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リヴァイ・ボクセル 「インターネット・ソーシャルメディア・政治分極化」 (2017年10月1日)

Levi Boxell, “The internet, social media, and political polarisation” (VOX, 01 October 2017)


インターネットは、近年の政治の分極化について相当な汚名を着せられてきた。合衆国のデータを用いつつ本稿が主張するのは、政治分極化の強まりという少なくとも1970年代まで遡れる一般動向について、インターネットはじつのところ何ら重要な役割を果たしてこなかったこと、これである。本研究結果は、都合のよい物語をとおした説明にとどまらない視点をもつことの重要性、そして政治的気分をうみだす諸要因をより深く理解することの必要性を照らし出す。

合衆国選挙民のあいだで近年政治の分極化が進んでいる旨を示唆する文献が増えている (例: Abramowitz and Saunders 2008, Iyengar et al. 2012)。1994年、政党支持者 (party affiliates) のおよそ20%が反対政党について 「強く不支持 (very unfavourable)」 の見解をもっていた。2016年までに、この数字は55%超に高まり、現在も減速の兆しは全くみられない (Pew Research 2016)。1994年から2014年にかけて、政治ポリシーにかんする質問群をとおし強固に一貫したイデオロギー的見解をもつアメリカ人の割合は、2倍以上に膨らんだ – すなわち10%から20%超に増加した (Pew Research 2014)。

政治分極化にたいする関心のほうも空前の高まりをみせている。Google Trendsが示すところでは、合衆国における政治分極化に関連した検索の件数は2016年の11月、2004年のモニター開始以降のいずれの選挙月をも上回るものとなった1。Gentzkow (2016) も、1950年から2008年にかけてのGoogle Books Ngram Viewerデータにおける政治分極化への言及について、同様の結果を得ている。

政治分極化の強まりの説明としてよく引用される仮説の1つは、インターネットとソーシャルメディアを主たる要因とするものだ。Cass Sunstein (2007) の次のような言葉は、この議論の標準型を示している:

インターネットのおかげで甚だしく容易になったのは自分の見解の後押しとなる膨大な資料を渉猟し … [なおかつ] それと反対の趣旨をいう資料のいっさいを排除することだ … このセルフ-ソーティングがもたらす重要な帰結に、飛び地の過激主義 (enclave extremism) とでも呼びうるものがある。同好の士からなる飛び地にゆき着いた人々は、通例そこからさらに極端な地点に向かってゆくものだ

よく知られたEli Pariser (2011) や Cass Sunstein (2001, 2009, 2017) の著作は、インターネットが 「フィルターバブル」 ないし 「エコーチャンバー」 の役割をはたすというこの考えについて詳説したものだ。

個人は、インターネット上で同好の士的な情報源をじじつ見い出しており、またソーシャルメディア上でも同好の士的な個人と繋がる傾向が比較的強いこと、これについては強固な実証データが存在する。既存研究は、政治ブログ上でのリンク (Adamic and Glance 2005)、ウェブサイト訪問 (Gentzkow and Shapiro 2011)、Twitter上の政治的リツイート (Conover et al. 2011)、ソーシャルメディア上の記事シェア・クリック (An et al. 2014, Bakshy et al. 2014, Flaxman et al. 2016)、Twitter上の政治的同類性 (Colleoni et al. 2014, Gruzd and Roy 2014, Halberstam and Knight 2016) などにおける住み分け (segregation) を明らかにしてきた。

図1 メディアと相互作用タイプでみたイデオロギー的住み分け

出典: Gentzkow and Shapiro (2011).

しかしながら、オフラインの情報源とオンラインの情報源を比較する段になると、諸研究はどちらにも同程度の分節化レベルを見い出している。図1はGentzkow and Shapiro (2011) から取ったものだが、ウェブサイト訪問にかんする分節化をみると、これは全国紙にかんする分節化ほどではないが、地方紙にかんする分節化よりも激しいといった具合になっている。Halberstam and Knight (2016) もTwitter上の政治ネットワークを調べて、Twitter上の政治ネットワークとオフラインの政治ネットワークの分節化が同程度であることを明らかにしている。なお付言しておくと、インターネット上の情報源にかんする分節化はたしかに示唆的であるが、これはインターネットが分極化を促したという命題の必要条件でもなければ十分条件でもないのである。

図2 標準化した政治分極化の指標の動向 (1972–2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

最近の論文で私は共著者らとともにインターネットと政治分極化の関係を調査している。そのさい 「全米選挙研究 (American National Election Studies)」 のサーベイデータを用いることで、オンライン情報へのアクセスで異なる人口学的諸集団をとおしてみた分極化動向の比較をおこなった (Boxell et al. 近刊)。研究における発見が個々の政治分極化基準によって左右される程度を減らすため、我々はこれまで関連文献で用いられてきた8つの基準をもとにあらたに1つの標準化指標を作成した。なおこれまでの尺度とは、Abramowitz and Saunders (2008) のイデオロギー整合性の尺度、Mason (2015) の党派的ソーティングの尺度などをさす。図2には、我々の指標の1972年から2016年にかけての動向を示した (1996年に値が1となるように標準化した)。本期間をとおし分極化には安定した上向きの動きがみられる反面、インターネットの勃興に対応する変節点を示す兆候はまったく確認できない。1996年以前の動向だけみても、政治的分極化の説明においてインターネットが果たし得る役割は限られていそうだ。

くわえて図3が示すように、分極化は1996年から2016年にかけて高齢者 (65+および75+の年齢層) のほうが青年 (18-39の年齢層) よりも急激に進行した。さらに、予測インターネットアクセスを計る尺度として人種や教育といったその他の人口学的変数を取り入れたより包摂的なものを用いた場合、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も低い人口学的諸集団のほうが、1996年においてインターネットアクセスを享受していた可能性が最も高い人口学的諸集団よりも、大きな分極化の変化を被っていたことが確認できた。

図3 さまざまな年齢層の政治分極化 (1996-2016)

出典: Boxell et al. (近刊).

インターネットないしソーシャルメディアへの直接的なアクセスが政治分極化の主要要因であるとすれば、予想される動向はこれと正反対になるはずだ。高齢者 (65+) が選挙キャンペーンにかんする2016年のニュースをオンラインで視聴していた可能性は、青年 (18-39) のおよそ半分であり、ソーシャルメディアを利用していた可能性はさらに少ない。それにもかかわらず、最大の政治分極化を被ったのはこの相対的年長者の層なのだ。これら事実を念頭におけば、諸年齢層にわたるインターネットアクセスへの反応の大きな不均一性、あるいは諸年齢層にわたる相当な波及効果を考慮しないまま、インターネットないしソーシャルメディアが現在みられる政治分極化の主要要因であるとする物語を作り上げることはできなさそうだ。

以上の発見は、インターネットないしソーシャルメディアが政治分極化に及ぼす影響を否定し去るものではない。事実、インターネットが僅かながら影響をもつ可能性を示す実証データも存在する。Lelkes et al. (2017) は恐らくは外生的だと思われる管路敷設権立法 (right-of-way legistlation) の変化を援用しつつ、ブロードバンドの普及が対象カウンティにおける感情的分極化 (affective polarisation) を一定程度強めたとの主張をしている。ただ同著者らは 「我々は、ブロードバンドが党派的反感の強まりを引き起こした唯一の原因などと主張するものではない。あるいは主要な原因ですらないかもしれない … 感情的分極化は少なくともインターネット利用が始まる二十年前には強まり始めていた」 と述べ、自らの発見を穏当なものにとどめている。またこれら研究結果は、諸年齢層にわたる感情的分極化の違いを説明するものでもない。

ところで、2016年の選挙結果をインターネットおよびソーシャルメディアの責めに帰すよく似た物語がある。選挙後、ヒラリー・クリントン氏は、自身の敗北の一因はフェイクニュースとFacebookだったと仄めかした。我々の論文では、人口学的諸集団にわたり投票率を比較することで、2016年の選挙にインターネットが及ぼした影響についても調査している。ドナルド・トランプ氏がインターネット利用性向の相対的に高い人口学的諸集団から獲得した票の比率が、以前の大統領達よりも大きかった旨を示す実証データはまったく確認されなかった。じっさいのところ、我々の点推定値はそれと正反対の構図を示唆している – トランプ氏はインターネット利用性向の高い人や実際のインターネット利用者のあいだでは比較的振るわなかったようなのだ。トランプ氏の支持者に占めるソーシャルメディア利用者の割合、および人口学的諸集団をとおしてみた投票率の違いを調べたHampton and Hargittai (2016) も同様の結論に至っている。

今日の合衆国には諸政治集団のあいだに相当な断裂がさまざま存在し、しかもこれら断裂が埋まってゆく気配もみえない。政治分極化やポピュリスト的な大統領候補の席巻を理解しようと試みるさい、インターネットやソーシャルメディアをやり玉に挙げたくなる気持ちも分からなくはない。しかしながら、人口学的諸集団にわたる基本動向は、どちらの現象を説明するにしてもインターネットが大きな役割を与えるような物語を支持するものとはなっていない。メディア消費は従来型メディアを離れこうした新たなプラットフォームに向かうシフトを続けており、我々もまたこれらプラットフォームの利用形態およびその政治領域への影響を注視し続けてゆく必要がある。だが、前述の結論を覆す新たな実証データが現れるまでは、FacebookフィードやGoogle検索に代わる何かがあれば我々の直面している政治問題が解決されるなどと考えるべきではない。

参考文献

Abramowitz, A I and K L Saunders (2008), “Is polarization a myth?”, The Journal of Politics 70(2): 542—555.

Adamic, L A and N Glance (2005), “The political blogosphere and the 2004 US election: Divided they blog”, Proceedings of the 3rd International Workshop on Link Discovery: 36–43.

An, J, D Quercia and J Crowcroft (2014), “Partisan sharing; Facebook evidence and societal consequences”, Proceedings of the Second ACM Conference on Online Social Networks: 13–24.

Bakshy, E, I Rosenn, C Marlow and L Adamic (2012), “The role of social networks in information diffusion”, Proceedings of the 21st International Conference on World Wide Web: 519–528.

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Conover, M D, J Ratkiewicz, M Francisco, B Goncalves, F Menczer and A Flammini (2011), “Political polarization on Twitter”, Fifth International AAAI Converence on Weblogs and Social Media.

Fiorina, M P, S J Abrams and J C Pope (2010), Culture war? The myth of polarized America, London: Longman Publishing.

Flaxman, S, S Goel and J M Rao (2016), “Filter bubbles, echo chambers, and online news consumption”, Public Opinion Quarterly 80(S1): 298–320.

Gentzkow, M (2016), “Polarization in 2016”, Toulouse Network for Information Technology Whitepaper.

Gentzkow, M and J M Shapiro (2011), “Ideological segregation online and offline”, Quarterly Journal of Economics, 126(4): 1799–1839.

Gruzd, A and J Roy (2014), “Investigating political polarization on twitter: A Canadian perspective”, Policy & Internet 6(1): 28–45.

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Hampton, K N and E Hargittai (2016), “Stop blaming Facebook for Trump’s election win”, The Hill.

Ingram, M (2017), “Hillary Clinton blames the Russians, Facebook, and fake news for her loss”, Fortune.

Iyengar, S, G Sood and Y Lelkes (2012), “Affect, not ideology: A social identity perspective on polarization”, Public Opinion Quarterly 76(3): 405–431.

Lelkes, Y, G Sood and S Iyengar (2017), “The hostile audience: The effect of access to broadband internet on partisan affect”, American Journal of Political Science 61(1): 5–20.

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Sunstein, C R (2001), Republic.com, Princeton, NJ: Princeton University Press.

Sunstein, C R (2007), “Sunstein on the internet and political polarization”.

Sunstein, C R (2009), Republic.com 2.0, Princeton, NJ: Princeton University Press.

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Endnotes脚注

[1] See https://trends.google.com/trends/explore?date=all&geo=US&q=%2Fm%2F02shm1 を参照

ダグ・バンダーワーケン, ヤツェク・ローター, ブライス・ングエリファク 『フットボールにおける反則行為への出場停止処分の影響: プレミアリーグの事例研究 』 (2017年2月9日)

Doug VanDerwerken, Jacek Rothert, Brice Nguelifack, “The impact of suspension rules on fouls in football: Case study from the Premier League” (VOX, 09 February 2017)


 

殆どのフットボールリーグでは、イエローカードを一定数累積した選手に対し出場停止処分が課されるようになっている。本稿では、イングリッシュプレミアリーグにおいて選手達が犯した反則行為 [fouls] 数にこのルールがどの様な影響を及ぼしているのか論述する。出場停止処分上限に差し掛かった選手達は、シーズン開幕時と比べ反則行為数が33%も少なくなる。またシーズン開幕後初試合においても、出場停止ルールの抑制効果により反則行為数が15%減少している。

フットボール試合の最中の違反行為のうち深刻なものは、反則選手に対するイエローカード提示を以て罰される。ともにボールを我が物にしようとするフットボール選手二名が衝突するような時、一方の選手が、あまりに無謀なため相手選手を負傷させてしまう例も比較的多いだろうし、行き過ぎたフィジカルが行使される場合もあるだろう。さらに、審判に対する不服申立てや意図的にプレイを遅らせるなどの不適切な振舞を通し、自らのチームがアンフェアなアドバンテージを得るよう画策する選手もいるかもしれない。

イエローカード一枚のみでは試合中に罰則を課すまでには至らないとはいえ、それは当該選手の懲戒記録に響いてくる。そのため、ここから執拗な違反行為者に対する付随的影響が生ずる可能性がある。例えばイングリッシュプレミアリーグでは、或る選手が8月のシーズン開幕から12月31日までの間にイエローカードを五枚受領した場合、同選手は五枚目のイエローカードを受領した次の試合について、出場停止処分を受ける。4月の第二日曜日より前にトータルで十枚のイエローカードを累積した選手は、十枚目のカード受領に続く2試合の出場停止となる。もしシーズン末までに十五枚のカードを受領したら、即座に3試合分の出場停止となる。

フットボールに関しては詳細な統計が利用可能となっており、その斐あって様々な研究者がカードの試合への影響や (Ridder et al. 1994, Bar-Eli et al. 2006)、どの様なファクターがチームのカード受領確率に作用しているのか (del Corral et al. 2010) を研究している。

