ニック・ロウ 「世代重複モデルとメルロ=ポンティ」(2015年2月13日)

●Nick Rowe, “Teaching, OLG models, and the phenomenology of perception”(Worthwhile Canadian Initiative, February 13, 2015)


大学の経済学の講義で教える時に学生たちが「一般的な原理」を理解する手助けになればと思って具体的な数値例を使って説明することがある。こちらから一方的に解説するだけではなく、学生自身に解かせることもある。例えば、数値例を使った問題を宿題に出すとかしてだ。真に理解するためには自力で問題を解くしかない。数値例を使った問題を自分で解いてみてはじめて何がどうなっているのか得心がいくのだ。一旦得心がいけば数値例はもう必要ない。学生たちは特定の数値に左右されない「一般的な原理」が何であるかを飲み込める状態にたどり着けているからだ。

私が学部生として(イギリスはスコットランドにある)スターリング大学で学んでいた時のことだ。哲学者のメルロ=ポンティがテーマの講義を履修したことがある。メルロ=ポンティの『知覚の現象学』。講義で取り上げられたのはその一冊だけ。今振り返ってみても、メルロ=ポンティがその本で何を言おうとしていたのかちんぷんかんぷんだ。何か学びはしたとは思うのだが、それが何なのかを口に出して伝えられそうにない。

しかしながら、メルロ=ポンティが『知覚の現象学』の中で取り上げていた例の一つは今でも覚えている(あるいは覚えていると思っている)。電球が横一列にずらりと並んでいる。まずはじめに一番左にある電球が灯って消える。その直後に今度は左から2番目の電球が灯って消える。その直後に左から3番目の電球が灯って消える。その直後に・・・ということが順々に繰り返される。電球はどれ一つとして動いていない(同じ位置にとどまっている)ものの、電球が点滅する様子を傍で眺めている人間の目には光が左から右へと一直線に移動しているように見える。そんな話だ。

サミュエルソンの(世代重複(OLG)モデルが主役の)1958年論文の概要を私にはじめて説明してくれたのはロジャー・ファーマーだったと記憶している。(カナダにある)ウェスタンオンタリオ大学で大学院生として学んでいた時のことだ。ファーマーは数値例を使って説明してくれた。確かこんな感じだったと思う。

1. 縦一列にずらりと並ぶ「無限」の数の人々。誰も彼もがその手にはジョッキに入ったビールを一杯だけ握っている。そんな光景を想像してもらいたい。全員がそれぞれ手持ちのビールを飲む(「一人一杯」均衡)。それがあり得る均衡の一つだ。しかし、他の均衡もあり得る。みんなが自分の目の前に並んでいる人物に手持ちのビールを渡すのだ。一番先頭に並んでいる人物は二杯のビールにありつける。それ以外のみんなが飲めるのは一杯だけ [1] 訳注;列に並んでいる人の数は「無限」なので最後尾(列の一番後ろ)というのは存在しないという点に注意されたい。。「先頭だけ二杯、それ以外は一杯」均衡は「一人一杯」均衡よりもパレート優位な状態だ。というのも、「先頭だけ二杯、それ以外は一杯」均衡では一番先頭の人物が飲めるビールの杯数は「一人一杯」均衡においてよりも多い一方で、それ以外のみんなが飲めるビールの杯数はどちらの場合でも一緒だからだ。一番先頭の人物が後ろの人物(先頭から二番目に並んでいる人物)に紙切れを渡し、それと引き換えにビールをもらう。そんなふうにして「先頭だけ二杯、それ以外は一杯」均衡が実現されるということもあろう。先頭から二番目の人物は後ろの人物(先頭から三番目に並んでいる人物)に紙切れを渡し、それと引き換えにビールをもらう。そんなことが順々に繰り返される。紙切れ(お金)は(一杯のビールと引き換えに)列の前から後ろへと順繰りに手渡されていくことになる。

2. ファーマーの例に少しばかり手を加えるとしよう。みんなの手元にあるのはジョッキに入ったビールが一杯だけという点は前と変わらないが、列の一番先頭に並んでいるのは1人、前から二番目に並んでいるのは(横並びで)2人、前から三番目に並んでいるのは(横並びで)4人・・・というように、列の一つ後ろにいくほどそこに並んでいる人の数は倍になるとしよう。「世代」ごとに人口が倍増するというわけだ。みんなが自分のひとつ前に並んでいる相手(ひとつ前の世代)に手持ちのビールを渡すと、一番先頭の人物はビール三杯、それ以外のみんなはビールを二杯ずつ飲めることになる。ビールと交換に紙切れ(お金)が渡されるとすると、紙切れの価値(購買力)は世代ごとに(列の前から後ろへと順繰りに手渡されていくたびに)倍になっていく(別様に表現すると、紙切れの利回りは100%)。どこかの時点(列のどこかの地点)で人口が減少に転じるなんてことになれば、一杯以下のビールに甘んじねばならない(一杯のジョッキを他人と分かち合わねばならない)人物も出てくることだろう。

