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ズザンナ・イルソーヴァ, トマーシュ・ハヴラニク, ドミニク・ヘルマン 「サマータイムはエネルギー節約にならない」(2017年12月2日)

Zuzana Irsova, Tomas Havranek, Dominik Herman, “Daylight saving saves no energy“, (VOX, 02 December 2017)


サマータイムのもともとの根拠はエネルギーの節約だった。しかし本稿が明らかにするところ、この論点に関する現代の実証文献では、平均的にみて何ら節約効果が確認されていない。節約量は緯度と関係している – すなわち、緯度が比較的高い地域では節約効果が僅かに大きくなるが、亜熱帯地域においてはサマータイムのためにかえって消費エネルギーが増加する。スカンディナヴィア地域においてさえ、節約効果は年間エネルギー消費の0.3%程度にとどまる。サマータイムの続用を正当化するつもりならば、政策立案者はこの政策のもつ何か別の効果に着目する必要がある。

ヨーロッパ人やアメリカ人の殆どが、サマータイム (DST: daylight saving time) はエネルギー消費を削減するものだと学校で教えられる。そしてこの社会通念は、セイラーとサンスティーンをはじめとする堂々たる面々によっても繰り返し語られてきた。彼らの著書 Nudge (Thaler and Sunstein 2008) でもDSTが称賛されている。周知の如く、サマータイムはもともと第一次世界大戦中に幾つかの国でエネルギー使用を減らすために採用されたものだったが、現代の経済におけるDST関連のエネルギー節約量を扱ったアカデミックな研究は驚くほど層が薄い。ジャーナルに掲載された記事や、未公開の研究論文、またエネルギー企業のレポート、政府白書、博士論文などを我々が渉猟したところ、Ebersole (1974) のパイオニア的レポート以降の研究で活用できそうなものが44点見つかった。残念ながら、関連文献にぱっと目を通す程度ではどうにもならないのだ。推定値はばらばらであり、一定のコンセンサス値に収束するどころではない。

図1 報告推定値は時代を下るにつれ発散してゆく

: サマータイムがエネルギー使用に及ぼす影響を測定した諸研究。エネルギー節約を示唆するのは負の推定値である。

関連文献のなかには既にふたつのサーベイ調査 -Reincke and van den Broek (1999) とAries and Newsham (2008) – があるが、ここでも研究者が異なると得られる結果も相当に異なってくる様子が示されている。DSTに由来するエネルギー節約を支持する実証データを見つけることは可能だ。ただそれとちょうど同じように、DSTと結び付いたエネルギー需要の増加を示す実証データも見つかるのである。例えば、最も多く引用されている研究としてKotchen and Grant (2011) があるが、そこでの結論は、政策目標とは裏腹に、DSTはエネルギー消費を増加させるというものだ (同研究がこれほど多く引用されているのもこの結果ゆえかもしれない。もっとも、これが掲載されたのが The Review of Economics and Statistics という権威あるジャーナルだったのもまた事実である)。ところがAries and Newsham (2008: 1864) での結論は、「DSTがエネルギー使用に及ぼす影響の在り方に関し、既存の知識は限られている、あるいは不完全である、さもなくば矛盾している」 というものだ。まさにその通りで、数多くの個別研究ではその内部においてさえ、矛盾する結果を見つけることが出来る。図2はそうした状況を如実に示す。

図2 研究間でも研究内部でも推定値には大きな幅がある

: サマータイムがエネルギー使用に及ぼす影響を測定した諸研究。エネルギー節約を示唆するのは負の推定値である。

メタ分析の試み

近日刊行される我々の論文では、関連文献の定量的統合を実施した: メタ分析の試みである (Irsova et al. 2018)1。こうした研究結果の違いを、データや方法の違い、さらに場合によっては広い意味での研究クオリティの違いにまで辿ってみようというのが我々のねらいである。DSTがエネルギー消費に及ぼす影響を扱った前述の研究44点から、活用可能な推定値を162個収集した。そのうえで、まず初めに公表バイアス (publication bias) の検証を行った。これは実証経済学における研究成果を二倍に誇張する形で現れるのが典型である (Ioannidis et al. 2017)。ところが公表バイアスは全く確認されなかった。これはそれだけで注目に値する発見だ。たしかに我々のデータセットには未公刊論文が多数含まれているが、しかし経済学では公表バイアスはワーキングペーパーにおいてさえ確認されるのが典型である。直感に反し、統計的に有意でないような結果は、多くの著者が常習的に蔑ろにしているためだ。

公表バイアスが無いので、我々は本分析の主要部分に進んでよいことになる – すなわち、報告推定値がこうまでばらつくのは何故なのか、これを調べてゆく。この目的のため、DST効果の推定値を、これら推定値が確認された文脈と関連したファクターに回帰させた。例えば、該当推定値と対応する地域における、最長日照時間の数値などを取り入れている。他のファクターとしては、エネルギー使用に関するデータの周期 (時間単位または日単位)、推定方法 (シミュレーション・差分の差分・単純回帰)、エネルギー使用の定義 (商用・居住用・照明のみ)、研究クオリティに関わっているかもしれない事情 (ジャーナル掲載・発行元のインパクトファクター・引用数) を考慮し、調整を行った。

図3 報告推定値のサイズと相関のあるファクター

: 諸般のファクターを、その重要性に従って上から下に並べている。列はこれらファクターの組み合わせ (モデル) を示し、モデルの有用性に従って左から右に並べられている。相対的な有用性は列の幅で表している。青い色は、該当ファクターが、発見されるDST節約量が少なくなる方向に寄与することを意味する。

結果、権威ある版元から出ている研究ほどサマータイムによるエネルギー節約を低く報告していること、また夏季日照時間の長い (つまり相対的に緯度が高い) 国ほどエネルギー節約量が大きくなることが明らかになった。データの周期と推定方法論も重要である。

つづいて、本サンプル中の各国について、関連文献におけるベストプラクティス条件のもとでは、どのようなDST効果の推定値が得られるか計算した。これは基本的には、メタ分析の結果を用いて推定値を再計算する際に、あたかもそれら全てが差分の差分アプローチと時間単位データを使った研究により導き出されたのち、最大のインパクトファクターを誇る発行元から公表されたかのように扱ったものである。表1にベストプラクティス推定値を示す。

表 1 サマータイムがエネルギー消費に及ぼす効果 (国毎)

負の推定値はその国ではDSTがエネルギー消費を削減したことを意味する。緯度が比較的低い一部の国では、ヨーロッパの国であってもなお、DSTはエネルギー消費を増加させるようである。とはいえ推定値は全て統計的に有意でなく、しかも非常に小さい。データセット全体の平均値は殆どゼロそのものである。ノルウェイはDSTの恩恵が最も大きな国だが、同国においてさえその効果はDST適用時の日中に0.5%あるだけで、したがって年間消費量の0.3%程度にしかならない。

結語

サマータイムは世界各地の15億もの人々にたいし一年に二回影響を与える – タイムシフトのために生じた交通事故を実証した研究が示すように (Smith 2016)、ときにそれは致命的なものとなる。サマータイムには敢えて語るべきエネルギー節約効果が無いという発見を前にしては、依然として広く援用されているとはいうものの、この政策のもともとの根拠はもはや崩れ去らざるをえない。実際のところ、恐らくDSTはあまり良いナッジではない; 何ダースもの国がここ数十年のうちに同政策に見切りを付けている。あるいは、夕方日照時間の増加 (longer evening daylight hours) がもたらす好都合な効果は、睡眠不足やさらには交通事故による (さらに可能性としては心臓発作や抑鬱などの事例の増加による) 人命損失の不都合に優越するのかもしれない。あるいは、通年のDSTならば、タイムシフトに関連した数多くの問題を除去しつつ、その便益の大半を維持できるのかもしれない。実際どうなのかは、端的にいって、分からない。サマータイムに関して様々に異なる便益と費用のすべてを体系的に比較した研究が、依然として待望される所以である。

参考文献

Aries, M B C and G R Newsham (2008), “Effect of daylight saving time on lighting energy use: A literature review”, Energy Policy 36(6): 1858–1866.

Ebersole, N U (1974), The Year-Round Daylight Saving Time Study, Final report to Congress from the Secretary of Transportation, Washington, DC: U.S. Department of Transportation.

Ioannidis J P A, T D Stanley and H Doucouliagos (2017), “The Power of Bias in Economics Research”, The Economic Journal 127: F236–F265.

Irsova, Z, T Havranek and D Herman (2018), “Does Daylight Saving Save Electricity? A Meta-Analysis”, Energy Journal 39(2): 35-61.

Kotchen, M J and L E Grant (2011), “Does Daylight Saving Time Save Energy? Evidence from a Natural Experiment in Indiana”, The Review of Economics and Statistics 93(4): 1172–1185.

Reincke, K-J and F van den Broek (1999), “Executive Summary” in Summer Time: Thorough examination of the implications of summer-time arrangements in the Member States of the European Union, study conducted by Research voor Beleid International for the European Commission.

Smith, A C (2016), “Spring Forward at Your Own Risk: Daylight Saving Time and Fatal Vehicle Crashes”, American Economic Journal: Applied Economics 8(2): 65–91.

Thaler, R and C Sunstein (2008), Nudge, New Haven, CT: Yale University Press.

[1] 完全な論文は、データ及びコードともに、次のページで自由に閲覧できる: http://meta-analysis.cz/dst.

 

リンダ・ユー 「諸国の繁栄に就いて」(2018年8月5日)

Linda Yueh, “On the prosperity of countries“, (VOX, 05 August 2018)


 

1960年から2008年のあいだに繁栄を迎えた中所得国は、たった一ダースほどしかない。ある国が繁栄する傍ら、別の国は失敗する。本稿では、そうした命運を左右する因子について探ってゆく。新制度派経済学の理論と整合的だが、最も大きな繁栄度上昇を享受したのは、成功を収めた国の経済政策や制度改革を採用した経済であった。こうした成功例は、成長政策の策定において、経済学ではお馴染みの資本・労働・技術を超えた視点を持つことの利点を指し示している。

新興経済と発展途上経済が、世界GDPないしグローバル産出量において先進経済よりも多くのシェアを占めるのは、これが初めてのことだ; 2008年金融危機後に境を超えたのちも、この動きはとめどなく進んでいる (図1を参照)。となれば、経済学者はすでに繁栄の鍵の正体を掴んでいるのだろうか?

そもそも世界の諸経済のうち富裕といえるものは四分の一に満たない。繁栄していない国のほうが多いのは何故かという、経済学における長年の問題だ。潮目はいま変わりつつある。だが、多くの国にとって富裕への道は嶮しいものだった。世界銀行の推定によると、1960年における101個の中所得経済のうち、2008年までに繁栄を迎えたものは、たったの一ダースほど (Ageno et al. 2012): すなわち、赤道ギニア・ギリシャ・香港特別行政区 (中国)・アイルランド・イスラエル・日本・モーリシャス・ポルトガル・プエルトリコ・韓国・シンガポール・スペイン・台湾がこれである。

図 1 世界GDPシェア

出典: 世界銀行. PPP (購買力平価) に基づく.

とはいえ、何億もの人々がミドルクラスに加わったのも事実だ。OECDの研究が推定するところ、2030年までには、歴史上はじめて、世界人口の半数超がミドルクラスになるという (OECD 2012)。つまり推定86億人中の49億人。2009年には (約70億人中の) 18億が、一日あたり$10から$100を稼得しているが、これが新たなグローバルミドルクラスを定義する所得尺度となる。これは、各国におけるドルの購買力で調整すると、冷蔵庫一台を購入するのに足る額である。

現在のトレンドに基づくかぎり、2030年には世界中のミドルクラスの約三分の二 – ほぼ30億人 – が、アジアにいることになる。国連はこれを150年来の歴史的変容と形容する (Yueh 2018)。ヨーロッパと北アメリカにおけるミドルクラスは、世界全体にいる同クラスの半数超を占めるところから、その三分の一へと凋落することになる。

こうした事柄はいかに達成されてきたのか? 優れた制度の保持。経済学者が注目するようになったのはこれだ。そしてそうした制度の拡散こそがこれまで鍵を握っていたようなのだが、それはまさに新制度派経済学の父が予言したところでもある。この分野の嚆矢的研究はダグラス・ノースの手によるものだった。彼は、ある経済が好成長を迎える傍ら別の経済ではそうなっていない理由を十分に説明できないにもかかわらず、技術進歩の測定を試みつつ労働者や投資といった測定可能な要素にフォーカスを絞る、新古典派経済学モデルに飽き足らぬ思いをしていたのである。

そこでノースは、経済学をそのコンフォートゾーン – 労働や資本といった比較的容易に測定できる投入物の検討からなる – から外に連れ出す一方、歴史学をはじめ政治学・心理学・戦略論などを新たに取り入れつつ、何故ある国は成功し別の国は失敗するのか、その理由の解明に努めた。彼が強調したのは、〈より大きな成功を収めている経済があっても、各国は自国の制度を改良するためにそこから学ぶことはできない〉 などとする理由はないという点だ。1990年代になると、漸くそうした動きが見られはじめた。

