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アレックス・タバロック「国際的な数学の才能の無駄遣い(の改善)」(2018年7月18日)

[Alex Tabarrok “The Misallocation of International Math Talent,” Marginal Revolution, July 18, 2018]

豊かな国ほど,科学や工学に割り振られる労働者の割合は大きくなる.そして,科学や工学がもたらすアイディアはみんなの利益になることも多い.だからこそ,他国が豊かになるとじぶんたちも得をするわけだ.とはいえ,科学者やエンジニアの人数だけが重要なわけじゃない.Agarwal & Gaule はかしこい論文を発表している.この論文では,同等な才能をもつ人たちであっても,より豊かな国にいる方が生産性が高くなることが示されている.
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タイラー・コーエン 「科学者を敬え」(2016年12月29日)/「アポロの月面着陸=共産主義の最大の成果」(2011年10月3日)

●Tyler Cowen, “Noah Cowan interviews Tyler Cowen”(Marginal Revolution, December 29, 2016)


ブラウン大学のノア・コワン(Noah Cowan)から取材の申し込みがあって話をしてきた。取材場所はタコス専門店。インタビュー全文はこちら。小生の回答の一部を以下に引用しておこう。

ポップカルチャーの方面では科学が十分に重視されているとは言えませんね。科学(および科学者)の社会的な地位は今よりもずっと高くあってしかるべきというのが私の考えです。科学の社会的な地位が向上すれば(科学者を志す優秀な若者が増えるのに伴って)イノベーションも加速するんじゃなかろうかと思うんです。社会の成員一人ひとりが科学という営みに現状以上の敬意を払うようにすればいいんです。ある意味でフリーランチ(タダ飯)が転がってるわけですね。科学の素晴らしさをみんなが強く信じ込めばいいだけの話であって財布を開いてお金を払う必要は一切ないんですから。「科学者を敬え」と常々訴えているわけですが、今お話したようなことを言わんとしているわけです。お手本(ロールモデル)、小さい子供にとってお手本となる存在。そういう話にもなってきますね。この点でテレビ番組なんかは非常に大事だと思います。『スター・トレック』だとかあるいは『ギリガン君SOS』だとかといった番組は大勢の視聴者の心に科学のクールさを植え付ける役割を果たしたと思います。この方面ではオバマ大統領も大変素晴らしい仕事をしてますね。科学の大切さを訴える科学重視の大統領。立派なお手本です。その影響力には限りがあるとは言え、オバマ大統領はとてもうまくやっていると思います。折々のスピーチを通じて科学重視の大統領というセルフプロデュースに励んでいますからね。これまでの歴史を振り返ってみると、アメリカという国は科学をそこまで重視してこなかったと思います。それにもかかわらず、我々は原爆の開発にも成功しましたしアメリカという国はこんなにも立派な工業国になりおおせました。科学を重視する姿勢とナショナリズムとの間には重なり合う部分が多いんでしょうね。「我々こそが月に人類を送る一番乗りになるんだ」という愛国的な心情が科学の進歩に大いに加勢した面があるでしょうね。誠に残念ながら、それも長続きはしなかったようですがね。

インタヴュアーを務めてくれた切れ者のコアンの人となりについてはこちらを参照されたいが、彼はかなり若い時に(クイズ番組の)『ジェパディ!』でチャンピオンになっている強者らしい。

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●Tyler Cowen, “Very good sentences”(Marginal Revolution, October 3, 2011)


「アポロの月面着陸は共産主義の最大の成果だ」と頭に白いものが目立つNASA(アメリカ航空宇宙局)のベテラン職員に面と向かって言われたことがある1

・・・と語るのは(SF作家の)ニール・スティーヴンスン(Neal Stephenson)。全文はこちら。最初から最後まで隈なく目を通す価値ありだ。

ところで、スティーヴンスンの最新作(2011年10月当時)である『Reamde』を少しだけ読んでみた。彼の大半の作品とは違ってうまく練られているようだが、彼の大半の作品から受ける印象とは違って面白味に欠けるところがあるように感じられたものだ。