3. 今度はファーマーの例にこんな感じに手を加えてみるとしよう。先の例とは違って人口数はどの世代も同じ(列のどこに並んでいようとそこにいる人の数は同じ)だが、誰も彼も例外なく「若者」期と「老人」期という二期間を生きるとしよう。「若者」期にはビール作りに励んで合計で100杯のビールが自家醸造される。「老人」期には働かずビールは一杯も作られない。「半分の50杯だけは今のうちに飲んでおいて残り(の50杯)は老後にとっておこう」。若者はそう考えるかもしれないが、ビールはいつまでも保存できるわけではなく老後まで(「老人」期が到来するまで)は溜め込めないとしよう。若者が列のひとつ前に並んでいる老人に(自分で作った100杯のうちの半分にあたる)50杯のビールを分け与えればみんながハッピーになれる。列の一番先頭に並んでいる人物は生涯を通じて(「若者」期と「老人」期の二期間を通じて)150杯のビール(「若者」期に(自分で作った)100杯、「老人」期に(列のひとつ後ろに並んでいる若者からもらった)50杯)にありつけるし、それ以外のみんなは生涯を通じて100杯のビールにありつける。・・・ん? 100杯なら「若者」期に自分で作った分をすべて飲み尽くす場合と変わらないじゃないかと思われるかもしれないが、若者が列のひとつ前に並んでいる老人に自分で作ったビールを分け与える場合には「若者」期にも「老人」期にもビールを50杯ずつ飲めるようになる [2] … Continue reading。「若者」期にビールを100杯飲める(ただし、「老人」期には一杯も飲めない)よりは「若者」期にも「老人」期にも50杯ずつ飲めるほうがありがたい。みんなそう思うことだろう。

生涯を通じてどれだけの量のビールが飲めるか(ビールの総消費量)というのも大事だが、それですべてが尽くされるわけではない。ビールの限界効用が逓減して [3] … Continue reading将来の効用(「老人」期にビールを消費することから得られる効用)が割り引かれない [4] 訳注;若者が今(若者である間に)飲むビールから得られる効用も老後になって飲むビールから得られる効用も同等に評価する、という意味。とすれば、100杯のビールの割り振りとしては「若者」期に50杯、「老人」期に50杯という組み合わせに勝るものはない [5] 訳注;「若者」期に50杯、「老人」期に50杯という割り振りが生涯を通じた効用(生涯効用)を最大化する組み合わせ、という意味。。例えば、各人の効用関数が以下のように対数を使って表現される場合なんかがそうだ。

生涯効用 = log(「若者」期におけるビールの消費量) + log(「老人」期におけるビールの消費量)

4. こんな感じにも(ファーマーの例に)手を加えられるだろう。各人の効用関数は上の例(3)と同じ、人口数はどの世代も同じ、誰も彼も例外なく「若者」期と「老人」期という二期間を生きる。しかしながら、上の例(3)とは違って、各人は「若者」期だけではなく「老人」期にもビール作りに励むとしよう。そして「若者」期には50杯のビール、「老人」期にも同じく50杯のビールが自家醸造されるとしよう。みんな自分で作ったビールを飲む。それもビールができるとその場ですべて飲み尽くすとすると、それぞれの世代の「若者」期および「老人」期におけるビールの消費量は以下の表のようにまとめられることだろう。

A 50 50

B    50 50

C       50 50

D          50 50

E             50 50

(以下続く)

横の行は世代を表している。A世代の下の世代はB世代、B世代の下の世代はC世代、C世代の下の世代はD世代・・・といったように世代の連鎖が永遠と続く。

縦の列は特定の期間(西暦○○年~西暦××年)を表している。(一列目を除いて)それぞれの列のビールの消費量の合計は100杯でなければならない。というのも、ビールを過去に遡って持ち運ぶことは不可能だからだ。ビールを水平方向に(右から左へ)移転することはできないのだ。

しかしながら、ビールを垂直方向に(下から上へ)移転することはできる。例えば、「若者」期を生きるB世代から10杯のビールを分捕ってそれを「老人」期の只中のA世代へと渡すことは可能だ。分捕る代わりにB世代の「若者」に(A世代の「老人」に10杯のビールを分け与えるのと引き換えに)紙切れを渡すというのでもいい。それを繰り返すこともできる。B世代が老境を迎えたら(「老人」期に足を踏み入れたら)今度は「若者」期を生きるC世代がB世代(の「老人」)に紙切れと引き換えに10杯のビールを分け与える。しかし、C世代が紙切れを受け取った時点でその有効期限が切れたら(国債の償還!)どうなるだろうか? 老境を迎えたC世代の面々は「若者」たるD世代の面々からビールを一杯たりとも分けてもらえないということになるだろう。