今回の研究 (VanDerwerken et al. 2016) では、前記プレミアリーグの2011-2012年シーズンにおける、試合レベル、プレイヤー毎の統計値を利用し、出場停止ルールが選手達の反則行為行動に及ぼす影響を調べた。

我々が調査したのは、選手達の反則行為は出場停止上限が近づくにつれが少なくなってゆくのか、出場停止上限に近い選手達はイエローカードを受領する傾向が小さくなるのか、そして出場停止ルールが存在しない場合反則行為が為される数は変わってくるのか、これらの点である。

初めの2つの問いに対しては一般的な計量経済学手法を用いて回答を与え、最後の問いと取り組むにあたっては、最適なイエローカード累積を扱う構造モデルを構築した。

前記プレミアリーグにおける出場停止制度の類型は数多くのフットボールトーナメントで利用されている。これらはみな処罰を先送りする体制 [delayed punishment schemes] を取っており、合衆国における一部の州の所謂 『三振制 [three strikes]』 法制に類似する。同法制は執拗な違反者に対し厳罰を課すもの (Greenwood et al. 1994, Zimring et al. 1999)。個人の行動にこうした制度が及ぼす影響を分析する際には、ツーストライク状態にある個人による犯罪活動の減少のみを計測しないようにすることが重要 (Shepherd 2002) である。もしそうしてしまうと、同法制の真の影響が過小評価されてしまう。というのは、潜在的違反者全てに行動を変化させた可能性が有るからだ。我々のケースでは、出場停止ルールがただ存在するだけで、選手達は出場停止上限に近づくのを嫌うため、第一試合にしてすでに攻撃的なプレーが抑制される訳である。

結局のところ

先ず最初に、現行ルールのもとでイエローカード累積が反則行為数に及ぼす影響を実証的に検討した。ポワソン回帰1を用いて反則行為数の予測を行うが、その際にはペナルティカード累積の効果を分離するため、反則行動への影響が疑われるその他の変数を調整している。例えば、我々は選手に対する固定効果の影響も取り入れている。これは内在的な攻撃性レベルやポジションまた競技熱といった属性を組入れたものである。さらにインターセプト数やタックル成功数またドリブル失敗数といった、試合レベルでのパフォーマンス変数も取り入れた。最後に、累積上限到達までの時間、試合会場 (ホームかアウェイか)、出場停止処分の深刻性、および試合終了時の得点差についても調整を行った。

以上全ての潜在的影響源の分を修正すると、予想通り、イエローカードの累積は反則行動を減少させていた。イエローカードあと一枚で一試合出場停止処分となる様な時、選手の反則行為は、イエローカードあと二枚で出場停止の場合と比べると12%、あと五枚の場合 (例えばシーズン開幕時など) と比べると33%、少ないのである。反則行為数の減少は選手が2試合出場停止処分に直面した時さらに大きくなる。下の図1には反則行為の推定期待数を、出場停止処分までイエローカードあと何枚かの関数として示してある。

さらに、所与の試合において選手が何らかのカード一枚 (イエローカード、ないしより深刻なレッドカード。後者は試合からの即刻退場と自動的な出場停止処分を意味する) を受領する確率も、ロジスティック回帰を用いて予測した。驚くには当たらないが、同確率は該当選手が累積上限に近づくにつれ減少した。例えば、イエローカードあと二枚で二試合出場停止処分となり、次試合でのカード一枚受領確率が10%であるような選手を仮定したとしても、この仮定的選手があと一枚で同出場停止処分になる状況に陥れば、イエローカード一枚を受領する確率は低くなる (3%) ことになる。イエローカードあと二枚で一試合出場停止処分となる場合、同選手のカード一枚受領確率は25%に上昇することになる2

一つひとつの試合を大事に

出場停止ルールが無かったとしたら、選手達の反則行動はどれ位増えていたのだろうか? 素朴に考えれば、該当シーズン中未だ一枚もイエローカード累積が無い選手一名の犯した反則行為数につき期待値を算出し、それを全試合に関する選手あたり反則行為数期待値と見做すという形でこの問いに答えられそうである。しかしこの手法はルーカス批判を (Lucas 1976) を無視している。我々の推定値は出場停止ルールの在る環境において得取された。こうした環境にあっては、選手達の反則行為はシーズン初試合において既に少なくなっているかもしれない。何故なら早い時期にイエローカード一枚を受領すると、後に出場停止処分を受ける確率が高まるからだ。

そこで我々は最適イエローカード累積に関する動学構造モデルを開発し、この 『ファーストストライクの恐怖』(Shepherd 2002) に取り組んだ。本モデルは標準的な動学プログラミングモデルであり、次の様な特徴を持っている。まず累積イエローカード数を状態変数とした。選手は試合開始時に自らの努力量を選択する。努力量が多いほど選手の所属するチームがその試合に勝利する確率も高まる。活動量はさらにイエローカード一枚の受領確率も高める。均衡状態において、選手はイエローカード五枚で出場停止処分となる旨を知悉したうえで、このトレードオフを衡量しなくてはならない。本モデルは幾つかのパラメータに依拠しているが、その中には我々のデータからカリブレート可能なものもあれば、これが不可能なものもある。カリブレート可能なものについては、イエローカード五枚の上限に差し掛かった選手に関わる反則行為数の減少が、モデルにおいてもデータ中のそれと同一になるようにしている。その他のパラメータ値にはアドホックな当て嵌めが必要となった。

以上の下準備ののち、本モデルから出場停止ルールを取り除く反実仮想実験を行った。実験中の選手達は、一試合中にイエローカード一枚を受領したところで将来の出場停止処分には何ら影響が無いことを知悉しており、初期の試合でもプレイを調整する必要がない。我々の選択したパラメータ値を利用したかぎりでは、前記プレミアリーグにおける出場停止ルールの存在により第一試合における反則行為期待数が約15% (ファーストストライクの恐怖に関する我々の推定値) 減少させていることが判明している。シーズン期間全体では、同出場停止ルールにより期待反則行為数が33%も引き下げられている。図1にはさらに、一試合中に選手一名が犯す期待反則行為数を、同選手はイエローカードあと何枚で出場停止となるかとの観点からみた関数とし、我々の理論モデルの予測値を示している。

図1

本モデルのおかげで、審判の厳しさをはじめとする様々なファクターが出場停止ルールにどの様な影響を与えているのか分析する手立てが得られた。審判があまりに甘い場合、出場停止ルールにはあまり痛みが感じられない。選手達は自分がイエローカードを突き付けられることはあまりないと知悉しているからだ。審判があまりに厳格な場合も、出場停止ルールにはあまり痛みが無い – 少々攻撃的といった程度のプレイにしてすでにイエローカードが出されるなら、選手は、何れにせよイエローカードを受領するはめになるのだろうと、目下の試合のみにフォーカスする可能性もあるのだ。

試合レベルでの統計値の利用可能性が高まってきた所に、シンプルな経済理論が組み合わさり、フットボールにおいて出場停止ルールが攻撃的プレイに及ぼしている影響の定量化が可能となった。より一般的に言えば、先送りされた処罰に個人がどの様に応答するか、この点に関する知見が得られたのであるが、これはプロスポーツ以外の研究領域にも新たな洞察をもたらすものだ。

参考文献

Bar-Eli, M, G Tenenbaum and S Geister (2006), “Consequence of Players’ Dismissal in Professional Football: A Crisis-Related Analysis of Group-Size Effects”, Journal of Sport Sciences, 24:1083–1094.

del Corral J, J Prieto-Rodriguez and R Simmons (2010), “The Effect of Incentives on Sabotage: The Case of Spanish Football”, Journal of the American Statistical Association, 11:243–260.

Dawson, P, S Dobson, J Goddard and J Wilson (2007), “Are football referees really biased and inconsistent? Evidence on the incidence of disciplinary sanction in the English Premier League”, Journal of the Royal Statistical Society – Series A, 170(1):231–250.

Greenwood, P, C Rydell, A Abrahamse, J Caulkins, J Chiesa, K Model and S Klein (1994), “Three Strikes and You’re Out: Estimated Benefits and Costs of California’s New Mandatory- Sentencing Law”, Technical Report MR-509-RC, RAND Corporation.

Lucas, R (1976), “Econometric Policy Evaluation: A Critique”, Carnegie-Rochester Conference Series on Public Policy, 1(1):19–46.

Nevill, A, N Balmer and A Williams (2002), “The influence of crowd noise and experience upon refereeing decisions in football”, Psychology of Sport and Exercise, 3(4):261–272.

Ridder, G, J S Cramer and P Hopstaken (1994), “Down to Ten: Estimating the Effect of a Red Card in Football”, Journal of the American Statistical Association, 89:1124–1127.

Shepherd, J (2002), “Fear of the First Strike: The Full Deterrent Effect of California’s Two and Three-Strikes Legislation”, Journal of Legal Studies, 31:159–201.

VanDerwerken, D N, J Rothert and B M Nguelifack (2016), “Does the Threat of Suspension Curb Dangerous Behavior in Football? A Case Study From the Premier League”, Journal of Sports Economics, OnlineFirst. DOI:10.1177/1527002516674761.

Zimring, F, S Kamin and G Hawkins (1999). Crime and Punishment in California: The Impact of Three Strikes and You’re Out. Institute of Government Studies Press, University of California, Berkeley.

原註

[1] ポワソン回帰は最小二乗法に似たものだが、前者ではカウント値が正規分布ではなくポワソン分布に従うものと想定されている。

[2] 本分析の副産物として、アウェイに対するホームでのプレイには、ペナルティカード受領確率に、僅かではあるが認識可能な影響が有ることも明らかになった。我々の実施シナリオでは、ホームでのプレイは選手のカード受領確率を10%から8%に引き下げる。その存在が疑われる潜伏変数分を修正すると、この緩やかな減少の大部分は選手の行動ではなく審判に帰するのが合理的な様で、他の研究者 (例えば Dawson et al. 2007 and Nevill et al. 2002) が明らかにしてきた所を裏付けている。

 

ダロン・アセモグル, ジェームズ・ロビンソン 『植民地主義の経済的影響』 (2017年1月30日)

Daron Acemoglu, James Robinson, “The economic impact of colonialism” (VOX, 30 January 2017)


 

 今日の世界に観察される巨大な経済格差は、膨大な歴史過程を経て実現した経路依存的アウトカムであるが、そうした歴史過程の中でも一際重要なものに、ヨーロッパの植民地主義がある。最近のVoxebookから抜粋した本稿では、植民地主義が幾つかの根源的、しかし不均一な形で近代の格差を形成してきた、その経緯を検討する。

本稿の初出はVox eBook 『歴史に掛かる経済と政治の長影 (The Long Economic and Political Shadow of History)』 一巻。同書はこちらからダウンロード可能。

今日の世界に観察される巨大な経済格差は、一朝一夜にして出現した訳でないことは当然としても、前世紀に生じたものでもない。経済格差は膨大な歴史過程を経て実現した経路依存的アウトカムであるが、そうした歴史過程の中でも一際重要なものに、ヨーロッパの植民地主義がある。我々の来し方を500年ほど辿る、つまり植民計画の揺籃期にまで遡るなら、貧困国と富裕国との間にも然したる格差は無く差異も僅かである様が確認できる (恐らく差は4倍ほど)。現在はどうか。世界の最富裕国と最貧困国を比較すると、その差はいまや40倍を超える。さて、植民地主義はこの辺りの事情にどの様に関与していたのだろうか?

我々はサイモン・ジョンソンとの共同研究を通し、植民地主義が幾つかの根源的、しかし不均一な形で、近代の格差を形成してきた事を明らかにしてきた。ヨーロッパの地において、アメリカ大陸の発見や、そのアメリカ大陸にはじまりアジア、アフリカへと続く大々的な植民地計画の登場が制度的・経済的発展を刺激する潜在的契機となり、斯くして後に産業革命として結実する諸々を始動させるに至ったのである (Acemoglu et al. 2005)。しかしその影響の在り方はヨーロッパ内部の制度的差異により掣肘されていた。予てから君主に対する抵抗が議会や社会に優位を与えていた英国などの地では、アメリカ大陸の発見は商業・産業集団にいっそうの権勢をもたらすに至った。こうした集団はアメリカ大陸や、間もなくアジアからも、新たな経済機会を享受することができた。その結果が経済成長である。他方、初期段階における政治制度や権力バランスの異なるスペインなどの地では、その結果も異なった。これらの国では君主が社会や商業また経済機会を支配しており、結果として、政治制度は弱体化、経済も衰退した。『共産党宣言』 でマルクスとエンゲルスが述べた如く,

「アメリカの発見が、喜望峰の迂回が、新興ブルジョア階級に新たな足場を切り開いた」 のだった

それは事実であったが、一定の条件下でのみ当て嵌まる事実であった。別の条件下では、同発見はブルジョア階級の立遅れに繋がった。結果から見れば、ヨーロッパの中には植民地主義により経済発展が加速した地域もあれば、逆にこれが停滞した地域もあったのである。

