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デイビット・アンドルファット「日本のインフレ目標の失敗」(2016年11月29日)

David Andolfatto “The failure to inflate Japan” MacroMania, November 29, 2016


2013年1月22日,日本政府と日本銀行はデフレの克服と持続可能な経済成長を達成するという異例の共同声明を発表した。この声明の目的は2%のインフレ目標を導入することだった。これが共同で発表されたのは,金融当局と財政当局が自分たちの共通の目標を達成するために協調することが期待されることを念押しするためで,新たなインフレ目標の信頼性を強化するという明確な試みだった。

2013年4月4日,日銀はインフレ目標をどのようにして達成するつもりか説明を行った。つまりは量的・質的緩和(QQE)だ。QQEは(ほぼほぼ)標準的な金融政策で,例外だったのは通常の規模よりも大きなものだったことだ。すなわち,銀行預金準備(お金)を創り出し,それが今度は証券,基本的には国債,を購入するのにつかわれるというものだ。

当時,僕はこの政策が意図されたとおりにうまくいくか懐疑的だった。僕の疑念は今になっても薄らいでない。この記事ではその理由を説明しよう。僕の主張を簡単に言えば,日銀はインフレを上昇させようと考えていると思われるけれどもそれを行う力はあまりない,そして政府にはインフレを上昇させる力がある一方でそうしようと考えていないと思われる,というものだ。端的に言えば,必要な政策協調が欠けているように見える。 [Read more…]

ブラッド・デロング 「カード、クルーガー、アッシェンフェルター」(2018年9月17日)

●Brad DeLong, “Equitable Growth in Conversation: An interview with David Card and Alan Krueger: Hoisted from the Archives”(DeLong’s Grasping Reality, September 17, 2018)


2016年にEquitable Growthブログに掲載されたインタビュー(Equitable Growth in Conversation: An Interview)の一部を再掲するとしよう。インタビューに応じているのはデイビッド・カード(David Card)とアラン・クルーガー(Alan Krueger)の二人。聞き手はベン・ジッペラー(Ben Zipperer)。

ジッペラー:インタビューのはじめのところでオーリー・アッシェンフェルター(Orley Ashenfelter)の名前が何度も話題に出てきたように記憶しています。あなた方の個人的な研究であったりあるいは労働経済学という分野全体に対するアッシェンフェルターの影響についてお話いただけないでしょうか?

カード:ええと、そうですね。オーリーには博論を書くにあたって指導教官を務めてもらいましたし、そもそもプリンストン大学の大学院に進学しようと決断した理由も彼がプリンストン大学で教えていたからでした。そういうわけで私個人に関してはオーリーからかなり強い影響を受けていますね。ついでながらですが、学部生の頃に講義を通じて特に影響を受けた教授が二人いるのですが、両名ともにオーリーの教え子だったんですよ。

そんなわけでオーリーとのつながりはかなり昔まで遡ることになります。オーリーとは長年にわたって(共同研究者として)一緒に論文もたくさん書いてきましたし、力を合わせて数多くの学生の指導にもあたってきました。話は私だけに限りません。ジョー・アルトンジ(Joe Altonji)だとかジョン・アボード(John Abowd)だとかといった私と同世代のその他の労働経済学者の面々もオーリーから強く影響を受けていると思います。

「可能なようなら実験を試みよ」、「可能なようなら自力で独自のデータを集めよ」、「可能なようなら自腹を切れ」。オーリーは出会った当初からずっと口を酸っぱくしてそう強く訴えていたものです。確かアラン(クルーガー)はある年の夏にオーリーと一緒に(オハイオ州の)ツインズバーグの「双子祭り」に出かけたんじゃなかったっけ? 双子に関するデータを集めるために。

クルーガー:ある年だって? 一回だけじゃないよ。ツインズバーグには4年連続で出かけたんだ。学生も連れてね。1ダースもの数の学生を引き連れていったんだよ(笑)。

あの時のオーリーは古風な面影が前面に出ちゃってましたね。夕食を食べるレストランを選んだりとか誰かとおしゃべりするのにはたっぷり時間を割くくせに、データ集めにはそこまで時間を割かなかったんですよ。

