経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

ビル・ミッチェル「日本式Q&A – Part 4」(2019年11月11日)

Q&A Japan style part4
Posted by Bill Mitchell on Monday, November 11, 2019

このエントリは最近の私の日本旅行で提起された4部構成のQ&Aシリーズのラストである。このエントリでは、たった1つだけの質問に答えている。解答は、政府(の金融部門)と中央銀行の関係の核心に触れることで、〔中央銀行〕準備預金の複雑な会計処理を説明している。よって、学習のためには幾ばくかの前提知識が必要となっている。現代貨幣理論(MMT)に関する今回の一連の質問は、最近の私の日本旅行中に提起されていることを思い出して欲しい。日本におけるMMTに関する公での議論は(他国と比較すれば)相対的に進んだものとなっている。日本では、広範な政治領域にまたがって政治運動家達が、緊縮財政に反対を表明する有力な手段として、MMTを議論し宣伝している。MMTの基礎原理は、日本では他国と同じように十全に理解されているので、議論はより詳細な質問(特に政策への適用)に移行している。よって今回の来日の一端として、こうした論点に関するガイダンスを提供することを求められた。私は発表でこれらの論題を取り扱っている。しかしながら、誰もがMMTの理解を深められるよう、いくつかの分析を文面で提供することが生産的だと考えた。 [Read more…]

ピーター・ターチン「イタリアは峠を超えた:公衆衛生政策はCOVID-19を止めるのにどのくらい効果的か? その2」(2020年4月1日)

Italy Turns the Corner
Posted by Peter Turchin on April 01, 2020

〔訳注:本エントリはコロナ危機を分析しているピーター・ターチンによる一連のエントリの第2回目のエントリである。分析の基礎なっているモデルは第1回目のエントリ「公衆衛生政策はCOVID-19を止めるのにどのくらい効果的か」で説明されている。最初のエントリを読んでない読者は、このエントリを読む前に第1回から順番で読むことを推奨する。〕

先週、私はイタリアにおけるCOVID-19の流行を分析したが、非常に気が滅入るような結果が出た。政府があらゆる政策を行ったにもかかわらず、その政策が変化をもたらしている兆候が見られなかったからだ。感染症の流行はまだ指数関数的に拡大しており、感染症がもたらした総死亡者数に悲惨な影響を及ぼしていた。

様々な国におけるCOVID-19の動態を追跡している私のアプローチは、専門的な公表文献で解説しており、専門的でないものとしてはブログの前回のエントリ「公衆衛生政策はCOVID-19を止めるのにどのくらい効果的か」で解説を行っている。

イタリアは、より最近のデータ(3月31日まで)で分析を再度行うことで、非常に楽観的な結果が得られる。今やイタリアは峠を超えたハッキリとした兆候が見られる。結果は以下のとおりである。

変化の最も目立つ兆候は、新規感染者の減少だ。あまり目立たないが、他のグラフの曲線も下降を開始している。この動態の変化は、主に病気の伝染率の低下によってもたらされている。

流行の開始時(2月初旬)では、感染率(beta)はほぼ0.4であり、これは感染者数が日々ほぼ40%増えていたことを意味している(しかしながら、この爆発的な上昇率は一般の人々や政策当事者には見えていなった。下記参照)。感染率(beta)の低下は非常に緩慢でゆっくりしたものだった(グラフの変曲点は3月13日だ)。これは、国民の行動を変えるたために、イタリア政府は勧告を行ったが、行動が変わるまで時間がかかったことが示唆されている。このことは、逸話的にも知られている。3月21日になっても、中国紅十字会の孫碩鵬副会長は「ここミラノでは(中略)、公共交通機関は運行を続け、人々は動き回り、ホテルではディナーやパーティーが続き、マスクもしていない。皆、なにを考えているのか理解できない」と話したと報じられている。さらに面白いのが(このような困難な時期にはユーモアが必要だ)、イタリアでは小さな都市の市長たちが、ロックダウンに逆らう市民に怒り狂っている動画が、最新のYoutubeでバズっている。疑いようもなく状況が深刻になったことは(今日の時点で13,000人の死者が出ている)やっとのことでイタリア人を自覚に至らせている。感染率は低下してきているーーゆっくりとだ、それでもイタリアは正しい方向に向かっている。

