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ブラッド・デロング 「カード、クルーガー、アッシェンフェルター」(2018年9月17日)

●Brad DeLong, “Equitable Growth in Conversation: An interview with David Card and Alan Krueger: Hoisted from the Archives”(DeLong’s Grasping Reality, September 17, 2018)


2016年にEquitable Growthブログに掲載されたインタビュー(Equitable Growth in Conversation: An Interview)の一部を再掲するとしよう。インタビューに応じているのはデイビッド・カード(David Card)とアラン・クルーガー(Alan Krueger)の二人。聞き手はベン・ジッペラー(Ben Zipperer)。

ジッペラー:インタビューのはじめのところでオーリー・アッシェンフェルター(Orley Ashenfelter)の名前が何度も話題に出てきたように記憶しています。あなた方の個人的な研究であったりあるいは労働経済学という分野全体に対するアッシェンフェルターの影響についてお話いただけないでしょうか?

カード:ええと、そうですね。オーリーには博論を書くにあたって指導教官を務めてもらいましたし、そもそもプリンストン大学の大学院に進学しようと決断した理由も彼がプリンストン大学で教えていたからでした。そういうわけで私個人に関してはオーリーからかなり強い影響を受けていますね。ついでながらですが、学部生の頃に講義を通じて特に影響を受けた教授が二人いるのですが、両名ともにオーリーの教え子だったんですよ。

そんなわけでオーリーとのつながりはかなり昔まで遡ることになります。オーリーとは長年にわたって(共同研究者として)一緒に論文もたくさん書いてきましたし、力を合わせて数多くの学生の指導にもあたってきました。話は私だけに限りません。ジョー・アルトンジ(Joe Altonji)だとかジョン・アボード(John Abowd)だとかといった私と同世代のその他の労働経済学者の面々もオーリーから強く影響を受けていると思います。

「可能なようなら実験を試みよ」、「可能なようなら自力で独自のデータを集めよ」、「可能なようなら自腹を切れ」。オーリーは出会った当初からずっと口を酸っぱくしてそう強く訴えていたものです。確かアラン(クルーガー)はある年の夏にオーリーと一緒に(オハイオ州の)ツインズバーグの「双子祭り」に出かけたんじゃなかったっけ? 双子に関するデータを集めるために。

クルーガー:ある年だって? 一回だけじゃないよ。ツインズバーグには4年連続で出かけたんだ。学生も連れてね。1ダースもの数の学生を引き連れていったんだよ(笑)。

あの時のオーリーは古風な面影が前面に出ちゃってましたね。夕食を食べるレストランを選んだりとか誰かとおしゃべりするのにはたっぷり時間を割くくせに、データ集めにはそこまで時間を割かなかったんですよ。

私は学部生の頃にオーリーの論文を読んでましたね。就職先としてプリンストン大学に惹かれるに至った大なる部分はオーリーがいたからというところにありました。そんなわけでいざプリンストンにやって来るとデイビッド(カード)というおまけが待ち構えていました。十年におよぶ濃密な共同研究に立ち向かうことになる仲間と遭遇したわけです。

プリンストン大学の労使関係局における研究環境の雰囲気を形作ったのはオーリー周辺の面々だったと思います。オーリーはボブ・スミス(コーネル大学)と一緒になって最低賃金に関する研究に取り組んでいましたが、その研究では最低賃金法が遵守されているかどうか、最低賃金法を遵守していない(法律に違反して最低賃金を下回る賃金を支払っている)企業はどのくらいの数に上るかといった話題がテーマとなっていました。最低賃金の(改定の)効果を探るつもりなら、現行の最低賃金と同額の賃金を得ている働き手なり雇い主が最低賃金法を遵守している事業所なりに着目せよ。オーリー&ボブの二人の研究はそのような考えを根付かせるきっかけになりました。

オーリーは全米最低賃金研究委員会(National Minimum Wage Study Commission)による研究を深く疑っていました。オーリーが「あそこは全米低級研究委員会(National Minimum Study Commission)だ」なんて口にしているのを時折耳にしたものです。

カード:低級研究賃金委員会(Minimum Study Wage Commission)ね。

クルーガー:低級研究賃金委員会か(笑)。

カード:この件については僕の名前を引用してくれてもいいよ。

クルーガー:オーリーひとりに押し付けることにしようよ(笑)。それはともかく、オーリーがよく好んで語る話があります。鮮明に覚えている話なんですが、確かオーリーが労働省で働いていた時に複数のレストラン経営者と話をする機会があったそうです。その時に「我々の業界が抱えている問題があります」と言われたそうです。最低賃金の水準があまりにも低すぎて人手が足りない(働き手が十分に集まらない)というのです。