私は学部生の頃にオーリーの論文を読んでましたね。就職先としてプリンストン大学に惹かれるに至った大なる部分はオーリーがいたからというところにありました。そんなわけでいざプリンストンにやって来るとデイビッド(カード)というおまけが待ち構えていました。十年におよぶ濃密な共同研究に立ち向かうことになる仲間と遭遇したわけです。

プリンストン大学の労使関係局における研究環境の雰囲気を形作ったのはオーリー周辺の面々だったと思います。オーリーはボブ・スミス(コーネル大学)と一緒になって最低賃金に関する研究に取り組んでいましたが、その研究では最低賃金法が遵守されているかどうか、最低賃金法を遵守していない(法律に違反して最低賃金を下回る賃金を支払っている)企業はどのくらいの数に上るかといった話題がテーマとなっていました。最低賃金の(改定の)効果を探るつもりなら、現行の最低賃金と同額の賃金を得ている働き手なり雇い主が最低賃金法を遵守している事業所なりに着目せよ。オーリー&ボブの二人の研究はそのような考えを根付かせるきっかけになりました。

オーリーは全米最低賃金研究委員会(National Minimum Wage Study Commission)による研究を深く疑っていました。オーリーが「あそこは全米低級研究委員会(National Minimum Study Commission)だ」なんて口にしているのを時折耳にしたものです。

カード:低級研究賃金委員会(Minimum Study Wage Commission)ね。

クルーガー:低級研究賃金委員会か(笑)。

カード:この件については僕の名前を引用してくれてもいいよ。

クルーガー:オーリーひとりに押し付けることにしようよ(笑)。それはともかく、オーリーがよく好んで語る話があります。鮮明に覚えている話なんですが、確かオーリーが労働省で働いていた時に複数のレストラン経営者と話をする機会があったそうです。その時に「我々の業界が抱えている問題があります」と言われたそうです。最低賃金の水準があまりにも低すぎて人手が足りない(働き手が十分に集まらない)というのです。

「賃金の水準は市場で決まってくる。市場で決まる賃金を払えば働き手を必要なだけ集めることができる。もしも人手が足りない(働き手が十分に集まらない)ようなら賃金を上げればいい」。レストランの経営者たちが語った先の話はかような通説的な見解とは食い違っています。この問題との絡みでオーリーはアダム・スミスの『国富論』の中のかの有名な文章を気に入っている様子でした。雇い主の面々が一堂に会する機会を持つことは滅多にない。ただし、労働者の賃金を低く抑えることが主題となる場合は別。雇い主の面々は暗黙かつ不断の団結を通じて労働者の賃金を低く抑え込もうとしている・・・とかいうあの文章ですね1。研究の結果が通説に逆らうようなものであったとしても受け入れてもらえるような雰囲気が作られたのはオーリー周辺の面々のおかげだったと思いますね。

低賃金労働者に対する労働需要曲線は右下がりであり、それゆえ最低賃金の水準が引き上げられようものなら低賃金労働者の雇用量は減る。そこまで大幅に減りはしないが、通説から予想される如くともかく減る。・・・なんてことを(私が院生として学んだハーバード大学に籍を置いていた学者で)異端派の経済学者という面をいくらか持っていたリチャード・フリーマン(Richard Freeman)でさえも唱えていたものです。プリンストンにやって来る前の私はそのような論が幅を利かせている環境の中で学んでいたんです。

  1. 訳注;「職人の団結ということはよく耳にするけれども、親方の団結については滅多に聞かない、といわれている。だが、そうであるからといって、親方たちは滅多に団結しないなどと考える人があれば、その人はこの問題に無知なのはもちろん、世間知らずというものである。親方たちは、いつどこにあっても、一種暗黙の、しかし不断の、統一的な団結をむすんで、労働の賃銀を現在の率以上に高くしないようにしている。この団結をやぶることは、どこでも、最も不評な行動の一つであって、親方にとっては近隣や同輩のあいだで一種の不名誉となるのである。たしかにわれわれは、こういう団結については滅多に耳にしないが、そのわけは、だれも耳にすることがないほど、それがものごとの通常の状態、いうなれば自然の状態だからである。親方たちは、ときとして労働の賃銀をこの現在の率以下にさえ引き下げようとして特定の団結をむすぶことがある。こうした団結は、その実行の瞬間まで極度の沈黙と秘密のうちにことが運ばれるのが普通である。」(アダム・スミス 著/大河内一男 監訳『国富論 Ⅰ』, 中公文庫, pp. 114) []