2番目のグラフ(右側)に注目してほしい。我々皆が知っていることが、定量的に示されている:初期検出率(認知された感染者の確率)は低位から始まり、その後上昇している。これが意味しているのは、報告された数値を単に使用するだけでは、流行の動態を正確に追跡できない、ということだ。検出率の上昇(最初に、流行の渦中にあると人々が幅広く認識したことが原因となり、引き続いて無症状の人を対象にした大規模な検査が行われた結果)で、新規患者数が増加することになり、感染率が人為的に上昇する。実際に何が起こっているのかを観察するためには、この検出率の変化を除去する必要がある。私のモデルはこの除去作業を行っている。

追加のデータが入り次第、分析結果の報告を続ける予定だ。実は、ニューヨークのデータを扱いたかったのだが、ジョンズ・ホプキンス大のチーム(データを纏めて更新してくれている彼らには大いに感謝している)がアメリカのデータの報告方法を変更したので、昨日は扱うことができなかった。

ピーター・ターチン「実質賃金の上昇が止まった理由Ⅱ:経済的影響要因の絡み合いを切り開く」(2013年8月7日)

Cutting through the Thicket of Economic Forces (Why Real Wages Stopped Growing II)

前回のブログのエントリ〔訳注:本サイトでの翻訳はここ〕で、私は、1970年代に実質賃金の上昇が止まった原因について問題提起を行った。経済学者や政治評論家によって、多くの解き明かしが論じられている(ただ、彼らは所得と所得不平等の関係性について焦点を絞る傾向がある)。例えばデビッド・レオンハルトはここ10年間の所得低迷の原因に、14の可能性をリストアップしている。ティモシー・モアも以前に一連の記事で1970年代以降の所得不平等の上昇の理由として似たたようなリストを挙げて論じている。

上記画像引用元

前回のブログのエントリで言ったように、よくあるアプローチは可能性がある要因をそれぞれ個別に検討するものだ。しかしながら、このアプローチでは、要因の相対的重要性を計量することができない。その上、社会は複雑な動態システムとなっており、様々な要因が非線形フィードバックの網を経由して相互に関連している。これを平易な言葉に翻訳するなら、あらゆる事象は他の全ての事象に影響を与える可能性がある、との意味だ。これは考慮せなばならない。賃金と所得の動態を理解するには、我々は最終的に経済学の領域を超える必要がある。

[Read more…]

ジョセフ・ヒース「大学教授のうっかりはマウント行動」(2017年9月5日)

Absent-mindedness as dominance behaviour
Posted by Joseph Heath on September 5, 2017 | academia

父はむかし、私にある話をした。その何年も前に、父は大学教授としてサスカチュワン大学1 のセントトーマス・モア・カレッジで歴史学を教えていた。父は車を運転して仕事に行き、駐車して、授業を教えに教室へ向かったものだった。しかし家に帰る時、自分がどこに駐車したのか思い出せない事がしょっちゅうあった。サスカチュワン大学は縦横無尽に拡がっている広大な駐車スペースを有する大学の一つだったので、父は何度も自分の車を探してさまよう事を余儀なくされたものだった。

父の教授としての生活は、かつて望んでいたものと比べるとはるかに失望するものへと変わった。それに加えて、同僚とのあらゆる種類の軋轢に巻き込まれていることに父は気が付いた。軋轢があまりにひどくなったので、ある日父はやっとのことで大学を辞職した。辞表を出して駐車場に向かい、辺りを探し回って車を発見し、家まで運転し、二度と大学には戻らなかった。父の話で愉快なのがここからだ。その後の人生の中で、自分の車をどこに停めたのかを忘れたのはその時が最後だった、と父は断言したのである。 [Read more…]

  1. 訳者注:カナダ・サスカチュワン州にある州立大学。 []

ピーター・ターチン「繁栄の終焉:実質賃金は1970年代になぜ上昇が止まったのだろう?」(2013年4月4日)

The End of Prosperity: Why Did Real Wages Stop Growing in the 1970s?
Posted by Peter Turchin on April 04, 2013

1970年代に何かが起こっている。以下のグラフを見てみよう。

20世紀のほとんどの間――1970年代まで――アメリカにおいて労働者の賃金は、インフレよりも非常に速く成長した。1927年以降半世紀の間に、未熟練労働者の実質賃金は3.5倍、製造業労働者の賃金はインフレ調整したドル換算で4倍に上昇している。その後、折れたような低下が到来している。去年2012年だと、未熟練労働者と製造業労働者の実質賃金は1978年よりむしろ低下しているのだ。 [Read more…]

ジョセフ・ヒース「移民についてのカナダ特殊論」(2017年7月1日)

Canadian exceptionalism
Posted by Joseph Heath on July 1, 2017 | Canada, immigration, multiculturalism

