The media cannot reform itself until it acknowledges its power
(Mainly Macro, Monday, 7 August 2017)
Posted by Simon Wren-Lewis
いつも読んでくださっている方々ならば,私がこの2〜3年の間えんえんと,メディアが世論形成に果たす影響力の重要性について書き続けてきたことをご存知だろう.(私がSPERI/News Statesman賞受賞記念講演で話した内容も主にその話題だった.) これは,メディアが特定の方向に政治的に偏向しているかどうかなどという党派的な話ではない.そうではなく,メディアは主要な政治的事件に影響をあたえ得るし,実際,時として重要な影響を与えていると主張しているのである.公平のために言っておこう.こうした主張はしばしば否定される — 特に,他ならぬメディア自身からは.
Brexitの投票を例に取ろう.世間一般の見方では移民嫌いが原因だとされる.しかし,移民についての懸念の相当部分が(メディアによって)作り上げられたものだったかどうか追求した人などほとんどいない.左翼はBrexitが,貿易と技術革新から取り残された人たちの反乱によるものであることは疑いないとして,それが事態全体のほんの一部しか説明しないという証拠をほぼ無視した.英国人がEU離脱に投票した理由に関しては広範な研究がなされており,私もここで一部をレビューした.しかし,私が知る限り,タブロイド紙の影響に注目したものはない.私自身の投票直後の反応では新聞の役割を中心に据えていたが,私が直面した問題はメディアを批判するものすべてが直面するものであった.メディアが単に世論を反映しているだけでなく,世論を作ろうとしているのだということをどうやったら証明できるだろう?
今では,経済学者が自然実験と呼ぶものに着目してこの問題を克服しようと試みている研究が出てきている.もっとも有名な研究によれば「共和党の支持率は,Fox Newsが放送されている街の方が0.4〜0.7%ポイント高い」という.ここにある別の研究は,メディアは気候変動に対して誤った情報を有権者に与えようとする利益団体と結託していると論じている.メディアが単に有権者の意見を反映しているだけでなく,有権者の意見に影響を与えてもいるという証拠は積み上がり続けている.
私は,2017年の選挙直後の投稿で,この出来事は英国におけるメディアのインパクトがいかに強力であるか示すものでもあったと述べた.2016年の2回めの労働党首選から2017年の総選挙の直前まで,コービンと労働党に対する世間の見方は,主に政治ジャーナリストの報道を通したものであった.世論調査の結果によれば労働党は不人気で,コービンはなおさら不人気であった.総選挙の期間,コービンも労働党も直接有権者にアクセスする機会を得,そして人気は急上昇した.
コービンも労働党も,総選挙期間の数週間で何らかの大変革を遂げたのだということもあり得る.好評な施策の入ったマニフェストは皆を驚かせたし,労働党が見せた完全な団結もまた皆を驚かせた.しかし,これだけで我々が目にした支持率の急上昇を説明するには十分でないと確信している.ずっと確からしい説明は,コービンと労働党がメディアによって選挙以前にはネガティブに脚色されていたというものである.
正反対の主張をしたくなるかもしれない.労働党の支持率急騰が示すのは,保守派新聞の力の衰えを示すものだと.しかし,ロイ・グリーンスレードが記しているとおり,こうした保守派新聞の読者は主に老人層であり,若年層ではない.さらに,65歳以上の有権者のうち労働党に投票した割合は2015年と2017年で変化していない.保守派新聞の退潮でなく,労働党の支持率急騰が示したのはソーシャルメディアの重要性であり,さらには,保守派新聞に追随しない際の放送メディアがいかに独立した影響力を持ちうるかということである.
コービンの支持率急騰は意図的な反左翼バイアスを反映しているとは限らない.単なる自己強化的なプロセスを反映しているだけなのかもしれない.2回めの党首選までの労働党内部の仲間割れは,世論調査に大きなマイナスのインパクトを与えていた.政治リポーターたちはこうした調査結果を,労働党が(特にコービンが)勝つのは無理だという証拠として取り上げ,そしてこれが総選挙以前に労働党とコービンの両者の報道における扱いに影響していたのである.全くのところ皆が — 私も含めて [1]原註: … Continue reading — 総選挙前の不人気を,正しく情報を与えられた有権者の意見の反映であると思い込み,メディアの報道によって作り上げられた印象に過ぎないなどとは思いもしなかった.