「賃金の水準は市場で決まってくる。市場で決まる賃金を払えば働き手を必要なだけ集めることができる。もしも人手が足りない(働き手が十分に集まらない)ようなら賃金を上げればいい」。レストランの経営者たちが語った先の話はかような通説的な見解とは食い違っています。この問題との絡みでオーリーはアダム・スミスの『国富論』の中のかの有名な文章を気に入っている様子でした。雇い主の面々が一堂に会する機会を持つことは滅多にない。ただし、労働者の賃金を低く抑えることが主題となる場合は別。雇い主の面々は暗黙かつ不断の団結を通じて労働者の賃金を低く抑え込もうとしている・・・とかいうあの文章ですね1。研究の結果が通説に逆らうようなものであったとしても受け入れてもらえるような雰囲気が作られたのはオーリー周辺の面々のおかげだったと思いますね。

低賃金労働者に対する労働需要曲線は右下がりであり、それゆえ最低賃金の水準が引き上げられようものなら低賃金労働者の雇用量は減る。そこまで大幅に減りはしないが、通説から予想される如くともかく減る。・・・なんてことを(私が院生として学んだハーバード大学に籍を置いていた学者で)異端派の経済学者という面をいくらか持っていたリチャード・フリーマン(Richard Freeman)でさえも唱えていたものです。プリンストンにやって来る前の私はそのような論が幅を利かせている環境の中で学んでいたんです。

  1. 訳注;「職人の団結ということはよく耳にするけれども、親方の団結については滅多に聞かない、といわれている。だが、そうであるからといって、親方たちは滅多に団結しないなどと考える人があれば、その人はこの問題に無知なのはもちろん、世間知らずというものである。親方たちは、いつどこにあっても、一種暗黙の、しかし不断の、統一的な団結をむすんで、労働の賃銀を現在の率以上に高くしないようにしている。この団結をやぶることは、どこでも、最も不評な行動の一つであって、親方にとっては近隣や同輩のあいだで一種の不名誉となるのである。たしかにわれわれは、こういう団結については滅多に耳にしないが、そのわけは、だれも耳にすることがないほど、それがものごとの通常の状態、いうなれば自然の状態だからである。親方たちは、ときとして労働の賃銀をこの現在の率以下にさえ引き下げようとして特定の団結をむすぶことがある。こうした団結は、その実行の瞬間まで極度の沈黙と秘密のうちにことが運ばれるのが普通である。」(アダム・スミス 著/大河内一男 監訳『国富論 Ⅰ』, 中公文庫, pp. 114) []

タイラー・コーエン 「大学院時代の思い出 ~マイルズ・キンボールはじめその他大勢の同窓と過ごしたハーバード大学の博士課程での日々を振り返る~」(2012年7月10日)/「アラン・クルーガーよ、安らかなれ」(2019年3月18日)

●Tyler Cowen, “Reminiscences of Miles Kimball, and others”(Marginal Revolution, July 10, 2012)


マイルズ(キンボール)は私と時を同じくしてハーバード大学の博士課程に進学した同窓の一人だ。同窓の院生の中で経済理論への理解の面で誰よりもキレキレだったのはマイルズとアビジット・バナジー(Abhijit Banerjee)の二人。彼らを相手に講義で何かを教えるというのはとんでもない恐怖だったに違いない。二人ともこの上なく紳士的な人物ではあったが、講義の最中に黒板の上に書き付けられる説明だったり論文の中の記述だったりに間違いや曖昧なところがあれば二人によってツッコミが入れられること間違いなしだったものだ。マクロ経済学の最終試験でのこと。アビジットが問題の一つを解いていると教授陣が用意しているであろう模範解答は間違いであることに気付き、そのことを指摘。自力で正しい解を導き出すだけではなく、その他にも答え(解となる均衡)が複数あり得ることまで発見。そこまでやって試験の残り時間はまだたっぷり・・・なんて出来事もあったものだ。スティーヴン・カプラン(Steven Kaplan)も同窓の一人。今では実証家(実証研究を専門とする学者)として知られている彼だが、院生時代には理論家として秀でた才能を示していた。マイルズ、アビジット、スティーヴンの三人が仲間内での理論談義の多くで主役を務めていたものだ。物静かな性格ということもあって理論談義にはあまり口を出さなかったものの、マティアス・ドュワトリポン(Mathias Dewatripont)も理論をお手の物としていた一人だった。二年上の先輩にはアラン・クルーガー(Alan Krueger)がいたが、数ある実証論文の中から一体どれが重要なものかを見抜くピカイチの鑑識眼を備えているだけではなく、実証研究のイロハに精通してもいる人物との評判を勝ち得ていたものだ。アランはラリー・サマーズ(Larry Summers)から多くを学んだようだ。ヌリエル・ルビーニ(Nouriel Roubini)も同窓の一人。何もかも知り尽くしているかのようなオーラを放っていていささかお疲れ気味なように見えることも時にあったが、概して物静かだったという印象だ。 [Read more…]

