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タイラー・コーエン 「科学者を敬え」(2016年12月29日)/「アポロの月面着陸=共産主義の最大の成果」(2011年10月3日)

●Tyler Cowen, “Noah Cowan interviews Tyler Cowen”(Marginal Revolution, December 29, 2016)


ブラウン大学のノア・コワン(Noah Cowan)から取材の申し込みがあって話をしてきた。取材場所はタコス専門店。インタビュー全文はこちら。小生の回答の一部を以下に引用しておこう。

ポップカルチャーの方面では科学が十分に重視されているとは言えませんね。科学(および科学者)の社会的な地位は今よりもずっと高くあってしかるべきというのが私の考えです。科学の社会的な地位が向上すれば(科学者を志す優秀な若者が増えるのに伴って)イノベーションも加速するんじゃなかろうかと思うんです。社会の成員一人ひとりが科学という営みに現状以上の敬意を払うようにすればいいんです。ある意味でフリーランチ(タダ飯)が転がってるわけですね。科学の素晴らしさをみんなが強く信じ込めばいいだけの話であって財布を開いてお金を払う必要は一切ないんですから。「科学者を敬え」と常々訴えているわけですが、今お話したようなことを言わんとしているわけです。お手本(ロールモデル)、小さい子供にとってお手本となる存在。そういう話にもなってきますね。この点でテレビ番組なんかは非常に大事だと思います。『スター・トレック』だとかあるいは『ギリガン君SOS』だとかといった番組は大勢の視聴者の心に科学のクールさを植え付ける役割を果たしたと思います。この方面ではオバマ大統領も大変素晴らしい仕事をしてますね。科学の大切さを訴える科学重視の大統領。立派なお手本です。その影響力には限りがあるとは言え、オバマ大統領はとてもうまくやっていると思います。折々のスピーチを通じて科学重視の大統領というセルフプロデュースに励んでいますからね。これまでの歴史を振り返ってみると、アメリカという国は科学をそこまで重視してこなかったと思います。それにもかかわらず、我々は原爆の開発にも成功しましたしアメリカという国はこんなにも立派な工業国になりおおせました。科学を重視する姿勢とナショナリズムとの間には重なり合う部分が多いんでしょうね。「我々こそが月に人類を送る一番乗りになるんだ」という愛国的な心情が科学の進歩に大いに加勢した面があるでしょうね。誠に残念ながら、それも長続きはしなかったようですがね。

インタヴュアーを務めてくれた切れ者のコアンの人となりについてはこちらを参照されたいが、彼はかなり若い時に(クイズ番組の)『ジェパディ!』でチャンピオンになっている強者らしい。

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●Tyler Cowen, “Very good sentences”(Marginal Revolution, October 3, 2011)


「アポロの月面着陸は共産主義の最大の成果だ」と頭に白いものが目立つNASA(アメリカ航空宇宙局)のベテラン職員に面と向かって言われたことがある1

・・・と語るのは(SF作家の)ニール・スティーヴンスン(Neal Stephenson)。全文はこちら。最初から最後まで隈なく目を通す価値ありだ。

ところで、スティーヴンスンの最新作(2011年10月当時)である『Reamde』を少しだけ読んでみた。彼の大半の作品とは違ってうまく練られているようだが、彼の大半の作品から受ける印象とは違って面白味に欠けるところがあるように感じられたものだ。

  1. 訳注;冷戦時代の敵国であるソ連(を筆頭とする共産主義陣営)に負けてたまるかという敵愾心(ないしは愛国心)が月面着陸をはじめとした西側陣営の科学技術の進歩を促す一因となったという意味。 []

タイラー・コーエン 「『Land of Promise』 ~第二次世界大戦中における医療分野でのイノベーション~」(2012年4月19日)/「イラク・アフガニスタン戦争下における医療分野でのイノベーション」(2010年4月4日)