しかしながら植民地主義の影響は植民活動を行った社会の発展に留まってはいなかった。言わずもがなではあるが、植民地主義は植民地化された社会にも影響を及ぼしたのである。我々の研究 (Acemoglu et al. 2001, 2002) は、この点でも、またや、不均一な影響が見られたことを明らかにしている。これは植民地主義が様々な地で相異なる種類の社会を生み出すに至った為である。とりわけ植民地主義が世界の様々な地に残した制度的遺産は千差万別であり、経済発展の帰趨は著しく散開している。その原因は、種々のヨーロッパ列強がそれぞれ異なる制度を移植した – 換言すれば、北アメリカの成功はそれが継承した英国の制度に負うものであって、他方ラテンアメリカはスペインの制度を継承したが故に失敗した – からではない。実際の所、実証データは相異なる植民地宗主国の持っていた意図や戦略が極めて似通っていた様を示す (Acemoglu and Robinson 2012)。アウトカムが著しく異なったのは、植民地における初期段階条件にバラツキがあった為だ。例えば先住民の稠密な人口集団があったラテンアメリカでは、こうした人々の搾取を拠所にした植民地社会を建設することができた。そうした人口集団が存在しなかった北アメリカに、その様な社会は在り得べくもなかった。尤も、初めの英国植民者はそうした社会の建設を目指していたのだが。こうした状況に応え、初期の北アメリカ社会は全く別の方向に進んで行く: ヴァージニア会社といった初期の植民ベンチャー企業は、ヨーロッパ人の関心を惹き付け、開けたフロンティアをめざし走り去る彼らを引き留める必要を認識し、そこでこうした人達に対し労働と投資のインセンティブを与えることが必要になった。これを達成した制度、例えば政治的権利や土地利用権だが、こうした制度には植民宗主国におけるそれとの比較においてさえラディカルな差異が見られる。ラテンアメリカ類似地域、例えば南アフリカ・ケニア・ジンバブエなどを発見した際の英国植民者は、我々が 『収奪的制度 [extractive institutions]』 の名で呼ぶ諸々の敷設に掛けては万事抜かりなく、また大いに関心を寄せていた。この収奪的制度というものは先住民の管理と地代の収奪をその基盤とする。Acemoglu and Robinson (2012) では、人口集団の大半からインセンティブと機会を剥奪するこの収奪的制度が、貧困と関連している旨を論じている。今日アフリカにおけるこの種の社会がラテンアメリカ諸国と同じ程度の格差を抱えているのも、偶然ではないのである。

形成された社会のタイプに関わっていたのは諸先住民集団の稠密性だけではない。Acemoglu et al. (2001) で我々が明らかにした様に、潜在的なヨーロッパ入植者の直面する疾病環境も重要だった。北アメリカの植民地化を鼓舞したのは何か、それは比較的恵まれた疾病環境であった。これがヨーロッパ移住を保全する制度創設戦略を促進したのである。西アフリカにおいて収奪的制度の創出を鼓舞したのは何か、それは西アフリカが 『白人の墓場』 であったという事実だった。これが 『包摂的経済制度 [inclusive institutions]』 タイプの創設を遠ざけたが、これこそ北アメリカにおける定住と発展を促した制度にほかならない。こうした包摂的制度は、収奪的制度と対照的に、膨大な人口集団へのインセンティブと機会を、確かに創出した。

植民地社会の相違の一原因として疾病環境に注目したのは、この種の社会が持つ性質の相違の源泉として、この点が唯一のものであるとか、さらには主要な原因であると考えたからでさえない。或る具体的な科学的理由が在ったからだ: ヨーロッパ人にとっての疾病環境、したがって特定植民地への移住性向に影響力を持った歴史的要因も、それ自体は今日における経済的発展の相違の重要な源泉ではない、これを主張する為だった。よりテクニカルな表現をするなら、これはヨーロッパ人定住者死亡率の歴史的な計測値が、経済的制度からの (一人あたり所得として計測した) 経済発展への因果的影響を推定する操作変数として利用できる可能性を意味する。このアプローチの主要な問題は、歴史上ヨーロッパ人死亡率に影響を持ったファクターが持続的なもので、今日における所得にも、例えば健康度や期待余命への影響を介して、影響を持っている可能性がある点だ。とはいえ、これが杞憂かもしれない理由が幾つか存在する。一、植民地におけるヨーロッパ人死亡率に係る我々の計測値は200年ほども前の、近代的医学の確立、熱帯病の理解解明以前のものである。二、これらは熱帯病に免疫の無いヨーロッパ人が直面した死亡率の測定値であるが、こうした死亡率は先住民が今日直面している死亡率とは極めて性質が異なる。そしてこれらの国々の現在の経済発展に関係が有るのは後者のほうだと推察される。念には念を、我々はマラリア感染リスクや平均余命など、様々な近代的健康測定手法を用いた計量経済学的調整に対しても本研究結果が頑健である旨も明らかにした。

斯くして、ヨーロッパ内部の発展に不均一な影響をもたらしたのとまさに同じ様に、つまり英国などの地では経済促進的に、スペインでは経済停滞的に働いた様に、この植民地主義なるものは植民地においても非常に不均一な効果をもたらしたのである。北アメリカをはじめとする一部の地における植民地主義は、大本の植民宗主国におけるものより遥かに包摂的な制度を備えた社会を生み出し、同地域に現在みられる大いなる繁栄の種を蒔いた。ラテンアメリカ・アフリカ・南アジアなどその他の地では、植民地主義は極めて貧弱な長期的発展アウトカムに帰着する収奪的制度を生み出した。

植民地主義が一定の文脈では発展にポジティブな影響を持った事実は、そこに先住民の人口集団や社会への破滅的かつネガティブな影響が無かった事を意味しない。実際そうした影響が在ったのである。

近世・近代における植民地主義が不均一な影響を持った由は、他にも数多くの実証データから信憑性を得ている。例えばPutnam (1994) は、ノルマン人による南イタリアの征服こそ、同地域における 『社会資本』 の欠乏をもたらした物、すなわち信頼や協調能力の欠けた社会に帰着した相互連帯的生活 [associational life] 缺欠の元凶だったのではないかと問う。だがノルマン人はイングランドも植民地化しているが、こちらは後に産業革命を産み出す一社会の誕生に繋がったのだった。この様にノルマン人の植民活動も不均一な影響を持ったのである。

植民地主義が社会の発展に大きな意味を持ったのは、それが様々な社会における制度を形成したからである。しかしそうした影響を及ぼしたものは他にも沢山あったし、少なくとも近世・近代においては、植民地主義から首尾よく逃げ果せた地もかなり存在する。幾つか例を挙げれば、中国・イラン・日本・ネパール・タイなどがこれに当るが、こうした国々の間でも発展アウトカムにはかなりのバラツキが有る。ヨーロッパ内部の巨大な差異は言わずもがなだ。こうした訳で、その他のファクターと比較したときヨーロッパの植民地主義は、定量的に見て、どの程度重要だったのか、この点に疑問が生ずる。Acemoglu et al. (2001) では、同論文の推定値に従うと経済的制度の差異は世界の一人あたり所得の差異のおよそ3分の2を占めると算定している。他方Acemoglu et al. (2002) も独自に、歴史的に見た定住者死亡率、および1500年時点での先住民人口密度が、今日の世界における経済制度のバラツキの約30%を説明する旨を明らかにしている。歴史上1500年時点に見られた都市化も植民地社会の性質のバラツキを説明する力を持っているのだが、その分を加算するならバラツキの50%超が説明されてしまう。これが事実だとすると、今日の世界における格差の3分の1は、様々な社会にヨーロッパ植民地主義が及ぼした一様ならぬ影響を以て説明できる。かなりの大きさではないか。

植民地主義が植民地における歴代の制度を形成したというのは、事に依れば至極当然なのかもしれない。例えば1570年代のペルーでは、スペイン人総督フランシスコ・デ・トレドによりポトシ銀山の採掘に係る強制労働の大規模体制が確立された。しかしこの体制、ポトシミタ制度 [Potosí mita] も、ペルーとボリビアが独立する1820年代に入り、廃止される。この種の制度、さらに敷衍するなら世界中で植民地権力が創設した制度一般が、今日の発展にも影響を及ぼしているのだとの主張、これは即ち、植民地主義が右制度を直接存続させるか、さもなければ経路依存的な遺産を残すか、そのいずれかの形を取って、これら社会の政治経済に及ぼした影響の在り方についての主張に他ならない。諸般の先住民に課された強制労働は少なくとも1952年のボリビア革命までは直接存続していたが、『ポンゲアヘ [pongueaje]』 の名で知られる体制が廃止されたのはこの時である。Acemoglu and Robinson (2012, Chapters 11 and 12) およびDell (2010) ではより一般的に、以上の様な事態を発生させた可能性の有るメカニズムを数多く検討している。

最後になるが、本実証成果が新たな比較発展理論に向けた重要な示唆を持っている点にも言及して置く価値が有る。長期的な発展パターンは地理的差異により専ら説明されるとの趣旨が一部から主張されている。これに反し、我々は、ひとたび制度の役割を考慮に入れるや、地理的ファクターは発展アウトカムと何ら相関を見せなくなる事を明らかにした。例えば、不羈性 [latitude] と地理との間には一定の相関が在るといった事実は、因果的関係を示すものではない。右の事情はヨーロッパ植民地主義の生み出した或る種の型の制度群が不羈性と相関していたという事実によって惹起されたに過ぎない。この点を考慮に入れるや、地理的変数は何ら因果的働きを持たなくなる。他方、文化的差異こそ最強の発展推進力であるとの主張も存在する。しかし我々が幾つかの手法で計測した限りでは、文化的差異の働きは全く確認されなかった。第一に、様々な人口集団における宗教的構成。第二に、我々の強調してきた所でもあるが、植民地権力のアイデンティティ。第三に、一国の人口にヨーロッパ人の末裔が占める割合。合衆国やカナダがヨーロッパ人で溢れているのは確かだが、我々の主張ではこれはこれらの国が優れた制度を備えていた事実に由来するアウトカムである。ヨーロッパ人の末裔たる人々が今日有する数的支配性が発展を牽引している訳ではない。

参考文献

Acemoglu, D, S Johnson and J A Robinson (2001), “The Colonial Origins of Comparative Development: An Empirical Investigation”, American Economic Review, 91, 1369-1401.

Acemoglu, D, S Johnson and J A Robinson (2002), “Reversal of Fortune: Geography and Institutions in the Making of the Modern World Income Distribution”, Quarterly Journal of Economics, 118, 1231-1294.

Acemoglu, D, S Johnson and J A Robinson (2005), “The Rise of Europe: Atlantic Trade, Institutional Change and Economic Growth”, American Economic Review, 95, 546-579.

Acemoglu, D and J Robinson (2012), Why Nations Fail, New York: New York.

Dell, M (2010), “The Persistent Effects of Peru’s Mining Mita”, Econometrica, 78, 1863-1903.

Putnam, R H (with R Leonardi and R Y Nanetti ) (1994) Making Democracy Work, Princeton: Princeton University Press.

 

ジョバンニ・ファッキーニ, ヨタム・マルガリート, 中田啓之 『移民移入に対する世間の反感を情報キャンペーンで迎え撃つ』 (2017年1月9日)

Giovanni Facchini, Yotam Margalit, Hiroyuki Nakata,”Countering public opposition to immigration with information campaigns” (VOX, 09 January 2017)


 

諸般の極右政党が世界中で相当な選挙成果を挙げる近時の状況、その一端を担っているのが強硬な反移民移入レトリックである。本稿では、移民移入の良い面に関する情報への露出を通しこうした世間の敵対感情を緩和できないか、この点を見定めるべく日本で実施された或る実験の結果を紹介する。結果、この種の情報露出を通し、個人の移民移入支持傾向が43%から72%ほど上昇する事が判明した。移民移入に対する敵対感情の払拭をめざす政策画定者にとって、情報キャンペーンは極めて有望な道であるようだ。

移民移入は依然として移住先となった多くの国の政治討論における重要問題である。諸般の極右政党は強硬な反移民移入レトリックを駆使し、オーストリア (Halla et al 2016)、フランス、ドイツ (Otto and Steinhardt 2014)、オランダ、スイス (Rydgren 2008) などの国で相当の選挙成果を挙げている。移入民に対するあからさまな敵意や人種主義を顕示する行為のみならず暴力行為までもが急激に増加しており、数多くの公的調査で移民移入に対する懸念の高まりと異例なレベルの反感が示されている。こうした反対に何を以て臨むべきか? その答えは恐らく人々の移民移入に関する見解がどの程度生理的なものであるのかに依存する – つまり問題は、多くの場合変化を容れ難い強固な皮膚感覚にどの程度根付いているのか、この点に掛かっている。換言すれば、移民移入から見込まれる経済的・社会的便益に係る情報への露出を通し、世間の敵対感情を緩和することは可能なのか? 最近の論文で我々は、日本における大規模な全国的実験を実施し、この問題に挑んだ (Facchini et al 2016)。本実験結果は、情報への露出が移民移入問題に対する態度の変容をめざすにあたり実際に有効となり得ること、しかもその効果は短い期間に留まらないことを示しており、反移民移入感情の緩和を図る大規模情報キャンペーン採用の有望性が示唆されている。

実験設定

本研究のフォーカスを置いた日本は、低出生率・人口の急激な高齢化・幾つかの経済部門における切実な労働力不足の結果、人口動態・経済面で相当な困難に直面している。それにもかかわらずこれまで日本政府は移入民に対する門戸開放には頑なに抵抗してきたが、そうした背景の少なくとも一部を成していたのが世間からの広い反感であった。

今回の実験は同国民を代表するサンプル個人9千名を用いて実施された。狙いとなるのは、移民移入から潜在的に見込まれる経済・社会的便益にまつわる情報に個人を露出することが、移民移入政策に対する世間の選好のシフトに繋がるのかの検証である。社会的望ましさによるバイアス [social desirability bias] ないし 『要求効果 [demand effects]』 を回避するため、回答者には本研究が対移民移入態度にフォーカスしたものである旨を伝えていない。その代わりに、参加者には日本の高校における読解力試験に用いられているテキストの続用可能性を判断してもらう旨を告知した (一定の課題取組水準を確保するため、回答者には幾つかの側面からテキストを評価してもらう段取りとなっている)。参加者に配布した2つのテキストはともにおよそ200字のレポートで、短い新聞記事の様に読める体裁になっている。第一の記事は或る日本人画家の生前の体験を綴ったもので、全ての参加者に割り当てられた。その上で、対照グループに対しては、第二の記事として冥王星についての最近の諸発見を扱ったものを一つ読んでもらった; 処置グループに対しては、これに代え、日本における社会経済的問題を論じた第二の記事を一つ読んでもらったが、こちらではこうした問題との取組みにあたって移民移入が手助けとなる可能性が取上げられている。

以上の情報への露出が参加者の移民移入政策に対する態度に何らかの影響を及ぼしたかを見定めるため、サンプルの3分の2に対しては読解を終えた時点で、移民移入問題も含む政策問題に関する一連の質問に回答してもらった。サンプルの残る3分の1にあたる参加者 (3千名の回答者) にはこうした質問を表示していない [not prompted with those questions]。それに代え、これら参加者には読解評価を終えて10-12日経過してから同サーベイへの協力を依頼した。