  1. 訳注;冷戦時代の敵国であるソ連(を筆頭とする共産主義陣営)に負けてたまるかという敵愾心(ないしは愛国心)が月面着陸をはじめとした西側陣営の科学技術の進歩を促す一因となったという意味。 []

マーク・ソーマ 「政府は年がら年中問題を起こしてるわけじゃない ~ペニシリンが量産されるまで~」(2010年11月2日)

●Mark Thoma, ““Government Isn’t Always the Problem””(Economist’s View, November 02, 2010)


政府も時に解決役を務めることがある。

Maxine Udall:・・・(略)・・・政府が問題解決の重要な一翼を担った例の中で個人的にお気に入りなのはペニシリン――大勢の命を救った抗生物質――が開発されるに至るまでの顛末だ。

時は1940年、(イギリスの)オックスフォード大学に籍を置くハワード・フローリー(Howard Florey)とエルンスト・チェーン(Ernst Chain)の二人がアオカビの培養液から粉末状の化学物質(ペニシリン)の抽出に成功。そして連鎖球菌を注入した8匹のマウスを使ってすかさず実験に乗り出す。8匹のうち4匹だけにペニシリンを投与したところ、いずれも急速な勢いで快方に向かう(その一方で、ペニシリンを投与されなかった残りの4匹は間もなくすべて死亡)。「エウレカ!(見つけたぞ!)」。誰もがそう叫ぶかもしれない。その後は知っての通り・・・でしょ?

いや、違う。全然違う。

フローリーとその仲間はペニシリンとマウス実験の結果を携えてイギリスやアメリカ、カナダにある有名どころの製薬会社を訪問して回った。しかしながら、どの会社もペニシリンの量産技術を開発するために金を出そうとは言いたがらなかった。新薬として売り出し中のサルファ剤の効き目が(細菌の抵抗力が高まるのに伴って)弱まりつつある兆候が見え出したというのがその主な理由。ペニシリンもはじめのうちは効力を発揮するかもしれないが、しばらくすると(サルファ剤のように)効き目が失われてしまうかもしれない。そうなったら(ペニシリンへの)需要は先細る一方。「利益は出ますかね?」と(製薬会社の)幹部陣のもっともな突っ込み。

それでは一体どのようにしてペニシリン(および後続の数多くの抗生物質)は広く行き渡るようになったのだろうか? ここで登場するのが米政府だ。米軍もちょっと加勢した。今にも戦争が始まろうとしている時だ。新たな抗生物質がもたらしてくれるやもしれぬ恩恵に無関心でいられるだろうか? 何しろ先の大戦(第一次世界大戦)で命を落とした兵士のうちおよそ半数は感染症が原因で逝ってしまったのだから。

ペニシリンの量産を実現するだけではなくその効能を4倍も高めることに成功したのは――それも驚異的なスピードで――米農務省に勤務する公務員の科学者集団だった。想像してごらんよ。官庁にお勤めの科学者様が素早く手際よく何かをお作りになる。そしてその何かに改良まで施してくださって我々下々の民の生活を楽にしてくださるというんだよ。・・・(略)・・・米国の納税者(が支払う税金)と米政府が助け舟を出してくれなければ、民間部門と「市場」にすべてが委ねられていたとしたら、ペニシリンの開発は暗礁に乗り上げて我々のもとに届かずじまいとなったことだろう。・・・(略)・・・

タイラー・コーエン 「『Land of Promise』 ~第二次世界大戦中における医療分野でのイノベーション~」(2012年4月19日)/「イラク・アフガニスタン戦争下における医療分野でのイノベーション」(2010年4月4日)

●Tyler Cowen, “*Land of Promise*”(Marginal Revolution, April 19, 2012)


今回紹介するのは『Land of Promise』(「約束の地」)。著者はマイケル・リンド(Michael Lind)。副題は「アメリカ経済史」(“An Economic History of the United States”)。まだざっとしか眺めていないが、中身をほんの少しだけ引用しておこう。

