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ビル・ミッチェル「量的緩和 101」(2009年3月13日)

Bill Mitchell, “Quantitative easing 101“, Bill Mitchell – billy blog, March 13, 2009.

一部の読者が私に「量的緩和について説明してほしい」というコメントをくれた。彼らも視聴したことだろうが、数日前のABC 7.30 Report segmentでは、イングランド銀行(BOE)総裁のインタビューが行われていた。彼は非常に悲惨な状況にある英国経済において、融資への刺激を通じて経済活動を刺激するため、最新の戦略として “大量のポンドを刷る” というBOE(イングランド銀行)の計画を作り上げた人物だ。今一度我々は、量的緩和の実態について情報を得て、学習する必要がある。量的緩和は、需要減退と失業増加が生じている状況において、統治政府が取る戦略として決して望ましいものではないということを理解する必要がある。また我々は、 ”紙幣印刷” という呪文を脳内から除去すべきだ。

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ビル・ミッチェル「政府のB/Sなどという愚かな道を行くIMF」(2018年10月16日)

Bill Mitchell, “IMF continues to tread the ridiculous path“, Bill Mitchell – billy blog, October 16, 2018.

オーストラリアに戻ってきて、何か書くにも一苦労という状況から脱した(出張中は毎日異なる所に行っていて日常を保つのが精いっぱいだったのだ)。さて先週、IMFは – Fiscal Monitor October 2018 –というものを発表した。主流の金融マスコミは、この文書で明らかにされた財務状況に引き続き、あらゆる種類の厄災シナリオが続くことだろうとはやし立てた。これが出た日、私はロンドンにいたのだが、英国のマスコミはIMFの発表で発狂していた。政府のバランスシートを元通りに戻すためには、増税して財政黒字を維持したり増やしたりする必要があるなどと予測していたのだ。そう、自国の通貨を発行する英国政府には、国の損益計算書や損失の影響を心配する「シェアホルダー」たちがいる。物事をわかった人ならすぐにこれは何かの策略だと理解する。民間企業の「財政」を貨幣発行政府の「財政」になぞらえても有益なものはできない。貨幣発行政府の「貸借対照表」なるものは、政府がどれだけの支出能力を持っているかを理解するにあたり何の助けにもならない。

この文書の中に「公共の富を管理する」という節があり、反対しようのない次の一文で始まっている。

公共部門のバランスシートは公的財産をいちばん包括的に描写するものである。 政府が管理している累積資産および負債が集計される。公的企業、天然資源、年金負債もここに含まれている。

いま反対しようのない(unobjectionable)と書いたのは、害がないという意味だ。

公的部門が私たちのためにどのような「資産」を持っており、政府がどんな債務を抱えているか関心を持つべき、というわけだ。

関心を持たなくてもかまわない。

それはほとんど重要なことではないが。

公的部門が保有している資産は、国民の福利を向上させるために利用されるべきであることや、また、貨幣発行政府は常に、自国通貨建ての負債に対応することができるということを私たちは知っている。

これはあたりまえのことだ。

もし公共部門の資産が私たちの富の重要な要素であることを認めるならば、私たちが一番関心を持つべきはその富を清算する政策についてだろう。そう、民営化だ。

IMFはこの点で矛盾に陥っている。あとで詳しく書こう。

そもそも、政府が私有企業に似ていて、民間企業を評価するために使用する指標に従って評価されるべきだというような考え方は却下されるべきだ。現実に全然あてはまらないのだから。

企業になぞらえる方法は、家計に例える間違いの別バージョンで、貨幣発行政府の財政を主流マクロ経済学が描写するときのやり口だ。貨幣発行政府は利益を追求する企業と似ても似つかない。

通貨発行権のある政府はそもそも破産しない。政府の目的は全員の幸福の増大であって、所有者であるエリートを儲けさせるといったことではない。

政府の行動は社会的な費用と便益という枠組みで評価されるべきであって、”民間の”費用便益の領域で評価されるべきではない。それは通常、民間の営利追求企業に適用される枠組みだ。

にもかかわらずIMFは、それほど意味のない「国のバランスシート」という概念を構築しようとしている。まるで反政府ネオリベラルの意図に奉仕するかのようなやり方で。

彼らのフレームワークはわかりやすいもので、下の図にまとめられている(文書中の図1.2)

IMFは政府が保有する金融資産と非金融資産、そして負債(借入に該当するものとしないもの)を見積もっている。そこに次公的企業の資産と負債を加算する。

されに次に、将来の収入と支出(現在価値に換算)予測を追加。

足したら計算終了!