ジャネット・イエレン 「中央銀行のコミュニケーション戦略における革命と進化」(2012年11月13日)

●Janet L. Yellen, “Revolution and Evolution in Central Bank Communications”(Speech at the Haas School of Business, University of California, Berkeley, Berkeley, California, November 13, 2012)


ご紹介いただきありがとうございます。こちらのハース・ビジネススクールは私がキャリアの多くの時間を過ごした故郷だと胸を張って呼べる場所ですが、その故郷にこうして再び戻ってくることができて嬉しく思います。講演の手筈を整えてくださいましたディーン・ライオンズ(Dean Lyons)氏にも感謝したいと思います1

本日の講演のテーマを一言でまとめると、中央銀行のコミュニケーション戦略における近時の革命と今なお続くその進化ということになります。皆さんもご存知のように、現在私たちはコミュニケーションの分野を舞台とした革命的な進歩の時代の真っ只中に生きています。本日の講演でこの場にいる皆さんの興味を引く発言が少しでも飛び出すようなら、私がこの壇上を後にするよりも前にその発言はネット上に投稿され、あるいはtwitter(ツイッター)でつぶやかれ、あるいはブログで論評の対象になるかもしれません。そういった現実を踏まえると、Fedもまたコミュニケーションのあり方をめぐってこれまで以上に工夫を凝らそうと努力していると聞いても何の驚きも感じられないかもしれません。

しかしながら、中央銀行のコミュニケーション戦略における革命はテクノロジーの進歩によって引き起こされたわけではありません。その原動力は金融政策の効果をできるだけ高めるための手法をめぐる理解の進歩(知識の深まり)に求められます。明確なコミュニケーションはそれ自体として金融政策の効果と信頼性の向上に貢献する貴重なツールだということがこれまでに積み重ねられた数多くの研究と長年の経験を通じて明らかになってきているのです。それだけではありません。このたびの金融危機の勃発に伴って私たちは数多くの難題を背負い込むことになりましたが、そのような状況に追い込まれた結果として明確なコミュニケーションの重要性がこれまでになく高まることになったという事情もあります。本日の講演ではまずはじめに「中央銀行の透明性」をめぐるこれまでの議論の軌跡を振り返り、その論調に生じた革命的な変化について論じることにします。そしてそれに次いで金融危機によって引き起こされた異例の事態にFedがどう対応したかを取り上げることにします。Fedのこれまでの対応を振り返りながら、コミュニケーション戦略の分野で極めて重要な前進が見られた事実を明らかにしたいと思います。コミュニケーション戦略の分野でこれまでに勝ち取られた大きな成果が現状の厳しい状況が過ぎ去った後もなお手放されることなくずっと先の未来まで受け継がれていってほしいというのが私の願いですが、前回(2012年9月)のFOMCの決定もその願いに沿うものだと言えます。以下でその内容について簡単に触れておくことにしましょう。 [Read more…]

  1. 原注1;今回の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフであるJon FaustとThomas Laubach、そしてJohn Maggsより貴重なサポートを頂戴しました。 []

ジャネット・イエレン 「金融政策におけるコミュニケーションの役割」(2013年4月4日)

●Janet L. Yellen, “Communication in Monetary Policy”(Speech at the Society of American Business Editors and Writers 50th Anniversary Conference, Washington, D.C., April 04, 2013)


本日はお招きいただきありがとうございます。現在Fedは景気回復を後押しするために数々の取り組みを続けている最中ですが、本日はその取り組みの中心に位置しており、この場にうってつけのものだとも言える話題についてお話させていただきます。本日の講演のテーマを一言でまとめると「金融政策におけるコミュニケーションの役割」ということになりますが、金融政策においてコミュニケーションがいかに重要な役割を担っているかについて詳しく論じさせていただきたいと思っています。金融政策においてコミュニケーションが果たす役割はここにきてますます高まってきているのですが、その辺の事情についてもお話させていただくつもりです1