タイラー・コーエン 「大学院時代の思い出 ~マイルズ・キンボールはじめその他大勢の同窓と過ごしたハーバード大学の博士課程での日々を振り返る~」(2012年7月10日)/「アラン・クルーガーよ、安らかなれ」(2019年3月18日)

●Tyler Cowen, “Reminiscences of Miles Kimball, and others”(Marginal Revolution, July 10, 2012)


マイルズ(キンボール)は私と時を同じくしてハーバード大学の博士課程に進学した同窓の一人だ。同窓の院生の中で経済理論への理解の面で誰よりもキレキレだったのはマイルズとアビジット・バナジー(Abhijit Banerjee)の二人。彼らを相手に講義で何かを教えるというのはとんでもない恐怖だったに違いない。二人ともこの上なく紳士的な人物ではあったが、講義の最中に黒板の上に書き付けられる説明だったり論文の中の記述だったりに間違いや曖昧なところがあれば二人によってツッコミが入れられること間違いなしだったものだ。マクロ経済学の最終試験でのこと。アビジットが問題の一つを解いていると教授陣が用意しているであろう模範解答は間違いであることに気付き、そのことを指摘。自力で正しい解を導き出すだけではなく、その他にも答え(解となる均衡)が複数あり得ることまで発見。そこまでやって試験の残り時間はまだたっぷり・・・なんて出来事もあったものだ。スティーヴン・カプラン(Steven Kaplan)も同窓の一人。今では実証家(実証研究を専門とする学者)として知られている彼だが、院生時代には理論家として秀でた才能を示していた。マイルズ、アビジット、スティーヴンの三人が仲間内での理論談義の多くで主役を務めていたものだ。物静かな性格ということもあって理論談義にはあまり口を出さなかったものの、マティアス・ドュワトリポン(Mathias Dewatripont)も理論をお手の物としていた一人だった。二年上の先輩にはアラン・クルーガー(Alan Krueger)がいたが、数ある実証論文の中から一体どれが重要なものかを見抜くピカイチの鑑識眼を備えているだけではなく、実証研究のイロハに精通してもいる人物との評判を勝ち得ていたものだ。アランはラリー・サマーズ(Larry Summers)から多くを学んだようだ。ヌリエル・ルビーニ(Nouriel Roubini)も同窓の一人。何もかも知り尽くしているかのようなオーラを放っていていささかお疲れ気味なように見えることも時にあったが、概して物静かだったという印象だ。 [Read more…]

フィリップ・アギオン et al.「イノベーション、不平等、社会的流動性」(2015年7月28日)

●Philippe Aghion, Ufuk Akcigit, Antonin Bergeaud, Richard Blundell, David Hemous “Innovation, income inequality, and social mobility” 28 July 2015

ここ数十年、特に先進国において、トップ所得格差は加速的に拡大し続けてきた。本コラムでは、イノベーションがトップ所得格差の拡大を説明しており、社会的流動性を強化することを主張する。特に、社会的流動性に対するイノベーションのポジティブな効果は新しいイノベーターによる。 [Read more…]

ジャネット・イエレン 「中央銀行のコミュニケーション戦略における革命と進化」(2012年11月13日)

●Janet L. Yellen, “Revolution and Evolution in Central Bank Communications”(Speech at the Haas School of Business, University of California, Berkeley, Berkeley, California, November 13, 2012)


ご紹介いただきありがとうございます。こちらのハース・ビジネススクールは私がキャリアの多くの時間を過ごした故郷だと胸を張って呼べる場所ですが、その故郷にこうして再び戻ってくることができて嬉しく思います。講演の手筈を整えてくださいましたディーン・ライオンズ(Dean Lyons)氏にも感謝したいと思います1