IMFはわかっている

負債と赤字を急いで減らすことによって額面上の財政状態を改善する一方、長期的に純資産を減らしてしまうということもある。 例えば、民営化は収入を増やし、赤字を減らすが、政府の資産保有量を減らす。 同様に、メンテナンスの支出を削減すると財政赤字と負債が削減されるが、長期的にはインフラ資産の価値が低下し、むしろ費用がかかるということになりかねない。

ならばたとえば、なぜIMFはギリシャに貴重な公的資産を売却させ、公的インフラストラクチャーの維持管理を削減することを強制したのか。それは彼らの将来の富を損なうのに?

IMFが1980年代からずっと先進国に対し強力に民営化を押し付けてきたのはなぜだったのか?

各国政府はなぜ、まだ売れずに残っている「資産」を売ろうとし続けているのか?

IMFがもし「純資産」とは「税を減らし」、「公共支出」を抑制するものだと本当に考えていたのであれば、なぜ第一線で民営化とインフラ削減を主張し続けてきたのだろうか?

IMFは、因果関係を逆にして、財政支出と「貸借対照表」の数値関係を逆転させようとする。

会計的には、政府が財政赤字に対応するために債務を発行し続けると、純支出(赤字)は明確に公的債務(負債)に蓄積される。

これは会計ロジックの基本だ。

政府が支出するために債務発行は必ずしも必要ではない。 私達はそれを知っている。

会計士は単純にフロー(赤字)をストック(債務)に蓄積させる、というだけの意味だ。それ以外の含意はない。

未払いの公的債務は、納税で返還されていない過去の赤字ということにすぎない。

ところがIMFはこの現実を、将来のフローを制約するためにストックがあるのだというあべこべの因果的世界へ持っていこうとしている。

この段階で議論が脱線するのである。
彼らは書く

ほとんどの政府は透明性が十分でないので、その分の精査ができていない。 国はバランスシートをよりよく管理すれば、収入を増やし、リスクを削減し、財政政策策定を改善することができる。 金融市場は政府のバランスシート全体に注目しており、しっかりしたバランスシートが経済回復力を高めるということには経験的な証拠がある。

まず第一に、貨幣発行政府は支出を拡大するために収入を増やす必要がない。

税金を引き上げることが、政府が支出するための財政的余裕につながるということもない。政府が増税する必要が出てくるのは、公共部門の規模が拡大され、経済がフル稼働の状態に到達している時の話だ。

この現代金融理論(MMT)からの理解では、税金の主要な機能は非政府部門の購買力を奪うこと、つまりその非政府部門の力を低下させることによって、政府に「財政スペース」を創出することなのだ。

課税によって非政府部門に遊休資源が創出され、政府の支出がそれらの遊休(民間)資源を公的生産的に利用するというわけだ。

税と政府支出の関連とは以上のようなものだ。税の領収書と政府支出の間に財政的な因果関係は一切ない。

第二に、政府のしっかりしたバランスシートが「経済的回復力」を高めるという主張にまったく意味がない。

過去の財政状態がどうであろうとも、また過去の累積ストック(IMFが政府のバランスシートと呼ぶもの)がフローにもたらす影響とは無関係に、高水準の雇用を維持するため、貨幣発行政府は非政府部門の支出減少に対応していくことが可能だ。