先日のことになりますが、イギリスの選挙ではジェレミー・コービンが躍進し、フランスではマクロンが現象を巻き起こすことになりました。この両出来事を受けて、右派ポピュリズムの熱狂は崩壊し始めている、といった楽観論が見られます。こういった楽観論が現れたのは、ドナルド・トランプ、彼の存在がある程度は理由になっているでしょう。トランプの選挙とそれに引き続いた彼の言動は、醜悪なアメリカ人の完全な自己標本のようなものになっていました。このトランプの一連の言動は、他国の有権者に「トランプに権力を与えた熱狂を我々は克服しているのだ」と思わせ、これらの国におけるポピュリズムの趨勢に相当のダメージを与えたことは疑うまでありません。(思うにこのトランプの言動はフランスでの出来事において重要な要因になっていました。)

ほんの数ヶ月前だと、〔このような楽観論は全く存在せず〕様々な事情は全く異なって認識されていたのです。当時、カナダでは排外主義が勢いづくような兆候が〔諸外国と比べて〕例外的に観察されず、カナダは特殊なのではないのか、といった議論が国内に蔓延することになりました。私たちカナダ国民皆が見た、ジャスティン・トルドーが笑顔でシリア難民を空港で歓迎している写真が、世界中の新聞に転載されたのです。そして写真が掲載されたことで、カナダ人の多くが、我が国はなぜ特殊なんだろう、と不思議に思うことになりました。

[Read more…]

ジョセフ・ヒース「将来世代に負担を残すなと言っている人は、嘘を付いてる冷笑家? それともバカなだけ? 永遠の疑問」(2015年1月25日)

Cynicism or stupidity? the eternal questionPosted by Joseph Heath on January 25, 2015 | environment, politics

先日ダボスで、財務大臣のジョー・オリバーはカナダは均衡財政を維持する決意を表明した。オリバーは、均衡財政を世代間の公平性に関したよくある言い回しの「道徳的的問題」として説明してみせた。「我らの子供ら、孫らに、今日の我らが負っている歳出を負担させることは、間違えていると皆さんも考えているでしょう…」

しかしながら、学があるほとんどの人がご存じなように、これは経済的誤謬である。一家総出でレストランで食事して、食べ終えてから、親は勘定をばっくれて、子供たちに支払わせるようなものではない。政府がお金を借りた場合は、〔会計上の金融〕資産と負債が共に生み出され、このどちらもが将来世代に引き継がれることになる。つまり「我らの子供らや孫ら」を含めても状況はそのままなのだ(例えば、ある人がカナダの貯蓄債権を相続したとする。するとその人は〔債権から〕歳入を受け取る。一方で、別の誰かがその歳入への支払いに応じねばならない税負担を相続することになる)。これは、同一世代内での分配効果を持つことになるが、世代を跨いでの分配効果は持たない。唯一の世代を跨いだ問題は、我々が、今貯蓄するか、それとも消費すべきにあり、金利がゼロに近い場合は、この問いに答えるのはそれほど難しくない。 [Read more…]

アンドルー・ポター「サッカーのダイビング問題の解決方法」(2018年6月22日)

How to solve the problem of diving in soccer
Posted by Andrew Potter on June 22, 2018 | culture

ワールド・カップの別側面、ダイビング(ないし「シミュレーション」)というやっかい事が美しい試合に悪影響を与えているとの別の関心が沸き立っている。4年ごとに、普段は競技に無関心なニワカサッカーファン達が熱狂し、そのニワカ達は突如皆して、世界最高のサッカー選手達の一角に多量のイカサマ師がいることに気づくことになるのだ。

今回のワールド・カップもいざ滞りなく始まったのだが、1週間経過した後、突っ伏し倒れ、身悶え、苦悶、転げ回り、体のくねらせ、倒れ込む、といった騙すような選手の虚動によって試合が定期的に中断する恒例行事が起こることになった。この恒例行事を受けて、我々は毎度の疑問に至る:もしなんらかの対処があるならそれは実行可能だろうか? と。

まず最初に、ダイビングは目新しいことではない。非常に長い間、試合の一部を司ってきている。 ウィキペディアにはあきれてしまうが、当たり前のようにこの件についての項目がある。

しかしながら、次に皆がダイビングを悪いと思っているわけでもないのだ。グローブ&メイル紙のテレビ評論家ジョン・ドイルは2大会前の記事で、ダイビングは完全に許された行為であり、ダイビングへの文句は、北米辺境民の「独断性、公平性の狭い解釈、スポーツマンシップ、マチョズム」といったこの教区の信仰フレーズに過ぎない、と断言している。

