができる。人生満足度は個人的な社会経済特性、とりわけ所得と、緊密に関係している。対人信頼感のほうは、人生の比較的早い時期に決定してしまう因子により説明される: 両親の職業階級、とりわけ両親のかつてよりも成功しているかいないかとの質問、また育った土地の文化などである。Le Bras and Todd (2013) は詳細な歴史データを活用して、フランスにおける地方の歴史的差異がル・ペンを是とする投票と高度に相関していることを証明している。具体的には、拡大家族が共働する伝統をもち諸般の地域慣習を形成しているフランス南西部では、対人信頼感が高く、ル・ペンへの投票は少ない。かたや核家族と個人主義が優勢な北東部では、対人信頼感は低く、ル・ペンへの投票は多い。

イデオロギーの異なる家族

これらの社会学的・経歴的な違いは諸般のイデオロギーに反映されている。投票者集団のあいだで異なる組み合わせを取る、よっつの変数群が存在する。倫理上の価値観 – 同性愛的ライフスタイルの承認など – は概して伝統的な右派左派軸に落とし込まれ、メランションとマクロンの投票者は、フィヨンとル・ペンの投票者と正反対のところにいる。財政上の価値観 – 連帯や前述の再分配など – は、マクロンとル・ペンの投票者にとっては大きな関心事ではない。メランションとフィヨンの投票者にとっては大問題だが、お互いの方向性は正反対である。

図3 投票者選択ごとにみた、イデオロギー的グループ分け (合成変数)

:  2017年第一回選挙における各候補者の投票者による回答の加重平均。各イデオロギーの構成に使用した質問はAlgan et al. (2018) の表1で確認できる。

ポピュリズムは、例えばエリート層への不信という形式を取ったそれについていえば、一方をル・ペンとメランションの投票者、他方をフィヨンとマクロンの投票者とする分断の存在を明らかにする。最後に、開放性の価値観 – EU支持であるなど – は、マクロンとル・ペンの投票者のあいだでは正反対の方向性が強く表出されているが、フィヨンとメランションの投票者はこの種の論点に相対的に無関心である。

新たな脱階級化?

伝統的な右派左派軸の変容については、旧来の階級制度の瓦解というものがひとつありうる説明となろう [訳註2]。本データからもこの前提に対する一定の支持が得られている。伝統的な左派右派軸上でみると、メランション投票者のあいだでは、かれらの敵対者たるフィヨン投票者とちょうど同じように、階級意識の感覚が共有されている。どちらの階級においても、その社会的および職業的な階級が投票に関係しており、このことは個人所得について調整したあとでも変わらない。ところがル・ペンとマクロンの投票者のあいだにはもっと個人主義的な視座が共有されており、所得について調整してしまうと、階級および隣人の所得はその投票にさほど関係していない。従って、伝統的な右派左派軸の崩壊の理由については、フランス階級制度の漸次的崩壊と伝統的な社会構造の浸食によって、多数の個人が散り散りのまま社会から弾き出された状態に置かれていることがひとつのありうる説明となる。1930年代における全体主義の勃興に対するハンナ・アーレントの分析に擬えて、「階級 (classes)」 から 「大衆 (masses)」 への移行とでもいえようか。

参考文献

Algan, Y, E Beasley, D Cohen and M Foucault (2018) , “The rise of populism and the collapse of the left-right paradigm: Lessons from the 2017 French presidential election”, CEPR Discussion Paper 13103.

Dustmann, C., Eichengreen, B., Otten, S., Sapir, A., Tabellini, G., & Zoega, G. (2017). Europe’s trust deficit: causes and remedies, CEPR Press.

Le Bras, H. and E. Todd (2013). Le Mystere Français. Paris: Le Seuil.

1 本稿では 「ポピュリスト」 の語句を、ラディカル右派 – 同盟 (Liga) や国民戦線のような – の性格付けとして用いている。ラディカル左派も同じくらい反体制的であるが、我々が明らかにするように、マイノリティに対する同種の偏見は共有されておらず、支持する経済綱要も全く別物である。

2 注意してほしいのが、投票者選好への言及はフランス政治研究センター質問紙に対する回答から確保したものであり、候補者の発言から得たものではない点だ。ル・ペンの綱要が再分配政策を含んでいた可能性はあるとはいえ、投票者に選好について尋ねた時、ル・ペンに投票した人達の再分配に対する選好は、メランションに投票した人達よりも遥かに弱かったのである。

3 幾つかの論文がこの決定的な問題を取り上げている; そのうち数点については我々の論文で批評している。

4 人生満足度の質問は、「あなたは自分が歩んでいる人生にどれくらい満足していますか? (How satisfied are you with the life you lead?)」 で、尺度は0から10まで。対人信頼感 (質問は、「一般的にいえば、ほとんどの人は信頼できるといえるでしょうか。それとも、他人と関わるときには注意してし過ぎることなどないでしょうか? (Generally speaking, would you say that most people can be trusted, or that you can never be too careful when dealing with others?)」 などといった信頼感に関する質問群の線形結合からなる)。


訳註1. : 元論文の関連個所には次の図が掲載されている:

出典: Algan et al. 2018より引用