彼らは次のこともわかっている

政府の長期目標は、純資産を最大限にするのではなく、市民に商品やサービスを提供し、将来の不確実性を緩和するためのバッファーをつくることです。

然り。

そして、財政政策は、その目標を達成するための最も重要で使い勝手の良いマクロ経済ツールだ。

しかし「純資産」と「財政健全性」を比較するとは見当違いも甚だしい。

財政の収支は「生きた実体」ではない。 病気だとか不健康と言っても何の意味もなさない。

財政赤字の増加は、例えば、第一級の公共インフラ投資で経済成長が著しいことを意味していることもあり得る。 それが「悪い」という評価になる。

また、財政赤字の増加が、民間部門の消費崩壊や失業率の上昇、売上減少と関連している可能性がある。

その場合財政赤字が「悪い」のではない。 悪いのは失敗している実体経済であり、財政赤字の増加はその表れだ。

いずれの話でも政府の「バランスシート」の状態は、経済状態の把握という評価とも、また政府の財政能力の評価とも無関係だ。

IMFが言うように「財政ストレス」が公的純資産の低下を示しているとするのは間違いだ。

民間銀行の話であれば、あり得る状況(不良債権の増加など)に対応するための十分な株主資本(資本)があるかどうかを評価するため「ストレステスト」は妥当だ。

しかし、その言葉を通貨発行政府について考えるのはばかげている。あてはめようがない。

民間銀行は破綻することがある。貨幣を発行する主権政府は破綻しない。

さらに驚くことに、英国の少なくとも2つの主要マスコミ媒体がこの祭りに乗り、IMFの馬鹿げたホラ話を増幅させている。

フィナンシャル・タイムズ紙は、IMFの発表を議論する記事を載せた(2018年10月10日) – 英国の財政はIMFの表の最下位に近い – これは主流の金融ジャーナリストによる典型的な扇情記事だ。

この記事ではIMFの馬鹿げた分析を煽ってこう主張している。

民営化と公的債務の積み上がりの末、英国の状況は貧弱で…英国は財政力という面では国際的に最下位に近づいています…もっと深い赤字に沈んでいるのは表でポルトガルのみだ

まず経験則。ジャーナリストが英国のような通貨発行機関とポルトガルのような通貨使用国とを比較する記事を書いていたら(比較を正当化していたら)記事の残りの部分は 無意味な内容だと結論できる。

第二に、 FT はこの「酷い」順位から次のように論じる。

マイナスの純資産が深刻な国は、負債に見合う資産を取り戻すために将来的に大きく増税をして財政黒字を稼ぐ必要がある。

これは時代錯誤の嘘だ。
英国は先の景気後退による「バランスシート」悪化の影響だとか、それを悪化させた不十分な政策の結果として、黒字財政運営を行ったり「大きく増税する」必要などはない。

FTはまた、ニュージーランドの学者の発言を引用している。

英国は先の危機に直面した時からバランスシートが比較的弱かったが、10年を経て状況は2倍悪化した。

これは純粋にヒステリーだ。

「悪」が意味するこなど、この文脈には何もありはしない。

英国が深くて長い不況に晒されたのは、遡って2010年の時点で政府は財政赤字を許容し、10年とは言わずも向こう数年間は財政赤字の水準が上昇することを受け入れる準備をしておく必要があることを、あらゆる指標が示していたにも関わらず、財政緊縮を強く追求したことが主な理由だったのだ。

IMFはこれを認めている。

英国のバランスシートは危機の最中に大規模に拡大した。この効果をもたらしたのは主として純債務の変化だった — 英国で用いられた主な財政手段は …  バランスシート拡大のほとんどは巨額の金融セクター救済措置の結果だった。その結果、救済された民間銀行が公共部門に再分類され、また、金融資産にも同様の変化があり、結果、(中央銀行以外の)公的金融法人の負債は2007年から2008年にはGDPの189%にまで増加した … これらの効果が危機の期間に純債務の増大をもたらした。政府は銀行に出資するために借り入れを行った … これらの大規模救済措置の大部分が行われた。危機の初期数年間の純債務の増大は、バランスシートへの影響という点では財政赤字の規模に比較し…