1990年代前半、中国・インド・東ヨーロッパは路線変更をおこなった。中国とインドは世界経済との統合をめざし自国経済を外向きに方向転換し、東ヨーロッパも共産主義制度の旧套を脱し、市場経済を採用した。換言すれば、中央集権的計画 (中国と旧ソヴィエト連邦) および輸入代替型工業化 (インド) の試行をへたのち、これら経済は自らの旧来の手法を放棄するとともに、より大きな成功を収めている経済の経済政策に適応するのみならず、自らそれを採用したのだ。例えば中国。1990年以降の貧困削減の大部を占める同国は、「門戸開放 (open door)」 政策を実施しているが、これはかつて国有企業により支配されていた自国経済における競争を導入・増進するような、グローバル生産網への統合を目論むものである。同様にインドも自国の従来の保護主義政策を放棄し、より大きな規模の輸出を歓迎するようになった。経済体制の大変動があったのはもちろん中央・東ヨーロッパである。共産主義は資本主義に道を譲り、多くの国が全面的に新しい制度を採用した。これら諸国民は自国経済を市場に向けて再調整し、その多くがEUに加盟した。

かくして、1990年代には諸般の新興経済の急速な成長が目撃されたのであるが、最終的にこれら経済の工業化をつうじた成長は、常軌を逸した商品相場のスーパーサイクルにつながった。それは発展の推進をめざすこれら経済の、原材料にたいする貪婪な需要に由縁する。中国を筆頭とし、これら経済の多くが中所得国となるなか、その経済成長にもスローダウンが現われはじめている。これら経済が富裕国になれずじまいになるおそれすらあるほどだ。とはいえ、これら経済の集合的な成長のおかげで十億もの人々が極度の貧困から脱出してきたのであり、国連も同経済の継続的成長が、次の十年間を目途として絶望的な貧困の終焉につながることを希望している。そうなれば、これは歴史的偉業となるだろう。極度の貧困 (extreme poverty)  – すなわち、各国のドル購買力で調整して稼得額が一日あたり$1.90に満たない者 – に終止符を打つという、世界中のあらゆる国によって採択された 「持続可能な開発目標 (Sustainable Development Goals)」 の1つ目も、2030年までには実現できよう。

こうした優れた制度と効果的な経済政策の借用は、まさにダグラス・ノースをはじめとする制度学派経済学者が素描したようなものだった。ベルリンの壁崩壊、1991年の国際通貨基金によるインド救済、1992年の中国による世界経済へ向けた方向転換。これら経済による新路線採用への模索が以上の出来事を要したのはたしかだ。しかし、他国における 「ベストプラクティス」 の模倣と門戸開放をつうじて – それはより大きな成功を収めている外国からの学習を意味した – これらの国々は、ノースであれば予期していたかもしれないとはいえ、ともかく驚嘆すべき進歩を遂げたのである。ノースならば、これら経済が成長政策の策定にあたり資本・労働・技術にとどまらぬより幅広い視点を取ったことを称賛しただろう。

かつてノースはこう発言した: 「ここ二十年か三十年、経済学者の狭量さがずっと私の癪の種でした。いや、経済学者というより、社会科学者全般ですね。新たな領域が丸々残っているのに、それを開放しようとしない」(North et al. 2015: 9)。諸国がみな富裕になるにはどうすればよいのか。ノースのアイデアは、我々をこの積年の問題に回答を与えうる地点に、かつてないほどに接近させている。

参考文献

Agenor, P-R, O Canuto and M Jelenic (2012), “Avoiding middle-income growth traps,” Economic Premise 98: 1.

North, D C, G Brown and D Lueck (2015), “A conversation with Douglass North,” Annual Review of Resource Economics 7: 8–9.

Pezzini, M (2012), “An emerging middle class,” OECD Observer.

Yueh, L (2018), The Great Economists: How Their Ideas Can Help Us Today, London: Viking.

 

 

ラジ・チェティ, ナタニエル・ヘンドレン, マギー・R・ジョーンズ, ソーニャ・R・ポーター 「合衆国における人種と経済機会」(2018月6月27日)

Raj Chetty, Nathaniel Hendren, Maggie R. Jones, Sonya R. Porter, “Race and economic opportunity in the United States“, (VOX, 27 June 2018)


所得における人種格差の原因について、何十年も議論が続いている。本稿では、2000万名の子女とその親に関するデータを活用しつつ、合衆国において人種格差がいかに世代を超えて残存しているかを示してゆく。例えば、同一のブロックで育ったばあいでさえ、黒人男性は白人男性よりも所得階層を上昇する可能性が遥かに小さい。対照的に、黒人女性と白人女性の社会移動率は似通っている。本稿では、こうした発見が今後どのような形で人種格差の縮減に活用できるかも検討する。

所得その他のアウトカムにかかる人種格差は、アメリカ社会における最も露骨かつ執拗な特徴に数えられる。こうした格差の原因については何十年も研究や議論が続いており、その説明にしても、居住地分離 (residential segregation) や差別にはじまり、家族構造や遺伝的特徴の違いにいたる幅がある。

人種格差に関する既存研究の殆どは、単一世代内部における格差を取り上げてきた。そんななか我々の新たな研究では、人種ギャップが世代の あいだで どう変化しているのかに分析を加えている。2000万名の子女 (children) とその親をカバーした個人非特定化データを活用しつつ、人種がいま合衆国における機会の在り方をどう形づくっているのかを明らかにするとともに、今後どうすれば人種格差の縮減をなしうるのかを示した2

発見 #1: ヒスパニック系アメリカ人は世代間で所得分布を上昇している。しかし黒人アメリカ人とアメリカンインディアンにそうした動向は見られない。

我々はつぎの5つの人種・民族 (racial and ethnic) グループを研究対象とした: ヒスパニック系民族の人々・非ヒスパニック系白人・黒人・アジア人・アメリカンインディアン。これらグループにつき、世代間の 〔経済的〕 上向・下向移動率を分析することで、グループの所得変化を定量化しつつ、将来の稼得軌道を予測している。

図 1 人種・民族ごとにみた親と子女の所得対比

ヒスパニック系アメリカ人の世代間上向所得移動率は、白人にわずかに劣るものの、高い値を示している。したがってヒスパニック系の人は、世代間で所得分布をかなり上昇する経路をたどっているので、白人アメリカ人とのあいだに現在みられる所得ギャップについても、潜在的にはその大部分を縮減させてゆくだろう。

アジア系移民は他のどのグループよりも遥かに高い水準の上向移動をみせているが、アジア系子女のうち合衆国で生まれた親をもつ者についてみると、その世代間移動水準は白人子女と似通ったものになる。こうした事情はアジア系アメリカ人の所得軌道の予測をいっそう難しくするが、長期的にみればアジア系人は白人アメリカ人に匹敵あるいはそれを上回る所得水準を保ちそうだ [訳註1]。

以上とは対照的に、黒人およびアメリカンインディアンの子女は、他の人種グループとくらべ上向移動率がかなり低い。例えば、家計所得五分位の最下層に生まれた黒人子女について見ると、家計所得五分位の最上層に上昇する可能性は2.5%だが、白人ではこれが10.6%となっている。

高所得世帯で育ったという出自もこうした格差からの遮断壁にはならない。アメリカンインディアンと黒人の子女の下向 移動率は、その他のグループより遥かに高い。所得五分位の最上層に生まれた黒人子女をみると、最下層五分位に低落する可能性も、最上層五分位に留まる可能性も、殆ど同じである。対照的に、最上層五分位に生まれた白人子女がそこに留まる可能性は、最下層に低落する可能性のほぼ5倍だ。

経済的な移動に関するこうした差のために、黒人とアメリカンインディアンは世代間で 「膠着状態 (stuck in place)」 にある。かれらの所得分布ポジションは、上向移動率の引き上げをめざす活動無しでも時とともに変化してゆくようなものではなさそうだ。

図 2 人種グループごとにみた世代間の所得変化

発見 #2: 黒人-白人所得ギャップは、女性ではなく、男性のアウトカムのギャップによって全面的に牽引されている。

同等の所得をもつ世帯で育った者のあいだでは、黒人男性の成長後の稼得額は、白人男性よりも遥かに少なかった。対照的に、親の所得で条件付けしたばあい、黒人女性は白人女性よりもわずかに稼得額が 多い。なにより、黒人女性と白人女性のあいだには、賃金率ないし労働時間のギャップが殆どあるいは全く存在しない。

他のアウトカムについても類比的なジェンダーギャップが確認されている: 高校修了率・大学進学率・〔刑事施設等への〕 収用に関する黒人-白人ギャップは、男性のほうが女性よりも相当に大きい。親の所得で条件付けしたばあい、黒人女性は、白人 男性 よりも、大学進学率が高い。男性についてとくに鮮明なのが収用ギャップだ: 最低所得世帯に生まれた黒人男性は、その21%がある特定の日 〔収容状態に関して本論文で利用された国勢調査日の2010年4月1日〕 に収容状態にあり、これは他のどのサブグループよりも遥かに高い率である。

図 3 黒人・白人の男女ごとにみた親と子女の所得対比

発見 #3: 世帯特徴の違い – 親の婚姻率・教育水準・財産 – および能力の違いによって説明がつく黒人-白人ギャップは、ごくわずか。

黒人子女は、財産も親の教育水準も劣る、一人親家計で育つ可能性が、遥かに高い – これらはみな、黒人-白人格差の潜在的な説明因子として注目されてきた要素だ。しかし、所得・財産・教育の水準が似通った二人親世帯で育った黒人男性と白人男性のアウトカムを比較してもなお、黒人男性のほうが依然として成人期の所得が相当低いことが判明した。よって、このギャップを説明するうえで前述の世帯特徴の違いが担う役割は限られているといえる。

おそらく最も異論のある点だが、一部の人から、人種格差は生来的な能力の違いに由来するのではないかと提起されている。この仮説は、黒人-白人の間世代ギャップが、男性については存在するものの、女性については存在しない理由を説明していない。なにより、テスト得点における黒人-白人ギャップ – 能力差を支持する既存の議論の殆どで根拠とされてきたもの – は、男性と女性の 両方 について相当程度存在するのである。〈親の所得で条件付けるかぎり、テスト得点が遥かに低い黒人女性が、それでも白人女性に匹敵するアウトカムを得ている〉 事実は、標準テストが人種による (収入に関わってくるかぎりの) 能力の差の正確な測定値を提供していないことを示唆する。これはおそらくテストにおけるステレオタイプ不安や人種バイアスによるのだろう。

発見 #4: 合衆国における近隣圏の99%で、黒人男児の成人期における稼得額は、同等の所得をもった世帯で育った白人男児を下回る。

黒人子女と白人子女が異なるアウトカムを迎える理由について最も著名な理論のひとつは、黒人子女が育つ近隣圏 (neighbourhoods) は白人のそれと異なるというものだ。しかし我々は、黒人男性と白人男性のうち、同一の国勢調査統計区 (平均して約4,250名を抱する小さな地理区域) における同等の所得をもった世帯で育ったもののあいだにも、大きなギャップを確認している。じっさい、この格差は同一ブロックで育った子女のあいだにさえ残存する。これら調査結果は、学校のクオリティをはじめとする近隣圏レベルの資源の差それ自体では黒人男児と白人男児のあいだの間世代ギャップを説明しえないことを露呈する。

黒人-白人格差は事実上すべての地方・近隣圏に実存する。低所得層の黒人男児の経済移動にとって 最良の 都市部のなかには、低所得層の白人男児にとっては 最悪な 都市部に匹敵するものもあり、これは下の図が示す通りだ。それでいてなお、黒人男児の上向移動率は、国の国勢調査統計区の99%において、白人男児よりも低くなっているのである。

図 4 低所得 (25パーセンタイル) 世帯で育った黒人男性・白人男性の平均所得

発見 #5: 黒人男児と白人男児の双方とも低貧困度地域でより優れたアウトカムを得ている。しかし黒人-白人ギャップはそうした近隣圏ほど大きい。

黒人-白人ギャップの蔓延に反し、黒人男児と白人男児の上向移動率には地域により相当な差異があり、これは上に図示した通りである。白人の上向移動率が高い地域ほど、黒人の上向移動率も高くなる傾向がみられる。黒人と白人の双方について、上向移動はグレートプレインズや沿岸部で育った子女が最も高く、工業が主な中西部の都市で最も低い。このパターンのひとつの顕著な例外は南東部であるが、この地では白人の上向移動率が著しく低い (国全体でみた他の白人との対比) 反面、黒人にそうした傾向はみられない。

黒人男児と白人男児はいずれも、「良好な」 地域と一般に認識されている近隣圏において、より優れたアウトカムを得ている: 低い貧困率・高いテスト得点・高い大卒者比率を備えた国勢調査統計区がこれにあたる。しかしながら、平均的にみると黒人-白人ギャップはこうした統計区で育った男児ほど大きい。これは白人のほうが黒人よりも多くの便益をこの種の地域における生活から得ているためである。

発見 #6: 低貧困度地域の内部に注目すると、黒人-白人ギャップは、白人のあいだの人種バイアスが低く、黒人のあいだの父親プレゼンス率が高い場所で、最も小さくなっている。