本日お集まりの皆さんの中にはFedの取材を担当されている方もいらっしゃることでしょう。Fedによる金融政策はFOMC(連邦公開市場委員会)での議論を通じて決められているわけですが、その辺の事情についてもよくご存知かと思います。FOMCの会合が終了するとその直後にどのような決定に至ったかを伝える声明が発表される決まりになっていますが、声明の中にどのような表現を盛り込んだらよいかと毎度の如く細心の注意が払われていることもよくよくご承知のことでしょう。会合終了後には声明が発表されるだけではなく、バーナンキ議長が記者会見を開いて質疑に応じることにもなっています。さらには、FOMCでの議論の内容を詳しく伝える議事要旨もしばらくしてから公表されています。しかしながら、FOMCが発するメッセージが国民のもとに届けられるまでには本日お集まりの皆さんのご活躍も大きな役割を果たしています。FOMCでの決定内容をニュースで報じたり、声明の内容に分析を加えたり、金融政策の役割や目標について解説したりといった皆さんの日々のご活動に大いに支えられているのです。まずはそのことに感謝したいと思います。

しかしながら、こうして皆さんの前でお話しさせていただくことに感謝の気持ちを抱く理由はそれだけにとどまりません。皆さんは記者あるいは編集者という仕事柄もあって、コミュニケーションに関しては出し手としても受け手としても並大抵ではない経験をお持ちでいらっしゃることでしょう。これまでにもお仕事を通じて政府機関が自らの政策について語ったり、民間企業が自社製品について説明する機会に立ち会われた経験がおありだと思いますが、FOMCによるコミュニケーションもそういった他の例と大差ないのではないかと思われるかもしれません。いや、そうではない。金融政策においてはコミュニケーションは他のケースとは違って特別な役割を担っているのだということをこれから示していきたいと考えているのですが、そのような機会を設けていただいて感謝したいとそう思っているのです。

どう違うのかをわかりやすく示すために比較となる例を挙げておくといいかもしれません。金融政策の話は一旦脇に置いて、運輸政策に目を転じることにしましょう。例えば、交通渋滞を緩和するために道路の拡張工事を行うことが取り決められたとしましょう。プロジェクトの立ち上げを知らせるためにテレビカメラの入った記者会見を大々的に開くという方法もあり得ますし、ごく少数の報道機関に向けてプレスリリースを発表するという方法もあり得ます。そもそも知らせないという方法もあるでしょう。いずれの方法がとられるにしろ、プロジェクトの内容に違いが生まれるわけではありません。ドライバーが(利便性の向上というかたちで)恩恵を受けることがあるとすればそれは工事が完了して道路が拡張された後のことです。工事が完了するずっと前の段階からプロジェクトの存在を知らされたところでドライバーは得をするわけでも損をするわけでもないでしょう。

金融政策に関しては話が違うというのが本日の講演の軸となる事実です。金融政策の効果は政策の先行き――数ヶ月先あるいは数年先の未来にどのような政策が行われそうか――について国民がどのようなメッセージを受け取るかによって決定的に左右されるのです2[Read more…]

  1. 原注1;今回の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフであるJon Faust、Thomas Laubach、そしてJohn Maggsより貴重なサポートを頂戴しました。 []
  2. 原注2;政府が行う政策(公共政策)の大概について言えることですが、つい先ほど例に挙げた道路拡張プロジェクトも人々の予想に影響を及ぼす可能性はあります。例えば、(予想への影響を介して)居住地の選択やその近隣への事業展開に影響を及ぼすことになるかもしれません。しかしながら、そのような結果(効果)は道路拡張プロジェクトの直接的な狙いとして掲げられているもの(政策目標)ではないという点は重要です――政策目標は交通渋滞の緩和です――。詳しくはこれから先のところで説明していくことになりますが、その他の公共政策とは違って金融政策においては将来に対する予想にどう影響を及ぼすかが主たる関心事となります。 []

ジェームズ・ハミルトン 「的の中心を射抜かん! ~Fedが掲げる『バランスのとれたアプローチ』を可視化すると・・・~」(2014年3月2日)

●James Hamilton, “A bull’s-eye for Fed accountability”(Econbrowser, March 2, 2014)


