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ジョセフ・ヒース プライバシーの終焉,パート2: 向社会的行動の点数化 (2017年1月24日)

The End of Privacy, Part 2: Scoring Pro-Social Behaviour (In Due Course, January 24, 2017)
Posted by Joseph Heath

(訳注: 「向社会的行動」とは,他者の利益を意図した自発的行動.反社会的行動の反対語.)

哲学者の中には異論をとなえるものもいるだろうが,道徳なるものは明らかにまだ未完成である.道徳は時代とともに変わる.私の父が生まれた世界では「婚外性交」は非道徳的とみなされた,今はほとんどの人はそう思わないし,それどころか,かつて非道徳的とみなした人がいたなど理解しがたいという人も多いだろう.かくして物事は変わりゆく.

我々の道徳律と,その時代の技術水準の間には込み入った関連がある.上で述べた性的規範の急激なシフトが,安全で効果的な避妊テクノロジーの発見に引き続いて起きたのは決して偶然などではない.

はるか地平線で次なるテクノロジー的変化が形を取りつつあり,私にはそれが日常的な道徳を根本的に変える可能性が大いにあるように思える.そのテクノロジーとはすでにAirbnbやUberといったアプリで使われているもので,契約に関わる当事者間の「信頼」の問題を解消するために,お互いに相手を採点するという技術である.Uberでは乗客がドライバーを採点できる.しかし,同じくらい重要な点として,ドライバーも乗客を採点できるのである.Uberのドライバーの車の後部座席で無作法に振る舞うと,次の乗車のために呼ぼうとしても,乗せてくれるドライバーが減ってしまうだろう(実際に起きるのは,高ランクのドライバーがあなたを無視し,ランキングの低いドライバーにまわすということだ).同様に,もしAirbnbを通して借りたアパートを散らかすと,将来部屋を貸してくれる人が減る.この仕組みは,オンラインレピュテーションシステムと呼ばれる.

ここで,あるオンラインレピュテーションシステムを想像してみよう.車やアパートではなく,人生全般についてのシステムで,そこであなたは行動のあらゆる側面から「点数」をつけられる.こいつはどんなやつだろう?いいやつか,嫌なやつか?協調的か,変人か?デートではどうか?学校ではうまくやってる?仕事に遅刻しない?そんなシステムを想像してみよう.こういう点数を先生や雇用主やその他の人が入力する何かしらのデータから,またYelp1みたいに一般大衆が入力するデータから記録するシステムを.デートアプリで,女性が男性をレーティングできるもの(lulu)はすでにある.しかし,このアプリはまだ男性が許可しないとプロファイルを作れない(ので,レイプ犯をふるいにかけるという点ではあまり役に立たない. — もっともわかりやすい使いみちのひとつなのだが).しかし,誰かがそういう,本人が望まなくてもプロファイルが作れるシステムを作るのを止めることはできないし,誰かが作るのは単なる時間の問題だと思う.

もちろん,作るのは民間の個人とは限らない.中国政府は「社会信用」システムを開発する意向を公表しており,そこには全ての個人のレーティングが入る — クレジットの格付けのようなものだが,そこに秘密警察ファイルや,さらにもっと広い範囲の,(単なるローンの返済記録だけではない)すべての種類の向社会的な行動の情報もブレンドされている.売り文句は,デートにも,雇用契約にも使えるというものだ(そしてもちろん,警察やその他の権力機関にも…).現時点では,中国政府は民間企業に試験的プロジェクトをやらせているが,計画の究極目標は国家の支配下の統合システムを作成することだ.念のため言っておくと,ほとんどの中国人はそれほど騒ぎ立てているように見えない(私は特に驚くことではないと思うが,西洋のメディアの中にはそれを不思議がる解説記事を載せたものもあったようだ).

