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アレックス・タバロック 「これがハイパーインフレだ ~ベネズエラでトマトやトイレットペーパーを買うにはどれだけの札束が必要?~」(2018年8月20日)

●Alex Tabarrok, “Pictures of Hyperinflation”(Marginal Revolution, August 20, 2018)


ベネズエラでは今年(2018年)の7月にインフレ率が8万2700%に達したわけだが、ハイパーインフレの真っ只中にあるベネズエラでの商品のお値段が可視化されたお見事な写真をロイターが掲載している1

次は「代用」という言葉が頭をよぎる写真だ2

  1. 訳注;一枚目の写真に写っているのはトマト(1キログラム)と紙幣(ボリバル札)。トマトのお値段は1キログラムあたり500万ボリバルとのこと。 []
  2. 訳注;二枚目の写真に写っているのはトイレットペーパーと紙幣(ボリバル札)。トイレットペーパーのお値段は1ロールあたり260万ボリバルとのこと。トイレットペーパーの代わりにお札でお尻を拭けばいいんじゃないかという意味で「代用」という発言が出てきているものと思われる。 []

マシュー・コチェン&ローラ・グラント 「サマータイムは省エネにつながるか? ~インディアナ州における『自然実験』の結果は何を物語っているか?~」(2008年12月5日)

●Matthew Kotchen and Laura Grant, “Does daylight saving time save electricity?”(VOX, December 5, 2008)


省エネという目的を背負っている「日光節約時間」(あるいは「サマータイム」)は地球上で最も広い範囲を覆う規制の一つである。しかしながら、「日光節約時間」(「サマータイム」)に省エネ効果が備わっていることを指し示す証拠は驚くほど少ない。インディアナ州における「自然実験」の結果に照らすと、日光の「節約」は電力消費の節約にはつながっていない(電力消費量をむしろ増やしている)というのが我々なりの結論である。

「日光節約時間」(デイライト・セービング・タイム;以下、DSTと表記)――EU(欧州連合)による呼び方だと「サマータイム」――を年中行事として執り行っている国の数は(2008年の段階では)76カ国に上る。春に時計の針を1時間だけ進め、秋に時計の針を1時間だけ戻す。そうすることで太陽の光が照りつける時間が朝から夕方に向けて(時計盤の上で)後ろに1時間だけずらされることになる。DSTは世界全体で16億人を超える人々の生活に直接影響を及ぼすわけであり、地球上で最も広い範囲を覆う規制の一つであると言える。 [Read more…]

タイラー・コーエン 「サマータイムが導入されると電力需要(電力消費量)はかえって増える?」(2008年2月27日)

●Tyler Cowen, “Daylight savings time increases energy usage”(Marginal Revolution, February 27, 2008)


少し前(2006年)に(アメリカの)インディアナ州全域でサマータイムが導入されるという「自然実験」が行われた(それまではインディアナ州では一部の地域(郡)だけでサマータイムが実施されていた)。その実験の結果についてマシュー・コチェン(Matthew Kotchen)& ローラ・グラント(Laura Grant)の二人が次のように報じている(pdf)1

サマータイムは――政策意図とは反対に――(インディアナ州における)一般家庭の電力需要を高めたというのが我々が見出した結果である。具体的にはサマータイムの導入に伴って電力需要は全体で1~4%ほど高まったとの推計結果が得られているが、サマータイムが電力需要に及ぼす効果はサマータイムの期間を通じて(季節ごとに)違いがあることも見出された。サマータイムが始まったばかりの春の間は電力需要は抑制される傾向にあるが、そのような省エネ効果は時とともに(春から夏、夏から秋へと季節が移りゆくにつれて)徐々に弱まっていってやがては電力需要は抑制されるのではなく高められる方向へと向きを転じることになる。そして電力需要が高められる効果は秋を迎えてサマータイムが終わる頃にピークに達する傾向にあるようなのだ。我々が見出した結果はサマータイムに備わるトレードオフ――照明用の電力需要を抑制する一方で冷暖房用の電力需要を高めるというトレードオフ――を考慮に入れたシミュレーション結果とも整合的である。我々の(サマータイムの期間が延長された2007年以前のデータに依拠した)推計結果によると、サマータイムはインディアナ州の住民全体が支払う電気代を一年あたり860万ドルだけ上乗せする効果を持っただけではなく、(電力需要を高めるのに伴って)二酸化炭素や大気汚染物質の排出量を増大させることで一年あたり160万~530万ドルに上る社会的費用を生み出すに至ったと見積もられている。

