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フランシス・ウーリー 「税による資源配分の歪み ~窓税、レンガ税、固定資産税を例に~」(2012年1月3日)

●Frances Woolley, “The concrete impacts of taxes”(Worthwhile Canadian Initiative, January 03, 2012)


1695年から1851年までの期間にわたり、イギリスでは「窓」に対して税金が課されていた(pdf)。

窓税を賦課するのは比較的容易だった。一人ひとりの納税額を算出するのに、住まいにどれだけの数の窓があるかを数えるだけでよかったからである。窓税は「累進的」な性質を備えた税でもあった。というのも、所得が多い人ほど、住まいのサイズが大きい傾向にあったからである。住まいのサイズが大きいと、それに伴って、窓の数も多くなる。つまりは、窓税の支払額も多くなるわけだ。おまけに、窓税が課されたのは、窓の数が10個以上ある住まいだけに限られていた(その後、7つ以上に法改正された)。窓の数が9つ以下(法改正後は、6つ以下)であれば、窓税の支払いを免除されたのである。

(窓税が課されるために)窓の「値段」が高くなると、どうなるか? 窓に対する需要は減る。そう予想されるが、実際にもそうなった。市井の人々は、住まいにある窓をレンガで塞いだのである。イギリスを歩いて回ると、窓がレンガで塞がれている古い家を今でもあちこちで目にすることができる。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「ノーベル賞の権威に陰りが見えつつある?」(2020年10月11日)

●Tyler Cowen, “Are Nobel Prizes worth less these days?”(Marginal Revolution, October 11, 2020)


どうやらそのようだね。受賞者もたくさんいるしね1ブルームバークに寄稿したばかりのコラムの一部を以下に引用しておこう。

今年のノーベル平和賞は、国連(国際連合)の機関である世界食糧計画(World Food Programme)に授与されたが、グローバル開発センター(Center for Global Development)――その方面では名の知られた有数のシンクタンク――が作成している「援助効果」ランキングによると、世界食糧計画は(途上国の援助に取り組んでいる計40の組織のうちで)最下位という結果になっている。ウィリアム・イースタリー(William Easterly)&トビアス・プフッツェ(Tobias Pfutze)の二人による2008年の研究(pdf)でも、世界食糧計画には手厳しい評価が下されている。

この件に関して特筆すべきは、ノーベル賞委員会が判断を誤ったかもしれないってことではなく、誰も気にもかけてないようだってことだ。世界食料計画の成果に疑問を呈する声がツイッターの一部で上がっているものの、大きな論争を巻き起こすまでにはなっていないのだ。

私もツイッターでノーベル賞受賞者を何人かフォローしているが、その面々の全体的な印象として、20代(あるいはそれ以下)の若者よりも気まぐれ屋に見える。そのこともノーベル賞の威光を弱めることになっているかもしれない(この点について詳しくは、コラムを参照してほしい)。マーティン・グッリ(Martin Gurri)の言う通りってわけだ。

もう一丁引用しておこう。

インターネットは、別のかたちでも賞のインパクトを弱める方向に働いている。ポール・ローマー(Paul Romer)のケースがいい例だ。「チャーター都市」構想をはじめとして、ローマーのアイデアの多くについては、2018年に彼がノーベル経済学賞を受賞(文句なしで受賞)するよりもずっと前から(10年近くは)、ネット上で盛んに論じられていた。ブログだったり、ツイッターだったり、Medium(ミディアム)だったりで。ネット上でその議論を追っていた誰もが、「ローマーはそのうちノーベル経済学賞を受賞するだろう」と予想していたが、2018年になってローマーに実際に賞が授与されると、「今頃になってか」と拍子抜けしたものだ。労働経済学者であるデビッド・カード(David Card)が(おそらくは共同研究者と一緒に)今年のノーベル経済学賞を受賞することになったとしたら(その可能性はありそうだが)、同じような反応(「今頃になってか」)になることだろう。

ちなみに、今年のノーベル経済学賞は「カードと誰かの共同受賞」というのが私の予想だ。

  1. 訳注;受賞者の数が年々積み上がるのに伴って、賞の特別感が薄れていっている、という意味。 []

ラルス・クリステンセン 「Fedが『平均インフレ目標』の採用へ ~インフレ目標を2.5%へと引き上げたも同じ?~」(2020年8月27日)

●Lars Christensen, “The Fed just de facto increased its inflation target to 2.5%”(The Market Monetarist, August 27, 2020)