この前の金曜日にニューヨークに足を運んでU.S. Monetary Policy Forumに参加してきた。私も顔を出したセッションの一つでは非伝統的な金融政策を行使する上での戦略をめぐって中央銀行が国民やマーケットを相手に円滑なコミュニケーションを図るにはどうしたらよいかという問題がテーマとなっていたのだが、そのテーマとの絡みでシカゴ連銀総裁のチャールズ・エバンズ(Charles Evans)が非常に興味深いアイデアを開陳していたのでそれを以下に紹介するとしよう。

効果的なコミュニケーションを実現する上で何よりも重要なのはFedが一体何を達成しようとしているのか(何を目標としているのか)をはっきりさせることにあるとはエバンズの言。連邦議会はFedに対して「物価の安定」と「雇用の最大化」という二重の責務(デュアル・マンデート)を課しているが、その具体的な内容となると? [Read more…]

ジャネット・イエレン 「金融政策における『多数の目標』と『多数の手段』」(2013年4月16日)

●Janet L. Yellen, “Panel Discussion on “Monetary Policy: Many Targets, Many Instruments. Where Do We Stand?””(Speech at the “Rethinking Macro Policy II,” a conference sponsored by the International Monetary Fund, Washington, D.C., April 16, 2013)


これからこの場にお集まりの皆様の間で大変活発な議論が繰り広げられることでしょうが、そのような場に参加させていただく機会を用意して下さいましたIMF(国際通貨基金)の関係者の皆様に感謝いたします1

金融政策の「多数の手段」や「多数の目標(ターゲット)」をテーマとする今回のような討論会が催されようとはほんの5~6年ほど前までには考えられなかったことでしょう。このたびの金融危機が勃発する前までの状況を振り返ると、金融政策は政策短期金利という「単一の手段」に大きく寄りかかって運営されていました。また、「目標」ということで言うと、金融危機に見舞われるまではどの中央銀行もたった一つの目標しか掲げていなかったとまではいきませんが、多くの中央銀行は「インフレ目標(インフレーション・ターゲッティング)」と呼ばれる政策枠組みを採用していました。その名前からも薄々窺い知れるでしょうが、「インフレ目標」のもとでは何にもましてインフレ目標の達成(目標として設定されたインフレ率の達成)に高い優先順位が付けられていました。この点、Fedは長年にわたってちょっとしたはぐれ者だったと言えます。というのは、Fedには「物価の安定」と「雇用の最大化」という二重の責務(デュアル・マンデート)の達成が法的に求められているからです。しかしながら、今回こうして金融危機に見舞われることがなければ、専門家が集まる討論会で話題にされるのはせいぜい(金融政策の)「単一の手段と二つの目標」どまりだったことでしょう。このたびの金融危機は世界中の中央銀行に大変重い課題を突きつけ、金融政策の手段や目標に関する見方を一変させることになったのです。 [Read more…]

  1. 原注1;これから述べさせていただく意見はあくまでも私の個人的な見解を反映したものであり、FRBでともに働くその他の同僚たちの見解を反映するものでは必ずしもないことを断っておきます。 []

ジャネット・イエレン 「ポリシー・ミックスの未来の姿を素描する」(2014年11月7日)

●Janet L. Yellen, “Remarks at the Panel Discussion on “Shaping the Future of the Macroeconomic Policy Mix””(Speech at the “Central Banking: The Way Forward?”, International Symposium of the Banque de France, Paris, France, November 07, 2014)


これからこの会場を舞台として活発な議論が交わされることと思われますが、そのような場に参加させていただく機会を用意して下さいましたフランス銀行の関係者の皆様にまずは感謝したいと思います。

このたび世界経済を襲った金融危機はあまりに唐突なものであり、その影響は大変深刻なものでした。そのような火急の事態を前にして各国の政策当局者たちは創造力を発揮して矢継ぎ早に決断を下す必要に迫られました。景気の急下降を食いとどめ、経済に再び活を入れるために、(金融政策ならびに財政政策をそのうちに含む)マクロ経済政策の道具箱の中から幅広い範囲にわたるあれやこれやのツールが引っ張り出されることになったのです。現在のところ経済は回復傾向を見せてはいますが、その足取りは遅々として覚束ない有様です。そのような現状を踏まえると、今後もしばらくの間はマクロ経済政策を通じて景気の下支えを続けていく必要があるでしょう。