つまりは、サマータイムが導入されると照明が使われる機会は減る(照明の使用に伴って支払う電気代の額は抑えられる)一方で、エアコンが使われる機会は増える(エアコンの使用に伴って支払う電気代の額は増える)というわけだ。コチェン&グラントの研究についてはウォール・ストリート・ジャーナル紙掲載のこちらの記事でも概要が紹介されているが、文中での次の指摘には注意を払っておきたいところだ。

サマータイムには二人(コチェン&グラント)の研究では考慮されていない社会的な便益も備わっているかもしれない。エドワード・マーキー上院議員が中心となってサマータイムの期間延長が提案された際にその論拠として(サマータイムの実施に伴って)夕方に日が照っている時間が伸びると「犯罪や交通死亡事故の抑制、余暇時間の増大、経済活動の活性化」につながると説く研究結果が引き合いに出されている。

  1. 訳注;学術誌に掲載されたバージョンはこちら。なお、もう少し詳しい内容については本サイトで訳出されている次の記事を参照されたい。 ●マシュー・コチェン&ローラ・グラント 「サマータイムは省エネにつながるか? ~インディアナ州における『自然実験』の結果は何を物語っているか?~」(2018年8月21日) []

マーク・ソーマ 「サマータイム(の期間延長)は省エネにつながるか?」(2007年3月11日)

●Mark Thoma, “Does Relabeling the Hours of the Day Save Energy?”(Economist’s View, March 11, 2007)


ティム・ハーブ(Tim Haab)がEnvironmental Economicsブログでサマータイムに関する話題を取り上げている。

Are Daylight Savings Time Energy Savings a Myth?” by Tim Haab:

アメリカでは今年(2007年)からサマータイムの期間が(約1ヶ月間ほど)延長されることになる。省エネが狙いであり、サマータイムの期間延長に伴って電力消費量が1%ほど削減される見込みという触れ込みだ。しかしながら、カリフォルニア大学バークレー校に籍を置く研究チームの訴え(最新の研究結果)1によるとそのような触れ込みは間違いのようだ。論文のアブストラクト(要旨)を以下に引用しておこう。

「エネルギー価格の高騰や環境(自然環境)への配慮が主たる動因となって省エネのためにサマータイムの期間を延長しようと検討する国の数が増えている。・・・(略)・・・サマータイムの効果に関する先行研究は実証的な証拠ではなくシミュレーションモデル(外挿法による予測)に依拠している場合が多く、本稿ではそのような先行研究の結果に異議を申し立てる。本稿では(先行研究の多くとは異なり)擬似実験の機会――2000年のシドニーオリンピックの開催に合わせてオーストラリアの一部の州だけでサマータイムの期間が延長された(サマータイムの開始時期が他の州よりも2ヶ月だけ早められた)ケース――を利用してサマータイムの省エネ効果を検証する。本稿では30分ごとの電力消費量や電気料金に関するパネルデータや気象状況に関する詳細なデータを利用しているが、(2000年のシドニーオリンピック開催に伴うオーストラリアでの)サマータイムの期間延長は電力需要を抑制するには至らなかったとの結果が見出された。それに加えて本稿では先行研究の検証にも乗り出している。先行研究の中でも一番精緻なシミュレーションモデルにオーストラリアのデータを当てはめてみたところ、件のシミュレーションモデルではサマータイムの期間延長に備わる省エネ効果(電力消費量を抑制する効果)が過大に見積もられる傾向にあることが判明した。本稿で得られた一連の結果に従うと、アメリカで近々実施される予定になっているサマータイムの期間延長は省エネにはつながらない可能性があることが示唆されることになる。」

一つだけはっきりさせておくと、上で言及されている研究では導入済みのサマータイムに若干の修正を加える(例えば、サマータイムの開始時期を現状よりも3週間ほど早める)結果として省エネにつながるかどうかが問題にされているのであって、サマータイムそれ自体の省エネ効果(サマータイムを導入する場合としない場合とで電力消費量に違いが出るかどうか)が問題とされているわけではない。ともあれ、ロサンゼルス・タイムズ紙に寄せられた以下の投書2が問題の核心をうまく突いているだろう。