不幸なことに、選手の多くも〔このドイルの見解に〕賛成している。世界のベストプレイヤーの一部は、悪名高く、悪びれないダイバーだ。過去から今へと続くエース潜水夫リストには、アリエン・ロンッベン、ルイス・スアレス、クリスティアーノ・ロナウド、ユルゲン・クリスマンらが含まれている。もっともジョン・ドイルとは異なり、FIFAとUEFAは、ダイビングをいかさま行為の一種として扱うように強く要求している。なので1999年から両組織は、反ダイビング・ミッションに取り組んでいる。しかしながら、ほとんど成功していない。

最近のVoxのダイビングに関する新しい研究の論文が示しているように、ダイビングの問題は、それがランダムに起こっていなことにあるのだ。ダイビングはランダムではなく、非常に合理的な行為であるということが研究者によって発見されている:ダイビングは、全得点の1/4以上がセットプレイからなる総得点が低いスポーツにおいてメリットを最大限引き出すための、審判を標的にした戦略なのだ(今回のワールド・カップでも、ここまでのところ、全得点の半分以上がセットプレーとなっている。)

ダイビングを解決すべき問題とするなら、可能な対処法は何かあるだろうか? 別の見方をするなら、ダイビングを合理的な戦略にしてしまっている今のインセンティブ構造を変えることは可能なのだろうか?

2つの標準的な解決先が考案されている。1つ目は、セットプレイ(特にペナルティ・キック)の反則を取るのを今より厳しくすることだ。2つ目は、ダイビングで騙した選手に、イエローカードないし即刻退場のペナルティを課すことだ。1つ目の解決策は、試合のあり方を根本的に変えてしまうことになるかもしれないので、ホッケーでのゴールの大きさの変更や、バスケットボールでのゴールリングの高さを変更と同じ理由で反対されるかもしれない。

2つ目の選択肢に関しては、Voxの記事で指摘されているように、審判がイカサマ行為を判定することは、審判に多大なプレッシャーを背負わせることになり、これは「本当の負傷を無視したり、悪質なスライディングタックルを罰しなくなる審判なんて審判なんかじゃない」となってしまう。

個人的には、悪質な非接触ダイブを行った選手を退場させるのには賛成だ。しかも、プレイヤーがイカサマ行為を行ったかどうかの判別が難しい、との言説が広まっていることに少なからず驚いている。いかさまの判別は実際には難しくない。2009年の研究では、シミュレーション行為の4つの判別基準が発見されてる。「弾道学的連続性の欠如」(ダイブの方向と大きさの、自然な接触動作からの矛盾)や、「接触の一貫性の欠如」(例えば:向こうずねを蹴られた選手が、自身の頭を抱える)などが含まされている。上記2つの判別基準は、プロサッカーの速いスピードでも、見抜くのは非常に容易だ。

しかしながら、最も常習的で、明らかな尺度がある。それは、選手が頭部を後ろに傾け、胸を前方に押し出し、腕を上げ、地面から両足を離す為に両脚を膝から曲げた「矢を射る弓兵ポーズ」を取った場合だ。これは、躓いた反応としてあまりに不自然であり、このポーズを取った選手は誰であれ、ハッキリ接触でイカサマを働いている。本当にバランスを崩した人が、このようなやり方で反応することは絶対にありえない――肉体が〔このような反応を〕許容しないからだ。ただそれでも、審判はこのイカサマに何度も騙されている。ひょっとしたら、審判は著名な億万長者のアスリートを詐欺師だと告発するような人間になりたくないのかもしれない。

ビデオ・リプレイの使用は、この問題に対処可能な方法だ――ブラジルの現在のスター選手ネイマールは、コスタリカ戦でこざかしい芝居を行うことで、PKを獲得することに成功したが、その後にビデオ判定に基づいて無効となり無駄足となった。しかしながら、反則をビデオで判定、特にスローモーションで判定するのは、装置の本来の性質からは非常に問題ある対処法なのだ(これは別件として追加のエントリをアップする予定だ)

するとどんな対策を行うべきだろう?