本日の講演のテーマを一言でまとめると、中央銀行のコミュニケーション戦略における近時の革命と今なお続くその進化ということになります。皆さんもご存知のように、現在私たちはコミュニケーションの分野を舞台とした革命的な進歩の時代の真っ只中に生きています。本日の講演でこの場にいる皆さんの興味を引く発言が少しでも飛び出すようなら、私がこの壇上を後にするよりも前にその発言はネット上に投稿され、あるいはtwitter(ツイッター)でつぶやかれ、あるいはブログで論評の対象になるかもしれません。そういった現実を踏まえると、Fedもまたコミュニケーションのあり方をめぐってこれまで以上に工夫を凝らそうと努力していると聞いても何の驚きも感じられないかもしれません。

しかしながら、中央銀行のコミュニケーション戦略における革命はテクノロジーの進歩によって引き起こされたわけではありません。その原動力は金融政策の効果をできるだけ高めるための手法をめぐる理解の進歩(知識の深まり)に求められます。明確なコミュニケーションはそれ自体として金融政策の効果と信頼性の向上に貢献する貴重なツールだということがこれまでに積み重ねられた数多くの研究と長年の経験を通じて明らかになってきているのです。それだけではありません。このたびの金融危機の勃発に伴って私たちは数多くの難題を背負い込むことになりましたが、そのような状況に追い込まれた結果として明確なコミュニケーションの重要性がこれまでになく高まることになったという事情もあります。本日の講演ではまずはじめに「中央銀行の透明性」をめぐるこれまでの議論の軌跡を振り返り、その論調に生じた革命的な変化について論じることにします。そしてそれに次いで金融危機によって引き起こされた異例の事態にFedがどう対応したかを取り上げることにします。Fedのこれまでの対応を振り返りながら、コミュニケーション戦略の分野で極めて重要な前進が見られた事実を明らかにしたいと思います。コミュニケーション戦略の分野でこれまでに勝ち取られた大きな成果が現状の厳しい状況が過ぎ去った後もなお手放されることなくずっと先の未来まで受け継がれていってほしいというのが私の願いですが、前回(2012年9月)のFOMCの決定もその願いに沿うものだと言えます。以下でその内容について簡単に触れておくことにしましょう。 [Read more…]

  1. 原注1;今回の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフであるJon FaustとThomas Laubach、そしてJohn Maggsより貴重なサポートを頂戴しました。 []

サイモン・レン=ルイス「人々の量的緩和,コービンの量的緩和」(2015年8月16日)

[Simon Wren-Lewis, “People’s QE and Corbyn’s QE,” Mainly Macro, August 16, 2015]

政治家たちは,いかにも魅力的に聞こえる言葉を我田引水して巧みに利用することがある.しかも,言葉の意味を歪めながら利用してしまう.実際には最低賃金の部分的ながら大幅に引き上げることを,オズボーンは「生活賃金」と称した.これは実にあくどい命名だった.実際の生活賃金では税額控除も計算に入れているのに,オズボーンは同時にそちらを引き下げようとしていたのだ.
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ジャネット・イエレン 「金融政策におけるコミュニケーションの役割」(2013年4月4日)

●Janet L. Yellen, “Communication in Monetary Policy”(Speech at the Society of American Business Editors and Writers 50th Anniversary Conference, Washington, D.C., April 04, 2013)


本日はお招きいただきありがとうございます。現在Fedは景気回復を後押しするために数々の取り組みを続けている最中ですが、本日はその取り組みの中心に位置しており、この場にうってつけのものだとも言える話題についてお話させていただきます。本日の講演のテーマを一言でまとめると「金融政策におけるコミュニケーションの役割」ということになりますが、金融政策においてコミュニケーションがいかに重要な役割を担っているかについて詳しく論じさせていただきたいと思っています。金融政策においてコミュニケーションが果たす役割はここにきてますます高まってきているのですが、その辺の事情についてもお話させていただくつもりです1