サマータイムは多くの人々――私もそのうちの一人です――のムード(心持ち)には影響を与えるでしょうが、それとは別にどんなふうにして電力の節約につながると言うんでしょうか? 夜間の電力使用が減る代わりに早朝の電力使用が増えるとしたら電力の節約にはなりませんよね。時間帯に限らず(日が暮れた後だろうが日が明ける前だろうが)闇は闇なんです。— ロバート・D・ハーツフェルド(カリフォルニア州バンナイズ在住)

夏の半ばともなると話も違ってくることだろう。多くの人が目覚める頃には外も明るくて気温も高いだろうから。

  1. 訳注;学術誌に掲載されたバージョンはこちら。 []
  2. 訳注;リンク切れ。 []

デビッド・ベックワース 「一体何が大恐慌を終わらせたのか? ~クリスティーナ・ローマーの論文を紐解く~」(2008年11月25日)

●David Beckworth, “Monetary Policy Ended the Great Depression…”(Macro Musings Blog, November 25, 2008)


大恐慌を終わらせたのは財政政策ではなく金融政策。1992年にJournal of Economic History誌に掲載された論文(pdf)でクリスティーナ・ローマー(Christina Romer)はそのように結論付けている。どうしてローマーの論文を持ち出したかというとタイラー・コーエンがこちらのエントリーで言及しているからだ。アレックス・タバロックエリック・ローチウェイ(Eric Rauchway)、それにポール・クルーグマンらを中心にニューディール政策をめぐって激しい論争が繰り広げられている最中であり、コーエンがローマーの論文に言及したのもその渦中でのことだが、遅ればせながらではあるがローマーの論文の内容についていくらか詳しく掘り下げることで私も論争に一枚噛ませてもらいたいと思う。

ローマーの発見をまとめると次のようになるだろう。財政政策は1930年代の前半から中盤にかけてだけではなく1942年の段階においてもこれといって重要な役割を果たさず仕舞いだったというのがまず一つ目の発見だ。この発見は第ニ次世界大戦に伴う財政政策1こそが大恐慌を終わらせたとするよく聞かれる見解に疑問を投げ掛けるものである。次に二つ目の発見だが、大恐慌を終わらせた要因は1930年代の中盤ならびに後半に生じた「マネタリーな動向」にあるというのがそれだ。この点についてはローマー本人の言葉を引用するとしよう。 [Read more…]

  1. 訳注;軍事支出 []

ブラッド・デロング 「卑劣で残酷で短くて ~クロポトキンからメーストルへ~」(2005年6月19日)

●Brad DeLong, “Nasty, Brutish, and Short”(Grasping Reality with at Least Three Hands, June 19, 2005)


スージー・マドラク(Susie Madrak)が次のように述べている。

Fooled: グーグル経由でMotley Fool社が運営する掲示板に投稿されたポストへのリンクを辿ったのだが、中身を読むには登録する必要があった。早速登録したのだが、大きな間違いをやらかしてしまった。Motley Fool社のサイトに登録してからというもの、ペニー株をお薦めする大量のメールが殺到しているのだ。1日に100通以上。皆さん、くれぐれもお気をつけて。

この10年の間にインターネットも大きく変わった。10年前のインターネットはピョートル・クロポトキンの教義――クロポトキン流の左派アナーキスト(無政府主義)的なユートピア思想――が実践された場であるように思えたものだ。労力を上回る報いが返ってくるはずだから私も手を貸そう。誰も彼もが例外なく得するに違いない。そのように当て込んで友好的で頼りになる面々が寄り集まり、みんなのためになるあれやこれやに勤(いそ)しみ合う。

今はどうかだって? 今日のインターネットは・・・Motley Fool社の経営陣のような面々が蔓延る世界であるように思える。はした金欲しさにマドラクの個人情報をあちこちの「お客」に売りつける。そしてその「お客」らはというとマドラクに大量のメールを送りつける。そのおかげでマドラクの貴重な時間が奪われようとも気にもかけない。儲けがどんなに些細であろうとも構わない。儲けが得られるのであれば己の行いに伴って他人にどれほど大きな負担が生じようとも気にもかけない。そんな連中がインターネット上にどれほどたくさん蔓延っていることか。本当に驚かされるね。目の前に広がるのは(「卑劣で残酷で短い」人生を余儀なくされるホッブスが語るところの)「自然状態」そのものだ。