問題は,騒ぎ立てるべきなのかどうかということだ.ほとんどの西洋人と同じく,私の自然な反応も否定的なものだ.このアイデアすべてがショッキングなほどの侵害だと思う.一方で,きっと便利だろうというのもまた確かで,こういうシステムがあれば膨大な数の集団行為問題が解決するに違いない.UberやAribnbが示した通り,『見知らぬ人の間での信頼関係』という問題は莫大な取引コストを生じ,何十億ドルもの価値がある取り引きを妨げ,行われたはずの取り引きが行われずじまいになってしまっている.こんなにもたくさんのアパートが空室のまま放置されてしまっている! こんなにもたくさんの自動車が稼働しないまま放置されてしまっている! 多数の人々が滞在する場所を,乗る車を求めているというのに.ここでの問題は,人々がお互いを信頼できなかったということで,それが取り引きが行われなかった原因なのだ.信頼の問題を(オンラインの支払いシステムとレーティングシステムで)解決すれば,突然,それまで存在しなかったマーケットがそっくり姿を現す.

ここで想像してみよう,部屋や自動車以外にいったいどれほどの取り引きが,今現在,人々が互いに信頼できないが故になされないままになっているか… 考えてみよう,あなたの生活がどれほど劇的に変わるか,どれほど多くの様々な活動に参加できるようになるか — もし,なんらかの方法で直ちに,見知らぬ人と会う際に,その人が信頼できるかどうか知ることができたら — そして,その人があなたの信頼を裏切った時に他の皆に警告できたら.想像してみよう,もしあなたの電話機が周囲のみんなの「社会的信用度」を表示したら… バーで,地下鉄で,教室で.社会生活は完全に変容を遂げると言っても過言ではないと思う.

またこれも言っておくべきだろうが,伝統的な左翼のファンタジーとして,互恵主義のみに立脚して運用されるキャッシュレス経済なるものも存在する.こうした経済システムでは個々人の貢献度を記録する「社会的信用度」スコアのようなもの(あるいはreddit2 の「カルマ」のようなもの)を用いる.この種の社会主義者的計画の多くは,特に「コンシューマリズム」を縮小ないし除去することを目指すものは,やはりショッキングなほど侵害的である — たとえば,「Parecon」提案3を見よ: この提案では,全てのあなたの消費需要はあなたの隣人からなる審議会の承認を必要とするのだ.寛容に解釈するならば,この手の計画の支持者たちは,そうした計画のもとで暮らすということが実際にどういうものか,あまり本気で注意深く考えたことがないのだろう.いずれにせよ,こういう計画の支持者たちが,開始されつつある中国の社会信用システムについてどう考えるのか,私には興味深い.

ついでに言えばこの種の,人々の性格に関する情報共有は,小規模な社会の構造的特徴である.小規模な社会ではこの情報共有はだいたいのところうわさ話によって達成される.この情報共有と切っても切れないのが,非常に侵害的な形での社会的支配であった.人類が進化してきた小規模な社会では,全員があなたのやることなすこと一切合切を知っており,あなたの評判の「点数」はすべての付き合いにおいて共通知識として使われたのである.しかし,社会的支配のメカニズムとしてのうわさ話は,大規模社会と都市生活への移行に際して生き延びなかった.全員が何をしているか把握し続けるのは単純に難しすぎるのである(これがロビン・ダンバー4の主張のポイントである).だから大規模社会では,やむを得ず付き合ういろんな人々のことを,実は何も知らないという羽目になってしまったのだ.

このように,最新のテクノロジーは実際には単に過去の小規模社会の条件を巨大スケールで再び作り直そうとしているだけなのである.振り返ってみると,我々がこれまで生きてきたのは不思議な魅惑の時代だったと言えるかもしれない.それは,人間が,小規模社会から大規模社会へ飛躍する方法をやっと見つけ出したが,小規模社会で有効だった社会的支配システムを大規模社会に課す方法をまだ見つけなかった時代である.これが,個人の自由のある種の黄金時代を作り出したのだ.そこでは,反社会的に行動しても重大な結果を招くことがなかった.包括的な社会的ランキングシステムの可能性について考察してみて驚くのは,非道徳的に振る舞っても誰にも知られないということに自分がセンチメンタルな愛着を抱いていることだ

ジョン・スチューアート・ミルの自由論の,アルコール販売の問題をとりあげた一節を振り返ってみよう.ミルはここで禁酒「同盟」に反論している.禁酒同盟の主張は,事業者が他人の「社会権(social rights)」を侵害した場合はいつでも国が事業を禁止できるというものであった.