本日お集まりの皆さんの中にはFedの取材を担当されている方もいらっしゃることでしょう。Fedによる金融政策はFOMC(連邦公開市場委員会)での議論を通じて決められているわけですが、その辺の事情についてもよくご存知かと思います。FOMCの会合が終了するとその直後にどのような決定に至ったかを伝える声明が発表される決まりになっていますが、声明の中にどのような表現を盛り込んだらよいかと毎度の如く細心の注意が払われていることもよくよくご承知のことでしょう。会合終了後には声明が発表されるだけではなく、バーナンキ議長が記者会見を開いて質疑に応じることにもなっています。さらには、FOMCでの議論の内容を詳しく伝える議事要旨もしばらくしてから公表されています。しかしながら、FOMCが発するメッセージが国民のもとに届けられるまでには本日お集まりの皆さんのご活躍も大きな役割を果たしています。FOMCでの決定内容をニュースで報じたり、声明の内容に分析を加えたり、金融政策の役割や目標について解説したりといった皆さんの日々のご活動に大いに支えられているのです。まずはそのことに感謝したいと思います。

しかしながら、こうして皆さんの前でお話しさせていただくことに感謝の気持ちを抱く理由はそれだけにとどまりません。皆さんは記者あるいは編集者という仕事柄もあって、コミュニケーションに関しては出し手としても受け手としても並大抵ではない経験をお持ちでいらっしゃることでしょう。これまでにもお仕事を通じて政府機関が自らの政策について語ったり、民間企業が自社製品について説明する機会に立ち会われた経験がおありだと思いますが、FOMCによるコミュニケーションもそういった他の例と大差ないのではないかと思われるかもしれません。いや、そうではない。金融政策においてはコミュニケーションは他のケースとは違って特別な役割を担っているのだということをこれから示していきたいと考えているのですが、そのような機会を設けていただいて感謝したいとそう思っているのです。

どう違うのかをわかりやすく示すために比較となる例を挙げておくといいかもしれません。金融政策の話は一旦脇に置いて、運輸政策に目を転じることにしましょう。例えば、交通渋滞を緩和するために道路の拡張工事を行うことが取り決められたとしましょう。プロジェクトの立ち上げを知らせるためにテレビカメラの入った記者会見を大々的に開くという方法もあり得ますし、ごく少数の報道機関に向けてプレスリリースを発表するという方法もあり得ます。そもそも知らせないという方法もあるでしょう。いずれの方法がとられるにしろ、プロジェクトの内容に違いが生まれるわけではありません。ドライバーが(利便性の向上というかたちで)恩恵を受けることがあるとすればそれは工事が完了して道路が拡張された後のことです。工事が完了するずっと前の段階からプロジェクトの存在を知らされたところでドライバーは得をするわけでも損をするわけでもないでしょう。

金融政策に関しては話が違うというのが本日の講演の軸となる事実です。金融政策の効果は政策の先行き――数ヶ月先あるいは数年先の未来にどのような政策が行われそうか――について国民がどのようなメッセージを受け取るかによって決定的に左右されるのです2[Read more…]

  1. 原注1;今回の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフであるJon Faust、Thomas Laubach、そしてJohn Maggsより貴重なサポートを頂戴しました。 []
  2. 原注2;政府が行う政策(公共政策)の大概について言えることですが、つい先ほど例に挙げた道路拡張プロジェクトも人々の予想に影響を及ぼす可能性はあります。例えば、(予想への影響を介して)居住地の選択やその近隣への事業展開に影響を及ぼすことになるかもしれません。しかしながら、そのような結果(効果)は道路拡張プロジェクトの直接的な狙いとして掲げられているもの(政策目標)ではないという点は重要です――政策目標は交通渋滞の緩和です――。詳しくはこれから先のところで説明していくことになりますが、その他の公共政策とは違って金融政策においては将来に対する予想にどう影響を及ぼすかが主たる関心事となります。 []

ジェームズ・ハミルトン 「的の中心を射抜かん! ~Fedが掲げる『バランスのとれたアプローチ』を可視化すると・・・~」(2014年3月2日)

●James Hamilton, “A bull’s-eye for Fed accountability”(Econbrowser, March 2, 2014)


