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ラルス・クリステンセン 「Fedが『平均インフレ目標』の採用へ ~インフレ目標を2.5%へと引き上げたも同じ?~」(2020年8月27日)

●Lars Christensen, “The Fed just de facto increased its inflation target to 2.5%”(The Market Monetarist, August 27, 2020)


久しく待たれていたが、遂にその時がやって来た。Fedが金融政策の戦略を見直すと宣言したのだ。

「金融政策の長期的な目標と戦略」に関する声明の変更点のうちで重要なポイントがこちらにまとめられている。引用しておこう。

  • 「雇用の最大化」について言うと、幅広い指標に照らして総合的に評価されるべき包括的な目標である旨が強調されている。さらには、「足元の雇用水準が最大限の雇用水準を『どれだけ下回っている』か」を慎重に評価した上で、金融政策の策定にあたる旨が明記されている(ちなみに、これまでの声明では、「足元の雇用水準が最大限の雇用水準から『どれだけ乖離している』か」を慎重に評価した上で、と表現されていた)。
  • 「物価の安定」について言うと、2%の長期的なインフレ目標の達成に向けて、「インフレ率が『平均して』2%に向かうよう試みる」と記されている。インフレ率が平均して2%に向かうようにするためには、「インフレ率が2%を一貫して下回り続けた後には、インフレ率が2%を若干上回るのをしばらくの間にわたって容認するのが適当である」とも記されている。
  • 今回見直された声明では、低金利が常態化することに伴う挑戦についてもはっきりと言及されている。政策金利が下限に達してしまう(政策金利を引き下げる余地がなくなってしまう)事態に追いやられる可能性がアメリカをはじめとして世界各国でこれまで以上に高まっているのだ。

ほぼほぼ予想通りの線に沿った変更だが、Fedのこれまでの戦略に比べるとかなり大きな変化だと言える。 [Read more…]

ブランコ・ミラノヴィッチ 「史上最も狡猾な敵」(2020年3月14日)

●Branko Milanovic, “The most insidious enemy”(globalinequality, March 14, 2020)


戦争よりも始末が悪い敵。そいつ(新型コロナウイルス)のせいで犠牲になる人の数は、戦争で犠牲になる人の数よりも少ないとしてもだ。

戦争よりも始末が悪いのはなぜか? 戦争では、線引きがはっきりとしているからだ。微塵も疑ったことがない隣人が敵になる。戦争では、そういうことがあり得る。しかし、両親が敵になることはない。兄弟姉妹が敵になることはない。我が子が敵になることはない。配偶者が敵になることはない。

そいつは、他人を愛する人を襲う。

そいつは、友を欲する人の命を奪う。世話好きの命を奪う。団欒(だんらん)好きの命を奪う。

そいつから逃れて平和に生きるためには、この世界から自分を切り離すしかない。孤独で氷のように冷たい世界に閉じこもって、そこから二度と出てこないでいられるだけの強い意志と冷淡さを持つしかない。

そいつの「目的」は、社会を破壊すること。

そいつの「目的」は、あなたを生かすために命も惜しまない人にあなたの命を奪わせること。

ブランコ・ミラノヴィッチ 「『労働の配分』と感染症」(2020年3月21日)

●Branko Milanovic, “Four types of labor and the epidemic”(globalinequality, March 21, 2020)


政策当局者にしても、一般大衆にしても、株価だの、会社の財政状況(資金繰り)だのといった「金融指標」に視線を注いでいるが、それは間違っている。フォーリン・アフェアーズ誌に寄稿したばかりの記事で、そのように述べた。株価を維持したり、会社の資金繰りを支援したりすることは、重要じゃないと言いたいわけではない。経済活動に深刻な混乱が生じているような状況では、戦争に類似した危機に見舞われている最中では、(第二次世界大戦中の米国も含めて、過去のあらゆる戦争時にそうであったように)「物理的な数量」にこそ目を向けるべきなのだ。「金融指標」への注目は、そのことから目を逸らせるだけでしかないのだ。