労働党の支持率急騰はまた,メイのまずい選挙戦術の反映でもある.しかし,ここでもまた同じ論点を指摘できる.メイが選挙戦中に突然 非人間的に冷淡になったわけではない.選挙戦中に描き出されたそういう重大な欠点は前年にも明らかであったし,内務省時代にも明らかだった.しかし,こういう点を追求する代わりに政治レポーターたちは世論調査に焦点をあて,彼女の地位が確固たるものだと信じていたのだ.
ゲイリー・ヤングはこの失敗 — コービンが選挙中に支持を得る可能性を最低でも調べるくらいはしておくべきだったのにしそこねるという失敗 — を「プロとして最悪の過誤」と形容しているが,私が見る限りジャーナリストの中で事実上彼ひとりだけしか,労働党の支持率急騰がジャーナリストたち自身の報道を反映しているかもしれないと考えているものはいないようだ.全体の傾向はそれとは違って,世論調査の精度不足に注目していた.しかし,これはきわめてアンフェアである.なぜなら世論調査の食い違いの大部分は,若い有権者のうちどのくらいが投票先を変えそうかという点について(もっともなことに)さまざまな見解が存在したことによるのだから.また,もっと一般的な意見は,ジャーナリストたちが選挙結果の予測に失敗したことに注目したものである.
ただ,ヤングが表現したよりも,この支持率急騰からの教訓はもっと重大だと思う.もしメディアが労働党,コービン,メイに関して大きく間違った印象を,今回の選挙前に伝えることが可能だったとするなら,他にもこれまでメディアが多大な影響を与えたエピソードがあったと考えるのが当然と思われる.先に述べた私の講演で挙げたリストは,単に表層を引っ掻いた程度にすぎない.この潜在的なパワーが,しばしば自覚も責任感もなく振るわれ,不信を産んできたのである.まさにアンドリュー・ハリソンがここで述べている通りに.
放送メディアについて,指摘されていない問題点がひとつある.放送メディアが議会にだけずっと注目し続けているという点だ.これがコービンを軽視することになった要因のひとつなのである.また,これが我々をBrexitへと自然に導いてしまったのだ.国民投票の結果に抗うなら,世論が反転してからにしろと私はずっと聞かされ続けている.そして,目の前のすべての事実をよく見れば,世論は反転してしかるべきなのだ.たとえば実質賃金は低下し続け,生産は停滞している.どちらもBrexitの決定が直接的にもたらした結果だ.社会福祉の金額は増えるどころか減っている,等々.しかし,2015年の総選挙の結果から学ぶべきなのは,こうした単純な『経済がすべてを決定する』という論法でいつもうまくいくとは限らないということである.当時,実質賃金は今よりずっと激しく低下しており,不況からの脱出状況としては少なくとも過去1世紀では最悪の状態で,そして保守党が勝利したのである.経済を扱う技量があるからという理由で.
この議会への注目が意味するのは,Brexitに際して48%が無視されたということである.右翼メディアはBrexitをもたらし,誤った情報を流し続けている.これまで常にそうしてきたのと同様に.最も多数の人達が見る放送メディアにおいて,2回めの国民投票を擁護する論陣を張るものは誰もいない.かわりに「Brexitは進めなければいけない,それこそ『民主主義』の求めるものだ」ということを当然の前提としてしまっている.Brexitを作り出したメディアがBrexitを維持し続けるという危険がいま存在している.ちょうどそのメディアが,コービンはどうしようもなく,メイは熟達した政治家だという見方を(人々が両者の実像に直接アクセスできるようになるまで)維持し続けていたように.結果として,「2度めの国民投票は世論が要求したときにのみ実施すべきだ」という考えを推す人々は,「コービンのチャンスなんて皆無だ」と言っていた人々と同じくらい,メディアの力というものについて何も知らないお人好し,ということになってしまう危険がある.
References
↑1 | 原註: これはある程度のところ,残念ながら,自分自身の考えを信じきれなかった古典的な例と言える.ところで,放送メディアというものがいかに素早く簡単にコービンバッシングからメイへの不満へと手のひらを返したかという点も驚きだった.保守党と,そのメディア応援団がかかえていた問題は,コービンに関する恐ろしげな物語がすべて「古いニュース」である一方,保守党の選挙マシーンが崩壊したというニュースは新鮮な体験であり,そのためずっとニュースバリューが高かったということである.しかし,このお粗末なパフォーマンスというのもまた,前年のダウニング街で下された様々な決断を見ればきわめて明白であったと言える. |
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