まだ試みられていない1つの解決策がある。しかもこれは試合のあり方を変更する必要はないものだ。さらに好都合なことに、この解決策は誰かを嘘つきや詐欺師呼ばわりする必要がない。これはそういった〔ネガティブ呼ばわりの〕まさに正反対――ファウルを受けたと申告言動を行った選手を、最大限配慮して扱うやり方となっている。

この解決策は以下のようなものだ:もし選手が耐えがたい負傷を追ったかのような言動を行ったのなら、その時はその選手を重篤な負傷を追ったものとして扱い、機械的に「インジュリー・タイム・アウト(負傷による退出)」を命じるのだ。もし選手が非常に激しい肘打ちや蹴りや躓きを受け、文字通り苦痛で転げ回っていたら、その時は選手の安全の為に無事かどうかの確認に時間を割く必要があることには依存はないだろう。この処置によって、退出した選手が所属するチームはフリーキックを得るもしれないが、そのチームは選手の再プレイまでの(例えば退出した選手がピッチサイドで5分待機する)コストを支払うことになる。

別の激しい接触によって2回目の退出となる選手は、復帰するには〔前回の退出と合わせて〕ピッチサイドで合計10分間待機することを考慮しなければならなくなる。もちろん、退出した選手は控えの選手と交代することが可能だが、チームは選手交代枠を失うことを意味するだろう。繰り返すが、この対策の導入は、詐欺を行ったとの理由で選手を非難するものではない――負傷の表明の額面通りに受け取るわけだ。

この対策は、本当に負傷している選手を罰してしまうリスクを冒してしまうかもしれない。ただ、シンプルな理由からそのリスクは否定できる:負荷が激しい競争的状況で激しく一時的にエキサイトしているアスリートは、文字通り痛みを感じないのだ。競争スポーツをプレイしたことがあったり、非常にアドレナリンが沸騰する活動(カヌーでの急流下り、スカイダイビング、軍事戦闘)に没頭したことがある経験がある人なら誰でも、活動中は痛みを感じないことを知っているはずだ。このような状況下の人は、筋肉を裂傷したり、靱帯を損壊したり、手足を傷つけてたり、深い切り傷を負ったり、銃創を受けたとしても――自覚すらないのだ。

なので、アスリート、特にワールド・カップの熱狂的な雰囲気の中でプレイしている選手が、敵選手とのわずかな接触を受けて苦痛から地面に横たわり文字通り身悶えしているのなら、2つの可能性しか存在しない:1つ目は、その選手が本当に非常に深刻な負傷を負っている可能性だ。この場合はドクターによる対処が必要となる。2つ目可能性、それは選手がいかさまを行っている場合だ。上記の両ケースともに、ピッチサイドで5分浪費させれば、即解決だろう。

以上対策は一度実施されれば、、サッカーのダイビングをほぼ即座に終わらせることになるだろう。

ステファニー・ケルトン教授来日及び研究会開催のお知らせ

常日頃より、一般社団法人経済学101に温かいご支援ありがとうございます。

このたび昨今話題の経済理論であるMMT(現代金融理論もしくは現代貨幣理論)の主唱者の一人で、ニューヨーク州立大学ストーニー・ブルック校で教鞭を取られているステファニー・ケルトン教授の来日が決定しました。

ケルトン教授の来日プロジェクトに対して、以前からMMTの翻訳紹介を行っている当法人は様々な形で協力を行わせていただいております。

来日されるケルトン教授はシンポジウム等の様々な催しにご参加される予定です。現在2019年6月18日時点で、2019年7月16日開催の京都大学の藤井聡教授が主催されるシンポジウムが公表済みです。

翌日17日13時30分からは立命館大学経済学部と経済学部の松尾匡教授が主催する「MMTの経済理論をどうとらえるか」と題した研究会を立命館東京キャンパスを開催します。この研究会に当法人も共催という形で参加させていだくことになりました。研究会への登壇ゲストとして、明治大学准教授の飯田泰之先生、駒沢大学准教授の井上智洋先生の登壇が現時点で確定済みです。他にも著名なエコノミストの方やMMTに詳しい方のゲストが来られる予定となっています。

研究会の開催にあたり、当サイトをご愛読されている読者の方々をご招待させていだくことになりました。応募の申し込み日は6月23日17時開始、経済101で確保した定員枠は30名を予定させていただいています。応募者多数の場合は、経済学101の寄付者の方を優先した上での、抽選を行います。優先順位は、①以前からの寄付者の方、②今回寄付してくださる方、③寄付者以外の方、の順番となります。応募者が多数となった場合は、追加の定員枠を確保の上、同キャンパス内の別教室を使用しての音声(もしくは動画付き)中継を検討させていただいています。追加応募枠の詳細は決定しだいお伝えさせていだく予定です。なお、定員多数の場合は寄付者の方でも抽選となる可能性があります。予めご了承ください。応募方法は、23日17時に以下リンク先の応募用のフォームにて受け付ける予定となっています。皆さまの応募をお待ちしております。
https://dnfb.f.msgs.jp/webapp/form/21297_dnfb_88/index.do