C世代からA世代へと10杯のビールが時の流れを逆行して動いているように見える。まるでメルロ=ポンティの電球の例みたいだ。

二通りの集計方法がある。縦向きに足す(特定の期間に消費されたビールの総量)か、横向きに足す(特定の世代が生涯を通じて消費したビールの総量)かの二通りだ。どのように集計するかによって(どちらの集計方法を選ぶかによって)現実の「知覚」(認識)には違いが出てくることだろう。そしてビールが時の流れを遡って水平方向に(右から左へと)移転されることはあり得ないが、(ビールが)世代を遡って垂直方向に(下の世代から上の世代へと)移転されることはあり得るのだ

[追記:自然対数を使って計算すると、横向きに足す場合の効用(すなわち、それぞれの世代の生涯効用)の合計値はどの世代でも7.824となる [6] … Continue reading。一方で、(異なる世代の効用を足し合わせることに抵抗を感じなければの話だが)縦向きに足す場合の効用(すなわち、特定の期間における総効用)の合計値も(一列目を除いて)どの期間においても7.824となる [7] … Continue reading。]

読者の方々には是非とも自力で以上の数値例と戯れてみてほしいと思う。私が何かを教えるなんてできっこないのだあなた自身が自分で自分に教え込むしかない。自分で自分に教え込むための最善の方法は数値例と戯れることだ。私はそのようにして学んできた。ボブ・マーフィーもそのようにして学んできた。A世代の「老人」にビールを移転するための財源として国債を発行したとしたら「将来世代」の生涯を通じた(ビールの)消費量および生涯効用にどんな影響が及ぶか自分の目で確かめてみてほしい。いずれかの「将来世代」の生涯効用の低下を伴わざるを得ないことが了解されることだろう。

対数の計算はこちらのサイトを利用するといい。

[このモデルの均衡金利は以下のように求められる(効用最大化の一階の条件)。

1+r = (「若者」期における消費と「老人」期における消費との)限界代替率 = (「老人」期におけるビールの消費量/「若者」期におけるビールの消費量)

限界代替率=(「若者」期における限界効用/「老人」期における限界効用)であり、それぞれの期の限界効用 = dlog(C)/dC = 1/C  となるので、限界代替率=(「老人」期におけるビールの消費量/「若者」期におけるビールの消費量)となる。

上の表にまとめられているように、どの世代も「若者」期にも「老人」期にも50杯ずつビールを消費するようであれば、r=0となるだろう [8] 訳注;限界代替率= 1となるため、1 + r = 1 となる。よって、r = 0.。しかしながら、国債が発行されるようであれば、rはゼロではなくプラスの値をとることだろう。]

今回のエントリーでの演算をスプレッドシートにまとめたいのだが、誰かその方法を知らないだろうか? 右側の欄でそれぞれの世代の生涯効用も計算できたらなおよしだ。ネットにあげられたらよいのだが。「若者」ならできるんじゃないだろうか? [追記:ありがたいことにrplがやってくれた。コピーして自分でも編集してみるべきだろう。生涯効用の値が私の計算と違うが、rplは自然対数ではなく常用対数(底が10の対数)を使って計算しているためだろう。]

ご堪能あれ!

References

References
1 訳注;列に並んでいる人の数は「無限」なので最後尾(列の一番後ろ)というのは存在しないという点に注意されたい。
2 訳注;自分が「若者」の時は100杯のうち50杯は自分で飲んで残りの50杯は列のひとつ前に並んでいる老人に分け与え、自分が「老人」になった時には列のひとつ後ろに並んでいる若者から50杯だけ分け与えてもらう。
3 訳注;最初の一杯目のビールはたまらないほどうまいが、二杯目のビールはうまくはあるが一杯目ほどではない。三杯目のビールもうまくはあるけど、二杯目ほどではない。・・・というように、ビールの杯数(消費量)が多くなるほど、ビールを追加的に一杯飲むことから得られる満足(効用)の増え方は小さくなっていく、ということ。
4 訳注;若者が今(若者である間に)飲むビールから得られる効用も老後になって飲むビールから得られる効用も同等に評価する、という意味。
5 訳注;「若者」期に50杯、「老人」期に50杯という割り振りが生涯を通じた効用(生涯効用)を最大化する組み合わせ、という意味。
6 訳注;例えば、第一行目を横向きに足すとA世代の生涯効用が求められることになるが、A世代の生涯効用は次のように計算されることになる。A世代の生涯効用 = ln(「若者」期におけるビールの消費量)+ ln(「老人」期におけるビールの消費量)= ln(50)+ ln(50)= 7.824.
7 訳注;例えば、第二列目を縦向きに足すとA世代が「老人」でB世代が「若者」である期間の効用の合計が求められることになるが、その値は次のように計算されることになる。総効用 = ln(A世代の「老人」のビールの消費量) + ln(B世代の「若者」のビールの消費量)= ln(50)+ ln(50)= 7.824.
8 訳注;限界代替率= 1となるため、1 + r = 1 となる。よって、r = 0.
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