同情報処置は大きく4つのグループに分類される。第一グループには人口動態的処置への露出が行われた。これはこの先数十年間でさらに深刻化すると予想されている相当の人口減少に対する関心を呼び起こそうというものである。この介入では、移民移入が人口縮減問題を軽減する可能性について、回答者に思いを馳せてもらう事が目標となる。第二の処置グループは労働市場枯渇にフォーカスしたもので、重要経済部門における労働者の過小がもたらす負の影響、そしてなぜ移民移入がこうした状況打開の手掛かりとなるのかを取上げている。第三グループは比較検討処置への露出を行う。同処置には日本への移住の相対的な規模を他のOECD諸国におけるそれと比較検討した情報などが含まれる。他の富裕な国々の社会に浸透している規範への協調性を引き出すことにより、移民移入の妥当な水準に関する日本人回答者の見解に影響を及ぼし得るか、この点を明らかにしようとしたのである。

最後の第四処置は、人口の高齢化とその帰結に関連し、移民移入が果たし得る役割に注目したもの。この問題の日本における顕著性を考慮し、3つのサブグループを設け、同現象の持つ次の3つの異なる側面への関心を呼び起こす工夫をした: すなわち、年金システムの維持可能性・長期的なケア提供業者の必要性拡大・医療システムの資金不足である。これら何れのケースにおいても、移民移入が問題の軽微化のための考え得る道として取り上げられている。

以上論じた処置に加え、さらに情報がどの様に伝達されていたか、すなわち統計情報の要約という形で伝達されたのか、それとも特定個人 (典型例) 談の一部という形で伝達されたのか、この点にも踏み込んだ。

上記処置が回答者の持つ移民移入に関する見解に及ぼした影響を見定めるにあたって、次の3つの質問を行った。1つ目の質問では移民移入政策に関する一般的な選好について (『もっと移入民を』 指標); 次の質問では短期的移住 [temporary migration] について (『短期ビサ [temporary visa]』 指標); そして第三の質問では移入者数増加を求める請願への署名に回答者がどの程度意欲的か (『請願』 指標)、それぞれ尋ねた。見易さの考慮から回答には二値化を施しており、1は移民移入賛成に傾くスタンスを示す。

結果

下の図1に掲載されているものがベースライン結果になる。各処置の効果を報告し、対照グループを参照に付した。

図1 情報処置の政策スタンスへの影響 (棒線は95%信頼区間)

結果は極めて印象的である。先ず、最上部のパネルをご覧頂きたい – 本分析 [1] の示す所では、非-処置サンプル中の個人だと、移民移入レベルの増加を支持する者は同集団中たった29%に過ぎない。しかし移民移入の経済的便益の幾つかに関わる情報提供した場合では、個人の意見に、大幅かつ有意な正の効果が確認されている。これは全ての処置に当て嵌まる。効果の範囲は12%から21%ポイントで、これは何らかの情報処置に露出した個人は、対照グループ中の個人と比べ、移民移入を支持する傾向が43-72%も高くなっている事を意味する。

短期的移住への態度についても類似のパターンが観察されている (中央パネル)。こちらでは、ベースライン支持率が比較的高く、37%だった。しかしここでも確認された情報処置効果は全てのケースで正の値を取りかつ有意であり、7から15%ポイントの範囲を取っている。ベースライン支持率から18-42%も増加したことになる。

最下部パネルでは、処置テキスト読了後の個人が、政府に対し日本への移民移入を増加するよう求める請願の署名に応諾する傾向を高めたかどうかを報告している。請願署名の際、参加者は詳細な個人情報の開示を要求される。したがってこの 『比較的コストの高い』 基準において引き出された支持レベルが、厳密に態度のみに関わる質問の場合より低水準であったのも驚くには当たらない。それでも、移民移入の潜在的便益に関する情報を取得していることが、積極的に政治過程に参加する意欲にも影響を及ぼしている事が確認されている。これは4つの処置のうち3つの高齢化問題に関するもの、および人口動態的処置に露出した個人にとりわけ当て嵌まる。相対的にみれば、効果はここでもかなり大きく、ベースラインから39-53%の増加に相当する。

果たしてこうした影響は時間が経っても持続するだろうか? 図2では読解力調査直後にインタビューした参加者および10-12日後にインタービューした参加者に見られた処置効果を比較している。両パネルから明らかな様に、長期的な効果は短期的効果よりも一貫して小さいが、それでも処置効果は引き続き移民移入への一般的態度に大幅かつ有意な影響を及ぼしている (左パネル)。準-行動的な [quasi-behavioural] アウトカム (請願) に関わる回答は、依然として正の値であるが、時を経るにつれ弱化、統計的有意性を喪失している。

図2 短期的 vs 長期的効果 (棒線は95%信頼区間)

最後に、情報の伝達形式に重要性は見られたか? 説得力 [persuasion] を扱った多くの研究では、統計用語を駆使して提示するよりも典型例 (例: 個人談) を通して提示するほうが主張は有効になるのか、その如何をめぐって議論が展開されてきた。この問題に一考を加えるべく、論点の幾つかを2つの異なる手法で提示している: すなわち一方は個人談として、他方は無味乾燥な統計的解説として、それぞれ提示した。図3に報告されているのが同分析結果 – 労働力不足および長期的ケアの必要に関わるもの – である。同図が示す様に、明瞭なパターンは全く見られない。第一のケースでは典型例によって僅かにではあるが相対的に大きな効果が得られたが、第二のケースではその逆の結果が生じている。

図3 統計値 vs 典型例に基づく主張の効果 (棒線は95%信頼区間)

結論

政治家や組織が寛大な移民移入政策に傾倒していると見られるのを躊躇している現状、世間が移民移入から潜在的に見込まれる社会的・経済的便益について知る機会は稀である。本研究結果はこうした潜在的便益への露出が、同問題に関し人々が抱いている見解の形成に相当の影響を及ぼし得ることを示唆している。したがって、移民移入に対する敵対感情の軽減に関心を寄せる政策画定者にとっては、マス大衆に狙いを定めた情報キャンペーンが1つの有望路線となりそうだ。

論文で論じた幾つかの理由から、情報が世間の移民移入に対する態度に及ぼす影響の検証に際し、日本はその上限と下限のどちらに相当するものとも見做し得る。どちらの説が正しいのか、それは究極的には実証問題である。その回答の提示を進める為にも、その他の先進国における類似研究の実施が待たれる。

参考文献

Facchini, G, Y Margalit and H Nakata (2016) “Countering public opposition to immigration: The impact of information campaigns”, CEPR, Discussion paper 11709.

Halla, M, A F Wagner and J Zweimüller (2017) “Immigration and voting for the far right”, Journal of the European Economic Association, forthcoming.

Otto, A and M F Steinhardt (2014) “Immigration and electoral outcomes: Evidence from city districts in Hamburg”, Regional Science and Urban Economics, 45: 67-79.

Rydgren, J (2008) “Immigration sceptics, xenophobes or racists? Radical right-wing voting in six West European countries”, European Journal of Political Research, 47: 737-765.

原註

[1] さらなる詳細はFacchini et al. (2016) の第五セクションを参照。

 

マルティナ・ビョルクマン・ニクヴィスト, ルチア・コルノ, ダミエン・デ・ワルク, ヤコブ・スヴェンソン 『より安全な性行動へのインセンティブ: HIV予防おける籤引活用』 (2017年1月7日)

Martina Björkman Nyqvist, Lucia Corno, Damien de Walque, Jakob Svensson “Incentivising safer sexual behaviour: Using lotteries to prevent HIV “,  (VOX, 07 January 2017)


従来型HIV/AIDS教育キャンペーンは新規感染抑制に関して完璧な有効性を誇ってきたとは言えない。背景的原因としては、感染の大半がこと性行動に関してはリスクテイクを厭わない様な個人の間で生じているのに、キャンペーンではこうした人達を特に重点的にターゲットにしてこなかった可能性が考えられる。本稿ではレソト王国で行われた新型HIV予防介入試験を紹介する。これは以上の様な個人をターゲットに定め、より安全な実践へのインセンティブを付与するために籤引を利用したものである。処置グループのHIV新規感染件数 [HIV incidence] はトライアル期間を経て5分の1を超える低減を見せた。実施面・費用面での利点も併せて考えると、こうした結果は以上の様な介入がHIVとの闘いにおいて計り知れない価値を持つと判明する可能性を示唆する。

20年以上に亘る意識向上キャンペーンを後目に、HIV/AIDSは依然として数多くの世界の国々で主要健康問題の位置を占めている。とりわけ、3700万人もの人々がHIV感染者として生活し、推定では2015年だけで新たに140万件ものHIV感染が発生しているというアフリカでは問題はなお深刻である (UNAIDS 2016)。HIV感染の主要経路となっているのが安全性考慮の無い性行動だ。したがって情報提供と教育キャンペーンを基盤とした従来型の行動変化プログラムが、エピデミックに抵抗するための主要方策として久しく用いられ続けてきたのも驚くには当たらない。だが残念ながら、こうしたタイプのキャンペーンには予期されたほどHIV/AIDSエピデミック波及を押し止める効果が無いことが既に証明されている (Bertrand et al. 2006, Napierala Mavedzenge et al. 2010)。

これら実証成果を目の当たりにすれば当然、「では自衛の方法を知悉し、HIV/AIDSの深刻な帰結が周知されているのなら、なぜリスキーな性行動を継続する人達がいるのだろう?」 との疑問が浮かぼう。これに対しては、感染の大半はリスク忌避度が最も低い個人 – つまり性行動に関してはリスクテイクを厭わないような個人 – のあいだで生じているのに、現行の情報提供キャンペーンはこの人達を特に重点的にターゲットにしてこなかったのだ、という回答が考えられる。

HIV予防へのインセンティブとしての籤引

最近の論文で我々は、リスク愛好的であり、したがってHIV感染リスクが最も高いと推測される人達に特にアピールするようなHIV予防介入手法をデザインしている  (Björkman Nyqvist et al. 2016)。具体的には、籤引を利用し、レソト王国におけるHIV感染抑制をめざす金銭的インセンティブプログラムをデザインした – 籤の期待支払額は比較的小さいが、性感染症 (sexually transmitted infection: STI) テストで陰性の反応がでれば高額を得られる仕組みになっている。

他の面では通常の金銭的インセンティブプログラムと変わらないギャンブルの導入には、少なくとも2つの利点が有る。先ず第一に、籤により、同プログラムは金銭的リスクを厭わない個人に対しては相対的に強い魅力を持つ様になる。もし金銭的リスクテイクを厭わない性質がその他のリスキーな行動、例えば喫煙・薬物・リスキーな性交渉などと相関しているのならば、籤のインセンティブによりHIV感染のリスクが高い人達をもっと上手にターゲットにできるはずである。

第二に、心理学や行動経済学の領域で、人間は小さいパーセンテージを過大評価しがちであり、したがって保証された小さな報酬よりも、大きな報酬につながるかもしれない小さなチャンスのほうを選好する傾向が有る旨を示す実証成果がますます確認されている事が挙げられる (Kahneman and Tversky 1979, Kahneman 2011, Barberis 2013)。仮にそれが正しいのなら、ギャンブル (籤引) 参加において認識される利益は、確実性をもって一定の期待利益を与えるインセンティブプログラムからの利益よりも高くなり、また同じ理屈で、籤を活用すれば予算を一定にしたままでも、従来型の条件付現金給付 (conditional cash transfer: CCT) と比べてより強い行動変化へのインセンティブを設定することも可能となるかもしれない。

本研究は無作為化平行グループ間試験 [parallel group randomised trial] に基づいて行われた。そこでは次の3つの個別グループを設定している: 対照グループ (N= 1208) および2組の処置グループ (低額籤引グループの859人、および高額籤引グループの962人) である。無作為選出で低額籤引グループに割り当てられた参加者は4ヶ月毎に500ロチ/南アフリカランド [500 malotis/South African rands]、およそ$50の価値に相当する賞の籤引に挑戦する資格が与えられる。高額グループの個人にはその2倍に当たる額の賞を勝ち取る資格が与えられた。

処置グループの個人は、籤引の前の週に受けたテストで2つの治療可能なSTI (梅毒 [syphilis] および膣トリコモナス症 [trichomoniasis]) に陰性の結果がでたならば、籤を1枚与えられる。村落レベルでの籤引が4ヶ月毎に開催され、各村落で籤引当選者が4名づつ選出される。

処置グループ中の個人で前述した2つのSTIの何れかに陽性のテスト結果が出た者は籤を貰えない。しかしこうした個人も引き続き研究参加者に留まることができるので、無料で提供される治療を受けてその後もSTI陰性を維持していた場合には、その後開催される籤引の資格を得られる。対照グループへと無作為に割り当てられた参加者には籤を貰う資格が与えられないが、その他の点では研究の手順に対照グループと処置グループとで違いは無い。STI陽性のテスト結果が出た全ての者に (グループを問わず) カウンセリングと無料のSTI治療を提供、HIV陽性のテスト結果が出た個人はAIDS治療を行っている公的診療所に紹介し、適切なフォローアップを図った。

全体的に言って、籤引インセンティブはHIV症例、すなわちベースライン時点でHIV陰性であった参加者の間のHIV新規感染率抑制に相当な影響をみせた。2年のトライアル期間を通して、HIV新規感染率は2.5%ポイント、換言すれば21.4%低減された。こうしてトライアル終了時には処置グループプールのHIV感染者数 [HIV prevalence] は対照グループと比べて3.4%ポイント低いものとなった。我々の知る限り、性行動の変化に着目したHIV予防介入 (治療介入に対する) であって、HIV新規感染件数の著しい削減 – あらゆるHIV予防介入の究極目標 – に繋がることが実証されたのはこれが初めてである。

リスク愛好者は籤引を好んでいるのか?

