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ジョン・ダニエルソン 「暗号通貨が腑に落ちない」(2018年2月13日)

Jon Danielsson, “Cryptocurrencies don’t make sense“, (VOX, 13 February 2018)


どうも暗号通貨というものは、貨幣と投資の新しいより優れた姿だと想定されているらしい – 未来のやり方というわけだ。しかしながら本稿執筆者には、暗号通貨の趣旨がいまいち掴めない。既存の不換紙幣や優れた投資に幾らかでも勝るものだとは思えないのだ。

これまで私は暗号通貨の趣旨を理解しようと努めてきたが、成功していない。暗号通貨は喫緊の金融安定性問題ではないのかもしれない (den Haan et al. 2017) が、私にはそもそもが解らないのである。

そんな私にも分かる範囲でいうと、どうも暗号通貨はつぎの要素を組み合わせた何かなのだと想定される:

  • 一種の貨幣;
  • 投資;
  • プライバシーとセキュリティーとエフィシエンシーを提供してくれる何か;
  • 以上とは別の、新しくて魔法のようで神秘的な何か。愚かなためか、あるいは年をとりすぎたためか、これが私には理解できないのだが。

暗号通貨は貨幣なのか?

われわれは何のために貨幣を必要とするのか? ポイントは3つある:

  • 取引の円滑化;
  • 価値の貯蔵;
  • 最後の貸付 (lending of last resort).

ならば如何なる形の貨幣であれ、これら基準に照らして評価すべきだろう。

われわれは歴史の中で様々な物を貨幣として用いてきた。貝殻、煙草、銀、金。これらは皆、稀少な実物資産であって、その使用者たちにとっては価値があり、小型の物が入手可能だったので取引も容易に行えた。

だがもはやそうした貨幣を持つ国はいない。これに代えて現在われわれの用いているものが不換紙幣である。内在的な価値を一切持たない通貨。政府の印刷した紙きれ。その量は金融システムをとおして増幅されている。それが価値を有するのは何故か。ひとえに政府がそれに価値があることを保証するからである。

信用のある近代的中央銀行が発行した不換紙幣は、金といった実物資産に遥かに勝る。その理由としては、不換紙幣の供給は経済に最も良く資するように調整し得るのであり、ある種の自然資源の生産に支配されている訳ではないという点に負うところが少なくない。ところが暗号通貨の量はこれと同じように調整することができない。

もちろん、政府には不換紙幣を濫用しこれを過剰に印刷することへの誘惑がある。ちょうど不換紙幣の一番初めの創出者である中国の政府が13世紀に行ったように。もっと最近だと、1970年代のスタグフレーションも各国中央銀行が悪しき貨幣管理者だったために起きたのだった。

当時の各国政府は信用できないものだったので、幾人かの思想家が自由金融制度を提言した。たとえば1977年のハイエク。現在の暗号通貨の論争の先駆けをなす議論である。それでもなお、金融政策の進歩のおかげで結局われわれは1980年代までには比較的安定的な貨幣を手にすることとなった。

さて、暗号通貨は前述の貨幣の基準をどの程度満たしているのか?  その基準とは: 価値の貯蔵・取引の簡便・最後の貸付、この3点であった。

まず取引の用途に関して、暗号通貨は大幅に劣る。現金での取引にはコストが掛からないし、即時的である。電子取引は非常に安価に済み、これも即時的であり、如何なる額面でも行い得る。

ところがビットコインは取引に一時間以上も時間が掛かる。コストは最低でも25ドル。そして然程匿名的でもない。そう、たしかに暗号通貨の中にはもっと多くのエフィシエンシーやプライバシーを約束するものもある。しかし、よしそうであっても、ビットコインでさえ受領 (accept) してくれる人が見つかるまでに長い時間がかかる可能性があるなか、ましてや競合通貨を用いるとなれば必要となる時間はそれより遥かに長くなる。それに加え、暗号通貨で取引できる最大額など、不換紙幣で取引できる最大額とくらべれば、大人と子供だ。

では価値の貯蔵はどうか? 暗号通貨も不換紙幣もともに何ら内在的価値はない。重要なのは信頼性 – すなわち、時が経っても該当貨幣がその価値を保持してゆくだろうという期待である。

不換紙幣についていうと、各国中央銀行は年あたり2%の減少率でその価値を安定的に保つことにコミットしている。主要な中央銀行はトラッキングエラーを長い時間にわたり小さく保つことにかなり成功してきた。

ビットコインその他の暗号通貨はこの点で大きく劣る。これら通貨の価値はものの数日のスパンで倍化しあるいは半減する。自分の保有する暗号通貨は翌週もその価値を保つだろうなどと、およそ確実性をもって述べ得る者はいない。月や年のスパンについては言わずもがなである。暗号通貨を保有する者がいるなら、それは投機目的でそうしているのであって、価値の貯蔵のためではない。

かくして、危機の最中に金融機関にたいする流動性供給を行う最後の貸付 (LOLR) が置き去りにされる。これはウォルター・バジョットが1873年に著した1866年危機の分析この方、中央銀行の本質的機能の1つとなってきた。LORLが最後に用いられたのは2008年。無論、この先もいずれ再び必要とされるだろう。こうした融資枠 (facility) は、いずれの暗号通貨にも存在しない。

暗号通貨が貨幣であるとしても、それは既存の不換紙幣に遥かに劣るものである。

暗号通貨は投資か?

暗号通貨は不換紙幣とそろって 「ポンジ・スキーム」 と呼ばれてきた。「ポンジ・スキーム」 は、既存投資家への支払が新規投資をもってなされる投資、と定義される。暗号通貨も不換紙幣もこの定義に当て嵌まらない。

しかし、そもそも暗号通貨は投資なのだろうか? それは投資という語で何を言わんとするかによる。

株式や債券の価値は、適切な形で現在価値に割り引いた将来所得を反映している。暗号通貨や不換紙幣はそうではない。こちらには何ら内在的価値がない。こちらの価値を生みだすのは、まず稀少性、そしてマイニング費用または政府の約束である。とはいえマイニングは埋没費用であって、将来所得の約束ではない。

暗号通貨が価値を保つ理由は、現在われわれがそれに認めているのと同じ価値、あるいはそれを上回る価値を、将来他の人も認めるとわれわれが期待しているからに他ならない。ちょうど切手の蒐集と同じだ。切手の価値はどこから生まれるのか。それは稀少性、そして将来の投資家は現在のわれわれより大きな価格をそれに与えるだろうという期待、この2つからである。

暗号通貨が投資であるとしても、それは株式や債券とは形態が異なる。それは切手の蒐集も投資であるというのと同じ意味での投資なのである。

しかしながら、よしそうだとしても、大抵の人は少額を除き不換紙幣を直接に価値の貯蔵に用いてない。最も控えめにいって、不換紙幣は銀行口座や国債の形で保持することができ、こちらは利子が付くのである。政府そのものと同じくらい安全な投資。一定の安定した利率におけるこの様なリスク無しに近い貸付の可能性。これが暗号通貨には無い。

だから暗号通貨が投資だとしても、それは不換紙幣や株式や債券よりも、切手や籤引券に近いものである。

信用性

不換紙幣の内在的価値は政府と貨幣管理を担う中央銀行の信用性に裏付けられている。

各国中央銀行は独立的でありかつ相当な政治的庇護を与えられているが、これは不換紙幣の信用性の確保にとって本質的である。ベネズエラをはじめ、金融政策の直近の動向を無視している国は、そのために痛い目をこうむっている。

中央銀行の独立性・政治的庇護・運営手腕の評判、これが鍵だ。連邦準備制度の現議長であるジェローム・パウエルは、官僚的組織の一員としては世界最大の権力を握っている。合衆国統合参謀本部議長であるジョセフ・ダンフォード海兵隊大将の兵器庫の中には核兵器が収められているかもしれないが、それでもかれはトランプ大統領に従う立場にある。ジェローム・パウエルは違う。

各国中央銀行にたいするわれわれの信頼はフリードリヒ・ハイエクが前述の論文を記してから相当に高まってきたが、あるいはもっと高くなっているはずだったのかもしれない。とはいえ、私は不換紙幣の詳細なパフォーマンス統計を数十年間も遡って、これをダウンロードすることもできる。貨幣供給量も知っているし、これまで実施されてきた政策ツールも知っているのだから、そこから自分の見解を決めることも可能だ。暗号通貨やその他の活動に関する統計の情報は遥かに確保し難く、その歴史もずっと短い。

ユーロとドルの価値はECBやFedの信用性に支えられている。暗号通貨において、それは素性の知れぬ何らかの実体や手続きの信用性なのである。

どの暗号通貨とくらべても、私は先進経済国の中央銀行のほうを遥かに強く信頼している。

プライバシーとセキュリティー

かくしてプライバシーとセキュリティーが置き去りになる。

現金は100%匿名である。しかし一定の窃盗のリスクに曝されている。電子取引は匿名ではないが、より安全である。

一部の暗号通貨は匿名性を約束しているが、最も良く知られているビットコインは違う。ごく一部のユーザーしか持っていないような技能を用いて自分の足跡をじつに注意深く隠蔽しないかぎり、違う。その理由は、ビットコインチェーン上の取引記録が変更や削除できず、したがって検索可能なものになっているからだ。

ところで、暗号通貨投資家から窃盗の通報が無い日は無いのである。一番良いのは、自分のプライベートキーは外部から物理的に遮断したそれ用の使い捨て的ラップトップに保存するようにすることで、助言としてはこれに尽きる。

現金と電子マネーもまた窃盗の危険に曝されている。それでもなお、現金取引にはプライベートキーなど全く不要だし、電子現金 (electronic cash) 取引もキーの重要性はずっと小さい。われわれを保護してくれる多層セキュリティーが存在するのである。専門家ではないユーザーが用いるばあいであっても不換紙幣は、そうした人が基本的な警戒を怠らないかぎり、非常に安全なのである。

私はオンラインバンキングならば外部から物理的に遮断したそれ用の使い捨て的ラップトップに頼らなくともかなり安心感を持てる。

暗号通貨が窃盗の危険を免れ得るのは、入念な警戒を怠らぬ専門家が用いたばあいだけだ。われわれが暗号通貨に手を出したために被害者となる可能性は、現金や電子マネーとくらべ遥かに高い。

だから…

暗号通貨は大抵の不換紙幣や投資に劣る。しかもプライバシーやセキュリティーも提供しない。

私がこれを暗号通貨の唱道者に言うと、かれらは通常つぎの2通りの反応を見せる – つまり、私は暗号通貨を理解していない、あるいは暗号通貨には私が見過ごしている新しくて素晴らしい性質がある、ということになる。

私に分からないことは沢山あるが、暗号通貨の仕組みを理解するためにはこれまで一定の努力を注いできたつもりだ。しかしながら、全ての仕組みを知悉して、つまり全てのオタク的な技術的詳細を把握して、そのうえでなお、それが何を意味しているのか見当もつかないということもある。

例として人間の存在をあげよう。物理学や化学や生理学の全てを知り尽くし、分子や臓器が働く仕組みを理解することは可能だが、それでもなお私は一個人についてはこれっぽっちも知りはしないのである。

暗号通貨も同じだ。仕組みの詳細を知ること即ちその経済機能の理解ではない。

暗号通貨は一種の宗教あるいはカルトにより近いのであって、合理的な経済現象ではない。それは自らの起源神話さえ持っている。正体の掴めないサトシ・ナカモト。

読者諸氏からの啓蒙を待ちつつ。

参考文献

Bagehot, W (1873) “Lombard Street: A Description of the Money Market“.

den Haan, W, M Ellison, E Ilzetzki, M McMahon, R Reis, (2017) “Economists relaxed about Bitcoin: New CFM-CEPR expert survey on cryptocurrencies, the financial system, and economic policy“, VoxEU.org, 21 December.

Hayek, F A (1977), “Free-Market Monetary System“.

 

贾瑞雪, 下松真之, ダーヴィド・セイム 「中国では誰がトップ政治家になるのか?」(2013年8月20日)

Ruixue Jia, Masayuki Kudamatsu, David Seim, “Who becomes a top politician in China?“, (VOX, 20 August 2013)


経済と政治におけるパワーとは裏腹に、中国における指導者選出過程の詳しい実態は謎に包まれている。中国指導者の選出過程に関する新たな研究を提示する本稿では、中国共産党が (独裁政権につきものの) 忠誠的だが能力の無い指導者の選出を – 職務転換 (job rotation) および昇進の党内システムをとおして – 回避してきたことを示唆する。これまで同システムは、公務就任者のペアが共に働くことをとおして信頼構築を行うことを助け、これによりトップ政治家が信用できる部下のあいだから最も有能な人物を抜擢できるようにしてきたのである。

2012年11月、中国では新たな国家政治指導部が中国共産党中央委員会総書記・習近平のもと職務に就任した。ところで同年のそれにさきだつ時期には、来る新政権指導部の候補者として有望視されていた薄熙来が、党から除名されている。

民主的選挙が存在しない環境で中国政治家が辿ったかくも異なる運命。これをいかに説明すべきか? 人口最多国であり、国際政治においてもいよいよ影響力を増す中国だが、それにもかかわらず、彼の国のトップ政治家が候補者のプールからいかなる過程をへて選出されているのかについて、我々はほとんど知るところがない。過去数十年間の目を見張る経済パフォーマンスは、この問題の重要性をいや増すばかりである。これまでのところ中国では、経済成長を触発するような人物、あるいは少なくとも中国経済の発展の妨げとはならない人物が統治者として選ばれてきたが、同国の非民主的政治システムはどのような形でそうした選出を行ってきたのだろうか?