というわけで、今日のインターネットは10年前とは異なる教訓を投げかけている。教訓を垂れる主はクロポトキンではなくジョゼフ・ド・メーストルだ。メーストルは『サンクト・ペテルブルク対話篇』の中で述べている。安定と平和が保たれた秩序ある社会の背後には例外なく処刑人の影がちらついている、と1

  1. 訳注;ウィキペディアで言及されているメーストルの著書からの抜粋でいうと次の言葉が該当するだろう。「処刑人は人間の組織の憎悪の的であると同時に、接着剤である。この世からこの不可解な人間を取り除くなら、まさにその瞬間に秩序は混沌への道を開き、玉座は倒れ社会は消滅する」。ちなみに、アイザイア・バーリンは『ハリネズミと狐』(河合秀和訳、岩波文庫)の中でメーストルの思想を次のように要約している。「〔ジョゼフ・ド・メーストル伯爵は〕個々人と社会の性質についてひどく風変りで人間嫌いな見方をしており、人間の本性は癒しがたいまでに野蛮で邪悪で、人間の間では不断の殺戮が不可避であり、戦争は神が制度化したものとしてであると見ていた。また、人間関係において自己犠牲への情熱が圧倒的な役割を果すもので、この自己犠牲への情熱が〔社会契約論者のいう〕人間生来の社会性や人工的な同意にもまして軍隊と市民社会の双方を創出していくことなどについて、皮肉な乾いた激しさでもって書いた。彼は、いやしくも文明と秩序が存続しなければならぬとすれば、絶対的な権威と処罰と継続的な抑圧とが必要であることを強調した」(pp. 90~91)。 []

タイラー・コーエン 「一体何が大恐慌を終わらせたのか?」(2007年2月8日)/ デビッド・ベックワース 「一体何が大恐慌を終わらせたのか? ~ポール・クルーグマン vs. クリスティーナ・ローマー~」(2008年11月29日)

●Tyler Cowen, “What ended the Great Depression?”(Marginal Revolution, February 8, 2007)


ブラッド・デロング(Brad DeLong)のブログに寄せられたコメントより。

・・・(略)・・・財政政策と大恐慌の終息との間には事実上何のつながりもない1。詳しくは以下の文献を参照。

●E. Cary Brown, “Fiscal Policy in the Thirties: A Reappraisal”, American Economic Review vol. 46, no. 5 (1956): pp. 857-879.

●Larry Peppers, “Full Employment Surplus Analysis and Structural Change: The 1930s”, Explorations in Economic History vol. 10 (1973): pp. 197-210.

●Prosper Raynold, W. Douglas McMillin and Thomas R. Beard, “The Impact of Federal Government Expenditures in the 1930s”, Southern Economic Journal vol. 58, no. 1 (1991): pp. 15-28.

●Christina Romer, “What Ended the Great Depression?Journal of Economic History vol. 52, no. 4 (1992): pp. 757-784.

(一番最後に挙げられている)ローマーの論文を久しぶりに読み返してみた。大恐慌を終わらせた要因は何かというと、・・・金融政策、金融政策、金融政策とのこと。大いに信頼できる説だ。

ところで、デロングが(アーノルド・クリングとの論争から派生するかたちで)ニューディールに関するちょっとしたエッセイを物している。非常に興味深い内容だ。

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●David Beckworth, “Paul Krugman Versus Christina Romer”(Macro Musings Blog, November 29, 2008)


ポール・クルーグマンが「果たして大恐慌は本当に貨幣的な現象だったのだろうか?」と疑問を投げかけている。どうやら彼はクリスティーナ・ローマー(Christina Romer)の論文 “What Ended the Great Depression?”(「一体何が大恐慌を終わらせたのか?」)を見過ごしてしまっているようだ。1933年~36年の景気回復の局面においてのみならず1938年以降の景気回復の局面においても「マネタリーな動向」(monetary developments)がキーとなる役割を果たしたというのがローマーの論だ。「マネタリーな動向」というのは何を指しているかというと「非伝統的な金融政策」のことだと言っていいだろう。具体的には、①ルーズベルト大統領による平価切り下げの決定、②海外からアメリカへの金の流入、③金の流入に伴うマネタリーベースの拡大を容認した(金の流入を不胎化しない方針に切り替えた)財務省の決定、の三つにまとめられる。ローマーの論文に関しては「第二次世界大戦が大恐慌を終わらせた」とする説への疑念も含めてこちらのエントリー〔拙訳はこちら〕で(①~③の「マネタリーな動向」が仮に生じていなかったとしたらどんな展開になっていたと予想されるかを描写した実に印象深い図を中心に据えて)もう少し突っ込んで論じているのであわせて参照してもらいたいと思う。