●Tyler Cowen, “*Land of Promise*”(Marginal Revolution, April 19, 2012)


今回紹介するのは『Land of Promise』(「約束の地」)。著者はマイケル・リンド(Michael Lind)。副題は「アメリカ経済史」(“An Economic History of the United States”)。まだざっとしか眺めていないが、中身をほんの少しだけ引用しておこう。

1947年になるとアメリカ国内にある民間企業の研究所で働く研究員の数は1940年の時点と比べて実に倍増するまでになっていた。戦時中に手掛けられた研究に起源を持つブレークスルー(新発明、新発見)は原子力だけに限られない。ジェットエンジンにレーダー、コンピュータ、合成ゴム。そしてペニシリンや合成キニーネ(抗マラリア薬)、(抗菌薬の)サルファ剤といった一連の新薬。

ペニシリンの研究開発(R&D)や製造には米政府が大いに関与した。(イギリスの細菌学者である)アレクサンダー・フレミング(Alexander Fleming)がペニシリンには細菌を殺す性能が備わっている可能性を発見したのは1928年のことだが、ペニシリンを量産する技術が磨き上げられたのは第二次世界大戦の真っ只中。米政府が複数の大学に農務省、そして2ダース(24社)近くに及ぶ製薬会社に協力を呼びかけて一致団結してペニシリンの量産に挑んだのだ1

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●Tyler Cowen, “Medical innovation during war”(Marginal Revolution, April 4, 2010)


海兵隊の兵士が徒歩で近辺を見回る時には止血帯(C-A-T)を太ももの付け根のあたりに緩く巻きつけておくことが多い。そうしておけば万一攻撃を受けて足(足首以下の部位)が吹き飛ばされてもバンドをきつく締めることで自力ですぐに止血できるのだ。

全文はこちらだが、興味深い事実が目白押しだ。この記事を紹介してくれたThe Browserには感謝する次第。

  1. 訳注;この点については本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●マーク・ソーマ 「政府は年がら年中問題を起こしてるわけじゃない ~ペニシリンが量産されるまで~」(2018年7月18日) []

タイラー・コーエン 「『世界の技術を支配するベル研究所の興亡』 ~技術革新の源泉としての戦争~」(2012年3月19日)/「『War:What is it good for?』 ~技術進歩および平和の源泉としての戦争~」(2014年6月28日)

●Tyler Cowen, “*The Idea Factory*”(Marginal Revolution, March 19, 2012)


今回取り上げるのは『The Idea Factory』(邦訳『世界の技術を支配するベル研究所の興亡』)。大好きな一冊だ。本を開いてからそのまま一気に最後まで読み通してしまったものだ。著者はジョン・ガートナー(Jon Gertner)。副題は「ベル研究所とアメリカにおけるイノベーションの黄金時代」(“Bell Labs and the Great Age of American Innovation”)。ほんの少しだけ中身を引用しておこう1

「戦争に勝てたのはレーダーのおかげ。原爆は戦争を終わらせただけに過ぎない」とはレーダーの研究に携わっていた科学者の間でしばしば交わされた冗談だが、あながちピント外れなわけでもない。軍事用レーダーの開発プロジェクトは(原爆の開発が使命の)マンハッタン計画に引けを取らぬほどの難題であることがやがて判明するに至ったわけだが、両者の間にはいくつか違いもある。まず何よりも米政府が投じた予算の額が違う。原爆の開発には20億ドルの予算が投じられたが、軍事用レーダーの開発に投じられた予算の額はそれを大きく上回っている。軍事用レーダーの開発には推定で合計30億ドルの予算が投じられたと見込まれているのだ。さらには、レーダーは汎用性が高くてまるで複数の装置が合体しているようなところがある。似たような技術が応用されていながらも、地上で使えるタイプもあれば水中で使えるタイプもあれば空中で使えるタイプもあるといったように数多くの異なるタイプのレーダー探知機が開発されたのだ。