中国における政治家選出を取り上げたこれまでのアカデミックな研究は2つの陣営に分かれる。一方では、Li and Zhou (2005) などの学者が中国の省指導者 – 北京で将来トップ政治職に就く可能性のある候補者のプール – の昇進の決定因子を精査したうえで、省の経済成長が省指導者の昇進チャンスとポジティブに結び付いていることを明らかにしている。こうした実証成果の示唆するところでは、中国におけるトップ政治家の選出は、能力主義に基づいているのである。他方、Shih et al. (2012) はこの能力主義説への反証を提示しつつ、公務就任者のなかでも、トップ指導者とのコネクションがある者ほど中国共産党の階層組織においてより高い序列を与えられていることを明らかにし、縁故主義が選出過程で鍵を握る決定因子の1つである旨を示している。

新研究: 社会的コネクションと申し分なき経歴

われわれの最近の研究 (Jia et al 2013) はこれら2つの対立する見解の仲立ちを試みるものである。中国政治家の経歴データを1993-2009年にかけての経済統計値と併せて分析した結果、中国のトップ政治家となっているのは、1つ前の世代のトップ政治家と社会的コネクションがあり、かつ、比較的序列の低い政治職を担当していた時の業績が卓越していた人物であることが判明した。

現職トップ指導者との社会的コネクションのみでは、政治家として十分な業績がないかぎり、輝かしい将来は保証されない。トップ政治家層とのコネクションがなければ、政治の仕事で卓越していてもそれだけで彼らの一員として迎えられるかは定かでない。換言すれば、社会的コネクションと業績は、中国における政治的昇進の決定因子として相互補完的に働いているのである。

本研究では中国政治家のあいだの社会的コネクションを測定するにあたり、公にされているCVを用いている。ある政治家のペアが、かつて中国政府または中国共産党の同じ部門で同じ時期に一緒に働いていたばあい、このペアをコネクション有りとしてコード化した。よく知られた話だが、二人の前総書記・江沢民と胡錦涛はともに、ひとたび中国の指導者と成り果せるやそれぞれ自らの以前の同僚達を昇進させている。事実、我々のデータでもこれらコネクションが把捉されている: すなわち、上海市政府で形成された江沢民のコネクション、中国共産主義青年団 (Communist Youth League) で形成された胡錦涛のコネクションである。こうしたデータを用いて、各政治家につき中国共産党中央政治局常務委員会 (Politburo Standing Committee) メンバーのいずれかとコネクションが有るか無いかを測定した。なお同委員会は中国共産党における最高意思決定機関にあたり、中国のトップ政治家職への昇進を管轄する。

政治家の業績を測定するにあたっては、関連文献に倣い、中国31省 (31 provinces of China) の政治的指導者にフォーカスを絞っている (ここでいう省には、チベットなど5つの自治区、および上海など4つの市もふくまれる)。これら政治家については、かれらが担当する省の経済成長をもってその業績とすることができる。過去二十年間にわたる北京のトップ政治家は、その多くが省政府の運営を担った経験を持っている。事実、習近平は福建省と浙江省で、胡錦涛は貴州省とチベット自治区で、江沢民は上海市で、それぞれかつて指導者を務めている。中国における単独与党としての中国共産党の正当性がひとえに経済成長の達成に掛かっている点に鑑みれば、省のGDP成長こそが多々あるなかでも省指導者の業績の指標として最も重要になってくるのも想像に難くない。

そこで我々は、1993-2009年期間を対象に、社会的コネクションと省の経済成長が省指導者の昇進とどう結び付いているのかを分析することにした。図1に示すのが本研究の鍵たる発見である。横軸は、各省に内在的な差異 (例: 沿岸省では誰が運営にあたるばあいでも成長が比較的早い) および各年に内在的な差異 (例: 1997年のアジア金融危機以降は経済成長が国全体で減速した) を考慮したのちの、相対的な経済成長業績を表示している。数字の1は三分位の最下位、2は中間、3は最高位をさす。各グループにつき昇進率をプロットしたが、こちらも各省と各年度の差異の条件下での値である。右の縦軸にある0は、該当昇進率が平均値であることを意味する。実線は中国共産党中央政治局常務委員会とのコネクションの有る省指導者の昇進率を表示している; 点線はそうしたコネクションの無い者である。

図 1. 中国の省指導者の昇進にかかるコネクションと業績の相補関係

コネクションが有る者と無い者の差は業績で三分位トップに属す者のあいだでは極めて鮮やかである。現職トップ指導者とのコネクションが無いばあい、このグループに属する者でも昇進チャンスは経済成長業績で劣る者とほぼ同等になる。しかしコネクションが有る者のあいだでは、このグループに属する者が北京のトップ政治職に昇進する可能性は、業績で下位2グループに属する者を相当に上回っている。図が示すように、コネクションが有って業績トップ三分位に属する者の昇進率は、それ以外の者よりも約9%ポイント高い。平均昇進率がおよそ7%ポイントなので、この差はかなり大きい。

コネクションの有る省指導者は成長の著しい省に割り当てられているのではないか、あるいはそう疑われる方もいるかもしれない。図1の棒グラフは、省指導者であってコネクションが有る者の度数分布を示すものだが、これら人物は3つの成長カテゴリに分かれる (左の縦軸は、コネクションの無い者をふくむ全ての省指導者にたいする比率を表示)。図が表すところでは、コネクションが有ることは必ずしも高い経済成長を含意していない。たしかに省指導者は、コネクションの有る者も無い者も、観測可能な特性につき幾つもの側面で異なる。だがしかし、こうした差異では、図1に観察される相関パターンが説明されない。最も重要な点だが、過去および未来の中国共産党中央政治局常務委員会メンバーとコネクションが有る者についても、同委員会現職メンバーがかつて働いていた政府部門で自らも働いていたがその時期が異なる者とのコネクションが有る者についても、同様の昇進パターンは見られない。こうしたコネクションではなく、意思決定権力を現在持っている人物と共に働いたことがある事実、これこそが違いを生むのである。

図1の考え得るもう1つの説明は、省の経済成長自体が実質的なコネクションを表すものなのだというものである。我々の研究では、省指導者がかつて中国共産党中央政治局常務委員会メンバーと共に働いたことがあるか、この点しか観察していない。だが、共に働いたことは必ずしも関係の良さを含意しない。実際にコネクションの有る者だけは昇進を約束されているのだが、そのことを粉飾するためこうした人達は中央政府から省経済推進の支援を受けている、というのが実態なのかもしれない。しかしながら、こと観測可能なコネクション強度 (共に働いた年の数、年齢の差) に関するかぎり、実証データはこの可能性を支持しない。つまり、コネクションの有る政治家が統治する省の経済成長は、こうしたコネクション強度の尺度によって然程異ならないのである。

残る問題は、中国でのトップ政治家選出においてコネクションと業績の相補性が見られる理由である。我々の主張では、これはコネクションがトップ政治家にたいする部下の忠誠を醸成する役割を果たしているためだ。中央政府を効率的に運営するため、北京のトップ政治家は、業績によって才覚が証明されている人物を昇進させることを好むだろう。他方でトップ政治家に好ましいのは、自らの政治生命の危険とならない人物でもあるはずだ。社会的コネクションはこの後者を確保するものかもしれない。かくして、コネクションが有る者のあいだに限っては、業績が昇進アウトカムを予告するのである。コネクションと業績の相補性は、省指導者であって、コネクションの有る中国共産党中央政治局常務委員会メンバーが自らよりかなり年長である者について、相対的に強くなっている。1990年代以降、中国は10年毎に最高政治指導部の世代刷新を経験している (最後の刷新は2012年)。同世代の政治家は中国におけるより高位の職を獲得すべく競争関係にあるが、異なる世代の公務就任者のあいだにはそうした関係がない。そこからの帰結として、省指導者がコネクションの有るトップ指導者のなかでもより年長の者にたいしより多くの忠誠を表すというのは、ありそうなことである。

コネクション

非民主主義国の統治者は、高官に就くべき公務就任者を選出する際、しばしば有能性と忠誠心のトレードオフに直面する (Egorov and Sonin 2011)。有能な政治家では現職指導者の権力が危うくなると見込まれるならば、忠誠的だが無能な公務就任者のほうが好まれることとなり、結果として独裁政権下においても統治の質は落ちる。本研究が示唆するのは、まさに中国がこのような罠を回避するのに用いてきた方法なのかもしれない。中国共産党内部の職務転換と昇進のシステムは、公務就任者のペアが共に働くことをとおして信頼醸成を行うことを助け、これによりトップ政治家がこうしたコネクションの有り、信用できる部下のプールから、最も有能な人物を選び出すことを可能にしているのだ。

参考文献

Egorov, Georgy, and Konstantin Sonin (2011), “Dictators and Their Viziers: Endogenizing the Loyalty–competence Trade-off”, Journal of the European Economic Association 9(5), 903-930.

Jia, Ruixue, Masayuki Kudamatsu and David Seim (2013), “Complementary Roles of Connections and Performance in the Political Selection in China”, CEPR Discussion Paper, no 9523.

Li, Hongbin, and Li-An Zhou (2005), “Political Turnover and Economic Performance: the Incentive Role of Personnel Control in China”, Journal of Public Economics 89(9-10), 1743-1762.

Shih, Victor, Christoper Adolph and Mingxing Liu (2012), “Getting Ahead in the Communist Party: Explaining the Advancement of Central Committee Members in China”, American Political Science Review 106, 166-187.

 

 

エルネスト・ダル・ボ, フレデリコ・フィナン, ウルレ・フォルケ, トーシュテン・パーション, ヨハンナ・リクネ 「政治的淘汰と包摂的能力主義への道」

Ernesto Dal Bó, Frederico Finan, Olle Folke, Torsten Persson, Johanna Rickne, “Political selection and the path to inclusive meritocracy“,(VOX,  26 April 2017)


古代アテネ人は公職に就任する者を決定するのに籤引を用いた。しかし、有能性 (competence) と公平な代表 (fair representation) の間にはトレードオフの関係があるとの主張が、寡頭主義者からなされたのもちょうどその頃 (そしてそれ以来ずっと) だった。本稿では、認知能力やリーダーシップ能力に関するスウェーデンの人口データの活用をとおし、スウェーデンの民主制が、有能であり、しかも、あらゆる生の在り方を代表するような人々による統治を実現している旨を論ずる。スウェーデンの包摂的能力主義は、選挙民主制が代表性と有能性の間の緊張を回避する手掛かりとなる可能性を示唆する。

BC411年の夏のこと、ある市民の一団がアテネの民主制に異を唱える寡頭制 クーデタ を敢行した (Kagan 1987)。政治的内乱と、シチリア人に敗北を喫した近時の経験とを背景に、これら蹶起人は、アテネに優れた統治を施しうるのは、大規模な民主的合議体ではなく、選り抜きの少数指導者集団であるとの意を固めていたのである。こうして誕生した寡頭制政権は短命に終わるが、それに続いたのは古典的なアテネ民主制の復活ではなく、「五千人の国制 (Constitution of the Five Thousand)」 と呼ばれる混合政体であり、これも引き続き最貧層の市民を権力から排斥するものだった。

民主制と寡頭制のこの緊張関係はすでにその頃までに、匿名の 「老寡頭主義者 (Old Oligarch)」 なる人物の手にかかる小冊子のなかで雄弁に論じられていた。それによると、民主制はあまりに多くの出自の低い者に権力への接近を許してしまい、才覚や徳の点で劣った統治を生み出しているのだという (Kagan 1969)。この老寡頭主義者の不満は選挙に向けられたものではなかった。それは当時籤引で行われていた、公職の割当に対するものであった。アテネの民主制ハードウェアとして最も特徴的なものは、投票箱ではなく、クレロテリオン (kleroterion) – すなわち名前を選出し、公職に割り当てる、粘土から作られた無作為選出装置だ。とはいえ老寡頭主義者は公平な批評家でもあった。つまり彼は、籤引による公職の割当が、下層階級の代表を確保するにあたって選挙よりも優れたものだと認めている。しかし彼の主張によると、籤引制度は重用され過ぎているし、またアテネの国制は有能性が極めて重要となる軍事的司令官などの役職については異なる手法を採用しているにもかかわらず、この選出制度は有能性を十分に考慮していないのである。

抽選 (籤引) による公務就任者の選出。そして有能性と公平代表の間にトレードオフの関係があるとの認識。これらはアテネ民主制が消滅した後にも残った。例えば、中世のフィレンツェ共和国は、権門勢家に対する明示的な公職制限と籤引を併用していた。Brucker (1962) は彼のフィレンツェ政治研究にこう書き記している。「籤引による公務就任者の選出手法は、政治能力や政治手腕をほとんど重視しておらず、むしろ凡庸性を奨励する傾向があった」 と。

ブレクジットレファレンダムと合衆国選挙は以上のような民主制の利点と限界に関する議論を再び呼び起こした。これら2つの投票は愚かな選択 (incompetent choices) を生んだと考える者は多い。他方、こうした投票結果は、自らが十分に代表されていないと感じている社会集団に後押しされた政治的ラディカリズムの一環だったのだと主張もある。一連の議論をとおし、抽選もまた再び日の目を見ることとなった。Van Reybrouck (2016) は最近の書籍のなかで、この手法ならばエリート層と投票権者のギャップを橋渡しできるのではないかと論じている。

広範な代表と有能な政治的リーダーシップの双方に価値を認めるのであれば、複数政党の並立する選挙民主制によって得られるものは何か、この点を問い直してみるのが有益と思われる。広範な代表 (これを確保するにあたっては抽選が助けになるだろう) と、有能な統治 (こちらについては抽選も役に立たないだろう)。この二者間の緊張関係を回避する手立てはないのだろうか? とはいえ、この問いに対する実証的な回答を見つけるのは難しい。一社会において政治家がどのように選出されているか、またこれら政治家が彼らの代表する人口とどの程度似通ったものなのか。これを見定めようと思うなら、我々にはまず、市民と政治家についての、有能性と代表性の尺度が必要となるだろう。しかしこうした情報を体系的に収集している国はほとんど存在しない。

我々の最近の研究では、1998年から2010年にかけての、スウェーデンの全体人口、およびスウェーデンで選挙に当選した全ての政治家を扱った行政データを分析している (Dal Bó et al., 近刊)。これらデータは、学歴や所得などといった – ミスリーディングの可能性は否めないとはいえ – 有能性を計るさいに一般的に用いられる様々な尺度を含んでいる。しかし我々の研究では3つの尺度にフォーカスすることにした。1つめは 「収入スコア」 で、これはBesley et al. (近刊) による方法論に基づき算出した。スウェーデン人の男性については、さらに 「認知スコア」(IQ) および 「リーダーシップスコア」(性格類型) も、兵役データに基づき測定した。

代表性の測定にあたっては、本データが持つもう1つの特筆すべき特徴に依拠している – すなわち家族内や世代にわたって個人を関連付けする機能だ。こうして政治家の両親の社会階級に関する情報が確保できた。この情報を活用することで、社会的な代表は政治階級の有能性の低下をともなうという老寡頭主義者の主張を検証できるようになった。

相対的に見て政治家は有能なのか?