  1. 訳注;アメリカが大恐慌から抜け出す上で財政政策は何の役にも立たなかった、という意味。 []

フランシス・ウーリー 「ウォルト・ディズニー、戦争、税金」(2010年9月18日)

●Frances Woolley, “Walt Disney, War and Taxes”(Worthwhile Canadian Initiative, September 18, 2010)


1940年代にウォルト・ディズニーはプロパガンダアニメの制作を通じてアメリカの戦争遂行に助けの手を差し伸べている。『The Spirit of 43』(「43年の精神」;日本語吹き替え版はこちら)の中でスクルージおじさん(スクルージ・マクダック)は給料が入ったばかりのドナルド・ダックに対して税金を納めるために貯金に励むよう諭している。曰く、「確かにそれは君のお金だ。でも、アメリカが戦っている戦争は君の戦争でもあるんだ」。というのも、「みんなが払う税金のおかげで民主主義が守られることになる」のだから。

The New Spirit』(「新しい精神」)も煽動的な内容だ。曰く、「君が払う税金。私が払う税金。みんなが払う税金。それが工場を動かす。みんなが払う税金のおかげでアメリカ中にある工場を朝から晩まで一日中稼動させることができるのだ。工場では銃が作られる。機関銃が作られる。対戦車砲が作られる。長距離砲が作られる。海の向こうからやってくる侵略者を吹き飛ばすためにありとあらゆる種類の銃が作られるのだ」。

税金を納めるのは愛国者としての義務。・・・だったはずだが、一体全体どうしたというのだろうか? イラク戦争の最中だというのにアメリカでは減税に踏み切られたのである。戦時中の減税はアメリカの歴史上で初の出来事だ。

アメリカでの減税論議は別のディズニー映画の筋書きをなぞっているのかもしれない。その映画とは『ロビン・フッド』(日本語版のウィキペディアはこちら)だ。邪悪な(蛇の)サー・ヒスの催眠術にかかったリチャード王は十字軍を指揮してはるばる中東まで遠征に向かう。兄であるリチャード王の不在中に代理で国を治めたプリンス・ジョンは国民に重税を課す。そこに登場するのがロビン・フッドを筆頭とする無法者の一味。国民の声を代弁して税負担を和らげるべく立ち上がったのだ。

だがしかし、人生はディズニー映画のようにはいかない。歳出の削減を伴わない減税は長い目で見ると苦難を招かざるを得ない。しかし、歳出の削減は誰かしらを不幸にせざるを得ない。私の目には無駄でしかないように見える補助金であっても、その補助金はアメリカ流の生活を維持するために必要不可欠な出費だという意見の持ち主もいることだろう。

「Worthwhile Canadian Initiative」という名の(カナダを拠点とする)ブログでアメリカの地で起こっている出来事(減税)についてあれこれ気を揉む必要なんてあるのだろうか? ピエール・トルドー(Pierre Trudeau)〔首相を2度務めたことのあるカナダの政治家〕がかつて言っていたではないか。「あなた方の隣国であるというのは象の傍らで眠るのといくらか似ているところがあります。獣――と呼ばせていただくのをお許し願いたいですが――の傍らにいるとその獣がいかに友好的で落ち着き払っていたとしてもその一挙一動(体のぴくつきやいびき)から影響を受けざるを得ないのです」。

タイラー・コーエン 「アメリカは第二次世界大戦の戦費をいかにして調達したか?」(2010年9月7日)

●Tyler Cowen, “How did America pay for World War II?”(Marginal Revolution, September 7, 2010)