今般の世界的な金融危機を前にして金融政策および財政政策の面で一体どのような対応がなされたのでしょうか? 本日の講演ではその軌跡を簡単に振り返ってみたいと思います。話はアメリカだけではなくその他の先進国にも及ぶことになるでしょう。それというのも、今般の金融危機の影響はいずれの国でも似通ったものであり、それに対する政策面での対応も先進各国の間で似通ったかたちをとることになったからです。金融危機の最中に先進各国で採用されたマクロ経済政策の軌跡を振り返った後にそこからいくつかの教訓を引き出し、金融政策と財政政策をどう組み合わせたらよいかという問題(いわゆるポリシー・ミックスの問題)との絡みで今後の課題についても私なりの考えを述べさせていただくことにします。 [Read more…]

ジャネット・イエレン 「『追い風』なき景気回復、労働市場の現状、『雇用の最大化』に向けたFedの取り組み」(2013年2月11日)

●Janet L. Yellen, “A Painfully Slow Recovery for America’s Workers: Causes, Implications, and the Federal Reserve’s Response”(Speech at the “A Trans-Atlantic Agenda for Shared Prosperity” conference sponsored by the AFL-CIO, Friedrich Ebert Stiftung, and the IMK Macroeconomic Policy Institute, Washington, D.C., February 11, 2013)


本日は皆さんの前でお話しする機会を設けていただき感謝いたします。本日の講演では景気回復の後押しを意図したFedの取り組みの数々についてお話させていただくつもりです。その取り組みでは景気回復の後押しだけではなく、とある目標の達成も目指されています。その「とある目標」というのは労働運動が追い求める方向性と軌を一にするものでもあります。「雇用の最大化」がそれです1

公共政策の目標として捉えた場合に「雇用の最大化」にはどのような位置づけが与えられているでしょうか? アメリカ合衆国憲法を覗いても大統領令を調べても「雇用の最大化」という言葉は出てきません。労働省のミッション(使命)に目を向けてもやはり「雇用の最大化」という言葉は見つかりません。「雇用の最大化」の達成が連邦政府のあらゆる機関に課せられた一般目標として位置づけられることになったのは1946年に制定された雇用法においてですが、「雇用の最大化」を達成する義務を負っている公的機関は今のところFedだけです。Fedが「雇用の最大化」の達成を義務付けられたのは1977年の連邦準備改革法によってですが、同法では「物価の安定」の達成も同時に義務付けられることになりました。「雇用の最大化」と「物価の安定」の2つをひっくるめてFedに課せられた二重の責務(デュアル・マンデート)と呼ぶ慣わしになっています2

非常に多くの国民が職を得られずにいる現状についてはご承知の通りですが、そのような現状を前にしながら「雇用の最大化」などという野心的で大それた目標にスポットを当てるというのは何とも奇異な振る舞いのように見えるかもしれません。しかし、「雇用の最大化」にあえて言及するのには理由があります。「雇用の最大化」という目標と多くの労働者が直面している非常に厳しい足元の現実との間には大きな溝が横たわっているわけですが、その溝の深さに注意を促すことで景気回復の後押しに向けたFedの取り組みがどれだけ緊急を要する課題であるかを浮かび上がらせたいという思いがあるのです。過去5年の間に非常に多くの国民が職を失うことになりました。私自身を含めてFedで働く面々はその事実をしかと受け止めた上で景気の回復と雇用の創出を後押しするために断固たる措置に乗り出してきたわけですが、今後もその手を緩めることはないでしょう。 [Read more…]

  1. 原注1;本日の講演で述べられる意見はあくまでも私個人の見解であり、FRBでともに働くその他の同僚の見解を反映したものでは必ずしもありません。この点、ご留意ください。なお、本日の講演を準備するにあたり、FRBのスタッフの面々――John Maggs、Karen Pence、Jeremy Rudd、William Wascher――から貴重なサポートを頂戴しました。同じくFRBのスタッフであるSejla KaralicとChristopher Nekardaには図の作成を手伝っていただきました。 []
  2. 原注2;連邦準備法の第2A条(1977年改正)ではFedに対して「雇用の最大化、物価の安定、および適度な長期金利の実現に向けて効果的な取り組み」を進めることが求められています。 []

ジャネット・イエレン 「雇用情勢の改善に向けたFedの取り組みについて」(2014年3月31日)

●Janet L. Yellen, “What the Federal Reserve Is Doing to Promote a Stronger Job Market”(Speech at the 2014 National Interagency Community Reinvestment Conference, Chicago, Illinois, March 31, 2014)