まず初めに、これまでスウェーデンで政治家として選出された人物の有能性は、平均的にいって、籤引に基づき選出されたような場合と同じくらいなのか、それより優れている、あるいは劣るのか、この点を問うた。

「逆淘汰 (negative selection)」 によりむしろ無能性が導かれる可能性があるといっても、一部の経済学者は驚かないだろう。政界に進出しようとするさいに直面する機会費用は、能力のある個人ほど高くなる。そこで、能力の無い者が公的生活の大勢を占める事態も生じ得る (Caselli and Morelli 2004)。

さて前述の問いに答えよう。すなわち、市町村議会議員 (municipal council members) として歩み始め、市町村長 (mayors) や国会議員 (national legislators) へと進んで行く政治家は、強い正の淘汰をへて選出されているのである。図1には、リーダーシップ・認知・収入に関する有能性測定値、および学歴の分布を示した。太い中空の棒線はスウェーデン人口における分布である。最も薄い棒線は、市町村議会議員の候補者となったものの当選しなかった個人。続くグレーの棒線は当選した市町村議員候補者に対応する。最も右の2つの棒線はそれぞれ市町村長と国会議員である。

各政治家タイプについて特徴の分布をみると、スウェーデン人口における分布と比べ、右側にシフトしていることがわかる。したがって政治家は平均的な市民よりも適性があるといえる。また、同様のシフトは市町村議会議員候補者・市町村議会議員・市町村長・国会議員 の分布にも確認できる。我々の研究では、これらパターンをエリート層が就くような別の職種と比較しているが、市町村長は中規模企業 (被雇用者が25名から250名の企業) のCEOと同レベルの有能性を持っていることがわかった。

図1 スウェーデン人口と対比した政治家の有能性

出典: スウェーデンの人口データに基づき著者が作成

しかし、有能性が政治権力とともに単調に増加する傾向は、次の3つの異なる体制により生じてきた可能性がある:

  • エリート主義: エリート層の一員であること (富裕な権門勢家への所属) は権力へのアクセスを与える。政治家が有能そうに見えたとしても、それはエリート層の一員であることが能力と相関しているためであって、正の淘汰は寡頭制政治がもたらす偶然の結果にすぎない1
  • 排斥的能力主義: 政治は有能性の篩にかける。しかし、もし有能性が社会経済的地位の相対的な高さと相関しているなら、能力主義的人員募集体制には相対的に低位の社会集団を排斥する副次的効果がある。
  • 包摂的能力主義: 政治は有能性に基づき選別をおこなう。しかしそれは、仮に平均的に見てエリート層が有能性に関する優位をもっていたとしても、広範な社会部門を代表しうる。

正の淘汰はエリート主義の反映か?

エリートの地位が政治的成功を牽引していたのだとすると、家族的な (したがって社会的な) 出自の如何によっては、個人の有能性 (能力) も本人が選出されるかどうかにさほど関わらなくなってしまうだろう。

しかし家族的出自如何によっては、個人の有能性に関する特徴は非常に大きく関わってくる。図2上段の行は、市町村議員とその兄弟姉妹の認知・リーダーシップ・収入スコア分布を示す。3つ全ての特徴について、政治家の分布は明らかに右側にシフトしている。家族内での選別は、3つ全ての特徴に関して政治家と平均的市民との間に見られる差異全体の70%から80%を説明する。図の中段および下段の行は、市町村長と国会議員についてその兄弟姉妹と比較したものだが、ここでも類似の分布がみられる。敢えていうならば、むしろ家族内選別のパターンはより大きな権力を持つ政治家ほど強くなっている。

図2 兄弟姉妹と対比した政治家の有能性

出典: スウェーデンの人口データに基づき著者が作成

図2が示すように、選別は純粋なエリート主義に基づくものではない。しかしそれは依然として排斥的能力主義と両立するものかもしれない。つまりスウェーデンは政治家たるに値する有能な人物を選出しているかもしれないが、それでもこうした個人がエリート層の出身である可能性はある。能力というものには、恵まれた社会的出自と正の相関があるからだ (スウェーデンでさえ、これが実情となっている)。

スウェーデンは包摂的能力主義の国か?

もしスウェーデンが包摂的能力主義の国であるなら、スウェーデンは有能な人物を高い地位に就けながらも、広い代表性を維持していることになる。この問いに答えるべく、我々は政治家の社会的出自を調査した。そのさい着目したのが、1979年における彼らの父親達の所得分布だ。理屈からすれば、全体国民人口に対応するパーセンタイルの形で表した所得分布は、0.01水準で一様になるはずであることに注意されたい。

図3の左パネルは、2011年時点で活動していた政治家に関する所得分布を示す (これら政治家は2010年に当選した者で、図中の所得は彼らの政界進出に先立つもの)。明瞭に見て取れるように、この歪んだ分布は、政治家はその平均以上の能力を反映し、高い収入を得る傾向があることを示している。同図はさらに、政治家は平均的な人より大きな機会費用に直面するにもかかわらず、あえて政界に進出していることを示唆する。次に右パネルだが、これはかなり印象的だ。図は、2011年度の政治階級の父親達 – 1979年に測定したものなので、父子はちょうど同じくらいの年代にあたる – が、平均的にはけっして高給取りではなかったことを示している。実際のところ、彼らの所得パーセンタイル分布は、全人口における一様分布に非常に近い。換言すると、政治家の社会的出自に目を向けるならば、全体人口と同じ所得分布が確認できるのである。スウェーデンの政治家は有能なだけでなく、あらゆる生の在り方を代表してもいる。スウェーデンは包摂的能力主義の国だといってよさそうだ。

図3 政治家とその父親達の所得分布

出典: スウェーデンの人口データに基づき著者が作成

民主制と徳

BC411年のクーデタの後、寡頭主義者が最初に実行したことの1つは、アテネにおける公務就任者の賃金撤廃だった。近代経済学者ならば、こうした政策は有能な人物に政界進出を敬遠させるものだと考えるだろう。これでは機会費用の補償がないわけだから。しかしアテネの寡頭主義者はそれとは異なる理論を持っていた。公の問題に時を惜しまず尽力する余裕があるのは富裕層のみであるから、賃金を撤廃すれば政治家の有能性を高めることができる、これが彼らの考えだった。どちらの理論が正しいのかは、アテネ人がスウェーデンのような包摂的能力主義を生み出す条件を満たしていたのかに掛かっている。

スウェーデンでは、有能な人物が市政に時を惜しまず尽力している。市政職は – クーデタ後のアテネと同様 – (大部分が) 無給なのにもかかわらず。しかも職務に邁進している人物に、エリート層がとびぬけて多いわけでもない。以上が示唆するのは、選挙民主制によっても、きわめて有能なリーダーを選出しつつ、しかも抽選を採用した場合に期待される人口代表的なリーダーシップを維持できることだ。

これは勿論、民主制なら常に望ましいアウトカムにつながるとの旨をいうものではない。しかし選挙民主制は、古代ギリシアこの方、社会の観察者を悩ませてきた代表性と有能性の緊張関係を回避する手立てにはなりそうだ。今回の研究結果は、社会の持つどういった性質が以上のようなアウトカムを生み出しているのかについてのさらなる調査を促すものとなった。

集者注: 本稿は研究の要旨であり、オックスフォード大学出版によるQuarterly Journal of Economicsに近日掲載される論文  “Who Becomes a Politician?” から図を引用している。本稿で使われた図の再利用許可については、journals.permissions@oup.comに連絡のうえ、元論文を参照されたい。

参考文献

Besley, T, O Folke, T Persson, and J Rickne (forthcoming), “Gender Quotas and the Crisis of the Mediocre Man: Theory and Evidence from Sweden,” American Economic Review.

Brucker, G (1962), Florentine Politics and Society, 1343-1378, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Caselli, F and M Morelli (2004), “Bad Politicians,” Journal of Public Economics 88: 759–782.

Dal Bó, E, F Finan, O Folke, T Persson, and J Rickne (forthcoming), “Who Becomes a Politician?” Quarterly Journal of Economics.

Kagan, D (1969), The Outbreak of the Peloponnesian War, Ithaca, NY: Cornell University Press.

Kagan, D (1987), The Fall of the Athenian Empire, Ithaca, NY: Cornell University Press.

Van Reybrouck, D (2016), Against Elections: The Case for Democracy, London: Bodley Head.

原註

[1] 選挙民主制においても、エリート主義の可能性の考察は無駄ではない。あのアテネ人にしてすら、寡頭制の要素には世論を勝ち取り影響力を確保するうえで有利な点があろうと考えていた; ペリクレスもしばしば民衆扇動をしていると非難を受けたのである。共和制ローマにおいてもパトリキによる同様の戦術が繰り返し観察された。共和制ローマでは、金と名声によって支持を購うことができたのだった。

モーガン・ケリー, コーマック・Ó・グラーダ 「産業革命初期の帆走速力」(2018年1月27日)

Morgan Kelly, Cormac Ó Gráda, “Speed under sail during the early Industrial Revolution“, (VOX, 27 January 2018)


経済史家のあいだでは (海事史家について事情は異なる) 海事テクノロジーは19世紀中期になって鉄製蒸気船が登場するまでの300年間概して停滞的であったという見方がコンセンサスとなっている。しかしこのコンセンサスがもっぱら依拠するのは、貨物運送コストや航海の長さの変化といった間接的な尺度なのである。これにたいし本稿では、様々な風模様での船舶の速力が時間の経過とともに向上してきた過程に直接目を向ける。英国船舶の速力は1750年から1830年にかけて (もともとの水準が低かったとはいえ) 当初速力の半分にほぼ相当する分の上昇をみた。これは船体の銅板被覆加工、および木製のジョイント・ボルトから鉄製のそれへの移行に負うものである。

産業化突入以前の世界において、数百平方ヤードに広がる軟帆 (canvas sails) をもつそれは、無生物エネルギーを利用する最も効率的な手段であった。すなわち帆船は、19世紀中頃に至るまで西欧世界において欠くべからざる運送テクノロジーであった。こうした船舶の性能向上には軍事的にも商業的にも強いインセンティブがあったことに鑑みれば、Douglass North (1968) の労作以後、経済史家 (海事史家について事情は異なる) のあいだで、19世紀中頃に鉄製蒸気船が登場するまでの300年間海事テクノロジーは概して停滞的だったとの見方がコンセンサスとなっていることは意外かもしれない。

海洋テクノロジーの進歩を測定しようとするこれまでの試みは、貨物運送コストや航海の長さの変化といった要素に着目した、間接的なものにとどまっていた (Solar 2013)。我々の新たな論文ではこれと異なるアプローチを採用し、様々な風模様における船舶の速力が時とともに向上してきた過程に直接目を向けた (Kelly and Ó Gráda 2018)。

今回こうした試みが可能になったのは、野心的ながら不完全な形で終わったCLIWOCと呼ばれる気候学プロジェクトのおかげである (Wheeler et al. 2006)。同プロジェクトは、1750年から1850年にかけての海洋気候状況を、英国・オランダ・スペイン 船舶の航海日誌から28万エントリ分もの記録を収集することで再構成しようという試みだった。これら記録のおかげで該当船舶の所在地・風速・進行方向 に関する日毎の情報が得られるので、一隻の船舶が特定の日にどのくらいの速さで帆走していたかを推定することが可能となる。

図1は、ナポレオン戦争に数十年さきだつ時期の英国海軍 (British Royal Navy) および東インド会社の船舶について日毎の所在地を点示したものである。ここに見られる幾つかの大きな円は、卓越風および卓越海流に乗ったこれら船舶が取った航路だ。赤道上での速力の低さは、その辺りに点が集中している様子から見て取れる。またアフリカ大陸の南端でも、船舶が喜望峰の周りを東向きに進む難しいところで同様の状況が覗われる。

図 1 英国船舶の日毎の所在地

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図2 (非線形的な可能性もある 年度・所在地・風況 のあいだの交互作用を考慮するため、一般化したランダムフォレスト法により推定) は、東インド会社船舶の速力が、戦時中は船団を組んで帆走するため落ち込みが見られるものの、1750年から1830年にかけて向上してきた過程を示している。とはいえ、これら船舶の帆走がそもそも遅かったことも確認できる。1820年代になってさえ和風や疾風時で – 夏の北大西洋における通常の海況 – 5ノットから7ノット程度しか出せていなかったのである。

図2 様々な風速における東インド会社船舶の帆走速力

[訳注: gentle breeze=軟風; moderate breeze=和風; fresh breeze=疾風; strong breeze=雄風]

同様の改善は英国海軍の船舶にも見られたが、対応するオランダとスペインの船舶では事情が異なる。事実、オランダ船舶は1790年になっても1600年の頃と同様に東インド会社船舶の後塵を拝すばかりであり、搭乗者や船員は典型的な航海においてさえすし詰めの環境と熱帯病のためにその5%強が命を落としていた。

英国船舶に見られる以上の相当な改善はどうすれば説明が尽くのか? 1780年代の飛躍は船体の銅板被覆加工に負うもので、これが海藻やフジツボ類による汚損を防止した。また期間全体にわたり帆と索具のたゆまぬ改善も見られた。1790年以降の大きな貢献は、木製に代わる鉄製のジョイント・ボルトの利用増加 (および船楼の段差をもつ従来型の甲板に代わる、防水ハッチ付き平甲板の採用) に由来する。これにより構造的により強固であって、比較的強い風の中でも安全な帆走が可能な船舶が実現した。

また我々はニューヨーク行きおよびニューヨーク発の [英国の] 国営郵便船 (Post Office packets) が必要とした帆走時間に関する記録も入手できた。役人や船員によって密輸 (また時には海賊行為) の隠れ蓑にされることもしばしばあったとはいえ、これら船舶の性能にも時とともに緩やかな向上が見られた。ところが1820年代にアメリカの民間郵便船が登場すると状況は一変する。1840年までに郵便船は1750年とくらべておよそ50%早い速力での帆走を達成するのである ([快走帆船ともよばれる] クリッパー船はこれの50%分早い速力で帆走していた – [クリッパー船]「チャンピオン・オブ・ザ・シーズ (the Champion of the Seas)」 が丸一日のあいだ平均19ノットで帆走したのが1854年。この記録はその後130年間破られることはなかった)。

最も若い世代についていえば、18世紀後期の産業革命はそれが何であれ革命的なものではなかったのであり、イノベーションにせよコットン・製鉄・蒸気といった初期段階で小規模だった部門に限られ、その他の部門は停滞状態から抜け出せずにいたのだ、というのがこれまで経済史家のあいだで支配的な見解となってきた。しかしいま、英国経済全体をとおして広範な進歩が生じた経緯を取り上げた文献がいよいよ増えている。そうした進歩が見られた部門は実に多岐にわたり、陶器・製鋼・印刷および製紙・水力・ガス灯・懐中時計・工作機械などがあるが、本稿で取り上げた海運もその1つなのである。

参考文献

Kelly, M, and C Ó Gráda (2018), “Speed under Sail during the Early Industrial Revolution”, CEPR Discussion Paper 12576.