我々はさらに進んで、リスキーなギャンブルに対する価値認識に基づき、リスクに対する選好を有する個人のほうがリスク忌避的個人よりも、行動変化を条件とする高額ではあるが不確実なリターンが見込まれる介入スキームに反応する傾向が強いのか、この点を調べた。参加者のリスク選好は、ベースラインアンケートでのリスク忌避に関する仮定的設問を通して計測した – 62%の参加者は籤引参加ではなく、籤の期待値に満たなくとも固定額のほうを選好すると報告しており (したがってリスク忌避的)、残る38%がリスク愛好的となる。ベースライン時点で、リスク忌避的個人とリスク愛好的個人の人口統計学的・社会経済的特性は類似していたが、リスク愛好的参加者が安全対策をした性行為を実行している旨を報告する傾向は相対的に低く、HIVやSTI陽性の傾向は相対的に高かった。

では、リスク愛好的個人は籤引プログラムに対しリスク忌避的個人と異なる反応を見せたのだろうか? 本研究結果によれば、実際に反応は異なっていたようだ。HIV新規感染件数はリスク愛好的個人のほうが対照グループにおけるリスク忌避的個人よりも12.3%ポイント高かった。しかしながら、リスク愛好者の間のHIV新規感染件数は処置グループのほうが12.2%ポイント、対照グループのリスク忌避的個人と比べて低かった – このサブグループにおける効果量は58%となる。リスク忌避的参加者に対する処置効果は然したるものでなく、点推定で0近傍、したがって対照グループとの比較において介入プールで観察されたHIV新規感染件数の減少がリスク選好的個人の行動変化のみによって生じた可能性は消去できない。

籤引インセンティブの実用的利点

本発見は、相対的にHIV感染リスクが高いグループをターゲットする際に籤引が活用できる可能性を示唆する実証成果をもたらした。最もリスクが高い層の個人をターゲットできるばかりでなく、籤引の活用には、以上の様なプログラムの規模拡大を検討する場合重要となってくる幾つかの実用的利点も有る。第一に、籤引プログラムの運用費は従来型CCTプログラムよりも低く抑えられると見込まれる。何故なら当たり籤を引いた者にのみ支払をすればよいからである。第二に、実験参加者の一部のみをテストすればよい様な籤引システムも考えられるが、その場合、トータルで掛かる費用に相当な割合を占める検査費用の削減も望み得る。レソト王国における実験のリサーチ計画書ではプロジェクト参加者全てに検査を提供することが要件となっていたが、行動変化へのインセンティブは、一定の条件下では、籤引当選者のみが検査を受ける、或いはSTIスクリーニングも籤の結果に依存させる様にしても、変わらず保たれるだろう。最後に重要な点だが、今回の実験で調べた籤引インセンティブの影響はあくまで特定アウトカム関するものだったが、本調査結果は、他のタイプのプログラムや分野でも、よりリスクの低い行動に対する需要の強化をねらって籤引が上手く活用できないか、この点を探求する調査研究に道を開くものとなっている。

参考文献

Barberis, N C (2013) “Thirty years of prospect theory in economics: A review and assessment”, Journal of Economic Perspectives, 27(1): 173–196.

Bertrand J R, K O’Reilly, J Denison, R Anhang, M Sweat (2006) “Systematic review of the effectiveness of mass communication programs to change HIV/AIDS-related behaviours in developing countries”, Health Education and Research, 21: 567–597.

Björkman Nyqvist, M, L Corno, D de Walque and J Svensson (2016) “Incentivizing safer sexual behaviour: Evidence from a randomized controlled trial on HIV prevention”, CEPR Discussion Paper No. 11542.

Kahneman, D (2011) Thinking, fast and slow, New York: Farrar, Straus, and Giroux.

Kahneman, D and A Tversky (1979) “Prospect theory: An analysis of decision under risk”, Econometrica, 47(2): 63–91.

Napierala Mavedzenge, S, A Doyle, D Ross (2010) “HIV prevention in young people in sub-Saharan Africa: A systematic view”, February (accessed November 9, 2010).

UNAIDS (2016) “Fact Sheet 2016”, www.unaids.org, Geneva, Switzerland.

 

ピエール・カユック, オリヴィエ・シャルロ, フランク・マレルブ, エレーヌ・バンガルム, エムリーヌ・リモン 『臨時雇用への課税: 善き意図されど思わしからぬ結果』 (2017年1月5日)

Pierre Cahuc, Olivier Charlot, Franck Malherbet, Hélène Benghalem, Emeline Limon, “Taxation of temporary jobs Good intentions but bad outcomes“, (VOX, 05 January 2017)


 

フランスやスペインを初めとする様々な国で労働力の相当部分を担っている臨時雇用契約だが、これは高い離職率・雇用不安定性にも繋がりかねない。本稿では、雇用者に雇用継続期間の引き延ばしを促す目的で臨時雇用契約への租税賦課を試みる政府諸政策の影響を診断する。こうした政策からは、平均雇用継続期間の減少・雇用創出の低下という形で労働市場に負の影響が生ずる。在職期間の短い時期に生じた離職に係る契約終了費用を無しにしたオープンエンド契約の導入のほうが効率的である可能性がある。

短期的な臨時雇用の広まりは、厳格な雇用保護法制を敷く諸国、別けてもフランス・イタリア・ポルトガル・スペインなどの国々で重要な問題となっている。これら諸国では、オープンエンド契約が通常の雇用契約形態となっているが、これに定まった就労期間は無い。しかしオープンエンド契約への違反は雇用者にとって高くつき、複雑な手続きを履行したうえで解雇補償金 [severance payments] を提供しなければならなくなっている。他方、雇用の期待継続期間が短い場合、雇用者は契約終了日 [termination date] の定めを置く臨時雇用契約を結ぶことも許される。

ところが、法的規範により雇用者は労働者に対し臨時雇用契約の契約終了日まで対償を支払うことが要求されているとはいえ、契約終了日の解雇費用に関してはお役所的な規定が全く存在しないのが実情である。そこで臨時雇用契約の規制を通し、雇用の安定と、期待継続期間の短い雇用に就いている労働者が直面する不確実性の削減が目指されている。しかしながら、こうした規制が成功しているかには疑問がある – 臨時雇用契約はフランス・イタリア・ポルトガル・スペインにおける雇用の流れの大半を担っているからだ。その背景には雇用者によるオープンエンド契約の回避が在る。こうした臨時雇用契約の大半は継続期間が非常に短い。例えば図1に示す様に、フランスでは臨時雇用契約のほぼ50%が一ヶ月に満たない長さとなっている。

図1. 臨時雇用流入に係る臨時雇用契約継続期間の累積密度 (2010-2012期、フランス)

こうした状況に鑑み、雇用者に対し、臨時的契約に代えて、在職期間の短い時期に生じた離職に係る解雇費用の無い (ないし微小な) オープンエンド契約締結を許すことにより離職率の低減や雇用の育成が望めるのではないかとの議論が展開されてきた (Bentolila et al. 2010, OECD 2014, Dolado et al. 2015)。しかしこうしたタイプの構造改革は着手が難しく、幾つかのヨーロッパ諸国は雇用者に雇用期間の引き延ばしを促す目的で臨時的契約への課税を敢行している。継続期間の短い臨時的契約はフランスでは2013年以降、ポルトガルでは2014年以降、スペインでは2009年以降、特に重点的なターゲットとなり、イタリアに至っては2012年以降全ての臨時的契約が課税対象となった1。些事に留まらぬ影響を及ぼしているのにもかかわらず、管見の及ぶ限りこの様な政策の顛末については殆ど何も知られていない。

我々の研究では、Cahuc et al. (2016a) を手掛かりにしたシンプルなモデルにより、臨時的契約への課税が常に離職率の低減に繋がる訳ではない旨を示した (Cahuc et al. 2016b)。継続期間の短い契約に対する課税が、租税回避に役立つならばと、雇用者をして長い契約による短い契約の代替、また臨時的契約のオープンエンド契約への変更へと促すことは当然考えられる。臨時的契約がオープンエンド契約に変更された場合に税の還付があるのならば、この効果はさらに増強される。雇用不安定性の軽減にしても、継続期間の短い臨時的契約に対する租税の相対的な高さが、継続期間の長い臨時的契約およびオープンエンド契約に対する租税の相対的な低さにより相殺されるのならば、さらに強まるかもしれない。しかしながら、租税の引き上げには臨時的契約の継続期間に対する不利な影響も存在する。例えば、1ヶ月未満の契約に対する租税の引き上げとの対応で、7日間の契約が1ヶ月の契約に変更されるとは考え難いが、反対に契約期間を7日から6日に減らすことが最適な判断になるケースは生じ得る。何故なら雇用者側には臨時的契約の利潤性が低下した場合にその継続期間を減らすべきインセンティブが有るからである。よって、臨時的契約に対する租税引き上げは必ずしも雇用不安定性の軽減に繋がるものでは無い。雇用安定性・雇用率・厚生に対する影響は租税制度の在り方と現実的文脈とに依存するのだ。

フランスのデータに基く本モデルの推定を通し、多様な租税制度が雇用期間・失業率・失業者厚生に及ぼす影響を見定めるシミュレーションが可能となった。なお今回分析した何れの制度でも、臨時的契約からの税収は全雇用に対する一括補助金 [lump-sum subsidy] として諸企業に払い戻されている。

結果、臨時的契約への課税が労働市場に負の影響を及ぼしていたことが判明した。第一に、同課税は雇用の平均継続期間を低減させていた。よって臨時的契約への課税はその主目的、すなわち離職率の低減を果たしていないことになる。第二に、同課税により雇用創出が減少、失業率が増加、失業者厚生が低下していた。これとは別の契約継続期間に依拠した租税計画により労働市場のパフォーマンスが限界的に向上される可能性は否定できない。しかし今回の検討を通し、臨時的契約を対象とした租税からは、各々の労働市場が持つ個別具体的特徴に依る複雑な影響が生ずることが明らかにされた。結局の所、同政策ツールは合理的な信頼性水準をもって労働市場パフォーマンス向上をめざすのに適したものではなさそうだ。

この様な見地に立ち、在職期間の短い時期に生じた離職に係る契約終了費用を無しとしたオープンエンド契約の導入の顛末も続けて分析した。こうしたタイプの構造改革に類似するものとしてはイタリア雇用法 [Italian Job Act] が挙げられるが、同法により在職期間に伴って保護が強化されるオープンエンド契約が導入されている2。我々はこのタイプの改革のほうが臨時雇用への課税よりも適当であることを明らかにした。同タイプの改革は継続期間の短い雇用の継続期間の増加、雇用率の上昇、失業者厚生の向上をもたらすようだ。ここから、租税と規制とが複雑に入り組んだ、継続期間の短い臨時雇用契約に負荷を課すような制度は、在職期間の短い時期に生じた離職に係る解雇費用を無しとしたオープンエンド契約から成るシンプルな規制と比べ、雇用にとっても失業者にとっても非効率的かつ好ましからぬ様が伺われる。

参考文献

Bentolila, S, T Boeri and P Cahuc (2010), “Ending the Scourge of Dual Labour Markets in Europe”, VoxEU.org, 12 July.

Cahuc, P, O Charlot, and F Malherbet (2016a), “Explaining the Spread of Temporary Jobs and its Impact on Labor Turnover”, International Economic Review, 57(2), 533-572.

Cahuc, P, O Charlot, F Malherbet, H Benghalem, and E Limon (2016b) “Taxation of Temporary Jobs: Good Intentions With Bad Outcomes?”, CEPR Discussion Paper 11628.

Dolado, J, E Lalé, and N Siassi (2015), “Moving towards a Single Labour Contract: Transition vs. Steady State”, CEPR Discussion Paper 11030.

OECD (2014), Employment Outlook 2014.

原註

[1] より精確には、フランスの税は1ヶ月に満たない臨時的契約に対する総賃金 [gross wages] の3%、1ヶ月から3ヶ月の臨時的契約に対する総賃金の1.5%にそれぞれ相当する。同税は臨時的契約がオープンエンド契約に変更された場合、還付される。ポルトガルでは15日未満の臨時的契約に関する雇用者側の社会負担率が4%引き上げられた。スペインでは1997年以降、臨時的契約対する失業保険負担が恒久的契約に対するものよりも高くなっている。2009年からは、継続期間2週間未満の臨時的契約に対する補完的雇用者社会負担 – 総賃金の36%に相当 – も導入されている。イタリアでは、臨時的契約一切を対象とし、総賃金の1.4%に相当する租税が、2012年施行の改革以来、失業者手当の資金調達に利用されている。同税は臨時契約がオープンエンド契約に変更された場合、還付される。但し、還付額は直近6ヶ月間に支払った同税額を上限とする。

[2] イタリアの当該法律183/2014により、新規雇用に関して在職期間に伴い保護が強化される新しいオープンエンド契約 (contratto a tutele crescenti) が導入された。

 

チャールズ・マンスキー 『ポスト-トゥルースワールドの政策分析』 (2016年12月24日)

Charles Manski,”Policy analysis in a post-truth world“, (VOX, 24 December 2016)


 

政策アウトカムや経済情勢をズバリ予測・推定した値を目にせぬ日は無い; 他方、不確実性の表明は稀である。合衆国における新たな政権の幕開けが間近に迫る現在、これまでの政府政策分析における信用ならぬ確定性 [certitude] もあれよあれよという間に小さな問題に思えてくるだろう – この先我々を待ち受けている事柄を傍らにしては。信用ならぬ確定性を提示する分析であっても、その予測や推定が正しい可能性はあるが、ポスト-トゥルースワールドにおける分析は、明らかに誤った予測と推定を生み出す。

対象とする経済政策変化が如何なるものであれほぼ例外なく、その分析には如何ともし難い不確実性が付き纏っている。アラン・オーエルバッハ [Alan Auerbach] はこう言った: 「多くの場合不確実性はあまりに大きく、同じ人物が、実際に報告した推定値の二倍や半分にあたる数値を大真面目に報告していた可能性もあるほどだ」(Auerbach 1996)。真におっしゃる通り。過去5年に亘り、私は信用ならぬ確定性を提示する経済政策分析の横行を繰り返し批判してきた (Manski 2011a, 2011b, 2013, 2014 2015を参照)。別けても合衆国における政府公式の慣行には具体的な論評を加えている。政策アウトカムや経済情勢をズバリ示した予測値・推定値を目にせぬ日は無いが、不確実性の表明は稀である。ところが、裏付けの無い想定や限定的なデータに依拠した、危うい予測値や推定値もしばしば散見されるのである。したがって、どんぴしゃりの予測や推定を試みていても、そうした確定性に信憑性は無いのだ。