1947年になるとアメリカ国内にある民間企業の研究所で働く研究員の数は1940年の時点と比べて実に倍増するまでになっていた。戦時中に手掛けられた研究に起源を持つブレークスルー(新発明、新発見)は原子力だけに限られない。ジェットエンジンにレーダー、コンピュータ、合成ゴム。そしてペニシリンや合成キニーネ(抗マラリア薬)、(抗菌薬の)サルファ剤といった一連の新薬。

ペニシリンの研究開発(R&D)や製造には米政府が大いに関与した。(イギリスの細菌学者である)アレクサンダー・フレミング(Alexander Fleming)がペニシリンには細菌を殺す性能が備わっている可能性を発見したのは1928年のことだが、ペニシリンを量産する技術が磨き上げられたのは第二次世界大戦の真っ只中。米政府が複数の大学に農務省、そして2ダース(24社)近くに及ぶ製薬会社に協力を呼びかけて一致団結してペニシリンの量産に挑んだのだ1

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●Tyler Cowen, “Medical innovation during war”(Marginal Revolution, April 4, 2010)


海兵隊の兵士が徒歩で近辺を見回る時には止血帯(C-A-T)を太ももの付け根のあたりに緩く巻きつけておくことが多い。そうしておけば万一攻撃を受けて足(足首以下の部位)が吹き飛ばされてもバンドをきつく締めることで自力ですぐに止血できるのだ。

全文はこちらだが、興味深い事実が目白押しだ。この記事を紹介してくれたThe Browserには感謝する次第。

  1. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●マーク・ソーマ 「政府は年がら年中問題を起こしてるわけじゃない ~ペニシリンが量産されるまで~」(2018年7月18日) []

タイラー・コーエン 「『世界の技術を支配するベル研究所の興亡』 ~技術革新の源泉としての戦争~」(2012年3月19日)/「『War:What is it good for?』 ~技術進歩および平和の源泉としての戦争~」(2014年6月28日)

●Tyler Cowen, “*The Idea Factory*”(Marginal Revolution, March 19, 2012)


今回取り上げるのは『The Idea Factory』(邦訳『世界の技術を支配するベル研究所の興亡』)。大好きな一冊だ。本を開いてからそのまま一気に最後まで読み通してしまったものだ。著者はジョン・ガートナー(Jon Gertner)。副題は「ベル研究所とアメリカにおけるイノベーションの黄金時代」(“Bell Labs and the Great Age of American Innovation”)。ほんの少しだけ中身を引用しておこう1

「戦争に勝てたのはレーダーのおかげ。原爆は戦争を終わらせただけに過ぎない」とはレーダーの研究に携わっていた科学者の間でしばしば交わされた冗談だが、あながちピント外れなわけでもない。軍事用レーダーの開発プロジェクトは(原爆の開発が使命の)マンハッタン計画に引けを取らぬほどの難題であることがやがて判明するに至ったわけだが、両者の間にはいくつか違いもある。まず何よりも米政府が投じた予算の額が違う。原爆の開発には20億ドルの予算が投じられたが、軍事用レーダーの開発に投じられた予算の額はそれを大きく上回っている。軍事用レーダーの開発には推定で合計30億ドルの予算が投じられたと見込まれているのだ。さらには、レーダーは汎用性が高くてまるで複数の装置が合体しているようなところがある。似たような技術が応用されていながらも、地上で使えるタイプもあれば水中で使えるタイプもあれば空中で使えるタイプもあるといったように数多くの異なるタイプのレーダー探知機が開発されたのだ。

戦争は数多くのイノベーション(技術革新)を刺激する可能性を秘めているというのが本書が説く教訓の一つだ。ガートナー本人がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿しているこちらの記事では本書のテーマが簡潔に述べられている。本書についてはウォール・ストリート・ジャーナル紙に書評が掲載されている。こちらがそれ。科学史/技術史/イノベーション史に興味があるなら是非とも買って目を通すべき一冊だ。

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●Tyler Cowen, “The FT summer book reading list”(Marginal Revolution, June 28, 2014)


War: What is it Good for? The Role of Conflict in Civilisation, from Primates to Robots』(「戦争:戦争は何の役に立つ? 文明の歴史における闘争の役割 ~霊長類からロボットへ~」) by イアン・モリス(Ian Morris)