North, D C (1968), “Sources of Productivity Change in Ocean Shipping, 1600-1850”, Journal of Political Economy 76, 953–970.

Solar, P M (2013), “Opening to the East: Shipping between Europe and Asia, 1780-1830”, Journal of Economic History 73, 625–661.

Wheeler, D, R Garcia-Herrera, F B Koek, C Wilkinson, G P Können, M R Prieto, P D Jones, and R Casale (2006), “CLIWOC, Climatological database for the world’s oceans: 1750 to 1850”, Brussels: European Commission.

フリオ・J・アライアス, ニコラ・ラチェテラ, マリオ・マチス 「道徳的嫌悪感の解明をめざして: 合衆国腎臓移植市場のケース」(2016年10月15日)

Julio J. Elias, Nicola Lacetera, Mario Macis, “Understanding moral repugnance: The case of the US market for kidney transplantation” (VOX, 15 October 2016)

臓器の販売をはじめ、ある種の 「忌まわしき取引 (repugnant transactions)」 は、そこから見込まれる相当の潜在的効率性向上効果にもかかわらず、道徳的見地から禁止されている。本稿は、サーベイ準拠実験を活用し、合衆国の腎臓調達システムにおける道徳性-効率性トレードオフに対する世間の認識を解明しようという試みである。サーベイ回答者は効率性の上昇と引き換えにならばより強い嫌悪感 (repugnance) も容認することが明らかになった。こうした調査結果は、道徳・倫理上の考慮事項と並んで効率性への配慮が存在する可能性を示唆する。

あなた、あるいはあなたの愛する人が、いま腎疾患に苦しんでいるとしよう。そうした場合、ドナーから腎臓提供を受けるほうが透析を受けるより数段好ましい – 提供を受ければ期待余命もクオリティオブライフも向上するし、あなたにとっても医療システムにとってもお金の節約になる。ところが親戚縁者や友人知人あるいはドナーバンクにも全く移植適合者が見つからない – 合衆国でも他の諸外国でも、あまりにありふれたシナリオである。しかし、金銭的補償と引き換えになら腎臓を提供してもよいという人がいる。あなたの側には要求額の支払いに異存はないので、そう言う意味では取引が成立すれば以前より好ましい状態になれるはず。ドナーの側もまた然り。しかしながら、偶々イランに住んでいるというのでなければ (Ghods and Savaj 2006)、あなたは取引締結を許されないだろう。こうした取引を、アルヴィン・ロスは 忌まわしき (repugnant) との形容詞をもって定義する – 何故ならば、道徳的懸念から個人や社会はこうした類の取引の成立に反対し、たとえ直接の当事者達がその取引から便益を得る場合であってもなお譲らないからである (Roth 2007)。

道徳的嫌悪感が感じられている活動や取引は数多く存在するし、そうした感覚がこれら活動を禁止あるいは制限する法律の形を取るに至っているケースもままある。例を挙げれば、売春・商業的代理母・ヒトの卵子や血漿の販売、またある種の肉の売買・ある種の生産物に対する価格付けなどがこれに当たる。以上のものにせよ、それ以外のものにせよ、忌まわしき取引に対する姿勢は国や時代によって様変わりする; 例えばかつては年季奉公契約 (indentured servitude contract)も許されていたが、現在これは全面的に禁止されているし、逆に生命保険契約などは過去においては不道徳だと見做されていたのだった。

このように、様々な嫌悪感への配慮は、我々が目にする市場や取引の形態に重要な影響を及ぼし、政策・市場設計の足枷ともなり得るのである。

腎臓市場: 嫌悪感に由来する規制と費用

腎臓移植市場というのは、嫌悪感ゆえに締結を許されている取引がこうむる制約や、そうした限界につきまとう費用を示す好例の1つである。例えば合衆国の関連システム – 移植不適合と判明した存命の潜在的ドナー・レシピエントペア達が、引き続き移植適合となるようなドナー・レシピエントのペアを探すもので、移植待ち時間の短縮になる – は腎臓取引を許可しているが、金銭的補償は連邦法により禁止されている。1984年全米臓器移植法 (National Organ Transplant Act of 1984) というのがあって、「有価約因 (valuable consideration)」 を対価に、ヒトの臓器を移植用に譲渡することは禁止されており、違反者は5万ドル以下の罰金、5年以下の自由刑、またはその併科を以て処罰されることになる。

金銭的補償により腎臓および臓器一般の供給量増加が期待できる、と一部の学者は推定しているが、もしそうであるなら、こうした取引の禁止は、見込まれる増加分が上限となるとはいえ、代償を伴うものである。合衆国では、毎年およそ3万5千人の新規患者が腎臓移植を必要とするようになるのだが、腎臓1個の確保ができる者は約1万7千人に過ぎない (Held et al. 2016)。最近の推定値が示すところによると、追加的臓器移植がある毎に約20万ドルの直接的節約効果を生む; 期待余命およびライフクオリティ増分の価値を加算すれば、腎臓レシピエント毎の社会的便益は110万ドルに上昇する。そこで、合衆国における腎臓供給不足の総費用は毎年約200億ドルほどと推定されることになる。

とはいえ、もし人口集団が本当にこの嫌悪感を共有し、それを侵し難い聖なる価値だと考えているのならば – つまり、他の考慮事項と引き換えに手放すことの出来ない物だと見做しているのであれば – 先ほど言及した様な禁止やそれに付随する費用もまた正当化されよう。文化や道徳に関わる信念は社会結束における重要因子であり、そうした要素として、それ自体が厚生を向上させる力を持っている; とりわけ、社会に深く根差した原理原則の尊重が、支払システム如何による潜在的効率性向上の考慮に優越する場合などは十分考えられるだろう。

しかしながら、金を払って臓器を購入することに対する道徳的反対の詳細、またとりわけ、効率性への配慮 (そうした取引が生み出す余剰) といったその他の因子はあるべき腎臓取引形態をめぐる個人の立場とそもそも関連しているのか、関連しているのならそれは如何なる形でなのかといった点について、実情を知らせる実証データは全く存在しないのである:

  • ドナーに対する金銭支払いを拒絶する態度は何に突き動かされているのか?
  • 支払いに反対する立場はどこまで非妥協的なものなのか?
  • 情報の問題は関係しているのか?
  • 金銭支払いが道徳的に問題含みと見做されているとしても、金銭の支払いによって移植用腎臓の供給量がそれほどまで増加するのならばと、無償ドナーシステムではなく有償ドナーシステムへの選好を個人が表明しはじめるような、一定の有限量は存在するか?

嫌悪感の解明に向けて: 実験的アプローチ

我々が最近実施したサーベイ準拠選択実験は、以上の問いに取り組みつつ、幾つかの腎臓調達システム代替案における道徳性と効率性とのトレードオフの定量化を試みるものだ。結果、確かにドナーへの支払いを許すシステムは支払無しのシステムよりも強い道徳的懸念を生じさせるが、多数派の個人は、十分に大きな追加的移植を生み出すのであれば、嫌悪感の強いシステムであっても容認するようになることが判明したのである。

嫌悪感-効率性トレードオフ

我々はAmazon Mechanical Turk を介して2,918名の合衆国住居者をリクルートした。参加者には、合衆国における臓器調達・割当状況の概略を紹介したうえで、不特定者に向けた生体腎臓提供の増加をめざす次の3つの調達システム案について一考を求めた:

  1. 無償ドナーに依拠し、割当てのほうも患者の医学的状態・年齢・臓器提供者待ちリスト上にいた時間等々により決定される優先順位ルールを基準とするシステム (現行システムに相当)。
  2. 割当ては同様の優先順位決定アルゴリズムに基づくが、ドナーとなった者は公的エージェンシーから2万ドルを受け取る、というシステム。
  3. 個人レベルの私的取引システムであって、ドナーとなった者が臓器レシピエントから (ポケットマネーで、あるいは個人加入保険を通す等して) 2万ドルを受け取るというもの。

以上の情報を確認したのち、被験者にこれらシステムの道徳性に関する意見を、哲学や生命倫理研究の分野で強調されている倫理問題 (例: Delmonico et al. 2002) の観点から表示してもらった。その際に尋ねたのは、各システムの 威圧度・搾取度・患者に対する不公正度・ドナーに対する不公正度・人間の尊厳に対する背反度 についての考え、さらに各システムが回答者の価値観からどの程度ズレているかに関する全体的な評価である。

続いて回答者に、各システムが移植用腎臓調達の点で所定の効率性をもたらすものと想定したうえで、自身が好ましいと考えるシステムを選択してもらった。まずこれら3つのシステムの効率性レベルが無作為に決定され、つぎにそこから1つのシステムを選択する流れとなる。各参加者にはこの一連の作業を、順次3回行ってもらった。

さてその結果だが、無償ドナーシステムは嫌悪感が薄いとの評価を受けた – つまり個人は、その大部分が、同システムに対する道徳的懸念を表明しなかったのだ。残る2つの有償ドナーシステムは概して無償ドナーシステムより高い嫌悪感評価を受けた。しかしながら、システムが公的エージェントによる支払を予定しているのか、それとも私的取引を締結した患者による支払を予定しているのかによって大きな差が見られ、後者が最も嫌悪感の強いシステムという結果になっている。

選択全体に目を向けるなら、この結果から、回答者が嫌悪感と効率性の特定の組合せを選択する確率は、効率性水準と共に上昇し、嫌悪感と共に減少したことが分かる。回答者はしたがって効率性の優れた選択肢、および嫌悪感が少ない見做す選択肢を選好したわけだが、そうした選択を通して、これら2つの性質の間に一般的なトレードオフ関係が在ることもまた認めたのである。

離散選択モデルを活用し、こうしたトレードオフの大きさの推定を試みたところ、年間腎臓供給量が約6%ポイント増加するならば、メディアン回答者も公的エージェントによる臓器ドナーへの支払のほうを良しとするようだ; これは約2千個の追加的腎臓供給に相当し、不足をおよそ11%削減、納税者にとって年間2億5千万ドルもの節約となる。

しかしながら、私的取引に基づくシステムを容認する場合、メディアン回答者は、1万個もの追加腎臓調達に相当する約30%ポイントの供給増加 (不足の50%超を削減する量である)、したがって納税者にとって12.6億ドルもの節約効果があることを要求するようだ。この推定トレードオフの差はどうやら公的エージェンシーによる有償ドナーシステムのほうが、我々が調査に組み入れた全ての道徳的観点について、私的取引システムよりも嫌悪感が薄いと見做されたという事実に由来するようである。具体的にいうと、参加者は公的エージェンシーシステムを無償ドナーシステムと同程度に 「患者に対し公正」 と評価したが (両システムはともに同じ優先順位ルールに基づいて患者への臓器割当てを行う)、他方で (全くの市場ベースで割当てが行われる) 私的取引は極めて不公正であると見做されたのだ。

母集団の中には、「義務論的」 選好を持つがゆえ命を救われる人の期待数とは無関係に一貫して支払許可に靡かない者から、道徳的問題を考えるにあたって効率性に重きを置く 「帰結主義者的」 個人に至る不均一性が存在した。この不均一性は、回答者の社会-人口学的特性とは一般的にいって関連が見られなかったが、心理学の領域で典型的に用いられる道徳的ジレンマ群をとおして測定した様々な態度 (attitudes) との間には相関が見られており、したがってこうした選択の中心にあるものが倫理的見解である旨を示すさらなる実証データが得られた。

結論

「我々は 『忌まわしき取引』 という現象をより良く理解しつつ、さらにこれと取り組んでゆく必要がある。こうした取引が市場や市場設計に対する重要な制約として働いている場合も珍しくないのだ」[1] と、アルヴィン・ロスは強調する。腎臓ドナーに対する支払の禁止は同現象の重要な一例だ。本研究は、嫌悪感に関わる考慮事項に基づいた個人の選択が予測可能な形で効率性情報に反応すること、また、そうであっても倫理的見解がなおこうした選好に極めて重要な影響を与えていることを示唆する。

そのため、以上の様なセンシティブな論題について実証データを供給しつつ研究を推し進めてゆくことが、さらなる実態把握や、人口集団が現実に抱いている選好に基づいた政策設計の改善に結実する可能性もあるだろう。特に臓器ドナーおよびその家族への規制付き支払システムを導入するケースにつき、今回の実証成果は、経済的インセンティブから期待し得る潜在的便益を社会に知らしめることが実際にこうした取引の容認度に影響を及ぼすことをとりわけ強く示すものとなっている。

個人の選好はどうやら倫理的考慮事項に加えて期待される効率性によっても左右されるようである。パイロット試験をとおして様々な設定でのアウトカムを検証すれば、人口集団が自らの選好する臓器調達・割当システムを決定する能力の向上が期待できるだろう。

参考文献

Becker, G S & Elias, J J (2007) “Introducing incentives in the market for live and cadaveric organ donations”, The Journal of Economic Perspectives, 21(3): 3-24.

Delmonico, F et al (2002) “Ethical incentives—not payment—for organ donation”, New England Journal of Medicine, 346(25).

Ghods, A J and S Savaj (2006) “Iranian model of paid and regulated living-unrelated kidney donation”, Clinical Journal of the American Society of Nephrology, 1(6): 1136-1145.