現在合衆国は新たな政権の幕開けを迎えようとしている。その政権を牽引する新たな大統領はというと、どうも事実と虚構を区別する能力ないし意思を欠いているようだ。政府の政策分析にこれまで見られてきた信用ならぬ確定性も、この先我々の前に待ち受ける事柄と比べては、あれよあれよという間に小さな問題と化してしまいそうなことが憂いでならない。信用ならぬ確定性の分析であっても、その予測や推定が正しい可能性はあるが、ポストトゥルースワールドにおける分析は、明らかに誤った予測と推定を生み出すのである。

私の懸念を理解して頂く為、先ず現在の慣行に対する私の批判の一部をここで再論しよう。政策アウトカム予測値に検討を加える中で、審議中の法案が孕む連邦債務への含意に関し、議会予算局 [Congressional Budget Office (CBO)] が提出する影響力の有る予測値、所謂『スコア [scores]』に対し注意喚起をしてきた。CBO職員は全身全霊職務に励む公務員であって、連邦法の複雑な変化から来る予算影響を予見することの難しさは十分承知している。ところが合衆国議会はその様なCBOに対し、10年先までの点予測を、不確実性の数値を付さずに立てるよう要請してきたのだった。

経済情勢に係る推定値の検討でも、合衆国経済分析局・労働統計局・国勢局調査局等々の主要連邦統計機関が公表する公式経済統計値の信用ならぬ確定性を確認してきた。こうした機関はGDP成長率・失業率・家計所得などの点推定値を、誤差測定値を併記せずに報告している。機関職員は公式統計値も標本誤差や非標本誤差 [sampling and non-sampling errors] からの悪影響を免れていないことを知悉している。それにもかかわらず、公式統計値の報告に際して、標本誤差測定は時たま、非標本誤差の数量化に至っては全く行わないのが予てからの慣行なのである。

信用ならぬ確定性がこのように常態化した原因の解明に向けた取り組みの過程で、分析者はインセンティブに反応しているのではないかと推理するのが自然だと一経済学者である私は考える様になった。政策画定者や世間の人々の多くが不確実性と向き合うことに抵抗しているので、分析者にも確定性を報告するインセンティブが有る訳である。巷には合衆国大統領リンドン・B.・ジョンソンに自らの予想の不確実性を委細説明しようとした或る経済学者の話が流布している。その経済学者は検討中の数量についてそれが取りそうな値の範囲 [a likely range of values] という形で予測を報告したらしい。それに対するジョンソンの返答は次の様なものだったそうだ: 「牧場 [Ranges] は牛のものだ。数値は1つ、よこしたまえ」

値が取り得る範囲など聞かされたくなかったジョンソン大統領にしても、その経済学者が信憑性ありと考える範囲内にある或る1つの数値、つまり範囲の中心値ならば恐らく聞きたがったと考えて間違いはあるまい。その経済学者もきっとジョンソンの要請をこんな風に解釈し、それに応じたものと予想する。同様に、政府でCBOスコアを弾き出している経済学者たちも一般に、こうしたスコアを以て問題の数量に関する自分達の考えの中心傾向 [central tendency] を表わしているつもりなのだろうと、安心して推理できる。推理を裏付ける経験的証拠は 『予想専門家調査 (Survey of Professional Forecasters)』 で確認できる。これは予想専門家パネルメンバーのGDP成長率およびインフレ率の点推定および確率的予測を開陳したものだが、同データを分析すると、点推定予測値が確率的予測値の平均値ないしメディアン値付近にあるのが通例となっていることが明らかになる。

この先の事を思うと、来るトランプ政権における政策分析実務には不安を抱かざるを得ない。この次期大統領と現実とを繋ぐ関係の希釈性について論じたものは既に相当な数に昇るので、そうした現象の実例をここで私が新たにお見せするには及ぶまい。それに代えて、ルース・マルクス [Ruth Marcus] の明晰かつ恐るべき文章を引用したいと思う。彼女が最近ワシントンポストの定期コラムに執筆した文章は次の様に始まる (Marcus 2016):

 「ではお迎えしましょう – 覚悟を決めて – ポストトゥルース大統領時代です。『事実とは如何ともし難いもの』 とは1770年のジョン・アダムスの言葉。ボストン虐殺事件で訴追された英国兵士を弁護してのことです。『故に、我々の願望が何を求めようと、我々の心証が何処に靡こうと、我々の情熱が何を命じようと、事実と証拠の有り様を改めるには能わぬ』。或いは、私達はそう考えていたのでした – 事実など歯牙にもかけず、確認された事実を突きつけてもものともしない或る男を大統領に選出するまでは」

続いてマルクスは、事実を尊重すべきインセンティブがトランプには無いと論ずる。彼女の言葉を引こう:

「ポストトゥルース時代の慣行 – 事実無根の主張に積み重なる事実無根の主張 – がドナルド・トランプにホワイトハウスへの道を切り開いたのです。トランプが事実無根の放言を重ねるほど、よくぞ臆せずありのままの真実 –  と、彼らが見る所のもの – を告げてくれたと、支援者はその数を増してゆきました」

新政権の政策分析に対する見解が如何なるものになるかついて、2つの点が危惧される。第一に、公式経済統計の公表を可能にしている定期的データ収集だが、これに充てられている資金が新政権において大幅にカットされるのではないかという点。もう1つは、連邦機関の職員を務める分析者、政治的中立性・誠実性に関して高い評価を得ている彼らに対し、発見事項をともかく大統領の見解に合わせて味付けせよとの圧力が掛かって来るのではないか、という点である。首尾一貫とした政策討議は、党利党略的統治環境のためにもう既に困難になっているのだが、基礎的事実さえも炎と金槌とでどうにでも打ち直せるものとホワイトハウスが見做すに至れば、もはや不可能となろう。

潜在的被害の軽減をめざす1つの建設的な道筋としては、連邦政府の外部に十全の情報に基づく実直な政策アウトカム予測値・経済情勢推定値の提供を行い得る研究センターないし統計機関を設立するというのが在るだろう。恐らく連邦準備理事会や合衆国議会はその為に必要となるものの一部を提供できるはずだが、諸般の非政府組織もその一部を担わねばならなくなると予想する。目下合衆国は必要な制度機構を欠いている。英国の 『財政問題研究会 [Institute for Fiscal Studies]』 などが適当な模範となるだろう。

十全の情報に基づく実直な政策分析の提供をどの様に画策するにせよ、不確実性を直視してこそ我々の生きる社会はいっそう優れたものになると、私は今なお信じている。紛糾を極めた政策討議の多くは、自ら確知せざる事柄を虚心に受け止めようとしない我々の態度がその一端だった。既に真実を知悉している、或いは真実など幾らでも操作し得るかの如く振舞うよりも、我々には学ぶべき事柄が依然として数多く存在するのだと認めてこそ、より良い状況が望み得よう。

参考文献

Auerbach, A (1996), “Dynamic Revenue Estimation”, Journal of Economic Perspectives 10: 141-157.

Engelberg, J, C Manski, and J Williams (2009), “Comparing the Point Predictions and Subjective Probability Distributions of Professional Forecasters”, Journal of Business and Economic Statistics 27: 30-41.

Manski, C (2011a), “Policy Analysis with Incredible Certitude”, The Economic Journal 121: F261-F289.

Manski, C (2011b), “Should official forecasts express uncertainty? The case of the CBO”, 22 November.

Manski, C (2013), Public Policy in an Uncertain World: Analysis and Decisions, Cambridge: Harvard University Press.

Manski, C (2014), “Facing up to uncertainty in official economic statistics”, VoxEU.org, 21 May.

Manski, C (2015), “Communicating Uncertainty in Official Economic Statistics: An Appraisal Fifty Years after Morgenstern”, Journal of Economic Literature 53: 631-653.

Marcus, R (2016), “Welcome to the Post-Truth Presidency,” Washington Post, 2 December.

 

チャールズ・カロミリス, マルク・フランドロウ, ルーク・ラーヴェ 『最後の貸し手の政治的基礎』 (2016年9月19日)

Charles Calomiris, Marc Flandreau, Luc Laeven,”Political foundations of the lender of last resort“, (VOX, 19 September 2016)


 

グローバル危機は諸般の中央銀行による 『最後の貸し手』 政策がどこまで許されるべきかをめぐって様々な懸念を引き起こした。本稿ではこれら政策が世界中でどのような発展を辿ってきたか、その歴史を繙いてゆく。最後の貸し手もまた政治権力の座の一つであり、そうした存在として、その創設は政治交渉の結果と見做されるべきものである。したがってこうした政策の採用傾向、並んでそこに付与する権限の取捨選択に関し、各国に差が在ったのも驚くには当たらない。

昨今のグローバル危機は、主要中央銀行をして前代未聞の規模での最後の貸し手 (LOLR) オペレーション採用に踏み切らせ、LOLR政策の射程と制約をめぐる議論を巻き起こした (グローバル危機に見られたこの種のオペレーションの俯瞰図としてはBindseil 2014を参照)。例えば、連邦準備制度・欧州中央銀行・イングランド銀行はそれぞれ諸銀行の支援にあたり、諸銀行のポジションを支え、流動性供給を拡大し、預金引出リスクを軽減すべく策定した種々の特別融資・資産買入を行っている。

だが、中央銀行がグローバル危機に際して行った諸銀行へのLOLR支援水準は一様でなく、またこうした支援の構造にしても各国で相異なっていた。興味深いのは、この種の違いがどの時代にも決して珍しいものではなかった点だ (LOLR機能の歴史的展開を早くに論じたものとしてはBordo 1990を参照; LOLR機能を現代的視点から診断したものとしてはBignon et al. 2012)。一つそうした違いの例を挙げると、西ヨーロッパではLOLRとしての活動権限を付与された中央銀行は19世紀までにはごくありふれたものとなっていたのだが、合衆国の中央銀行創設は1913年、カナダでは1935年、オーストラリアでは1959年になって初めて為されたのである。最後の頼りとしての融資のテクニカルな側面も国毎に異なり、その地の情勢や制度から色濃い影響を受けていた。所謂ヘアカットも含み、LOLR貸付の担保ルールは制度や時代の違いによりその姿を極めて顕著に変化させてきた。緊急融資を受ける資格が銀行のみに認められたケースもあれば、影響力を持った英国の例のように、ノンバンクにまで融資が拡大されたケースもあったのである。駄目押しとなるが、LOLR支援が貸付、ないし中央銀行のオペレーションに限定されないケースすらしばしばあった。信用保証・優先株・普通株投資を通した政府支援は、金融システムへの殊更深刻なショックに対応する流れでのLOLR支援に早くは19世紀後半にも観察されている。

最後の貸し手の歴史

我々は最近の論文 (Calomiris et al. 2016) では、LOLRが世界中でどの様な発展を辿ってきたか、その歴史を精査しつつ、政治と経済の相互作用がどの様にして世界中のLOLR構造および活動の多様な進化を生み出すに至ったのか、その経緯を探った。この種の差異は単に、LOLRが反応する経済ファンダメンタルズの違いを反映しているだけなのか、それとも中央銀行のオペレーション枠組みや政府支援を良しとする政治的支援状況の違いをも反映するものなのか?

我々はLOLRを定義し、短期債権請求の殺到を止めるのに必要な流動性ないし財務的健全性の供給を目的とする緊急貸付・保証・(優先株・普通株買入を含む) 資産買入の形を取った、中央銀行ないし政府による金融仲介機関への支援、とした。これら活動のおかげで、金融仲介機関は決済システムを介した取引サービスの供給、および資本市場へのアクセスを持たない借り手に対する信用供与を引き続き継続することが出来る。

我々の歴史的説明が示すのは、最後の貸し手の構造ならびに機能の差異はLOLR創設ならびに効果的なLOLR政策の採用に対する主要な政治障壁を反映したものであって、経済的差異のみでは説明し得ないことである。19世紀初頭の英国はまさにこうしたケースだが、当時イングランド銀行に種々の権限と責任を付与した制度改正は、相次ぐ銀行危機を経ると、侃々諤々、甲論乙駁といった議論の標的となった。続いて合衆国に目を向けると、LOLRの発展は政治的対立の結果先延ばしにされ、1913年に連邦準備制度が創設された時も、その構造および権限は制限立法により雁字搦めにされていた。連邦準備制度Fedの権限はメンバー銀行との、特定資産クラスを担保とする再割引・貸出に狭く限定されていたのである。これと対照的に、イングランド銀行では裁量の余地が広く認められていた。

カナダ・オーストラリアの経験も中央銀行設立過程の辿った独特の顛末をよく描き出しているが、そこには両国独自の政治史が反映されている。カナダにおける古典的自由主義的政治環境にあっては中央銀行も1935年になるまで忌避され続けていたし、1935年のカナダ銀行設立にしてもその背景にあったのは金融目標であって、LOLRの不備に起因する何らかの脆弱性の認識ではなかった。オーストラリアで一通りの権限を付与された中央銀行が創設されるのは1959年を待たねばならない。金と信用に関わる権限の適切な配分をめぐって長引いていた政局の鍔迫り合いが終に終局点に達した年だった。こちらはもっと最近の話になるが、ユーロ圏内部の政治権力配分を反映した諸般の制約が、同じくユーロ圏内部の銀行危機への対処にあたってECBが取り得るLOLR活動を画定・制限するさい重要な役割を果たした事は記憶に新しい。

LOLRもまた政治権力の座の一つであり、そうした存在として、その創設は政治交渉の結果と見做されるべきものである (Calomiris and Haber 2014)。したがってLOLR創設の傾向、並んでそれに付与する権限の取捨選択に関し、各国で差が在ったのも驚くには当たらない。LOLRはそもそも、担保付きでの融資を行うことで、さもなければ恐慌のあいだ自らの資金需要を工面できないような銀行に対し信用供与を行う権限と責務を持った存在として出発したのだった。しかしLOLRの法的権限は時代とともに様々な形で変貌を遂げる。

 

我々はこうした変化を、19世紀後半から20世紀後半に掛けて金融危機に対処すべく中央銀行や政府が採ったアプローチを時代を辿って追跡した。結果、諸般のLOLRの権限範囲に、担保付融資の一本槍から離れ、それ以外にも信用保証・優先株支援・その他メカニズムといった形式での支援も取り入れるアプローチに向かうシフトが確認された。このシフトの一部は、システミックな銀行危機に備えLOLR活動をより広範な介入手法を含むものに拡大する必要が関係したものであると我々は考えている。