この前の金曜日にニューヨークに足を運んでU.S. Monetary Policy Forumに参加してきた。私も顔を出したセッションの一つでは非伝統的な金融政策を行使する上での戦略をめぐって中央銀行が国民やマーケットを相手に円滑なコミュニケーションを図るにはどうしたらよいかという問題がテーマとなっていたのだが、そのテーマとの絡みでシカゴ連銀総裁のチャールズ・エバンズ(Charles Evans)が非常に興味深いアイデアを開陳していたのでそれを以下に紹介するとしよう。

効果的なコミュニケーションを実現する上で何よりも重要なのはFedが一体何を達成しようとしているのか(何を目標としているのか)をはっきりさせることにあるとはエバンズの言。連邦議会はFedに対して「物価の安定」と「雇用の最大化」という二重の責務(デュアル・マンデート)を課しているが、その具体的な内容となると? [Read more…]

ジャネット・イエレン 「金融政策における『多数の目標』と『多数の手段』」(2013年4月16日)

●Janet L. Yellen, “Panel Discussion on “Monetary Policy: Many Targets, Many Instruments. Where Do We Stand?””(Speech at the “Rethinking Macro Policy II,” a conference sponsored by the International Monetary Fund, Washington, D.C., April 16, 2013)


これからこの場にお集まりの皆様の間で大変活発な議論が繰り広げられることでしょうが、そのような場に参加させていただく機会を用意して下さいましたIMF(国際通貨基金)の関係者の皆様に感謝いたします1

金融政策の「多数の手段」や「多数の目標(ターゲット)」をテーマとする今回のような討論会が催されようとはほんの5~6年ほど前までには考えられなかったことでしょう。このたびの金融危機が勃発する前までの状況を振り返ると、金融政策は政策短期金利という「単一の手段」に大きく寄りかかって運営されていました。また、「目標」ということで言うと、金融危機に見舞われるまではどの中央銀行もたった一つの目標しか掲げていなかったとまではいきませんが、多くの中央銀行は「インフレ目標(インフレーション・ターゲッティング)」と呼ばれる政策枠組みを採用していました。その名前からも薄々窺い知れるでしょうが、「インフレ目標」のもとでは何にもましてインフレ目標の達成(目標として設定されたインフレ率の達成)に高い優先順位が付けられていました。この点、Fedは長年にわたってちょっとしたはぐれ者だったと言えます。というのは、Fedには「物価の安定」と「雇用の最大化」という二重の責務(デュアル・マンデート)の達成が法的に求められているからです。しかしながら、今回こうして金融危機に見舞われることがなければ、専門家が集まる討論会で話題にされるのはせいぜい(金融政策の)「単一の手段と二つの目標」どまりだったことでしょう。このたびの金融危機は世界中の中央銀行に大変重い課題を突きつけ、金融政策の手段や目標に関する見方を一変させることになったのです。 [Read more…]

  1. 原注1;これから述べさせていただく意見はあくまでも私の個人的な見解を反映したものであり、FRBでともに働くその他の同僚たちの見解を反映するものでは必ずしもないことを断っておきます。 []

デイビット・アンドルファット「賃金が安ければもっと働く」(2018年12月6日)

David Andolfatto, “Working More for Less”, (Macro Mania, December 6, 2018)

先日、労働市場について同僚とおもしろい話をした。会話の中で、彼は労働経済学の授業で教えていたことを話した。もちろん、労働供給の理論を含む重要な授業だ。まず最初に問われる論点というのはだいたい、労働対価(実質賃金)の変化によって労働供給がどれくらい変化すると予測できるのかというものだ。

彼はもう何年も、理論的な考察を始めるにあたって学生たちにある投票を行っていたという。彼はクラスに向かって、何かの職業に就いていると想定するように言う。そして、ある一定期間だけ、賃金が2倍になったと言う。もっと働きたい?(大多数が手を挙げる)。いつも通りの時間だけ働く?(少数が手を挙げる)。働く時間を少なくする?(パラパラっと手が挙がる)。投票が終わると、彼は標準的な労働供給の理論を教え始め、その理論を使って投票結果の解釈をする(代替効果 vs 資産効果)。

同僚はこの投票をもう十年以上実施している。結果はいつも同じだ(なんて素晴らしい)。 [Read more…]