Elias, J J, N Lacetera and M Macis (2015) “Sacred values? The effect of information on attitudes toward payments for human organs”, Papers and Proceedings of the American Economic Review, 105(5): 361-65.

Elias, J J, N Lacetera and M Macis (2016) “Efficiency-morality trade-offs in repugnant transactions: A choice experiment”, NBER, Working Paper No 22632.

Held, P J, F McCormick, A Ojo and J P Roberts (2016) “A cost‐benefit analysis of government compensation of kidney donors”, American Journal of Transplantation, 16(3): 877–885.

Roth, A E (2007) “Repugnance as a constraint on markets”, Journal of Economic Perspectives, 21(3): 37-58.

原註

[1] http://hbswk.hbs.edu/item/repugnant-markets-and-how-they-get-that-wayを参照

エウジェニオ・プロト, アルド・ラスティチーニ, アンディス・ソフィアノス「社会はなぜ協力するのか」(2018年1月19日)

Eugenio Proto, Aldo Rustichini, Andis Sofianos, “Why societies cooperate“, (VOX, 19 January 2018)


協力行動を生み出す性質としては次の3つがよく挙げられる – 優しい気性・優れた規範性・知能。本稿ではあるラボ実験の結果を報告する。この実験ではさまざまなプレイヤー集団が協力の学習から利益を得ている。本実験をとおし、知能こそが、社会的に結束した協力的な社会にとっての第一義的条件であるという考え方への、非常に強力な裏付けが得られた。他者にたいする温かな感受性や優れた規範性には、小さく一過性の効果しか存在しないのである。

社会交流において、協力行動を決定付けるもの、あるいは我々をして自分自身だけでなく、我々の隣人にも便益のある形で活動することを可能にするものは何か? こうした隣人は、同国人でもあれば、この同じ惑星で共に生きる人でもあろう。「気になりますよ」 との言葉ばかりでなく、自分自身とともに他の人の生活も良くするような我々の行動を誘い出すのは、一体何なのか?

換言すれば、我々を実際的な (effective) 社会的動物にするものは何か?

経済学者をはじめとする社会科学者は数多くの説明を提示してきた。協力は温かな感受性に由来するのかもしれない。そうであるなら他者へ思い遣りは我々に寛大かつ協力的な行動を動機づけるものとなり得る。この議論によると、結束力のある社会とは、優しく寛大な感受性が我々の活動を触発している社会なのである (Dawes and Thaler 1988, Isaac and Walker 1988, Fehr and Gaechter 2000, Fehr and Schmidt 1999, Falk et al. 2008, 等々)。

他方、優れた規範性と制度こそが社会的に有用な行動の大枠を提示するという説も存在する。この解釈によると、調和ある社会は、一貫して守られる優れた規範性と信頼 (Putman 1994, Coleman 1988, among others)、あるいは過去より受け継がれ現在うまく機能している制度に、その基礎をもつことになる (Acemoglu et al. 2001, 等々)。

最後に、洞察力に富む利己心が我々を導き、良き市民たらしめている可能性もある。この説によると、社会に協力が生まれるのは、人々が自らの活動の社会的帰結を予測しうるほどには賢い時、となる。ここでいう社会的帰結には他者にとっての帰結も含まれる。

最近の論文 (Proto et al., 近刊) で、我々はこれら3つの説を実験により検証した。結果、知能こそが社会的に結束した協力的な社会にとっての第一義的条件であるという考え方への、非常に強力な裏付けが得られた。温かな感受性や優れた規範性も一定の効果を持つが、それは一過性かつ小さなものである。

優しい気性・優れた規範性・知能

本実験は幾つかのゲームに依拠している。ゲームは一定のルール群からなるもので、これらルール群は2名の人物にたいし一定の利得を割り当てるものだが、その利得はプレイヤー双方の選択に掛かっている。このゲームは複数回繰り返されるので、これら2名のプレイヤーは互いに再び顔を合わせると知っていることになる。この繰り返しがあるので、各プレイヤーはそれまでの回に相手プレイヤーが取った行為に応じた対応をすることが可能となる。

本研究における繰り返しには無作為終了 (random termination) を採用しており、その頻度は実験者によってコントロールされている。続行確率が高いほど社会交流も長くなる。またこれら繰り返しゲームは非ゼロサムゲームである。換言すれば、協力的な – 相互に便益のある – 行動の余地が残されている。とはいえ自己中心的な、相互に損害を及ぼす行動についても同上だ。これは我々が実生活のなかで最も頻繁に経験する社会交流を反映したもので、大変重要な点である。

続いて2つの 「町 (cities)」、つまり被験者の集団を設定した。これら2つの集団は次の3つの特徴のうち1点で異なるものである: 優しい気性・優れた規範性・知能。我々が特に注目したのは、被験者が協力行動を選択した頻度であり、この頻度を協力率と呼ぶ。

我々は何種類かのゲームを調べた。はじめに取り上げたのは囚人のジレンマである。囚人のジレンマを一回限りのゲームとして行うならば、相手プレイヤーが何を選択するとしても、裏切り (相手プレイヤーと協力しない) のほうが利得は大きくなる。しかしゲームが無限回繰り替えされるならば、協力行為が各人にとって最適となる可能性がある。そのばあい両プレイヤーが全ての回に協力する均衡がうまれるかもしれないが、それは逸脱があるとその後に裏切りの均衡に逆行してしまう恐れがあるからだ。なお、この均衡において、現在の利得 (プレイヤー一名が裏切ったばあい、より大きくなる) と長期的利得 (こちらでは同プレイヤーが裏切ったばあい、より小さくなる) とのあいだのトレードオフがある点に注目されたい。

知能

知能の測定には、被験者のレーヴン漸進的マトリックステストにおける成績を利用した。一方の集団における被験者がもう一方の集団よりも高い知能をもっているように集団を設定すると、相対的に知能の高い側の集団は協力することを学習し、ほぼ完全な協力を達成することが確認された。相対的に知能の低い被験者からなる集団の側では、協力率が初期水準より低下している (図1)。

1 高/低-知能被験者集団が無作為終了型の繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率

: プレイヤーはレーヴン漸進的マトリックステストの結果を用いて集団に割り当てられている。

優しい気性

次に我々は、被験者の協調性 (agreeableness) 水準に従って2つの集団を設定した。この協調性というのは 「性格5因子 (Big 5)」 の1つであり、ポジティブな社会的傾向性 (信頼と寛大さ) の水準を計測したものである。図2にこれら2つの集団が無限回繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率を示した。これら2つの協調性集団には協力率にはっきりとした違いが存在しない。

図 2 高/低-協調性被験者集団が無作為終了型の繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率

: プレイヤーは性格5因子の1つに関する質問紙の結果を用いて集団に割り当てられている。

優れた規範性

最後に我々は、社会規範の遵奉水準の点で区別される集団を設定した。その特定にあたっては誠実性 (conscientiousness) を用いた。この誠実性は、秩序だっている・あてになるに・自己規律および良心性 (dutifulness) を示す といった傾向により定義されるもので、これも性格5因子の1つである。図3にこれら2つの被験者集団における協力率を示した。見られるように、高-誠実性集団は協力を増加させるというよりむしろ、低-誠実性集団とくらべ協力することを学習するのが遅くなっている。この結果が示唆するのは、社会規範の順守水準の相対的な高さは協力水準の相対的な高さの保証にならないことである。本分析が示唆するところ、こうした事態が生じた理由は、高度に誠実な被験者は自らの選択につきあまりに警戒的であるためだ。このことが完全な協力への収斂を遅らせたのである。

図 3 高/低-誠実性被験者集団が無作為終了型の繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率

: プレイヤーは性格5因子の1つに関する質問紙の結果を用いて集団に割り当てられている。

より単純なゲームにおける知能の影響

協力ないし協力することの学習にたいする知能の作用形態につき更なる知見を得るため、我々は2つの知能集団に、もっと単純な、現在の利得と長期的利得とのあいだに一切トレードオフが存在しないゲームを幾つかプレイしてもらった。1つ例を挙げれば、鹿狩りゲーム (stag hunt game) である。このゲームではプレイヤーは鹿と兎のいずれを狩るか決定しなくてはならない。鹿を狩るばあい、相手プレイヤーも鹿を狩るならば利得が高くなるが、相手プレイヤーが兎を狩るばあいの利得は低い。兎を狩るばあいは、相手プレイヤーの決断いかんに関わらず、中ほどだが確実な利得が得られる。

プレイヤーが一度きりしか顔を合わせないのならば、鹿を狩るのが最適となるのは、相手プレイヤーも鹿狩りを選ぶだろうと予想しているばあいのみである。しかしこのゲームが繰り替えされるばあい、ひとたび鹿狩りでの協調に至れば、両プレイヤーにとってもはや敢えて兎狩りを決定することの利益は長期的にも短期的にも存在しなくなる。図4に鹿狩りにおける協調率を示す – 見られるように、高/低-知能集団のあいだに然したる違いは無い。両集団は鹿狩りに協調することを素早く学習しており、その後自らの行動を変化させていない。男女の争い (Battle of the sexes) も短期と長期の利得のあいだにトレードオフが無いゲームだが、こちらでも同じ結果が得られている。

図 4 高/低-IQ被験者集団が不定回繰り返し鹿狩りゲームを別のラボセッションで行った時の、鹿狩りでの協調率

: プレイヤーはレーヴン漸進的マトリックステストの結果を用いて集団に割り当てられている。

目標無視

1つの仮説は、短期と長期の利得のあいだにトレードオフが存在しないゲームでは、知能が協力状況に及ぼす影響が小さくなる、というものだ。これはDuncan et al. (2008) によって明らかになった、相対的に低-知能の個人が非戦略的選択において見せる目標無視 (goal neglect) と似通った影響である。同研究において著者らは、知的な人ほどすでに選択された戦略をより一貫して適用する傾向があることを実験的に示した。我々の実験でも、短期的な目標が長期的目標と齟齬を来すようなゲームをプレイした時、自らの長期的目標を蔑ろにし、利得を減らす失敗をしてしまう個人が時折現れた。図6は被験者の犯した失敗を示すもので、知能を分位点ごとに分けて表示している。

図 5 繰り返し囚人のジレンマゲームにおける戦略の適用に際し被験者が犯した失敗(IQ分布分位点ごと)

: 「失敗 (errors)」 は、それまでの回に被験者が協力しているばあいの裏切りと定義した。

参考文献

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Putnam, R D (1994), Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy, Princeton University Press.

 

ジュリア・カジェ「メディア競争激化の帰結に関する新たな実証成果は教える 」(2017年12月23日)

Julia Cagé, “Lessons from new evidence on the consequences of increased media competition“, (VOX, 23 December 2017)


社会通念はいう。すなわち、メディア競争の激化をとおし市民はより多くを知るようになり、それにより民主制の働きが向上する、と。本稿はこの主張を、フランス地方紙の発行部数データを活用することで検証する試みである。結果、メディア競争の激化は、顧客奪取をひきおこし、地方紙による公の問題にかかわるニュース報道の減少につながることが判明した。またメディア競争の激化は、地方選挙の投票率にもネガティブな影響を及ぼす。競争はメディア環境の質の鍵だが、以上の研究結果はメディア競争の激化が必ずしも社会的に効率的なものではないことを浮き彫りにする。

連邦通信委員会 (FCC: Federal Communications Commission) はつい最近になって地方メディアの所有に関する規制を幾つも撤廃した。これら規制は42年ものあいだ合衆国に保たれてきたもので、今回の撤廃はメディア部門におけるさらなる統合に扉を開くこととなった。かくして、市民のあいだの情報周知状況にたいしメディア競争が及ぼす影響を解明することは、これまでに増して重要となっている。一方では、Hamilton (2004: 21) が強調するように、「ニュース市場をめぐる議論では、『便りが多いは良い便り (more news is better news)』 との方針が1つの公理として支持されているように見える」。競争には数多くの恩恵があるが、その中心に位置づけられるのがイデオロギー的多様性である (Gentzkow et al. 2014)。しかし他方でメディア産業は、高い固定費用と規模に対する収穫逓増を特徴とする。クオリティの高い情報を生み出す能力をめぐって同産業への懸念が高まるなか、一部には市場をとおして支え得る多様性は一定限度にすぎない主張する者もいる。

私は最近のワーキングペーパーのなかで、メディア競争の激化が、提供されるニュースの質と量、そして最終的には政治参加率にまで及ぼす影響を調査した (Cagé 2017)。その際、地方紙プレゼンス・新聞社のニュースルーム・コストと収入・1944-2014年のフランス政治関連投票率 を扱った独自データセットを構築した。本サンプルには287の地方日刊紙が含まれている。これらの新聞は一般情報紙にあたり、ソフトなニュースから (紙面のおよそ三分の二)、ハードなニュース (三分の一) まで提供している。平均すると、各紙で働くジャーナリストは59名。デジタル時代に突入してなお、フランスの地方日刊紙産業は重要な役割を担い続けている。2014年度における同産業の総収入は23億ユーロ; これは活字メディア産業の総収入のほぼ30%に匹敵する。その上、地方ニュースと公の問題に関するかぎり、地方紙は依然として最重要メディアの座に留まっているのだ。

地方ニュース市場におけるメディア競争激化の影響はいかなるものなのだろうか? 私は新聞社の参入の影響を推定するにあたり、ある年に参入が観察された郡と、そうした郡と似ているが同年に参入が観察されなかった郡との比較を試みた (本稿でいう 「郡 (counties)」 とは、フランス本土 (metropolitan France) における (départements) をさす)。図1は、各年度のネットでみて新聞の参入があった郡の数 (図1a)、および各年度のネットでみて新聞の撤退があった郡の数 (図1b) を示している。

図1a ネットでみて参入があった郡の数 (1944-2014)

図1b ネットでみて撤退があった郡の数 (1944-2014)

つづいて新聞一紙の参入が諸既存紙の発行部数をほぼ20%分も減少させることを明らかにした。換言すれば、仮に一定の市場拡大が観察された場合でも (該当郡における総発行部数が多少増加しても)、非常に強い顧客奪取効果がうまれるのである。図2にこの事情を図示する。

図2a 総発行部数 (1944-2014)

図2b 諸既存紙の発行部数 (1944-2014)