戦争は数多くのイノベーション(技術革新)を刺激する可能性を秘めているというのが本書が説く教訓の一つだ。ガートナー本人がニューヨーク・タイムズ紙に寄稿しているこちらの記事では本書のテーマが簡潔に述べられている。本書についてはウォール・ストリート・ジャーナル紙に書評が掲載されている。こちらがそれ。科学史/技術史/イノベーション史に興味があるなら是非とも買って目を通すべき一冊だ。

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●Tyler Cowen, “The FT summer book reading list”(Marginal Revolution, June 28, 2014)


War: What is it Good for? The Role of Conflict in Civilisation, from Primates to Robots』(「戦争:戦争は何の役に立つ? 文明の歴史における闘争の役割 ~霊長類からロボットへ~」) by イアン・モリス(Ian Morris)

戦争は技術進歩の源泉であるだけではなく平和の源泉でもあると説く注目すべき一冊。著者は歴史家のイアン・モリス。戦争は強力で腕の立つ(高い機能を備えた)国家(政府)の誕生を後押しし、かようにして立ち現れた国家は人民に平和の恵みを施してくれた(時には平和を押し付けた)というのだ。妙に説得力のある主張だ。しかしながら、核時代の現代にあっては列強の国々はこれまでとは違う何らかの工夫を編み出す必要があるだろう。

フィナンシャル・タイムズ紙がお薦めする「この夏に読みたい本」のリスト(一覧)はこちら。モリス本の他にも第一次世界大戦後の世界情勢がテーマのアダム・トゥーズ(Adam Tooze)の新作も薦められている。トゥーズ本はついさっき読み終えたばかりだが、私好みの一冊。読みながら「まるでサムナーみたいな切り口の本だなあ」と感じもしたものだ。アダム・ミンター(Adam Minter)の『Junkyard Planet』(「廃品まみれの惑星」)もリストに名を連ねているが、これもまた素晴らしい出来の一冊だ。

  1. 訳注;以下は拙訳 []

タイラー・コーエン 「『Forged Through Fire』 ~戦火の産物としての民主主義~」(2017年1月22日)/「国家建設、ナショナリズム、戦争」(2017年5月28日)

●Tyler Cowen, “*Forged Through Fire*”(Marginal Revolution, January 22, 2017)


ジョン・フェレジョン(John Ferejohn)&フランシス・ローゼンブルース(Frances McCall Rosenbluth)の二人の手になる新刊が登場だ。副題は「戦争、平和、民主主義をめぐる駆け引き」(“War, Peace, and the Democratic Bargain”)。極めて重要な一冊だ。本書の中心的な主張は以下の通り。

現代の民主主義は大量の人員と多額の資金を要する戦争によって育まれたのだとすれば1、ここいらでちょっと立ち止まって次の疑問をよくよく吟味してみる必要がありそうだ。その存立を支えたエンジンが消え去ったとしたら民主主義の行く末には一体どんな展開が待ち受けているだろうか? 現代の民主主義を育む上で戦争が果たした役割を理解すれば、民主主義の弁慶の泣き所を見定める手がかりが得られることになる。国家を外敵から守る上で大衆(一般の国民)が果たせる役割が小さくなっていくとしたら、大衆とエリート層との間での(戦争への協力と引き換えに大衆にも政治参加の機会を保障するという妥協によってこれまではどうにかこうにか保たれていた)階級の枠を超えた協力関係はどうなってしまうだろうか?