現下の問題を「労働の配分」という観点から考察してみるとしよう。とりあえず、世にある労働(職業)を以下の4つのタイプにおおまかに分類するとしよう。(A) 医者をはじめとした医療関係者, (B) オンライン小売業界で働く従業員, (C) 物理的な財の生産に従事する人々(工場労働者など), (D) 専門職(教師、エンジニア、デザイナーなど)。それぞれの部門の就業者数は、需要(求人)と供給(求職)が釣り合う水準に決まってくる。

「感染症の流行」のような甚大なショックは、部門別の労働需要にアンバランスな(不均一な)影響を及ぼすことになる。危機に見舞われた後の新しい状況では、それまでの「労働の配分」は理想的な配分から大きくかけ離れてしまうことになるのだ。 感染症の流行に伴って、(A) 部門における労働需要(求人数)は急激に増える。(B) 部門における労働需要も増えるだろう。外出が控えられて、ネットショッピングが増えるだろうからだ。その一方で、(C) 部門における労働需要は減る。(D) 部門に関しては、労働需要に大きな変化は無いだろう。感染症に特有の事象も考慮せねばならない。(B) 、(C)、(D) の三部門での経済活動が継続されたら、感染者が増える可能性が高いのだ(感染拡大の多くが職場内での感染というかたちをとるとすれば、だ)。そうなれば、(A) 部門で働く人々にさらに負担がかかることになる。あまりに忙しくなりすぎて、過労死で亡くなる人も出てくることだろう。ところで、(B) 、(C)、(D) の三部門の活動が完全に停止されたらどうなるだろうか。(B) 、(C)、(D) の三部門で働く人々全員に自宅待機が命じられたらどうなるだろうか。新たな感染者はきっと減るだろう。「隔離」の狙いも同じところにある。 [Read more…]

ダニ・ロドリック 「市場と国家は補完的」(2007年6月25日)

●Dani Rodrik, “Markets and states–and the survey says…”(Dani Rodrik’s weblog, June 25, 2007)


リスク回避的な(リスクを嫌う)人ほど、自由貿易よりも保護主義(貿易の制限)を好む傾向にある。その人がどこに住んでいようと、それは変わらない。しかし、リスク回避的な人が(政府支出の対GDP比で測って)政府規模の大きな国に住んでいると、保護主義に傾斜する(保護主義を好む)程度は弱まる。アンナ・マリア・メイダケヴィン・オルークリチャード・シノットの三人の共著論文1で、そのような目を見張る発見が報告されている(ちなみに、アンナ・マリア・メイダは、私の教え子であり、一緒に論文を書いた経験もある)。彼らの論文では、ヨーロッパおよびアジアの国々(計18カ国)で実施された聞き取り調査の結果が利用されている。リスク回避的な人が政府規模の大きな国に住んでいると、保護主義に傾斜する程度が弱まるのはなぜなのか? その理由は、政府規模が大きな国に住んでいる人は、(政府が提供する手厚いセーフティーネットのおかげで)グローバル化がもたらすリスクから守られていると感じるためではないか、と三人は推測している。そのことを裏付けるように、聞き取り調査の対象となっている国の中で、リスク回避的な態度が保護主義に結び付く程度が一番弱かったのは(政府規模が一番大きい)スウェーデンという結果になっている。 [Read more…]

  1. 訳注;この論文の概要については、本サイトで訳出されている次の記事を参照されたい。 ●アンナ・マリア・メイダ&ケヴィン・オルーク 「大きな政府とグローバリゼーション;政府と市場の補完的な関係」(2020年3月14日) []

ダニ・ロドリック 「アルバート・ハーシュマンを再読して」(2007年11月1日)

●Dani Rodrik, “Re-reading Albert Hirschman”(Dani Rodrik’s weblog, November 01, 2007)