久しく待たれていたが、遂にその時がやって来た。Fedが金融政策の戦略を見直すと宣言したのだ。

「金融政策の長期的な目標と戦略」に関する声明の変更点のうちで重要なポイントがこちらにまとめられている。引用しておこう。

  • 「雇用の最大化」について言うと、幅広い指標に照らして総合的に評価されるべき包括的な目標である旨が強調されている。さらには、「足元の雇用水準が最大限の雇用水準を『どれだけ下回っている』か」を慎重に評価した上で、金融政策の策定にあたる旨が明記されている(ちなみに、これまでの声明では、「足元の雇用水準が最大限の雇用水準から『どれだけ乖離している』か」を慎重に評価した上で、と表現されていた)。
  • 「物価の安定」について言うと、2%の長期的なインフレ目標の達成に向けて、「インフレ率が『平均して』2%に向かうよう試みる」と記されている。インフレ率が平均して2%に向かうようにするためには、「インフレ率が2%を一貫して下回り続けた後には、インフレ率が2%を若干上回るのをしばらくの間にわたって容認するのが適当である」とも記されている。
  • 今回見直された声明では、低金利が常態化することに伴う挑戦についてもはっきりと言及されている。政策金利が下限に達してしまう(政策金利を引き下げる余地がなくなってしまう)事態に追いやられる可能性がアメリカをはじめとして世界各国でこれまで以上に高まっているのだ。

ほぼほぼ予想通りの線に沿った変更だが、Fedのこれまでの戦略に比べるとかなり大きな変化だと言える。 [Read more…]

ブランコ・ミラノヴィッチ 「史上最も狡猾な敵」(2020年3月14日)

●Branko Milanovic, “The most insidious enemy”(globalinequality, March 14, 2020)


戦争よりも始末が悪い敵。そいつ(新型コロナウイルス)のせいで犠牲になる人の数は、戦争で犠牲になる人の数よりも少ないとしてもだ。

戦争よりも始末が悪いのはなぜか? 戦争では、線引きがはっきりとしているからだ。微塵も疑ったことがない隣人が敵になる。戦争では、そういうことがあり得る。しかし、両親が敵になることはない。兄弟姉妹が敵になることはない。我が子が敵になることはない。配偶者が敵になることはない。

そいつは、他人を愛する人を襲う。

そいつは、友を欲する人の命を奪う。世話好きの命を奪う。団欒(だんらん)好きの命を奪う。

そいつから逃れて平和に生きるためには、この世界から自分を切り離すしかない。孤独で氷のように冷たい世界に閉じこもって、そこから二度と出てこないでいられるだけの強い意志と冷淡さを持つしかない。

そいつの「目的」は、社会を破壊すること。

そいつの「目的」は、あなたを生かすために命も惜しまない人にあなたの命を奪わせること。

ブランコ・ミラノヴィッチ 「『労働の配分』と感染症」(2020年3月21日)

●Branko Milanovic, “Four types of labor and the epidemic”(globalinequality, March 21, 2020)


政策当局者にしても、一般大衆にしても、株価だの、会社の財政状況(資金繰り)だのといった「金融指標」に視線を注いでいるが、それは間違っている。フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿したばかりの記事で、そのように述べた。株価を維持したり、会社の資金繰りを支援したりすることは、重要じゃないと言いたいわけではない。経済活動に深刻な混乱が生じているような状況では、戦争に類似した危機に見舞われている最中では、(第二次世界大戦中の米国も含めて、過去のあらゆる戦争時にそうであったように)「物理的な数量」にこそ目を向けるべきなのだ。「金融指標」への注目は、そのことから目を逸らせるだけでしかないのだ。

現下の問題を「労働の配分」という観点から考察してみるとしよう。とりあえず、世にある労働(職業)を以下の4つのタイプにおおまかに分類するとしよう。(A) 医者をはじめとした医療関係者, (B) オンライン小売業界で働く従業員, (C) 物理的な財の生産に従事する人々(工場労働者など), (D) 専門職(教師、エンジニア、デザイナーなど)。それぞれの部門の就業者数は、需要(求人)と供給(求職)が釣り合う水準に決まってくる。