・・・(中略)・・・

ヨーロッパで国家が形成された14~15世紀に戦火とは無縁でいられた地域の今後は果たしていかにというのが二番目の問いだ。絶え間なく続く苛烈な戦争のおかげで普通選挙と所有権の保護を特徴とする民主主義が育まれるに至ったヨーロッパのゴルディロックス地帯2――それなりに高い行政能力を備えた君主国がひしめき合い、決して楽とは言えないが国民が総力を挙げて戦えばどうにかなる戦争が繰り広げられた地帯――。それとは対照的に、・・・(略)・・・

・・・(中略)・・・

悪い報せとは何かというと、今や戦争は民主主義を育むエンジンとしての機能を失ってしまったということだ。

Amazonでの注文はこちら、ローザ・ブルックス(Rosa Brooks)による(ウォール・ストリート・ジャーナル紙上での)書評はこちら[Read more…]

  1. 訳注;徴兵制の受け入れを通じた軍隊への参加ないしは納税を通じて戦争に協力してもらうのと引き換えに大衆にも選挙権をはじめとした諸権利が認められるに至った、という意味。 []
  2. 訳注;そこら一帯が血の海となっている(熱過ぎる)わけでもなければ平和そのもので波風一つ立たない(冷た過ぎる)わけでもない、ほどほどに熱い(武力衝突続きではあるが一定の秩序は保たれていてどうにか生きてはいける)地帯という意味が込められているものと思われる。 []

タイラー・コーエン 「『国家の能力』と武力衝突」(2014年10月31日)

●Tyler Cowen, “State capacity and military conflict”(Marginal Revolution, October 31, 2014)


ニコラ・ジェンナイオーリ(Nicola Gennaioli)&ハンス=ヨアヒム・ヴォス(Hans-Joachim Voth)の二人が「『国家の能力』と武力衝突」と題された論文(pdf)を物している。レビュー・オブ・エコノミック・スタディーズ(RES)誌に近々掲載予定とのこと。論文のアブストラクト(要旨)を引用しておこう。

国民所得の大きな割合をコントロールする(高い徴税能力を備えた)強力で中央集権化された国家がヨーロッパに姿を現すのは1500年以降に入ってからである。かような国家は戦争におけるカネ(資金力)の重要性が高まるのに伴って出現する至ったことをモデルを使って説明するのが本論文の目的である。戦争の勝敗を左右する上でカネがそれほど重要な役割を果たさない場合には、いずれかの相手(外敵)と武力衝突しかねない脅威に晒されると国家の能力開発に勢いがつくどころかむしろ逆に歯止めがかかることになる。その一方で、戦争の勝敗を左右する上でカネが決定的な役割を果たす場合には、国ごとの権力構造の違い(権力が集中しているか分散しているか)に応じて国家の能力に徐々に格差が生まれることになる。(権力が一極に集中している)統一国家は国内を統治する能力の向上(徴税能力の強化)に熱心に取り組む一方で、(群雄が割拠している)分断国家はそのような能力構築競争から(割に合わないと判断して)自発的に降りるからである。本論文で特に強調したいのは(戦争におけるカネの重要性を高めるのに貢献した)「軍事革命」――戦争(武力衝突)のあり方を一変させた一連の技術革新――の役割である。なお、本論文では計374件の武力衝突の事例を参照して戦争におけるカネの重要性や近世ヨーロッパにおける国家建設のパターンについて実証的な検証も行う。現実の証拠はモデルから導かれる予測と整合的というのが我々の結論である。

本論文はマーク・コヤマ(Mark Koyama)に教えてもらったものだ。

タイラー・コーエン 「チャールズ・ティリー(1929-2008) ~戦争が国家を作った~」(2008年5月2日)

●Tyler Cowen, “Charles Tilly dies at 78”(Marginal Revolution, May 2, 2008)


チャールズ・ティリー(Charles Tilly)が(2008年4月29日に)78歳で亡くなった。訃報記事はこちら。ティリーの専門は歴史社会学ということになるが、彼の影響は経済史の分野(および新制度学派経済学)にも及んでいる。