そう「バランスシート」の変化は、経済に何が起こっていたかを反映する。

英国経済のどこが「悪い」状態なのかを議論するならば、緊縮が引き起こした公共サービスと公共インフラの範囲と質へのダメージを考えるべきところだ。

ろくに考えずに実施された政策選択がもたらした公共の「バランスシート」の影響は何であれ、重要なことではない。

その政策の失敗(純資産の減少)が会計的にどのように反映されるかは問題ではない。 上に記した通り、英国が将来の危機に耐えられるかについての情報はそこには一切ない。未来のことはまったくわからない。

FT紙は学者の台詞をそのまま引用しただけで、いったい「2倍悪い」から何をどう心配すべきであるかについての分析をしていない。

また、UKガーディアン紙も負けてはいない。

UKガーディアン紙の記事(2018年10月10日) – IMF、英国の財政は世界で最も脆弱だと指摘 - もまた、あほらしいIMF分析を無批判に書いている。

記事では、IMFが「31カ国の富の健康診断」を行ったというような言葉を使い、公的部門の会計の諸関係を病気か健康かいう患者かのように表現している。

そういう比喩表現を、英国などの通貨発行国政府の財政能力に用いてはいけない。

記者はこう書いて語るに落ちている

このテストは、政府が経済的ショックにどのくらいうまく対応できるかを判断するにあたり国の所得を大まかに把握するべく、国の資産と負債のバランスを示そうというIMFの努力である。

「ストレステスト」のくだりだ。

IMF流の貸借対照表分析は「政府が経済的ショックにどのくらいうまく対応できるか」について何も教えてくれはしない。完全な新自由主義の嘘だ。

「ストレステスト」にかかわる設問ならこうだ:政府は自身の通貨を発行しているのか?

はい → ストレスなし

いいえ → 破産のリスクからのストレスあり

マクロ経済学を単純化するのは楽しいね。

さらに、英国が「ノルウェーとは対照的に、民間企業が北海の埋蔵石油を採掘することを許可した」という事実は、分配の問題であって財政能力とは関係がない。

記者たちはまた、英国政府が “1980年代と1990年代の間に北海の石油からの税収を浪費した”との主張しているが、でっち上げだ。

彼らにはそう見えたということだ。

しかし現実は、政府が税収を使ってはいない。政府は貨幣を出現させて支出し、税収はその後に来る。

以上この2つの英国の新聞記事を引用したのは、そのどちらにも批評的な記述がなかったからだ。

記者はIMFのプレスリリースを字数制限に合わせて要約しただけだ。

おっと、FT紙の方は少し不正義をやっている。

ヒステリーを糊塗するために2人の「専門家」を探した。
何の役にも立たなかったが。

まとめ。

IMFがやっている大胆な行為には拍手を送ろう。このような文書を何年にもわたって徹底的に恥ずかしい体系的バイアスを晒してきた上に、今回またジャンクを公開するのには分厚い面の皮が必要だ。

IMFはすぐに解体されるべき。
よし、ドナルド、行け!

今回はここまで。

ビル・ミッチェル「バランスシート不況と民主主義」(2009年7月3日)

Bill Mitchell, “Balance sheet recessions and democracy“, Bill Mitchell – billy blog, July 3, 2009.

 

常連読者から、東京を本拠地とするエコノミストであるリチャード・クーが書いたレポートが送られてきた。当該レポートでは、長引く不況と民主主義の関係についていくつかの興味深い問題提起がなされている。クーは、いわゆる ”失われた10年” において日本で起こったことを描写する言葉として “バランスシート不況” という用語を創造したことで、ここ10年あるいはそれ以上に渡り、ある意味有名になった。彼は現在の世界経済危機についてもその分析を適用している。彼は現代金融理論家(modern monetary theorist)ではないが、大規模財政介入の必要性と、量的緩和邦訳)の無益さを理解している。このブログ記事では、その全てについて論じる。

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ビル・ミッチェル「貨幣乗数 ― 行方不明にて、死亡と推定」(2010年7月16日)

Bill Mitchell, “Money multiplier – missing feared dead“, Bill Mitchell – billy blog, July 16, 2010.