LOLRのメカニズムおよび権限範囲は様々な政策ツールを取り入れを進め、これが情勢変化への対応に利用されてきたのだが、1980年代になるまでは、システミック危機を処理するにあたっては政策作成を以て対応しつつ、銀行債務全てを対象とした全面的保護政策についてはこれを避けるといった国が大半だった。LOLR支援が担保付融資以外にも様々なアプローチを取り込みながら進化してきたのは確かだとはいえ、歴史的に見れば支援は専らシステミック危機の処理に限定されていたし、支援供給が為される際にも、我々が 『バジョットの原則』 の名で呼ぶルールが遵守されていた。バジョットの原則はBagehot’s (1873) の論文に由来する: そこで中央銀行は、個別銀行の命運ではなく金融システムの健全性に専心することを推奨されたのだった。金融機関の破綻は、それが抜き差しならぬシステミックリスクと結び付いているのでなければ、許容されたのである。幾つかのシステミック危機事例のさなかには、LOLRも銀行システムの支援という自らの職務に不可欠な一要素として、一定のデフォルトリスクを引き受けることを厭わなかったが、それも飽くまで限られた範囲での話だった – こうした支援から生ずるリスクの大部分は、銀行全体が一体となって負担しなければならなかったのである。諸銀行がリスクシェアリングに関与することで、支援は自ずと選択的になるだろうという趨勢が固まった。

歴史的なLOLRは何か明示的なルールに従うものではなかったが、一般的に言ってその構造はバジョットの原則に忠実なものだったので、支援は財政やモラルハザードの点での負の帰結を最小限に抑えていた。英国やフランスを含む多くの国でのLOLRオペレーション構造は、財政への深刻な影響の予防を明示的に意図したものだったのである。効率的に介入にはLOLRによるリスクテイキングが必然的に伴うが、こうした介入は – 少なくとも事後的に、キャッシュフロー基準で計測する限りは – 結局吉と出て利益を生むのが通例だった、というのも支援は高い対価のもと、しかも飽くまで限られたリスクの下で提供され、流動性供給における中央銀行の独占的地位を存分に利用するものだったからだ。

第二次世界大戦後、とりわけ1970年代になると、寛大なセーフティネット保護制は常態と化し、さらには無制限の預金保護が (少なくとも事後的に) 提供される場合さえあった。無制限保護により預金者の損失リスクは根絶され、一定規模以上の銀行は全て、それが真のシステミックリスクを引き起こす恐れが有るか否かを問わず、破綻を免れることになる。一般的にこの種の保護政策は、預金保険と、納税者からの税収を使った政府によるアドホックな銀行救済 [bail-outs] の組合せを通して実現される。リスキーな銀行を預金引出という懲らしめから保護するやり方は銀行の信用の流れを円滑に保つ。これは選挙を控えた政治家にとっては格別の便益となりうるが、こうした類の保護政策には、リスクテイキングの増加、保護下にある銀行の長期的金融損失のために生ずる財政への巨大な潜在的影響、延いては保護が唆す金融危機による産出量損失、といった形での社会費用も付き纏う。

国家間比較

我々は40ヶ国に亘って1960年時の中央銀行融資に関する法律規定を詳細に比較検討し、その内12ヶ国については1960年から2010年までにLOLR立法が辿った遍歴の追跡も行った。中央銀行の持つLOLR権限の違いを幾つかの側面から計測し、こうした差異の説明として考え得る物は何か考察した。結果、LOLR法制に基づく権限範囲に各国で大きな差異が或ることが確認された。こうした権限は、恐慌への対応を除くと、継時的に見ても然したる変遷を辿っていない。1960年の時点でLOLRが相対的に多くの権限を備えていた国では – とりわけLOLRに債務保証の発行を許可していた国で著しいのだが – 1980年の時点で預金保証範囲の寛大さが相対的に低くなっていた。以上の発見はLOLR活動と預金者保護との間に何らかの代替性の存在を覗わせる。

本歴史分析が明らかにするのは、一般的に言って、LOLRの提供し得る支援タイプの決定に係る政府の手で確立された明確なルール、および支援提供形態を決定するプロセスが久しく欠乏してきたことである。現実には中央銀行および政府による支援は、事が起きてからのアドホックな対応を通して供給されてきた。

ルールが重要なのはそれが市場参加者のインセンティブに影響を与えることでモラルハザードを抑制しうる所からも明らかだ。支援は一定の状況に限って、それも事前に確立されたルールに即して供給されることになると銀行が知悉していれば、その事実は銀行がリスクを管理し、保護の無いリスクから自らを保護するために流動性と自己資本を維持するインセンティブを作り出す。加えて、市場参加者が政府や中央銀行側にシステミックリスクに対処する為のLOLR支援供給を行うコミットメントが有ると認識しているのならば、この支援の期待が市場参加者側の様々な期待に働きかけ、金融システムの安定化に資することも在り得る。

結語

最後に、LOLR機能は深刻なシステミックショックに柔軟かつ時宜を得た形で対応する必要と、支援の限界を画定する事前に確立されたルールを通してモラルハザードを軽減したいという欲求との間でバランスを取るべき旨を述べ、本稿を結びたい。しかしながら、適切なバランスの達成失敗がLOLR設計におけるリアリティの核心を反映していることもまた認めざるを得ない。つまり、LOLRは政治交渉の産物なのである。

原註: 本稿で示された見解は執筆者自身のものであり、これをECBの見解を反映するものと解してはならない。

参考文献

Bagehot, W. [1873] (1962), Lombard Street: A Description of the Money Market, Homewood, IL: Richard D. Irwin.

Bindseil, U. (2014), Monetary Policy Operations and the Financial System, Oxford: Oxford University Press.

Bignon, V., M. Flandreau, and S. Ugolini (2012), “Bagehot for Beginners: The Making of Lender-of-Last-Resort Operations in the Mid-Nineteenth Century.” The Economic History Review, 65, pp. 580–608.

Bordo, M. D., (1990), “The Lender of Last Resort: Alternative Views and Historical Experience,” Economic Review, Federal Reserve Bank of Richmond, January/February, pp. 18-29.

Calomiris, C. W., M. Flandreau, and L. Laeven (2016), “Political Foundations of the Lender of Last Resort: A Global Historical Narrative,” CEPR Discussion Paper No 11448.

Calomiris, C. W., and S. H. Haber (2014), Fragile By Design: The Political Origins of Banking Crises and Scarce Credit, Princeton: Princeton University Press.

 

ヨーク・ペッツォルト, ハンネス・ヴィナー 『脱税と社会環境』 (2016年12月17日)

Jörg Paetzold, Hannes Winner, “Tax evasion and the social environment“, (VOX, 17 December 2016)


 

『グローバル危機』 この方、世界中で数多くの政府が脱税および有害な租税回避に対抗する政策を打ち出してきた。本稿は、オーストリアの通勤者控除に関するデータの活用を通して租税制度および社会環境が法令順守状況に及ぼす作用を調査したものである。本研究の対象となった被雇用者の相当な割合が、より多く補償を受給するため、通勤距離を不正報告していた。また被雇用者はどうやら同僚の不正報告行動から影響されているようであり、脱税行為が波及効果を帯び得る構造を明らかにしている。

脱税と徴税業務に係る問題は近年ますます多くの関心を集めている。とりわけ2008年世界各国の政府が経験した金融危機とそれに続く財政不均衡の後、この傾向は一層顕著になった。こうした状況を受け、不正行為の撲滅をめざす数多くのイニシアティブが国内・国際レベルで着手されている。そうした例としては租税行政活動間の情報交換 (OECD 2014) 或いは多国籍企業の税源侵食と利益移転への対抗措置などが挙げられる (OECD 2013)。同時に、租税研究者の側でも、因果関係を特定するための巨大行政データべースと新戦略という武器で装いを新たにしつつ、脱税の原因と結果に対するより深い知見を提示してきた (その総括的研究はSlemrod 2016を参照)。我々の新しい論文は、個人の法令順守状況の決定因子を第三者報告という枠組み内で研究することで、こうした文献に一貢献をなすものだ (Paetzold and Winner 2016; Kleven et al. 2011も参照)。具体的には、脱税波及効果の存在に着目した。要するに、法令非順守的環境に曝された租税負担者はゴマカシ行為を開始する可能性が高くなる、という訳である。これまでの所、こうした類の脱税波及効果を示す実証データは僅かであり、しかもラボ実験に限られる (例: Fortin et al 2007)。本論文は脱税波及効果が個人の法令順守意思決定に如何なる影響を及ぼすのかについて初めてフィールド実験による実証データを提示するものとなる。

通勤者租税控除による脱税

租税負担者の法令非順守状況を研究するにあたり、我々はオーストリアにおける通勤者控除に着目した。通勤者控除は被雇用者に通勤に掛かる出費分の補償を行うという、租税控除のなかでもポピュラーなものである1。オーストリアの例では住居・職場間の距離で決まる階段関数として設計されており、控除額は通勤距離2-20km・20-40km・40-60km・60km以上の枠で非連続的に増加し、最大額では€3,672となる。租税法では、被雇用者が自らの控除資格を雇用者に通知すると、雇用者側は第三者としてこうした申告の適格性を確証しなければならず、そのうえで源泉徴収前段階 [before withholding] の課税所得に調整を加える段取りとなっている。とはいえ、雇用者はこうした申告を十分にダブルチェックしておらず、被雇用者に自らの控除資格を過大に通知する機会を与えているのが実情だ2

非順守を検知するため、我々は先ず納税申告データと被雇用者-雇用者データを突き合わせ、租税負担者の住居・職場ロケーションを確保した。続いてこれら2ロケーション間の走行距離を (様々なナビゲーション機器で一般に用いられているルートプランナーを利用して) 算出、これを以て実際の走行距離の近似値とした。この実走行距離に基づき、適正と認められる通勤者控除枠を決定した。適正控除枠と申告控除枠の比較により、脱税者が炙り出される。我々は、自らの適正控除枠を過大ないし過小に報告した個人を不正報告者と分類した。通勤者によるシステマティックなゴマカシ行為を検出するため、控除枠の閾値前後における不正報告の非連続性を調べた。諸個人が自らの控除枠資格をシステマティックに過大報告している場合、控除枠の閾値において不正報告の割合に何らかの非連続性が観察されるはずである。対照的に、人々にゴマカシ行為は一切なく、ただ実際の控除資格の推定が不正確なまま報告してしまっているだけなら、閾値周辺でも不正報告には対称的な増減が観察される一方で、非連続性は見られないはずである。図1は通勤距離目盛毎にみた不正報告割合を示している。租税負担者がこうした閾値に強く反応している様子が観察される。通勤者の住居地が各通勤距離枠に近いほど、不正な控除申告の通知をしがちになっている。特に、通勤距離枠最近辺の個人となると、職場までの実際の走行距離を不正に報告している者は60%を超える。さらに重要な点だが、各々の通勤距離枠閾値では不正報告の割合が下落しており、ここから租税負担者が控除制度の構造とそれが孕む過大報告インセンティブを認識している様子が伺われる。

図1. 通勤枠への距離と不正報告行動

原註: 職場への距離毎にみた通勤者の報告行動 (目盛=1.25km)。各目盛につき、不正報告者 (控除枠を過大または過小に報告した通勤者として定義) の割合が縦棒で表示されている。点線は控除額がより大きな金額へと非連続的に上昇する閾値を表わす (それぞれ20km・40km・60km)。1995年から2005人までの被控除者が組み入れられている。

脱税波及効果の検出

通勤者租税控除制度に対する非順守状況の広がりは目に余るほどだが、それでも自らの通勤距離を誠実に報告している個人が依然として相当数存在する点にも注目する価値が有る。我々は潤沢なデータを活用することで、以上の様なゴマカシ行為の差異とも取り組んだ。具体的には、個人の脱税意思決定が身近な領域に居る他の租税負担者の順守行動によってどの様な影響を受けているのかを研究した。そうした脱税波及効果を研究する為、通勤者控除を誇大表示している労働者の割合で異なった複数の雇用者の下を渡り歩く、転職者サンプルに着目した。斯くして我々の識別戦略は、転職事例に見られる差異を活用することで、新たな職場環境が個人の法令順守意思決定に及ぼす波及効果を浮き彫りにするものとなった。

本転職者サンプルの研究結果から、個人の順守意思決定に対し租税負担者の労働環境が及ぼす相当なインパクトが明らかになった。加えて、個人が諸企業を渡り歩く場合には、同僚の中でゴマカシ行為を行う者が占める割合の増減からくる影響に非対称性が観測されている。図2は転職者のゴマカシ行動に関する変化を、ゴマカシ行為を行う同僚の割合に対して点示したもの。特筆に値するのは、ゴマカシ行為者の割合がより大きい企業に移った転職者が、転職後に以前より遥かに多くの過大表示をし始めている点だ。対照的に、ゴマカシ行為者の割合がより小さい企業に移った者は自らの報告行動を変化させない傾向が有る。転職の影響に見られるこの非対称性は、例えば或る企業では被雇用者の通勤者控除申告を徹底的に審査しているが、他の企業ではこれを行っていないからだ、といった、専ら企業レベルの機構的影響のみに依拠した説を退ける。実際のところ、個々の企業が持つ報告行動に対する実体的影響からは、以前の同僚のゴマカシ行為率が現在の行動に及ぼす前述の非対称的影響を説明できそうにない。そうではなく、この非対称性は同僚・仕事仲間からの行動学的波及効果を示唆するものなのだ。

図2. 同僚ゴマカシ行為率の変化に対する非対称な反応

原註: 図は転職前年度から転職後年度におけるゴマカシ行動の変化を、ゴマカシ行為を行っている同僚割合の新旧雇用者での変化に対してプロットしたもの。個人を、ゴマカシ行為を行っている同僚の割合の変化0.05パーセンテージポイントを目盛にグループ分けし (X軸)、続いて平均ゴマカシ行為率の変化を各目盛にプロットした (Y軸)。実線はミクロデータに基づき、観測値0の上下につきそれぞれ別個に推定した最良適合線形回帰を表わす。

結論

オーストリアの通勤者控除事例は、一方に控除額の著しい非連続性あるかと思えば、他方には政府側でその適否を確認するのが非常に難しい控除資格基準もあるといった、杜撰な設計の租税制度が孕む欠陥をはっきりと指し示している。本発見は、租税負担者がそうした類の制度体制に強く反応することを明らかにした。また、今回の実証成果からは第三者による報告が脱税に対する万能薬にはならず、とりわけ雇用者側にこうした申告を正確に記録するインセンティブが無い時には殊更そう言えることが伺われる。最後に、我々は非順守的行動が租税負担者の社会環境によってシステマティックに影響されている様子を明らかにしたが、この発見は徴税戦略とも関連してくる。租税負担者間の脱税行動が因果的に連動しているのなら、租税負担者の一グループにおける非順守を減少させる政策からはその他の社会グループに対する波及効果も望みうるはずなのである。

参考文献

Fortin, B, G Lacroix and M-C Villeval (2007) “Tax evasion and social interactions”, Journal of Public Economics, 91: 2089–2112.