貧困度の低い近隣圏では、ふたつのタイプの要素が、より良好な黒人男性アウトカム および より小さな黒人-白人ギャップと最も強く結びついている: すなわち、白人のあいだの人種バイアスの低さ、そして黒人のあいだの父親プレゼンス (father presence) 率の高さである [訳註2]。

白人のあいだの人種バイアス – 潜在的バイアス (implicit bias)、またはGoogle検索における明示的な人種的敵愾心 (explicit racial animus) の検証により測定 – が少ない統計区で育った黒人男性ほど、稼得額が多く、収用状態にある可能性が低い。

低所得黒人家計における父親プレゼンス率の高さは、より良好な黒人男児のアウトカムと結び付いているが、黒人女児や白人男児のアウトカムとは無相関である。近隣圏レベルにおける黒人の父親プレゼンスは、自分の父親のプレゼンスとは無関係に、黒人男児のアウトカムを予告するので、問題は親の婚姻ステータスそれ自体ではなく、むしろ父親プレゼンスと結び付いたコミュニティレベルの因子、例えばロールモデル効果ないし社会規範の変化など、であることが示唆される。

発見 #7: 黒人-白人ギャップは不変ではない: 子供の頃により良好な近隣圏に移った黒人男児は、アウトカムを相当に向上させている。

児童期前半に、より良好な地域 – 低い貧困率・低い人種バイアス・より高い父親プレゼンスを備えた地域など – へ移った黒人男性は、成人時における所得がより高く、収容率はより低くなっている。これら発見は、児童期の環境条件が人種格差に 因果的な 効果を及ぼすことを示すとともに、黒人-白人所得ギャップも不変ではないことを証明するものである。

問題なのは、上向移動を涵養するような環境で育つ黒人子女が、現在きわめて少ないことだ。貧困率10%未満かつ黒人父親の半数以上がプレゼンスをもつ地域で育つ黒人子女は、5%に満たない。対照的に、類比的な条件を備えた地域で育つ白人子女は63%にもなる。

インプリケーション

貧困から抜け出す方向の移動率と貧困へと転落する方向の移動率の差は、今日の合衆国における人種格差の中心を占める因子である。黒人-白人ギャップを縮減するには、黒人アメリカ人、わけても黒人男性の上向移動を引き上げる活動が要請されよう。

本調査結果が示すところ、上向移動における黒人-白人ギャップは、変えることのできる環境的因子によって、もっぱら牽引されている。だが、本発見はこれら環境格差と取り組む者が直面する難問も浮き彫りにする。黒人男児と白人男児は、同等の所得・教育・財産を備えた二人親世帯で育ち、同一の都市ブロックで生活し、同一の学校に通っているばあいでさえ、なお極めて異なるアウトカムを迎えている。本発見が示唆するところ、これまで各所で数多くの提言が議論されてきたが、それらは、それ自体では黒人-白人ギャップを縮小するのに不十分であるかもしれず、したがってむしろ考慮すべき新たな方向性を潜在的に暗示するものなのかもしれない。

例えば、単一世代の経済アウトカムの向上にフォーカスした政策 – 一時的な現金給付・最低賃金の引き上げ・普遍的ベーシックインカム構想といったもの – などでも、ある特定の時点における人種ギャップを縮小することはできよう。しかしながら、人種格差を長期的に縮小する可能性となると、それら政策が世代間の上向移動率をも変化させるものでないかぎり、より小さくなる。居住地分離を削減する政策、黒人子女と白人子女とが同一の学校へ通学することを可能にする政策も、それが近隣圏と学校の 内側における 人種的統合を達成するものでないかぎり、ギャップの大部分は依然として手付かずのまま残されるだろう。

近隣圏や階級割線を跨ぐインパクトを引き起こしつつ、他でもない黒人男性の上向移動を引き上げるようなイニシアティブ。黒人-白人ギャップの縮小にとって最も有望なのはこれである。この種の活動には数多くの好例がある: 黒人男児のためのメンタリングプログラム・白人がもつ人種バイアスの削減活動・刑事司法における差別の削減をめざす介入・人種グループを跨いでの交流を促進する活動、等々。我々はこの種の活動の企画と評価こそが上向移動における人種ギャップの削減にむけた有力な道筋だと見ている。

本稿執筆者注: 本稿および本稿に掲載された全ての図は、ラジ・チェティ (スタンフォード), ナタニエル・ヘンドレン (ハーバード), マギー・R・ジョーンズ (合衆国国勢調査局)、ソーニャ・R・ポーター (合衆国国勢調査局) による論文 “Race and Economic Opportunity in the United States: An Intergenerational Perspectiveに基づく。本エグゼキュティブサマリーにおいて表明された見解は必ずしも合衆国国勢調査局の見解ではない。スライドに掲載された統計要約値は国勢調査局の統計開示評価委員会の公開許可番号CBDRB-FY18-195によりクリアされている。

[2] 分析に用いたデータセットに含まれるのは、合衆国で生まれた子女、または、子供の頃に正規移民 (authorized immigrants) として合衆国にやってきた者である。

 


訳註 1. 元論文の関連個所を引く:

“所得分布の25パーセンタイルに位置する親のもとに生まれた白人子女は、平均すると45パーセンタイルにまで到達する。他方、75パーセンタイルに位置する親のもとに生まれた子女は60パーセンタイルに到達する。

White  children  born  to  parents  at  the  25th  percentile  of  the  income  distribution reach the 45th percentile on average, while those born to parents at the 75th percentile reach the 60th percentile.

(中略)

25分位点および75パーセンタイルに位置する親のもとに生まれたアジア系子女は、平均するとそれぞれ56パーセンタイルおよび64パーセンタイルに到達する。低所得層のアジア系子女にみられる高い稼得額は、アジア系人を 「模範的マイノリティ (model minority)」 と見做す世に広まった認識を再現するものとなっている (例: Wong et al. 1998)。ただし、低所得層のアジア系子女がみせるこの例外的な稼得額は、もっぱら第一世代の移民によって牽引されたものである。サンプルを合衆国生まれの母親をもつアジア系人に限定したばあい、アジア系人と白人のあいだの世代間ギャップは、親の所得分部の全体にわたり、平均して約2パーセンタイルになることが分かった。アジア系人の世代間移動にみられるこの傾向変化は、アジア系アメリカ人の所得軌道を予測することをいっそう難しくするが、長期的にみればアジア系人は白人アメリカ人に匹敵あるいはそれを上回る所得水準を保ちそうだ。

Asian children with parents at the 25th and 75th percentiles reach the 56th and 64th percentiles on average, respectively.  The high earnings of low-income Asian children echo the widespread perception of Asians as a “model minority” (e.g., Wong et al. 1998). However, the exceptional outcomes of low-income Asian children are largely driven by first-generation immigrants. Restricting the sample to Asians whose mothers were born in the U.S., we find intergenerational gaps between Asians and whites of approximately 2 percentiles on average across the parental income distribution.  The changing  patterns  of  intergenerational  mobility  for  Asians  make  it  more  difficult  to  predict  the trajectory of their incomes, but Asians appear likely to remain at income levels comparable to or above white Americans in the long run.”

 

訳註 2. 元論文は 「父親プレゼンス (father presence)」 を、

男児が、親にマッチングされた年度の納税申告書において男性によって申告されているかを把捉する指標と定義

We define father presence as an indicator for whether the child is claimed by a male on a tax form in the year he is matched to a parent

している。

 

 

Stephan Brunow, Antonia Birkeneder, Andrés Rodríguez-Pose「ドイツにおける創造的な労働者と科学志向の労働者、そしてイノベーション政策」(2018年7月21日)

Stephan Brunow, Antonia Birkeneder, Andrés Rodríguez-Pose “Creative and science-oriented workers and innovation policy in Germany” (Vox.EU, 21 July 2018)

 

研究はますます、都市、およびとりわけ大都市をイノベーションの現代的な駆動力にするための基本的な力として、創造的な労働者と科学志向の労働者の集中度の上昇を指摘するようになっている。このコラムでは、これがドイツでも当てはまるかについて検証する。結果は、創造的な労働者のイノベーションは企業の境界によって制約されるのに対して、科学志向の労働者は多くのイノベーションのスピルオーバーを生み出しているということを示唆している。ドイツにおいてイノベーションを生み出すための政策は、「クリエイティブな労働者」というよりむしろ「オタク」に焦点を置くことによってより多くのリターンを生み出す傾向にあり、イノベーション政策は、大都市を越えて、「オタク」にとって魅力的であると証明されたより広い範囲の領域に向かうべきである。

 

「創造的でイノベーティブで心の広いみなさん…この都市で機会を見つけてください。」このスローガンのもと、ベルリンは2008年にブランディングキャンペーンを開始した。キャンペーンの目標は、ベルリンのイメージを、観光客とより重要なことにはアントレプレナーを惹きつける事ができる、華やかで多様性があり寛容な大都市として磨くことだった。創造性とイノベーティブさは、このようにしてベルリンの経済のアジェンダのまさに最重要課題に据えられた。

しかし、ベルリンは、創造性と革新性に関する経済的評判を確立しようとする都市の中の例外ではない。事実上、すべての都市は創造性と革新を同じコインの両面とみなしている。野心的な「スマートな都市」は、イノベーションと経済のはしごを登るという目的で、創造的な階層をますます呼び寄せようとしている。それはしばしば現地の設備と住環境の改善という方法による(Florida 2004, Partridge 2010)。よりイノベーティブで創造的な都市はより一生懸命に考えている。それらはまた、将来の福祉と成長の拠点とも考えられている。したがって、創造性とイノベーションはより良い生存性と進歩のための前提条件とみなされる。したがって、創造性とイノベーションは、最もスマートな都市と都市開発戦略の中心となっている(Florida 2014, Lee and Rodríguez-Pose 2016)。

科学志向の労働者は、一般に、創造的な労働者ほど注意を引いてこなかった。科学志向の労働者は高度に熟練しており、頻繁にイノベーションをもたらす非日常業務を行う傾向が非常に頻繁にある(Hyde et al. 2008)。しかし、創造的な労働者を引きつけることを目標としたますます多くの公共政策――Florida (2004)にしたがえば――とは対照的に、科学志向の労働者の追求により慣れているので、都市や地域はこの課題を企業に任せている。それゆえに、後に残る疑問は、創造的な個人――Marrocu and Paci (2012)が「ボヘミアン」と呼ぶところのもの――あるいは理工系の分野で創造的な活動を行っている高度に熟練した専門家によってもたらされたイノベーションの利益のどちらがより多くあるのかと関連している。どのタイプの都市と地域がこれらの二種類の労働者を惹きつけるための政策から最も利益を得るのかに関する疑問もまた存在する。われわれは、ドイツに焦点を当てた近年の論文でこれらの疑問を探っている。

 

ドイツでは「ボヘミアン」と「ギーク」は同じ場所に入り混じっているのか?

学術的な研究においては、創造的な労働者と理工系の労働者の両者ともに、彼らの才能を発達させる最大の機会を提供する場所――すなわち都市――に群れるというのが支配的な見解であってきた。そしてより大きくより人口密度が高い都市ほど、より良い。しかしながら、このことはドイツには当てはまらないように思われる。図1は、NUTS 3レベル[1]でのドイツの地域全体の創造的な労働者および理工系の職業の地域シェアをマッピングしている。上の図は創造的な労働者の分布を描写している。二、三の例外はあるが、ドイツの創造的な労働者は、実際に、基本的には大都市の住民である。彼らは都市に集中している――そこでは彼らの割合は労働力全体の4%を超えている。下の図は理工系の労働者の分布を示している。ドイツの「オタク」は、対照的に、「ボヘミアン」に比べてはるかに都市に集中していないのである。科学志向の労働者は、バイエルン州やバーデン=ヴュルテンベルク州のような経済的に強い地域に位置している傾向にある。それは、それらの地域が彼らを好むか、あるいは彼らが連続して存在することがそれらの地域をより豊かにしたからである。対照的に、彼らの数はその数は主に農村地域ではかなり低く、そしてあるいはまたはドイツ東部と北部の地域に遅れている。ベルリンやミュンヘンのような大都市は創造的な労働者のシェアが高いが、それと比較すると理工系の労働者のシェアはかなり低い。

図1. 2014年の全ての労働者に対する創造的な労働者および理工系の労働者の地域分布)

a) 創造的な労働者

b) 理工系労働者

Source: IAB-ES data based on all regional employees in both groups to provide regionally representativeness.  BKG Geodatenbasis 2015.

 

創造的な労働者と理工系の労働者の間のこの違いはドイツにおいてイノベーションの地理に影響を与えているのか?