「感染症の流行」のような甚大なショックは、部門別の労働需要にアンバランスな(不均一な)影響を及ぼすことになる。危機に見舞われた後の新しい状況では、それまでの「労働の配分」は理想的な配分から大きくかけ離れてしまうことになるのだ。 感染症の流行に伴って、(A) 部門における労働需要(求人数)は急激に増える。(B) 部門における労働需要も増えるだろう。外出が控えられて、ネットショッピングが増えるだろうからだ。その一方で、(C) 部門における労働需要は減る。(D) 部門に関しては、労働需要に大きな変化は無いだろう。感染症に特有の事象も考慮せねばならない。(B) 、(C)、(D) の三部門での経済活動が継続されたら、感染者が増える可能性が高いのだ(感染拡大の多くが職場内での感染というかたちをとるとすれば、だ)。そうなれば、(A) 部門で働く人々にさらに負担がかかることになる。あまりに忙しくなりすぎて、過労死で亡くなる人も出てくることだろう。ところで、(B) 、(C)、(D) の三部門の活動が完全に停止されたらどうなるだろうか。(B) 、(C)、(D) の三部門で働く人々全員に自宅待機が命じられたらどうなるだろうか。新たな感染者はきっと減るだろう。「隔離」の狙いも同じところにある。 [Read more…]

ダニ・ロドリック 「市場と国家は補完的」(2007年6月25日)

●Dani Rodrik, “Markets and states–and the survey says…”(Dani Rodrik’s weblog, June 25, 2007)


リスク回避的な(リスクを嫌う)人ほど、自由貿易よりも保護主義(貿易の制限)を好む傾向にある。その人がどこに住んでいようと、それは変わらない。しかし、リスク回避的な人が(政府支出の対GDP比で測って)政府規模の大きな国に住んでいると、保護主義に傾斜する(保護主義を好む)程度は弱まる。アンナ・マリア・メイダケヴィン・オルークリチャード・シノットの三人の共著論文1で、そのような目を見張る発見が報告されている(ちなみに、アンナ・マリア・メイダは、私の教え子であり、一緒に論文を書いた経験もある)。彼らの論文では、ヨーロッパおよびアジアの国々(計18カ国)で実施された聞き取り調査の結果が利用されている。リスク回避的な人が政府規模の大きな国に住んでいると、保護主義に傾斜する程度が弱まるのはなぜなのか? その理由は、政府規模が大きな国に住んでいる人は、(政府が提供する手厚いセーフティーネットのおかげで)グローバル化がもたらすリスクから守られていると感じるためではないか、と三人は推測している。そのことを裏付けるように、聞き取り調査の対象となっている国の中で、リスク回避的な態度が保護主義に結び付く程度が一番弱かったのは(政府規模が一番大きい)スウェーデンという結果になっている。 [Read more…]

  1. 訳注;この論文の概要については、本サイトで訳出されている次の記事を参照されたい。 ●アンナ・マリア・メイダ&ケヴィン・オルーク 「大きな政府とグローバリゼーション;政府と市場の補完的な関係」(2020年3月14日) []

ダニ・ロドリック 「アルバート・ハーシュマンを再読して」(2007年11月1日)

●Dani Rodrik, “Re-reading Albert Hirschman”(Dani Rodrik’s weblog, November 01, 2007)


アルバート・ハーシュマンを讃える講演(pdf)の準備をしながら、この「知の巨人」の作品としばし向き合う機会を久しぶりに持った。私の研究関心からするといささか皮肉なのだが、ハーシュマンの作品の中でも、経済発展に焦点を合わせた専門的な研究よりも、『Exit, Voice and Loyalty』(邦訳『離脱・発言・忠誠』)や『The Passions and the Interests』(邦訳『情念の政治経済学』)のような、大局的な視野に立って書かれた著作――昔からずっとお気に入りの二冊――の内容の方にずっと詳しい自分がいることに改めて気付かされた。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「アルバート・ハーシュマンの経済学」(2006年8月15日)

●Tyler Cowen, “Albert Hirschman”(Marginal Revolution, August 15, 2006)


HenryがCrooked Timberブログで問うている

リバタリアンの面々は、ハーシュマンの議論についてどう思ってるんだろうか? そもそも、ハーシュマンを読んだことあるんだろうか? ハーシュマンについて、いくらか練られた意見を持ってたりするんだろうか?

アルバート・ハーシュマンは、ノーベル経済学賞を受賞するにふさわしい人物だ。不均衡発展に関する初期の研究(邦訳『経済発展の戦略』)は、経済発展論(開発経済学)の分野における先駆的な業績だし、 『The Rhetoric of Reaction』(邦訳『反動のレトリック』)は、知識人による自己欺瞞(self-deception)に関する優れた研究だ。さらには、思想史の研究者としても優れた業績を残している。例えば、商業活動が世俗の道徳をいかにして形作ったかを跡付けた研究(邦訳『情念の政治経済学』)がそれだ。

しかしながら、もし仮にノーベル経済学賞がハーシュマンに授与されるようなことがあるとすれば、その理由は、経済学者や政治学者の注目をボイスという現象(邦訳『離脱・発言・忠誠』)に振り向けさせた点に求められることだろう。ボイス(抗議)とは何かというと、消費者や有権者が不満の声をあげることで、企業や政府が提供する財やサービスの質の改善を促すことを指している。ハーシュマンは、ボイスのメカニズム1 についてシステマティックに考え抜いた最初の学者、現代の社会科学界のパイオニアなのだ。 [Read more…]