「社会権」なる理論,おそらくその類のものは未だかつて明瞭に言葉で表現されたことはないものの,それは少なくとも次のようなものでありましょう:  絶対的な社会的権利としてすべての個人が有するものであって,本人が振る舞おうとするのと同様に他の個人すべてを行動させる権利.これに僅かなりとも違反したものは誰であろうと我が社会権を侵害したのであって,その侵害を排除する権利が議会から私に与えられるような権利.なんとも恐ろしく,かつまた他のいかなる自由への侵害よりなお危険な主義主張であります.これをもってすれば,いかなる自由への侵害であろうと正当化できぬものはありません.いかなる自由への権利も是認されず,ただおそらくは意見を密かに,決して表明せずに持つことだけが許されることになるでありましょう.なんとなれば,私が有害とみなす意見が何びとかの口の端に上るやいなや,それは同盟が私に付与した「社会権」を侵害したことになるのですから.この教義に従うならば,全人類が,他人の道徳的,知的,さらには物理的な側面についてさえも,何をもって望ましい状態とするのか,その利害関係を,原告の側が自らの勝手な基準に従って定めることができてしまうのであります.

ここでのミルの議論は,一種の背理法に沿って展開されている.しかし,よくわからないのは,この背理法のどこまでが,彼が記述した帰結が望ましくないことによるもので,どこまでがそうした帰結の実現不可能性によるものかという点である5.言い換えると,われわれが享受してきた「自由」のどこまでが技術上の制約の結果なのかが私にはわからない6.技術的制約は,人々が効率よくお互いを監督し支配する妨げにはなってきたが,国に対してはそれほどの制限を課してこなかったのだから.

もちろん,もう一つの可能性としては7道徳がそれほど厳格でなくなるということも考えられる.現在われわれが持っているのは比較的厳格な道徳律と,極度に緩い強制力の組み合わせである.おそらくその理由は,ちゃんと強制できないほど道徳律が厳しすぎるためだろう.現場を押さえられる可能性がごく小さい時代,罰はより厳しく,免責される条件も数少なかった.しかし,突然,現場を押さえられる可能性が劇的に増大した.このことは,道徳律を緩める多大な圧力をもたらすように思える(ちょうど「若さゆえの愚行」に対してもっと寛容になるよう圧力がかかっているのと同じように なにしろ,今の若い世代は,おのれの17歳当時の思想や意見の完全な記録が永遠に残ってしまうのだから).

  1. 訳注: レストランはじめ,地域の店やビジネスのレビューを掲載する会員制サイト []
  2. 訳注: 巨大な掲示板サイト []
  3. 訳注: Participatory economics (Wikipedia): 参与型経済 (Wikipedia) []
  4. 訳注: Wikipedia より「ダンバー数の定式化でよく知られている。人間にとって、平均約150人(100-230人)が「それぞれと安定した関係を維持できる個体数の認知的上限」であると述べている」 []
  5. 訳注: ここでいう「社会権」が認められないのは,認められた社会が皆にとって望ましくないからか,そういう社会を実現するのが不可能だからか,どちらだろうかということ []
  6. 訳注: お互いの行動を監視する社会がまだ到来していないのは,それが望ましくなかったからか,技術的に不可能だったからか,どちらだろうかということ []
  7. 訳注: お互いに監視して行動の自由が制約されるかわりに []

マーク・ソーマ 「世間における経済問題へのあやふやな理解とその背後にあるもの ~メタファーと『善は善を呼ぶ』型ヒューリスティック~」(2015年10月30日)

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