アメリカ経済が金融危機と大不況(グレート・リセッション)の影響から立ち直る手助けをするために現在Fedは数々の取り組みを続けている最中ですが、本日はその取り組みの内容についてお話させていただくつもりです。このたびの金融危機とそれに引き続く大不況(グレート・リセッション)は本日お集まりの皆さんが支援の手を差し伸べておられるシカゴ各地のコミュニティとそこで暮らす住民に対してとりわけ厳しい影響を及ぼすことになりました。

Fedがこれまでに進めてきた取り組みでは金融システムの安定性を高めることもその狙いの一つに含まれています。具体的には、新たなルールの導入を通じて、顧客(消費者)保護に向けた体制を強化し、円滑な資金調達を可能にする環境の整備が図られています。資金調達が容易になればコミュニティの発展が金融面から支えられることにもなるでしょう。また、Fedはコミュニティの発展を後押しするために幅広い相手と緊密な連携や情報交換を行ってもいます。その中でもれっきとした成果を挙げていると思われる先進的な取り組み(イニシアチブ)の例を講演の終盤でいくつか紹介させていただくつもりです。会議が終わってからの話になりますが、シカゴ南部にあるリチャード・J・デイリー・カレッジを訪問して社会人学生向けに開講されている製造技術プログラムの様子を見学させていただく予定になっています。このプログラムでは学生たちが製造業の分野で報酬の高い職を得るために必要なスキルの習得に励んでいると伺っています。

本日お集まりの皆さんはコミュニティの発展を支えるために日々尽力されているわけですが、Fedとしても皆さんのそのような努力を支持する心持ちでいます。というのも、コミュニティがさらなる発展を遂げる上では皆さんのお力が欠かせないからです。住民たちが住宅を購入したり、地元の中小企業が事業を拡張する上で必要な資金がスムーズに入手できるようになっているのは皆さんのご尽力のおかげでもあります。コミュニティの安全が保たれ、住民たちが健康で経済的に安定した生活を過ごすことが可能となっているのは皆さんが各種プログラムの後援を通じてお力添えなさっているおかげでもあります。まだまだ厳しい経済状況が続いている中で多くの住民が職を得たいと望んでいるわけですが、皆さんはそのような望みを叶える手助けもしています。皆さんのお力添えの中でもこの手助けはとりわけ重要なものの一つだと言えるでしょう。極めて重要であることは疑いありませんが、しかしながら次の二つの要因が伴わない限りは皆さんのそのような手助けも実を結ぶことはないのではないかと思われます。

皆さんが支援の手を差し伸べている相手、つまりは職探しに励んでいる人々ということになりますが、一つ目の要因というのはそのような職探しに励む一人ひとりが備えている勇気と根気です。これまでの6年間は多くのアメリカ国民にとって厳しい試練の時となったわけですが、中には人生や家庭が崩壊の危機に瀕するほどの困難を味わったという人もいました。これまで長年にわたって携わってきた職を突然失い、新たな職をなかなか見つけられないでいる。職探しをしている間に数ヶ月、時には数年の月日が流れ、その間に貯金が底をつき、場合によってはマイホームを手放さざるを得なくなる。経済的な困窮が原因となって夫婦関係をはじめとした人間関係がギスギスし、場合によっては配偶者や親しい相手との関係が破綻を迎える。こういった体験がいかに過酷なものであるかは他人から言われるまでもなく多くの方々が身をもってよくよくご存知のことでしょう。しかしながら、今回の景気後退のあおりをまともに受けて深い痛手を負うことになった人々の多くは決してあきらめずにチャレンジを続ける意志の強さを見せています。もう少し先のところになりますが、そのような勇敢な意志を備えた男女の代表として3名の人物を紹介させていただくことになるでしょう。その3名というのはこの偉大な都市であるシカゴの住民であり、本日お集まりの皆さんの隣人です。皆さんはコミュニティの発展を支えるために日々尽力されているわけですが、この3名も皆さんのお力添えから恩恵を被っています。つい先日彼ら一人ひとりから個人的な体験談(パーソナルストーリー)を伺う機会があったのですが、もう少し先のところで皆さんにもその内容を紹介したいと考えています。