戦争は技術進歩の源泉であるだけではなく平和の源泉でもあると説く注目すべき一冊。著者は歴史家のイアン・モリス。戦争は強力で腕の立つ(高い機能を備えた)国家(政府)の誕生を後押しし、かようにして立ち現れた国家は人民に平和の恵みを施してくれた(時には平和を押し付けた)というのだ。妙に説得力のある主張だ。しかしながら、核時代の現代にあっては列強の国々はこれまでとは違う何らかの工夫を編み出す必要があるだろう。

フィナンシャル・タイムズ紙がお薦めする「この夏に読みたい本」のリスト(一覧)はこちら。モリス本の他にも第一次世界大戦後の世界情勢がテーマのアダム・トゥーズ(Adam Tooze)の新作も薦められている。トゥーズ本はついさっき読み終えたばかりだが、私好みの一冊。読みながら「まるでサムナーみたいな切り口の本だなあ」と感じもしたものだ。アダム・ミンター(Adam Minter)の『Junkyard Planet』(「廃品まみれの惑星」)もリストに名を連ねているが、これもまた素晴らしい出来の一冊だ。

  1. 訳注;以下は拙訳 []

ジョセフ・ギャニオン「量的緩和懐疑論者たちは言い過ぎている」

●Joseph E. Gagnon, “QE Skeptics Overstate Their Case”(RealTime Economic Issues Watch, The Peterson Institute for International Economics, July 5, 2018


著名な経済学者4人(デビッド・グリーンロー、ジェームズ・ハミルトン、イーサン・ハリス、ケネス・ウェスト。頭文字をとってGHHW)は、今年初めに、従来の研究でのコンセンサスでは量的緩和(quantitative easing:QE)が長期金利に与える影響を過大に言い過ぎていると主張して、大いに注目を集めた。だが、GHHW論文や関連データを注意深く読むと、彼らの結論自体も言い過ぎであることがわかる。確かに量的緩和の第1ラウンド(QE1)の研究の中には、債券利回りに対して、危機的でない状況で予測される以上の効果があった可能性を指摘していた研究もあったのは事実だ。しかし、証拠の示唆するところによれば、FRB(連邦準備銀行)のスタッフが近年採用しているようなより低い穏健な推定値は、平常時における量的緩和の効果の信頼できる尺度になっている。

GHHW論文では、(1)QE1の持続的な効果は一部の有名な推定値の半分ぐらいだったかもしれない、(2)量的緩和の残りのラウンドの効果は、一時的もしくは無視できるものだ、と結論している。GHHW論文では、量的緩和の効果を測定する際に、「イベント・スタディ」という方法に頼っている。イベント・スタディでは、政策が経済変数に与える効果を、その政策に関連するニュース前後の短い期間(イベント・ウィンドウ)の変数の変化を集計することにより測定する。イベント・スタディの基本的な前提は、(1)対象となる政策はニュースとなった出来事(イベント)以前には予測されていない、(2)その政策に関する市場の期待が変化するのは、ニュースとなった出来事があった時だけ、(3)そのような期待の変化は、すべてその出来事のイベント・ウィンドウの中で起こる、(4)イベント・ウィンドウ内で該当する経済変数に影響を与えるのはその出来事だけ、ということだ。

このような前提は多分、QE1関連の主要ニュースに関しては不合理ではないが、それ以後の量的緩和のラウンドに対しては明らかに当てはまらない。QE1が最初に発表される以前は、FRBが今後長期債を購入するだろうという市場の期待は、おそらく相当低かった(原注1)。QE1の間、特に最初の数カ月は、おそらく、FRBの今後の債券購入の主な情報源はFRB自身の発表だった。このような状況では、QE1の発表前後の金利の変化を集計することは、QE1が金利に与える全体的な効果を測定するための合理的な方法だ。