こういったネガティブな影響はどのように説明できるのだろうか? 次のような極端なシチュエーションを考えて見て欲しい。そこでは所与の市場における全ての消費者が同一の趣味趣向を持っている – 例えば、新聞のクオリティにたいする支払意思額や政治的選好について。すると新たな一紙がこの市場に参入すれば、その市場の半分を獲得し、唯一の既存紙として存在していた一紙の発行部数を半減させることになる。無論、現実においては、市民の趣味趣向は多様であるし、参入者は自らに固有の市場シェアを創出する。しかしそれも部分的な話だ。言い方を変えれば、メディア競争の激化は顧客奪取につながるのである。

顧客奪取効果は重要な含意をはらんでいる。私は競争の激化が諸既存紙の収入38-43%分の減少 (売上・広告の双方からの収入)、そしてさらに重要な点だが、諸既存紙で働くジャーナリスト数の19-35%分の減少につながることを明らかにした。ニュースルームサイズの落ち込みは、不均一性の低い郡では (すなわち、消費者が類似した選好を持っている郡) 50%にもなる。その上、このジャーナリスト数の減少は、ニュース市場レベルで見たジャーナリスト総数の全体的な増加によっても補償されていない。これは図3に示されている。このことはどうすれば説明がつくのか? 私の論文では、一種の 「切り替え効果 (switching effect)」 を裏付ける事例的な傍証を提示している。ある既存紙のニュースルームで働くジャーナリストの一部が、参入者のニュースルームに切り替えていたのである。

図3a 該当郡で働くジャーナリスト総数 (1944­–2014)

図3b 諸既存紙で働くジャーナリストの数 (1944–2014)

かくして、競争の下では、ニュースルームの平均サイズは独占時よりも小さくなる。同じジャーナリストでも、現在は様々な発行体で働くようになったことで、自らの活動を – 非効率的な形で – 水増しし、同じ様なニュース事件を報道している。ジャーナリストの数をもって一紙のクオリティを捉える優れた代理物と見做すことできるとすれば (Angelucci and Cagé 2016)、以上の事情は競争が情報クオリティを引き下げることを示唆する。

またさらに、このニュースクオリティの低下については追加的な実証成果も提示した。具体的にいうと、近年のデータ (2005-2012) を活用しつつ、新たな一紙の追加が、新聞サイズの16-53%の減少 [訳註1]、ハードニュースが占める割合の9-13%の減少、該当紙に掲載されたハードニュース量の25-32%の減少につながることを示した。換言すれば、競争の激化は地方紙による公の問題の報道の減少につながるのである。

そもそもニュース報道のこうした落ち込みを我々はなぜ気に掛ける必要があるのか? それは市民のあいだの情報周知水準が、民主制というものの活力の鍵を握っているからだ。第一に、メディアの監視は汚職削減の手掛かりになりうる (Ferraz and Finan 2008)。第二に、もし情報周知された投票権者ほど投票をおこなう傾向が高いならば、競争の激化は、情報クオリティにたいするそのネガティブな影響をとおし、政治参加率の低下につながってしまうだろう。競争が投票率に及ぼす効果を市長選挙において調査したところ、まさにそうした結果が得られた。新聞競争の激化が地方選挙の投票率にたいし頑健かつネガティブな影響を持っていることが明らかになったのである。新たな一紙の追加は、得票率をおよそ0.3%ポイント低下させる。

1970年代の終わり以降、フランス – そして大多数の西欧民主主義国 – では、地方選挙の投票率が継続的に低下している。ところで本研究成果は、これをその他のメディアに外挿したばあい、昨今観察されている政治参加率の歴史的な低下について、その相当部分が、直近数十年間にわたるメディア競争の大きな激化により説明できてしまう可能性があることを示唆するものとなっている。

当然だが、私の発見はメディア競争を緩和すべきことを示唆するものではない。すでに強調したように、競争はメディア環境水準の鍵を握っているが、その理由はわけても競争が多数性を確保してくれるところにある。とはいえ次の点を強調しておくことは重要だ。すなわち、メディア競争の激化は必ずしも社会的に効率的ではないのである。具体的にいうと、本研究結果は、一定の条件の下では、過剰競争から生じうる厚生上のロスを補償するため、政策的介入が必要となる可能性を示唆している。第一に、ある種のケースでは、競合紙間で共同業務協定を締結するよう働きかけ、事業運営を統合することが望ましくなるかもしれない。合衆国では歴史的に、メディア産業には幾つかの反トラスト規制の免除が認められてきた。その筆頭は1970年アメリカ新聞保存法 (American Newspaper Preservation Act) である。最近では、「ニュースメディア連合」(合衆国における最大の新聞産業団体) が合衆国議会にたいし、FacebookとGoogleとの交渉を加盟企業が集団的に行うための特例的な許可を獲得しようと画策している。こうした対応策はメディア部門の統合をこのうえさらに強化するよりも望ましいかもしれない。

第二に、本論文での研究結果は、1つの興味深い方策として、メディア組織をより厚遇する方向にその法的・財政的ステータスを発展させてゆく道も示唆している。ほとんどの国のメディア組織は非営利ステータスから恩恵を得ることを許可されていない。そこで私は、例えば、「非営利メディア組織」 ステータスの創出などを提案している (Cagé 2015)。代わって、ジャーナリスト向け税額控除の設定、あるいは一般情報メディアアウトレットにたいする他の形の独創的助成金の創出をとおし、ニュースエージェンシーの支援を強化してゆくというのも、この先のメディア多元性とクオリティの高い情報提供、この双方の確保を考えるうえで興味深い方向性だと思われる。

参考文献

Angelucci, C and J Cagé (2016), “Newspapers in times of low advertising revenues“, CEPR Discussion Paper 11414.

Cagé, J (2015), Sauver les médias: Capitalisme, financement participatif et démocratie, Seuil (English version: Saving the Media: Capitalism, Crowdfunding and Democracy, Harvard University Press, 2016).

Cagé, J (2017), “Media competition, information provision and political participation: Evidence from French local newspapers and elections, 1944-2014“, CEPR Discussion Paper 12198.

Ferraz, C and F Finan (2008), “Exposing corrupt politicians: The effects of Brazil’s publicly released audits on electoral outcomes”, Quarterly Journal of Economics 123(2): 703–746.

Gentzkow, M, J Shapiro and M Sinkinson (2014), “Competition and ideological diversity: Historical evidence from US newspapers”, American Economic Review 104(10): 3073–3114.

Hamilton, J (2004), All the News That’s Fit to Shell: How the Market Transforms Information Into News, Princeton University Press.


訳註1. 元論文には、新聞サイズ (the size of newspaper) というものを、(i)「一紙あたりの記事数」、(ii)「一紙あたりの総文字数」、(iii)「新聞第一面あたりの総文字数」 の3つの基準で計測したとの記述がある。そして新たな一紙の参入があると、(i) は42%、(ii)は53%、(iii) は16%、それぞれ減少するという。これが 「新聞サイズの16-53%の減少」 にあたるようである。論文p. 4、pp. 26-27を参照。

サミュエル・バッジ, マルティン・フィスバン, ムサイ・ゲブルセラシエ 「合衆国における個人主義と再分配への反対: フロンティアの文化的遺産」(2017年12月23日)

Samuel Bazzi, Martin Fiszbein, Mesay Gebresilasse, “Individualism and opposition to redistribution in the US: The cultural legacy of the frontier” (VOX, 23 December 2017)


再分配、そしてヘルスケア・銃規制・最低賃金・汚染管理といった領域における政府の介入。こうしたものに反対する人は、アメリカ人のほうがヨーロッパ人より多い。本稿では、アメリカに古くからある 「武骨な個人主義 (rugged individualism)」 の文化がフロンティアの歴史において根付いたものである旨を主張する。共和党への支持を個人レベルで考慮してもなお、フロンティアの歴史的経験が大きかった合衆国地域ほど、今日においても依然として再分配や政府による規制にたいする反対が強くなっている。

アメリカの投票権者の大きな割合が再分配に強く反対している。こうした人達はおそらく、増税ではなく福祉支出の切り下げのほうを選好する。過去40年間の所得格差と財産格差の急速な拡大を後目に、この再分配にたいする反対は安定を保ってきた (Ashok et al. 2015)。合衆国とヨーロッパにおける再分配政策と選好状況のあいだには 「世界ひとつ分の隔たり」 が存在するのである (Alesina and Glaeser 2004)。この論点は長らく政治経済学の一大テーマとなってきた (Alesina et al. 2016, Benabou and Tirole 2006, Picketty 1995)。

最近 New York Times に掲載された記事のなかでDavid Brooks (2017) が、アメリカの投票権者はなぜ自己の経済的利益に反する政策を支援するのかを問うている:

「…私の試論では、18-19世紀から説き起こすことになる。トランプ支持者の多くは、かつてアメリカのフロンティアの最前線だった地域に居住している。このフロンティアでの生活は、吹けば飛ぶような、危険の付き纏う、孤独で、仮借なき代物だった…節制と独立自尊は必要不可欠だった…彼らの見るところ、政府なるものはこの峻厳なる徳目を強化するものではない。それどころか、これを台無しにしてしまうのである」

我々は同意する。そして、合衆国における再分配への反対は、フロンティアの歴史において根付いたこの 「武骨な個人主義」 の一部であると主張する。

我々は最近の論文 (Bazzi et al. 2017) のなかで、アメリカのフロンティアは個人主義を涵養したとのテーゼを考察した。このテーゼは1893年にフレデリック・ジャクソン・ターナーによって初めて提起された。我々はこのフロンティアテーゼを地方レベル (subnational level) で検討し、それがはらむ文化と政治への長期的影響を特定することができた。歴史的に見ると、フロンティア地域には特異な人口と、相対的に強い個人主義が存在した。フロンティアの消滅から何十年も経つと、こうした人口学的な差異も姿を消すが、その文化的遺産は今もその脈絡を保っている。歴史的に見てフロンティアであった時間が相対的に長かった地域では、今日においても個人主義と再分配への反対が相対的に広く見られるのである。

アメリカ史におけるフロンティア

合衆国初期の歴史は、西へと向かう急速な拡張の歴史であった。19世紀後半になるまで、合衆国の領土は広大な空き地を抱えていた。定住が始まった地域とまだ定住が始まっていない地域を分かつフロンティアは、アメリカ文化に強い影響を及ぼし、武骨な個人主義 – 個人主義そして政府介入への反対の特異な混合体 – の発達を促した。

我々の研究では、歴史データとならんで近代的なGIS手法を用いることで、フロンティアの位置特定とその継時的な変容の追跡を行った。歴史的資料に倣い、人口密度が平方マイル毎に2人に満たない水準に落ち込む境界線を見つける度、それをフロンティアラインと定義した。続いてフロンティア地域の定義だが、これはフロンティアラインから100キロメートル以内にある地域で、人口密度が平方マイル毎に6人に満たないものとした。

図1 1790年および1890年の人口密度とフロンティアライン

フロンティア人口には幾つかの特異な性質があった。これら人口には、男性で、婚姻適齢期にあり、文字が読めず、外国生まれ、といった人達がアンバランスに多かったのである。くわえて彼らはかなり高度な個人主義を持っていた。ここでいう個人主義とは、珍しい子供の名前の普及 (prevalence) により把捉したものである。Twenge et al. (2010) の考案したこの独創的な測定方法の背後にあるのは、個人主義タイプの人間は多くの場合平凡な名前を避け (ジョンやサラといった名前が少なくなる)、代わりに珍しい名前 (ルーファスやルシンダといった名前が多くなる) を選びたがるとの考え方で、前者は周囲に溶け込みたいとの欲望を、後者はなんとか目立ちたいとの欲望を、それぞれ反映している。この方法は次に挙げるような個人主義の社会心理学的な定義にも合致する: すなわち、自己利益の第一義性・独立自尊の強調・社会規範ではなく個人的態度に基づいた行動制御である。

人口学的特徴と個人主義に関する差異は、フロンティアを定義づける二大性質 – 人口密度の低さと孤立性 – の双方と結び付いている。しかしフロンティアの違いは統計的に現れる違いに留まらない。それは定質的にも判然たる社会タイプだった。このことは例えば、低い人口密度において観察される男女比率と珍しい名前に関しての構造変化に見て取れる。

図2 フロンティアにおいて歪みが見られる男女比率と個人主義

出典: Bazzi et al. (2017).

フロンティアがもたらしたもの、それは機会と危難の類稀なる組み合わせだった。土地その他の自然資源の潤沢さは、適切に利用すれば、多くの利潤機会を生み出した。他方、フロンティア定住者の恃むところは、己をおいて他になかった。彼らは幾多の危難に直面した。旱魃・吹雪・疫病・収穫不振・野生動物襲来・ネイティブアメリカンとの紛争、などである。

こうした条件は次の3つの作用をとおしてフロンティアの特異な文化的性質を育んだ:

  • 選択的移住: フロンティア地域に惹き寄せられたのは、過酷な条件のもとで伸し上がってゆくだけの意思と能力をもった人達だった。我々は、アメリカ人ネイティブのなかでも、個人主義タイプの人間 – 子供に付けられた珍しい名前で代理 – はフロンティアに移住する傾向が相対的に高かったことを明らかにすることができた。
  • 個人主義の適応アドバンテージ: 独立自尊は防衛のためにも生活条件の改善のためにも重要だった。個人主義と結び付いた革新性は新奇で不確かな条件に対処するうえで有用だった。個人主義タイプの人間は、フロンティアにおいて相対的に高い社会経済的地位と残留傾向をもっていた。
  • 再分配反対の選好: 土地の潤沢性と遠隔性は、努力による社会的上昇の期待をうみだした。これは再分配にたいする敵意を醸成するものだろう。フロンティアでは、土地格差が相対的に小さく、高い財産蓄積率があり、また社会移動も盛んだった。

フロンティア地域が個人主義的タイプの人間を惹き寄せる一方、フロンティア特有の自然・社会条件も個人主義を涵養した。こうした作用力は相補的かつ相互強化的なものだった。例えば、フロンティアで個人主義が持っていた相対的に大きい適応アドバンテージは、個人主義者の選択的移住の増加を誘発しただろう。他方、個人主義者によるフロンティアへの選択的移住は、この特質のアドバンテージを強めたはずだ。個人主義者からなる社会では、集産主義的規範の価値は限られているのである。

フロンティアが文化と政治に及ぼした長期的影響

フロンティアにおける高度の個人主義は消え去っていてもおかしくはないのだが、実際はそうならなかった。というより、フロンティアの経験こそが文化の長期的展開を形成してきた。フロンティア地域における初期定住者が文化的展開の条件を確立してしまったのである。数多くの均衡点そして経路依存性が存在するなか、この形成期が1つの決定的な分岐点となり、フロンティアの経験は末永く保たれる遺産をあとに残すこととなった。

フロンティア経験の長期的影響を検討するにあたり、我々は合衆国の各地域について1790年から1890年にかけてフロンティアにあった年数を測定した。フロンティア条件への露出の長さは、フロンティアにおいて武骨な個人主義が大いに栄えるに至った3つのメカニズムの射程を決定付けた。別の言い方をすれば、総フロンティア経験 こそが各地域におけるフロンティア文化の刷り込み強度を決定付けたのである。

図3 総フロンティア経験

出典: Bazzi et al. (2017).