ドイツの「ボヘミアン」と「オタク」の地理の違いはドイツ企業がイノベーションをするための能力にどのような影響を与えるのだろうか。1998年から2015年の期間の11万5000以上の企業レベルの観察を網羅したわれわれの計量経済学的な分析では、実際に、ドイツにおけるイノベーションは、創造的な労働者および理工系の労働者の雇用のシェアと相関関係がある。より多くの「ボヘミアン」とより多くの「オタク」を雇用している企業は、そうでない企業に比べてよりイノベーティブである。この関係は、企業レベルのイノベーションにも影響を及ぼす多数の地域的、部門的、およびその他の施設関連の特性のコントロールに対して揺るがない。

しかしながら、創造的な労働者と理工系の労働者の役割は、企業という壁の外では大きく異なる。創造的な労働者は企業という境界の中でイノベーションをもたらしているようにしかみえないのに対し、理工系の労働者は、イノベーション能力を周辺の領域に拡張することが可能である――それに加えて、イノベーションに全体的な影響が強い。

 

創造的な労働者ではなく科学的な労働者のための公共政策

これらの結果は、ドイツの都市や地域においてイノベーションを駆り立てるために実施されてきた公共政策について思考の糧を提供する。都市や地方をよりスマートでよりイノベーティブにすることを目標とする地方の意思決定者にとって、この分析の結果は、方向性において、創造的な労働者と理工系の労働者を惹きつける政策は両方ともに、イノベーションという形で重要なリターンを生み出しうるということを指摘している。しかし、これに加えて限られたリソースに直面したとき、理工系の労働者を募集することは、独創的な労働者に専念するよりも、より大きな価値を提供しうる。創造的な労働者は主に会社内のイノベーションを促進するため、より多くの政策を導入することによる公的利益はより限定的になる。したがって、公共部門が民間企業によるイノベーションの創出と割り当てを助成するのではなく、個々の企業は、適切なスキルを持つ人材を採用することによって、創造性を高めるための努力を強化するだろう。対照的に、ドイツの理工系の労働者は、会社を超えて、同じ都市およびまたはあるいは地方の周辺企業や周辺地域に流出する恩恵を提供する。理工系の労働者はまた、最大規模の都市集積を超えたイノベーション能力を活発化させ、中小都市におけるイノベーションと経済的ダイナミズムにとってより大きな役割を果たしうる。このことは、結局のところ、ドイツの都市や町をよりスマートにするために、公共資源を使って理工系の労働者を引きつけることをより正当なものだと主張している。

 

References

Brunow, S, A Birkeneder and A Rodríguez-Pose (2018), “Creative and science oriented employees and firm-level innovation”, Cities 78: 27-38.

Florida, R (2004), The rise of the Creative class and how it’s transforming work, leisure, community and everyday life, Basic Books.

Glaeser, E (2005), “Review of Richard Florida’s The rise of the Creative Class”, Regional Science and Urban Economics 35(5): 593–596.

Hyde, J S, S M Lindberg, M C Linn, A B Ellis and C C Williams (2008), “Gender similarities characterize math performance”, Science 321(5888): 494-495.

Lee, N and A Rodríguez-Pose (2016), “Is There Trickle-Down from Tech? Poverty, Employment, and the High-Technology Multiplier in US Cities”, Annals of the American Association of Geographers 106(5):  1114-1134.

Marrocu, E and R Paci (2012), “Education or Creativity: What Matters Most for Economic Performance?”, Economic Geography 88(4):369–401.

Partridge, M D (2010), “The duelling models: NEG vs amenity migration in explaining US engines of growth”, Papers in Regional Science 89(3): 513-536.

 

[1]NUTS 3レベルとは、ドイツの地方行政区分の区分法の一つである。NUTS 1レベルは州(Land)単位で区分したもの、NUTS 2レベルは州の下にある県(Regierungsbezirk)単位で区分したもの、NUTS 3レベルとは県の下にある郡(Landkreis)や独立市(Kreisfreie Stadt)単位で区分したものを指す。

トルスロヴ,ウィアー,ザックマン「失われし諸国民の利益」

Thomas Tørsløv, Ludvig Wier, Gabriel Zucman “The missing profits of nationsVOX.EU, July 23, 2018

1985年から2018年にかけ,法定法人税率の世界平均は半分以上も低下した。本稿では,新たなマクロ経済データを用い,利益移転がこの低下の主要な原動力であることを示す。2015年には,40%近くの多国間での利益が人為的にタックスヘイブンに移転され,この膨大な租税回避,そしてその抑制の失敗によってますます多くの国々が多国籍企業に対する課税を諦めることにつながっている。 [Read more…]

ベンヤミン・ボーン, ゲルノート・ミュラー,モリッツ・シューラリク, ペトル・セドラーチェク「安定した天才: 合衆国経済への 『トランプ効果』 を推定する」(2018年7月18日)

Benjamin Born, Gernot Müller, Moritz Schularick, Petr Sedláček, “Stable genius: Estimating the ‘Trump effect’ on the US economy“, (VOX, 18 July 2018)


合衆国の成長と雇用は過去18ヶ月にわたり盤石を誇ってきた。そうしたなかトランプ大統領は度々こうしたトレンドをかれの個人的功績に帰している。本稿では、トランプ無しの合衆国経済がたどったであろう推移を考察してゆく。ひとつの分析が示すところ、選挙後トランプ政権下の合衆国経済パフォーマンスと、トランプ無しの合成的 「ドッペルゲンガー」 合衆国経済のあいだに違いは無い。これは、これまでのところ 「トランプ効果」 が存在しなかったことを示唆する。

多くの尺度でみて、合衆国経済はいま好調を迎えている。そうした指標をひとつピックアップすれば、2018年5月に失業率は、3.8%という、ここ二十年間で最も低い値に到達した。トランプ大統領は、就任してから1年と半年になるが、こうした展開を自らの功績と称して憚らない。その特徴的な誇張表現をもってかれが主張するところ:

我々はいま最高に素晴らしい経済を迎えている。これまでなかったほどいや歴史上なかったほどかもしれない。我々がこれまで経験したなかで最も素晴らしい経済だ…. 勝ったのが我々でなければ、この経済も駄目になっていただろう」(Trump 2018)

ホワイトハウスが出した最近の発表は、トランプ大統領の 「成長指向アジェンダ (pro-growth agenda)」 のおかげで 「合衆国経済は300万近くの雇用を創出した」(The White House 2018) と主張している。しかしこの好況に沸く経済にたいし、トランプ大統領は、本当のところどの程度の功績を認められるべきなのか?

この問いに答えるには、単に合衆国経済パフォーマンスのみに着目していてはいけない。そうではなく、トランプ大統領が不在だったとしたら合衆国経済はどんな風に推移していったか、これを解明することで、実際のパフォーマンスと反実仮想的な 「トランプ無し」 シナリオの比較を可能にする必要がある。その種の適切な反実仮想を衆国経済について確保するにあたり必要となるのは、慎重な統計的分析である。我々の新たな論文では、まさにそのような分析をおこなっている (Born et al. 2018a)。

反実仮想の確保

単純なアプローチでは、なにか経済構造の点で比較的似通っているように見える別の国をピックアップし、それをベンチマークに利用するという流れになるだろう。例えば、2017年以降の合衆国経済パフォーマンスを、カナダやEUといったその他の先進経済と比較するといったように。しかし、これは様々な理由から到底満足できるものではない。どの国と比較すべきかは、どうすれば分かるのだろうか?

我々のアプローチでは、データ自身に語らせる。あるアルゴリズムを用いて、合衆国以外の諸経済をどのように組み合わせれば、2016年選挙以前に合衆国実質GDPがたどった推移と可能なかぎり最も正確にマッチするのか、これを決定させたのである。この目的を果たすため、我々はその他30個のOECD経済と1995Q1から2016Q3にいたる観測値をふくむ大規模データセットに依拠している。良好なマッチが得られたならば、つづいてトランプ選出以降に合衆国経済がたどった推移を、トランプ選出なる 「処置」 を施されていないこのドッペルゲンガーと比較することができるようになる。

このいわゆる合成対照法 (synthetic control method) は、Abadie and Gardeazabal (2003) にまで遡れるもので、本件の他にも類似の一回型事件、たとえばドイツ再統合や合衆国におけるタバコ法制の導入といった出来事につき、その効果を研究するさい応用され成功を収めている (Abadie et al. 2010, 2015)。ちなみに我々の最近の論文でもこの手法を利用し、ブレクジットの経済コスト特定をおこなっている (Born et al. 2018b)。

強調すべき重要な点だが、本アルゴリズムによりピックアップされる経済とそれに与えられるウェイトは全面的にデータ駆動型となっており、他の研究者による追試にも開かれている。アルゴリズムが、合衆国に経済面で近似したドッペルゲンガーを、その他のOECD経済のウェイト付き組み合わせの形でうまく構築できれば、その分だけ本研究結果も正確になるはずだ。合衆国につき、マッチングアルゴリズムは高度のウェイトを、カナダと英国、しかしデンマークとノルウェーにも、帰属させている (詳細はBorn et al. 2018aを参照)。

影響ゼロ: トランプ大統領と合衆国の成長

図1はドッペルゲンガー (赤) と合衆国 (青) についての我々のGDP測定値を示している。2016年11月大統領選挙以前をみると、実質GDPの推移は合衆国とドッペルゲンガーとで極めて似通っている。ドッペルゲンガーは合衆国GDPの時間経路にマッチするように構築されているが、自由なパラメータ (30個の国別ウェイト) より観測値のほうが数が多く、したがってドッペルゲンガーが実際の実質GDPにかくも肉薄している事実は特記に価する。なにより、ドッペルゲンガーは同一のトレンド成長を見せるのみならず、景気循環的変動のほうも類似しているのだ。例えば、ドッペルゲンガー経済が大不況期にこうむった落ち込みも類似的である。

図 1 合衆国とドッペルゲンガーのGDP (指標)

: 点線は予想値。影付き部分は合衆国とドッペルゲンガーのあいだに処置以前にみられた差分の1標準偏差に対応する。

さて合衆国経済はトランプ選出後にドッペルゲンガーをパフォーマンスで上回っているだろうか? ドッペルゲンガーは合衆国経済がトランプ選出無しのばあいにたどったであろう推移についての自然な反実仮想を表わしていることを念頭に置いておいてもらいたい。図1では垂直の線でトランプ投票を表示している。メインの結果は容易に目で見てとれる – ドッペルゲンガーとの対比で見るかぎり合衆国経済の加速というものは存在しない。もしなにかあるとすれば、初期段階でより高いパフォーマンスを出しているのはドッペルゲンガーのほうであり、しかも2018年までに検出可能な差は無くなっている。

強調すべき重要な点だが、ドッペルゲンガーは投票に さきだつ 時期の観測値のみを基礎として構築されている。にもかかわらず、ドッペルゲンガーは合衆国経済の振舞に投票後も肉薄している。これが意味するのは、合衆国経済が選挙前にみられたところとほとんど同じように振舞っていることだ。換言すれば、トランプの存在は合衆国の成長にとって重要ではなかった (immaterial) のである。ドッペルゲンガーの成長もほとんど同じくらい早かったのだから。

この結果は、他のシチュエーションにおいて合成対照法が発見を助けた実体的効果とコントラストをなす。例えば、我々のブレクジット分析では、GDPにたいする大規模かつ有意な効果が確認されている。レファランダム後のななつの四半期が過ぎる間に、英国GDPはドッペルゲンガーとの対比において2%近くもの低下をみせたのである。

図 2 合衆国およびドッペルゲンガーにおける雇用 (指標)

: 点線は予想値。影付き部分は合衆国とドッペルゲンガーのあいだに処置以前にみられた差分の1標準偏差に対応する。

図2はこのメッセージを強めるものである。同図では、GDPを総民間雇用 (total civilian employment) に代えたうえ、合衆国経済がトランプ政権下に置いてドッペルゲンガーを上回る雇用を創出してきたかを検証している。雇用に注目するのは、雇用状況に関してホワイトハウスから発信されている数多くの発言とツイートに鑑みれば自然だろう。図2はこうした諸々の殆どが 「フェイクニュース」 であることを暴露する。選挙以降に合衆国経済がみせた雇用パフォーマンスはドッペルゲンガーと全然異なっていなかった。データ中に、トランプ大統領のおかげで生じた雇用創出の加速を示すものは、なにもない。

結論

合衆国マクロ経済パフォーマンスにたいするトランプ大統領のインパクトは、これまでのところ無視出来る程度だ。適切なベンチマークとの対比するかぎり、合衆国経済における成長の加速も雇用創出の増加も計測されなかった。

つぎのような懸念はありうるだろう。すなわち、合衆国はグローバル経済にかなり統合されているので、同国の政策は地球全体で感得されるほどになっているのではないか。換言すれば、トランプ政策はすべての経済を向上させたので (lifted all boats)、差分的な効果が見つからないだけなのかもしれない。しかし、トランプ効果が確認されないのは、トランプ政策から残余の世界に波及効果が生じた結果に他ならないというのは、様々な理由でありそうにない。というのも、トランプ政権が施行した政策の多くは、金融緩和や租税改革など、国内に焦点を合わせたものだったからだ。

個別政策への詳細な分析は、今後の研究のために残しておきたい。現時点で我々が確信しているのは、トランプ大統領は 「これまでで最も素晴らしい経済」 をおおむね相続したのだということだ。とはいえ我々は、トランプ大統領が合衆国のマクロ経済パフォーマンスの悪化を招いた旨を示すエビデンスは今日にも存在しないこと、こちらも承知している – かれが 安定した、天才であるというのは、本当なのだ。

参考文献

Abadie, A and J Gardeazabal (2003), “The economic costs of conflict: A case study of the Basque country”, American Economic Review 93(1): 113–132.