筆者とマシュー・ラスキン、ジュリー・レマチ、ブライアン・サック共著の2011年の論文(頭文字をとってGRRS論文)では、QE1に関するニュースを含むFRBの発表後8日間の10年債の利回りの変化を集計して、合計91ベーシス・ポイント(0.91%)低下していることを発見した(原注2)。筆者たちはさらに、出来事の集合(イベント・セット)を拡大してQE1プログラムの全期間(2008年11月25日~2010年3月31日)の連邦公開市場委員会(FOMC)の声明や議事録の公開まで取り入れてみたところ、低下の合計は55ベーシス・ポイント(0.55%)になった。イベント・セットを大きくすると変化の合計が小さくなることは、追加された期間では利回りが上昇する傾向があったという事実を反映している。

似たような計算はGHHW論文でも行っており、FOMCの全声明や議事録公開だけでなくさらにFRB議長の金融政策に関連する全発言を加えて、QE1プログラム全期間の利回り低下の合計が17ベーシス・ポイント(0.17%)であることを発見している。だが筆者は、GHHW論文の著者たちとのやりとりの中で、この推定値では、ニュースとなった重要な出来事2つを無視していることを発見した。それは、2008年11月25日のQE1の最初の購入の発表と、2008年12月4日のFRB議長ベン・バーナンキの住宅ローン市場に関する発言だ(原注3)。この2日間の利回りの変化を加えると、GHHW論文の合計は累積で49ベーシス・ポイント(0.49%)の低下となる。GHHW論文では、FRBの政策が債券利回りの変化の背後にある重要な要因である、とロイター通信社が報じた日に基づく別の合計も計算している。QE1の全期間内のロイター報道のあった日の10年債利回り低下の合計は48ベーシス・ポイント(0.48%)だった。

量的緩和の効果は、特に金融ストレスのある期間で大きくなる見込みが高い。このことは特に、GRRS論文その他の一部の研究で基本イベント・セットの中心となっていた、QE1の最初の発表時の10年債利回りに対する影響の大きさを説明できる可能性がある。このような効果の一部は、金融ストレスが和らぐとともに消え去った見込みが高い。このような初期の大きな効果の消失が、FRBのニュースのあった日だけに起こるという説得力のある根拠はないが、上で言及したようなQE1の最初の数か月より後に起こった出来事の日まで含めた累積効果(50ベーシス・ポイント程度)が、後で説明するまったく異なる方法で求めたQE1の推定効果にかなり近いことは、注目に値する。いずれにせよ、債券利回りの大幅な低下が数か月後に反転したことは、QE1の景気刺激効果を打ち消すものではまったくない。QE1は、企業や投資家の自信の支えとなり、先に日本で起こったようなデフレへの突入を防ぎ、債券利回りの若干の回復を可能にした、というのがより正しい解釈だ。

QE1以降の量的緩和プログラムに関しては、イベント・スタディの方法ではあまり有益な情報は得られない。QE2が終わってから「満期延長プログラム(Maturity Extension Program:MEP)」が始まるまでの期間に、債券利回りは大幅に低下したが、これは経済の回復が驚くほど弱いことを反映しており、このことがさらなる量的緩和による債券購入の期待を高めた。このような債券利回り低下のほとんどは、FRBでニュースになるような出来事がない日に起こっていたので、イベント・スタディではこれを量的緩和の効果としては勘定していない。FRBでニュースになるような出来事のあった日の債券利回りの変化には、QE3が始まってからしばらくするまで、ほとんど累積効果がなかったが、このことはFRBの政策が市場の期待に近かったという事実を反映している。言い換えれば、イベント・スタディが教えてくれるのは、FRBの量的緩和による債券購入が如何にして債券利回りに影響したのかではなく、QE1によって量的緩和の前例が確立された後の、量的緩和による債券購入が市場の期待とどの程度違っていたのかということだ。

2013年のテーパー・タントラム(訳注:量的緩和の縮小を発表したことによる市場の混乱)は、量的緩和による債券購入への期待が突然変化することが、平常時の市場の債券利回りに著しい影響を及ぼすということを示している。GHHW論文の計算によると、2013年3~9月のFRBで出来事があった日の10年債利回りは40ベーシス・ポイント(0.4%)近く上昇しており、これはおそらくQE3による債券購入全体に対する期待の低下を反映している(原注4)。

