ブラッド・デロング 「農奴制にまつわる謎」(2015年11月21日)

農奴制が成立したのは、「土地」が豊富な一方で「労働」が稀少なせいで、賃金が吊り上がって最低限の衣食住を賄(まかな)うのに必要な水準を大きく上回った結果?
画像の出典:https://www.photo-ac.com/main/detail/4213313

クルーグマン(Paul Krugman)が2003年に物(もの)しているこちらのエッセイより。

・・・(略)・・・エブセイ・ドーマー(Evsey Domar)によると、農奴制は(14世紀半ばに)黒死病が流行する前からもう衰退していたという。その理由は、黒死病が流行するまでのヨーロッパでは、人口の増加によって賃金が生存するのにギリギリの水準にまで下がる「マルサスの限界点」に迫りつつあったからだという。その理屈でいくと、黒死病のせいで人口が急減して「マルサスの限界点」から遠ざかる(労働が稀少になって賃金に上昇圧力がかかる)や、農奴制が復活・・・ってなりそうなものだが、そうはならなかった。なぜなんだろう?

ドーマーが拠り所(よりどころ)にしたのは、ロシアの歴史についての彼なりの知識だった。ドーマーは、ロシアにおいて農奴制が成立したのがいつなのかをよく知っていた。それはいつかというと、中世の暗黒時代にまで遡れる・・・わけじゃなくて、16世紀だ。ロシア帝国が草原地帯にまで版図を拡大し始めたのとちょうど同じ頃だ。ロシアで農奴制が成立したのがそのタイミングだったのは、なぜなんだろう?

ドーマーは、シンプルだが強力な閃(ひらめ)きを得た。「自由な」労働者(農民)に支払わねばならない賃金が最低限の衣食住を賄(まかな)うのに必要な水準を大きく上回らない限りは、労働者(農民)を奴隷(農奴)にしたって無駄だ(得るものがない)というのがそれだ。

次のような例を想像してみるとしよう。まだ工業化が進んでいなくて(農耕が主体の社会で)、ごく限られた土地に大勢の人間がひしめき合っている。「労働」は豊富な一方で、「土地」は稀少なわけだ。そのせいで、労働の限界生産性――つまりは、競争的な市場で労働者に支払われる実質賃金――が生存するのにギリギリの水準とそう変わらないとしよう。そんな状況で、人間に対する所有権――奴隷制(農奴制)――を確立するために躍起になる必要なんてあるだろうか? というのも、「自由な」労働者を雇い入れるのも、奴隷を養うのも、地主(領主)にとってはコスト的に変わりはないのだから。1300年までのヨーロッパがまさに同じような状況に置かれていた。ヨーロッパで1300年までに農奴制が衰退したのは、人間に対する所有権を確立したところで得るものがなかったからこそなのだ。

さて、何らかの理由で、「土地」が豊富になる一方で、「労働」が稀少になったとしたら、どうなるだろうか? 稀少な労働をめぐって地主の間で人材獲得競争が起きる。その結果として、「自由な」労働者の賃金が吊り上がる。そこで、支配階級はどうにかして農民たち――「自由な」労働者たち―――を縛り付けようとする。農民たちが生活水準の向上を要求するのを何とかして退(しりぞ)けようとする。ロシアで何もかもを変えたのは、火器だった。軍事力が高まったおかげで、草原地帯の遊牧民なんてもう恐れるべき相手じゃなくなり、ウクライナの肥沃な土地を手に入れるチャンスが生まれたのだ。すなわち、使える「土地」がたちまち豊富になったのだ。農民たちがこの機に乗じるのをどうにかして防ごうとして(農民たちに高い賃金を支払うのをどうにかして避けようとして)生まれたのが農奴制だったわけだ(私の勘違いじゃなければ、農奴になるのを潔(いさぎよ)しとしなかった勇猛な連中が独自の共同体を作り上げて、コサックになったのだった)。

西の方角に新世界が開(ひら)けたのも同じ頃だ。植民地の獲得を目指す列強は、当然のようにして、色んな形態の奴隷制を試みた。スペインは新大陸でインディアンを農奴にしたし、契約奴僕になればヴァージニアに入植するのが許されたりした。最終的に、もっと優れた策が思い付かれた。列強の側からすると、だけれど。アフリカから奴隷が輸入されたのだ。

ここに、一つの謎がある。1100年頃のヨーロッパでは、人手が稀少だった――それゆえ、労働者に支払われる賃金が高かった――ため、支配階級にとって農奴制というのは都合がよかった。1300年までにはそうじゃなくなっていたために、農奴制は衰退した。しかしながら、黒死病が猛威を振るった1348年以降はどうだったかというと、農奴制は復活しなかった。支配階級にとって農奴制の魅力が再び高まったはずなのにもかかわらずだ。賃金を抑えようとしたり、労働の移動を制限しようとしたり、農民に税金(人頭税)を課そうとする動きがあったのは確かだ(そういう動きへの抵抗として起きたのがワット・タイラーの乱だ)。しかしながら、本格的な封建制が復活することはなかった。なぜなんだろう?

もっと不思議な謎もある。契約奴僕みたいな強制労働が今の世の中で復活せずにいるのは、なぜなんだろう? 人権だなんだとかいう言い分については勿論承知している。でも、強制労働が支配階級にとって得になるようなら、リチャード・スカイフ(Richard Scaife)が設立しているシンクタンクあたりが強制労働を正当化する理屈を難なく見つけ出してくるに違いないだろうし、神の意思を持ち出して強制労働を是とするキリスト教団体がどこからか出てきそうなものだ。

閑話休題。ともかく、ドーマーの論文――ワーキングペーパー版はこちら(pdf)――のコピーを手に入れて読んでみるべし。


〔原文:“Weekend Reading: Paul Krugman: Serf’s Up!”(Grasping Reality on TypePad by Brad DeLong, November 21, 2015)〕

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