ティリー博士は多様な文脈に当てはめることのできる理論の彫琢に役立てるために、原データや同時代人の証言――行政機関に保管されている公文書、未刊の手紙や日記など――が盛り込まれている膨大な量の独自資料の発掘に乗り出した。ティリー博士がとりわけ興味を惹かれたのはヨーロッパにおける国民国家の形成過程だった。国民国家は戦争によって作られた面があるというのがティリー博士が示唆しているところであり、1990年に上梓された『Coercion, Capital, and European States, AD 990-1990』(ブラックウェル社)では、嵩(かさ)む一方の武器の費用(軍事費)と軍隊の巨大化に伴って確固たる徴税力を有する大規模で強力な国民国家が必要とされるに至ったと述べられている。

かような見解(「戦争が国家を作った」)は1985年に書かれた論文(pdf)で既に仄めかされている。暴力(物理的強制力)の行使を独占する団体としての国家はヤクザの用心棒みたいなものとは件の論文でのティリー博士の言だ。外敵の存在を強調し、あるいは外敵を作り出し、あるいは外敵を刺激する。しかる後に国民に対して外敵から身を守るための費用の支払いを求める。それが政府のやり口というのだ。

ティリーが残した成果の中でも中期の業績――例えば、『The Formation of National States in Western Europe』――が一番重要というのが私の考えだ。それはともかく、アメリカはこの国の社会科学界を牽引する学者の一人を失ってしまったことになる。ティリーのウィキペディアのページには選りすぐりのリンクが揃っている。こちらのページではティリー流の研究手法(社会科学の分野での研究の進め方)が開陳されている。お薦めだ。

タイラー・コーエン「よい科学者ほどよく笑う?」(2018年7月9日)

[Tyler Cowen, “Do better scientists smile more?” Marginal Revolution, July 9, 2018]

理論からも実証からも,頻繁にプラスの情動が生じる個人ほど日常生活や仕事で目標をうまく達成できることがシメされている.本研究では,つくりものでないプラスの情動の表情を科学者が表に出すことと仕事に関連した達成に正の相関があるかどうかを検討した.仕事に関連した達成を,ここでは文献面の計量(e.g.被引用数)と対人面の計量(学術的な更新のフォロワー数)で定義する.研究者向けソーシャルネットワーキング・ウェブサイトから440名の科学者を標本に取り出し,彼らが公開している写真がどれくらい笑っているかの度合い(満面の笑み,やや笑顔,まったく笑みがない)を複数名の評価役で数値化した.満面の笑みを掲載している科学者たちの方が,それほどプラスの情動の表情を見せていない科学者たちと比べて,更新を追いかけるフォロワー数をより多く引き寄せ,同じ公表論文数でも質(e.g. 論文1本あたりの被引用数)でまさっていることがわかった.プラスの情動がもたらす有益な効果に対してシン・スライシング・アプローチは,実験による証拠や長期的な追跡による証拠を補完する生態学的に妥当なアプローチとなる.プラスの情動を示す表情と科学上の影響・対人的な影響を結びつける証拠は,プラスの情動のモデルを拡大・構築する支えとなる.

これが当てはまりそうにない研究分野ってどこかにないかな…?

この論文には共著者がたくさんいる.ぼくの同僚 Todd B. Kashda もその一人だ.via 華麗なる Kevin Lewis

〔※訳者の註記: 原文のコメント欄では,「それって成功をおさめてる科学者ほどしあわせで笑顔になってるんじゃないの? そのへんをコントロールするのってむずかしいよね」と指摘が入っている.〕

タイラー・コーエン 「国民意識の高まりは異民族間に横たわる信頼問題を和らげるか?」(2017年8月5日)

●Tyler Cowen, “National identity eases cross-cultural trust problems”(Marginal Revolution, August 5, 2017)


今回紹介するのはアマンダ・レア・ロビンソン(Amanda Lea Robinson)の論文だ。題して「ナショナリズムと異民族間における信頼:アフリカの境界地帯におけるフィールド実験から得られた証拠」(pdf)1。主要な結論は以下。