GRRS論文では、量的緩和が債券利回りに与える効果を推定する別の方法も追及している。それは、10年債の利回りや期間プレミアム(訳注:長期債を短期債と比べたときの金利の上乗せ分)と政府による長期債の純供給を含むさまざまな因子との間の時系列回帰分析を利用する方法だ。この回帰分析の対象期間は1985~2008年なので、量的緩和プログラムはまったく含まれていないし、著しい金融ストレスの時期もあまり含まれていない。だが、量的緩和による債券の購入は長期債の供給を減らし、その利回りに対する影響は、回帰分析から推定された供給係数を使って計算することができる。GRRS論文では、QE1と同等の規模の債券購入は、10年債の利回りを40~80ベーシス・ポイント(0.4~0.8%)低下させると期待されていたことを発見した。中心傾向は約50~60ベーシス・ポイント(0.5~0.6%)だった(原注5)。GHHW論文の著者の一人(ハミルトン)も、別の共著者との別の論文で、多少異なる回帰分析法を使って同様の推定値を求めている。FRBのスタッフも、量的緩和のマクロ経済への影響をモデル化したときに、回帰分析に基づいてこの範囲の推定値を利用している。FRBのスタッフの推定によると、FRBのあらゆる量的緩和プログラムの債券利回りに対する効果のピークは2013年後半で、10年債利回りを約120ベーシス・ポイント(1.2%)低下させている。

回帰分析に基づくQE1の推定値は、イベント・スタディによる当初の推定値よりは小さいものの、量的緩和が債券利回りに対して実質的に効果があることを支持しており、それは金融ストレスの時期に限られない。

著者注:発言に関するデータや情報を集めてくれたクリス・コリンズに感謝する。


(原注1)GHHW論文では、2008年11月10日に発表された「 ブルー・チップ経済指数 」(訳注:Blue Chip Economic Indicators。Aspen Publishersが月刊で発行しているアメリカのマクロ経済の予測集)によると、調査対象となったエコノミストの54パーセントが、FRBがただちに何らかの量的緩和を行うことを期待していた、と指摘している。だが、この調査の質問では明示的に日本の事例に言及しており、日本で行われたのは、マクロ経済への影響がほとんどない比較的短期の債券購入だったので、この調査の回答では、FRBが最終的に採用したような種類の量的緩和に対する市場の期待を過大評価していた可能性がある。

(原注2)1ベーシス・ポイントは1パーセント・ポイントの100分の1。

(原注3)この発言では、住宅ローンの利率や利用しやすさについて論じ、FRBの量的緩和による債券購入は、住宅ローン市場の現状を改善することを目指している、と言及した。GRRS論文の対象になった出来事のあった日の中で、FRB議長の発言があったのは12月1日だけだった。これはFRBの官僚が長期債購入の可能性を初めて提起した日だった。

(原注4)この幅の債券利回りの上昇に、FRBのスタッフのベンチマーク推定値(後述)を適用すると、FRBからの(訳注:量的緩和縮小の)情報は、QE3プログラムの長さに関する市場の期待を、月850億ドルとして12カ月分減らしたことを示唆している。

(原注5)筆者の2016年のサーベイ論文によれば、アメリカ以外の諸国でも幅広く同等の効果が見られた。

タイラー・コーエン 「『Forged Through Fire』 ~戦火の産物としての民主主義~」(2017年1月22日)/「国家建設、ナショナリズム、戦争」(2017年5月28日)

●Tyler Cowen, “*Forged Through Fire*”(Marginal Revolution, January 22, 2017)


ジョン・フェレジョン(John Ferejohn)&フランシス・ローゼンブルース(Frances McCall Rosenbluth)の二人の手になる新刊が登場だ。副題は「戦争、平和、民主主義をめぐる駆け引き」(“War, Peace, and the Democratic Bargain”)。極めて重要な一冊だ。本書の中心的な主張は以下の通り。

現代の民主主義は大量の人員と多額の資金を要する戦争によって育まれたのだとすれば1、ここいらでちょっと立ち止まって次の疑問をよくよく吟味してみる必要がありそうだ。その存立を支えたエンジンが消え去ったとしたら民主主義の行く末には一体どんな展開が待ち受けているだろうか? 現代の民主主義を育む上で戦争が果たした役割を理解すれば、民主主義の弁慶の泣き所を見定める手がかりが得られることになる。国家を外敵から守る上で大衆(一般の国民)が果たせる役割が小さくなっていくとしたら、大衆とエリート層との間での(戦争への協力と引き換えに大衆にも政治参加の機会を保障するという妥協によってこれまではどうにかこうにか保たれていた)階級の枠を超えた協力関係はどうなってしまうだろうか?