 

 

今日はブログ記事を書くつもりではなかったのだが、気が変わった。短い記事を一つだけ書こうと思う。主流派経済学者によって今なお生き残り続けている教条的主張として、「中央銀行が未だにマネーサプライをコントロールしており、貨幣乗数は生きているが、少しの間消えているだけなのだ」というものがあるように思う。この最近の主流派のポストは、金融システムとその運用機関に関して、主流派マクロ経済学者が未だ継続中の誤った主張の典型例である。貨幣乗数は死んだわけではない、というのが事実だ――私はそれを確信を持って言える。なぜなら、貨幣乗数などそもそも存在したことがないということを知っているからだ!

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ビル・ミッチェル「ケインズに先駆けて大恐慌から日本を救った男、高橋是清」(2015年11月17日)

[Bill Michel,  Takahashi Korekiyo was before Keynes and saved Japan from the Great Depression,“ billy blog, Novenber 17, 2015]

このエントリーは、以前に明示的財政ファイナンス(OMF)について書いた一連のエントリーに追加された第二部のエントリーだ。前英国金融サービス機構長官のアデア・ターナーは、2015年11月5日から6日に掛けて、ワシントンで開かれたIMF主催の第十六回ジャック・ポラック年次研究会議で新しい論文–The Case for Monetary Finance – An Essentially Political Issue–をちょうど出した。その論文では明示的財政ファイナンスが提唱されていたが、私はその内容受け入れられない。それについては明日書くだろう (それはPart2になるが、二つの記事は必ずしもつながってないだろう)。 [Read more…]

ビル・ミッチェル「明示的財政ファイナンス(OMF)は財政政策に対するイデオロギー的な蔑視を払拭する」(2016年7月28日)

Bill Mitchell, “Overt Monetary Financing would flush out the ideological disdain for fiscal policy“, Bill Mitchell – billy blog, July 28, 2016.

 

3人の金融機関系の経済学者(二人はBIS、一人はタイ中央銀行)が書いたHelicopter money: The illusion of a free lunch (2016年5月24日)という記事がある。この記事では、明示的財政ファイナンス(OMF)、つまり中央銀行の金融的キャパシティで財政赤字拡大を実現し、非金融主体への政府債務を発行しない政策について ”話がうますぎる” 、 ”大きな代償を支払うことになる” と論じられ―― ”金融政策を永久に喪失することになる” と要約されている。彼らが行っている議論は、現代金融理論(MMT)の提唱者が20年以上に渡って発表してきた研究と極めて整合的である。その研究は今、主流派の銀行システム分析の打破を始めている。

しかし、彼らが導いた結論はオリジナルのMMT提唱者たちには支持されない。MMT提唱者たちは、OMFを極めて望ましい政策方針と見なしている。政府が本来備えている金融的キャパシティをよく表現するものだからだ。さて、件の記事では、”フリーランチ”という言葉が何を意味するかのついての疑問も提示している。このフリーランチという言葉は、マネタリストであるミルトン・フリードマンによって広められた(ただし、彼の発案ではない)。経済学におけるこの言葉は、「政府の介入はコストを生ずる」という主流的見解とセットで使用されている。しかし、今一度“フリーランチというものはない”という言葉の本当に意味するところを検討すれば、我々が(実物資源制約を強調する)MMTの体系に非常に近い形で扱っているということが分かり、また、通貨発行権を持つ政府(currency-issuing governments)に適用されている金融的制約の誤謬も明らかになる。

 

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ビル・ミッチェル「銀行融資は―準備預金ではなく―自己資本によって制約されている」(2010年4月5日)

Bill Mitchell, “Lending is capital- not reserve-constrained“, Bill Mitchell – billy blog, April 5, 2010.