Interfluidity経由で知ったのだが、ピーター・シフ(Peter Schiff)が興味深い事実に言及している。

しかしながら、第二次世界大戦と同様のインパクトを引き起こそうとすれば相当の努力が必要となることだろう。1940年代初頭に連邦政府の歳出額は6倍増を記録したわけだが、今現在の話に置き換えると現状の6倍増の歳出ということになるとその額はおよそ20兆ドル。国民一人あたり6万7000ドルの政府支出が行われる計算だ。それだけの規模の財政出動が講じられたとしたらGDPも凄まじい勢いで上向いて「大不況」から抜け出すのもお茶の子さいさいだろう。

それではアメリカは第二次世界大戦の戦費をどのようにして調達したのだろうか? 多くの人はいくらか驚かれるかもしれないが、戦費の大部分は増税と個人貯蓄の吸収を通じて賄われたのである。いずれの手段にしても現状では1941年当時ほどには当てになりそうにない。現状の税負担は第二次世界大戦が始まる前の段階と比べるとずっと重く、それゆえ増税を実施するために越えねばならないハードルは1941年当時よりもずっと高い。1942年に施行されたいわゆる「勝利税」(”Victory Tax”)では所得税率が大幅に引き上げられたが、それと同時にアメリカの歴史上で初めて所得税が源泉徴収されることにもなった。所得税率の引き上げはあくまでも一時的な措置という触れ込みだったが、もちろんと言うべきか、その措置(所得税率の引き上げ)は当初の予定をはるかに越えて続けられることになったのであった。話を今に移すと、仮にアメリカがいずれかの国と交戦することになったとしてもアメリカ国民が戦費を賄うために増税に応じる可能性は低いであろう。交戦中の場合でさえそうだとすれば、まさかの有事に備えてとなると国民から増税への同意を取り付けるのはなおさら難しそうだ。

となると、残された頼みの綱は貯蓄(個人貯蓄)ということになる。個人貯蓄は第二次世界大戦の戦費を賄った財源の中でも一番重要な資金源だった。第二次世界大戦中にアメリカ国民はおよそ1860億ドルに上る戦時国債を購入した。1941年から1945年までの連邦政府の歳出総額のおよそ4分の3近くの資金が戦時国債を通じて調達されたわけだ。翻って今はどうかというと、貯蓄は現状でさえも連邦政府の歳出を賄いきれていない。歳出がさらに増えるとなると国内の貯蓄だけでは賄いきれないであろうことは言うまでもなかろう。中国を説得して(現状の1兆ドルの融資に加えて)20兆ドルのうちのかなりの部分を(国債の購入というかたちで)融資してもらえたとしても、その借金をどうやって返済したらいいものだろうか?

ロバート・ヒッグス(Robert Higgs)が詳しく論じているように、第二次世界大戦中には貯蓄が奨励されるのに伴って消費の節約が強いられたわけだが、アメリカ国民は現状においてそのような消費の節約を受け入れるだろうかという点も問題になってくるだろう。

「現状における大規模な財政出動を正当化するために第二次世界大戦を持ち出すのは不適当。その理由とは?」と命名されたファイル集にまた一つ追加だ。

タイラー・コーエン 「『大圧縮』はなぜ起きた?」(2007年9月23日)

●Tyler Cowen, “The Great Compression”(Marginal Revolution, September 23, 2007)


ポール・クルーグマンが次のように述べている

(1953年生まれの)私が生まれ育った「中流社会」はゆっくりと時間をかけて自然発生的に立ち現れてきたわけじゃない。フランクリン・D・ルーズベルトおよびニューディール政策によってごく短期間のうちに(人為的に)「つくられた」というのが真相なのだ。以下のグラフでも示されているように、(アメリカ国内における)所得格差は1930年代後半から1940年代半ばにかけて急激に縮小している。富裕層は地歩を失う一方で、労働者層は未曾有の躍進を遂げるに至ったのだ。


上のグラフ1をご覧いただければわかるように、所得上位10%の所得占有率(ただし、キャピタルゲインは所得の計算からは除外されている)は1937年頃から急落し始め、1942~43年頃にどん底に達するとその後は若干上向いている。この点に関してはクルーグマンの言う通りだが、クルーグマンによる「大圧縮」(Great Compression)期の評価および(「大圧縮」が起きた理由についての)説明には当惑を禁じ得ない。いくつか思うところを指摘させてもらうとしよう。 [Read more…]

  1. 訳注;このグラフは前回の記事(「アメリカにおける所得格差の変遷は何を物語っているか? ~戦争と平和と所得格差と~」)の中に出てくるグラフと同じもの。 []