Abadie, A, A Diamond and J Hainmueller (2010), “Synthetic control methods for comparative case studies: Estimating the effect of California’s tobacco control program”, Journal of the American Statistical Association 105(490): 493–505.

Abadie, A, A Diamond and J Hainmueller (2015), “Comparative politics and the synthetic control method”, American Journal of Political Science 59(2): 495–510.

Born, B, G J Mueller, M Schularick and P Sedlacek (2018a), “Stable genius”, Mimeo.

Born, B, G J Mueller, M Schularick and P Sedlacek (2018b), “The costs of economic nationalism: Evidence from the Brexit experiment”, CEPR Discussion Paper 12454.

Trump, D (2018), “complacent”, 30 March.

The White House (2018), “Results of President Donald J. Trump’s Pro-Growth Agenda”, Briefing, 5 June.

 

エミリア・シメオノワ, ランドール・アキー, ジョン・ホルバイン, ウィリアム・E・コープランド, E・ジェーン・コステロ「投票率が低いとな? 家計所得を増やせば宜しかろう」(2018年7月15日)

Emilia Simeonova, Randall Akee, John Holbein, William E. Copeland, E. Jane Costello, “Low voter turnout? Increasing household income may help“, (VOX, 15 July 2018)


少なくとも合衆国について、すでに政治学者は結論的に示している。すなわち、金持ちほど投票する、と。しかしこれは厄介なインプリケーションをはらんでいる。ある政府現金給付プログラムのデータを活用した本稿では、所得分布の下半分に位置する家計のうち、追加的所得を受領していたところで育った子供は、かれらの対応者に当たるこうした給付を受領しなかった者とくらべ、成人になってから投票を行う傾向が高かったことを示してゆく。この結果が示唆するのは、所得格差の縮減をめざす活動が市民参加ギャップの縮減という思わぬ副次効果をもつ可能性である。

投票は、あらゆる民主国における市民の基本的な権利であり、責任である。だが合衆国における投票率は中間選挙についてみわたすと40%ほど、大統領選挙については60%ほどとなっている。つまり、投票資格をもつ者10人のうち、少なくとも4人、多くて6人が、投票を棄権していることになる。これは合衆国に固有な現象ではない – 経済的に発展した民主主義国のうち、最近の選挙への参加率が70%を下回るものには、フランス・カナダ・アイルランド・スペイン・英国も含まれる (Pew Research 2018)。

政治学者はすでに結論的に示しているが、少なくとも合衆国では、投票参加は所得と強く相関している (例: Verba et al. 1995)。金持ちほど投票するのである。このような形の社会格差は色々なレベルで厄介である。実際的観点からいえば、こうした傾向性は代議制統治に歪を生み出すような下流効果 (downstream effects) をもつようだ – つまり公共政策に富裕層寄りのバイアスをかける傾向性を、強化してしまうのだ (Schlozman et al. 2012, Griffin and Newman 2005, Gilens 2012, Bartels 2009)。じっさいこの点を論じた最も説得力のある研究では、誰が選挙に参加するかは、誰が当選するか、当選した人がどんな政策を施行するかに影響することが示される傾向がある (Fowler 2013, Griffin and Newman 2005, Leighley and Nagler 2013, Madestam et al. 2013)。

投票率にみられるこの所得勾配は、財政的なリソースと市民参加のあいだの因果関係に由来するのだろうか? それとも所得はなにか別の、たとえば家計がもつ政治への関心といった特性と相関していて、これが観察される相関の背後にひそむ真の駆動因となっているのだろうか? とはいえ家計がもつ他の選好には作用しないような無作為ショックは見当たらないから、これら二説を分離するのは難しい。

そんななか我々の最近の論文はつぎのことを明らかにしている。すなわち、ある擬似実験的な政府現金給付のために非稼得所得にたいするプラスの外的ショックを経験した家計で育った子供は、成人になってから投票する傾向がより高く、しかもこのことは親が投票をしていなかったばあいにもあてはまるのである (Akee et al. 2018)。所得が増加するにつれ追加的所得が市民参加に及ぼす効果は逓減してゆく旨を予測する理論とも整合的だが、この発見が妥当するのは、同無条件給付開始前の時点で所得分布の下半分に位置していた家計の子供のみである。

本所得給付は、あるアメリカンインディアン居留地で新たに開設されたゲーミング事業から発生したもので、初期段階所得のいかんを問わず、部族として登録されている全ての 〔成人〕 構成員に分配された。我々は、部族として登録されている構成員とその子供、および周辺カウンティに居住するアメリカンインディアン以外の人 (本給付の影響を受けていない) を対象とした、二十年以上にわたるパネルデータを活用しつつ、これを投票権者登録名簿と関連付けた。なお、子供が未成年 (minors) であるあいだに受領された有資格家計あたりの平均給付額は、一年あたり$4,700ほど。給付以前の段階で本サンプル中の家計が得ていた平均年間所得は、$27,000ほどである。

同一家計における親と子供の投票パターンを検討した結果、これら二者のあいだの強い相関を示すエビデンスが得られた。貧しい親ほど投票する傾向が低く、その子供についても同じことがいえるのである。しかし驚くべき発見があった。すなわち、子供の青年期 (adolescent years) に家計所得が増加すると、親と子供の投票行動のあいだにあるこの関係に乱れが生ずるのである。

家計所得が成人した子供の投票参加に及ぼすプラスの影響は、初期段階でより貧しかった世帯の子供に牽引されている

我々は、初期段階の所得分布の下半分に出自をもつ子供は、かれらの対応者に当たる 〈青年期に増加した所得を受領していなかった者〉 とくらべ、成人になってから投票する確率が10から20%ポイント高いことを突き止めた。図1に、初期段階でメディアン所得を上回っていた家計と下回っていた家計、それぞれを出自とする子供の投票行動にたいし、所得給付がどのように影響するのかを示す。

図 1 成人期に入った子供の投票確率

: 推定値はすべて2002年選挙との比較

以上と関連した分析では、ひとたび追加家計所得を考慮に入れると、親と子供の投票確率のあいだにみられる関係の強さが減退することを示した。ひとつのきわめて有力な解釈は、〈家計所得の増加が投票行動の間世代的伝播を乱している、少なくとも初期段階で投票する見込みが最も薄かった者についてはそうなっている〉というものだ。

大人の投票行動は変化しない

また、親は自分の投票行動を家計所得の増加に反応して変化させるのか、この点も検証している。しかしその種の効果は確認されなかった。図2には、観測値を前述の所得増加経験の有無に従い区別したばあいの、親の投票確率の差を、給付が始まる前の期間 (1996年にさきだつ時期) とその後の時期についてプロットしている。図が明らかにするように、これらふたつのグループ間に親の投票行為への画一的な影響はみられない。

ここから我々は結論する。すなわち、青年期の家計所得は、子供の後年の投票確率に作用するが、大人にはなんら影響をもたないのである。これは、投票性向が人生の比較的早い時期に決まってしまう可能性を示唆する。したがって、情報キャンペーンや追加所得など、成人期の介入には多々あるが、これらには投票率に直結する影響は殆どないのかもしれない。

図 2 家計所得増加を経験した親の投票行為 (1992-2014)

: 推定値はすべて1996年との比較

追加所得はどのような仕組みで子供の将来の投票参加を改善させるのか?

これら問題にたいする現代的な実証研究は比較的少なく、我々が記述した効果をもたらすメカニズムはよく解っていない。とはいえ我々は、前述の発見を説明できる可能性のある幾つかの仮説を提起している。一、無条件給付を受領した世帯は転居する傾向がより低かった。追加所得は、子供が有意義な社会コネクションを形成し維持しうるだけの長い期間、世帯がひとつの場所にとどまる見込みを引き上げることで、子供の社会資本を向上させる可能性がある。そうしたことから、子供は自らが気に掛けるコミュニティにおける市民参加にたいし、より大きな潜在的便益を見い出すようになる可能性がある。二、我々は、初期段階でより貧しく、そして所得給付を受領した家計を出自とする子供ほど、より多くの教育を修了している傾向が高いことも突き止めた。これら両経路は – 社会資本の増加と人的資本の増加 – ともに投票確率の増加に結実するのではないか。

合衆国では、不利な立場にある社会経済的ステータスの低い世帯の投票参加を増加させようと、数多くの活動がおこなわれてきた。さまざまな特別プログラムが、市民にたいし、種々の情報を提供し、社会的ナッジを施してきた。残念ながら、こうした介入の殆どは、不利な立場にある人口層にたいし見るべき効果をもたらしていないばかりか、あるいはかえって裏目に出て参加ギャップを悪化させてしまったことさえある。そんななか今回の研究結果は、所得格差の縮減をめざす活動が、これ自体近年の民主主義国にとって大きなしかもなお大きくなり続けている負担であるものの、市民参加ギャップの縮減に思わぬ副次効果をもたらす可能性を示唆する。興味深いではないか。将来の所得格差を縮めてくれるだろう政策を後押しする一つの方法は、どうやら今ここで子供を貧困から掬い出すことであるらしいのだ。

参考文献

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サンミン・オム, ティム・リー, ヨンソク・シン「産業のコンピュータ化と職のオートメイト化: 集計的生産性トレンドを繙く」(2018年7月4日)

Sangmin Aum, Tim Lee, Yongseok Shin, “Computerising industries and routinising jobs: Explaining trends in aggregate productivity“, (VOX,  04 July 2018)


過去三十年間が目撃したのは前代未聞の技術的発展だった。労働市場ひいては経済全体が、大きな衝撃をうけた。本稿では、オートメイト化とコンピュータ利用増加がこの過去三十年間の生産性トレンドにいかに作用してきたかを調査してゆく。調査結果が示唆するところ、オートメイト化は、ミクロレベルで生産性を上昇させた反面、集計的生産性 (aggregate productivity) にたいしては強いスローダウン効果を及ぼした。これは業種間・産業間の要素投入再配分に由来する。

「大不況 (Great Recession)」 後の緩慢な復興のなかにあって、先進諸経済にわたって見られる生産性成長スローダウンに多くの関心が集まっている (しばしば 「長期停滞 (secular stagnation)」 の名で呼ばれる; Teulings and Baldwin 2014を参照)。しかしじつは、このスローダウンは大不況に先行している。図1は合衆国の全要素生産性 (TFP) をプロットしたものだが、スローダウンはすでに2000年代中頃から顕わになっている。一部の人はこれを不可解に思うかもしれない。〈オートメイト化、そしてコンピュータ利用の増加は、生産性を向上させた〉というのが一般的な考えなのである。

図 1 集計的TFP (対数)

出典: National Income and Product Accounts (NIPA) from the Bureau of Economic Analysis (BEA).

長引くスローダウンは、前述の諸経済にとって大きな懸念である。高い失業率しかり、停滞するメディアン賃金しかり、これら経済が直面しているその他の喫緊の課題の多くとも、無関係ではないのだ。緩慢な生産性成長は雇用創出を阻害するほか、少なくとも一時的には富裕層に利するかもしれない。かれらは土地と資本のレント増加から便益を得るのである (Piketty 2014)。

さて Journal of Monetary Economics 特別号における最近の我々の論文では、オートメイト化およびコンピュータ利用の増加が過去三十年間の生産性トレンドに及ぼした作用の存否とその態様を調査している (Aum et al. 2018)。我々の発見が示唆するところ、じつはオートメイト化は、ミクロレベルでの生産性を向上させた反面、集計的TFP成長をスローダウンさせる強い要因だった。これは業種間・産業間でおこなわれた要素投入の再配分に由来する – 一部の業種・産業が平均以上の生産性成長を迎えるばあい、もしそれらが生産において補完的なものであるならば、生産資源は生産性成長のより低いところに再配分される。こうした事態が生ずると、高成長を迎えた業種と産業は相対的な重要性を減じ、集計的生産性成長にたいする寄与もますます少なくなり、結果として集計的生産性成長のスローダウンが起きる。

当然ここで疑問となるのは、なぜ2000年代中頃になるまで生産性成長スローダウンが具現化しなかったのかである。真相はこうだ。つまり合衆国は1960年代後半から1980年代前半にかけてすでに生産性スローダウンの局面を迎えていたのである。これはIT革命に数十年間さきだつ時期に見られた、新技術の波及につづくものだった (図1)。しかし1980年代中頃から2000年代前半にかけて、この動きは当時新興のコンピュータ産業の登場により相殺されまた一時的に圧倒されていたのだ。コンピュータ産業は爆発的な生産性成長をとげ、その産出物はあらゆる産業においてますます重要な生産要素となっていった (「コンピュータ化 (computerisation)」)。

2000年代に入りコンピュータ産業の生産性成長がスローダウンしてようやく、オートメイト化が集計的生産性成長に及ぼす負の効果が顕わになった (図2)。コンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェアの生産性成長は、他の産業と比較すれば依然として高いが、2000年代に入ってからは顕著なスローダウンが現われており、近年その傾向はいっそう強まっている。すでに数十年さきだつ時期から続いていたにもかわらず、〈集計的生産性スローダウンは2000年代に端を発する〉 との誤解が生まれるのは、まさにこの事情のためである。

図 2 コンピュータ産業TFPと全産業平均の対比 (対数)

出典: BEA Industry Accounts.