アルバート・ハーシュマンを讃える講演(pdf)の準備をしながら、この「知の巨人」の作品としばし向き合う機会を久しぶりに持った。私の研究関心からするといささか皮肉なのだが、ハーシュマンの作品の中でも、経済発展に焦点を合わせた専門的な研究よりも、『Exit, Voice and Loyalty』(邦訳『離脱・発言・忠誠』)や『The Passions and the Interests』(邦訳『情念の政治経済学』)のような、大局的な視野に立って書かれた著作――昔からずっとお気に入りの二冊――の内容の方にずっと詳しい自分がいることに改めて気付かされた。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「アルバート・ハーシュマンの経済学」(2006年8月15日)

●Tyler Cowen, “Albert Hirschman”(Marginal Revolution, August 15, 2006)


HenryがCrooked Timberブログで問うている

リバタリアンの面々は、ハーシュマンの議論についてどう思ってるんだろうか? そもそも、ハーシュマンを読んだことあるんだろうか? ハーシュマンについて、いくらか練られた意見を持ってたりするんだろうか?

アルバート・ハーシュマンは、ノーベル経済学賞を受賞するにふさわしい人物だ。不均衡発展に関する初期の研究(邦訳『経済発展の戦略』)は、経済発展論(開発経済学)の分野における先駆的な業績だし、 『The Rhetoric of Reaction』(邦訳『反動のレトリック』)は、知識人による自己欺瞞(self-deception)に関する優れた研究だ。さらには、思想史の研究者としても優れた業績を残している。例えば、商業活動が世俗の道徳をいかにして形作ったかを跡付けた研究(邦訳『情念の政治経済学』)がそれだ。

しかしながら、もし仮にノーベル経済学賞がハーシュマンに授与されるようなことがあるとすれば、その理由は、経済学者や政治学者の注目をボイスという現象(邦訳『離脱・発言・忠誠』)に振り向けさせた点に求められることだろう。ボイス(抗議)とは何かというと、消費者や有権者が不満の声をあげることで、企業や政府が提供する財やサービスの質の改善を促すことを指している。ハーシュマンは、ボイスのメカニズム1 についてシステマティックに考え抜いた最初の学者、現代の社会科学界のパイオニアなのだ。 [Read more…]

  1. 訳注;ボイスを通じた規律付け効果 []

タイラー・コーエン 「公共選択論を学ぶ上で何を読んだらいいか;推薦文献リスト」(2011年1月20日)

●Tyler Cowen, “Public choice: what to read”(Marginal Revolution, January 20, 2011)


Jonathan G がこんな質問を投げかけている。

公共選択論の概念のうちで、リベラルな人間(liberals)にあまり馴染みのない概念としては、どんなものがあるだろうか? 公共選択論について学ぶ上で、お薦めの本なり、論文なりがあれば、紹介してもらえないだろうか?

「リベラルな思想の持ち主」(“liberals”)というのが具体的に何を意味しているのかちょっとわかりかねるので、「公共選択論について学ぶ上で、お薦めの本なり、論文なりと言えば?」という質問に的を絞って、私なりに答えてみるとしよう。私のお薦めは、以下の通り。 [Read more…]

アンナ・マリア・メイダ&ケヴィン・オルーク 「大きな政府とグローバリゼーション;政府と市場の補完的な関係」(2007年11月12日)

●Anna Maria Mayda and Kevin H. O’Rourke, “Big governments and globalisation are complementary“(VOX, November 12, 2007)


貿易の自由化は勝者と敗者を生み出すが、勝者は敗者が被る痛み以上の利得を手にする。政府は、勝者と敗者がお互いの利害得失を分かち合うメカニズム(勝者が敗者に補償するメカニズム)を前もって用意することを通じて、自由貿易に対する世間一般の支持を醸成するべきである。政府が前もって用意する補償メカニズムには、自由貿易に対する支持を醸成する力が備わっていることを示す証拠もあるのだ。

経済学者は、2世紀以上の長きにわたり、自由貿易の利点を説いて回っている。しかしながら、世間一般の大多数の人々は、今もなお、強硬な保護主義者のままである。1995年~1997年の期間に47カ国6万人以上の人々を対象にして、「自由貿易と、輸入規制の強化とのどちらを望みますか?」とのアンケートが実施されたが、回答者のうち約60%の人々が輸入規制の強化を選んだ1。中国やインドが将来的に経済大国の地位にまで上り詰めるようなことにでもなれば、ヨーロッパやアメリカで保護主義を支持する声は今以上にさらに広がることだろう。政府は、自由貿易に対する世間一般の恐れを和らげ得るような術を持ち合わせているだろうか? 保護主義を求める声をはねつけるか、それとも、保護主義を求める声に屈するか。政府は、そのうちのどちらかを選ぶしかないのだろうか?

