〔サイモン・レン=ルイスの長文記事を2回に分けて掲載します.今回は,原文の後半にある「補論」です.本論はこちら.〕
なるほどメディアの一部にはこういうことを言う人たちもいる――「9月に予算案が発表された直前・直後の市場の動きは,予算案となんらの関係もない.」 だが,そうした人々は,非常に偏った評論家たちだけだ.他方で,あの予算案があれほどまでに市場に大きな影響をもたらした理由については,まだ意見の不一致が残っている.一方の極には,ラリー・サマーズ説がある.「G10の国で,自国通貨をもちながら政府債務の持続可能性リスクがこれほど大きい国は思い出せない」とサマーズは言う.他方,こういうことを言う人々もいる――あの市場の反応は,金利上昇を予測してのことにすぎない.誰の見解が正しいのかをたしかに知ることは不可能ではあるが,理にかなった説明とそうでない説明とをはっきり見分けるのが重要だろう.
自国通貨で国債を発行している政府が債務不履行しうるケースは,2とおりにわかれる(なお,イギリスではその国債を “gilts” と呼ぶ).一つは,法的な債務不履行で,支払う契約になっていた債務にかかる金利の支払いをやめる(あるいは債務の返済すらやめる)選択をする場合だ.もう一つは,経済的な債務不履行で,名目の額面が固定している債務の一部の価値をインフレで吹き飛ばす場合だ.イギリスが法的債務不履行をする見込みはまったくない.また,金利を使ってインフレ制御につとめているイングランド銀行を政府が止める見込みも,同じくまったくない.したがって,「9月の大型減税発表の前後で国債利回りが上昇したのは,政府の債務不履行に関する予想が変化したのを反映しているわけではない」と考えるのは,理にかなっている.
では,もう一方の説はどうだろうか.そちらの説によれば,「短期金利が上がると市場は予測していたにすぎない」とされる.どういう理屈の筋道になっているか,はっきりさせておこう.9月の「財政イベント」では減税が発表された.(また,エネルギー法案への助成金も予算案には含まれていたが,そちらはずっと以前からリークされていたので,予算案前後の出来事の説明にはなりえない.) 減税した場合,その差の金額が貯蓄に回らなかったならば,消費が増えるか,あるいは(法人税であれば)おそらく投資が増える.すると,総需要が増える.だが,総需要が増えると,インフレ率が上がりやすい.そして,目下,イングランド銀行は利上げによってインフレ率を下げようとしている.よって,どんな要因であれ総需要が増えれば,イングランド銀行は金利をさらに引き上げねばならなくなる.
これが実際に起きたことの一部なのはわかっている.なぜなら,短期金利に関する予想は現に上がったからだ.だが,それでは全貌の理解にならないこともわかっている.その理由は,イギリス通貨に起きたことにある.もし短期金利上昇の予想で話が終わるのであれば,短期金利上昇の予想からすぐさまポンド高になったはずだ.実際には,その逆が起きた.イギリスポンドは,対ドルでも対ユーロでも,安くなった.よって,他にもなにかが起きていたはずだ.
「ポンド安とイギリス国債利回り上昇とが同時に進んだのは,イギリスの各種資産にかかるリスクプレミアムが上昇したのを反映している」と,さまざまな人々が述べている:クルーグマンは(@darioperkins にならって)それを「うすら馬鹿リスクプレミアム」と呼んだ〔※意訳ではなく,英語でも ‘moron risk premium’ という直球のネーミングです〕.だが,法的債務不履行リスクでもインフレリスクでもないとすれば,いったいそれはどういうリスクなのだろうか? 私見では,これは9月の「財政イベント」に固有の特徴にさかのぼると思う(少なくとも,過去数十年間のイギリスに関して言えば).その固有の特徴とは,どうやって帳尻を合わせるのかまったく言及しないままに減税を発表したことだ.つまり,減税した分だけ政府支出を削減するのか,それとも永続的に政府の借り入れを増やすのか,まったく不明だった.
この直前の一文は,少しばかり財務相に対して不公正ではある.対 GDP 比の政府債務を中期的に下げていく方針に変わりはないと,彼は明言していたからだ.「減税すればおのずと〔富裕層や企業などのはたらきによって〕その分がまかなわれる」と考えるほど財務相は馬鹿ではないと寛大に考えるなら,あの減税案にともなっていずれ政府支出の削減がなされることが含意される.だが,市場側にとっては,まだまだ推測する余地がたっぷり残っている.ありうる事態には2つの極端なケースが考えうる.
一つは,今年や来年には政府支出を削減しないでおいて,選挙後にあれこれの支出を削減する予定を入れておく,という場合だ.もう一つは,選挙まで毎年,減税した分だけきっちりと政府支出を減らす場合だ.問題が生じるのは,この後者の場合だ.なぜなら,減税分だけ等しく支出を削減すれば,総需要が減少し,それゆえに短期金利の低下につながるからだ.
その理由は,減税分は支出だけでなく貯蓄にも回りうるという点に関わる.減税は永続的だと考えるなら,その分をすべて支出に回したくなるだろう.なぜなら,課税後の所得が永続的に増えることになるからだ.他方で,たとえば「減税を実施した政権は次の選挙に負けて,新たに与党になった側が選挙後に増税に転じるかもしれない」と考え,「減税は一時的だ」と考えるなら,所得がよほど少なくて全額を支出に回す必要があるのでないかぎり,減税された分の大半を貯蓄に回したくなるだろう.9月の財政イベントで発表された減税案の場合,この後者になる見込みがかなり大きい.よって,減税分の多くは貯蓄に回るだろう.
これと対照的に,政府支出の削減はそのまま総需要に影響を及ぼす.(これには福祉支出の削減も含まれる.なぜなら,受け取る側はより貧しい人々で貯蓄がほとんどなく,福祉削減に近い額を切り詰めることになるからだ.) よって,減税分とそっくり同じだけ政府支出も削減する場合には,ほぼ確実に,総需要が減少する.すると,インフレ圧力が低下し,イングランド銀行が金利を下げることにつながる.
このように,2とおりの極端な場合が考えられ,その中間のどこかをとった事態も起こりうる.平均で見て市場は財政イベントの正味の影響を予想しており,のちの予算がインフレ促進的だと予想しているのはわかっている.だが,予算後に金利が低下するかもしれない可能性は除外できない.したがって,9月の財政イベントがもたらしたのは,将来の短期金利をめぐる不確実性の増大だった.財政イベントの結果として短期金利が上がることを市場は予想したが,その一方では,その後の政府予算によって短期金利が下がる可能性も出てきたのだ.
短期金利に起こることをめぐるこの不確実性によって,ポンド建て資産のリスクは上がった.ポンド建て資産のリスクが上がれば,ポンド安が進む.さらに,満期まで英国債が保有されるのでないかぎり,その将来価格は不確実性を増す(なぜなら,英国債の価格は将来の短期金利に左右されるからだ).すると,英国債保有にはいっそう高い利回りが求められることになる.
まとめよう.財政イベントは〔大幅減税という税収側だけを示した〕片側だけのものだった(帳尻あわせがなされていなかった)ために,ポンド資産保有に関わる不確実性が高まった.これによって,ポンド安が進み,英国債利回りは上昇した.だからこそ,この結果を「うすら馬鹿リスクプレミアム」と呼ぶことは正当なのだ.なぜなら,通常,イギリス政府は,帳尻合わせについて語らずに減税を発表するほどの馬鹿ではないからだ.
いつも楽しく読ませていただいています。
誤字を見つけましたのでご報告します。
市場は財政イベントの”賞味”の影響を予想しており
訂正しました.ありがとうございます.