多民族国家に生きる個人は同じ民族に属する同国人を異民族の同国人よりも信頼しがちである。しかしながら、国境線によって区切られた国家――異なる民族が共有する領土――に対する帰属意識の高まりは同国内の異民族間に横たわる(同じ民族に属する同国人を異民族の同国人よりも信頼しがちという)信頼問題を和らげる可能性があるというのが本論文の主張である。本論文ではマラウイ共和国内の異国民と異民族が隣接する境界地帯で「フィールド実験」を行い、各人の国民意識(マラウイという国への帰属意識)の強さを計測するとともに、(国旗に関する質問を事前に行うなどして)国家という存在(マラウイという国)に対する注意を人為的に喚起した後で被験者にゲーム(「信頼ゲーム」)を行ってもらって他者への信頼度(他者にどの程度の信頼を寄せるか)を計測した。その結果、他者への信頼度を予測する上で国籍が同じかどうかは同じ民族に属しているかどうかと同等の高い力(予測力)を備えていることが判明した。さらには、国への帰属意識は(同国内の)異民族間に横たわる(同じ民族に属する同国人を異民族の同国人よりも信頼しがちという)信頼問題を和らげることも見出された。国への帰属意識が弱い(薄い)人物は異民族の同国人よりも同じ民族に属する同国人に信頼を寄せがちである一方で、国への帰属意識が強い人物は誰に信頼を寄せるかにあたって民族の違いにこだわらない傾向にあったのである。また、(国旗に関する質問を事前に行うなどして)国家という存在に対する注意を人為的に喚起すると(国民=マラウイ人というアイデンティティに意識を向けさせると)国への帰属意識が弱い面々の間で同じ民族に属する同国人をとりわけ信頼する傾向が和らげられることも見出された。本研究を通じて得られた一連の結果は、強固で顕著な国民意識には多民族国家での異民族間に横たわる信頼問題を和らげる可能性が備わっていることを示すミクロレベルの証拠を提供していると言えるだろう。

本論文はBen Southwoodのツイート経由で知ったものだ。

  1. 訳注;学術誌に掲載されたバージョンはこちら。 []

タイラー・コーエン 「経済発展の側面支援に向けて国際的なスポーツ大会のあり方を見直そう」(2016年5月13日)

●Tyler Cowen, “Redesigning Sport to aid economic development”(Marginal Revolution, May 13, 2016)


本ブログの熱心な読者の一人であるOli Cairnsから次のようなメールを頂戴した。

ここ最近ずっと考えていることがあります。それは何かというと、スポーツ競技での勝利が愛国心(patriotism)を高揚させる効果についてです。

私はイギリス人なんですが、冷笑的な友人だったり同僚だったり通勤電車に乗り合わせる人々だったりが母国やお互いのことについて不平を漏らすのをやめるのは同胞の選手がテニスの試合で勝ったりオリンピックでメダルを獲得したり(最近はあまりお目にかかれなくなっていますが)サッカーの代表戦で相手の国をやっつける時くらいのものです。同じ国の選手が活躍するのに伴って愛国心が高揚するなりソーシャル・キャピタル(社会関係資本)が強化されるなりするのは結構なことじゃないかと少し前までは思っていたのですが、視野を広げて「世界」を単位として考えてみるとどうでしょうか? 「世界」を単位として考えた場合にスポーツ競技での勝利が愛国心を高揚させる効果は果たして効率的に配分されていると言えるだろうかと疑問に思えてきたのです。

そこで私の提案なのですが、国際的なスポーツ大会の構造にメスを入れて貧しい国々(の選手)が活躍できる余地を広げる1べきなんじゃないかと思うのです。例えば、サッカーのワールドカップは2回に1回はサブサハラ・アフリカ地域で開催するようにする。ワールドカップへの出場枠の4分の1(25%)はサブサハラ・アフリカの国々に割り当てる。ヨーロッパのトップレベルのプロサッカーリーグではサブサハラ・アフリカ出身の選手を最低でも2人はスタメン入りさせるよう各チームに義務付ける。オリンピックに関しても競技を入れ替える。トラック・レース(自転車競技)やボート、馬術なんかの種目はその大半をオリンピックから除外してその代わりに125m走だとか250m走だとか1万mのエリミネーションレース2だとかといった種目を新設して陸上競技の数を増やす。

このようなかたちで国際的なスポーツ大会のあり方が見直されたとしたら結果的に厚生の改善につながるでしょうか? 貴殿のお考えはいかがでしょうか?

