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ブラッドフォード・デロング「大衆政治と『ポピュリズム』:『長い20世紀の経済史』抜粋」(5/6)

[Bradford DeLong, “Mass politics and “populism”: An Outtake from “Slouching Towards Utopia: An Econonmic History of the Long Twentieth Century,” Grasping Reality with at Least Three Hands, August 09, 2018]

5.2.5: ジョン・ピーター・オルトゲルドの経歴: オルトゲルドはドイツに生まれた。1848年、生後3ヶ月だったオルトゲルドを連れて両親はオハイオ州に移り住む。南北戦争では北軍に参加。バージニア州タイドウォーターのモンロー要塞でマラリアにかかり、生涯にわたって苦しむことになる。戦後、オルトゲルドは高校を卒業して鉄道作業員や学校教師などをして転々と渡り歩きつつ、どこかで法律を学ぶ。1872年、ミズーリ州サバンナで市法務官 (city attorney)、1874年には郡検事となる。1875年、オルトゲルドは『罰せられるべき我らの機械とその犠牲者』(Our Penal Machinery and its Victims) の著者としてイリノイに姿をあらわす。1884年のオルトゲルドはふるわない民主党議員候補だった――そして、民主党大統領候補グローバー・クリーブランドの強力な支持者でもあった。
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ブラッドフォード・デロング「大衆政治と『ポピュリズム』:『長い20世紀の経済史』抜粋」(4/6)

[Bradford DeLong, “Mass politics and “populism”: An Outtake from “Slouching Towards Utopia: An Econonmic History of the Long Twentieth Century,” Grasping Reality with at Least Three Hands, August 09, 2018]

5.2.4: シカゴランド(シカゴ都市部): では、最前線で政治と経済はどう相互作用したのだろうか?――第一次世界大戦以前の世界でどこよりも急速に成長し工業化を進めていた場所で、政治と経済はどう相互作用したのだろう? その場所、現代でいえば上海にあたる場所とは、シカゴだ。
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ブラッドフォード・デロング「大衆政治と『ポピュリズム』:『長い20世紀の経済史』抜粋」(3/6)

[Bradford DeLong, “Mass politics and “populism”: An Outtake from “Slouching Towards Utopia: An Econonmic History of the Long Twentieth Century,” Grasping Reality with at Least Three Hands, August 09, 2018]

5.2.3: 人民党と進歩主義運動: 中産階級の多く、とくに農民たちは、金持ち・東部人・銀行家のせいで19世紀後半のアメリカがおかしくなっていると非難した。1890年代の人民党(ポピュリスト; the Populists)は、東部の銀行家たち・金本位制・独占企業が悪いと言った。彼らはなにをやったか。貨幣供給(マネーサプライ)を増やし金利を下げ企業物価を上げるために、16対1の比価で銀貨を自由に発行することを追求した。反トラスト法で独占企業を打破しようと模索した。鉄道その他に料金規制を導入して、大半が田園部にある本物のアメリカ人 (real Americans) の屋台骨が都市の鉄道貴族・製造業の独占企業・銀行家といった相手に搾取されないようにしようと模索した。
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ブラッドフォード・デロング「大衆政治と『ポピュリズム』:『長い20世紀の経済史』抜粋」(2/6)

[Bradford DeLong, “Mass politics and “populism”: An Outtake from “Slouching Towards Utopia: An Econonmic History of the Long Twentieth Century,” Grasping Reality with at Least Three Hands, August 09, 2018]

5.2.2: 製造業者たちの貴族政治: 移民と金満家の国は、自作農の国とは大きく異なる(これもやはり、自国生まれの白人成人男性の話だ:「移住してきたアメリカ人はお互いに力を合わせて小屋を建て、お互いの権利主張を尊重していたのです」といったたぐいの〔開拓時代のステレオタイプ的な〕物語では、大事なことを無視している。財産法では、メキシコ人やアメリカ先住民の権利主張は尊重する必要なしとしている点を無視しているのだ。もしも当時彼らがマリアーノ・グアタルーペ・ヴァレーオ〔スペイン領カリフォルニア生まれの軍人、アメリカ上院議員〕の相続人だったなら、ちょうど今日のイギリスでジェラルド・グローヴナー第6代ウェストミンスター公爵が占めている地位に相当するものをいまのカリフォルニアで占めていたことだろう。) 建国の父祖たちが思い描いた空想の世界では、草創期のアメリカ合衆国は自作農の国だった。そして、現実でも大部分はそうだった。
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ブラッドフォード・デロング「大衆政治と『ポピュリズム』:『長い20世紀の経済史』抜粋」(1/6)

[Bradford DeLong, “Mass politics and “populism”: An Outtake from “Slouching Towards Utopia: An Econonmic History of the Long Twentieth Century,” Grasping Reality with at Least Three Hands, August 09, 2018]

人々が――当初は男性のみ,しかも圧倒的多数が白人で,いまにいたるまで成人のみが――選挙権を手にしたとき,彼らはなにをしようとしたんだろう?
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ブラッドフォード・デロング「「マルサスの束縛」と「消極的自由」:『長い20世紀の経済史』抜粋」

[Bradford DeLong, “Imprisonment by Malthus and ‘Negative Liberty,'” Grasping Reality with at Least Three Hands, June 18, 2018]