 

今日、バーゼル委員会の「自己資本比率規制を強化し、銀行規制体制強化のための新しい流動性ルールを導入するべきだ」という新しい提案文書をずっと読んでいる、全てを読み切るにはあまりにも膨大な文書だ。さて、私はこの新しい提案に関する二つの異なる見解に遭遇した。一部の評論家は「自己資本比率規制は銀行の信用創造能力を阻害するものであり、したがって規制が経済成長に歯止めをかけるだろう」と論じている。もし自己資本比率規制が強化されれば、そうしなかったときよりも成長率は低くなるだろう、というわけだ。一方で、著名な”進歩的”経済学者は、そうした見解に異議を唱えたが、同時に主流派マクロ経済学の迷宮の中で混乱状態に陥っていた。そうした混乱は、自己資本比率規制と法定準備制度がたびたび混同されてしまうという事実を明確にさらけ出すものだった。 [Read more…]

ビル・ミッチェル「準備預金の積み上げはインフレ促進的ではない」(2009年12月14日)

Bill Mitchell, “Building bank reserves is not inflationary“, Bill Mitchell – billy blog, December 14, 2009.

 

今日私は仕事でDubboにいる。Dubboはニューサウスウェールズ州の西部で、州の中でも外れた辺鄙なところにある。普通の人々はしばしば通り過ぎてしまうこのオーストラリアの田舎では、美しい景観が楽しめる。私のこの実地見学は、この地域の土着のコミュニティについて私が継続的に行っている研究と関係がある。この研究についてはいつか報告しよう。さて、今日の記事は、私が昨日に準備預金について展開したテーマの続きだ。昨日の記事―Building bank reserves will not expand credit邦訳)では、準備預金の動態について検討したが、時間が無かったので、いくつかの論点を残してしまっている。一つの論点は、準備預金拡張がインフレーションに与える影響の可能性についてだ。これは、危機に対する金融政策の効果に関する時代遅れな考えについての主流派たちの病的熱狂の核心的部分だ。結論については安心してほしい――金融政策についての唯一の問題は、それが無効であり、より大きい財政政策の努力が必要だというところだ。 [Read more…]

ビル・ミッチェル「準備預金の積み上げは信用を拡張しない」(2009年12月13日)

Bill Mitchell, “Building bank reserves will not expand credit“, Bill Mitchell – billy blog, December 13, 2009.

 

ポール・クルーグマンは、彼の最新のニューヨークタイムズの記事(2009年12月10日) Bernanke’s Unfinished Missionで、マクロ経済学について本当はあまり理解していないということを露呈した。時折、誰かコラムニスト(の書いたもの)を読むときに、疑わしきは罰せずの精神で、書かれていない背後の意味を見つけようとすることが誰にでもあるだろう。クルーグマンは、他のコラムニスト同様、時々は明らかに正しいことを言ったり、現代金融理論(MMT)に整合的な議論を行ったりしてはいる。しかしそれでも、馬脚を現すような記事がいつも現れ、それによって結局「このアナリストは本当は分かってない」ということが明らかになってしまう。クルーグマンの場合、日本の”失われた10年”の政策論議に対して彼が行った悲惨な介入から何も学ばなかったようである。 [Read more…]

ビル・ミッチェル「貨幣乗数、及びその他の神話」(2009年4月21日)

Bill Mitchell, “Money multiplier and other myths“, Bill Mitchell – billy blog, April 21, 2009.

 

最近ニュースになっている量的緩和のような政策は、銀行システムの運用法や、非政府セクターと政府セクターの関係についての誤った思い込みに基づいている。主流派経済学の核の部分の1つであり、学生に対して早い教育段階で打ち込まれ、しばしば永久に学生にとって不利益に働く代物として、貨幣乗数(money multiplier)というコンセプトがある。それは、学生の記憶に永久にしつこく生き残り続ける(ないしそう見える)ので、極めて有害なコンセプトだ。また、貨幣乗数は、不換紙幣(fiat currency)&変動為替の現代金融経済における銀行の運用法の描写として、全く不正確である。それがなぜなのかを解説していこう! [Read more…]