ルーティン化とコンピュータ化

Autor and Dorn (2013) 以来、信頼できるオートメイト化予測説としてルーティン化仮説が提起されてきた – より優れた機械や技術によって真っ先に置換されたのは、元来ルーティン的な性質をもつような職だった。しかしながら、ここで 「ルーティン化 (routinisation)」 と 「コンピュータ化 (computerisation)」 を区別しておくのは重要だ – オートメイト化が容易な職は、より多くのコンピュータ関連技術を利用する職と同じものではないのである。

図3では、業種をその1980年における平均賃金の順に並べたうえ、Autor and Dorn (2013) で用いられたルーティン化尺度を青でプロットしている。同論文は、ロアーミドル賃金業種にルーティン職傾向があること、そして他ならぬこれら業種こそが新技術により置換されてきたらしいことを示すものだった。 対照的に、相対的に高賃金となっている業種ではコンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェアをともにより多く利用する傾向がある (それぞれ赤・黒)。したがって、オートメイト化は中層賃金労働者を害したかもしれないが、コンピュータ化のほうは相対的高賃金労働者の生産性を高めたのである。

図 3 ルーティン化とコンピュータ利用 (業種毎)

出典: IPUMS Census, BEA NIPA and O*NET.

これら二者は集計的生産性成長とどのように関連しているのか? 我々の分析では、異なる業種・産業におけるルーティン化/オートメイト化スピードの差こそが、集計的生産性のスローダウンを駆動した要因である。図4(a) が示すところ、1980年にルーティン職シェアが大きかった産業ほど、大きな生産性成長を迎えている。つまりこれらは、継時的に見てより多くの職がオートメイト化された産業であることが示唆されるのだ。そうであれば、労働者と従来型資本 〔コンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェアを除く機械・設備〕 には、職のあいだの代替性に依存して、より急速な生産性成長を経験している職に向かうかそれとも離れるか、いずれかの再配分が生じたはずである。データは後者を支持する – 高生産性成長職は、付加価値および雇用シェアを縮減させるなか、集計的生産性に占める部分を減らし始めるが、低生産性成長職が占める部分のほうは増えたのである。この構成シフトが集計的生産性成長のスローダウンにつながったのだ。

図 4(a) ルーティン化と産業TFP成長

出典: IPUMS Census and BEA Industry Accounts.

図 4(b) 産業TFPと雇用成長

出典: BEA Industry Accounts.

以上と関連したものに 「ボーモル病 (Baumol’s disease)」 がある – すなわち、高生産性成長部門が重要性を低減させることはありうるのだが (例: 製造業)、そのために集計的生産性成長がスローダウンする可能性もあるのだ。しかし、我々の調査結果が示すところ、集計的生産性成長の下降トレンドの殆どは、高成長 業種 occupations の縮減によって (高成長 産業 industries ではない) 説明されてしまう。下降トレンドは前者によってほぼ完全に説明できるが、後者の影響は無視しうる程度しかない。これは、オートメイト化が産業レベルというより業種レベルで発生していることを暗示する。

とはいえ注意すべきは、にわかに信じ難いほど高い生産性成長とは裏腹に、コンピュータ産業とりわけハードウェア産業は、ルーティン職に特に高いシェアを有しているわけでもなければ、同産業の雇用が大きく縮減したわけでもないことである。この事実を把捉するため、我々はコンピュータが他と区別された一個の特別な資本投入タイプとして、あらゆる産業の生産において (コンピュータ生産もふくむ) 用いられるというモデルを構築した。

コンピュータ産業の素晴らしい生産性成長がつづく長い期間には、コンピュータ関連ハードウェア・ソフトウェア価格の劇的低下に伴っていた。これが生産において、また投資においてはさらに著しく、コンピュータ需要を底上げした (図5)。事実、コンピュータに大きく依存した産業ほど成長は急速だった (図6)。かくして、一大現象と化した生産性成長は集計的な産出量と生産性に反映され続け、ほぼ二十年間にわたる期間、集計的生産性成長にたいするオートメイト化の負の効果 (および生産における業種間の補完性) を相殺して有り余る働きを見せたのである。

図 5 非住居投資に占めるコンピュータのシェア (%)

出典: BEA Fixed Asset Tables (FAT).

図 6 産業毎に見たコンピュータ資本および付加価値産出成長 (%)

出典: BEA Industry Accounts and FAT Nonresidential Detailed Estimates by Industry and Type.

コンピュータ化・成長・格差

ではコンピュータ化はポスト1980年代の成長にたいし具体的にいってどの程度の寄与をなしたのだろうか? 本モデルの活用により判明したのは、もしコンピュータ産業の成長がなかったとしたら、1980年から2010年にかけての集計的生産性成長は、実際の0.8%にたいし、0.5%のみに留まっていたことだ。〈コンピュータ産業が集計的産出量に占めるシェアは観測期間をとおしてたったの3-4%程度にすぎなかった〉事実に鑑みれば、これは驚くべき大きさである。同産業が担ったこの大役は投資に由来する – この期間をとおし、コンピュータは総投資の約5%から20%へと成長したのである (図5)。

じっさい、コンピュータ部門の生産性成長がまったく不在だったならば、集計的生産性成長は1980年以降単調に低下していったことになる – つまり1970年代のスローダウンが中断なく続いていた可能性もあったのだ (図1)。だから2000年代における集計的な生産性と産出量の緩慢な成長は異常なものではなかったのである – 常軌を逸していたのは、1980年代と1990年代におけるコンピュータ産業の爆発的成長によって駆動された平均を上回る速さのトレンド成長のほうだった。

我々のモデルでは、コンピュータ利用を増加させる産業は、労働を削減する方向での代替をつうじてこれを行う。したがって、高賃金労働者がより多くコンピュータを利用するにしても、それは低賃金労働者の雇用減少を代償になされる。全体的にいって、この代替が、1980年代以降の労働所得シェア (労働者の雇用と賃金) 低下をほぼ完全に説明しうるほど大きなものであることも判明した (Karabarbounis and Neiman 2014)。これは図7に示すとおりである。コンピュータが総資本ストックに占める部分はほんの僅か (3%程度) であるにもかかわらず、こうした状況が生じているのだ。

図 7 労働所得シェアの変化: モデルvsデータ

データ出典: BEA NIPA and Industry Accounts.

以上の事柄は今後どのような意味をもってくるのか? 生産性スローダウンが近い未来にも続いていることはほとんど確実だが、より長い目でみるならば、結局なんらかの新技術が経済全体に行き渡りブームを巻き起こし、これが集計的生産性の底上げ要因としての役割を担うのではないかとも怪しまれるのである。ちょうど過去にコンピュータの勃興がそうしたように。これは良くいって憶測にすぎないが、バイオテック・ナノテック・ロボット工学・人工知能などはみな、「次の大潮流 (next big thing)」 となりおおせる力を秘めているのではないか。しかしそのことが、この種の技術の所有者・使用者と、それに置換される労働者のあいだの格差を悪化させかねないのだから、我々は、将来世代のために投資すべき技能タイプはなにか、これを注視し続けねばならないのは勿論、この地割れに呑まれかねない労働者の安全も確保できるよう取り計らう必要がある。

参考文献

Autor, D and D Dorn (2013), “The growth of low-skill service jobs and the polarization of the US labor market”, American Economic Review.

Karabarbounis, L and B Neiman (2014), “The global decline of the labor share”, Quarterly Journal of Economics.

Aum, S, S Y Lee and Y Shin (2018), “Computerizing industries and routinizing jobs: Explaining trends in aggregate productivity”, Journal of Monetary Economics.

Piketty, T (2014), Capital in the 21st century, A Goldmanner (trans), Harvard University Press.

Teulings, C and R Baldwin (eds) (2014), Secular Stagnation: Facts, Causes and Cures, CEPR Press.

 

パメラ・カンパ, ミシェル・サルフィネーリ「女性・仕事・社会主義」(2018年6月22日)

Pamela Campa, Michel Serafinelli, “Women, work, and socialism” (VOX, 22 June 2018)


仕事とジェンダーにたいする態度は、所与の時と場所における慣習・実態・政策を形成するとともに、同時にそれらによって形成される。本稿では、ジェンダーロールと労働にたいする態度に政治経済体制が及ぼす影響の在り方を調査するため、「鉄のカーテン」 の設立と倒壊に着目する。調査結果が示すところ、国家社会主義政権における女性は、仕事および労働参加にたいし、より否定的でない見解またより伝統主義的でない見解をもつ傾向があった。

仕事にたいする女性の態度、また一般人口におけるジェンダーロールにたいする態度は、時と場所により相当に異なる。例えば、Giavazzi et al. (2013) では、1980-2000年期のヨーロッパ地域およびOECD諸国におけるこれら態度の変容が観察された。またこれら態度は労働市場アウトカムにたいしても有意な効果をもたらすことが示されている。Fortin (2008) は、〈仕事にたいする態度のジェンダー差は、ジェンダー賃金格差を説明するうえで相当な役割を果たす〉旨を示すエビデンスを提示している。さらにFernández et al. (2004) は、ジェンダーロールが女性の労働参加に及ぼす実体的な効果を明らかにする。

ところでこうした態度は、政治経済体制や政府政策から、どの程度影響されているのだろうか? 政治経済体制は態度に影響を及ぼすのか。この問題への回答は、〈体制の決定は無作為に行われるものではない〉 事実のために、一筋縄ではいかないものとなっている。

国家社会主義の擬似実験

そんななか我々の最近の論文では、中央・東ヨーロッパ全体にわたる国家社会主義体制の創設、またこれら体制が、手段的な理由とイデオロギー上の理由の双方から、女性の経済的包摂を促進するために行った活動に着目している (Campa and Serafinelli 2018)。1940年代後半の権力掌握から1960年代後半に至るまでの時期、該当地域全体に存在していた諸般の国家社会主義政権は、女性の経済的包摂の促進をめざす活動に尽力した – これら体制による急速な工業化、そして (高度の労働活用を基礎とした) 経済成長の一般計画は、そうした包摂の如何にかかっていたのである。またなにより、女性の経済的独立は女性の平等に不可欠な前提条件と見做されていた。これら政権はこの原理にコミットしていたとさえいえよう。もっとも、女性労働力の必要のほうが遥かに重要だったのだと主張する学者も多い。いずれにせよ、同一労働同一条件の原則 (principle of equal work under equal conditions)[訳註1]・新しい家族法・教育訓練政策の採用などの法的変化が、この目標の推進をめざして取り入れられた1。そして女性の雇用はこの時期、該当地域全体で増加した。以上の歴史的文脈のなかで、我々は態度への働きかけに政治体制が果たした役割を実証的に調査することにした。

仕事にたいする女性の態度、東・西ドイツのジェンダーロールにたいする態度

本分析の主要部では、1945年以降の東・西ドイツ分断事件を利用している。1945年以前、東・西ドイツの政治経済体制は同一だった。しかし1945年以降になると、同国はふたつに分かたれ、東・西ドイツの女性は極めて異なる制度と政策に曝されるようになる。東ドイツが (とりわけ1960年代に) 女性の資格者雇用を優遇する政策にフォーカスするかたわら、西ドイツでは、女性は 〈子供を授かったあとは家庭に留まる、または長期休職ののちはパートタイム雇用に差し向ける〉 というシステムが奨励されたのである (Trappe 1996, Shaffer 1981)。そこで我々は、サンプル中の女性・男性で、再統一以前に東ドイツで生活していた者と西ドイツで生活していた者につき、その仕事にたいする態度の比較を行うことにした。具体的には、「ドイツ社会経済パネル (GSOEP: German Socioeconomic Panel)」 および回答者の居住地に関する利用制限の課された情報への独自アクセスを活用している。本パネルはドイツ居住世帯にたいする長期的サーベイ調査である。

仕事にたいする態度の測定には、回答者にとってのキャリアサクセスの重要性を尋ねる質問を用いた – この質問は1990年、再統一プロセス完了前の段階でおこなわれたものである。この質問時期は重要だ。これにより、国家社会主義国における生活の効果を、ポスト-社会主義国における生活の効果から引き離すことが可能になるからだ。考え得る問題点としては、東ドイツで生活していた個人の平均的態度を西ドイツのそれと単純に比較すると、分断以前にこれらふたつの地域にあった差異によるバイアスが生ずるかもしれないことが挙げられる。こうした差異が本文脈において関連性を有することを示唆するエビデンスは、幾つか存在する。そこでこの考え得る問題に対処するため、我々はいわゆる空間的回帰不連続フレームワーク (spatial regression discontinuity framework) を用いて、再統一にさきだつ時期に東西国境の近くで生活していた個人のみを対象として比較を行うことにした。