そして我々は、総フロンティア経験が相対的に強い水準における武骨な個人主義の持続につながったことを明らかにした。フロンティアにあった時間が相対的に長い郡では、次のような状況が依然として観察される:

  • フロンティア消滅以降も数世代にわたって個人主義が相対的に強い。これは20世紀中葉に見られた珍しい名前と、1990年代初頭におけるサーベイ調査にたいする回答に反映されている。
  • 再分配と公的支出にたいする反対が相対的に強い。これは政府の介入に関する異なる考え方を把捉した直近20年の様々なサーベイ調査をとおして測定されている。
  • 2010年における財産税が相対的に低い。これは地域公共財への資金供給にとって重要な政策アウトカムである。
  • 2000年以降の大統領選挙において共和党支持が相対的に強い。
  • 政府による継続的な規制にたいする反対が相対的に強い; これについては、アフォーダブル・ケア・アクト (ACA)、最低賃金の上昇、アサルトライフルの禁止、二酸化炭素排出規制の4つを取り上げた。
図4 総フロンティア経験と共和党への投票
出典: Bazzi et al. (2017).

共和党への支持は、再分配と大きな政府にたいする反対の、大よその代理物として使用できる。こうしたテーマは同党の政策綱領群に顕著であり、政治的二極化の激化のためにいよいよ顕出的になってきた。これは、歴史的なフロンティア経験と現代における共和党支持との結び付きが、2000年代に強まった理由を説明するものなのかもしれない。とくに2016年の選挙ではフロンティアの遺産がとりわけ色濃く見られた。

我々が考察の対象とした政府による4つの継続的規制は、フロンティアの文化的遺産についてさらなる洞察を与えてくれる。これら4つの政策は今日の党派的議論を生み出しているものだが、これはフロンティアにおける生活の歴史的性質に関連付けることができる。例えば、運不運ではなく努力をとおした社会的上昇への堅い信仰は、最低賃金の上昇やACAにたいする反対を生み出しているかもしれない。同様に、自己防衛の必要性は銃規制への反対に勢いを与えているかもしれず、「明白な天命」 なる概念が汚染規制への反対につながっている可能性もある。興味深いことに、共和党支持に関する個人レベルデータを考慮してなお、歴史的なフロンティア経験が相対的に強かった地区に住む人のあいだでは、こうした規制にたいする反対が今日においても相対的に強いのである。

「一歩、また一歩と、アメリカ的に」

合衆国とヨーロッパのあいだで、個人主義と租税再分配にたいする反対について態度を比較する試みは、多くの関心を集めてきた。我々の研究はアメリカ史におけるフロンティアの重要性を確証するものとなった。1893年、F J ターナーはこう述べている。最初期において 「大西洋沿岸…はヨーロッパのフロンティアであった」 が、「フロンティアの漸進はヨーロッパの影響から着実に遠ざかってゆく運動を意味した」 のであって、結局のところ 「西へと進むなかで、フロンティアは、一歩、また一歩と、アメリカ的になっていった」 のである。

合衆国における再分配への反対は、拡大する格差を目の当たりにしてなお脈絡を保っているが、本稿で述べた幾つのかの根因は、この反対を説明しうるものかもしれない。政府の介入にたいする反対と激化を続ける政治的二極化は、現在の出来事にたいする反応のみならず、古くからアメリカ文化の一部をなしてきたある種の態度をも映し出している可能性がある。

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フィリップ・ノヴォクメト, トマ・ピケティ, ガブリエル・ザックマン 「ソヴィエトから寡頭制へ: ロシアの格差と財産 1905-2016」(2017年11月9日)

Filip Novokmet, Thomas Piketty, “Gabriel Zucman, From Soviets to oligarchs: Inequality and property in Russia, 1905-2016“, (VOX, 09 November 2017)


 

1990-1991年のソヴィエト連邦崩壊以降、ロシアは経済的にも政治的にも劇的な変貌を遂げた。だが、そこから所得と財産の分配にどのような帰結が生じたかについては十分に実証・解明されていないのが現状である。本稿は、諸般の利用可能なデータ資料を結合し、ロシアにおける所得と財産の集積・分配について、ソヴィエト時代から今日に至るまでの一貫した時系列を提示しようという試みである。

ソヴィエト連邦崩壊以降、ロシアは経済的にも政治的にも劇的な変貌を遂げた。この類まれなる出来事のために、ロシアの事例研究は格差研究アジェンダにおける喫緊の課題のひとつとなっている。ソヴィエトの平等主義的なイデオロギーの破綻、市場経済への 「ビックバン」 的な移行、あるいは所謂 「寡頭制」 の出現といったエピソード (Guriev and Rachinsky 2005) の枚挙に暇ないロシアにおける格差パターンを紐解けば、格差の力学において政治・制度機関・イデオロギーがはたす役割の解明に、新たな展望が開けてくるかもしれないのだ。同時に近年の格差拡大は、収斂論的言説の文脈で、包摂的成長の可能性に目配りをしつつ考察してゆく必要もある。

われわれの最近の論文は、格差の測定と、既存の資料群の結合をとおしロシアにおける格差の軌跡を歴史的・国際比較的な展望に位置付ける手法の説明にフォーカスしたものである (Novokmet et al. 2017)1。結果、公式の格差推定値はロシアにおける所得の局在を大幅に過小評価するものであることが判明した。論文ではさらに、ポスト-ソヴィエト期のロシアにおける私有財産・公有財産・国有財産 (private, public, and national wealth) をとらえた完全なバランスシートとしては初となるものを提示した。ここにはオフショア財産の推定値も含まれている。なお同論文は、諸国間で比較可能な分布統計の作成をめざすより大きなプロジェクトの一部をなす (Alvaredo et al. 2016)。

ロシアにおける私有財産の勃興

1990年から2015年にかけて発生した大変化といえば、もちろん共産主義から資本主義への移行、すなわち公有財産から私有財産への移行だ。1990年、ネットの国有財産は国民所得の400%を僅かに上回っていた。その内訳は、ネットの公有財産が約300% (およそ四分の三)、ネットの私有財産が100%を少し上回る程度 (四分の一) となる。2015年、この比率は基本的に逆転している: ネットの国有財産は国民所得の450%に達し、その内訳は、ネットの私有財産が350%超を占め、公有財産は100%未満となっている (図1)。公有財産の劇的な落ち込みは、1990年から1995年にかけての数年間のうちに起きたもので、続いて所謂 「ショック療法」 とバウチャー方式の民営化が行われた。

図1 1990-2015年のロシアにおける公有財産と私有財産 (国民所得の%で表示)

私有財産の勃興にさいして住宅が担った決定的な役割の発見が、ここでひとつの鍵となる (図2)。私有住宅は、国民所得の50%に満たない1990年当時の水準から出発し、2008-2009年には国民所得の250%に増加、その後2015年になると国民所得の約200%に減少した。この上昇は、住宅私有化による大規模な移転に由来する数量効果、そして不動産価格の上昇が誘発した価格効果、これら双方の結果だった2

だがとりわけ印象的なのは、ロシアの家計が所有する金融資産について記録されている水準が非常に低いものとなっている点である。家計の金融資産は1990-2015年期間をとおし、つねに国民所得の70-80%を下回る水準にあった。それどころか、国民所得の50%に満たないことさえしばしばだった。事実上、ロシア企業の民営化が家計金融資産の有意な長期的上昇にまったくつながらなかったかの如くである。もっとも、最初期に発生した金融資産の減退は想定内のものだった。それはソヴィエト時代の貯蓄が1990年代初頭のハイパーインフレーションにより、文字通り真っさらにされた時期にあたる。またもっと一般的な話として、1990年代のカオス的な貨幣・政治状況のさなかにあっては、市場価値でみた家計金融資産が1990年代の中ごろから後半になるまでずっと相対的に低く留まっていたとしても驚くにはあたらない、との立論も可能だろう。したがって理解が比較的難しいのは、こうした極端に低い価格がその後もしぶとく生き延びたこと、具体的にいえば1998年から2008年にかけてロシア株式市場ブームが発生していたのにもかかわらずそうなったこと、この点なのだ。

この矛盾については、極一部のロシア家計が、オフショア財産、すなわちオフショアセンターにある記録されていない金融資産を、極めて大量に保有している事実によりもっぱら説明される、というのがわれわれの見解である。具体的にいえば、1990-2015年期間のきわめて大きな貿易黒字 – もっぱら石油とガスの輸出が牽引 – と、比較的限られていたネットの対外資産蓄積とのあいだに、大きなギャップが存在するのである。われわれのベンチマーク指標の推定値によると、オフショア財産は1990年から2015年にかけて徐々に増加し、2015年までに国民所得の約75%、すなわちロシア家計のもつ金融資産で記録されているものとほぼ同額を占めるようになる。つまり、富裕なロシア人が国外 – 英国・スイス・キプロス・その他類似のオフショアセンター – に保有する金融資産は、ロシア国内でロシア全人口が保有する金融資産に匹敵するのである。さらにいえば、富裕なロシア人がオフショアに保有する財産は、ネットの外貨準備として公式に示されている値の約3倍にもなる。

図2 ロシアにおける私有財産の上昇 1990-2015 (国民所得の%で表示)

国際的に比較すると、ロシアにおける財産総計の変転は – 中国や旧共産主義国のそれと同じく – 1970-1980年代以降すべての発展国で実証されてきた一般傾向が極端化したケースと見做しうる。こうした一般傾向のなかでも特筆すべきは、やはり国民所得にたいする私有財産の一般的な上昇であり、これに付随した公的所有の凋落である (Piketty and Zucman 2014, Piketty 2014)。ロシアでは、私有財産が国民所得にたいして尋常ならぬ増加をみているが、その比率は2015年時点で 「たったの」 350-400%程度の大きさであり、これは中国や西欧諸国の水準とくらべると目だって小さい (図3を参照)。ロシアの私有財産におけるオフショア財産に関する我々の推定値を組み入れなければ、ギャップはこのうえさらに大きくなるだろう点も強調しておこう。くわえて、ロシアの私有財産の増加は、国有財産 – 私有財産と公有財産の合計 – が国民所得にたいしてほとんど増加していない (1990年の400%から、2015年の450%になった程度) という意味で、ほぼ公有財産のみを対価に購われた (図1)。これと対照的なのが中国の国有財産で、こちらは2015年までに国民所得の700%に達している。

図3 私有財産の上昇: ロシア vs. 中国および富裕国 (私有財産、家計) (国民所得の%で表示)

ロシアにおける所得格差の拡大

われわれは、国民経済計算・サーベイ調査・長者番付・財政データを結合することで、新たな所得分布時系列を構築した。管見の及ぶかぎり、ロシアの国民所得税表を利用しつつ公式のサーベイ調査準拠格差推定値を修正する試みとしては、これが初のものである。結果、サーベイ調査が1990年以降の格差の上昇を大幅に過小評価していることが判明した。われわれのベンチマーク指標にもとづく推定値によれば、トップ10%の所得シェアは、1990-1991年の25%未満から、2015年までに45%超に上昇している。またトップ1%の所得シェアも、同移行開始時における5%未満から、およそ20-25%に上昇した (サーベイ調査の示唆するところではおよそ10%)。次の点もここで指摘しておく価値があるだろう。すなわち、この尋常ならぬ上昇はボトム50%の所得シェアの大規模な暴落と同時に起きていたのである。こちらのシェアは、1990-1991年における全所得の約30%から、1990年中ごろには10%未満に下落、その後徐々に回復し2015年までに約18%となった。

われわれのベンチマーク推定値に従うと、1989-2016年期間を全体として考慮した場合、成人ひとりあたり平均でみた国民所得は41%分増加していたことになる。つまり一年あたり1.3%だ。先ほど言及したように、所得集団の違いによりそれが経験してきた成長も大きく異なる。ボトム50%の所得層ではきわめて小さな成長の恩恵しかなく、あるいは負の成長を被った場合もあるほどだが、ミドル40%には、相対的に慎ましくはあるが正の成長があり、トップ10%ともなるときわめて大きな成長率を享受している (図4を参照)。

図4 パーセンタイルごとにみた1989-2016年のロシアにおける累積実質成長

長期的に見ると、ロシアにおける所得格差の変転は、20世紀をとおし西欧で観察された長期にわたるU字型パターンが極端化したものに見える (図5)。所得格差はツァーリ時代のロシアにおいて大きかったが、その後ソヴィエト期をとおして非常に低い水準に落ち、最後にソヴィエト連邦崩壊をへてふたたび非常に高い水準に舞い戻った。トップの所得シェアはいまや合衆国で観測されている水準に近い (あるいはそれを上回る)。他方、ロシアにおける格差の拡大は中国や東ヨーロッパのその他の旧共産主義国とくらべてもかなり激しかった4。図6には共産主義崩壊後にみられたトップ1%所得シェアを、ポーランド・ハンガリー・チェコ共和国と比較したものだが、ロシアのそれが他国から顕著に分岐していることが見て取れる5。