次に、研究会にケルトン教授への質問を募集します。MMTについての疑問等、ケルトン教授に直接聞きたいご質問があれば、本エントリへのコメント欄、経済学101のtwitterアカウントにレスポンスやDMで質問したい内容をお寄せください。寄せられた質問内容を抜粋し、責任をもってケルトン教授に伝えさせていただく予定です。ただ来日まで時間が差し迫っているため、いただいたご質問を十分にお届けすることができない可能性があります。その際は申し訳ありません。

勉強会内容は、以上で募集した読者の方から質問や登壇される先生方からの事前の質問や疑問を元に行わせていただく予定となり、若干の予備知識が必要となる可能性があります。参加者の方には事前に当日の勉強会内容のご参考になると思われるブログのエントリや参考文献等をご提示させていだくかもしれません。お手数でなければ事前にお目を通していただけますと、当日の理解が深まるかと思われます。

なお、現時点で、ケルトン教授サイドの著作権の関係により研究会の動画の公開予定はありません。

その他詳細は本エントリ下部のフライヤー画像もご参照いただけると幸いです。

参加とは別件で本イベントにお問い合わせがある方は、本エントリ末のメールアドレスにご連絡をよろしくお願いいたします。

最後となりますがこの様な催しを行うことがでるのも、ひとえに一般社団法人経済学101を応援してくれる読者の皆様のおかげであり、重ねてとなりますが常日頃よりのご支援誠にありがとうございます。もし今回の研究会が一定の成功を収めることができれば、同様の催しを以後も行えたらと考えております。それでは今後も一般社団法人経済学101をよろしくお願いします。

一般社団法人経済学101
問い合わせ先: event@econ101.jp

※追記:昨日の告知の際、定数枠の記載にミスがありました。正確には当サイトを通じての応募者枠は30名となっています。

※追記2: 本イベントへの多数の参加申込をいただき、誠にありがとうございます。 6月30日(日)現在、おかげさまで既に定員を超えるお申し込みをいただいております。応募者多数のため、参加申込締め切りは7月4日(木)21:00とさせていただきます。ご了承いただくこと、よろしくお願いします。

※追記3: 本イベントの申し込みは 7月4日(木)21:00 で締め切らせていただきました。ご応募ありがとうございました。

※追記4:本イベントは無事終了しました。

ジョセフ・ヒース「法人税減税:誰が得するの?」(2014年5月30日)

Corporate tax cuts: cui bono?
Posted by Joseph Heath on May 30, 2014 | Uncategorized

NDP(新民主党)1 が法人税率を上げることをアナウンスするたびに、批判者達はそのアナウンスに対して激しい叱責を毎度加えている。批判者達は、「法人への税は、実際には法人へ課税されることにならない。なぜなら、課税される法人は、課せられた税を安易に他者に転嫁することが可能なのだ(例えば、消費者への値上げの形態を取るかもしれないし、労働者の賃下げの形となるかもしれない)」と指摘している。しかも、この手の批判者達は、法人税増税がこうして諸刃の剣になっている論点を指摘するのを躊躇することはめったにないでは仮に、法人が法人税のような税を実際に負担しないのなら、諸刃の剣になる要点は何なのだろう? 事実、カナダ進歩保守党は、オンタリオ州において現段階で打ち出している政治要綱で、法人税の劇的な削減を要求している。3.5%削減することで、11.5%から8%にするというものである。(新民主党が政治要綱で要求している1%の引き上げより、数字として相当に大きい)。なぜ保守党員は、この論題で新民主党よりも、はるかに大騒ぎしているのだろう?

この件に深入りする前に、新民主党へのこの手の批判には、税負担の概念に関わる重要な論点が潜んでいることを言及せねばならない。政府に税を納めた人は、必ずしも税を負担しているわけではないという税負担の事実の反映がある。税を納めた当人は租税負担を他の誰かに転嫁することが可能になっているかもしれないからだ。つまり、「X税」と呼ばれているような何らかの税は、実際にXに税を課したことを意味するとは限らない。例えば、所得税は、必ずしも所得に課される税ではない。