次に二つ目の要因に話題を転じたいと思います。「何を当たり前のことを」と思われるかもしれませんが、職探しに励んでいる人々が新たな職を見つける後押しをする上で欠かせない二つ目の要因というのは・・・、そう、職です。新たなスキルを身につけるためにどれだけ多くの訓練を積んだところでそもそも職(求人)の数が不足しているようであれば徒労に終わってしまうことでしょう。Fedはコミュニティの発展を後押しするために数々の役割を果たしており、そのうちのいくつかについては既に言及したわけですが、その中でも最も重要な役割については触れずにいました。それは何かと言うと、金融政策を通じて景気回復の後押しを図ることにあります。このたびの金融危機が発生してから今日までの間にFedは景気の回復と雇用の創出を後押しするために数々の異例の措置に乗り出してきたわけですが、今後もしばらくの間は景気の回復と雇用の創出を後押しするための取り組みを続ける必要があるというのが私の考えです。そう考える理由については追々説明させていただきます。 [Read more…]

ダニ・ロドリック 「私の経歴」(2016年5月26日)

●Dani Rodrik, “I’m profiled…”(Dani Rodrik’s weblog, May 26, 2016)


私の経歴がIMFの季刊誌である「Finance&Development」で紹介されている。こちら(pdf)がそれだ。執筆しているのはプラカシュ・ラウンジャニ(Prakash Loungani)。私の過去が遡って探られており、本人でさえも忘れてしまっている小ネタも盛り込まれている。書き出しの部分を引用させてもらうとしよう。

「市場」vs「国家」、勝者は「市場」。そのようなかたちではっきりと決着がついたかのように思われた1990年代初頭。ソ連が解体し、ベルリンの壁も崩壊。それに伴って経済や政治といった分野における庶民の活動に介入する国家の役割に対して疑問符が付せられることになったのである。民主主義と資本主義が世界中を覆うのに伴って「退屈な」時代が到来することになる(今後の歴史は「退屈な」ものになる)だろう。政治学者のフランシス・フクヤマがそのように宣言したのは1992年のこと。経済学者の間でも「市場」に対する評価は――元々高かったが――さらに一段と高まることに。自由市場が世界中に広まるのを擁護したミルトン・フリードマンに対してローレンス・サマーズのような左派寄りの経済学者でさえも「渋々ながらの称賛」を送ったほどなのだ。

しかしながら、ハーバード大学に在籍する経済学者のダニ・ロドリックはその列に加わろうとはしなかった。グローバリゼーション――貿易や金融取引を通じて国家間の経済統合が深化するプロセス――は行き過ぎてしまっているかもしれない。ロドリックは1997年に出版された研究報告書でそのように警告したのである。経済学者の間で共有されているグローバリーゼーションに対する楽観論とグローバリゼーションに抵抗を覚える「大多数の庶民を突き動かす直感」との間には「大きなギャップ」があるとは同書でのロドリックの指摘だ。同書では「共和党の大物政治家」であるパット・ブキャナンが「『経済ナショナリズム』の看板を掲げて(1996年の)米国大統領選に出馬し、貿易障壁を設けるとともに移民の受け入れも制限せよと力強く訴えた」エピソードも取り上げられている(20年後の2016年に共和党から立候補したトランプがまったく同じ看板を掲げて大統領選に挑んだことは御存知の通り)。

自由貿易の恩恵は経済学者の目にもそれ以外の面々の目にも同じように明白なものとして映るかというとそうじゃないとのロドリックの指摘は先見の明があったと言えるし、資本移動の完全自由化(国境を越えた資本の移動に一切規制を課さないこと)に対するロドリックの懐疑論は今では通念(正統的な見解)の一つとなるに至っている。いわゆる「ワシントン・コンセンサス」に対するロドリックの論難も成果を上げ、経済成長を下支えする処方箋は一つには限られないとの認識がIMFや世界銀行といった国際機関や各国の政府の間にまで広まる結果となっている。「(どんな場合にも通用する)万能薬なんて無い」(“one size does not fit all”)との言い回しが決まり文句として広まるようになったのはロドリックの功績という面が少なからずあるのだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元記者であり現在はブルッキングス研究所ハッチンズセンターでディレクターを務めるデイビット・ウェッセルは次のように述べている。「当時はロドリックの言い分がどこまで正しいのかみんなよくわかってなかったんですよ」。

ちなみに、ラウンジャニは(Finance&Development誌の)同じ号に(ジョナサン・オストライとデビッド・ファーセリと連名で)「新自由主義は買い被られてる?」と題された別の記事も寄稿している。

IMFを代表する雑誌のそれも同じ号に私の詳しい経歴に加えて金融のグローバル化を批判する記事が同時に掲載ときたもんだ。一体全体どうなっちゃってるんだろうね?