・・・(中略)・・・

ヨーロッパで国家が形成された14~15世紀に戦火とは無縁でいられた地域の今後は果たしていかにというのが二番目の問いだ。絶え間なく続く苛烈な戦争のおかげで普通選挙と所有権の保護を特徴とする民主主義が育まれるに至ったヨーロッパのゴルディロックス地帯2――それなりに高い行政能力を備えた君主国がひしめき合い、決して楽とは言えないが国民が総力を挙げて戦えばどうにかなる戦争が繰り広げられた地帯――。それとは対照的に、・・・(略)・・・

・・・(中略)・・・

悪い報せとは何かというと、今や戦争は民主主義を育むエンジンとしての機能を失ってしまったということだ。

Amazonでの注文はこちら、ローザ・ブルックス(Rosa Brooks)による(ウォール・ストリート・ジャーナル紙上での)書評はこちら[Read more…]

  1. 訳注;徴兵制の受け入れを通じた軍隊への参加ないしは納税を通じて戦争に協力してもらうのと引き換えに大衆にも選挙権をはじめとした諸権利が認められるに至った、という意味。 []
  2. 訳注;そこら一帯が血の海となっている(熱過ぎる)わけでもなければ平和そのもので波風一つ立たない(冷た過ぎる)わけでもない、ほどほどに熱い(武力衝突続きではあるが一定の秩序は保たれていてどうにか生きてはいける)地帯という意味が込められているものと思われる。 []

タイラー・コーエン 「『国家の能力』と武力衝突」(2014年10月31日)

●Tyler Cowen, “State capacity and military conflict”(Marginal Revolution, October 31, 2014)


ニコラ・ジェンナイオーリ(Nicola Gennaioli)&ハンス=ヨアヒム・ヴォス(Hans-Joachim Voth)の二人が「『国家の能力』と武力衝突」と題された論文(pdf)を物している。レビュー・オブ・エコノミック・スタディーズ(RES)誌に近々掲載予定とのこと。論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

国民所得の大きな割合をコントロールする(高い徴税能力を備えた)強力で中央集権化された国家がヨーロッパに姿を現すのは1500年以降に入ってからである。かような国家は戦争におけるカネ(資金力)の重要性が高まるのに伴って出現する至ったことをモデルを使って説明するのが本論文の目的である。戦争の勝敗を左右する上でカネがそれほど重要な役割を果たさない場合には、いずれかの相手(外敵)と武力衝突しかねない脅威に晒されると国家の能力開発に勢いがつくどころかむしろ逆に歯止めがかかることになる。その一方で、戦争の勝敗を左右する上でカネが決定的な役割を果たす場合には、国ごとの権力構造の違い(権力が集中しているか分散しているか)に応じて国家の能力に徐々に格差が生まれることになる。(権力が一極に集中している)統一国家は国内を統治する能力の向上(徴税能力の強化)に熱心に取り組む一方で、(群雄が割拠している)分断国家はそのような能力構築競争から(割に合わないと判断して)自発的に降りるからである。本論文で特に強調したいのは(戦争におけるカネの重要性を高めるのに貢献した)「軍事革命」――戦争(武力衝突)のあり方を一変させた一連の技術革新――の役割である。なお、本論文では計374件の武力衝突の事例を参照して戦争におけるカネの重要性や近世ヨーロッパにおける国家建設のパターンについて実証的な検証も行う。現実の証拠はモデルから導かれる予測と整合的というのが我々の結論である。