貯蓄が〔課税対象から〕免除されている場合――RRSP2 や TFSA3 によって――平均的な人にとっては、実質的には所得ではなく、むしろ消費に税が課されたことになる(なぜなら「収入-貯蓄=消費」だからだ)。同様に、法人に課される税も必ずしも法人に課される税とは限らない。例えば、HST/GST4 は、技術的には法人に課される税である。なぜなら、HST/GSTを課せられた法人は、政府に税を納めねばならない。しかし、我々はこれを消費税と呼んでいる。なぜなら、税を課せられた法人は例外無く負担を消費者に転嫁するからだ。よって基本的な論点として、なんらかの税が「法人税」と呼ばれていても、実際には法人に税が課されていることを意味しないことが重要な事実なのだ。

すると疑問が生じることになる。法人に課された税は実際に法人が負担する税でないなら、なぜ法人(ないし「財界」)は法人税の高さを気に病むのだろう? まさにGSTのように、法人税は他者に転嫁されることになるのにだ。たとえ法人が消費者か労働者に転嫁することができなかったとしても、最悪時には株主に転嫁されることになるわけである。(この場合原則的には、収益を税負担に当てることで、株主の取り分である配当金が減らされることになる)。そして、大企業が自社の株主が受け取る純粋な配当利回り率に多大な関心を寄せている、と想定する根拠は特に存在しない。配当利回り率が競合他社と似たような水準にある限り、企業経営者はそれがどのくらい高いのかに多大な時間を割いて気に病んでいる蓋然性は低い以上事実が示唆しているのが、企業は収益への課税率について無関心であるはずなのだ(同様に、企業はGSTの高低水準の在り方についても無関心であるはずだ)。

ここまでを総括してみると、不可解な謎が生み出されることになる。保守派は、なぜこうも法人税の削減に熱心なのだろう? という謎だ。「政府は悪であり、ビジネスは善である」といった単なるイデオロギーや、税の死重損失に関する一般的な不平を超える何らかがあるわけである。法人税減税から誰が本当に利益を得るているのかを知るのは困難だ。

しかしながら、利益を受ける一つの有力な支持層が存在する。本当の大金持ちカナダ人達(便宜上トップ1%くらいとしよう)だ。彼らは大規模公的企業の株を保持しているだけでなく、自身の財産を管理するために私的企業も保有している。富裕層は、租税処置から自身の収入を守ることを主目的に――最優先されているのは、退職後の蓄えを守るための達成手段として――この手の自前の企業を創設しているのだ。結果的に、法人税率は、富裕層の収入(特に投資収益)の大部分に課される個人向け適用の税率にもなっている。これがどのように機能しているのか理解することは、富裕層が法人税減税にここまで強く賛成している理由を理解するのに必須なのだ。

概要をおおざっぱに描写してみよう。あなたはオンタリオ州に在住していて、年に50万ドルの収入を得ているとしよう。まず最初にあなたが悟らねばならないのは、T4収入5 は、ごく普通の人のためのものであるということだ。T4収入を適用している人は〔最富裕層には〕まったくいない。なぜだろう? T4が適用された場合のあなたは、収入に課される税金を払う以外の選択の余地はほぼ存在しないからだ。さらに、課税後の実質的な控除もほとんどない。なので、収入が15万ドル以上に差し掛かり始めると、あなたは所得をT4適用外へと切り替える方法を探し始めることとなる。(例えば、あなたは「従業員」ではなくて、「コンサルタント」として契約し働くようになるとか)。そこで、あなたは会社を作り(安価で簡易なのだ)、その自社法人に雇われている立場になる。さらに〔仕事先から〕直接お金を受け取る代わりに、自社に支払ってもらうようにする。これは「所得のより税効率モデルへのシフト」と呼ばれている。

お金が自分の会社に入るようになったら、あなたは自身に(累進課税の限界税率が作動に至る)136,270ドル前後の給与の支払いを始める。136,270ドルより少し多い場合は、あなたはRRSPの積立金とTFSAを限界まで使い切ることが可能だ。さて次は、会社に残ったお金に創意を働かせる番だ。配偶者はあなたの所得を下回っているだろうか? 彼女を(一応、彼女にしておく)自社で簿記担当として雇用しよう。幼い子供はいるだろうか? 乳母には定額所得から育児代を出していけない(育児控除はばかばかしいほど低いのだ)。彼女を「エグゼクティブ・アシスタント」として自社に雇わせよう。子供が大学行くために家を出たら? 子供らの家賃を払ってはならない。自社で分譲マンションを購入して、子供らを「財産管理人」として雇おう。さて、車も2台目を購入してはならない。自社付けで購入しよう。休暇にも出かけないように。会社支払いの出張旅行に出かけよう。創意の制約はあなたの想像力の限界だ(もちろん、大雑把に解釈された法も一応は限界だ)。

しかしながら、こういった「創意」全て執り行え終えたとしても、自社にまだお金が残っている可能性がある。最高の累進税率が適応された所得税を支払わないと引き出すことができないお金だ。ということで、何をすればよいのだろう? あなたは、駄菓子屋の外で、顔をガラスに押し付けて店内を凝視している子供のように、消費できない全てのお金を座視している立場にある。お金は非常に間近にあるが、非常に離れてもいる…。あなたは既に、RRSP積立金を限界余地まで使い切っている。何をすべきだろう?