なお以上の背景には、〈東西国境に十分近いエリアのあいだに分断以前からあった差異で、個人の態度に影響を及ぼすようなものはいずれも、国境地点において滑らかに推移していた〉 との仮定がある2。さて結果だが、東ドイツ女性のサンプルでは仕事にたいする態度がより肯定的であったことが判明した。OLS推定値に従うと、1990年の時点で東ドイツの体制に曝されていた女性は、自分にとって仕事での成功は重要であると考える傾向が14%ポイント高かった。空間的回帰不連続分析の結果も同様である。一般的にいえば、東ドイツでは女性も男性も仕事にたいしより多くの重要性を認めていたようだ。しかし東西男性間の差が有意なのはOLSモデル仕様においてのみであり、しかもそれは女性のあいだに観察される差の半分をすら常に下回る程度なのである。

図 1 職業的成功は重要 (回帰不連続グラフ)

: 図は、GSOEPにふくまれる女性と男性について、目盛毎の平均値と線形回帰を示したもの。線分は 職業的成功は重要 (Job Success Important) 〔変数〕 を距離に回帰した当てはめ値であり、国境の両側について推定している。目盛のサイズは5kmをわずかに上回る程度だが、これは国境の両側に30個の目盛を設定できるように選ばれたもの。左側が西ドイツ。職業的成功は重要 変数の値は、自分にとって仕事での成功は重要だと該当個人が報告したばあいに1、それ以外は0を取る。

推定値は、異なる体制への露出が女性の雇用に及ぼす効果も示唆している3。これは重要な点だが、女性の態度と雇用ステータスに見られる東西の差は、再統一以後にも存続しているようである。より具体的にいえば、研究対象となった各年度、本情報の利用が可能な最後の年度 (2012) に至るまでずっと、ドイツ女性が報告する仕事にたいする態度は男性ほど肯定的でなく、また雇用状態にある傾向も男性より少ない; ところが、こうしたジェンダーギャップも1989年に東ドイツで生活していた個人についてみると、同時期に西ドイツで生活していた個人のあいだのそれとくらべ、有意に小さくなっているのである。さらに我々は、〈女性の雇用に大きな成長が見られたエリアほど、仕事にたいする女性の態度の変化も大きかった〉旨を示唆するエビデンスも示している。他方、プロパガンダが態度に及ぼした効果は確認されなかった。

最後に、東ドイツで生活している個人のジェンダーロールにたいする態度は、女性・男性ともに、西ドイツで生活している個人のそれよりも、「伝統主義的 (traditional)」 でないことを示した (図2参照)。

図 2 ドイツにおけるジェンダーロールに対する態度 (回帰不連続グラフ)

: 図は、図1と同じように構築されたもので、次に挙げる言明への同意度に基づく (左から右、上から下パネルの順): 仕事を持つ母親も仕事を持たない母親と変わらぬくらい愛情と信頼に満ちた関係を自らの子供と築きうる; 当然のことながら、母親が就労すれば赤ん坊は被害をこうむる; 母親が家庭の仕事に専念するばかりでなく就労するのは、子供にとって望ましいことだとさえいえる; 女性にとっては自分のキャリアを積み上げるよりも夫のキャリアを支えることのほうが大事だ; 夫は仕事、妻は家庭に残って家庭と子供の世話をするほうが、皆にとって望ましい; 既婚女性は、働き口の数が限られていて、しかも夫に家族の生計を立てる能力があるようなときは、働き口があっても辞退すべきだ。対応する従属変数の値が1ならば、より伝統主義的でない見解、0ならばより伝統主義的な見解を表わす。

東・西ヨーロッパにおけるジェンダーロールにたいする態度

つづいて、差分の差分ストラテジーを用いて、中央・東ヨーロッパ諸国 (CEECs) および西ヨーロッパ諸国において形成された態度を、CEECsに国家社会主義が創設された時期の前後で比較した。この目的のためには、態度を計る時間-変化的尺度を調達する必要がある。しかしこれは問題含みだ。というのも、1945年以前のジェンダーロールにたいする態度を計った測定値に、妥当なものがないのである。我々はこの難問に、合衆国移民およびその子孫の態度に関するデータを活用し、かれらの出自国における態度の時間変化的尺度を構築することで、対処した。この試みは、移民と移民出身国居住者の行動のあいだにある関係を指摘し、これを利用している最近の一連の研究、そして 〈親のジェンダーロール態度は子供の態度を予測するうえで有用である〉 との旨を示すエビデンスに触発されたものだ。

合衆国移民はさまざまな時期に移入している。そこで我々は、かれらの出身国 (およびその子孫に継承された態度) を活用することで、出身国のジェンダーロールにたいする態度につき、その継時的変化の把捉を試みた。例えば、フランス・ポーランド出身で、1945年から1990年にかけて移住してきた合衆国居住者と、その子孫を対照することで、フランス・ポーランドにおいてこの時期に形成されたジェンダーロールにたいする態度の差を特定した 〔ポーランドは本稿における国家社会主義国に属す〕。つづいて同じ手順を、合衆国居住者 (およびその子孫) であって、1900年から1945年にかけて移入してきた者について行い、1945年以前のフランス・ポーランド間の差異を計る尺度を確保した。ここで依拠したのは 「総合的社会調査 (General Social Survey)」 のデータである。これは同時代の合衆国居住者がもつジェンダーロールにたいする態度についてサーベイ調査を行ったもので、かれらやその祖先の大よその移民流入時期が推察できる情報も提供してくれる。以上のアプローチにより、1945年以前・以後におけるジェンダーロール態度の変化が、ヨーロッパ19ヶ国について追跡できるようになる。この19ヶ国のうち、中央・東ヨーロッパの国は5ヶ国、西ヨーロッパの国は14ヶ国である。

ジェンダーロールにたいする態度は次の質問により測定されている: 「次の言明にたいし、あなたは強く賛成、賛成、反対、強く反対のいずれであるか教えてください。男性が家庭の外で何事かを達成し、女性が家庭と家族の世話をすることは、全ての関係者にとってずっと望ましい」。我々は 「男性は仕事、女性は家庭を守る、そうしたほうが望ましい (Better for Man to Work, Woman Tend Home)」 指標を構築した – この指標の値が大きいほど、女性が仕事をすることにたいする伝統主義的な態度が小さくなる。

ジェンダーロールにたいする態度を計るこの尺度と、異時間点の差異そして差分の差分デザインを併用することで、政治経済体制の変化、およびジェンダーロールにたいする女性・男性の態度を推定した。図3はこの推定値を描き出している。ここに現われている係数は、1945年コホートとの対比における、CEECsおよび西ヨーロッパ諸国の平均的態度を表わす。図が示すところ、1945年以前は、CEECsにおける態度も西ヨーロッパ諸国の態度と同様の推移を遂げている。図はまた、1945年以後、国家社会主義体制下のCEECsで形成されたジェンダーロールにたいする態度が、西ヨーロッパ諸国と比較して伝統主義的でなくなっていることも示唆する。

図 3  ジェンダーロールにたいする態度 (1945年コホートとの対比)

全体的に見れば、我々は識別問題とデータ制約をある程度克服するとともに、仕事にたいする態度およびジェンダーロールにたいする態度が政治経済体制から甚大な影響を受けることを確認できた。

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原註

[1] 中絶の利用が容易だったことも女性の労働参加を助けた (David 2013)。

[2] 本研究はBauernschuster and Rainer (2011)、Beblo and Goerges (2015) およびLippmann et al. (2016) による最近の研究と関連している。ひとつ目の論文はALLBUSを利用し、1991-2008年の期間をカバーしている。ALLBUSは合衆国の 「総合的社会調査」 のドイツ版に相当するもの。同著者は、東ドイツ出身であることが、男性・女性の役割の住み分けは適切であると考える傾向の低さと結び付いていることを示す。ふたつ目の論文はみっつのALLBUS調査波 (1991・1998/2000・2010/2012) を用いつつ、仕事にたいする選好のジェンダーギャップが東ドイツでは西ドイツよりも小さい旨を示しているが、これは「育ち (nurture)」 が選好形成に影響を及ぼすことと整合的である。みっつ目の論文は1991-2012年期間を対象にGSOEPを用いつつ、東ドイツでは女性が (より多くの時間を家事に充てるなど) 女性的な役割を過剰に担う必要も、結婚生活をリスクに晒すこともなく、自分の伴侶よりも多くの収入を得られたことを示している。より一般的にいえば、我々の論文はAlesina and Fuchs-Schundeln (2007) の嚆矢的研究とも関連がある。同論文は1997年・2002年におけるドイツの再分配選好を分析したもので、東ドイツが西ドイツよりも国家指向的であることを確認している。なお、我々はこれら研究で使用された実証アプローチを幾つかの点で拡張しており、その詳細については論文のなかで解説している。

[3] 1950-90年の期間中、フォーマルな労働市場への女性の参加率は東ドイツのほうが西ドイツよりも高く、また就労女性の仕事時間も東ドイツのほうが長かった。この側面における変化は、東ドイツ体制が成し遂げた極めて数少ないポジティブな業績のひとつといえよう。


訳註1. 元論文 (本稿執筆者のホームページで閲覧できる版) によると、同原則は1949年東ドイツ憲法にもとづくものである。この点もふくめ、参考のため、同憲法の関連個所と思われる条文の日本語訳を引用する。なお、引用文はもともと縦書きである。

東ドイツ憲法 (1949) 第十八条

(一)  共和国は、勤労者の適切な共同決定のもとに、統一的労働法、統一的労働裁判権および統一的労働保護を創設する。

(二)  労働条件は、勤労者の健康、文化的要求および家族生活が確保されるようなものでなければならない。

(三)  労働の対価は、給付に相応し、かつ、労働者とその扶養をうける権利のある家族 (Angehörige) に、人たるに価する生活を保障しなければならない。

(四)  男子と女子、成人と少年は、同一の労働について、同一の賃金をうける権利を有する。

(五)  女子は、労働関係において特別の保護をうける。共和国法律によって、女子が市民および生産者としての任務を、その妻および母としての義務と合致させ得ることを保証する施設がつくられる。

(六)  少年は、搾取に対して保護され、かつ、道徳的、肉体的および精神的に放置されないように、まもられる。児童労働は禁止される。

高木八尺・末延三次・宮沢俊義 編 (1957)、『人権宣言集』、岩波書店 (岩波文庫)、pp. 231-247より引用

 

アサフ・ラジン 「イスラエルの移民流入: ある類い稀なる同化の歴史、そしてひとつのメッセージ」(2018年5月6日)

Assaf Razin, “Israel’s immigration: A unique assimilation story with a message“, (VOX, 06 May 2018)


1990年代におけるソヴィエト系ユダヤ人のイスラエルへのエクソダスはひとつの類い稀なる出来事だった。本稿が明らかにするところ、この移住の波はその大規模な高技術コホートおよび国内労働市場への速やかな統合ゆえに、特異なものとなっていた。また移民流入は、全体的な経済風景を一新し、生産性を押し上げつつ情報技術の奔流を下支えした。経済領域と選挙制度への移民の同化に見られるイスラエルの類まれなる剛健性は、政治バランスを変容させるとともに、所得分布の相当な変化も惹起した。

移民流入は広遠なる経済・社会的帰結をもたらす。労働市場・国際貿易・経済成長・社会および政治の構造などへの影響もその例に漏れない (例: Lucas 2014)。移住者は受入国社会の一部となり、その国の文化や政治の展開にも関わる。一般的にいえば、移住者はその他の要素投入物の移動 (資本フローなど) とはふたつの根本的な点で異なる。一、高技能したがって高賃金の移住者ならばネットで見た財政システムへの貢献者となりえようが、低技能移住者はネットで見て受益者である可能性が高く、受入国の租税負担者に間接的な課税を課すこととなる。二、遅かれ早かれ、移住者は、エスニック集団・経済的階級・年齢集団のあいだの政治均衡をシフトさせ、財産と可処分所得の分布を再形成する可能性がある – つまり移民は、選挙制度をつうじては直接に、市場に基づく格差への影響をつうじては間接に、福祉国家の規模を左右するのである1

イスラエルの 「帰還法 (Law of Return)」 は、帰還者にたいし直ちに市民権を、そしてその帰結として投票権を付与する。Avner (1975) による早期の研究が明らかにするところ、新移民の投票率は既存人口層のそれと比べて顕著に低かった。ところが、イスラエルへの新移民が2001年選挙で見せた投票率パターンについてArian and Shamir (2002) が行ったその後の研究は、この早期の発見を覆すものとなった。同研究における新移民は旧ソヴィエト連邦の出身者が圧倒的に多い。そしてArian and Shamirは投票率について新移民と既存人口層のあいだに目立った違いをなんら発見していないのである。

発端

ソヴィエト系ユダヤ人からなる近年の移住波の発端は、1987-1991年におけるソヴィエト連邦の解体とそこでの共産主義の崩壊だった。これらユダヤ人は世界各地へと向かったが、イスラエルもまたそうした行き先のひとつだったのである (図1)。

図 1 ユダヤ人とその家族による旧ソ連諸国からイスラエル・合衆国・ドイツへの移住 (千人単位)

出典: demoscope.ru

いずれの移住先でも受入国側の移住政策により上限設定がなされたが、イスラエルはこれまでのところその例外となってきた – イスラエルへの移民流入はイスラエルの帰還法のおかげで自由に行えるのである。