グローバリゼーションに対して世間一般の人々が抱く主たる不満の一つは、貿易の自由化が進むのに伴って、経済的なリスク(economic insecurity)が高まる、という点にある。海外の生産者(あるいは、海外の労働者)との競争にさらされることにより、国内の労働者は、これまで以上にリスクが高くて(職を失うリスクが高くて)、予測が困難な(将来的な職の安定に対する予測が困難な)環境に置かれるようになるわけである。仮にグローバリゼーションが経済的なリスクを高めることになるとすれば、そのようなリスクに対する政府の対応の一つとして考え得るのは、予測されざる経済的なリスクに備えて、適当なセーフティーネットを整えること、つまりは、国内の労働者に対して、経済的なリスクに備えた一種の保険を提供する、ということになろう。ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)の有名な論文2でも述べられているように、他国に対して開放的な国ほど(貿易の自由度が高い国ほど)、政府の規模が大きい傾向にある理由は、まさにこの点3に求められるのである。政府と市場は、互いに代替的な関係にあるのではない。その実、政府と市場は、補完的な関係にあるのである。自由貿易に対する政治的な支持を醸成する上で、政府のプログラムはきわめて重要な役割を果たすのだ。 [Read more…]

  1. 原注1;World Values Survey, 1995-1997. 以下のリンクを参照のこと。http://www.worldvaluessurvey.org/ []
  2. 原注2; Rodrik, D., 1998. “Why Do More Open Economies Have Bigger Governments?“, Journal of Political Economy 106, pp. 997-1032.(ワーキングペーパー版はこちら(pdf)) []
  3. 訳注;市場の開放が進むにつれて、国内の労働者が直面する経済的なリスクが高まることになり、このリスクの高まりに備える手段として、政府が提供する公的な保険への需要が増大する、ということ。 []

パオラ・ジュリアーノ&アントニオ・スピリンベルゴ 「経済危機の長期持続的な諸効果」(2009年9月25日)

●Paola Giuliano and Antonio Spilimbergo, “The long-lasting effects of the economic crisis”(VOX, September 25, 2009)


経済上の出来事(Economic events)は、長期にわたって持続する非経済的な諸効果を伴う可能性がある。本稿では、経済上の出来事だったり、その時々の経済状況だったりが、個々人の終生にわたる信念にいかなる影響を及ぼすかを調査した研究の成果を紹介する。人生で成功できるかどうかは、努力よりも運にかかっている。不況の最中に成育した若者は、そのように考える傾向にある。それだけではない。不況の最中に成育した若者は、政府による再分配政策を強く支持する傾向にある一方で、公的な制度に対してそれほど信頼を寄せない傾向にもあることが見出されている。現下の厳しい不況は、リスクを嫌うと同時に、政府による再分配を強く支持する新世代を育みつつあるのかもしれない。 

「経済学の世界に足を踏み入れるきっかけとなった理由は、2つあります。まず1つ目の理由は、『大恐慌の子』(child of the Great Depression)ということもあって、世界のあり方に並々ならぬ関心を持つようになったのです。当時の世の中で起きていた多くの問題の根本的な原因を探ると、そこには経済問題が横たわっていたのです。…
― ジェームズ・トービン(James Tobin), Conversations with Economists

 

大恐慌以来、最も深刻な経済危機から脱して、回復へと向かいつつある兆しが見え始めている。それに伴って、世間の関心もこれまでとは違った先へと移り行こうとしている。危機への即時的な対応策から、危機に備わる長期的な効果へと、世間の関心がシフトし始めているのだ。