このような観点からすると、(FIFAの元会長である)ゼップ・ブラッターも悪人ではなくて英雄のように見えてくるかもしれませんね。

  1. 訳注;そうすることで貧しい国々における愛国心の高揚およびソーシャル・キャピタルの強化を側面支援する []
  2. 訳注;周回ごとにランナーの数が減っていく(周回ごとに一番後方を走るランナーが失格となる)レース []

タイラー・コーエン 「ルーニー効果 ~ルーニーの姿を見ると足がすくむ?~」(2006年11月23日)/「デモンストレーション効果?」(2014年9月12日)

●Tyler Cowen, “The power of suggestion?”(Marginal Revolution, November 23, 2006)


バンガー大学に籍を置くパトリック・バッハ(Patric Bach)とスティーヴン・ティッパー(Steven Tipper)の二人が手掛けた実験によると、ウェイン・ルーニー(サッカー選手)の写真を見た人はそれだけで足のコントロール(敏捷性)が鈍るという結果が見出されたという。 ルーニーの写真を見た人の脳内では動作を司る部位が自動的に(無意識のうちに)活性化してプレイ中のルーニーの動き(サッカーに特有の動き)が再現されることになり、それに伴って足のコントロールが鈍らされるという何ともパラドキシカルな効果が生まれるというのだ。それとは対照的に、テニス選手のティム・ヘンマンの写真を見た人は手のコントロールが鈍る一方で足のコントロールに関しては鈍ったりすることはなかったという1

全文はこちら

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●Tyler Cowen, “The demonstration effect”(Marginal Revolution, September 12, 2014)


デモンストレーション効果? はたまた群衆行動

NFL(アメフトのプロリーグ)の元選手であるレイ・ライスがエレベーター内で妻(当時は婚約者)を殴打する映像が流失して以降、全米DV(家庭内暴力)ホットラインには従来比で84%増の相談が寄せられるに至っている2という。

詳細はこちら

  1. 訳注;パソコンの画面にプロスポーツ選手の画像をランダムに映し、その直後にその選手がどの競技のプロであるかに応じてキーボードないしはフットペダルをできるだけ早く押してもらうというのが被験者に課せられた課題。まずはじめの実験では画面にサッカー選手(例えば、ルーニー)の画像が映ったらできるだけ早くフットペダルを足で押し、テニス選手(例えば、ヘンマン)の画像が映ったらできるだけ早くキーボードのスペースキーを手で押す。次の実験では画面にサッカー選手の画像が映ったらできるだけ早くキーボードのスペースキーを手で押し、テニス選手の画像が映ったらできるだけ早くフットペダルを足で押す。以上の二つの実験結果を比べると、サッカー選手の画像を見た直後にキーボードのスペースキーを手で押す場合の方がフットペダルを足で押す場合よりも被験者の反応は(平均すると0.02秒ほど)早くて正確だった(画面にテニス選手の画像が映った時の結果は逆転し、テニス選手の画像を見た直後にフットペダルを足で押す場合の方がキーボードのスペースキーを手で押す場合よりも被験者の反応は早くて正確だった)とのこと。 []
  2. 訳注;それまでは1日あたり500~600件の(家庭内暴力の被害に関する)相談が寄せられていたが、レイ・ライスによる暴行の瞬間を捉えた映像が流出して以降は1日に1000件を超える相談が寄せられるに至っているとのこと。 []