図5 トップ10%の所得シェア: ロシア vs. 合衆国およびフランス

図6 トップ1%の所得シェア: ロシア vs. 東欧諸国

まとめると、われわれの新たな発見はロシアにおける極端な格差水準、そしてレントに依拠した資源への長期的な集中を浮き彫りにした – これは持続可能な発展・成長を作るのにうってつけの材料ではないだろう。とはいえ、データへのアクセスと金融的透明性の問題でロシアにおける格差の力学を適切に分析することがきわめて難しくなっている点は、ここで強調しておきたい。われわれはもっとも信憑性のある手法を用いつつ、現存する諸般のデータ資料を結合するために出来るかぎりのことをした。しかし利用可能な生データの質はとても十分とはいえない水準に留まっている。本研究は目下進行中のプロジェクトであり、したがって将来より洗練された方法が構想され、より優れたデータ資料が (願わくば) 利用可能となれば、本稿で報告したロシアの時系列データが改良されるだろうことは疑いない。

参考文献

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原注

(1) 本方法論はすでに、合衆国 (Saez and Zucman 2016, Piketty et al. 2016)、フランス (Garbinti et al. 2016, 2017)、中国 (Piketty et al. 2017) における実用例がある。

(2) 住宅私有化の分配的効果については Yemtsov 2008を参照。

(3) 年間キャピタルフライトに関する本推定値は、国際収支におけるネットの誤差遺漏、および資本移転アウトフローの合計として算出したものである。そのうえで、年度あたりのキャピタルフライトを、収益率 (rates of return) に関するいくつかの仮定を置きつつ累計した。オフショア財産の重要性一般についてはZucman (2015) を参照。

(4) 社会主義政権期およびその後の移行期における東ヨーロッパの所得格差に関しては、数多くの研究がなされている (例: Atkinson and Micklewright 1992, Milanović 1998, Milanović and Ersado 2010, Flemming and Micklewright 2000など)。

(5) ポスト-共産主義期のロシアと中央ヨーロッパ諸国にみられた分岐的な格差パターンの底にある主因としては、制度的分岐 (たとえば後者の事例においてヨーロッパ連合がはたした 「制度的アンカー」 など) が挙げられることが多い (例: Berglof and Bolton 2002, Roland 2000)。

マーク・ハリソン 「ソヴィエト経済 1917-1991: 在りし日日、亡きあと」(2017年11月7日)

Mark Harrison,  The Soviet economy, 1917-1991: Its life and afterlife,  (VOX, 07 November 2017)


ソヴィエト時代のロシアが特異であったのは、経済成長でも人的開発でもなく、国力形成における経済の使用形態のためだった。1917年ボリシェヴィキ革命の百周年を記念する本稿では、女子教育と児童生存率上昇が多くの市民に機会向上をもたらしたのはたしかだとしても、ソヴィエトロシアは、そこで生まれ、育ち、年老いてゆく者にとって、過酷で不公平な環境であったことを示す。ソヴィエトの経済体制は大量生産 (mass production)・大規模軍 (mass armies) の時代に構想された。その時代はすでに過ぎ去ったが、ソヴィエト経済の思想はいまも脈をとどめている – 古き日への郷愁とナショナリズムに支えられながら。

1980年代、ソヴィエト連邦が 「ロケットで武装したヴォルタ川上流 (Upper Volta with rockets)」 と形容されていたことは有名だ1。しかしこれは現在 「ブルキナ・ファソ」 の名で知られる国の歴史と文化を不当に軽視するものだった。またソヴィエト連邦にたいしてもあまり親切な言い方ではなかった – 国土の大きさと豊かさにおいてブルキナ・ファソとはまさに桁違いであったこの国にたいしては。とはいえ、そこには幾許かの真実もあった: ソヴィエト連邦の軍事能力はその経済規模との比例を逸していたのだ。

図1に示すのは、「一国が、影響力を自ら行使し、また影響力に対抗する目的で有する能力 (the ability of a nation to exercise and resist influence)」 を把捉するために政治学者が考案した標準的な尺度と、諸大国の関係である。この尺度によると、ソヴィエト連邦は1970年代にはすでに世界に冠たる大国と化していたことになる。だがその経済の生産高は合衆国における実質GDPの半分にも届いていなかった。人口規模は同程度であり、それが分布する領土のほうは遥かに広大だったのにもかかわらず。

図1 国力の合成指標でみた、国際システムにおける諸大国 1913-1987 (一部年度のみ)。

出典: The National Material Capabilities (ver. 4.0) のデータセット。Singer et al (1972) に解説。http://www.correlatesofwar.org/ で閲覧可能 (2016年1月7日アクセス)。

原注: 国力の合成指標は、一国が国際システムに占める相対的なウェイトを各時点において捉えた次の6個の尺度を合成したもの: 総人口・都市部人口・鉄鋼生産・エネルギー消費・兵員数・軍事出費。1918年に消滅したオーストリア-ハンガリー帝国はここでは省略している。

 

図2はソヴィエト連邦の一人あたり実質生産量に関する経済アウトカムを比較したものである。いくつかの世界的基準からみて、1913年のロシアにおける経済は平均的なものだった – 合衆国には大きな後れをとるものの、ヴォルタ川上流と比べれば遥かに進んでいる。一世紀ののち、すなわち2008年のグローバル危機が勃発するころはどうかといえば、ロシア経済はここでも平均的な位置にいたのである。

図2  一人あたり実質GDP (1885 – 2008): 合衆国・ロシア/ソヴィエト連邦・世界の比較 (国際ドル・1990年物価)

出典: 合衆国と世界に関するデータはAngus Maddison at http://www.ggdc.net/maddison; ロシア (1913年までのロシア帝国時代、ソ連、つづいて前ソ連諸国) に関するデータはMarkevich and Harrison (2011) から。

 

その間の期間に多くの事件が起きている。まずボリシェヴィキ革命 – 2017年11月7日はその百周年にあたる – が、ヴェネズエラ型の混沌に陥る。その後、経済は回復し、世界平均に復帰、そして数十年間にわたりそれを上回り続けた。しかし今振り返れば、ソヴィエトのシステムがもたらした効果というのが、もっぱら継続的な動員をとおして産出量水準を引き上げるものだったことが分かる。底にある生産性成長率は引き上げられず、ソヴィエト経済がアメリカの諸水準に収束することはいちども無かった。

ソヴィエトにおける軍事力 (power) と生産性とのあいだの不釣合いな関係は、そうした結果を仄めかすものだった。現在われわれは、全ての国が比較優位をもっていると学生に教えている。ソヴィエト経済の比較優位は世界の軍事手段生産にあった。ここに反映されているのは、ボリシェヴィキ革命において、そしてその後の政策施行ならびに制度設定において、指導者の役割をはたし権力を掌握した者達の思想である (Harrison 2017a)。

その出発から、ボリシェヴィキには崇拝と服従の対象たるふたつの経済構造モデルがあった。すなわちドイツとアメリカのモデルである:

  • ドイツモデルは近代的な戦時経済に関するものであり、ヴァルター・ラーテナウとエーリッヒ・ルーデンドルフが1915年と1916年に実施している。この戦時経済では、大規模な戦闘と大量の自己犠牲のために必要となる動員、そして固定価格での日用品配給が行われた。
  • アメリカモデルはヘンリー・フォードが始めフレデリック・ウィンスロー・テイラーが世に知らしめたモデルをさし、中央統制されたヒエラルキー的管理のもと行われる、規格化された日用品の大量生産からなる。

これらふたつのモデルを合わせたものが、西欧諸国の教科書が描き出すところの 「ソヴィエト型経済」 において鍵を握るいくつかの原理を与える。

ソヴィエトの経済制度は1917年から1934年にかけての期間に形成された (Davies 1994)。これら年度において特徴的なのは激しい政治的・社会的紛争、そして市場構造と消費者選択の領域を変化させた幾つかのUターンだ。このUターンは、もしかするとソヴィエト経済の発展にはひとつのみならずほかにも道があったのではないかという考えに、一定の信憑性を与えている。詰まるところ 「種々の共産主義」 は、今日においても死に絶えてはいないのである – 中国をはじめ、キューバそして北朝鮮にいたるまで。

この変化にもかかわらず、1917年以降にもソヴィエトの政策にはいくつかの重要な継続性があった。もっとも明らかなのは、中央集権的な一党独裁であった。独裁者のあいだでは、彼らの自己利益認識を形成する信念と、その利益の増進にかかる最善の方法とが共有されていた。すなわち彼らは世界を本質的に悪意に満ちたものと見做していたのである。そして自らの国は一個の砦であるが、あまたの敵に包囲されたうえ無数のスパイが跋扈しているのだと。そこで彼らは戦争がない時には、戦争の準備に邁進したのである。

この経済体制において彼らは、人員の選別と指令、国家の供給網の保護、情報の流通と検閲をめざし、権威主義的国家としての機能を築き上げた。これは1917年に始まる単線的プロセスであり、いくつかの政策的な揺れを後目に、背後で黙々と進行をつづけた (Harrison 2017b)。

ソヴィエトの支配者は、国境を越えて、近隣諸国を転覆させ、最終的にはそのほとんどに共産主義体制を押し付けた。周辺国を同盟者として確保したのちにも、ソヴィエトの支配者は 「革命の成果の防衛」 との名目を掲げこれらの国々にひとたびならず侵攻した。彼らの対決的行動は、彼らの信念の正しさを裏付けるかのような証拠を絶え間なく生成した。

国内経済体制としては、ソヴィエトの政策は資源の分配を大幅に変化させることで消費を抑制し、金融産業や軍事計画のための資金調達をおこなった。そのひとつの成果が巨大な軍事産業であり、これは軍用品の大量生産にむけた組織構造をもっていた。図3が示唆するように、伝統的な部門では施設の多くが設置されたのは1930年代だった。第二次世界大戦が勃発した時、ソヴィエト連邦は、世界の武器輸出二大国のうちのひとつとして、すでにドイツに並ぶ勢力をもっていた (Davies et al. 準備中)。核兵器・宇宙ミサイル・無線機器といった新たな部門は、この戦争のあいだと後に加わったものである。

図3 ソヴィエトの国防産業 (1917-1987): 部門ごとにみた生産・研究・設計に関する施設数

出典: Dexter and Rodionov (2017).

ソヴィエト国家は個人財産の大半を収用した。また雇用関係からの賃金所得を、それまでのロシアと比べても、その後のロシアと比べても、より公平に分配していたように見える。このことはNovokmet et al. (2017) による新たなデータを示す図4に示唆されている。

しかし所得データは共産主義体制における消費格差に関してはあまり良い基準ではないかもしれない。消費財とサービスの分配は、品不足と特権に特徴づけられていた。ソヴィエトの成人はみな一定額の所得をあてにできたが、所得は財とサービスへのアクセスを決定するものではなかったのである – それは政治的・社会的地位に掛かっていた。

ソヴィエトの商店の前に立ち並ぶ人々の列はかつてよく目にした映像だが、ここに描き出されているのは、金はあるのに特権がないため – あるいは待たずに済ますのに必要なコネがないため – 自分の番がくるまで待たなければ金を使うことが出来ない人々の姿だ。

図4 所得シェア 1905 – 2016 (一部年度のみ): 下から50%および下から90%

出典: Novokmet et al. (2017).

注意しておきたいのは、ソヴィエト時代には、成人に配分されていない所得のシェアがそれ以前と比べても、それ以後と比べても、遥かに大きかった点だ。なお個人所得データはもっぱら労働賃金の配分に基づき、ほとんどの郊外世帯は除外されている。

ソヴィエト体制のもと、数百万人もの生活が、周期的な飢饉、大量粛清の数々、そして社会の隅々にまでゆきわたった間断なき抑圧のために、損なわれ、あるいは失われた。他方、これと同じシステムのもとで、これとは別の数百万人の生活は高進した。その受益者は人口学的区分を用いればもっとも容易に特定できる。

恩恵があったひとつの集団は、若年層の女性だった。国力の増進をめざしたボリシェヴィキは、潜在的資源として女性に目を付けたが、識字能力と教育の欠如が足枷となっていた。大衆教育は、女性の前に事務労働の世界を開いた。そして彼女らを田畑や工場での労苦から解放し、他人に誇れる生活を営むことを可能にした。

例えば、1970年までに、政府行政および企業運営における全被用者の60%超を女性が占めるようになった (TsSU 1973: 348, 445)。もっとも、キャリアを通じて女性は職業上の住み分け (job segregation) と直面し続けた。ガラスの天井、そして賃金労働と家庭内労働の 「ダブルシフト」 である。それでもなお、女性の生活の変化は目を見張るものだった。

ふたつめの受益者集団は児童である。革命以前には、6人に1人の児童が5歳になる前に命を落とした。ソヴィエト支配初期における動乱の数年でさらに悪化したが、その後この比率は劇的な向上をむかえる。その主因となったのは、公共衛生施策、感染管理、そして分娩ならびに外科手術における殺菌消毒といった、単純だが強力な諸施策だった。

図5が示すように、1950年代までには、出生時平均余命は30歳未満から60歳超に上昇していた。以後、向上は止み、一時は逆行することさえあった。

図5 出生時および諸年齢時でみた、ロシア人男性の平均余命 1896/97 – 1989 (国勢調査年度)

出典: Goskomstat Rossii 1998: 167-168.

図5はさらに第三の集団、すなわち恩恵をまったく得られなかった集団も示唆する。それは中年の男性 (女性) だった。ソヴィエト連邦は非感染的疾病および変性疾患に関する新しい学知を用いることはほとんどなかった。大人のソヴィエト市民は喫煙し、適切なレベルを超えて飲酒し、呼吸する空気も汚れていたため、臓器疾患や癌で早死にした。1890年代から1980年代にかけて、40歳以上の男女の平均余命はほとんど変化していない。

ソヴィエト経済とは、世界戦争と20世紀初頭の思想と科学技術の産物であった。それが生まれてから死ぬまでのあいだには、他の多くの国々も同様のあるいはより大きな社会的・経済的進展をみた。しかもより多くの合意と、より少ない暴力をもって。いま百周年をむかえるソヴィエト経済。われわれはその存在を忘れてはならないが、その死を嘆くにはあたらない。

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脚注

[1] このフレーズは1987年に、当時 The Daily Telegraph のモスクワ特派員を務めていたクサン・スマイリーが造り出したもののようである; http://www.russialist.org/archives/3059.html##6を参照 (2017年9月28日アクセス)。