さて、あなたができることの1つが、お金を自社内にプールしておいて、どこかに投資することだ。これにはたった一つ問題が存在している。もしあなたが自社内にお金をプールしておいたら、それは「利益」とみなされてしまうのだ。なので、あなたはそれに課された法人税を支払わないといけない――州と連邦政府の合算の率で(低く見積もると)15.5%となる。後々、あなたがそのお金を引き出した場合――お金を使おうとする時は最終的に引き出す必要性がある――引き出したお金に課せられる所得税を支払わねばないらない。しかもおそらく最高限界税率でだ。それでも、利益は得られるのだろうか?

あなたが退職後のための貯蓄を目的にしているのなら、計算してみると、利益が存在することが判明するのだ。どういうことなのだろう? 投資の運用利回りにおける複利の効果故である。もしあなたが、お金を〔自社内にプールせず〕引き出して投資運用するしよう。その場合は、最初に引き出した時点でお金に46.4%の所得税を支払わねばならない。その後、あなたは引き出して得たお金を再投資すると、その投資収益の総額に46.4%のキャピタルゲイン税が課せられ再度支払うことになる6 。以上ケースとは別に、あなたは自社内にお金をプールするとしよう。この場合、最初に15.5%の法人税を支払うことになる。その後、プールした収入を再投資すると、投資収益の総額に毎年15.5%の法人税が課せられ支払うことになる。さらに最終的に自社からお金を引き出した時に、46.4%の所得税を支払うことになる(退職後にあなたの収入が低下していた場合、46.4%より若干低くなるなるかもしれない)。この複利の効果、つまりお金を15.5%の低い税率によって、自社内で「育てる」メリットは、(最初の法人収益に、最後の〔自社から引き出した〕所得への)二重課税のデメリットを上回るのだ。

ここまでの指摘事実が事実上意味しているのが、私企業は無限に積立可能で柔軟な払い戻し制度を備えた巨大なRRSPのようなものとして基本的に機能していることにある。

この事実はまた、非常に裕福な人が、法人税率にとりわけ敏感である理由も説明してくれる。非常に裕福な人が、所得税から退職時の収入を保護するために私企業を利用する方法は、複利の効果に依存することで、法人税率の値は増幅されて影響を与えることになっている――税率の小さな変更が、個人所得を自社内にプールする節税メリットに非常に大きな効果をもたらすのだ。言うまでもないが、このような私企業内に非常に多額の大金を保管している最富裕層は大量に存在している。このことが、富裕層を法人税減税の主たる私的受益層に至らしめているのである。

※免責条項:本エントリいかなる場合においても、節税アドバイスとして解釈すべきではなく、脱税詐欺についての助言も行っていない。カナダにおいて最も高い収入を得ている人々が行っている、納税義務の最小化の方法の1つを単純化して説明しているだけである。

※訳者による注釈は〔〕で括っている

 

  1. 訳注:カナダの左派政党。再分配を重視した政策を訴えることが特徴。 []
  2. 訳注:”Registered Retirement Saving Plan”(登録退職貯蓄基金)の略。一般的勤労者が定年後の為に貯蓄することを支援目的にした各種税制融合措置。所得の一部をRRSPに適用して貯蓄すると、貯蓄分を課税対象から免除することが可能となっている。 []
  3. 訳注:”Tax-Free Saving Account”の略。主に勤労中間層の個人を対象にした、金融投資からの利益への減税を中心にした資産形成の優遇措置制度。日本におけるNISAと似たような制度である。 []
  4. 訳注:それぞれ”Harmonized Sales Tax”及び”Goods and Service Tax”の略。カナダにおける政府・州政府による物品・サービス等に課せられる売上税。日本における消費税とほぼ同じである。 []
  5. 訳注:カナダでは所得・収入をT以下の数字で分類しており、T4は通常の給与所得の分類。T4に分類された所得は源泉徴収された上で、厳格な課税が適用される。 []
  6. 訳注:カナダのキャピタルゲイン課税は、投資収益の半額に所得税の税率が適用される。 []