長い20世紀がはじまった頃,イギリス随一の経済学者にして随一の道徳哲学者,そしてインド政庁の官僚としてかつて大英帝国随一の帝国主義者・支配者でもあったジョン・ステュワート・ミルは,とある本の最終稿の仕上げにとりかかっていた.経済学を学ぼうと思った人が頼りにすることになる同書『政治経済学原理,および道徳哲学へのその応用』(1848年)では,1730年~1870年のイギリス産業革命時代に十分な紙幅を割いている.同書にかぎらず,ミルは産業革命に相応の関心を向けていた.だが,1870年,貧しく惨めだと彼には思えた世界の一隅にミルは目を向ける.その貧しく惨めな地域と当時の大ブリテン島とアイルランドに目を向けつつ,ミルはこう記している:
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ブラッドフォード・デロング「統計地図」

ランドール・マンローが地理的な統計情報の視覚表示についてとても賢いことを言ってる:Randall Munroe: xkcd: 2016 Election Map:

「統計地図(カルトグラム;人口でデフォルメした地図)の発想は好きだけど,実際にやると二兎を追う者は一兎をも得ずになってしまう場合が多い――地理を示すのも人数を数えるのも両方うまくいかずじまいになってしまう.なにより,例のあれ,えーとクロロ…クロロフ…クロロペト…地図を色分けする際の問題もそっくりそのまま残ってしまう.

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ブラッドフォード・デロング「明治維新:《ユートピアへの蝸牛の歩み:長い20世紀の経済史》抜粋」

[Bradford DeLong, “The Meiji Restoration: A Probable In-Take for ‘Slouching Towards Utopia?: An Economic History of the Long 20th Century’“, Grasping Reality with at Least Three Hands, July 26, 2018]

この文章の難点は,日本が首尾よくたどった第二次世界大戦以前の道筋をこれできっちり語り切れた気がしないところだ.中国の失敗譚はうまくできたんだけど.…いや,まあそれはともかく
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ブラッド・デロング 「卑劣で残酷で短くて ~クロポトキンからメーストルへ~」(2005年6月19日)

●Brad DeLong, “Nasty, Brutish, and Short”(Grasping Reality with at Least Three Hands, June 19, 2005)


スージー・マドラク(Susie Madrak)が次のように述べている。

Fooled: グーグル経由でMotley Fool社が運営する掲示板に投稿されたポストへのリンクを辿ったのだが、中身を読むには登録する必要があった。早速登録したのだが、大きな間違いをやらかしてしまった。Motley Fool社のサイトに登録してからというもの、ペニー株をお薦めする大量のメールが殺到しているのだ。1日に100通以上。皆さん、くれぐれもお気をつけて。

この10年の間にインターネットも大きく変わった。10年前のインターネットはピョートル・クロポトキンの教義――クロポトキン流の左派アナーキスト(無政府主義)的なユートピア思想――が実践された場であるように思えたものだ。労力を上回る報いが返ってくるはずだから私も手を貸そう。誰も彼もが例外なく得するに違いない。そのように当て込んで友好的で頼りになる面々が寄り集まり、みんなのためになるあれやこれやに勤(いそ)しみ合う。

今はどうかだって? 今日のインターネットは・・・Motley Fool社の経営陣のような面々が蔓延る世界であるように思える。はした金欲しさにマドラクの個人情報をあちこちの「お客」に売りつける。そしてその「お客」らはというとマドラクに大量のメールを送りつける。そのおかげでマドラクの貴重な時間が奪われようとも気にもかけない。儲けがどんなに些細であろうとも構わない。儲けが得られるのであれば己の行いに伴って他人にどれほど大きな負担が生じようとも気にもかけない。そんな連中がインターネット上にどれほどたくさん蔓延っていることか。本当に驚かされるね。目の前に広がるのは(「卑劣で残酷で短い」人生を余儀なくされるホッブスが語るところの)「自然状態」そのものだ。

というわけで、今日のインターネットは10年前とは異なる教訓を投げかけている。教訓を垂れる主はクロポトキンではなくジョゼフ・ド・メーストルだ。メーストルは『サンクト・ペテルブルク対話篇』の中で述べている。安定と平和が保たれた秩序ある社会の背後には例外なく処刑人の影がちらついている、と1

  1. 訳注;ウィキペディアで言及されているメーストルの著書からの抜粋でいうと次の言葉が該当するだろう。「処刑人は人間の組織の憎悪の的であると同時に、接着剤である。この世からこの不可解な人間を取り除くなら、まさにその瞬間に秩序は混沌への道を開き、玉座は倒れ社会は消滅する」。ちなみに、アイザイア・バーリンは『ハリネズミと狐』(河合秀和訳、岩波文庫)の中でメーストルの思想を次のように要約している。「〔ジョゼフ・ド・メーストル伯爵は〕個々人と社会の性質についてひどく風変りで人間嫌いな見方をしており、人間の本性は癒しがたいまでに野蛮で邪悪で、人間の間では不断の殺戮が不可避であり、戦争は神が制度化したものとしてであると見ていた。また、人間関係において自己犠牲への情熱が圧倒的な役割を果すもので、この自己犠牲への情熱が〔社会契約論者のいう〕人間生来の社会性や人工的な同意にもまして軍隊と市民社会の双方を創出していくことなどについて、皮肉な乾いた激しさでもって書いた。彼は、いやしくも文明と秩序が存続しなければならぬとすれば、絶対的な権威と処罰と継続的な抑圧とが必要であることを強調した」(pp. 90~91)。 []