  1. 訳注;ボイスを通じた規律付け効果 []

タイラー・コーエン 「公共選択論を学ぶ上で何を読んだらいいか;推薦文献リスト」(2011年1月20日)

●Tyler Cowen, “Public choice: what to read”(Marginal Revolution, January 20, 2011)


Jonathan G がこんな質問を投げかけている。

公共選択論の概念のうちで、リベラルな人間(liberals)にあまり馴染みのない概念としては、どんなものがあるだろうか? 公共選択論について学ぶ上で、お薦めの本なり、論文なりがあれば、紹介してもらえないだろうか?

「リベラルな思想の持ち主」(“liberals”)というのが具体的に何を意味しているのかちょっとわかりかねるので、「公共選択論について学ぶ上で、お薦めの本なり、論文なりと言えば?」という質問に的を絞って、私なりに答えてみるとしよう。私のお薦めは、以下の通り。 [Read more…]

アンナ・マリア・メイダ&ケヴィン・オルーク 「大きな政府とグローバリゼーション;政府と市場の補完的な関係」(2007年11月12日)

●Anna Maria Mayda and Kevin H. O’Rourke, “Big governments and globalisation are complementary“(VOX, November 12, 2007)


貿易の自由化は勝者と敗者を生み出すが、勝者は敗者が被る痛み以上の利得を手にする。政府は、勝者と敗者がお互いの利害得失を分かち合うメカニズム(勝者が敗者に補償するメカニズム)を前もって用意することを通じて、自由貿易に対する世間一般の支持を醸成するべきである。政府が前もって用意する補償メカニズムには、自由貿易に対する支持を醸成する力が備わっていることを示す証拠もあるのだ。

経済学者は、2世紀以上の長きにわたり、自由貿易の利点を説いて回っている。しかしながら、世間一般の大多数の人々は、今もなお、強硬な保護主義者のままである。1995年~1997年の期間に47カ国6万人以上の人々を対象にして、「自由貿易と、輸入規制の強化とのどちらを望みますか?」とのアンケートが実施されたが、回答者のうち約60%の人々が輸入規制の強化を選んだ1。中国やインドが将来的に経済大国の地位にまで上り詰めるようなことにでもなれば、ヨーロッパやアメリカで保護主義を支持する声は今以上にさらに広がることだろう。政府は、自由貿易に対する世間一般の恐れを和らげ得るような術を持ち合わせているだろうか? 保護主義を求める声をはねつけるか、それとも、保護主義を求める声に屈するか。政府は、そのうちのどちらかを選ぶしかないのだろうか?

グローバリゼーションに対して世間一般の人々が抱く主たる不満の一つは、貿易の自由化が進むのに伴って、経済的なリスク(economic insecurity)が高まる、という点にある。海外の生産者(あるいは、海外の労働者)との競争にさらされることにより、国内の労働者は、これまで以上にリスクが高くて(職を失うリスクが高くて)、予測が困難な(将来的な職の安定に対する予測が困難な)環境に置かれるようになるわけである。仮にグローバリゼーションが経済的なリスクを高めることになるとすれば、そのようなリスクに対する政府の対応の一つとして考え得るのは、予測されざる経済的なリスクに備えて、適当なセーフティーネットを整えること、つまりは、国内の労働者に対して、経済的なリスクに備えた一種の保険を提供する、ということになろう。ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)の有名な論文2でも述べられているように、他国に対して開放的な国ほど(貿易の自由度が高い国ほど)、政府の規模が大きい傾向にある理由は、まさにこの点3に求められるのである。政府と市場は、互いに代替的な関係にあるのではない。その実、政府と市場は、補完的な関係にあるのである。自由貿易に対する政治的な支持を醸成する上で、政府のプログラムはきわめて重要な役割を果たすのだ。 [Read more…]

  1. 原注1;World Values Survey, 1995-1997. 以下のリンクを参照のこと。http://www.worldvaluessurvey.org/ []
  2. 原注2; Rodrik, D., 1998. “Why Do More Open Economies Have Bigger Governments?“, Journal of Political Economy 106, pp. 997-1032.(ワーキングペーパー版はこちら(pdf)) []
  3. 訳注;市場の開放が進むにつれて、国内の労働者が直面する経済的なリスクが高まることになり、このリスクの高まりに備える手段として、政府が提供する公的な保険への需要が増大する、ということ。 []