移住者の特徴

1990年代ユダヤ人エクソダスに属するコホートの、職業・社会層・態度・行動の面での特徴については、それが特異なものであったことが証明されている。移民の殆どは都市部の出身であり、そうした場所には高度の教育システムがあった。そうしたことから、これら移民の技能構成は教育水準の高い方向に – すなわち労働賃金が相対的に高い方向に – 強く歪んでいる。これら移民が人口に占める割合はほぼ20%とかなり大きなものだったが、かれらの平均的な家族サイズ (標準人2.32人)[訳註1] は国の平均 (2.64) より小さくなっていた。これは扶養家族がより少ないことを示す数字だ。いずれにせよ最も重要な点はかれらの教育水準が相対的に高いこと、したがって労働所得も相対的に高いことである。新移民の就学年数の平均値は14.0年だったが、これにたいし国の平均は13.3年に過ぎなかった (Eilam 2014)。

このうえさらに衝撃的だったのが、学士号を保有する世帯主のパーセンテージである – 新移民のあいだでは41.1%、これにたいし国の平均はわずか29.5%にとどまる。教育水準の相対的な高さと家族サイズの相対的な小ささは、発生した所得ギャップを説明するものと考えられる。新移民の標準人あたりで見た平均労働所得は4,351シェケルだが、これにたいし国の平均は4,139シェケルに過ぎない [訳注2]。注目すべき点だが、このギャップは新移民の勤続歴が既存人口層のそれを下回っていたにもかかわらず存在したのである。

キャッチアップ

Cohen and Hsieh (2001) が明らかにするところ、1990-91年の流入最盛期のあいだ、ネイティブのイスラエル人の平均的な効率賃金は低下し、資本収益 (return to capital) は増加した。ところが1997年までには、平均賃金も資本収益も、初期段階における資本収益の増加に誘発された投資ブームのために、移民流入に先立つ時期の水準に立ち戻っていた。経常収支の標準的異時点間モデルによって予測されるように、投資ブームは外部からの借り入れによりファイナンスされていた。またEckstein and Weiss (2004) が明らかにするところ、高度の技能をもつ移民の賃金は、かれらの到来につづく10年間、1年あたり8%の成長を見せた。技能収益 (return to skill) の増加・業種移行・イスラエルにおける経験の蓄積、そして経済全域にわたる賃金の上昇が説明する部分は、それぞれ3.4%・1.1%・1.5%、そして1.5%である。もっとも同著者は、〈経験からの収益はネイティブのそれに収斂しているのであって、移民はかれらの有する未測定の技能のためにより高い収益を得ているのだ〉 との仮説を棄却していない。なお移民の業種分布は、既存労働力層の業種分布との対比から、一定の格下げをこうむる。

第二世代における同化

第二世代のユダヤ人、つまり旧ソヴィエト連邦から移住してきた人達を親とする者だが、かれらの体験した社会上昇 (upward mobility) はその他全てのエスニック集団よりも相当に大きかった。表1では Aloni (2017) に依拠しつつ、フルサンプルにおいて第二世代が第一世代より上位に立っている確率、およびこれら集団の相対的な所得順位収斂率を示した。親の順位を上回る確率が高くなるかは、人口所得分布に該当集団が占める相対的所得ポジションに高度に依存する – したがって、例えばエチオピア人やアラブ人の子供は高い社会上昇を示している。ところが初期段階のポジションの分を調整してしまうと、最も急速な社会上昇を経験したのは旧ソヴィエト連邦からイスラエルにやってきた移民となる。つまりその他の集団のほうが平均への収斂が遅かったのだ。

表 1 イスラエルのエスニック集団毎に見た間世代的社会移動

: 第一行は、所得分布における親の平均百分位よりも高位の百分位に、子供が子供世代の分布において到達する確率。第二行は、子供の順位を人口集団ダミーに回帰した結果。なお、親の所得順位の分を百分位ダミーを用いて調整している。ベース集団はアジア/北アフリカ出身の世帯。本サンプルは、1979年から1982年のあいだに生まれた子供を、行政データを用いて親とマッチングしたものである。括弧内は標準誤差; 上部のアスタリスクは それぞれ、***p < 0.01、**p < 0.05、 * p < 0.1を示す。
出典: Aloni (2017).

旧ソヴィエト連邦出身の移民が、第一世代から第二世代にかけて見せた例外的な社会上昇は、図2にも表われている。図は、最下層十分位出身の親の子供について分布を示したものだ。旧ソ連出身の移民と一般人口を比較すると、前者が経験した社会上昇のほうが大きい。子供もより高い収入順位に到達し、またその分布も十分位全体により均一になっている。

図 2 最下層十分位出身の親のもとに生まれた子供の収入十分位

出典: Aloni (2017).

格差

図3が明らかにするところ、再分配ジニ係数は1989年に上向きに転じ、その後2001年まで上昇を続けた。ここに含意される十年以上にわたった所得再分配の低下は、ソヴィエト系ユダヤ人の移民流入波に続いて生じている。図が明らかにするのは、1990年から2003年にかけての所得格差の強烈な上昇であり、これは市場所得格差の低落、そして再分配の顕著な低下が組み合わさったものである。高技能移民の流入ならばこれらふたつの相対するトレンドを説明しうる: つまり高技能移住のおかげで中間階級が勢いづくなか、政治経済に基礎をもつ所得再分配政策が再編成されたのである。

図 3 ジニ係数: 総所得・ネットで見た所得格差・再分配 (1979-2015)

*差 (difference) は総所得ジニ係数と純所得ジニ係数のあいだの差を示す

出典:Dahan (2017)
: 99′-02’年度は東エルサレム人口を含まない。12′-15’年度はベドウィン人口を含まない。

社会給付

図4は、一人あたりの社会サービス供給で見たイスラエルの低い順位を露わにする。高度の国防支出が、その他OECD諸国よりも大幅に、社会サービスをクラウドアウトしていた可能性はある。しかしイスラエルのGDPに占める割合で見た国防支出は直近35年間に顕著な下降トレンドを辿って来たにもかかわらず、イスラエルは社会支出の供給に関し、OECD諸国と対比するかぎり下向に逸脱しているのである。図4はイスラエルにおける一人あたり社会支出を、幾つかの国のそれにたいし点示したものである。イスラエルはこのグループでも最下層に位置する3

図 4 一人あたり社会支出 (一部国)

: 2005年を基準とするConstant購買力平価 (合衆国ドル)
Source出典: OECD library

政治経済理論

Razin and Sadka (2017) はイスラエル移民流入物語についての定式化された一般均衡モデルを提示し、背景にある政治経済的諸力の均衡のより優れた理解、また勝者と敗者の特定を試みている (モデルはMeltzer and Richard 1981およびRazin et al. 2002a,bに基づく)。

Razin and Sadka (2017) はふたつの労働技能を仮定している。すなわち無技能 u と有技能 s である。移民は資本を持たずに到来する。ネイティブ人口における所得分布は、不均一な教育コスト、したがって人的資本投資に依存する。〔移民の〕 各技能集団にたいし、目的地国において移民に付与される所得に依存した上向きの供給関数が、ひとつづつ存在する。

ここから有技能労働者の供給曲線をシフトさせ、政治経済的均衡の変化を追跡してゆく。この均衡というのは、移民が、租税と社会給付に多数派票を投ずることにより、福祉国家を鷹揚にさせる票決をなしうる点をさす。有技能移住という供給サイドへのショックが生ずると、無技能ネイティブは支配力を有技能移住者に奪われ、今度は後者が自ら最も好ましいと考える逆進的な租税-移転政策を命じはじめる。

図5に移民流入ショックの政治均衡的帰結を記した。財政システムが逆進的になったばあいでも、既に存在する無技能移民を除いては、ネイティブと高技能移民をふくむ全ての所得集団がより豊かになる。本モデルは、イスラエル移民流入エピソードのために生じた事情として、所得格差につき図3に示したもの、また社会給付につき図4に示したものについて、幾つかの洞察を与えてくれる – つまり1990年から2003年にかけての所得格差の上昇だが、それは縮まる市場所得格差 (中間階級の強化をつうじた) と、それを相殺してなお余りある再分配の低下 (所得再分配の転換をつうじた) が組み合わさったものだったのである。

図 5 移民流入-供給ショックの効果

記号について:

結論

短期間のうちに旧ソ連からの移住者を約75万人も受け入れたイスラエル。その異常な経験は、移民流入の勝者と敗者をめぐる現在の議論にも関連性を持っている。

参考文献

Aloni, T (2017), “Intergenerational Mobility in Israel,” MA Dissertation, School of Economics, Tel Aviv University.

Arian, A, and M Shamir (2002), “Abstaining and Voting in 2001”, in A Arian and M Shamir (eds.), The Elections in Israel – 2001, Israel Democracy Institute.

Avner, U, (1975), “Voter Participation in the 1973 Election” in A Arian (ed.), Elections in Israel – 1973, Academic Press, pp. 203-218.

Bank of Israel (2014), “The general government, its services and financing”, Annual Report, chapter 6.

Bank of Israel (2016), Annual Report.

Cohen, S, and C-T Hsieh (2001), “Macroeconomic and Labor Market Impact of Russian Immigration in Israel”, working paper.

Dahan, M (2007), “Why has the Labor-Force Participation Rateof Israel Men Fallen?”, Israel Economic Review 5(2): 95-128.

Dahan, M (2017), “Income Inequality in the 2000s,” mimeo, Hebrew.

Eckstein, Z, and Y Weiss (2004) “On the Wage Growth of Immigrants: Israel, 1990–2000”, Journal of the European Economic Association 2(4): 665–695.

Eilam, N (2014), “The Fiscal Impact of Immigrants: The Case of Israel” MA thesis, The Eitan Berglas School of Economic, Tel-Aviv University.

Lucas, R E B (2014), International Handbook on Migration and Economic Development, Edward Elgar.

Meltzer, A H, and S F Richard (1981), “A Rational Theory of the Size of Government”, Journal of Political Economy ,89 (5), 914–927.

Razin, A (2018), Israel and the World Economy: The Power of Globalization, MIT Press.

Razin, A, and E Sadka(2017), “Migration-Induced Redistribution with and without Migrants’ Voting,” Finanz Archiv, Public Finance Analysis, special issue in honour of Hans Werner Sinn.

Razin, A, E Sadka, and P Swagel (2002a), “The Aging Population and the Size of the Welfare State”, Journal of Political Economy, 110: 900-918.

Razin, A, E Sadka, and P Swagel (2002b),“Tax burden and migration: a political economy theory and evidence”, Journal of Public Economics 85(2): 167–190.

Strawczynski, M (forthcoming), “Taxation policy in Israel between 2000 and 2015”, in A Ben-Bassat, R Grounau, and A Zussman (eds.), Israel Economy in the last twenty years, Falk Institute.

原註

[1] イスラエルが第二次世界体制後のグローバル化の波から、資本・金融・財の移動性を中核としつつ、様々な形で受けた便益については、Razin (2018) を参照。

[2] 社会支出はこの移住波のさなか一時的に増加したが、これは新移民を対象とした単発の〔移民〕吸収型支出に由来する。その後2000年代初頭になると社会支出は低下した。

[3] 再分配の継時的な相当な変化は潜在的には所得税の削減と関連している。所得税は2000年には歳入の30%だったところから2015年の20.4%に低下した。時を同じくして、付加価値税のほうは租税歳入の24.9%から30.1%に上昇している。Bank of Israel (2014)、およびStrawczynski (近刊) を参照。


訳註1. ここで 「標準人」 と訳出した箇所は原文では “standard persons” となっている。イスラエルにおいて貧困度の測定との関連で用いられている人の数の尺度に、”standard person” と呼ばれるものがあり、本稿でもこの尺度をさしていると考えられる (「国際連合欧州経済委員会 (UNECE: United Nations Economic Commission For Europe)」 のホームページから入手できる資料 (the Israeli Central Bureau of Statistics (2017), “Poverty measurement including in-kind benefits and dwelling”, United Nations Economic Commission For Europe Conference of European Statisticians, working paper) を参照)。
同論文によると、標準人とは、世帯構成員数の増加にしたがい追加的な世帯構成員の人数を実際より少なく計上するというもの。具体的には、実際の世帯構成員が1人であれば標準人は1.25人 (1.25人の追加)、2人なら2人 (0.75人の追加)、3人なら2.65人 (0.65人の追加) となる。以下に同論文に掲載されている対応表を引用する。

出典: the Israeli Central Bureau of Statistics (2017)

訳註2. 本稿では “Israeli shekel (シェケル)” と表記されているが、イスラエル銀行のホームページ (英語版) から入手できる本稿執筆による別の論文 (Razin, A. (2018),  “Israel’s Immigration Story: Winners and Losers”, Israel Economic Review, (15) 1: 73-106) などでは “NIS (新シェケル)” と表記されている。また同論文の該当箇所は本稿でも参考論文として挙げられているEilam, N (2014) から表を引用しつつ論を進めており、その表でも “NIS” と表記されているので、本稿の該当箇所も新シェケルについて述べていると思われる。