本論文はマーク・コヤマ(Mark Koyama)に教えてもらったものだ。

タイラー・コーエン 「チャールズ・ティリー(1929-2008) ~戦争が国家を作った~」(2008年5月2日)

●Tyler Cowen, “Charles Tilly dies at 78”(Marginal Revolution, May 2, 2008)


チャールズ・ティリー(Charles Tilly)が(2008年4月29日に)78歳で亡くなった。訃報記事はこちら。ティリーの専門は歴史社会学ということになるが、彼の影響は経済史の分野(および新制度学派経済学)にも及んでいる。

ティリー博士は多様な文脈に当てはめることのできる理論の彫琢に役立てるために、原データや同時代人の証言――行政機関に保管されている公文書、未刊の手紙や日記など――が盛り込まれている膨大な量の独自資料の発掘に乗り出した。ティリー博士がとりわけ興味を惹かれたのはヨーロッパにおける国民国家の形成過程だった。国民国家は戦争によって作られた面があるというのがティリー博士が示唆しているところであり、1990年に上梓された『Coercion, Capital, and European States, AD 990-1990』(ブラックウェル社)では、嵩(かさ)む一方の武器の費用(軍事費)と軍隊の巨大化に伴って確固たる徴税力を有する大規模で強力な国民国家が必要とされるに至ったと述べられている。

かような見解(「戦争が国家を作った」)は1985年に書かれた論文(pdf)で既に仄めかされている。暴力(物理的強制力)の行使を独占する団体としての国家はヤクザの用心棒みたいなものとは件の論文でのティリー博士の言だ。外敵の存在を強調し、あるいは外敵を作り出し、あるいは外敵を刺激する。しかる後に国民に対して外敵から身を守るための費用の支払いを求める。それが政府のやり口というのだ。

ティリーが残した成果の中でも中期の業績――例えば、『The Formation of National States in Western Europe』――が一番重要というのが私の考えだ。それはともかく、アメリカはこの国の社会科学界を牽引する学者の一人を失ってしまったことになる。ティリーのウィキペディアのページには選りすぐりのリンクが揃っている。こちらのページではティリー流の研究手法(社会科学の分野での研究の進め方)が開陳されている。お薦めだ。

タイラー・コーエン「よい科学者ほどよく笑う?」(2018年7月9日)

[Tyler Cowen, “Do better scientists smile more?” Marginal Revolution, July 9, 2018]

理論からも実証からも,頻繁にプラスの情動が生じる個人ほど日常生活や仕事で目標をうまく達成できることがシメされている.本研究では,つくりものでないプラスの情動の表情を科学者が表に出すことと仕事に関連した達成に正の相関があるかどうかを検討した.仕事に関連した達成を,ここでは文献面の計量(e.g.被引用数)と対人面の計量(学術的な更新のフォロワー数)で定義する.研究者向けソーシャルネットワーキング・ウェブサイトから440名の科学者を標本に取り出し,彼らが公開している写真がどれくらい笑っているかの度合い(満面の笑み,やや笑顔,まったく笑みがない)を複数名の評価役で数値化した.満面の笑みを掲載している科学者たちの方が,それほどプラスの情動の表情を見せていない科学者たちと比べて,更新を追いかけるフォロワー数をより多く引き寄せ,同じ公表論文数でも質(e.g. 論文1本あたりの被引用数)でまさっていることがわかった.プラスの情動がもたらす有益な効果に対してシン・スライシング・アプローチは,実験による証拠や長期的な追跡による証拠を補完する生態学的に妥当なアプローチとなる.プラスの情動を示す表情と科学上の影響・対人的な影響を結びつける証拠は,プラスの情動のモデルを拡大・構築する支えとなる.

これが当てはまりそうにない研究分野ってどこかにないかな…?

この論文には共著者がたくさんいる.ぼくの同僚 Todd B. Kashda もその一人だ.via 華麗なる Kevin Lewis

〔※訳者の註記: 原文のコメント欄では,「それって成功をおさめてる科学者ほどしあわせで笑顔になってるんじゃないの? そのへんをコントロールするのってむずかしいよね」と指摘が入っている.〕