Kleven, H, M Knudsen, C T Kreiner, S Pedersen and E Saez (2011) “Unwilling or unable to cheat? Evidence from a tax audit experiment in Denmark”, Econometrica, 79: 651–692.

OECD (2013) Addressing base erosion and profit shifting, Paris: Organization of Economic Co-operation and Development.

OECD (2014) Standard for automatic exchange of financial account information in tax matters, Paris: Organization of Economic Co-operation and Development.

Paetzold, J and H Winner (2016) “Taking the high road? Compliance with commuter tax allowances and the role of evasion spillovers, Journal of Public Economics, 143: 1–14.

Slemrod, J (2016) “Tax compliance and enforcement: New research and its policy implications”, Ross School of Business, Working Paper No 1302.

原註

[1] 通勤者への税制優遇措置は多くの国でよく見られる租税政策ツールで、一般的労働関連控除の一部をなす場合 (例: フランス・イタリア)、通勤者を対称とする個別的控除 [a single allowance] として設計されている場合 (例: ドイツ・オランダ・デンマーク)、雇用者が負担する非課税給付 [tax-free benefits] の形態を取る場合 (例: 合衆国) もままある。

[2] 税務当局は実走行距離および申告者の適格性をチェックするコンピュータ利用ソフトウェアを導入し、徴税業務を厳格化した。残念ながら、この変化の影響を研究するにはまだ時期早々だった。

 

 

ペリン・アキョル, ジェームズ・キー, カラ・クリシュナ 『マルチプルチョイス方式試験の精度とバイアス』 (2016年8月24日)

Pelin Akyol, James Key, Kala Krishna, “Precision versus bias in multiple choice exams“, (VOX, 24 August 2016)


 

山勘による回答 [guessing answers] はマルチプルチョイス方式試験の有効性を損なう可能性がある。誤答にペナルティが課されるネガティブマーキング方式を採用すれば山勘による回答を抑制できるが、リスク忌避的受験者に対し不利なバイアスを掛けかねない。本稿ではトルコの大学における入学試験データを利用しつつ、ネガティブマーキング方式が試験に対し、とりわけ相対的にリスク忌避的傾向が強いことが知られている女性に不利な形で、バイアスを掛けるものであるかを調べる。リスク忌避度の違いからくる影響は限定的であるらしく、優秀な学生に関しては殊更そうした傾向があるようだ。

試験は、受験者の能力を評価し、労働者に職業を割当て、学生に教育機会を付与しようとする際に数千年来もちいられてきた。よく利用されるのがマルチプルチョイス方式で、この場合受験者は限られた答えの選択肢から1つを選択するだけでよい。この試験方式は、採点の迅速性・精度のために教育者にとって魅力的なものになっている。しかしながら、同方式はテスト受験者が山勘で回答できてしまうという事実のためにしばしば批判を受けている – 正答は理解を示すとは言い切れないのである。こうした事情が在る故に試験の精度は損なわれてしまう – つまり山勘行動が試験スコアにノイズを混入させるので、割当てプロセスの効率性が阻害されてしまうのだ (Baker et al. 2010)。

試験スコアにおけるこうしたノイズの低減をめざすアプローチの1つに、誤答に対するペナルティの設定がある – 学生は問題をスキップすることが許されるが、誤った回答をした場合は、失点となる1,2。これは正解がどれか確信できない学生に山勘回答を敬遠させるもので、とりわけ学生がリスク忌避的であるほどこの傾向は強まる。もし学生がリスク忌避的でなく、しかも無作為な山勘回答が0点となるようなペナルティが設定されている場合、学生は最善の選択肢が分かれば、その選択肢への確信度とは無関係に、山勘で回答しようとするはずだ。しかしながら、リスク忌避性の相対的に高い学生は、その最善の回答に 『十分に確信』 しているときでなければ山勘で回答せず、それ以外のときには問題をスキップするだろう。こうした結果、リスク忌避性が相対的に低い学生の平均スコアはリスク忌避性が相対的に高い学生との比べて高くなる。ネガティブマーキング方式を用いればより正確な能力測定が望めるだろうし (Espinosa and Gardeazabal 2010)、したがって入学者の構成するクラスの能力水準も高まるだろうが、その代償としてリスク忌避度の相対的に高い学生に不利な差別が生ずることになる。そんなネガティブマーキング方式だが、トルコやフィンランドの大学入試をはじめ、また (最近までは) SATでも利用され続けてきた3

リスク忌避とジェンダー

リスクに対する態度がジェンダーによって大きく異なるのなら、つまり女性のほうが相対的にリスク忌避度が高いのなら (Eckel and Grossman 2008)、ネガティブマーキング方式は、事実上、より頻繁に問題をスキップする傾向が有り、したがってスコア期待値ならびに試験突破の確率も低減させてしまう女性に対し不利な形でテストにバイアスを掛けることになる (Pekkarinen 2014, Tannenbaum 2012, Baldiga 2013)。となれば、重要なのは現実世界における精度と公平性の間のトレードオフ問題だ。

我々の最近の論文では、この問題にトルコの大学入学試験 (ÖSS) データを利用してアプローチしている (Akyol et al 2016)。同入学試験は、誤答にペナルティを課し、無作為な山勘回答によるスコア期待値が0点に等しくなるようにされた一大重要試験 [high-stakes exam] である。正答は1点の加算となるが、4つある正しくない回答を選んだ場合、スコアが0.25点分引かれる。リスク忌避が大きな役割を果たすこうした設定が現実生活に多大な影響を及ぼす局面で実際に採用されるのは稀であり、本試験はその貴重な一例となっている。

通常の採点形式では、テスト受験者は単純に正答の可能性が最も高い回答を選択することになる (必要ならば無作為選択も行いつつ)。しかしながらペナルティが課される場合、受験者はそもそも回答するか否かを決定しなくてはならない。そこで次の様なアドバイスが掲示される例もままある: 「SATでは勘に頼った無作為な選択をすべきではありません。しかし、答えの分からない問題があっても選択肢を最低1つ除外できたなら、勘に賭けてみる価値はあります4 」

さて我々は、トルコの大学入試におけるテスト受験行動の推定を試みたのだった (Akyol et al. 2016)。我々の見る所では、先ほどの方針が必ずしも助けにならない状況も数多く存在する。学生が所与の1選択肢を除外できないとしても、それでもその選択肢が正答である確率に関しては否定的な見解をもっているかもしれないのだから。とはいえ、そのテスト受験者にとって一番選びたくない選択肢というのは恐らく存在する – 選択肢の全てが正答らしく見える場合であっても、みな一様の正答らしさを持つわけではない。逆に、或る選択肢がテスト受験者にとって最も正答らしいと思われるとき、つまりペナルティさえ無ければそれを選ぶのに、という選択肢が存在する場合もあるはずだ。仮に最も正答らしく思われる選択肢について、それが正答である確率は30%だと考えられているとしよう。問題の学生はその選択肢を選択すべきだろうか? それともスキップすべきだろうか? そこで我々は閾値といして該当選択肢が正答である確率cを定義した。この閾値を超える所では、学生はその問題の回答を試みることになる。そしてリスク忌避度が高い学生ほどこの閾値も高くなる。テスト目的との関連では、cはリスク選好を把捉するものである。

意思決定のモデル化

我々は学生のテスト受験行動を明示的にモデル化したうえで、このモデルを利用して学生のリスク選好 – 前述の閾値 – の推定を行った。

閾値は、ジェンダーと学生の能力水準の双方に従属させている。最優秀層の学生ならば僅かな失点を極端に気にしてトップ大学への入学率を低減させてしまい、したがってリスク忌避的になる可能性も考えられるが、能力の劣る学生は自らのスコア期待値を確保したところで入学を勝ち取れないかもしれず、したがって恐らくリスク愛好的でもあるだろう。

事前の予想と違わず、女性のほうがリスク忌避度が相対的に高いことが明らかになった。図1は、様々なスコア期待値 (能力) をもつ男性・女性についてcの推定値をプロットしたものだが、そこに示されているように、リスク忌避度はスコアとともに上昇し、また問題回答にあたって要求する確実性については全てのスコアで女性のほうが高くなっている。ジェンダー間の差異は殆どの部分で統計的に有意な値を取っているが、比較的小さい。本データでは選択肢は5つだったので、無作為な山勘が功を成す確率は20%である一方; 高い能力をもった男性は約26%の確信を得なければ問題をスキップするが、高い能力をもった女性は27%の確信を要する、ということになる。

図1 境界値: ジェンダーとテストスコア期待値毎に見た、テスト受験者が問題をスキップする予想正答確率下限

ジェンダーバイアスはどの程度の重要性をもっているのか?

リスク選好が分かったので、本モデルを利用しつつ反実仮想 [counterfactuals] を行い、別の試験形態の下ではアウトカムにどの様な違いが出るのかを検証できるようになった。我々は幾つかの試験形態を検討し、大学への学生割当てに何が生ずるのかを調べた。例えば、ペナルティの撤廃、ペナルティの増加、或いは問題数を増加してみたらどの様な影響が出るのだろうか?

我々はアウトカムをシミュレートしたうえで諸スコアグループの構成、例えばトップ5%のスコア獲得者における男性の割合などを調べた。結果、所与のスコアパーセンタイルグループにおけるジェンダー比率 (男性の割合) への影響は極めて小さな値を取った – リスク忌避の差異がもつアウトカムへの影響は、無視出来る程度だったのだ。図2に見られるように、トップスコアグループにおけるジェンダー比率は大まかに言って、諸般のテスト形式を通し不変である。

図2. 別テスト形式における様々なスコアパーセンタイルで見た男子学生の割合, べースラインモデルとの比較。

一方、ペナルティが確かにテストの精度の上昇に繋がることも明らかになった – トップスコアパーセンタイルにおける学生の能力は、ペナルティを増加するにつれ上昇し、ペナルティを撤廃すると下降するのである。図3にこの点が示されており、成績トップの学生の能力は、高度のペナルティを設定したり問題数を増やしたりした試験によって選別を行う場合に (後者でもテストの精度は僅かに高まるが、費用が非常に嵩む) 高まりを見せる。この様に、ペナルティは入学者の構成するクラスの質の向上につながるのである。実際我々の明らかにしたところでは、ペナルティを0.25点から1点に上昇させるのは、試験の問題数を45から70に増加させるのに匹敵する効果をもつほどなのだ!

図3. 別テスト形式での様々なスコアパーセンタイルで見た学生の社会科学学力, ベースラインモデルとの比較。

リスク忌避の差異が斯くも小さな重要性しかもたないようなのは何故なのか? こうした差異が重要性をもつためには、2つの条件が成立している必要がある。第一に、最善の選択肢が正答である確率が、ちょうど男性・女性のもつcの間に位置すること – つまり、0.26と0.27の間になければならない。こうしてみると、この差異が所与の問題に関して関連性をもってくる確率は、男性・女性の境界値の隔たりが狭いために、比較的小さいことがわかる。これに加えて、仮に各人の信念 [belief] がちょうどこの領域に在ったとしても、テスト受験者のリスク忌避度も取り立てて高いわけではないので、回答する場合の得点期待値は極めて低くなる。基本的に、スキップ行動によって生じた選択の差異は稀なので、それが発生した場合でも、その影響は小さい。こうした事情を直感的に言い表せば次の様になる。レストランで注文するとき、ふつう最善の選択肢は自明であるが、そうでないような時にはどんな選択をしても大差ない、というわけだ!

参考文献

Akyol, S P, J Key and K Krishna (2016) “Hit or miss? Test taking behavior in multiple choice exams”, NBER, Working Paper 22401.

Baker, E L, P E Barton, L Darling-Hammond, E Haertel, H F Ladd, R L Linn, … & L A Shepard (2010) “Problems with the use of student test scores to evaluate teachers”, EPI Briefing Paper# 278, Economic Policy Institute.

Espinosa, M P and J Gardeazabal (2010) “Optimal correction for guessing in multiple-choice tests”, Journal of Mathematical Psychology, 54(5): 4.

Pekkarinen, T (2015) “Gender differences in behaviour under competitive pressure: Evidence on omission patterns in university entrance examinations”, Journal of Economic Behavior & Organization, 115: 94-110.

Baldiga, K (2013) “Gender differences in willingness to guess”, Management Science, 60(2): 434-448.

Eckel, C C and P J Grossman (2008) “Men, women and risk aversion: Experimental evidence”, Handbook of experimental economics results, 1: 1061-107.

原註

[1] 他にも様々なアプローチが在る。例えば、適正スコアリング方針 [proper scoring rule] では、テスト受験者は各選択肢についてそれが正答である確率がどの程度だと考えているかの信念を明示することになる。しかしながら、こうしたアプローチの効果的な実施が困難である場合もままある。

[2] 代わりに、誤答にペナルティを課さず、スキップした場合に得点の一部を付与するというものがある。これは理論上でも実証実験データでもペナルティ賦課と同様の結果がでるように設定できる。 (Espinosa and Gardeazabal 2013)。

[3] 誤答に対するペナルティは2016年5月に撤廃された。更なる情報はこちらを参照。

[4] http://www.math.com/students/kaplan/sat_intro/guess2.htmを参照。