過去の経済危機は、経済の構造だけではなく、政治のあり方だったり、現実経済に対する経済学者の「ものの見方」だったりに対しても、さらには、世間一般の人々の心理や信念に対しても、しぶとい痕跡を残すに至っている。例えば、1930年代の大恐慌は、政府に対して「マクロ経済の安定化」という新たな役割を付与する契機となったばかりではなく、アメリカの政治の世界を数十年にわたって支配することになる新たな政治連合(political alliance)の形成を促すきっかけともなった。さらには、ケインズ革命とマクロ経済学の誕生を誘発することにもなったのである。

現下の経済危機が経済の構造に対して及ぼす長期持続的な効果の詳細を把握するには、まだしばらく時間がかかるだろうが、IMFのチーフエコノミストであるブランシャール(Olivier Blanchard)も語っているように、「今回の経済危機は、我々の経済システムに対して、深い傷を刻み付けることになった。供給と需要のどちらの側面に対しても、今後何年にもわたって影響を及ぼし続けるだろう傷を刻み付けたのだ」(Blanchard 2009)。現下の経済危機は、その置き土産として、「経済システムに対する深い傷」ばかりではなく、いくつかの新たな問いも提起している。これから先、経済学者が必死になって取り組まねばならないだろう問いだ。すなわち、過去2年の間に金融システムで急速な勢いで進んだディスインターメディエーション(financial disintermediation)は、一時的な現象に終わらずに、経済システムの永続的な特徴となるだろうか? 「信用なき」(“creditless” )景気回復(銀行融資を含む「信用」の拡大を伴わない景気回復)は可能だろうか? 政府は、規制に対するアプローチを見直すべきだろうか? [Read more…]

アレックス・タバロック 「迂回賄賂」(2014年2月17日)

●Alex Tabarrok, “Indirect Bribing with Plausible Deniability”(Marginal Revolution, February 17, 2014)


ステファノ・デッラヴィーニャ(Stefano DellaVigna)&ルーベン・デュランテ(Ruben Durante)&ブライアン・ナイト(Brian Knight)&エリアナ・ラ・フェラーラ(Eliana La Ferrara)の四人の共同研究の成果をまとめたワーキングペーパーより。

・・・(略)・・・本稿では、1994年から2009年までの期間を対象に、イタリア国内の民間企業が支払った広告費の変遷を検証する。1994年から2009年までというのは、シルヴィオ・ベルルスコーニが断続的に計3度にわたってイタリアの首相を務めていた時期にあたるが、ベルルスコーニは首相の地位にある間も、イタリアを代表する民間放送局グループであるメディアセット(Mediaset)のオーナーの座から退かずにいた。政府のご機嫌をとろうとする企業は、ベルルスコーニ首相がオーナーを務めるテレビ局のスポンサーになろうとするのではないか。〔広告費を支払うのと引き換えに、政府から政策面で何らかの便宜を図ってもらおうとするのではないか。〕そのように予測されることになるが、実際のデータもそのことを裏付けている。ベルルスコーニの首相在任中に、メディアセットが擁する民放チャンネルに広告費を支払う動きが勢いを増しているのである。規制の多い業界に属する企業ほど、その傾向が強いことも見出されている。・・・(略)・・・

ベルルスコーニのアメリカ版がリンドン・ジョンソン(第36代アメリカ合衆国大統領)だ。ラジオ局のオーナーだった妻のレディ・バードの力を借りて、同じ手口で財を築いた(私腹を肥やした)のだ。 ロバート・カロ(Robert Caro)が(リンドン・ジョンソンの伝記である) 『Means of Ascent』(「成り上がる術」)の中で次のようなエピソードを紹介している。

とあるビジネスマンは語る。「お役所から仕事を受注したいなら、リンドンにそのための力添えをしてもらいたいなら、彼が所有するラジオ局のスポンサーになればいいってことは誰もが知るところでしたよ」。

この件については、ジャック・シェーファー(Jack Shafer)がこちらの記事で――カロの上記の本を踏まえつつ――もう少し詳しくまとめているので、あわせて参照されたい。

情報を寄せてくれたジョン・バン・リーネン(John van Reenen)に感謝。